オーバードブーストによる高速移動。
その速度は700kmを遥かに超え、その数字は遂には800kmの大台へと突入しようとしている。
前方数百m。
彼我の速度差では今の所はこちらが勝り、その距離はじりじりと縮まっている。
その深灰色の姿はいつでもロックオンは可能だ。
右腕に持つのは主武装である、長距離ライフル。
相手は無反応、ならば次に行うのは警告射、機体前方の空間へ向かって狙いを定める。
――警告。アンノウンより、高エネルギー反応を感知。
唐突に浮かび上がるアラームと同時に通常ブースターを利用し、今までの飛行軌道から自らの機体を外す。
そして機体を軌道上からずらしたその瞬間。
視界に映るのは圧倒的な熱量を帯びた光。
超高熱の帯が、先程までの飛行軌道を焼き尽くす。
被弾は免れているというのに、そのエネルギー兵器の持つ、異常なまでの熱量に機体装甲が熱を持った事をシステムが知らせてくる。
それだけの熱量。それだけの威力。
それが直撃なんてしたものならどうなるのか?
それは間違いなく「死」あるのみだろう。
唐突に湧いた命を賭けた実戦。
それが何故起きたのか、黒い背中を引き続き、追い掛けながらも考えていた。
強襲揚陸艦。
アメリカが誇る空母にこそ及ばないが、軽空母に匹敵する物さえある軍用艦船。
その規模は確かに大きく、この艦においては数十台にも及ぶトラックやホバークラフト、戦車のみならず、数十機もの数のヘリコプターや垂直離着陸機をも運用する事ができる代物。
その大きな規模の分、内部の施設も備えられており、食堂や医療施設はもちろんの事、図書室や教会、フィットネスルームや床屋などさえも存在している。
そんな小さな街ともいえるような船の中で、今までは比較的ゆったりと過ごして来ていたのだけれど、今日という日は趣きが違う。
青、青、青。時に白。
メインセンサーたるアイセンサーと、各所に設けられたサブセンサー群はその目(レンズ)に映るその風景を、搭乗者である自分に送って来ている。
そこに映るのは空と海、そして雲。
そう、今は自らの本来の業務に就き、機体の確認を行っている。
本当であれば今日は、艦内のフィットネスルームで汗でも流そうかと思っていたのだけれど、暇だったら調整に付き合ってというシゲさんの誘いに乗り、今に至っている。
『おーい、間接部やブースターには問題はないかーい?』
「はい、今の所は。……それより叫ばなくても通信で聞こえてますよ?」
『あ、いやぁごめんごめん、忘れてたよ』
機体のチェック。機体の耐塩性に関してのちょっとした確認。
潮風というものは海水を微量に含み、それは精密機械にとっては大きな毒となる。
腐食し、錆を起こし、その身を内側から食いつぶす。
それは、厄介な存在であり、精密機械にとってはある種の天敵とも言える存在である。
しかし、それへの対策もきちんと用意はされている。
そもそもこの機体も汎用性を謳われて製作された機体だ。その辺りも抜かりはない。
自己診断プログラムも問題無し。内装部への侵入も問題無し。各項目にも異常無し。
表示はオールグリーン、つまりは順調であるという事。
設計通りの対応済み。さすがに海中に水没しようものなら、もちろん駄目なのだろうけれど。
『センサー系はどうだい?』
「ちゃんとメインもサブも機能してますし、塩分の付着も見られないです」
センサーのレンズも問題ない。
塩分の付着も表面には見られないし、それによる各視界の歪みも見られない。
複合センサーも同様で異常はなし。対象の拡大、縮小どちらも正常稼動。
『そんじゃレーダーの方はどう?』
「あ、はい」
高速戦を意識した左肩の近中距離レーダーを確認する。
ディスプレイ上、レーダー表示を拡大。
表示の中には低速の飛行物体とそれが集まってできたもやがあるのみ。速度と大きさからすると、おそらくは鳥とその群れだろうと思う。
うん。結局確認できるのはそれだけ。
「そうですね、レーダーも問題はないです、ね?」
そう言葉に出したその瞬間、その表示上、鳥などの小目標の中で明らかにそれとは異なる物体が現れる。
鳥よりも明らかに大きく、何より鳥とは比べ物にならない程に……速い。
「シゲさん、艦橋へ連絡を」
『ん?どうしたのさ?』
「六時の方向から未確認機かな、小さいけどかなり速い」
『未確認機!?ちょっと待ってて!』
……ステルス機?いやそもそもこの空域で日本への偵察を?
