Acxis   作:ユ仲

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Chapter2-3

 屋外演習場。

 新しい月に入ってからの初めての週末も、天候は引き続いての晴れ。快晴。

 日本のこの時期は雨がよく降る季節だとは聞いていたが、先週の空模様を見る限りはとてもそのようには思えない。

 

 六月、季節であれば最も暑い夏に入り、それを示すかのように気温は右肩上がりで徐々にではあるが、日に日に高くなっているように思える。

 

 そんな日光が強く照り付ける中、雨の気配がないために日頃の洗濯物などには乾きやすくて良いだろうが、演習場の土もよく乾いてしまっている。

 それは、こうしてブースターを使用すると乾燥した砂を舞い上がらせ、大きな土煙を形成するほどに。

 

 サイトの中心に目標を入れ、ロックオン。

 それを保持し、機体の後ろに土煙をなびかせながら、ゆっくりとトリガーを引く。

 独特の発射音。

 火薬の音とは違う、空気が瞬時に抜けていくような、どこか甲高いその音。

 その音の大きさに比しては、反動は感じないと言って良いほどに小さい。

 反動も大したことはなく正確に狙いを定めたままに、右腕武装より高い熱量を持つ光弾が射出される。

 続けて二回。

 それらは極めて高い速度をもってターゲットへと突き刺さってゆく。

 

 ――目標撃破。

 

 システム音声と地上へと落下していくそれを確認した後、狙いを次のターゲットへ。

 次の目標との距離はそんなに離れてはいない。ブースターを吹かし高速にて接近。

 

 ターゲットからの攻撃こそはないが、敵機からの迎撃を想定しながら、徐々にその距離を詰めていく。

 中距離から近距離、近距離から近接距離へ。

 やがて目標はレンジ内に。左腕武装を起動。押し当てるのではなく振り抜くイメージで。

 

 左腕部に取り付けられたその発振器より、光の刃が形成される。

 それは先程の右腕武装を遥かに越える高い熱量を持った光。

 そして、刃がターゲットの装甲と接触。赤熱する装甲。

 光の熱量に対して、装甲は何かしらの抵抗すら見せる事も出来ず、内装部を含め接触部から瞬時に溶解、蒸発していく。

 左腕を振るい交差するように擦れ違った後方で、そのまま上下に姿を別けるターゲット。

 直後に爆発。確認するまでもなく、目標の撃破を認識。

 

 残存ターゲット、残り十二。

 この数なら時間はそうかからない。

 オーバードブーストを起動。

 近い目標から順々にやっていこう。

 機体は次の目標へ急加速を始め、右腕武装は射程に入り次第、その銃口から光弾を撃ち出している。

 

 そうして結局、ターゲットの追加こそありはしたが、その撃破にも時間はかからず、一時間も要さぬ極短時間の中で新武装のテストを終えた。

 

 

 

 

 機体から降りて、ドリンクを片手にベンチへと腰を下ろす。

 無人となった機体には、早速、整備員が近寄っていき、システムチェックと新武装の運用データの確認を始めていた。

 

 はぁ。

 新武装の運用には手応えは感じている。初めて扱う光学兵装、いや熱量兵装と言うべきか、その運用による手応えには。

 しかし目の前の整備の光景を眺め、それを確かに感じながらもこぼれていくのは大きな溜め息。

 それはテストによる肉体的な疲労からではなく、内からの、精神的なモノから来ていた。

 

「なんだか、調子悪そうだね?」

 

 かけられた声に視線を移せば、そこにあるのは現在、学園の寮住まいであるはずのシャルの姿。

 

「……早いね、もう来てたんだ?」

「うん。とりあえずこの子の稼動データを送らないといけないし、いろいろと調整もしたかったしね」

 

 彼女はそう言いながら十字のネックレストップを手に取り、こちらにそれを示すかのように見せてくる。

 

 その十字。

 一見すればファッションの一部か敬虔な宗教者の物ではあるが、それは十字架ではないし、ましてや単なるネックレスではなく、一般的なアクセサリーの類いでもない。

 

 それは専用ISの待機形態と呼ばれる、省エネ兼持ち運び用の状態であり、ISの仮初の姿だ。

 たしか、シャルの機体の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅢ』という感じで、量産機に専用のチューニングを重ねて施した物だったと思う。

 

「調子はいつも通り。悪くはないよ」

「それは身体の調子でしょ?……でも心の調子は?大分落ち込んでるように見えるけど?」

 

 こちらの反応に対し、気遣うようなその言葉。

 心配してくれるのは純粋に有り難いし、心配は不要ときちんと答えたい所ではある。だけど、確かに正直、落ち込んでいる事を否定はしないし、できない。

 

「……もしかして、この間のこと、まだ気にしてる?」

 

 ……イエス。

 嫌でも気にする事にはなる。あれだけの完敗、大敗は。

 それを思うと、再び大きく溜め息が漏れる。

 

「その様子だと本当にショックだったみたいだね」

「そりゃ、ね」

 

