神秘についてのオリジナル解釈が登場します。
だいたいは個人が持っている特殊能力ととらえていただければ幸いです。
『体が重い…このフロア特有のものか…』
四階
何らかの力によって拡大された空間。
遮蔽物などはなく、唯々広いタイル状の床が広がるのみ。
色の褪せた空間、それに呼応するように体は動きを鈍らせていた。
小鳥遊ホシノ、過去と対峙。
姿容は間違いなく梔子ユメそのもの。しかし、顎、心臓部、脳天にある禍々しい色の蠢く肉塊。
そして、魂のない虚ろな瞳。
その目は寸分のズレもなくこちらを見据えており、体は動くこともなく単純に佇んでいる。
しかし、隙だらけの状態であるにもかかわらずそれは寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
雰囲気というよりは存在感そのものといった方がよいだろうが…それは生来のものではない。
『とりあえず、殴ればわかる』
相手の出方を量るのが基本スタイルだが、何もしてこないのであればこちらから仕掛けるしかない。
鳩尾に右を一発
空中で身を翻し、さらに三段蹴りを正中線に食らわせる。
…が
その人形は微動だにしていなかった。数寸たりとも。
『山でも蹴ったのかと思った…』
硬いとはまた違った感触…何か障害物のようなものに阻まれたような感覚。
自分の脳内が過去のあらゆる状況から想定される結果を抽出する。
小鳥遊ホシノは戦闘の天才である。戦術から解析、分析、対人戦、集団戦。果ては心理戦術にまでその才能を発揮する。
中でも分析と解析においては一線を画していた。現代の技術と相対して比較するとするならば、スーパーコンピューターにも手が届くレベルといえよう。
キヴォトス人の中には(神秘)を駆使する者たちも多い。超人的な頭脳を持つものや、災厄と呼ばれるほどの力を持つ者たちがそれに該当する。
それらすべての事象を引き起こす者たちと同等以上の神秘。
小鳥遊ホシノもまたその神秘を保有するものであった。
『確証はないけど…多分、体が重く感じるのが一枚嚙んでいるのかもしれない…』
疑念を確証へと変えるべく、次の攻撃を仕掛ける。
再び正面から突撃し、相手との距離約0.5mまで近づいた瞬間に空気中を蹴ると、真横に移動。木偶が横に移動した小鳥遊ホシノを追うべく姿勢を変えた瞬間に再び地面を蹴り、背後に移動。
完全に無防備となっている背中に渾身の正拳突きを放つ。
しかし、それは見えざる障害によって阻まれた。
『自分が攻撃しようとする0.8秒前くらいに微細な歪みが発生したのが見えた、神秘は思考的に作用しているな…』
『もう一度ッ!』
今度は再び真正面から。続いてショットガンでの検証。
『ふーん…なるほどね。トリガーは私の思考の変化だな。攻撃しようとする意志そのものが私の脳内に出現した段階でそれは発動するわけだ』
『それと…この空間の特性もそれに作用している感じかな。このフロアに入った瞬間体が重くなったように感じたけど、それはあくまで表向き。
詳細はわからないけど、この空間は敵対する人間の思考を鈍重にする効果があるんだろう。どうやって作りだしたのかは知らないがすごいものだね…』
小鳥遊ホシノの推理は核心に触れていた。
第一にこの空間自体が思考する時間を通常の速度よりも一秒遅延させるというもの。
第二に、木偶自体の神秘として相対する敵の脳が認識してから1秒経過後に放たれた攻撃をすべてシャットアウトするというものである。
思考認識直後1秒以降の攻撃はすべて無効。
この空間が体感時間を1秒遅延するものならば、攻撃自体は1秒以内のものであっても、脳が認識した攻撃が1秒以降のものにされる。つまり、空間の効果で自分が攻撃をすると認識した瞬間にはその攻撃は無効になっている
字面だけを見れば、この能力はどんな人間にも攻略不可能といえる。
能力者本人の認識での1秒ならばまだ救いがある。相手の認識の外から攻撃を仕掛ける。または、認識できないほどの速度で仕掛ければいい。
しかし、攻撃する人間そのものの思考が能力発動のトリガーであるのならば、もはや無効化を防ぐ手立てはない。
人間の行動はすべて脳の認識から始まる。つまり詰み。人間という多くの枷を付けられた存在ではこの能力を攻略することはできない。
万事休す。
しかし…小鳥遊ホシノはあきらめてはいなかった。
否、その心は躍動していた。
思考の分析と解析が加速する。
『攻撃はどうやっても阻まれるんだ…攻略方法なんて一つしかないじゃないか…』
小鳥遊ホシノは思考を一時的に放棄すると、猛攻撃を始めた。
数舜の間にショットガンと打撃を織り交ぜた何発もの攻撃を浴びせていく。
自棄になってしまったのか?
すべての攻撃が悉く防がれていく。
微動だにしない人形。虚ろな眼の中に、小鳥遊ホシノは目を向け続ける。
敵意ではなく思慕の念を。
脳内を巡るはユメ先輩との蒼い春。
その思い出の数々。
有限にもかかわらず、思考は無限の思い出に染まる。
放たれる打撃は時間がたつほどに速く鋭くなっていく。
生まれ持った天性の才に併せられた常在戦場の意識と血反吐を吐く訓練の数々。それらすべての要素が小鳥遊ホシノの枷を破壊する。
小鳥遊ホシノが続けた攻撃時間。約4.8秒
打たれた打撃は224打。放たれた銃弾18発。
225打目の掌底の一撃が。
木偶の顎を捉えた。
フロア後方200mの距離を一度も地に着くことなく吹き飛んでいく。
その後壁に激突。
ずり落ちた木偶は顎にあった核と思しき部分を破壊されのたうち回っていた。
「やっと届いた。その体を蝕む根源に…」
「あと…二つ!!」