『うーん、管制室の方では何の反応も無いってさ。……故障じゃないのかい?』
「いや、それだったら良いんだけど、でも、一応、データの解析をお願いしておきます。あとシゲさん、いざって時の為に武装と増槽の方をお願い」
『わかった』
こちらからのお願いにシゲさんは頷いて、周りの整備班と共に装備の運搬に取り掛かる。
「管制室、こちら一番機です。こちらのデータの方は同期できていますか?」
『……ああ、聞こえている。一応データの方は見させてもらってはいる。確かにこのデータでは反応は出ているが、こちらの機器では依然として確認がとれない。……本当に故障ではないのか?』
「……分かりません。ですが、もしもという事もあります」
『ふむ……了解した。そちらは警戒を続けろ。こちらも出来るだけの事はやっておく』
CICとの通信を終了。
それと同時に鳴り響くサイレン。艦内に響く声は総員の配置の号令を出している。
鳴り響くそれを背景に機体を船の進行方向より反対向き、例の未確認機が来るであろう方向へ向ける。
レーダー上ではやはりこちらに向けてそれは接近して来ている。いや、その予測進行ルートはこの船でなく日本?
方位八十八度、距離十マイル。
右肩部複合センサーにより、その未確認機を小さく確認。映像もCICに随時送り続けている。
複合センサーにより対象を拡大。それにより、その姿がはっきりと鮮明に映し出されていく。
それは深い灰色だった。
言い表すのであれば、まさに異形の人型。
異様な程に長い両腕、全身のスラスターから噴射光を放ち、高速での飛行を続けている。
距離と拡大倍率から計算するとおおよその大きさはニメートルから三メートルといった所だろう。
「MT?いや、でもMTにあんな機動は」
『全面装甲(フルスキン)型?』
その姿、その正体について考えていたとき、不意に通信から聞こえてきたのはシャルの呟くような声。
どうやら格納庫にも繋いだ映像を、シゲさん達と一緒に見させてもらっているらしい。
「シャル、まさかとは思うけど、あれはISなのか?」
『……サイズと速度からすると多分。でもフルスキン型は効果が薄いからって開発はどこも中止していたはず。でももし試作機だとしても、ISの開発というのは一応、最高機密なんだよ?海上封鎖もせずにそれを行うなんて、有り得ない』
つまりはだ、あれが敵である可能性も高いという事か。
『一番機、聞こえるな?緊急事態だ』
シャルの考察、それ続いて聞こえてきたのが、管制室からの報告。
口調こそ冷静ではあるが、そこには焦燥のような感情が混ざっているのが感じ取れる。
『本件について、日本側への問い合わせと報告を行おうとしたのだが、どうにも繋がらない。我々としては現在、強力なジャミングを仕掛けられているという可能性を考えている。このタイミングにおいてだ。まぁ、そこで』
彼はそこで言葉を切り、告げる。
『一番機に命ずる。未確認機の呼称を以後アンノウンと呼称。一番機は直ちに出撃、アンノウンを追撃せよ』
それは戦闘への参加命令だった。それも開発が始まって以来の初めての実戦。
答える言葉は決まっている。いつかは来るだろうと思っていた時が来たのだから。
「一番機、了解」
シゲさん達整備班の用意してくれた装備一式を装着、甲板の上、機体の向きを日本側へ、アンノウンの方へと向ける。
武装完了。増槽の方もシステムが認識。
『おーい!無理だけはするなよー!』
『……いつもの相手とは違うよ、気をつけて』
シゲさんやシャル、整備班達の見送る声が聞こえる。
観衆は少ないけれど、クロノスのデビュー戦だ。
皆の期待、それになんとか応えて見せよう。
「出ます!」
スティック操作。オーバードブーストを起動。
広く長かった甲板が途切れ、視界には海と空が広がっていく。
母艦は気付けば遥か後方へ、意識は前方のISへ。
そしてオーバードブーストを巡航モードに切り替えながらも、こうして、追撃戦が始まった。
先程まで眺めていた風景が流れていく。
