プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
今日あまの第一話の二十四時間での再生数は五千とちょっと。少なくも見えるけどかなり健闘してるという話らしい。
「SNSの効果がしばらくすると出てくるし、一週間後にはもっと増えると思うよ」
そう語る鏑木Pの顔は以前よりは柔らかく見える。俺のこと、親の
「おう、見なさいアクア。『ヒロインの子、めっちゃ可愛い? 新人かなぁ』だって!」
「そう思われるくらい認知されてねえって事だろ? ちゃんと読めよ」
「くっ……で、でも。『初々しい感じが推せる』って人もいるし」
「そういう方向性って演出とも話しただろ? ただ単に演技力褒められてるだけだ」
「それが嬉しいんじゃない、この分からんちんっ!」
有馬は喜んでるけど、このヒロインはもっと陰にこもったイメージだったはず。けど、有馬にそれをやらせると他の役者との演技力に明らかな差が見えてくる。方向性を同じにするという演出の判断は間違ってない。原作者の吉祥寺先生も納得してたし。
「うふふ〜♪」
……まあ。本人が喜んでるなら、いいか。
撮影は第三話に突入している。ペースは遅く予備日はほとんど無い状態だけど、現場のモチベーションは悪くない。
問題が無い、わけでは無いが。
「おはよーございまーすっ!」
「今日も元気だね、
「はいっ、ぐっすり寝てきました。今日は宜しくお願いしまーす」
「ウンウン」
監督たちに挨拶してる鏑木Pの娘。俺は彼を見る。目尻が垂れてだらしない顔になってる。さっきまでの穏やかだけど一癖有りそうな業界人の顔は微塵も無く、ただただ子どもに甘い親の顔になってた。
俺は彼に近づいて話しかける。
「撮影には連れてこない。以前そう仰ってた気がするんですが」
「……僕もそのつもりだったんだがね」
あ、苦虫噛んだみたいな顔。
「エキストラの子役に、空きが出来ちゃって。風邪ひいたらしくて」
「それで、あの子に? 演技の経験は?」
「そういったことは学ばせてない。今回のシーンはかなちゃんとの絡みだし、平気だと思うけど」
「まあ、Pがそう言うなら構わないですけど」
「勧めてきたのは監督だよ。あの人、可愛い子に目が無いから」
そう語る彼は本当に辛そうだ。表情がころころと変わるな。
「そんなわけで月代には近付くなよ」
「そんなつもりはないですよ」
そう言って隅の方に行って携帯をいじる。何か調べる訳じゃないけど、未成年の俺には手持ち無沙汰の時はこれしか無い。まあ、タバコ吸いたい訳でもないが。
「アークア♪(ぽすん)」
「……」
コイツのほうが寄ってくるんだよなぁ……あ、Pがまた般若みたいな顔してる。ちょっと撮って魔除けにしたい。
「今日はよろしくね、先輩」
「……はいよ」
「ところで、いまパパの方見たでしょ」
「お前が俺に近寄ると顔が怖くなるだろ? 魔除けに使えそうだなって」
「ああっ、なるほど。確かにそうだネ」
自分が原因だって分かってるのかよ。
と、そう思ったら鏑木Pの方に戻って何か話し始めた。ふう、やっと静かになる……
「ほら、アクア」
「なんだよ。戻ってくんなよ」
「あー、そんなこと言ってェ。魔除けグッズ欲しいんでしょ?」
そう言って彼女が見せたスマホには鏑木Pのあの、般若みたいな顔。
「私たち、お互いポーズ取って写真するのが趣味なの」
……変な親子だ。
それとは別に何か取り出した。これは……
「あと、パパの髪の毛。何本かむしっちゃった」
「おまえさ……あの年頃の男性の髪の毛になんてことを……」
娘ゆえの遠慮の無さ。でも、毛根付き髪の毛は有り難い。まさかこんなところで入手できるとは思わなかった。
「……お守りにしとく」
「うん。じゃあね♪」
そう言うとまた別の奴らの方へ行く月代。俺は採取用の小袋にその髪の毛を納める。
「あ、あとね♪」
「また戻ってきたのか」
少し驚いた。音もなく近付くなよ。
「手ぇ、出して」
「なんで?」
「いいから。利き手がいいな」
めんどいな。言うこと聞いてた方が楽かもしれない。
プツン
「私も魔除けグッズあげるね♪」
そう言って抜いた髪をくるくると腕に絡ませて、結んだ。
「……なに、これ」
「黒のミサンガには魔除けの意味があるんだって」
「ミサンガじゃねえし、色も違うし」
「そのうち作ってあげるから、それまでの代わりね♪ パパも付けてるんだからちゃんとしたモノだよ?」
そう言って彼女はようやく立ち去った。俺の手首には、ゆるく巻かれたきらめく髪が残る。
「いや、呪いのアイテムだろ」
人の髪の毛なんて検査以外に利用価値は無い。さっさと外して捨ててしまおう。