 思い返されるのは、この間のBFF社からの誘いにより行われた模擬戦。

 相手はイギリスの代表候補、セシリア・オルコットさんと、そのセシリアさんの専用機『ブルーティアーズ』。

 

 いざと気を入れ臨んだISとの第二回戦。

 しかし、それは始まってみれば一方的なものだった。

 

 アウトレンジからの狙撃と自律兵器による距離を選ばない変幻自在な攻撃。それによって終始翻弄される展開。

 回避と防御に専念せざるを得なくなり、碌に反撃の機会も与えられず、苦し紛れの攻撃さえも避けられるばかり。

 まさにワンサイドゲーム。完膚無きまでにやられた戦い。

 

 そしてそれは、未確認機との戦いで得た、自信とか自負を撃ち砕くには十分過ぎるものだった。

 

「でも、セシリアもBFFの人も予想以上だって関心してたよ?ちゃんと最後は一矢を報いてたしさ」

 

 ……その関心っていうのは、あちらの優位性が完全に為されてるから起こる事だよ、シャル。

 それに一矢報いたとは言っても、二度は通用しない奇策だからね、あれは。

 使ったのなら、せめて勝たないと意味がないんだ。

 

「……ありゃりゃ、ホントにかなり重傷だね」

 

 こちらがこぼす溜め息に対し、シャルもまた、どうしたものかといったように小さく息をついている。

 そんな様子を横目で確認しながらもドリンクボトルを傾けていく。しかし、いつの間にかその中身はなくなっていた。

 

 はぁ。

 もうすぐテストも再開されるだろう。今はテストの事だけに集中していよう。

 

「時間か」

 

 クロノスのチェックが終了したのか、機体から次々に離れていく整備員の人達。

 それを見て、横に置いたヘルメットを持ちながら、なんだか少し気が重い腰を上げる。

 何とか気持ちを切り替えなければいけない。

 

 自らの顔を軽く叩き気合いを充填。

 クロノスに近付き、その機体をつたってコクピットブロックへと登っていく。

 

「……よし」

 

 自分に一声一喝。

 そうしてコクピットへ乗り込もうとシートにその身を置いたその時、モニター担当のスタッフから声がかかった。

 

「おっと、伝え忘れてました。今日はこれから用事が出来てしまったので、もう上がりで良いそうですよ?」

 

 

 

 

 

 流れていく景色。

 座席に座りながら外のそれを見送っていく。

 ある一定のリズムと共に揺れる車内。

 そこには自分達だけでなく仕事か学校か、はたまた単なる遊びにか、様々な人々の姿が見受けられる。

 

「ちょっと混み合ってきたかな?」

「……この時間帯でこれだけ混むとはね」

 

 そんな僕たちも今は息抜き、遊び?の為にこうして電車へと乗り込んでいる。

 

『そういや二人共、個人用の携帯持ってなかったよね?日本での生活は多分だけど長くなるから、この際、契約してきなよ。あると何かと便利だし。まぁ、日本での初観光がてらにさ』

 

 こんな感じのシゲさんの言葉。

 実際の所は何だか来客も本当みたいだけど、完全に気遣われたのだと思う。

 シゲさんとの仲もそこまで長くはないけど、中々に親しいとは思っているので、その心の配慮といったものぐらいは感じとれる。

 

 ……しかし、ホント、周りの人に心配ばかりかけて、ダメだなぁ、何とも。

 

「ほら、何で溜め息なんてついてるの?せっかくの息抜きなんだよ?」

 

 どうにも気分が落ち込んでいる所に、そう言ってこちらを覗き込んできた隣に座っているシャルの姿。

 

 その服装は普段の制服や見慣れたレディススーツではなく完全な私服。

 白のレースワンピースにデニムベスト、足元はショートブーツ、手には茶色のショルダーバッグという外出用の装い。

 対してこちらは、黒のカーゴに白の長袖シャツ、それにタクティカルブーツを履きこんで、首元には以前に知人から譲り受けたドッグタグを下げた適当な装い。

 

「なんだかシャル、気合い入ってるよね?」

「そ、そう?」

 

 うん、そうとも。

 わざわざIS学園に寄ってまで着替えてくるんだから、そう感じても不思議ではないと思う。

 

「でも、お、女の子ならオシャレに力を入れるのは当然のことだよ!」

 

 何だか慌てるように答えているシャルなのだけれど、まぁ、シャルがそう言ってるのなら確かにそうなのだろう。

 正直、ファッションやら女の子の心情やらは専門外なのでよくわからない。そこはラナの担当だ。

 

「……そういえば、シゲさんが言ってたお客さんって誰なんだろうね?」

 

 いきなり、変えられる話題。

 いかにも不自然な切り替えではあるけれど、その疑問は至極当然の物。こちらも気にはなっている事なので、話題に乗っていく。

 

「確か、ラインアークって言ってたけど、シャルは聞き覚えある?」

「ラインアーク?……ん、どうだろう?聞いたことはない、と思うけど」

 