前方には小さくだが、対象を捉え、その大きさは徐々に大きくなってきている。
日本側の防空識別圏には既に入っているはずだが、いつの間にか船には繋がらず、日本側にも繋がらず、あちらからの接触もない。
今、対応出来るのは自分だけ、後で日本側から文句を言われるかもしれないが、そこはクレストに頑張ってもらおう。
「前方の機体へ通告する。貴機は日本国の領空に接近している、速やかに針路を変更し当空域から離脱せよ」
再度の通告、アンノウンが日本へ向けているのは、まず間違いはない。
本来であれば、こんな事は日本のスクランブル機がやる事なのだろうが、日本には連絡がつかない以上はしょうがない。
それにこちらも一応、日本の防衛を担う米軍が後ろ盾についているし、問題であるというのなら色々と支援をしてはもらえるだろう。
というかそもそも、こちらの目的となっている場所に、新手のテロのような火種を持ち込むような真似をみすみす見逃すわけにはいかない。
「繰り返す。こちらクレストインダストリアル社所属特殊機体。貴機は日本国の領空に接近している、速やかに針路を変更し当空域から離脱せよ」
モニターマップ上を確認。
未確認機に集中して気付いてはいなかったが、海の向こうには陸地が見えている。日本。未踏の地。
そして現在地は日本の領空内へと遂に突入。
「貴機は日本国の領空を侵犯している。直ちに退去、もしくはこちらの指示に従属せよ」
反応及び返答はやはりなし。
前方約数百m。彼我の速度差では今の所はこちらが勝り、その距離はじりじりと縮まっている。
その無言の深灰色の姿はいつでもロックオンは可能だ。
相手は無反応、ならば次に行うのは警告射。敵機機体前方に向かってその狙いを定める。
――警告。アンノウンより、高エネルギー反応を感知。
唐突に浮かび上がるアラームと同時に通常ブースターを利用し、今までの飛行軌道から自らの機体を外す。
そして機体を軌道上からずらしたその瞬間。
視界に映るのは圧倒的な熱量を帯びた光。
超高熱の帯が、先程までの飛行軌道を焼き尽くす。
被弾は免れているというのに、そのエネルギー兵器の持つ、異常なまでの熱量に機体装甲が熱を持った事をシステムが知らせてくる。
それだけの熱量。それだけの威力。
それが直撃なんてしたものならどうなるのか?
それは間違いなく「死」あるのみだろう。
「アンノウンに敵性意思ありと判断、これより交戦状態に移る」
だが、怯えて逃げ出すなんて真似はできないし、する気もない。
威嚇ではなく、今度は明確な敵意を持って、敵本体へと発砲。
命中。相手は回避動作を取らず、放たれた銃弾がそのまま装甲へと吸い込まれていく。
「……、冗談じゃないぞ」
その光景に思わず漏れてしまう声。
気を取り直し、次いで二連射。
二度の破裂音と共に銃口から、銃身とその内部のライフリングによって明確な指向性を与えられた銃弾が目標を目指し飛行する。
相変わらず避けるそぶりを見せないアンノウン。
目標に到達した銃弾は『その寸前で急激に減速し』装甲によって、文字通り、再び受け止められてしまった。
銃弾を阻む不可視の壁、ISの持つ強固な防御力の象徴が一つ。シールドバリア。
それこそが銃弾のエネルギーを中和し、弱体化させている存在の正体だった。
さらに言えば、アンノウンについてはもう一つの問題があった。
本来であればバリアを貫通して搭乗者の生命に危害を与え得る物に対して、絶対防御が自動的に発動し、搭乗者の安全を守るというのが一般的なISの防御システムなのだが、このアンノウンは全面に装甲を纏っている。
この装甲というのが現状においては非常に厄介な物だった。
ISとの基本的な戦い方について、シャルからよく話は聞いている。
とにかく数を当てるか、強力な一撃で削り取る。
つまり絶対防御を発動させるか数でエネルギーを削り取るか、とにかくエネルギー切れによる機能の停止を狙え、という事を。
しかし、今においてはそれが非常に難しい状況にある。
長距離ライフル、貫通力に優れたこの武装は確かに敵のシールドバリアを貫通する事には成功した。
