Acxis   作:ユ仲

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Chapter2-4

 ISとは現代において、最強の名を冠する存在である。

 

 シールドバリアと絶対防御によってなされる強固な防御力。

 PICとブースターによって実現される極めて高度な機動性。

 そして慣性制御によって武装の反動を打ち消す、または軽減することで得られた武装の大型化による高火力性能。

 

 これだけを見ればISという物は最強に相応しい完全無欠の存在に見える。

 しかし、ISには兵器としては致命的な欠陥が存在していた。

 

 467機。

 それが世界におけるISの絶対数だ。

 その数は登場から10年の歳月が流れた現在においてもまったく変わってはいない。

 別に全体の数が法や何かで規定されている訳ではない。

 新たに作り出す術を誰も持ち合わせていないのだ。ただ一人、ISをこの世に生み出した人物を除いて。

 

 その、数を増やせないというISの持つ最大の欠陥。

 だがそれに対してISを保有する各国も、欠陥を補うための解を自然と導き出していく。

 数が増やせないなら、そのただでさえ高いその性能をさらに高め、数を圧倒的な個によって補えば良い、と。

 

 そうして各国は、国家の代表となる高い技術を誇る企業達を選別し彼らにその開発を命じる。

 命令とそこに付随される利益。依頼を受託し開発を開始した企業達は、その狙い通りに国家の支援とIS関連技術の生み出す莫大な利潤を得る事に成功し、さらなる成長を遂げていく。

 そして現在。成長を遂げた彼らは、いつしか国家の枠を越え、互いをライバルと認めながら、世界を舞台とした勢力争いにその身を置いている。

 

 その大企業群。

 世界にはデュノア社やクレストのライバルであるGA(Global Armaments)社、先日、手合わせをしたBFF(Bernard and Felix Foundation)社以外にも多数のそれが存在している。

 

 例えば、業界において最も名の知られた存在。アスピナ機関を保有するイスラエルのオーメルサイエンステクノロジー社。

 そのオーメルの支援を受け、中東や南アジアにおいてその勢力を拡げつつある、UAEのアルゼブラ社。

 電算機などの電子系分野に高い技術を持ち、北欧を中心に高いシェアを誇るスウェーデンのアクアビット社。

 エネルギー兵装においてのリーディングカンパニーであり、主にイタリアを本拠地とする企業同盟、インテリオルユニオン。

 近年、急激にその頭角を現して来た、新材料分野において高い見識と技術とを併せ持つカナダの新興企業、レイレナード社。

 

 そして今日の対戦相手。欧州でもトップオブトップの企業に数えられている総合企業、ドイツのローゼンタール社。

 

 

 

 今、現在。目の前にはそのローゼンタール社、ひいてはドイツの代表候補である小柄なパイロットの姿がある。

 

 その容姿は白みがかった銀髪、左眼には黒い無骨な眼帯を着用しているなど少々一般的ではない。しかし眼帯こそ気にはなるのだが、彼女はそのままドレスでも着させておけば、まるでビスクドールかと見間違うような整った容姿をしている。

 

 僕の目の前、そんな彼女が一歩前へと踏み出しながら、右手をこちらへと差し出してくる。

 

「成る程、あなたがレイヴン、か。……いや、話は聞いている。今日はよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ。今日はそちらの胸を借りるつもりでやらせていただきます」

 

 こちらも右手を差し出し握手を一つ。

 見た目通りの小さな手ではある。でも、そこに感じるのは少女としての柔らかさと、厚くなった皮膚の硬さ。その硬さは自分としても、日頃から慣れ親しんでいる物。

 そういえば、彼女は自分と同年代にも関わらず、軍の特殊部隊の隊長を務めているという話だった。とすると、これは銃やナイフなどの度重なる訓練で出来た物ではないだろうか?

 

「それでは」

 

 握手の後に一言を交わすと、互いに背を向けその場を離れていく。

 それはもう少しで始まる模擬戦に備えるために。

 あちらはどうなのかは知らないが、これから始まる戦いに集中するために。

 

 ヘルメットを被り、首元で対Gスーツと結着。

 膝をつく機体を足場としてコクピットへ登っていき、既に開かれているそこへ着座し、身体をシートに固定。それを確認すると、ペダルとコントロールスティックの操作によりコクピットブロックを閉鎖する。

 

 閉じて行くコクピット。

 それを音と振動で感じながらも、ヘルメットのディスプレイ上では機体とスーツとの同調が開始される。

 AMS接続。システム起動。

 機体のセンサーとディスプレイとが同調し、機体情報やバイタルデータ、それに外部の様子が映し出されていく。

 

 外部とは言っても、先日使用したときの光景と変わらず、アリーナ内に特に変わった様子は見当たらない。注意すべきことも特にないので、今の内に機体を再確認しておく。

 

