Acxis   作:ユ仲

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Chapter2-1

 五月も終盤。

 

 太陽も調子が上がって来たのかやる気を出し過ぎる為に、外を軽く走っても汗がにじんでくる今日この頃。

 朝の運動を終えてシャワーを浴び、朝食を摂って、今はこうして休憩室のソファーに横になりながらシゲさん達の読んでいた新聞や雑誌を広げて読み進めている。

 

『アーマードコア、その正体はいかに!?』

『登場した新兵器、ISへの対抗なるか?』

『軍事評論家、おかだ英作氏が語る新兵器の実力とは?』

 

 などなど各誌各方面で、この間の正式発表以来、アーマードコアの事を連日取り上げている。

 テレビ番組を見ていても、ニュース番組などではアーマードコアを題材にして特集を組んでいたりするし、聞いた話ではキサラギに取材の申し込みがあったりと本当に注目されているらしい。

 漢字がまだ完璧に覚えられている訳ではないので、きちんと読み取れているかは不安だけれども、世間は概ねそんな感じだと思う。

 

 テーブルの上、木製の容器からセンベイを一枚取り、雑誌をめくりながらかりぽりとかじっていく。

 センベイばかり食べていると、喉が渇いてくるので、そこはグラスに注いであるムギ茶で潤す。

 なんだろう、凄く身体に馴染むというか、勝手に和むというか、とにかく感じるこの感覚は?

 もしかしたら日本人の血が流れるこの身体に、遺伝子レベルでそういったプログラムが為されているのかもしれない。

 

 自分が何を言いたいのかというと、平穏って素晴らしい。

 

「あ、いたいた!……というか行儀が悪いよ?」

 

 そんな時、背後から聞こえてきたのは、最近は本当に聞き慣れた女性というか少女の声。

 

「ん?どうしたのさシャル、なんか用で、も……」

 

 何気なくいつも通りの返事をしながら、その声に振り返るが、その姿を見た瞬間に思わず声が途切れてしまう。

 

「……それでどうかな?似合ってる、かな?」

 

 そこには見慣れない服装に身を包んだ女の子の姿があった。

 白を基調としたその装い、赤いラインや黒い模様がそのデザインをより洗練させている。

 見慣れないというのは語弊があるだろう。

 それはいつぞやに色々あって、自分もその身に包んでいた服装であった(もちろんスカートではないけど)。

 つまりは、この間自分がド派手にお邪魔をさせてもらったIS学園。その制服に身を包んだシャルロット・デュノアの姿がそこにはあった。

 

「えと、聞いてる?」

「ん、ああ、うん。聞いてるよ?」

 

 いつの間にか気を少し飛ばしており、気付けばすぐ目の前にあるシャルの表情。

 そしてそれはどこか不満げな膨れっ面。

 

「……似合ってるかどうか聞いてるのに」

「いや、その、なんていうか」

 

 こちらが言い淀んでいると、その膨れっ面は見る見るうちにしぼんでいき、次第に不安のような、まるで落ち込んでいくような色を帯びていく。

 

「もしかして、似合ってないの、かな?」

 

 こちらの瞳、それを窺うのは不安げな上目使い。

 恐らくはいつもの戦法ではあるとは思う。思うのだけれども、はっきりとした確証が持てない。

 話の流れ、今の状況、それらを統合して考えて見てもその解は導き出せない。

 

「いや……似合ってるよ」

 

 この懸案に対し採った対策は賞賛。別の言い方をすれば、白旗降参。

 素直にその心情を吐露していく。

 

「本当に似合ってる?」

「うん、本当に」

「本当の本当に?」

「本当だって、シャルが女の子である事を改めて理解できたよ」

 

 押し問答の後、落ち込んだ表情から一転、花が咲いたように開く目の前の笑顔。

 

「……あぁ、良かった。これで似合ってないなんて言われたら立ち直れない所だったよ!」

「……はぁ、やっぱり」

 

 一方、予想通りの結末に、がくんと落ちる僕の頭。

 いや、笑顔でいる事自体は良い事なんだけどね。良い事なんだけど……。

 

「む」

 