 IS関連に通じているシャルにも聞き覚えはなし。

 こちらも一通りの軍事系の企業の知識はあるけれど、思い当たるものはまったくない。

 新興企業かもしれないし、弱小企業かもしれない。まったく詳細がわからない。ないないない、のないもの尽くし。

 帰ったらシゲさんに聞けばいい事なんだけど。

 

『まもなく~』

 

 シャルとそんな会話を続けていると、車内に到着をが近い事を知らせる二ヶ国語のアナウンスが鳴り響いた。

 アナウンスされている駅名は本日の目的地となっている場所に程近い所。

 それと共に、外を流れる景色は緩やかになり、電車はホームへと進入していく。

 席に座りながらも感じる、車体のブレーキによって起こされるほんの僅かな軽いG。

 

「それじゃ、行こう?」

「……ん、そうだね」

 

 車体が停まるのを待ちながら、流れ出す人波とその流れに従い、二人で外へと踏み出していく。

 

 

 

 

 

「……日本を侮ってたよ」

「あはは、確かに凄い人だったね」

 

 あの後、電車を降りて駅からまもなく。

 今日の目的となるその通りで見たのは人、人、人。休日という事もあってなのか、見たことがないような人の群れ。

 道を人が埋め尽くし、それぞれの目的地を目指しうごめいている。

 それを見て、思わず呆然としてしまったのは仕方のない事だと自分では思う。

 

 そしてシャルが硬直している僕の手を引いて歩きだし、何とか情報端末関連の専門店へと辿り着いたのが大体一時間ぐらい前。

 機種を選び契約を終えた今は、そのショップから程近い場所にあったオープンカフェで遅めの昼食を摂りながら、こうしてうなだれている。

 

 ちなみに僕が契約した携帯は、通話と連続稼動時間を重視したシンプルなデザインの物。色はオーソドックス、無難な黒。

 一方で、シャルもどうやら重視する要素が同じだったらしく、機種は同じで色は橙。専用機の色と合わせてみた、との事らしい。

 

 それにしても思うのは、シャルが妙に都会慣れしているようで、あの人の波に対してまったく臆してなかったなぁ、という事だった。

 シャルの容姿は一見柔らかというか、優しげな印象を受けるのだが、その実その性格は存外に肝が据わっていて、時には非常に積極的な部分を見せてくる。

 

「それにしても、何でもこなしてそうなイメージだったのに、まさかこんな弱点があるとは思わなかったよ」

 

 紅茶のカップを傾けながらも、こちらに話し掛けるその表情は少しばかり意外そうな顔。

 

 確かに僕は普通に臆したよ、あの数には。最近では一番驚いたことかもしれない。

 というかよくよく考えてみると、今までにいた所でも人混みなんかはあんまり行かなかったし、行ったとしても市場ぐらいであんな人の波と言えるような物ではなかったしで、本当に驚いた。

 

「まるで何だか『おのぼりさん』みたいだったね?」

 

 今度はそんな事をニヤリ顔でおっしゃられている、シャルロットさん。

 こっちだって驚きたくて驚いてたわけではないんですけど。

 まぁ、確かに否定はしませんよ。

 

「ほら。ぐれない、ぐれない」

 

 ……ホント、田舎者で悪かったね。

 

「ほらほら。拗ねない、拗ねない」

 

 そんなこんなで昼食も終え、時間も午後3時を回ろうかという時間帯。

 帰るにはまだ早い。とはいっても、今日は唐突に出来た休暇だったので、これといった具体的な予定があるわけでもない。

 

「うーん、これからどうしよっか?」

 

 シャルにも案がないのなら、殊更、こちらに案があるはずもない。

 

「僕はシャルの行きたい所にどこでも付き合うよ」

 

 そもそも、こういったどこかに遊びに行くとかのプランを考えるのは苦手だ。

 普通に生きていくのなら必要な物かもしれないけれど、ある意味で人生経験の少ない自分にとっては未だに高難易度過ぎる。

 同年代の人達の趣味や流行りなんかは、尚更。そんなの知らないし、分からないし。

 

「む、ずるいなぁそれ。ちゃんと一緒に考えてよ」

 

 頑張りはするけど、苦手なのでごめんなさい。

 

「まったくもう……」

 

 シャルは呆れた表情を見せているけれど、僕は本当に戦力にはなれそうもない。

 まぁ、時間はあるんだしゆっくり考えて行こうよ。主にシャルが。

 

 うーん、と腕を組み、二人で行き先について悩んでいく。

 それから、数分後、何かを思いついたのか、シャルが口を開いた。

 

「……そういえば、電車の中でも言ったけど、お互いに私服を見たのって初めてだよね」

 

 行き先とは全く関係のない話、でも何か気になった事でもあったのだろう。

 

 実際に、その事に関して答えるなら、確かにそうだ。

 アメリカじゃこうやって街中に出掛ける時間なんてなかったし、この間の日本での休暇でも、マスコミが外で待ち構えていたから迂闊に外にも出れなかった。

 