 右腕武装、ミラージュ社製エネルギーライフル。異常無し。

 左腕武装、キサラギ社製エネルギーシールド兼エネルギーブレード。異常無し。

 腰部ハードポイント、クレスト社製マシンガン。これもまた異常無し。

 左背部武装、クレスト社製大口径グレネードカノン。これで全武装は異常無し。

 

 今日の装備は同盟三社の揃い踏み。

 機体の方も頭部センサーから各種ブースターを含めた各部に至って、問題は全く見られない。

 こちらの準備は既に完了。合図があれば、いつでもどこでも模擬戦を始められる。

 しかして、その肝心のその合図は未だに見られない。

 

 もうすぐ始まるとは言え、何とも手持ち無沙汰なこの時間。

 集中しなければとは思うのだけれども、今から集中しすぎていても、ただただ疲れるだけなので、ほっと一つ息を抜く。

 思考を模擬戦からずらし思い浮かべたのは、先程のラウラ・ボーデヴィッヒさんの事。

 

 話には聞いていたにしても、やはり確かに堅そうだ、というのが第一印象だろうか?

 その佇まいと身のこなし。そしてその身に纏わせる雰囲気。

 それは確かに、軍人としての風格、厳格さを感じさせるのには十分だった。

 しかし、それにしても堅すぎる。

 軍においても、やけに陽気な奴や馴れ馴れしい奴がいる中で、確かに厳格な人は存在してはいる。してはいるが、それを踏まえても尚、堅い。

 何だかそれは、規律としてではなく自己の人間性を否定しているようにさえ感じるほどに。

 まるで、自分は人ではなく一つの兵器だと言わんばかりに。

 

 それに先程の挨拶においても。

 こちらを『レイヴン』と呼んだ時、なぜかそこに親密さを含ませてこそはいたが、こちらを見るその視線は、人を見る物ではなく僕らが機体を見つめる時の物と似ていたように思える。

 

 ……まぁ、結局は一個人の感想にすぎないのだけれど。

 

『おーい、聞こえるかーい?』

 

 先程の挨拶の時の事を考え、集中を模擬戦から切り離していたその時、こちらへ話し掛ける声と共にディスプレイの端にシゲさんの姿が浮かび上がる。

 

「聞こえてますよ」

『いやぁ、大分待たせちゃってごめんごめん。もう始めるから、ちょい待っててね』

 

 そう言葉にしながら、両手を合わせて前へと出し、笑顔で謝る動作を見せているシゲさん。

 その背後ではシャルがこちらへと向けて、頑張ってねー、となんだか気楽そうに手を振っている。

 

 ……はぁ。

 なんというかどうにも締まらない空気だ。

 さっきとは違う意味で息が抜ける。

 

『よし、そんじゃ始めるよー』

 

 すると、再び聞こえたシゲさんの声。

 何となく緊張感のない声ではあるけれど、それを合図として画面中央にカウントダウンが現れていた。

 

 120。

 勿論、時や分ではなく単位は秒。

 減らされていくそれを見ると嫌でも意識が研ぎ澄まされていく。

 そして数字越しには今日の対戦相手、ISを起動させたラウラ・ボーデヴィッヒさんの姿が見えている。

 

 その機体、シュヴァルツェア・レーゲン。

 黒い雨を意味するそれは名前の通り、全体を黒で統一された機体。

 そんな中でもまずは、その右肩に背負ったジャックの乗るガイアも斯くやというような大型の砲身が目に付く。

 大口径レールカノン。

 機体長を越えるそのような大型武装を扱えるというのは、ISという物の異常性と脅威性が再認識されるところだ。

 

 事前情報によれば、目の前の機体はローゼンタール社の次期主力機体、レーゲンモデルの先駆けであり、ドイツでも試験稼働の段階で試作機の枠を未だに出ない代物らしい。

 だが、試作機の枠を出ないとは言ってもその機体ポテンシャルは既に周知の物であり、欧州統合防衛計画「イグニッションプラン」においても、イギリス、BFF社のティアーズモデルに並んで最有力機体の一つであるとされている。

 

 そんな目の前の機体は、見た目という意味ではあの肩に抱えた馬鹿でかい砲筒が確かに特徴的ではあるが、第三世代型ISであるシュヴァルツェア・レーゲンの持つ真の特徴はそんなところではない。

 AIC。アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。

 ISのPICを解析発展させた思念動作系の特殊兵装。

 特定空間内での任意の対象の運動を停止させる事ができるそれは、防御や攻撃にも用いる事ができる、まさに攻防一体の兵装だ。

 

 そのAICこそがシュヴァルツェア・レーゲン、ひいてはレーゲンモデルの最大の特徴であると言えるだろう。

 そして今回の模擬戦についても、このAICと敵主砲、これによく気を払いながら戦っていかなければならない。

 