だが本来なら、貫通した銃弾が減速させられたとしても搭乗者に至り、絶対防御を発動させてそのエネルギーを大きく減少させる所をこの機体はその装甲でもって、その減速した銃弾を弾き絶対防御の発動を防いでいるのだ。
数さえ放てればそれはある程度有効だっただろう。
しかし、現武装はライフルでありそれは不可能。
それは現武装との相性の悪さを示すものであった。
そして問題はもう一つある。
こちらは副兵装としてマシンガンも装備はしてはいるものの、既に増槽の燃料がほぼ尽きかけており、相手の攻撃を避けながら攻撃を行うという機動戦闘が出来そうにもないという事。
攻勢を掛けたとしても、途中で落ちていくのでは意味が無い。
つまり、ここでの選択肢は三つだけだと言えるだろう。
一つは意味の無い攻撃を嫌がらせのように繰り返し、いずれこちらが脱落する事。
もう一つはマシンガンを持って機動戦闘を挑み、エネルギー切れでみすみす逃げられる事。
そして、最後はブレードによる直接攻撃。
接近するリスクは高いが、高振動ブレードによるバリア及び装甲への干渉力は保有武装の中でも最も効果の高い物ではある。
あいにくと現在の速度ではこちらが勝っているし、接近する事も可能だ。
それに陸地ももうすぐ、なんとかそれまでには決めてしまいたい。
ライフルをハードポイントへ戻し、残量の少ない増槽を海面上へ投下。
重量を出来るだけ軽くしながら、オーバードブーストを巡航速度から最大出力へシフト。
アラーム音。先程の射撃に対する反撃か、敵ISは再びのエネルギー兵器発射の構え。
だが先程の物は既に見ている。砲門のあるその腕の射線と振り注意しておけば恐るるには足りない。
上昇。機体の下を高熱量の光が通り抜ける。
接近。こちらの機体のエネルギーはもはや少ない。チャンスはおそらく一度きり。
接触。重量と大きさで勝る機体で上方から押し潰すように機体をその背部へと乗せる。機体に衝撃が走るが、接触しても尚、敵機はその前進を緩めない。
対象との接触と同時にオーバードブーストを停止。左腕ブレードを起動。
すると、乗り掛かっていくまでは大人しかった機体がブレードの起動と同時にこちらを振り落とそうかという動きに変わる。
左右だけでなく上下にも振られる機体。
突然の事に、機体が敵機から離されてしまう。
アンノウンはそれを確認すると振り落とすような機動をやめ、高度を下げながら陸地へと向かっていく。
直ぐにオーバードブーストを再起動。
再び追い掛けるような形となり、その後ろ姿を追う。
遂に陸地へと到達。
そして、敵機体はとある建物を認識すると、速度を緩め、その主砲を下方へと向ける。
「くそっ!」
オーバードブーストによる高速状態のまま機体をぶつけていく。
それにより体勢を崩させ、目標を建物から逸らさせようとするが……。
一瞬早く、主砲が発射。その高熱量体の奔流がそこに突き刺さる。
建物に張られていたと思われるバリアが貫かれ、その内部に広がっていたグラウンドのようにも見えるそのスペースに着弾、大爆発が引き起こされていく。
一瞬遅く衝突した自分と敵機は、そのままの勢いで、爆発の起きたそのグラウンドへと激しく落下していった。
グラウンド。
このアンノウンを盾として地面を刔るようにして滑っていく。
その勢いが止まる寸前にブレードを再展開。敵の中心、胸部を狙ってその刃を突き立てる。刃の先、何かを突き破る感覚とその後、装甲とブレードとで飛び散る火花。
そしてその瞬間、敵機がブースターを利用しながら、こちらを振り切るようにして起き上がり、距離を取る。
その動きに合わせ、こちらもサブウエポンであるマシンガンを右腕に装着、その銃口を機体下のアンノウンへと向ける。
それにも関わらず、敵機はその機体の向きを変え、こちらではないどこかへ向けてその主砲を向けている。
その先に見えるのは、何かを話すパワードスーツを纏った二人の姿。
「そこの二人、避けろ!」
『え?』
重なる少年と少女の声。
