3.チャーミングスマイル賞
至福の日々だった…。
ハーミーと一つ屋根の下で夜を明かせるという精神を破壊しかねないシチュエーションに耐えながらも、僕らは心温まる団らんのひと時をすごした。ハーミーのご両親とお話したり、美味しい料理をたべたり、クルックシャンクスを溺愛してなつかれたり…僕が守護霊の呪文を使えるようになるとしたら多分この日々のおかげに違いない。だが悲しいかな時が止まってくれるはずもなく、気がつけば新学期は間近にせまっていた。
というわけで僕らは教材やらなんやらを集めるためにダイアゴン横丁へとやってきたのだ。たかだか学年が一つ上がるだけだというのに、新しく必要になる教科書のなんと多いことだろうか。…まあ8割がた新任のDADA教師、ギルデロイ・ロックハートの自伝なんですけどね。一つの教科に片手で収まらない教科書とかおかしい…おかしくない? まあいいけど。
汽車での移動中、当然のようにロックハートがどんなやつかという話になり、ハーミーがロックハートについてきゃあきゃあと熱く語りつづけたので(まったく妬けることにハーミーは彼の熱狂的なファンなのだ)、アーニーがそれはもうげんなりしていた。なのに僕も一緒になって自伝を好評価してしまったので、味方がいなくなってしまったとアーニーがそれはそれはもうげんなりとしていた。
「会う前からうんざりだわ…ロックハートのLの字も聞きたくない…」とはアーニーの談。
そんなアーニーと同じく、僕も本人には会いたくない。
ギルデロイ・ロックハートはゴミクズと呼んで差し支えがないからだ。
彼は表向きは冒険家および研究者として数々の功績を打ち立てたすごいやつなのだが…その正体は忘却術で他人の記憶を消して偉業や功績を奪う、なんともまあアレなやつだ。いやほんとうにアレなやつなのだ。しかも性格は目立ちたがりで粘着質な承認欲求モンスターなので非常に面倒くさい。どこぞの陰険鷲鼻教師がかわいく見えるくらいに面倒くさい。
しかし彼の著書の内容は他人が生涯を費やした実体験とか研究成果なので、マジで面白くて知識としても役に立ってしまうのだ。だてに勲章をもらってたり多くのファンがいたりするわけではないのである。恐るべしロックハート。
しかし僕のささやかな願いなど通じるわけもなく。僕らは無事にダイアゴン横丁に到着し、書店を見に行っては噂のロックハートのサイン会にはちあわせた。僕とアーニーはいるかもわからない神を恨み、ハーミーが黄色い歓声を上げながら突撃していくのを複雑な気持ちで見守った。
「…で、トミーは混ざらなくていいの? あの…アレな感じの集団に」
不思議そうにアーニーは僕を見る。
“本は好きだけど…本人はちょっとね…性格と能力と外見と立ち振る舞いが気に食わなくてね……”と答えれば、「なにそれ」とアーニーはと笑っていた。
……今のうちに笑っておきなさい。新学期が始まったら君も笑えなくなるぞアーニャ。というかなんならもう今から笑えなくなるぞアーニャ。ほら記者どもが僕らに気がついてしまったもんだから、くっそ粘着質にダルがらみしてくる不快害虫にロックオンされたぞアーニャ。
そしてロックハートが満面の笑みで近づいてくる。
さーて頑張って耐えよう。セクハラおじさんvs接客業だと思って耐えるんだ。そしたら僕らは教科書代がタダのはずなんだ。心を無にすれば耐え……耐え…あーダメそう吐きそう。いやもうほんと無理。なんかいろいろ無理。生理的に無理。しんどい。無理。
聖マンゴの癒者や怪しげな占い師に尋ねるまでもない。どうやら僕は“嫌なものごとを我慢する能力”というやつを去年で使い果たしてしまったらしい。身体は正直じゃねえかといわんばかりに、僕の顔面はあっという間に真っ青だ。今にもぶっ倒れてしまいそう。
と、僕が露骨に嫌がってしまったものなので。
「ひとの弟に馴れ馴れしく近寄んな!」
と、アーニーがロックハートのチャーミングスマイルめがけて盛大に平手打ちをお見舞いしてしまったもなので。ファンの皆さまとハーミーが仰天したりなんか叫んだりしたものなので。場の空気が当然に騒然としてしまったものなので。僕はさらに顔面と頭の中を真っ白にすることになった。しかしアーニーは気にせずに言い放つ。
「トミーに勝手にさわったらぶっ飛ばすわよ!」
お、お姉ちゃん…!