 それにしても私服。私服と言ったら驚いた事があった。

 それはシャルがキサラギを出る前にIS学園へと荷物を送ろうとしていた時の事。

 どうやらデュノア社時代の荷物を大分取り寄せたらしく、その荷物には私服がけっこう多いかなとシャルは自分で言っていた。

 

「あ、うん」

 

 それを聞いてやっぱりシャルも女の子だなぁ、とその時は再認識するように思ったんだ。

 

 昔、ラナが酔っ払って子育て論を展開してた時に言っていた事なんだけど、女は男と違って私服や化粧品、身嗜みだけでも色々と時間もお金も大変なものらしい。

 

 それは確かに私服とか私物をほとんど持たずに来ている、僕のような男とは大違いだ、ってね。

 

「え?」

 

 なぜかこちらの言葉で硬まるシャル。

 その後、硬直から復帰したかと思えば、どうにも真剣な面持ちでこちらに問いかけてきた。

 

「……ちょっと待って、私服、どれくらい持ってるって?」

 

 数?

 契約をしてアメリカに来る前は、配給してもらった野戦服がそれなりに種類も数もあったし、それを流用して着回したりしてたから不自由はしてなかった。周りの人が丁寧にも古着を押し付けてきたりもしたし。

 でも実際、一般的な私服らしい私服だと、今着てるの合わせて数着くらいだと思う。

 まぁホント、個人的にはそんなに必要性を感じるものではなかったし、どうでもいい……って、ん?

 

 その質問に答えている途中で、目の前のシャルが大きな変化を見せた。

 俯いた状態で少し肩を震わせ、何やらどうにも様子がおかしい。

 

 ……えっと、シャル?

 

「……決めた」

 

 様子を尋ねようとしたその瞬間、そんな俯いた状態から一転、いきなり顔を上げ静かながらに決意を感じさせる表情を見せてくる。

 なんだか嫌な予感がする。それはもう、ひしひしと。

 その瞳は、何故か使命感に燃える強い意志で満ちてるし。

 しかもその視線が確実にこちらを捉えてるし。

 

「さぁ、行くよ!」

 

 そうしてシャルは唐突に立ち上がり、こちらの手を掴んで、そのままどこかへと強い歩みで進んでいく。

 

「ちょ、シャル!どこに行くのさ?」

「どこにでも、付き合うって言ってたよね?だから、いいから着いてくる!」

 

 何がいいのか、それはよくわからない。まったくわからない。

 普段からは想像できないような力強い様子を見せるシャルに、僕はどうにも抵抗も出来ない。

 結局、シャルに手を引かれるまま引きずられるように、どこかへ向けて為すがままになっていた。

 

 

 

 夜。

 一日が過ぎていくのは、意外に早い。

 時が過ぎ、散々照り付けていた太陽は既に沈んで、その代わりに白い月が周囲の夕闇をほのかに照らし出している。

 

 電車の中も行きに比べると、その人の数はまばら。

 そんな空いていると言ってもいい車内、かさ張る荷物を上方の棚に置き、昼間と同じように二人で並んで座席についている。

 

「それにしても、シャルは良かったの?」

 

 この荷物の大半というかほとんどは自分の物だ。

 手を引かれるままに店へと突入し、半ばシャルによる着せ替え人形と化していた際の物。

 結局、最終的に買ったのはその中のほんの一部だけではあったけれど、さっきも言ったように、買った服の大半が僕の物であり、シャルの物として買った物がほとんどない。

 

「うん。服選びは自分のじゃなくても楽しかったし、それに私も選んでもらったしね」

 

 買った物の大半がこちらの物ということもあり、納得しづらくはあるのだけれど、シャルがそう言うのであれば、その通りなのだろう。

 僕が着せ替え人形状態だった時には、嬉々とした笑顔を浮かべたりもしてたし。

 

 ……いや、それにしても今日は楽しい一日だった。

 なんだか、シャルに引っ張られっぱなしだった気もするけど、楽しく思えた事には変わりはないし、その事に間違いはない。

 

 そのお陰なのか、午前中のあの落ち込み具合がまるで嘘だったかのように、心も軽い。

 それについては、今になって考えると色々と思う事が出て来たりするのだけれど。

 

「……それで、どうかな?気分は晴れた?」

 

 良いタイミングというか、ちょうど同じような事を考えていた所でその質問が来た。

 こちらを窺うような、心配するようなその表情、そんな顔をされては答えないわけにもいかないだろう。

 

「もう大丈夫だよ」

「本当に?」

「いや、もう完全にね」

 

 心配してくれるのはありがたいが、立ち直ったのは本当だ。

 厳密に言えば、立ち直ったというよりは元に戻ったとでも言うべきなのかな?