 画面上、気付けば数字がとうとう60を切った。

 

 機体を直立体勢へ。

 メインシステムを戦闘モードへと移行。

 ディスプレイ上、敵機と認識されたシュヴァルツェア・レーゲンにロックオンマーカーが重なる。

 ロックオン状態ではないが、いつでもロックオンできる状態に。

 

 カウントが進む。

 数字越しに相手を見ながら、減らされていく数字を口には出さずに数えていく。

 

 残り10秒。

 

 今日はISとの第三回戦。今日の相手も格上の強敵だ。だからと言って、ただ敗北を享受するなんて事はしたくはない。やるからには本気で。全力で。

 

 残り5秒。

 

 もう残り少ない数字。

 左背部武装、グレネードカノンを展開。

 折り畳まれていた砲身が結合され、肩越しにその砲口がシュヴァルツェア・レーゲンへと向けられる。

 展開完了と同時、遂にカウントがゼロへ。

 

『それでは始めて下さい』

 

 流される開始のアナウンス。

 その言葉を言い終わるかどうかというタイミングで引き金を引く。

 

 それはほとんど不意打ちに近い、オープニングファイア。

 撃ち出された砲弾が動きを見せていなかった相手を襲い、大きな爆発と轟音を引き起こす。

 

 爆風により舞い上がる砂煙。シュヴァルツェア・レーゲン、敵機の姿はそれによって覆われ視認ができなくなった。

 その様子を確認しながらも、グレネードカノンを背部へ移行。左腕部にはマシンガンを装着する。

 

 要警戒。経験と直感がそう告げる。眼前の光景、全てに気を配り注意を払えと警鐘が鳴らされる。砂煙、センサー、音声、いやなんでもいい、どのような小さな変化さえも見落とさぬように聞き逃さないように警戒する。

 

 この場において、油断などは絶対にしない。してはいけない。

 相手が戦車やヘリならまだしも、相手はISだ。

 あれは、例え砲弾が直撃していたとしても、それだけで墜ちるほどのヤワな存在では決してないのだから。

 

 ――警告。前方に高エネルギー反応を確認。

 

 鳴り響くアラーム音。それが鳴り始めるのと同時、機体を右に。

 

 次の瞬間。

 砂煙が穿たれ、超高速の弾頭が、先程まで機体のあった空間を刔り取っていく。

 

 攻撃は続く。回避した所に砂煙を突き破るかのように飛来してきた、ワイヤーに繋がれた刺突系の短刃。

 こちらを狙って放たれたであろう二つのそれ。その軌道を見極め、下がりながらの回避。

 そしてそれは、目標を外れブレード部が地面に突き刺さるとみるや、巻き戻されるかのように砂煙の内部へと素早く戻っていった。

 

 やはりというべきか、予想通りというべきか。

 砂煙の中から、ゆっくりと歩み出てくる黒い影。

 その搭乗者の肉体は勿論の事、装甲にさえ傷一つ見当たらない。

 だけど、それは当然の事だろう。

 

 爆発の寸前に見えた光景。開始と同時に撃ち放ったこちらの砲弾は、シールドバリアを破るどころかそこにさえ届かずに炸裂していたのだから。

 

 砂煙の中から完全に姿を現したシュヴァルツェア・レーゲン。

 その搭乗者、ラウラ・ボーデヴィッヒの顔には笑みが浮かんでいる。

 それはこちらを嘲るものでも、こちらを褒め称えるものでもない。

 

 それは獲物を目の前にした獣のような笑みだ。

 

 ……なるほど、と息を呑む。あちらとこちら、それは捕食者と被食者の関係というわけらしい。

 単なる印象でしかないのだけれど、何となくそんな風に思える。そのように感じる。

 

 だけど、それでも良い。

 どちらが優性かだなんてものはとうに知れた事。

 やることをやる、それだけだ。

 それに、被食者にも被食者としての意地がある。

 

 マシンガンとエネルギーライフルのダブルトリガー。二つの銃口。

 それを向ける事でその笑みへの答えとしよう。

 

 メインブースターを起動。機体を加速。

 こちらが動き出すと共にシュヴァルツェア・レーゲンも動き出す。

 互いの『挨拶』が終わり、ようやくこれで模擬戦が開始される。

 

 加速する視界の中、彼女へと向けた二つの銃口。その引き金を、躊躇うことなく引いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 接近警報。

 バックブースターを常に噴射させながら、目前に迫ろうとする敵機から少しでも遠くへ逃れる。

 それでも尚、迫り来たるはシュヴァルツェア・レーゲン。

 