二人が立っていた場所を光が薙ぎ払うが、その二人は無事にそれの回避に成功していた。
しかし、その動きはただのパワードスーツの動きではない。事前動作も見せずに一瞬で加速し、放たれたエネルギー兵器を避けて見せた。
だが、今はそれを考えている暇はない。
マシンガンをアンノウンへと放ちながら、ブースターにより接近していく。
唸りを上げる銃口、それは敵機へと殺到していくがダメージを受けた様子はない。
だが、その銃弾は装甲へと何とか至り甲高い音を響かせている。
マシンガンでもバリアは何とか貫ける。何とかISとでもやり合える。
目の前の光景に、そんな考えを浮かべた瞬間、敵の様子に変化が起きた。当たっていたはずの銃弾が空を切り、対象が一瞬の内に視界から消える。
「っ!?」
――警告。左方向、ロックオンされています。
アラームと同時に、機体を襲う振動。何とか冷静に機体を回避運動に集中させる。
地面を穿ち、続けてこちらを狙うように放たれる。主砲に比べれば低威力のエネルギー兵器。
だがそれが、マシンガンのように多数放たれ、こちらの機体を捉えていく。
咄嗟に取った左右へと機体を振る回避運動。避け切れない攻撃は左腕のシールドで受け止める。
それでもその全てを受け止められるはずもなく、装甲の冷却が間に合わず、熱量ばかりが蓄積している。
こちらが反撃に出ようと銃口を構えても、放たれる銃弾を景色に置いていくように、再び一瞬で視界から消える機動。
全身に設けられているスラスターと本来のISとしての機動性も合間って、その異様な機動性を実現しているらしい。
それでも付いていけない訳じゃない。
しかし、付いていけたとしても、こちらの攻撃はその殆どが外され、当たったとしても有効打には至らず、あちらの攻撃はこちらを確実に捉え、徐々に確実にダメージを蓄積させていく。加えて、もしこちらが気を抜こうものならたったの一撃で落とされる。
甘く見ていた、と言えばそれだけだ。
圧倒的な機動性、強固な防御力、強大な攻撃力。
それがISだった。それを持ち合わせるのがISだった。
現在において世界最強と謳われる機動兵器。
その姿が目の前にあった。
放たれるエネルギー兵器と銃弾の応酬。
――左腕部被弾、損傷軽微、戦闘行動に支障はありません。
回避しても避け切れず、攻撃しても当て切れない。
戦闘は今も続いている、追い立てられているのは常にこちらではあるが。
『ま、待ってください。あ、あなたは一体何者なんですか?』
そんな厳しい戦闘の真っ只中だと言うのに、唐突に画面に現れる眼鏡をかけた緑の髪をした女性の姿。
その質問は非常に正しいとは思うが、今は止めてほしい。こちらは必死に何とか食い下がっている状態なのだから。
『まぁ落ち着け、山田先生。どうにもこちらへ意識を割いている余裕はなさそうだからな』
緑髪の女性の次に現れたのは再び女性。黒髪で視線は鋭く、どこか場慣れしているような雰囲気を匂わせている。
『一つだけ聞こう』
「な、んですかっ!?」
会話に答えながらも敵主砲を何とか回避、しかし、迫る敵のエネルギー性の弾幕がこちらを狙う。
『貴様は敵か?味方か?』
「敵では、ありま、せんっ!!」
即答。同時にオーバードブーストを機動。エネルギー弾を避けながら、速度を乗せてブレードで切り付ける。
だが、再び、当然のように回避をされる。
『その言葉を信じさせてもらうぞ。……聞こえていたな、織斑?鳳?』
『あ、ああ。千冬ねぇ、じゃなくて織斑先生』
『はい。聞こえています』
先生と呼ばれた彼女が別の誰かへと話し掛けている。こちらからでは姿は判別できないが二人。それは少年と少女の声だ。
『よし、ならあの未確認のISと交戦中の機体を援護しろ』
『……え、あ、わかった!』
『……了解です』
それは非常にありがたい知らせだった。朗報だった。
その返事の直後、こちらを主砲で再び狙ったアンノウンを見えない砲弾が襲い、そこを翼を生やした白い甲冑のような鎧を纏った少年が切り掛かる。
アンノウンは既にこちらに狙いを定めている暇はなく、まるで逃げるようにして追い立てられている。