あのPの娘の演技は……可もなく不可もなくだ。ねじ込みのキャストにしては目立つ容姿なので髪はウィッグにしたみたいだけど、特に問題もない。
「お姉さん、元気だして」
「……う、うん。ありがとね」
「おなか空いてる? いまね、ウチのお店でパンが焼きたてなの。よかったら来ない?」
今日あまのヒロインと見知らぬ少女との邂逅のシーン。あまり人と関わることのない彼女の心情に少し変化を与える役どころ。常日頃男に追い回されてる今日あまの中では癒し回とも呼べる。
それも、恙無く終わる。大したやり直しもなく、リハから本番まですんなり終わる。
「よかったよ、かなちゃん。月代ちゃんもお疲れ様」
「ありがとうございます」
「ありがとう、カントクさん♪」
鏑木Pはというと。涙を流していた。
「ああ……月代。かわいいぞ」
ありゃダメだ。もう助からない。
こちらにやってくる有馬に声をかける。彼女はなんか不貞腐れていた。
「……あのこ」
「ん?」
「初心者かと思ったけど、食わせものよ」
「そうか? 特におかしいところは無かったけど」
「なんにも無いのがおかしいのよ」
有馬はそう言ってドリンクを手に取る。
「あなた、演技を知らない子どもと共演したこと無いでしょ」
「俺が経験したの、お前だけだからな」
「……言い方、少しは考えなよ」
「?」
何いってんだ?
「まあいいわ……アイツらがいい例なんだけど」
そう言ってメルトと他の連中の方を見る。別撮りの最中なのだが、今でも違和感は残ってる。
「小手先の技術でなんとか見れてるけど、基本的なところが出来てない。分かる?」
「役への入り込み、だな」
役を理解出来てない、もしくは薄い。内面の考察が出来てないとぴったりとした演技にはなり得ない。監督に何度も言われた事だ。
この言葉に有馬が頷く。
「こういうのは一朝一夕には出来ないのよ」
メルトが話してるけど、そこにいるのはメルトにしか見えない。今日あまの主人公のように見えないのだ。
「言いたいことはわかった。アイツはそれが出来てるって事か」
「経験者なら分かるわ。でも、全くのド素人だとすると……面白いわね」
そう呟く有馬の顔は、少し楽しそうに見えた。まったく……芝居好きの奴らってのは。
・・・・・・
その日の夜。リビングでパパは何度も撮った映像を見直してる。さすがの私もちょっと引いてしまうくらい。
「映ってるの合わせて二分くらい無いのに、よく見てられるね」
「それはもちろん。月代のデビュー作なんだからね」
名も無い端役のデビューというのは前でも同じ。ていうか、あのVは使われなかったっけ。
手元はチャカチャカと動かしつつ話す。もう慣れた作業だ。学校での友達、パパやその仲間たちにも振りまいてる。
「出来た♡」
「今日のは黒と青なのか」
「うん♪」
青はお仕事運に、黒は魔除けに。彼にぴったりだ。
「さてと、次はパパのだね」
その言葉に、また喜ぶパパ。単純だなぁ。糸は茶色とグレーが良いかな。家庭とお仕事、頑張ってね。
「そういえばパパ。あの話はどうなってるの?」
「……あー、えっと。先方にも都合があってね」
「ええー? 会うだけでいいのに」
「なんか、向こうも忙しいらしくて」
話によると、今はミヤコさんが社長なんだって。あのサングラス、どこいったの? ……あ、壱護って名前だったっけ。なんで今思い出したのか分かんないけど。
「打ち上げ会の時なら必ず来るとは言ってたけど」
「ええー」
けっこう先じゃん。パパ、役に立たないなぁ。私がふてくされてるとパパはこちらを向いて話しかけてきた。少し真面目な顔だ。
「つーちゃん」
「なぁに」
「演技とか、勉強したい?」
「いや別に」
「……あ、そう」
これ、やりたいって答えるのが正解だったのかな? だとしたらゴメンナサイ。
「今はね。やりたいとかは、思わないんだ」
「わりと上手く出来てたと思うけど?」
「だからだよ」
そう答えて、私はパパに寄りかかる。思った以上に硬い身体は男のひとのそれだけど、パパは特別。
「いまは普通にしていたいな。勉強とか友達とか」
前世には全くと言っていいほど縁のなかった普通の生活。それに満たされてる私には、ここほど心地よい場所はない。
「それにほら。私がゆーめーじんになったら、パパ困るでしょ?」
「……そうだな」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる。その有り難みを、私は痛いほど噛み締めていた。
いまは、ふつうがいい。
それは前世を知っているから出てくる願い。
あの世界が暗く、澱んでいることを知ってるから。
だから、近寄りたくない。
ひょっとしたら
私はまだ『鏑木月代』じゃなくて。
『星野アイ』なのかもしれない。