 迎撃する銃弾はその機体に至る前に空間に縫い付けられ、狙い撃つ光弾は射線を読まれ回避される。

 高エネルギー反応を感知。緊急回避。こちらを狙うその主砲の射線から機体をずらす。

 しかし、敵機からは決して視線を放さない。

 

 戦況は、やはり予想通りの展開だった。

 逃げ回る獲物と追い回す狩人。

 今、こちらを追い回している、この搭乗者。彼女の部隊の名前は『黒い兎』を意味していたはずなのだが、状況と役割は逆転している。

 『鴉』が『兎』に追い回されるなんて、何ともおかしな事だ。

 そんな軽い思考を浮かべてはみるが、実際には余裕なんてものは全くない。

 

 レールカノンは発射エネルギーの感知と発射までの時間的ラグによって、兵装の使用タイミングを検知、何とか回避ができている。

 ワイヤーブレードについては、この兵装自体が対IS戦を想定した物のようで、ブレード部の直撃でも、こちらの装甲に重大な損傷は見られない。ワイヤー部での拘束も、いくらPICがあるとはいえ質量と単純な馬力の彼我の差からその効果はあまりない。

 それらの要素要素から見てみれば、先日のブルーティアーズ戦とは違って、機体や武装の相性は悪くはなく、ブルーティアーズ程の脅威には感じない。

 

 だが、それを覆すのがレーゲンモデルの持つ最大の特徴。それが極めて厄介と言える物だった。

 

 追い縋るレーゲン。

 それを必死にこちらが迎撃していく。

 マシンガンによって弾幕を形成し、エネルギーライフルによって直接的なダメージを狙う。

 それでも止まらないのならば、グレネードカノンを使用。

 相手を直接狙うのではなく、敢えて地面に砲弾を当て自身を巻き込むように爆風を発生させる事で相手の進行を抑制し、距離を放す時間を作る。

 

 接近を防ぐため、爆風によって自傷しながらの決死の抵抗。

 懐に入られた瞬間、こちらの敗北が決まってしまうのだから、それも今はやむなしというもの。

 そこまでしなくてはいけない程に、AICという物は今の戦況において致命的な物となり得る存在だった。

 

 AIC。

 外部への慣性制御を行う特殊兵装。その効果は攻防一体。時には攻撃を防ぎ、時には敵の動きを停めることで強制的に死に体を作り出す。

 一度でもそれに引っ掛かってしまえば、動きを封じられ、即こちらは何も出来ない唯の置物となるだろう。

 もしそんな事になれば、次に待ち受けるのは本当の意味での一方的な展開だ。

 レールカノンで撃ち抜いても良し、ワイヤーブレードで徐々に削り取っても良し、エネルギーブレードで切り刻んでも良し。

 PICという慣性干渉システムを持つISならまだしも、それを持たないこの機体では抵抗しようする事すら困難だ。

 

 だが幸いにも、AIC、その有効範囲についてはマシンガンによる牽制と迎撃、その銃弾が止められる事によって大まかなイメージの把握ができた。

 後はそれに気をつけながら機体を操作すれば、その有効範囲の回避はできる。

 またレーゲンの機動性についても、確かにこのクロノスよりは非常に高いレベルの物ではあるが、高機動射撃戦特化タイプのブルーティアーズには劣る物であり、さらには相手の狙いが既に分かっている以上、何とか対処も方も出来ている。

 さらに付け加えるのならば、自分と彼女の兵士としての思考に似た所があるのか、その行動パターン、思考パターンが読みやすい。

 この事もまた、現在まで『交戦できている』状況を生み出す一因になっているのだろう。

 

 

 しかしながら、交戦できているという順調な状況において、確かな問題点が一つ存在していた。

 

 それは根本的な継戦能力に関わる物……つまりは弾薬の問題だ。

 正直な所、戦闘が開始されてから今に至るまでの間、弾薬については全く気を配る事なく、いや気を配れずに迎撃していた。

 それこそ消費ペースを考える事なく、始めからかなりの勢いによって湯水のように使用して。

 その為にマシンガンとグレネードの残弾数は早いペースで減り、今では非常に心許ない数値を示し始めている。

 一方、エネルギー兵装、エネルギーライフルについては、カートリッジ内の発射可能数を切らしてしまいそうではあるが、こちらは機体のエネルギーバイパスを通じても使用が可能ではあるので、一応は問題がない。

 最も有効的な武装であるだろうエネルギーブレードに至っては、接近すればAICの餌食となるので一度も使用できていない。

 

 これが今の状況。残弾数については実弾兵装が問題であり、エネルギー兵装については何とか。

 しかし、この現状において、実弾兵装の果たす役割が単なるダメージソースに収まっていないというのが、さらに問題だった。

 

