しつこく残っていた夏の暑さも徐々に去り、新台場ギガフロートで暮らす人たちもそろそろ冬の装いに変わろうかという日曜の午後。アークエンジェル24で買ったコロッケの入ったビニール袋を手に持つヨモダは、ショップユウガサキへの道を歩いていた。
週末となればコンビニのコロッケを持参して、ショップユウガサキの看板娘でもあるユウガサキ・フユカと何気ない会話をするのは、ヨモダにとってもうすっかりと週末の恒例になった密かな楽しみだった。もちろん、ただ話をしているだけでは店の売り上げにならないため、時々ガンプラを買ったり消耗品を補充したりはしている。おかげで懐の余裕はあまりないが、それも必要経費と割り切っていた。
「・・・涼しくなってきたなあ」
前日の土曜日には土砂降りの雨が降っていたとは思えないほどに、見上げる空は青く晴れ渡っている。雲もほとんどなく日差しも照っているが、肌感覚として暑いというよりかは温かいといったところか。風の冷たさもあって、夏が過ぎてもうすっかり秋になっているのだと感じる。彼が通う聖ドミニオン学園の制服も、そろそろ夏服から冬服に衣替えする時期だろう。
これからもっと冷え込んで、冬も本番になってくれば寒さ対策としてみんな着込む。それは聖ドミニオン学園の生徒たちも例外ではなく、寒さが増してくると男子も女子も着込んだ、通称『もこもこフォーム』にフォームチェンジするのだ。それはヨモダを始め中等部男子たちが密かに思いを寄せているフユカも同じくで、冬の間だけ見られる彼女のもこもこフォームは期間限定の姿として親しまれていたりする。
・・・などと、本人の与り知らぬところで冬の装いがちょっとした楽しみになっているというのはともかく。ショップユウガサキの前に着いたヨモダは店に入った。暖房の付いている店内は暖かい。外との温度差で少し暑く感じ、ヨモダは着ていた上着を脱いで腕に掛ける。人のピーク時間は過ぎているからか、客の姿はまばらだ。今日は何を話そうかなと考えながら、カウンターの方へと向かう。
「もうほんとにすごかった! ふぁんねる? っていうの? に囲まれちゃったときはどうなるかと思ったけど、デブリを壊して射線を防いだスキにビームサーベルで切り抜けちゃうんだもん。もー、めっちゃハラハラしてドキドキした! フユっちのバトルって初めて見たけどいつもあんな感じなの!? パナいね!」
「ん・・・。あの時は・・・危なかったんだよ・・・」
「あたしもあんな感じにウィンダム動かしてみたいなあ・・・。こうシュッシュッ、バンバンって感じに! ねえフユっちはどう思う? あたしもウィンダム動かせるかな」
「うん・・・練習すれば、きっとできるんだよ・・・」
「そうかな? ふふーん、あたしもしちゃうかー、ガンプラバトルデビュー」
カウンターには先客の姿があった。朱色混ざりの金髪に、くりっとした紫色の目の少女である。着ている制服はこのあたりでは見慣れないものだった。おそらくは別の学校の生徒だろう。それよりも大きく開かれた制服の胸元が、健全な中学生男子であるヨモダにはやや刺激が強い。
「今はじーびーふぉー? っていうガンダムのゲームがめちゃ流行ってるらしいしさ、アカウント作ってみようかな。せっかくガンプラも作ったし、あたしのウィンダムをみんなに見てほしいし、みんなのガンプラも見てみたいし! ね、フユっちも一緒にやってみない? やっぱり知ってる人がいるとモチベも変わるっしょ!」
「ん・・・」
ギャルだ、とヨモダは思った。彼が片思いをしている銀髪の少女、フユカと楽しそうに話をしている。どちらかと言えばやや陰の者寄りなヨモダは、陽のオーラがあるその見知らぬギャルの話を遮ってフユカに声を掛けるのに勇気がいることだった。さてどうしたものかと思っていると、フユカが気配に気づいたらしく、ヨモダの方を向いた。青と黄色の
「今日も・・・来たんだ・・・」
「え、なになに、もしかしてお客さん? あ、何か買うつもりだったり? ついついフユっちと話し込んでたけど、お邪魔だったかな・・・。だったらごめんね?」