 策にはまり、溜め息と共に落胆と共にがくりと落ちる頭。

 その視線の先、シャルが喜んでいるこの状況において、その彼女の足下が目に入ってきた。

 

 白い肌、整った健康的な曲線を描くふくらはぎから太ももにかけてのライン、それが少し短めの丈のスカートから伸び出ている。

 咄嗟に逸らしてしまう視線。何やら何か、どうにもどこか気恥ずかしい。

 加えて言えば、さっきからの流れも相まってなのか少し顔も熱く火照ってきている。

 

「ん?急にどうしたの?」

 

 こちらの様子に気が付いたのか、不思議そうに問いかけてくるシャル。

 だがしかし、こちらはこちらで気恥ずかしく、まともにそちらの方へは向けない。向くことができない。

 

「ねぇ、どうしたのってば?」

 

 今度はそっぽを向いているこちらの顔の正面に回り込んで問いかけてくる。

 それに合わせ、自然に視線は再び違う方向へ。

 

「ねぇってば?」

 

 こっちを向けばあっち、あっちを向けばこっち。どうにもシャルも少し意地になっている。

 正直、こうしていても埒が開かなそうだ、とは思う。まぁ、こうしている間にも意識は別の方向へと移すのに成功。なんとか頭と顔も冷えて来た。

 

「あー、うん、えーとシャル?」

「さっきからどうしたの?」

 

 ならば、現状を打破する一手を打とう。

 というか、正直な質問を一つ問い掛ける。

 

「いや、……スカートが短すぎないかな、それ?」

 

 自らの正直な感想兼疑問。

 その言葉に反応して、シャルはスカートの裾を咄嗟に押さえる。

 

「えと、み、見えた?」

「ん?……いやいやいや、見てはないよ!それは約束する!」

 

 少し慌てふためくシャルなのだが、顔を赤くしているその姿に、日頃の仕返しという事でなのか、少しだけしてやったりな一矢を報いた感じはする。

 とりあえずこちらはもう気分も落ち着いて来たので、再びムギ茶を注いで一口含み喉を潤す。

 冷たい喉越し、うんやっぱり好きだ、これ。

 ムギ茶について欧州やアメリカでは個人個人で好みが大きく分かれるそうだが、自分は普通に美味しく感じている。まぁ中東での好みや評価などは詳しく知らないので、それが異端か普通かはよく分からないけれど。

 

 そういった風に再び自らの遺伝子情報に任せ、一人和んでいると、さらに顔を赤くしたシャルがスカートの裾を摘みながら口を開いた。

 

「えーとじゃあ、……見たい?」

 

 ……。

 それは痛烈なカウンター。

 和み、油断していた、その無防備な心情を襲った意識を殴り付けるような、思いもしなかった発言。

 一瞬、頭が真っ白になるが、その言葉の示すものを理解した瞬間、ムギ茶が気管へと入りこみ、大いにむせ、咳き込む。

 

「うわっ!ちょっと大丈夫?」

 

 ……自らの引き起こした事だろうが、と言いたい所ではあったが咳込んだままではどうにもならない。

 むせこみ、咳き込み、とにかく苦しい。

 ごほっ、ごほっと、咳が出て息が出来ない。シャルも慌ててくれてはいるが、今の状況には無力。

 

 その後、何とか落ち着いた頃には確実に涙を目に浮かべた状態だったとは思う。

 

「……まったく」

 

 眉を眉間に寄せ、横目で睨むようにシャルを見遣る。

 

「あ、ははは、いやごめん。そこまで驚くとは思わなかったかから」

 

 浮かべているのは苦笑い。反省の色が見えていない。

 いや、それにしても、だ。

 

「……あのね、シャル。そんな簡単に他人に下着を見たい?とか聞くのはダメだからな?」

 

 全く。どんな意図があったにしても、年頃の女の子が異性に対して軽々しくやっていい事ではない。

 本当に全くだ。

 

「……それは分かってるけど、ってあれ?」

 

 うんうんと頷いてはいるが、ふと何かに引っ掛かったように言葉を切ると、シャルは

何か悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべこちらに告げる。

 