 例えばマシンガン。

 これはAICに全て防がれているという状況だが、それは逆に防がれた銃弾による、AICのリアルタイムでの疑似的な視覚表示を可能にしている。

 続いてグレネードカノン。

 言わずもがなの現状における最大火力であると同時に、至近距離での爆風によって相手の接近牽制と抑制を行うという大きな役割を担っている。

 

 現状況においての問題は特に後者。逃げるために使われているその残弾が無くなった瞬間にこちらの敗北が決まる事となるだろう。

 

 残弾数残り四発。

 とにかく考えなければいけない。

 現状を打破する方法を。打破しうる何かを。

 

 また一つ地面へと向けて撃ち放し、爆風と砂煙によって出来たその隙を利用して、相手との距離を取る。

 

 思考。想定。予測。考える。考える。考える。

 マシンガンとエネルギーライフルによって牽制をし、退いての迎撃を行いながら考え続ける。

 

 マシンガンは通用しない。エネルギーライフルは回避するのを見ると有効的、だが避けられる。

 ブレードを使えば捕らえられ、グレネードカノンはAICによって止められる。

 

 今、解っているのはAICと実弾兵装との相性が悪すぎること。その反面、エネルギー兵装には効果が薄いこと。

 それはAICが物体の慣性のコントロールを行う物であるからだ。

 その為に運動エネルギーがダメージソースとなるマシンガンは通用せず、直撃すればさすがに有効なグレネードカノンの砲弾も炸裂以前で止められて無効化される。

 

 ならばこの状況をどうするのか?タイムリミットはすぐそこまで迫ってきていた。

 如何に相手にダメージを与えるか。ブレードを当てられるのが一番良いが、考えなしの特攻などは愚の骨頂だ。

 

 そこで浮かび上がってきたのは、ある一つの些細な疑問。

 

 ……あの時、不意打ち同然に撃ち込んだあの砲弾はなぜ炸裂したのか?

 

 普通に考えれば、その砲弾はAICに止められ、爆発も何もできずに空中へと縫い止められるはずだった。

 ではそれが起こらなかった原因はなんなのか?

 やはり、それは不意打ちの効果があったという事ではないのだろうか。

 AIC。思念制御。イメージ・インターフェイス。

 つまり、認識が前提条件の特殊装備。

 あの時は不意打ちによる、想定外の攻撃によって制御が不完全となった。

 そうすると砲弾の持つ慣性を完全な形で打ち消す事が出来ず、その結果として砲弾に衝撃が伝わってしまうことになり炸裂した。

 つまりはこういう事だったのだろうか?

 

 色々と考えを巡らせては見ても、その考えへの確証は正直な所、全く持てない。

 だけどその時、案が浮かんだ。

 確証もなく通用するかどうかすら分からない稚拙な物だが、たった一つだけの案が。

 

 

 シュヴァルツェア・レーゲンが再び接近を試みる。

 グレネードカノンを残り二発としながら、こちらも再び同じように距離を取る。

 ただ違うのは、こちらがオーバードブーストを使って急速に離脱したという事。

 

 先程と比べると遥かに離れた距離。それでもレーゲンは慌てる事なく、レールカノンを放ちながらその距離を縮めていく。

 

 放たれるそれを左右へと避け、こちらが持ち合わせる唯一の案、それを実行に移すことにする。

 

 使用するのはグレネードカノン。

 接近をするその機体に向けて、グレネードカノンによる砲撃を試みる。

 撃ち放った砲弾。

 それは敵機に至る寸前に、AICによって、それが当然かのごとく受け止められた。

 今度は炸裂する事もなく砲弾の原形を留めたままに。

 その様子を捉えながらも、今度はこちらが逆に接近を試みる。

 搭乗者たる彼女は、砲撃と同時に接近しているこちらを見て少し失望したような表情を浮かべたが、今は関係がない。気にする必要もない。

 

 ――元々砲弾を受け止めさせる事こそがこちらの狙いなのだから。

 

 右腕武装、エネルギーライフル。

 AICに有効的なエネルギー兵器による狙撃。黒い雨の名を関するそれではなく、その機体によって捕らえられているソレに向けて。

 

 独特の発射音。射出される高エネルギー。高熱量体として収束された光。

 それが右腕の銃口から放たれ、AICの網を食い破りながら、捕らえられている砲弾を撃ち貫く。

 その直後。轟音と共に模擬戦の開始時と同じような爆発と砂煙が再び発生する。

 

 それと時を同じくしてオーバードブーストを起動。

 マシンガンを投げ捨てながら、引き起こされた砂煙の内へと突入していく。

 

 高速状態を維持、視界の利かない砂煙の中でも搭載されたレーダーによってその位置は把握できていた。

 しかし……それははたして自信か余裕か、砂煙の中で動きを止めたままでいる敵機。

 