「ああ、いや、俺は・・・」
「コロッケの人・・・。いつも・・・コロッケを、持って来てくれるんだよ・・・」
「コロッケ・・・」
まさかの覚えられ方にヨモダは苦笑いするしかなかった。確かに毎週コロッケを持参してはいるが、それがまさかコロッケの人としての印象が強くなってしまうとは。フユカの言うことも間違ってはいないため、否定もしづらいのが余計に気まずい。
「まあ、間違っても無いけど・・・。あ、今日もコロッケ買ってきたんだけど、ユウガサキさん食べる?」
「うん・・・。食べるんだよ・・・」
「本当にコロッケを持って来てるんだ、ウケる。・・・あ! 今のはバカにするとかじゃなくてね、フユっちにコロッケの人って覚えられるくらいにコロッケを持ってくるくらいに好きなのかなって!」
「あー、好きでは、ありますけど・・・。なんというか、思い出の味、というか・・・。ここに来る時はなんとなく買ってきちゃうんですよね」
「ふーん・・・? なんかイイネ、そういうの!」
コロッケの包装紙を半分だけ破いて差し出すと、フユカはそれを両手に持ってはむ、はむ、と食べ始める。そのたれぱんだのような表情で少しずつ食べている様子がなんともかわいらしく、ずっと見ていたいほどだった。
「あ、コロッケはまだあるんで食べます? えっと・・・」
「あたしはクドウアキ! クドウでもアキでも好きに呼んでいいよ!」
「俺はヨモダって言います。えっとクドウさん」
「うーん、なんか硬いなー。あたしたちって同じお店のコロッケを食べる仲、なわけじゃん? アキでいいよ、ヨモっち!」
「えぇ・・・」
好きに呼んでいいと言ったのはそっちでは? と言葉が出掛かったものの、自分も袋から出したコロッケを一口食べて押し止めた。アークエンジェル24のコロッケは別添えのソースがなくても美味しく食べられる。今日も個包装のソースの出番はなかった。
「(それにしてもヨモっちか・・・)」
何このコロッケうまー! と舌鼓を打っているアキをそれとなく見る。ギャルというのは人との距離の詰め方がすごいとは風の噂で聞いてはいたが、どうやら本当のことらしかった。フユカのこともフユっちと呼んでいるあたり、爆速で距離を詰めたのだろう。その積極性が、羨ましくも眩しく見えた。その積極性が自分にもあれば、とっくにこの想いを伝えることができていたのだろうかと。
「美味しかったー、ごちそうさま! フユっちとヨモっちって、いつもこんな感じで何か食べながらお喋りとかしてるの?」
「うぃ・・・」
「いつもってわけではないですけど、コンビニで買えた日は大体ですかね。あと話すのもよくありますけど、時々ガンプラ買ったりもしてます」
週末にはコロッケを買って行くというのは恒例になっているが、それでもコンビニのホットスナックの補充タイミングはまちまちである。場合によっては売れ切れていて補充待ちということもある。そういう時には何も買わないか、他のものを買ったりしている。
「へー、ヨモっちもガンプラ買ってるんだ。・・・って、ガンプラのお店に来てるんだから、それはそうだよね」
「むしろこの新台場ギガフロートにいて、ガンプラと関わりのない方が珍しいと思いますけど」
「そうなの?」
「新台場ギガフロートはガンプラの振興を目的にしてますからね。俺とユウガサキさんが通ってる聖ドミニオン学園も、ガンプラのスペシャリストを育成にした学校ですし」
「ドミニオン学園って、名前だけは聞いたことあるかも。なんかすごいおっきな学校なんだよね。フユっちもヨモっちも、その学校に通ってるんだあ・・・。あ、そうだヨモっちはどんなガンプラなの?」
「俺のは・・・普通ですよ。ミキシングもしてない素組みだし」
「いいからいいから、あたしはヨモっちのガンプラが見たいの!」
「んー、そこまで言うなら・・・」
腰に提げたガンプラホルダーからヅダを取り出してカウンターの上に置く。以前のものとは違う、頭に角がない一般機仕様だった。