「私は一言も『何を見たいか』なんて言ってないんだけどなぁ?」

 

 何とか反論をしようとするが、思いつく言葉はない。再び顔に熱が昇っていく。

 その熱を醒ますように再びお茶を喉に流し込み、顔の熱を自覚しながらも問い返す。

 

「……シャル、君はさっきから、からかってやってるだろう?」

「うん!」

 

 満面の笑顔での返事に、大きな溜め息で返す。

 顔が熱い。ソファーに座り直し、手で顔に風を煽いでいく。

 そんな様子を見てか、シャルは弾けんばかりの笑顔でこちらに話し掛けてきた。

 

「やっぱり男の子なんだねー?」

 

 やられっぱなしの満身創痍。

 こちらに反撃する体力は既に残ってはいない。

 残ったお茶を飲みながらもその言葉に耳を傾ける。

 

「でも安心したよ。てっきりそういった事に興味がないのかもって思ってたりもしたし」

 

 それは全く持って失礼だ。人を何だと思っているのか?

 こっちにだって人並みには望みも欲もある。

 

「そうだね」

「……そこで即答されてもこちらとしては、困るんだけど」

 

 良い笑顔のシャルを横に、冷たいお茶で再び体温を冷ましていく。

 本当にやられっぱなしの状況。いかんともしがたい現況ではあったが、とりあえず今の勝敗は端に置いといて。

 気持ちを落ち着けていると、シャルが制服を見せてくれた事にも意味があるという事を今更ながらに思い出した。

 

「……ああ、そういえばそっか、明日にはここを出ちゃうんだね」

 

 そうシャルは、明日IS学園へと編入する予定だ。

 IS学園では生徒の保護の為に、所属する生徒は寮での生活が義務付けられており、そこに入学する以上は当然ここを離れる事となる。

 

「今生の別れという訳じゃないけどね。一応、キサラギ社への参加も認められてるから、皆と過ごす時間が少し減っちゃうだけで、いつもとは変わらないよ」

 

 つまりは、昼はISでの仕事、放課後はキサラギでの仕事といった内訳だ。

 

「……大分、ハードワークだよね」

「そうでもないよ」

 

 本当になんともないように首を振るその仕草。

 ふむ、確かにシャルの表情には好奇心の色が見えているようにも見える。仕事への気負いというよりは、久しぶりとなる学園生活への期待という物があるのかもしれない。

 無理をしようものならこちらで止めれば良い事か。

 

 まぁ、今はそれよりも。

 

「それじゃあ今日は、明日からは忙しくなるという事でのんびり過ごそうか?」

「おー!」

 

 こうしてシャルの賛同の言葉と共に今日のこれからの方針が決定された。

 ……いや、元々今日はこの方針ではあったのだけれども。

 

 

 

 さんさんと照り付ける太陽。気温は暖かいを通り越して少し暑いくらいだ。

 しかして、ハンガーにはそんな事は関係がなく、目の前では装甲を外され内装部の交換を為されているクロノスの姿がある。

 

 確かに先日の発表会見の際に機体を動かしたりはしたけれど、実際には装甲を何とか取り繕っただけの張りぼて状態であり、操縦していたコクピット内では、しきりにアラームが鳴り響いていた。

 そして、ようやくこうして各関節部など傷んだ部品の全面的な交換へと取り掛かっているわけで。

 それにこれが、今日の僕が休暇を過ごしている理由でもある。

 

「こうして見ると、本当に無理させてたんだね」

 

 ハンガーに設置してあるベンチに腰をかけながら、クロノスに視線を移しつつシャルが呟く。

 

「……こっちにも余裕がなかったからなぁ」

 

 あの黒い未確認機、後の調査で無人機だと判明し、内密に聞かせてもらったが、結局それがISである事に変わりはなく、非常に強力な敵ではあった。

 ISに挑むという事はすべからく困難に立ち向かわなければいけないという事であり、それはシャルが一番解っているはずだ。

 ISに詳しく、さらにはこちらでも操縦経験があるシャル自身が。

 

「でも、『負けた』とは言ってたけどさ、実は少し自信になった

部分もあるんでしょ?」

 

 それは何ともなかなかに鋭い意見。

 