 ――対象との距離、20m。

 

 左腕、エネルギーブレードを起動。

 ブレードユニットが展開。初期励起状態へ。

 

 ――10m。

 

 まだ距離がある。刃の発生はまだ早い。

 オーバードブーストは尚も起動中。

 このままの速度で突っ込んでいく。

 

 ――5m。

 

 フルスロットル。バイパス解放。エネルギーブレード最大励起。

 展開されていたブレードユニットから、光の刃。2mを越える高熱量体が出現。

 

 ――インレンジ。

 

 砂煙の中。レーダー上。前方にシュヴァルツェア・レーゲン。

 だが、直感的にオーバードブーストを停止。突然の危機感と共に機体の軌道を急速変更。

 真正面からではなく回り込むようにして切り込んでいく。

 

 よく見れば、彼女の前方の空間、そこだけ流れが異常だった。砂が視界に満ちる中、漂っているはずの砂群が動くことなく空中に縫い付けられている。

 それはこちらの動きを読んで仕掛けられた、明らかなトラップ。

 もし気付かずにそのまま仕掛けていれば、こちらは捕らえられていた事だろう。

 

 その罠を避けブレードを振るう。その至近距離でようやく見えた彼女の表情には驚きの感情が浮かんでいる。

 

 回り込んだ意味は大いにあった。手応えもあった。だが……回り込んだその距離の分、踏み込みが浅くなった。

 シュヴァルツェア・レーゲンの左肩装甲を破壊。

 それは確実なダメージではあるだろうが、こんな物はISにとっての致命傷には入らない。

 

 ――ならば追撃を。

 

 ペダルを踏み込み、スティック操作。

 速度を活かし、右足を軸に急速反転。

 右足にダメージ判定が出るが、気には止めず、再度左腕を振るう。

 

 だが、ブレードが再び敵に届こうとした、まさにその瞬間。

 

 ……感じ取ったのは、この模擬戦における自らの敗北だった。

 

 慣性を無視し、機体が止まる。

 操作に対し、機体の反応がない。

 各種パラメータ、センサーには異常はなし。

 しかし、機体は動かない。

 

 理由は既に解っていた。

 センサーが捉え続ける、その様子を真っ直ぐに見つめる。

 画面上、晴れてゆく砂煙。

 そこには、ダメージを負ったシュヴァルツェア・レーゲンが映し出され、こちらへと向けてその右腕を掲げているのがよく解る。

 

 この状況が指し示しているのは、一つの事実。

 すなわちそれは、こちらがAICの網に捕らえられてしまったという事。

 

 操作を受け付けない機体の中、一つ大きな溜め息を吐く。

 これは判断ミスだったのか?

 あの時は追撃ではなく、一撃離脱を行うべきだった?

 そうすればもう一発分のグレネードカノンを使って、……いや、違う。そもそも、そういった事ではなかったのだ。

 

 行ったのは奇策からの奇襲だ。

 それは、二度は通用しない切り札。

 やるのであれば一撃必殺。最初の一振りで仕留めなければならなかった。

 追撃やそういった話ではなく、一撃必殺、それが出来なかった時点で勝負は決まっていたのだから。

 

 己の判断を自問自答で振り返っていると、目前のディスプレイ上ではロックオンと高エネルギー反応の警告と共に、レールカノンがこちらへと向けられている。

 抵抗はできない。その様子を静かに見つめる。

 

 直後、機体を激しい振動が襲った。

 

 それによって聞こえてくる音声は機体コア部の重大な損傷を告げるもの。

 その報告と共に機体のシステムが一旦停止され、システムと同調している目前の画面が黒に染まる。

 闇に包まれた視界の中、再び大きく息をつく。

 

 こうして、ローゼンタール社との間で行われた模擬戦。

 僕にとってのISへの三回目の挑戦は、コア部大破、搭乗者死亡判定という三度目の敗北で終えた。

 

 

 

 

 

 

 食堂。

 そこは文字通り食事を摂る場であり、学生達にとっての憩いの場でもあり、先日セシリアさんとの模擬戦の後に利用したのと同じ場所でもある。

 

 それにしても、相変わらずここは居心地が良くない。

 以前に比べれば幾分か和らいではいるが、周囲からの視線が痛くて、どうにも慣れたもんじゃない。慣れることがどうしても出来ない。

 

「一夏はよくこんな場所で生活出来てるもんだよ」

「ははは。……もう、慣れたからな」

 

 同じテーブル。真正面。

 そこに座る一夏は遠くへと視線を見据えると、どこか哀愁を漂わせ軽い笑いを浮かべながら答える。

 どう考えても、それは慣れというよりかは諦めというものなのだが、それを口に出すのは無粋というものなのだろう。

 

「でもホント。皮肉でも何でもなくさ、正直に凄いと思うよ。僕だったら始めの一週間で脱走してるね、きっと」

 

 実質的な女子学校に一人で送り込まれ、そこで過ごさないといけない。毎日毎時、有象無象の多くの視線に晒される生活。

 それは一夏の言う通り、慣れてしまえば案外平気なのかもしれない。

 しかし、問題は慣れるまで耐え切れるかどうかだとは思うけど。

 

「……この辛さ、解ってくれるのか?」

 

 今更、本当に何を言っているのだか。

 そんな物は口には出さなくとも当然の事だろう?