 

「考えてみればさ、思い上がってたのかもしれない」

 

 それは、最近の自分に対する評価。客観的にとは言えないかもしれないけど自分なりの自己評価。

 

 あの機体との戦闘での手応え。手応えが小さな自信になり、やれるという自信が過信に繋がった。

 負けたと理解しておきながら、それを自覚しながら愚かにも。

 その自惚れた心をセシリアさんとの模擬戦で粉砕されて、余計にショックに思えたのだ。

 

「僕らはただのチャレンジャーでしかないってのにね?」

 

 過信は要らない。驕りは要らない。

 挑戦者に必要なのは向上心と学習力。

 落ち込んでいる暇すら不要だ。

 

 とは言っても、一喜一憂するのは別に構わないとは思う。

 何が良くて何が駄目なのか、それを考え伝えるのも別に良い。むしろそれはやらなければいけない。

 

 ただ、喜ぶにしても憂うにしても、重要なのは驕らず諦めず立ち止まらず、常に前を向くという事。

 短所を改善し、長所をさらに伸ばしていくという意志を持つ事が大切なのだ。

 だってそうだろう?僕らの目的の最終地点はISを超える事にあるのだから。

 困難な道程だと分かっていても、それに挑もうというのだから。

 そのためには立ち止まってる暇などはない。立ち止まってる暇があれば一歩でも前へと進めば良い。

 

「……でも、さ。立ち止まってる暇はないなんて言ったら、いつかは疲れて動けなくなっちゃうよ?」

 

 そう語るシャルの表情。

 何だか余計に心配させてしまったみたいだけれど、その点に関してもまったく問題は無い。

 

「いやいや、それは心配ないよ。こうした休日にも一歩は踏み出してるしね。現にこうして気持ちを新たにして元気になっている。……これもこれで、同じ一歩に違いはないでしょ?」

 

 休まずに人生、生命、すべてを賭けろと言ってるわけじゃない。

 それが意味しているのは、良い所も悪い所もあらゆる経験結果をすべて飲み込んで、それを活かして成長の糧にしろという事。

 さすがに毎日が休日みたいな真似はもっての外だけれど、今日のような休日ならばまったく問題にはならないだろう。

 

「そっか……。うん、そうかもね。良かった、ちゃんと立ち直ってるみたいで」

 

 そう話すシャルの顔には安堵の色、その後に浮かぶ柔らかな微笑み。

 心配をかけてごめんなさい。心配してくれてありがとう。

 それが僕の本心ではあるけれど、今度はこっちの番と行きたい。

 

「そういえばさ。シャルの方はどうなの?学校の方は?」

 

 どうにもこちらばかり気にかけられてるというのは、何だかシャルに悪い。

 悩み事や困った事、そんな物は無いに越したことはないのだけれど、もしあるのだとしたら、力になりたいし、なってあげたい。

 

「え?私?……うーん、そうだなぁ」

 

 突然の問い掛けのためというのも、あるかもしれないのだが、そこに浮かんだ表情にびびっと来た。

 一瞬、浮かんだその表情。それは何かに困ったその時に、シャルがいつも浮かべている表情だ。

 

「何か問題でも起きてる?もしかして……虐められてる、とか?」

 

 そんな事になっていたら、それは極めて由々しき事態だ。その元凶はきちんと確実に、尚且つ丁寧速やかに懲らしめてあげなければならない。

 

「いやいや、違うよ?友達もちゃんと出来てるし学校は楽しいよ。……でも実はちょっとね、ケンカ、しちゃって」

 

 楽しく過ごせている事にほっと息を吐く。密かに握った拳を解きながら。

 しかしケンカするだなんて、シャルにとっては珍しく感じる。

 

「そんなに珍しくもないよ、私達だってあっちでやってたでしょ?」

 

 それもそうだ。

 事情は事情ではあったけど、あれもケンカには違いない。

 

「うん?ケンカって言うには語弊があるのかな?……ルームメイトの子とちょっとした諍いを、ね」

 

 ルームメイト?

 確か同じ転入生の子だと、以前言っていたと思う。

 

「ドイツから来たって人だったよね?」

「そう、前にも話したことなんだけど、何だかやっぱりその子、一夏に思うところがあるみたいでさ」

 

 ……ああ、転入初日に一夏の頬を思いっきりひっぱたいてた、とも言ってたっけ。

 

「それでそれに巻き込まれてしまった、と」

「そんな感じになるね。……根は素直で良い子だとは思うんだけど、織斑先生と一夏の事となると途端に頑固で気難しくなっちゃってね」

 

 何でもそのルームメイトの彼女は千冬さんの元教え子であるらしい。

 それで千冬さんがISの世界大会、通称モンドグロッソの二連覇をできなかった原因が一夏にあったのを知って、一夏にケンカを吹っ掛けてるという。

 そして昨日は一触即発。互いの機体に皮肉を飛ばし合い、あと一歩で戦闘にまで発展する所だったとか。

 

「あぁ、と……シャルはそのラウラさんの事は嫌いになった?」

「……そういう訳じゃないよ」

 

 同じ部屋だし仲良くはしたいけど、あんな事の後だから何かと話しづらい、か。

 それは確かに気まずい事この上ない状況ではある。

 