『大丈夫か?』
通信と共に画面に映るのは同年代と思しき、少年の姿。
「……ああ。助かったよ、恩に着る」
ISに少年、何か引っ掛かる物があるが助かったのは本当だ。それはきちんと示さないといけない。
『ち、ちょっと、一夏もそっちのでかいのも今は戦闘中なんだから、暢気にぼぉっとしてないでよね!?』
聞こえてくるのは少し騒がしい少女の声。それと同時に。
『うお、危ねっ』
「よっ、と」
イチカと呼ばれた少年と自分の間に高出力のエネルギーの帯が通っていく。
『早く加勢してよ!二人共!?』
『ちょっと待ってろよ、鈴!』
「了解」
少年の方は一瞬にて機体を加速。瞬く間に少女の元へと向かっていった。
こっちもこっちで武装に長距離ライフルを追加。下手に突っ込んでは二人の邪魔になるので、彼らの援護に回る。
狩られる立場から狩る立場へ。心強い援軍を得て反撃に移る。
戦術は変わらない。
こちらが牽制し、少女が隙を作り、少年がそこを突く。
どうにも少年の武装、あのエネルギーブレードにはISのバリアに対し、非常に高い効果を発揮するらしく、それによってアンノウンを撃破するという試みが何度も行われている。
しかし、アンノウンもその危険性が理解できているのか、こちらの援護や少女の衝撃砲というらしい見えない砲撃を受ける事はあっても、少年のエネルギーブレードに対してだけは高い警戒を示し、あらゆる手を持って確実に交わしてくる。
確かに三対一となって戦況は楽にはなったが、はっきり言って状況は芳しくはない。
切り札ともいえる少年の攻撃だが、その頼みの綱である対バリア武装は機体のエネルギーを大量に消費するらしく、そのエネルギーが尽きかけているというのが現在の状況だ。
「それでどうする?そっちに何かの策は?」
こちらの武装ではどうにもならないというのは、何とも歯痒い。
『火力不足が二人に、ガス欠が一人かぁ……ねぇ、一夏の方は何か良い案でもある?』
『ガス欠って言うなよ。だけど一つだけ、一つだけだが思いついた事ならある』
その声と表情。それは苦境に立たされている現況においても尚、自信に満ち溢れた物だった。
『なに?まさかちゃんとした根拠があるんでしょうね?』
『ああ、任せろ』
尋ねるその表情は少し訝しげではあったが、直後に言い切られた言葉によって笑顔が浮かんでいる。
口では疑っては見せていたが、少年に対する絶対的な信頼感という物がそこにはあるのだろう。
『それじゃ、一夏、早速、その案とやらで行きましょうか?』
『ああ、まず……』
そうして、策とやらを聞こうとしていたその時、会場全体に大声が響いた。
『一夏ぁっ!!』
それは少年を呼ぶ誰かの声。それはスピーカーから流れ出しており、それを流した中継室と思われる場所にはISも何も、全く装備をしてはいない生身の少女の姿があった。
『そのような敵を倒せんでどうする!』
響く少女の声、それはこちらだけでなくあのアンノウンにも届いており、その声に対して反応を示している。そうして少女へと向けられようとする銃口。
オーバードブースト起動。それを見るや否や、身体は動き出していた。
「……イチカとリンだったかな?敵はこちらが引き付けるから、その内にその策とやらを頼んだ!」
両腕の銃口を敵に。高速移動中でのダブルトリガー。
残弾数もほぼ無いと言って良い状況だが、それを使い果たすように、銃身過熱も考えずに撃ち尽くす。
アンノウンもこちらの攻撃に即座に反応。少女に向けていた銃口がこちらに向けられる。
――直後に訪れる眩しい程の光。
緊急回避。回避には成功した。
そして消え去っていく熱量と光、その向こう側。
どこかでの爆発音の後、アンノウンへと向かっていく一つの光の姿を見た。
それはまさに目にも留まらぬと称せるだろう速さ。
イチカと呼ばれる少年が、文字通り一つの弾丸となってアンノウンへと向かっていく。
一閃。
その腕に持つエネルギーブレードの色と光が増し、翻り、アンノウンの右腕を宙へと舞わせる。