 

「そう、か……弾、いや俺の古くからの友人の事なんだが、あいつにこの事を伝えても、ヘヴンだ楽園だー、と返される言葉は見当違いな物だったからな。こうして理解されることなんて、決してないんだろうと、そう思ってたよ」

 

 目を閉じ、染々と頷きながら己が心情を吐き出していく、一夏。

 きっとそれは、二ヶ月前の入学以来、ずっと悩み溜め込んできた事だったのだろう。

 理解されない気持ち。周囲とのギャップ。それは時に辛い物であると聞く。

 

「なぁ、どうだ?」

 

 何かを決心した熱意と共に目を見開き、一夏はこちらへと語りかけてくる。

 それは明確な誘い、そこにあるのは強い意志。

 新たな仲間を歓迎しようとする心、想い、それが確かに存在していた。

 

「俺と一緒に……ここで理不尽ライフを過ごしてみないか?」

「いや無理」

 

 問掛即答。

 だけど、正直なところ、本気で勘弁して下さい。

 そんな誘いは要らない。全く要らない。そんなもの、謹んだ気持ちをどこかへ飛ばして、真っ先に辞退させて頂きたい。

 

「はっはっは。気が変わったらいつでも良いぞ」

「はははは……、この話はなかったという事で」

 

 アメリカの通販番組もかくやという笑顔を浮かべ、尚も誘い来る一夏。

 それに対して、こちらは日本の通販番組レベルの笑顔を浮かべ、断固とした拒否対応を示す。

 

『はっはっはっはっ……』

 

 笑い声を上げる僕と一夏。

 なんだかよく解らないテンションだが、突き抜けるとあまり気にはならない。

 良い具合に壊れている感覚。

 ……壊れているのに良い感じとは、これいかに?

 

「な、何なんですの、この茶番は?」

 

 一夏の隣、僕からすれば斜め前方から、困惑というか、混乱にも近い声が上がる。

 それはやっとというか何と言うか、ようやく示された外部からの反応だ。

 

「……一体、お前達は何をやっているのだ?」

 

 先陣を切って声を上げた金髪ロングさんに続いたのは、額を右手で押さえた何となくサムライっぽい印象のポニーテールさん。

 

「まったく、バカ男子が揃うと、直ぐこうなるんだから……」

 

 肩を竦めて、やれやれといった様子を見せているのが、先日お世話になった小柄なツインテールさん。

 

「はははは……」

 

 何だかよく分からないから、とりあえず笑っておこうといった感じで、乾いた笑いを浮かべているのが、日頃から見慣れた相方的存在、元男装少女さん。

 

 困惑一つ。呆れが二つ。無回答一つ。

 それが彼女達の僕らへの答えだ。

 

 まぁ、それはさておき。

 模擬戦の後、ローゼンタール社とシゲさん達との話し合いが長引きそうな事もあって、現在、僕達は、シャルと僕を含めた六人でテーブルを囲んでの夕食の真っ最中。

 

 当初の予定では七人の予定だったのだが、どうやら彼女と一夏との溝は予想以上に深かったらしく、一夏の顔を見るなり彼女(先程の模擬戦の相手であった少女、つまりはラウラさん)はどこかへと去っていってしまった。

 僕としては普通にコミュニケーションも取れたし、シャルの方も一応の仲の親展が見られたので、成功といえば成功なのだろうとは思う。

 それでもやはり、ラウラさんがどうにも意固示になりすぎているという印象がどうしても気にはなった。

 ……まぁ、僕が何かをできるという訳でもないのだけれど。

 

 そうして去って行く小さな背中を見送って、始まった食事会。

 その参加者はセシリアさんとの模擬戦後、偶発的に行われたものと変わらない顔触れ。

 

 金髪ロングさんこと、セシリア・オルコットさん。

 サムライポニーテールさんこと、篠ノ之箒さん。

 ミニマムツインテールさんこと、鳳鈴音さん。

 そして、このチームの筆頭役?である学園唯一の男子、織斑一夏。

 