「ああ……分かる?」

「うん、なんとなくね。……悔しさみたいな物は態度というか雰囲気には出てたけど、ISに対しての諦めとかそういった感じはなかったからね」

「まさに、正解だよ」

 

 確かにあの戦闘では負けた。確実に負けていた。

 でも、それは虐殺ではなく戦闘であったという実感から来る物だ。

 彼我の差は確かに大きい。機動性、攻撃力、防御力どれをとっても劣っている。

 しかし、現時点では敵わないかもしれないが、戦えない程の差ではなかった。

 絶望するには小さすぎて、諦めるには早過ぎる、その程度の差だったのだ。

 

「実際にISと戦ってみてさ、どうだった?どこがその敗因だと思ってる?」

 

 真剣な表情でISに詳しいはずのシャルが質問をしてくる。

 その事に少し疑問を覚えたが、よくよく考えたら、これはシャルにも解らない事なのか。

 そういえば、自分はクロノスつまりはアーマードコアでの初めての実戦経験者だ。それも現時点ではたった一人の。

 

「敗因……個人的に挙げるとしたら二つかな」

「二つ?」

「機動力と攻撃力、この二つ。防御力に関してはあまり意識はしてなかったから」

 

 一つ目の機動力。

 これは前後への速度ではなく、左右への速度と旋回性能。別にISと同等の機動性は必要はない。その姿を何とか少しでも長く、そこそこに視界へと入れていられる程度の物があれば良い。

 

 二つ目は攻撃力。

 これがなくては始まらない。確かにシールドバリアは抜く事ができる。だがマシンガンにしても他の武装にしても、例え抜いてもダメージを与えられなければ意味がない。

 

「この二つがある程度揃えば、この間の敵が相手なら、倒せるかどうかは分からないけど良い勝負にはできると思うよ」

 

 これは過信でも自信ではなく、きっと確信とかそういった類のものなのだろう。

 例えその相手が有人機であってもそれは変わらない。むしろそちらの方が相手にしやすいかもしれない。

 性能がいくら優れていたとしても結局それを操るのは人間だ。そこには癖があり、隙があり、油断がある。そこを上手く突ければ十分に勝機はある。

 つまりは……勝てる、かもしれない。

 

「まぁ、それを揃わせるのは大変だし、実際に戦ってみない事には、分からないけどね」

 

 へぇ、と感心するような声を挙げるシャル。

 そんな彼女の服装は制服からいつもの格好へと既に着替え終えている。さっきのあれは本当にただのお披露目だったらしい。

 シャルは必要な荷物は既に学園側に送ってあるらしく、明日の準備の方も全て完了していると言っていた。

 そうして出立の準備も完了し、特に急ぐ事が何もない今は、先程の言葉通りにのんびりと時間を過ごしている。

 

 

 そのままクロノスを眺めながら、ぼけっとしている真っ最中、ふと聞こえてきたのは少し大きめの車輌の走行音。

 ハンガーから外を覗いて見てみると、こちらの方へキサラギ社の物ではないトラックが近づいて来ている。

 そしてそれはハンガーの前まで来ると、軽いブレーキ音を響かせながらその車体を停めた。

 

 開かれるドア。

 そこから降りて来たのは、年齢は七十をおそらく越えているだろう、茶系のハンチング帽にその瞳を覆う黒いパイロットグラスが特徴的な男性の姿だった。

 

「ん?見ない顔だな?……すまんが、シゲいやここの班長である柴田に用があって来たんだが」

 

 その老人と言っては失礼か、予想される年齢よりも若々しくきびきびとした動きを見せるその壮年の男性は、自分たちをキサラギのスタッフと見たのか、その用件を伝えてくる。

 どうやらシゲさんとは知己の客人のようだ。声に凄みというか重みはあるが、決して悪い印象は感じない。

 

「ああ、すみません。シゲさんなら今外していて、すぐに戻ってくるとは思いますけど……」

「ん、そうか。……それじゃすまねえが、ここで少し待たせてもらうぞ」

 