「この子・・・前とは、違う子・・・?」
「ああ、隊長機の方はミキシングしててさ。まだ完成してないからこっちは予備機なんだ」
「ん・・・できたら、見たい・・・」
「完成したら、一番に見せるよ」
「・・・楽しみ・・・」
フユカとヨモダのやり取りを生温かい目で見守ると、アキはヨモダが出したガンプラを見やる。
「あたしガンダムには詳しくないけど、この機体は知ってるよ。ザクだよね、ザク。あれ、でもなんか色が違うような?」
「この子は・・・ザクじゃないんだよ・・・」
「ザクじゃなくてヅダですね」
「ヅダ? ザクじゃないんだ?」
「・・・武装も共通してたりしますけど、違う機体ですね。・・・沼に落とすのはこれからでもいいしな・・・」
「なに? 沼?」
「こっちの話だから気にしないで」
思わずヅダについて早口語りしそうになるのを、スゥ―――と一呼吸おいて抑える。ガンダムを詳しくない相手にオタク語りするようなのは、よろしくない。
「あたしはガンプラ初心者だけど、このヅダが丁寧に作られてるってのはわかるよ。・・・あたしもウィンダムをうまく作れるようになるかな・・・」
「ん・・・。アキも・・・ガンプラを作っていれば、うまくなる・・・」
「俺だって最初から作るのがうまかったわけじゃないですからね。継続は力なりとも言うし」
「フユっち、ヨモっち・・・」
「・・・まずは、このデミトレーナー&ジムセットを・・・50個作るところから、始めるんだよ・・・」
どさっ、とカウンターに積み上げられるガンプラの箱。なぜ作品的な繋がりはないデミトレーナーとジムの組み合わせなのか、についてはショップユウガサキのみぞ知るところである。
「50個!? いや、セットだから100個・・・? いやいやいや、無理だって! ねえヨモっちも無理だよね!?」
「え、ガンプラ100個はウォーミングアップでは?」
「なんなのこのふたり怖いんだけど!」
100個のガンプラでわちゃわちゃしたり、ガンダム語りをしているうちに、帰りの時間が近づいて来た。この中でアキだけは新台場ギガフロートの外から来ているため、電車に遅れると親が心配するのだ。
「あ、もうこんな時間かあ。もっとお喋りしてたいんだけど、早く帰らないとうちの親ウルサイんだよねえ・・・」
「俺もそろそろ寮に戻らないと。寮長が門限にうるさくて」
「ヨモっちもなんだ。なんだか親近感わくな~」
「・・・また来週、だね・・・」
少し寂しそうに言うフユカ。同じ聖ドミニオン学園に通っているヨモダはクラスメイトなので会えるのだが、学校ではほとんど喋らない上に週末にコロッケを持ってくる人という印象が強く、あまり認識されていなかったりする。
「フユっちー! あたしもお別れするの寂しい! あ、そうだ、ロイン交換しない? それならいつでもお話できるし!」
「・・・ロイン? って、なに・・・?」
「え、フユっちロインやったことないの!? ならあたしが教えてあげるよ!」
そう言ってアキは、慣れた手つきでフユカのスマートフォン型の生徒手帳にロインをインストールする。
「ヨモっちも!」
「え、お、俺も?」
「もち! あたしらもうトモダチじゃん? ならロインも交換しなきゃでしょ!」
「と、友達・・・」
スマートフォンに追加されアキとフユカの連絡先を見つめる。連絡先といえば家族のものくらいだった。それが一気に二つ、それも片方は密かに思いを寄せている相手のものである。あのユウガサキ・フユカの連絡先を手にしたとなれば、他の中等部の男子連中に知られたらやっかみの的になるのは必至だろう。だがそれだけの価値はある。あるのだ。
「それじゃ、夜にまたロインしようね! またねフユっち!」
「俺もそろそろ帰るよ。またねユウガサキさん」
「ん・・・またね・・・」
帰りが途中までは同じということで、一緒に店を出るヨモダとアキ。そんな二人を偶然にも見ていた人影がひとつあった。
「あれは・・・ヨモダ? と、一緒にいるのは・・・?」
ーーー騒動の予感!