「あと! あんたの名前にはもううんざりしてんのよ!」
お、お姉ちゃん…?
アーニーの頼もしすぎる過保護と理不尽すぎる八つ当たりっぷりに当惑しつつ、僕はアーニーに手を引かれ、逃げるように書店を後にすることになったのだ。まる。
4.ルシウスおじさん
知らない人に声をかけられてもついていってはいけない。
魔法界でも通用する数少ないマグルの常識の一つだけれど、果たして知っている人に声をかけられたらどうするべきだろうか。書店を飛び出した僕とアーニーは、甘いものを食べなきゃやってられないとお菓子店へと早足で歩いていたのだが……。
「トミー・ポッター君、少しよろしいかな」
高そうな服を着た金髪で痩身男が僕らを、というか僕を呼び止めた。
突如現れた不審者に、アーニーはもちろん厳戒態勢。僕を庇うように前に歩み出ると、うちの弟になんのようじゃいワレぇ…という副音声が聞こえてきそうなくらいに睨みつける。あ、姉上…!
でも僕はいとしく勇敢な姉に庇われてもそれを喜ぶ余裕もない。滝のように汗が流れでている気がする。とりあえずいますぐ地面に頭をこすりつけて許しを請いたいというか謝罪したい。これがお礼参りってやつですねわかります何発の失神呪文で許してくれますかどうか命だけは…命だけは勘弁してください!!
僕がなぜこんなに謝罪会見を開きたがるのか説明しよう。
彼の名はルシウス・マルフォイ。純血の名家マルフォイ家の現当主にしてホグワーツの理事であり今年度にホグワーツで開催されるデスゲームの主催者であるお方だ。
そして彼がなぜ僕の名前を知っているかといわれれば、僕は彼の愛娘であるドリー・マルフォイちゃんの心をもてあそんだとか…あげくのはてにこっぴどく振ったとか、そういう何某があったりなかったりしたからなのだ。
つまり僕はこれから12年の短い生涯に幕を閉じるということなのだ。
しかし事実に裏打ちされた僕の悲観的予想とは裏腹に、ルシウスは睨みつけてくるアーニーをちょいと不満そうに眺めてから、ため息をひとつ吐いてから僕に穏やかに声をかけた。
「驚かせてしまってすまないね。私はルシウス・マルフォイ。ドリーから、君には良くしてもらっていると聞いているよ」
“え、あぁ、いえいえとんでもありません…ドリーさんには本当に親しくしていただいて…”
「昨年、君が贈ってくれたクリスマスプレゼント…私からみてもとても美しいブローチだった。娘はとても喜んでいたよ。なぜか妻も一緒になってね…まったく、婿だなんだと気が早くて困ったものだ」
ぽかんとしているアーニーを横目に、僕とルシウス氏はドリーについてあれやこれやと話をしはじめてしまった。なにがなんだかわからないけれどドリーをよいしょさせたら僕の右に出る者はいない。きれいで努力家で負けん気が強くてちょっと見栄っ張りでわがままなところが最高にチャームポイントですよね…と言ったらルシウス氏は嬉しそうに笑っていた。さすがに父親だけあってドリーのいいところをよくわかっている。
同好の士として深いシンパシーを感じたのは相手も同じだったらしく、固い握手を求められた。なんか知らんが許された…。
「ところで、最近のドリーのことなのだが…」
あっ、許されてないわダメみたいですね。すみませんでした違うんですちょっとした行き違いがありまして決して傷つけたかったとか騙すとかそんなつもりでは「かなり落ち込んでしまっていてね」…はえ?