 そうして男性は、先程まで僕らが座っていたベンチへと腰を下ろす。

 するとその時、ちょこんと肩に触れる指の感触。

 そちらの方へ顔を向けると、シャルが何やらハンドサインでこちらに語りかけている。

 

『私、シゲさんを、呼んでくるね?』

 

 それにすかさず返答。

 

『オーケー、了解』

 

 そうして駆け出して行くシャルの後ろ姿。僕も近くの自動販売機へと飲み物を買いに行く。

 販売機にカードをかざし、ドリンクを選択。炭酸やスポーツドリンクもあるが、お茶の方が良さそうだ。そうして落ちてきたお茶を二つ、取り出し口から手にとる。

 

「よろしければ、どうぞ。缶の奴ですけど」

 

 お茶を両手にベンチに戻ってみれば、男性はベンチに腰を掛けたまま真剣な様子でクロノスの整備風景をじっと眺めていた。

 そんな様子の男性に買ったお茶を差し出す。その男性の集中に水を差してしまうようで、少し申し訳なくはあるけれど。

 

「いや、すまねぇな」

 

 男性はやはり悪い人ではなさそうだ。

 差し出されたお茶を別に気を悪くした様子もなく気軽に受け取ると、プルタブを開け大きく一口を煽っている。

 こちらもこちらでハンガーの壁に寄り掛かりながら、お茶を一口。暑くなって来ている今においては体に染みる思いだ。

 

「ところで坊主っうのは失礼か……お前さんもここの、キサラギの一員なのかい?」

 

 ふと、こちらへと話しかけてくる男性。その声には純粋な疑問と子供を思いやるような感情。

 自分で言うのもおかしいが、ここは確かに普通のティーンエイジャーがいるような場所ではないか。

 

「厳密にはクレストに所属しているんですけど、……自分はここの一員だとは思っていますよ」

「そうかい……すると、さっきの嬢ちゃんもか?」

「いえ、彼女は元々ミラージュの所属です」

「……ほう、そうなのか。しかし、クレストってぇと、お前さんはその成りで米国人か?日本語も流暢なようだが」

「アメリカ人って訳ではないんです。詳しくは言えませんけど、生みの親が日本人なので。あとはそういった事もあって日本語は現地で学ばせてもらいました」

「……成る程、な。色々と複雑なわけか」

 

 男性と自分でお茶を煽る。

 男性は様々な質問こそしてきたが、深いところには絶対に踏み込まないように意識をしているのか、人との距離を考えているような喋り方だった。

 

「なぁ?あの機体、アーマードコアの事はお前さんはどれほど知ってるんだ?」

 

 ふと男性は目の前のクロノスにじっと目を見やるとそのまま機体を見詰めたまま、こちらに問い掛けて来た。

 今になって気付いた事なのだが、最重要機密として厳戒体制がキサラギに引かれているこの状況で、男性がここに居るという事はこの人も計画の関係者なのだろうか?

 

「……あの申し訳ないのですけど」

 

 男性に対して逆にその事を尋ねようとした時、こちらへと駆けてくる騒々しい足音と誰かを呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「おやっさぁーん!!」

 

 白の作業服、細身でどこか野暮ったい眼鏡、その声の正体は紛れも無くシゲさんだった。

 

「おう、シゲか?久しぶりだな」

「おやっさんこそ、わざわざここまで。今日来ると聞いていたら迎えだって……」

「何言ってやがる、シゲ?俺はもう一介の爺に過ぎねえ。まったく……そんな事に時間使うぐらいならもっとこっちに精魂使いやがれ!」

 

 二人はどこか、互いを知ったような会話を続ける。

 

「やっぱり知り合いだったみたいだね、あの二人」

 

 シゲさんに遅れて登場したのはシャルの姿。

 

「もう驚いちゃったよ?あの人が来てるって伝えたらシゲさんってば、血相を変えて真っ先に走り出すんだもん」

 

 確かにシゲさんの様子はそんな感じだった。何よりシゲさんのあの男性に対する態度は、尊敬というか崇拝というか、とにかくそれに類するものが全面的ににじみ出ている。

 

「ああ、そうだ。紹介するよ」

 