しかし、後が続かない。完全な撃破には至らずにイチカは残る左腕によるカウンターをその身に食らい、吹き飛ばされる。
倒れ伏すイチカに向けられる左腕の銃口。
即座に援護に向かうが間に合わない。二人の少女の叫びが響き、諦めかけたその時。
『誰だかは存じませんが、そこの機体、危ないですわよ?』
届けられた通信と共に、上空から高出力のエネルギー性の雨霰がアンノウンに降り注いでいく。
見上げれば、そこにはいつか見た青い機体と初めて見る豪奢な金髪の搭乗者の姿。
「確か、ブルーティアーズ?」
その青い機体、ブルーティアーズから放たれるエネルギーライフルによって、アンノウンの強固であった装甲が弾け刔れ消え去っていく。
各所に被弾する度、まるで踊るように機体を揺らし、その機体が歪な形へと変えられていく。
そうしてエネルギー射撃の雨が止む頃には、アンノウンは装甲を剥がされた無残な姿で、地に伏せ沈黙していた。
「とりあえず、大丈夫か?」
敵機の沈黙を見届けた後、倒れている白いISに手を伸ばす。
『ああ、なんとか。セシリアが上手くやってくれておかげでな』
こちらより二回り程小さいながらも、白いISの搭乗者、イチカはこちらの差し出した手を掴み、立ち上がる。
そのどこも何ともないような姿に、ブルーティアーズの搭乗者やリンと呼ばれていた少女も安堵の声を上げこちらへと近づいて来ている。
「なんにしても助かったよ。いや、ありがとう」
『気にすんなって。こっちも千冬姉に言われて手伝っただけだからな。……それにしても、そっちの機体は一体何なんだ?えらくでかいけど』
そうして互いに労いの声を掛け合いながら、とりあえず戦闘が終わった事に気を緩めていると、突如、誰かの焦ったような声が響いた。
『二人共危ないっ!!』
声が聞こえると同時、正面のイチカを突き飛ばす。
その瞬間、空気を焼く光が僕ら二人の間を走っていく。
ブレード展開。オーバードブースト起動。
急加速。目標は高エネルギー砲を放ったその主の元へ。
倒れ伏していたアンノウンの元へ。
跳躍。エネルギー砲によって僅かな反撃こそしてはくるが、アンノウンは倒れたままでその場所を動けてはいない。
ならばとブレードの切っ先を目標に。落下をしながら機体に乗るエネルギーをそのままに、ブレードをその倒れ伏す機体へと突き立てる。
一瞬、バリアと拮抗する刃。しかし刃がそれを突き破っていく。
そして、到達した装甲と火花を散らすが、ブレードは間もなく装甲を貫通。刃が内部に至った。
超高速の振動を持って鋭利な刃とするブレード、それが内部構造を振動破砕。それによって機体内部で起きる小さな爆発。
最期まで抵抗を続けようとしていた左腕が地に落ち、周辺に最後の振動を伝える。
……今度こそ終わった。
そうして、終わったことによる安堵から息を吐き、周囲に声をかけようと振り向いたその時、機体のアラーム音がけたたましく鳴り響いた。
――機体周囲、多数の敵にロックオンされています。
「え?」
見渡せば、そこには共闘していた三機の以外のおそらく量産機と思われるIS達が、こちらへとその銃口を向けていた。マシンカノン、アサルトカノン、ライフル、ミサイルその他諸々。
目の前に広がる光景に、思わず機体の両手を上げて、白旗はないけれど降参のポーズを作ってしまう。
そこに届けられた通信。通信主は先程の鋭い目付きの女性だ。
『さて、御苦労だったと言いたい所ではあるのだがな、まずは機体を降りて、一体どこの所属で、どこの誰なのか嘘偽りなく答えてもらおうか?』
なるほど。確かに共闘こそしたが、そういえばあちらからすれば、こっちも未確認機扱いだったのを忘れていた。
スティック操作。機体の両手を上げたまま降機体勢へ。
機体後方を開き、コクピットブロックを露出。おもむろにそこから立ち上がり、そのまま両手を頭の上へ。
『それで君は何者なのかな?』
その問いにヘルメットを外しながら、尚も両手を上げながら答える。
「こちら、クレストインダストリアル社、機甲開発部隊所属、名前は……」