「でもそれなら、いつも通りに接すれば良いんじゃないかな?」

「……なかなか難しい事をさらっと言うよね」

「いや、それは分かるんだけどさ、やっぱりそれが一番なんじゃないかなってね」

 

 結局の所、シャルがラウラさんとやらと相対していたのは一夏に関連しての事だ。

 つまりはシャル自身が問題ではなく、一夏という存在を挟んで起こしていた事になる。

 

「僕個人としての意見だからあれなんだけど、全部が全部を認める必要もないでしょ?相手も気まずいとは思ってるだろうし、とりあえずわかりあえる事からわかりあっていけば、後々の和解も楽になると思うんだよね」

 

 別に諍いやケンカの原因となってる部分を認めろというわけではなく、順々に少しづつ関係を繋いでいこうというわけだ。

 

「そういうものなのかな?」

「まぁ、時間による解決を待っててもいいけどさ。事情は違えど僕らの時みたいに長引くと嫌じゃない?それに時間が経てば経つほど話しづらくなってくし……それになんだったら、明日にでもそのラウラさんとやらと食事の場を作ってみる?それでそれを話し合うきっかけにでもしようか?」

 

 そう僕は明日、IS学園へと赴く用事がある。

 今日の休日はシゲさんの厚意で作られた物だけど、それだってきっと用事30%、配慮50%の割合だ。

 そして残りは気持ちを入れ換えてこいというある種の喝によって成り立っていると思っている。

 

「だって、明日の相手はそのラウラさんなんでしょ?」

 

 その理由はもちろん、なんたって明日が栄えある第三回戦なのだから。

 

 

 

 

「カード使えますか?」

 

 荷物が荷物なので、駅前にてタクシーに乗り込み、シャルを学園へと送り届けた後、研究所へと向かう。

 タクシーには敷地内部まで入ってもらって、駐車場で下ろしてもらう。

 

 タクシーも去り、誰もいない駐車場で一人考える。

 荷物は置きたいけど、まずは挨拶がしたい。今の時間帯だとハンガーには……どうだろう?

 駐車場からハンガーを見てみると、正面の搬出入口は閉じられているようだが、その窓からは光が漏れている。

 ……どうにも誰かがいるようだ。とりあえずの目的地を定め、歩みを進めていく。

 

 搬出入口の隣の通用口から中へ。

 その中にはやはり誰かの気配がする。

 クロノスの開かれたコントロールブロックとハンガー内を静かに響いているタイピング音からもそれが窺える。

 

「すいませーん!」

 

 こちらが声をかけると、そのタイピング音が止まった。

 それと同時に返ってくる声。

 

「……おっと、帰って来たんだね?ってあれー?シャルちゃんは一緒じゃないのかい?」

 

 その声とテンションは、まさに今、僕が探していた人物であるシゲさんのものだった。

 

「あ、ええ。シャルは先に学園の方に送り届けてきました」

 

 返答一つ、続いて目下の疑問をシゲさんへと尋ねる。

 

「……それにしても、こんな時間まで何をしてるんですか?」

 

 ハンガー内には残っているのはシゲさん一人だけであり、他の整備員は既に戻った様子。

 周りにもその姿は見当たらない。居残りの個人作業て言った感じだろうか?

 しかし道理でなんだか少し暗いと感じたわけだ。天井を見てみれば照明が最低限のものしか点いていない。

 

「いや、ソフトの方をちょっと弄ってたんだよ」

「でも、何もこんな時間まで……他の皆はもう帰ってるのに」

「やっておかないと気が済まないからね」

 

 そう言ってシゲさんは再び機体へ入力する手を再び動かし始める。

 そして作業を行いながらも、それに、と一言置いた後に話を続ける。

 

「……やっぱり俺達も悔しかったから。十分以上に頑張ってくれてるのに負けちゃってさ」

「いや、別にそれは、シゲさん達のせいじゃ……」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり俺達の責任だよ。相手に性能が届いてなかったんだから」

 

 はぁ、とシゲさんは大きく息を吐き、その心中の様子を零していく。

 

「……簡単ではないとは分かってたけどさ、悔しくて情けなくて堪らないね」

 

 シゲさんの苦虫を噛み潰したような表情。

 いつも陽気なシゲさんのこんな表情は初めて見たかもしれない。

 

「でも待っててよ。いつかは絶対に作るから、作ってみせるから。ISに負けない機体をさ」

 

 だけど、そこから直ぐに立ち直り、何かを心に決めたような真剣な表情へと変わる。

 いつになく真面目な表情と本気の言葉。

 さっきはそんなシゲさんを初めて見た気がしていたが、この表情は決して初めてのものじゃない。以前に一度見たことがある。

 

「……ならこっちも依頼は絶対に果たして見せますよ」

 

 それはかつて交わされた約束の際に見た表情だった。

 いや、約束というよりは、傭兵たる自分に対して交わされた契約と言った方が良いだろう。

 ISを何とか倒して欲しいというシゲさんからの依頼と、それを請け負った自分。

 

「シゲさんが最高の機体を作って、僕がその性能を引き出してって事でしたよね?」

「……ああ、そういや、そんな感じだったねえ。あれからそんなには経ってないはずなのに何だか懐かしく感じるよ」

 

 確かにそれは懐かしい。

 あれは僕がまだ心を開いていない頃に交わしたのだったから、あれから一年は経ったという事になる。

 たかが一年、されど一年。

 その一年とちょっとで北アフリカにいたあの時から、自分と自分を取り巻く環境がこんなに変わるとは誰が考えつくだろうか?