 目の前で続いていた会話が一旦止み、シゲさんがこちらへと振り向いた。その顔に浮かぶのは満面の笑み。

 

「この人は俺の師匠であり、以前まではここの整備班班長兼、如月重工の技術開発統括部長を務めていた……」

「……榊原正太郎だ。俺はもう一介の整備工場を営む爺に過ぎねえんだがな。この馬鹿が帰って来てるって聞いてな、ちょっとばかし訪ねさせて貰った」

「なーに言ってるんすか?整備工場って言っても、あんなでかいのはおやっさんとこだけでしょうに!」

 

 シゲさんによるとこの男性、榊原さんは普通の整備工場としてだけでなく、退役した飛行機などの整備も請け負っているらしい。

 でもそれにしても、まさかシゲさんの師匠だったとは。

 確かに威厳というか、厳格な雰囲気は伝わってくる。でもそれはシゲさんには(申し訳ないけど)感じられないので、この人独特の物なのだろう。

 とにかくその身から感じられる空気は良い意味で古臭く、その腕一つで生き抜いてきた職人気質な感じがする。

 

「……ところでシゲ、前に言ってたMTはどこだ?」

「ああ、はいはい、わかってますよー!」

 

 シゲさんが話し掛けられた後、その用件について近くの整備員に声をかけると、直ぐにハンガーの奥からMTの載せられたコンテナが運び込まれてくる。

 どこかへ移送予定だったのか、搭載される前のコンテナ。

 榊原さんはそれを見ると、早速その外装を開き、装甲に触れたり観察したりと機体中の確認をしていた。

 

「あ、もしかしてシゲさん。前言ってたMTを直してくれる人って……」

「うんそうだよ?おやっさんが見たいって言ってくれてたからね。それにしても良かったねぇ、おやっさんの腕にかかれば、コイツも新品以上の状態になって帰ってくるよ!」

 

 榊原さんがMTを弄り回している横で、シゲさんは自信を宿した言葉でそれを語っている。

 シゲさんの師匠であり、シゲさんが自信をもって推す相手。

 そんな人に整備をしてもらえるのは幸運な事なのかもしれない。

 

「所で……これのパイロットは誰だ?」

「……自分です」

 

 榊原さんは神妙なというか(表情自体はサングラスでよくわからないが)、厳しい声色でこちらに語りかけてくる。

 それに対しては身体は直ぐに反応。返事と共に足を一歩前へ。

 

「……坊主、お前さんが、か。それで、こいつとは何年ぐらいの付き合いになる?」

「五年、だいたい五年ぐらいです」

 

 正直に応える。嘘偽りなく正直に。なにせ相手はお世話になる相手だ。

 きちんと礼を尽くさねば失礼になる。

 

「こいつは……お前の役には立ってやれたか?」

 

 こちらの返答に榊原さんは、何かを抑えるように何かを乗せて問い掛けてくる。

 

「はい。何度も命を救われた相棒ですし」

 

 率直な返答。

 それはただ単に事実を言っただけなのだが、そうかい、と榊原さんはそうやってこちらに呟くと、シゲさんの方へと振り向きその後の予定について話し合いを始める。

 でも何となくなのだが、先程よりも思いの外、その後ろ姿は気持ちが弾んでいるように見えた。

 

 そうしているうちに、整備員の人たちによってMTが運び出され、榊原さんが乗って来たトラックに積まれ固定されていく。

 

「坊主、一月は掛かるだろうがコイツを最高の状態にして返してやる。お前さんには既に新しい相棒がいるかもしれんが、コイツもお前さんのパートナーには変わりがねえ。その時はしっかりと使ってやってくれ」

 

 運転席から自分にそう言い残し、こちらの返事を聞くか聞かないかの内に、トラックは行ってしまっていた。

 なんだろう?始めは厳格な感じがしていたのだが、MTを載せ去っていくその姿は、まるで楽しみで待ちきれない子供のように見えた。

 ……よくわからないけど、子供心を忘れないとは、ある意味こういうことを指し示して言うものなのだろうか?