「聞けば娘が君に失礼なことを――(「ものすごく失礼なことを、よ!」とアーニーが横から横槍)……大変失礼なことをしてしまって、君と仲たがいしているのが原因だと」
ルシウスはバツが悪そうに目を伏せ、なんと小さくではあるが頭まで下げてしまった。
「もし君さえよければ、娘とまた仲良くしてやってくれないだろうか。落ち込むあの子はあまり見たくないのでな……」
そう言い残すと、ルシウスはいかにも貴族らしく丁寧に礼をした後で去っていってしまった。
「……気味悪っ」
大嫌いなドリーの親が好意的に接してきたことにアーニーは身震いしていたが、僕も別の方向性で気味の悪さを感じていた。もっとこう…うちの娘になにしてくれとんじゃとか、なに闇の帝王倒してくれやがってんのとか、お前の命も今年度までだぞとか……あれぇ? なんか終始和やかだったぞ。どうすんだよこれじゃあただの娘さん思いのパパじゃないか。握手の時になんか仕込まれたかな?いやでもないな…なんもなかったわ…ビビって損した……というかビビりすぎてドビーのことチクるの忘れてたくそう。
いわれなくてもドリーと仲良くしたいよもー…。
残されたのはよくわからない後味の悪さと複雑な表情をした僕らだけ。なんだか疲れたのか、いとしいアーニーぼそっと一言つぶやいた。
「ハーマイオニーのところ…戻ろっか……」
そっすね…。
5.ほぐわんんう
おひさしホグワーツ!
9と4分の3番線から締め出されるかと思ったけど別にそんなことはなかったぜ。虚空に向かってルシウス・マルフォイに屋敷しもべ妖精の話がしたくなったな~と呟いただけなのに不思議なこともあるものだ。ともかく大きなハプニングにみまわれることなく僕らはホグワーツの新学期を迎えることができというわけだ。お友達のみなさん今年度もよろしくニキ~!
……まあ、ぼっちなんですけどね。
アーニーを見てみたまえよ。グリフィンドールはもちろんのこと、他寮にもすごく歓迎しされているじゃないか。いとしの姉があんなにも受け入れられていて僕は涙が出てきそうになるね。ろくでもない監獄に感じることもあるけれど、こういう光景をみるとホグワーツも悪くないなと思ったりしないでもない。
……まあ、僕はぼっちなんですけどね。
いや別にぃ? 友達の数とか誇るものじゃないしぃ?別に気にする理由とかかけらもないしぃ?さみしさとか虚しさとか感じるわけないしぃ?作らなかったんじゃなくて作れなかっただけだしぃ……あの遠巻きにヒソヒソ話すのやめてもらっていいですか傷つくんでほんと。
僕の思春期よわよわハートには残念なことだが、うわさ話や陰口を言われる心当たりは嫌というほどある。ポッターブランドのせいで悪目立ちをして寮対抗争奪戦が繰り広げられたり、純血主義の名家とマグル出身の優等生あいてに火サスみたいな修羅場をくりひろげたり、校庭の中心で愛というか怨み言を叫んだりしたのだ。
すでに錯乱していた僕の風聞は狭くて複雑で娯楽に飢えているホグワーツにおいて格好の餌食。さながら治安の悪い公衆トイレの壁くらいのフリースぺースだ。書き込まれる内容はゴシップ雑誌と大差ない下世話さで、僕に関わるだけで注目の的になれること間違いなし(もちろん悪い意味だ)
しかし友達ねぇ…心当たりがないわけじゃないけど、いまさらどんな顔で話しかければいいってものだ。平然と挨拶するわけにもいくまいに。
僕はちらりとドリー・マルフォイのことをぬすみ見る。周りから羨望の目でもてはやされ、それが当然だとでも言いたげに尊大にふるまう彼女のことを。綺麗な金色の髪と宝石のようなグレーの瞳。相も変わらず美しい僕の飼い主様…いや、元飼い主様か。
もう何でもなくなってしまった関係性がさみしくて、僕は目をそらしてしまう。
つくづく思うね、僕はグリフィンドールに入れる類の人間じゃない。ルシウス氏に頼まれはしたけれど、罪悪感がすごくて話しかける勇気がでやしないもの。あークィディッチの練習行きたくない。これから僕らはただのチームメイト。
ホグワーツに帰ってきてまだ一日だというのに、気まずすぎてどうにかなりそうだった。