 

 ただ生きるために生きていた自分。

 それしかなかったあの日に比べると、今は仲間が出来て友人も出来て、落ち込む時はあっても楽しく毎日を過ごせている。

 

「僕にとっては激動の一年だったみたいですけどね?」

「……何なんだい?みたいってのは?」

「文字通りですよ。自分でも信じられない程の変化だと思ってますから」

 

 変化。そう自分は変わった。

 それは良い方向への変化であると自分は思っている。そうであると思いたい。

 

「……まぁそうだね。うん、変わったよ。今、思い出してみるとさ、初めに顔を合わせた時なんて、ほっとんど表情なんて見せてくれなかったし」

 

 シゲさんは今の僕と昔の自分との性格のギャップにか、笑いながら話している。

 確かに僕の性格はシゲさん達と出会った事で急速に解かれていった事になるだろう。

 シゲさんやラナやジャック、多くの人と出会って僕は変わった。

 

「でもあれだね。今の表情を見ると、今日は良いリフレッシュになったみたいで良かったよ」

「はい。それは、おかげさまで」

 

 それは今日の休暇をくれたシゲさんと街中を引っ張り回してくれたシャルのおかげだろう。

 

「いやいや、来客があったのは事実だから、そんな言葉は必要ないんだけど」

 

 例えそうだとしても、休暇をくれたのはシゲさんなのだからそれこそその事実は変わらない。

 

「まぁでも、あれだ。俺達もさ本気で頑張ってくから、これからも一緒に何とか頑張ってこうよ」

 

 そんな事は言わずもがなという奴だ。

 

「ええ。それはもちろん!」

「うんうん、良い返事。……ほいじゃあ、今日はもうこんな時間だから、明日に備えて休んでおきなよ」

 

 こちらの返答に満足したのか、少し笑みを浮かべながら頷くシゲさん。

 人には休めと言いながらも自分は残ってさっきの続きを行っていくぜ、という様子がありありと見て取れる。

 実際に止めたい所ではあるけれど、シゲさんはこういった状況になると頑として引かない人だ。

 それは今までの経験で理解もしている。

 

「わかりました。でもシゲさんも程々にしてくださいね?」

 

 あいよ、というシゲさんの応える声。

 当てにならない声ではあるけど、大人しく引き下がりハンガーの出口へと歩き出す。

 

「あ」

 

 その時、歩き出す僕の背中に何かを思い出したような声がかかった。

 

「そういや、言い忘れてたよ。……お帰り&おやすみー!」

「なんですか、それ?……まぁ、はい。ただいま、そんでおやすみなさい、シゲさん」

 

 遅くなった挨拶を最後に、荷物を抱えながら今度こそ自室へ向けて歩き出した。

 

 

 

 部屋に着くなり荷物をベッドへと置き、とりあえずはシャワーで一日の汗を洗い流す。

 髪と身体を洗い、泡をシャワーで流した後、バスタオルでまだ残る水滴を拭いながら部屋へと戻る。

 

 無人となっていた部屋では何やら少し喧しい音が響いている。

 音源は部屋の床の上、今日契約したばかりの携帯電話が青い点滅と共にバイブレーションを伴って、その音を発生させていた。

 そしてそのディスプレイには「シャル」の三文字。

 

「もしもし?」

 

 という事なので、急いで電話に出る。

 

『あ、やっと出た』

「お、やっぱりシャルだ」

 

 案の定というか、シャルからの着信なので当然ではあるが、着信の相手は表記通りの物だった。

 

『やっぱりじゃないよー。メールも送ったのに返信は来ないし、さっきから電話してるのにさっぱり出てくれないし……』

「はは、いやごめんごめん。サイレントモードになってたみたいでさ」

 

 実際床に落ちていなければ、気が付かなかったかもしれない。

 

『まったく、それだとほとんど携帯の意味がないじゃない』

 

 そんなシャルの様子だが、何となく不機嫌というよりは、ぶーたれた不満げな感じ。

 ずいぶんな間、電話にメールにと待っててくれたのかなと思うと申し訳なく感じてくる。

 

「だからごめんってば。それでどうしたのさ?何か用があったんでしょ?」

『あ、うん、……明日の事、やっぱり頼んでおこうと思って』

 

 何となく、状況は読めて来た。

 

「というと、中々上手く話はできなかった、と?」

『……うん』

 

 顔が見えないので表情こそ見ることはできないが、その声は少し気落ちしているように思える。

 