 

「なんだか、まるで風のように行っちゃったね?」

「うん」

 

 シャルも最初に感じたイメージとの違いに戸惑っているようだ。

 僕も当然戸惑いを感じている。碌な返事もさせて貰えないまま、すたこら行っちゃったし。

 

「いやぁ、おやっさん。えらく機嫌が良かったねぇ」

「……そうなんですか?」

「ありゃ間違いないよ。確かに表情は見づらいけど、あれは上機嫌だったね」

 

 シゲさんは両腕を組んだまま、榊原さんの事を語り何度も頷いている。

 

「あ、そうだそうだ。そういえば忘れてたよ」

 

 そんな様子から一転、今度は掌を片手で叩き、何かを思い出したような様子を見せている。

 

「シャルちゃんは明日、学校に行っちゃうんだよね?」

「はい、そうですけど?」

 

 何やら思わせぶりなシゲさんの言葉。

 シャルも言葉の真意を理解しかねているのか、首を少しひねりその疑問を顔に浮かべている。

 

「いやぁ、良かったねぇ?明日は二人とも学校だよ」

「……はい?」

 

 その発言に困惑から思わず固まってしまう。隣を見ればシャルも驚きからか硬直している。

 というか、学校ってどういう事ですか?

 

「まぁ、二人で通うってわけじゃあないよ?」

 

 シゲさんはそれまでの笑顔から、唐突に真剣な物に表情を変える。

 

「いやね?ついさっき連絡があったんだよ。IS学園経由でイギリス、いやBFF社からか……」

 

 BFF社というと、IS開発企業の?

 

「そうだよ。全くいきなりだったから思わず、了承しちゃってさぁ」

 

 今度はあはは、と笑いながら答えているシゲさん。

 それにしても、BFF社が僕らに一体何の用が?

 

「どうにもね。アーマードコアに『強く』興味を持ってくれたようでね。模擬戦をやりませんか?ってお誘いをもらっちゃったんだよね」

 

 それはつまり?

 

「ISとの第二回戦だよー、いやぁ頑張ってねぇ、うん。……さぁってと、今日も忙しくなるぞー!」

 

 そうしてシゲさんは肩を回しながら言うことだけ言うと、そそくさと半ば逃げるようにハンガー内へと入っていく。

 勢いで決めてしまったことへのごまかしが多分に入っているように感じるけれど、今はそれよりも伝えられた明日の予定の事が気になる。

 

「第二回戦だってさ」

 

 シゲさんを追い、ハンガーを向く僕の背後より、話し掛けてくるシャル。

 

「……いや、本当に突然過ぎるよ」

 

 本当の本当に。BFFもシゲさんも何を考えているのやら。というかシゲさんは思わずとかって言ってたな、そういえば。

 ……思わずで重要な事を決められても困るんだけどなぁ。

 

「でも、満更でもないような顔してるよ?」

「……そうかな?」

 

 少し笑いを含んだシャルの言葉に対して、表情をぐにぐにと揉みほぐすようにして顔に触れる。

 確かに。知らない内に笑っていたかもしれない。

 

「でも、まぁあれだね」

 

 シャルは軽い笑みを浮かべながら語りかける。

 

「私達二人、やる事は違うけどそれぞれ頑張らないとね?」

「……そうだな」

 

 ハンガーの中へと入り、二人で再びベンチへと腰を下ろす。

 正面を見れば相も変わらず、メンテナンスを受けるクロノスの姿。

 今はシゲさんがそれに加わり、元気にしゃきしゃきといった感じで指示を出していた。

 

「……ホント、頑張らないといけないな」

 

 シャルは明日から学園に赴き、僕はクロノスを駆ってISと戦う。

 多少の時間や場所が違っても何かの為に頑張るという事は変わらない。

 それはいつも通りの事だった。いつも通りの事、日常。

 

 そしてそれは、こうしてのんびりとしている今の『日常』ともやることが違っても大差はない。

 変わり行くもの、加わった新たな要素。どれだけ変化が訪れようとも、頑張る時は共に頑張り、緩い時は共に緩く。結局はそんな日々だ。

 

 新たな日々、その到来を確かに感じたその日、僕らはその訪れるだろう変化を知りながらも、いつも通りの穏やかな一日をゆっくりと過ごしていた。

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