「ん、そっか、オーケー解った。明日は終わったら誘ってみるよ」

『何か、ごめんね?』

「謝らないでよ、困った時はお互い様だよ」

『うん、ありがとう』

 

 いやはや何とも。いつにも増して殊勝な態度というか声のシャル。

 案外、昼間のあの快活さや強引さも今回の気晴らしによる物が幾分か含まれていたのかもしれない。

 

 そんな風に今日を思い返していると、その時、脳裏に電流が走る。

 突然にして思い付いたその案件。

 ……これは、良い案かもしれない。

 

「というかそうだね。いっその事、明日は一夏も呼んで話し合ってみよう!」

 

『えぇ!?……いや、それはどうなのかなぁ?』

 

 シャルは戸惑ってはいるけれど、話を聞く限り一夏の問題も勘違いのような物が含まれてる。

 だからこそ、この際に話し合えばシャルの問題も解決するし、一夏の問題も解決する。

 つまりは一石二鳥。やはり、出来ることは早めにやっておいた方がいい。

 

「まぁ、いいからいいから。一夏に晩飯付き合わないかって言っといてよ。何か一品奢り付きだからってさ」

『むむ、そこまで言うならわかったよ。うん、明日一夏にも声を掛けてみる』

 

 それでもやはり、渋々といった様子のシャルの声。

 その声を納得させるために、一応、任せておけとは言っておく。

 ……なんだか不意に、二兎追うなんとかって言葉が一瞬、浮かんだけれど、それはきっと他愛のない物なのだろう。

 

『……おっとっと、もうこんな時間なんだ』

 

 会話を続けていると、スピーカー越しにそんな言葉が聞こえた。

 時計を確認してみれば、思いの外時間が経っており、そろそろ日付も変わろうとするような時間帯に入っている。

 

『明日も学校があるし、もう遅いからそろそろ切るね?』

 

 確かにその方が良いだろう。

 僕ら二人には明日やることがあるのだから。

 いつまでもこうしている訳にはいかない。

 

 でもそんなシャルは、その前に、と前置きを付けた後に言葉を続けていく。

 

『今日は楽しかったよ。また今度どこか遊びに行こう?』

 

 それにはこちらも同感だ。

 今日は引っ張り回されたり、着せ替え人形にされたりと色々大変な日ではあったけれど、とても有意義な休日だった。

 

「そうだね。僕も楽しかったよ」

 

 だから、素直に心中を言葉に表していく。

 

『そっか。うん、良かった』

 

 そこに含まれるのは、安堵の感情?

 続いて、聞こえて来たのは今日の休日を締める挨拶。

 

『……それじゃあ、また明日。おやすみ』

「ん、おやすみ、シャル。また明日ね」

 

 それに対してこちらも明日への期待を込めて、同じ言葉を贈る。

 そうしたやりとりの後、通話が静かに切られ、電子音がスピーカーから響いた。

 

 

 その電子音を聞きながら、同時にベッドへと背中から身体を投げ出していく。

 存外に勢いが付いていたのか、ベッドスプリングの反発によって跳ねる身体。

 

 今日は結構歩いたので、疲労もそれなりに溜まっているはずなのだが、不思議と気分は悪くない。

 それどころか、何だかどうにも浮いたような心地さえする。

 

 何となく横に半回転し、俯せの状態に移行。

 すると、今日一日身につけていたドッグタグが視界に入ってきた。

 それを掴み、傷だらけのそれを改めて観察していく。

 

 そこに刻まれているのはこれをくれた知人、マグリブ解放戦線の二人の名前。

 このタグは別に形見だって訳じゃない。彼らはもう元マグリブ解放戦線であって、今は国軍に所属しているのだったか。

 

 シャルとの電話の前にシゲさんと話していた影響なのか、一年前、傭兵として彼らと共にあった頃が酷く懐かしく感じてくる。

 

 彼らは元気にやっているだろうか?

 相変わらずススの奴は、ファティマさんの尻に敷かれているのだろうか?

 今、彼らが僕の姿を見たら、驚くんじゃないだろうか?

 下手をすれば、僕が誰だか解らないかもしれない。

 それほどに過去の自分は人間的にどうしようもない人間だったから。

 

 彼らへの疑問と反応を予想したりと、その懐かしさに身を寄せていると、一つやってみたいことが浮かんできた。

 

 ……一度、彼らに会いに行ってみるのも良いかもしれない。

 

 まぁ、それは全てが終わってからの事になるのだろうけれど。

 依頼も目標も目的も、その全てが終わったその時に。

 

 未定の予定というあやふやな物ではあるが、何となくやってみたい事ができた。

 なら、そのためにも頑張っていかなくてはならない。

 明日よりも昔よりも、今は今に全力を尽くそう。

 まずは明日のいや、今日の模擬戦から。

 

 浮いた心と思考の中、やがてそこへ訪れたまどろみ。

 それに抗う意思は既になく、揺れる意識と流れに身を任せ、静かにその目を閉じていった。

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