 この一夏を筆頭とした彼女達は、チーム一夏、一夏ファミリーと称しても良いぐらいに仲が良いように見える。

 たまに互いの視線で火花を散らしている時もあるが、それは喧嘩をするほど仲が良いという言葉を体言しての事なのだろう。

 それに、その四人中三人が専用機持ちであり、更にはその内の二人が国家の代表候補生であるというのだから、ある種のエリート集団なのかもしれないという事も付け加えておく。

 

「とりあえず、冗談はこの程度にしておいて。というか何で一夏はいきなり学園への勧誘を?そもそも一夏にはそんな権限なんてないだろうに」

 

 それはふとした疑問。

 よくよく考えると、さっきの変なテンションの会話にずれた根本の原因は一夏の発言からだった。

 

「まぁ、その通りなんだけどな。……でもやっぱ、どうにも日頃しっくり来ない部分があるんだよ」

 

 詳しくは別に体験したわけでないので解らないが、何となくとしては分かるかもしれない。

 それは何と言うか、お客様気分な感じでどこか落ち着かないという事じゃないだろうか?

 

「お客様というよりは何だ?今の環境に慣れこそはしてきたとは言っても、女子相手じゃ、やっぱこう何も考えず、気軽な話やら行動ができないっていうか……」

 

 ああ、確かにそれはなるほど。

 箒さんや、セシリアさんや、鳳さん。一夏にとっての親しい友人はいるのだけれど、やはり女の子という事もあって何をするにも、そこから一線を引いてしまう。

 そうすると男友達とはできるはずの馬鹿話やそこから意味も無く騒ぐ……みたいな事が出来ない。

 僕だってシャルに対して、ジャックや若手の整備員達とのやり取りなどは決して出来やしない。

 

 つまりの所、一夏が言わんとすることは一緒に羽目を外せる存在が欲しいという事だろう。

 

「おお、そんな感じだ、そんな感じ!」

 

 掌を叩き、同意の意を見せる一夏。

 まだ言いたい事もあるようでそのまま話を続ける。

 

「しかしさ、ホント男一人ってのが厄介なんだよなぁ。知り合いがいて、新しく知り合いが出来たーとは言っても、そういった一緒に馬鹿をできる奴が外にしかいないんだから。せめてもう一人でも男が居れば……」

 

 本当にその立場には同情する。

 学園でのたった一人の男子。文字通りの世界唯一という肩書。類を見ない程に希少な絶対無二の存在。

 しかもそれが、世界で最も注目されているISという分野において、そうなってしまったのだから。

 きっと、適性の判明以来、国家利益や公共利益という看板の下に進路の選択肢なんて物はほとんどなかったのではないか、とは思う。

 

 しかしそう考えてみると、おおよそ四十億超と言われる男性の世界人口の中のたった一人であるという事。

 それは国家や取り巻く環境からすれば、世界一運の良い人間だと見られるのだろうが、個人からすれば逆に、世界一運の悪い人間であるという見方もできるのではないだろうか?

 

 それでも、楽しそうに日々を過ごしているその姿から、一夏が前者であると思いたいけれど。

 

「まぁ、でもあれだね。またこういう機会はあるだろうし、良かったらその時にでも話相手になるよ」

 

 一夏へと掛けたこの言葉、そこに同情した部分がある事を否定はしない。

 

「お、マジで良いのか?でもなんか、そうなると付き合わせてるみたいで悪く感じるんだけど」

 

 少し申し訳なさそうなその表情。

 まだ短い僕の人生経験ではあるけれど、一夏は良い奴っぽいぞ、とそれが告げている。

 

「いやいや、今日だって誘ったのはこっちからなんだし、気にする必要はないって。というか、今まで同年代の男友達と話す機会なんてなかったから、こっちから逆に頼みたいぐらいだよ」

 

 しかしそれは、同情などではなく自分にとっては珍しい同年代の男友達として、話してみたいという部分も多々存在していた。

 

「へぇ、そうなのか。じゃあ、また次の時もちゃんと連絡してくれよ」

 

 そこまで言って、言葉を切る一夏。そして何かを思い出したかのように言葉を続ける。

 

「……ってそっか、そういや、連絡先とかまだ聞いてなかったな」

「あ、そういえば」

 

 なるほど。

 こうやって交友関係を広げるツールとして、こんな時の為の携帯電話なわけか。

 今までは単なる通信手段としてしか使ってなかったから、中々に面白い。

 

 搭載されている赤外線通信機能で電話番号とEメールアドレスを互いに交換していく。

 クレスト社から配給されていた通信端末内のデータも移してあるので、交換されたそれは、数ある登録番号の中の一つに過ぎないのだが、友人の電話番号としてはシャルに続いて、二番目の物となった。

 それは何となく悲しいことだけど中々に希少な物だ。

 

「よし、終わったか。……なぁ、休日とか時間が合うようだったら、今度遊びに行かないか?この際、弾の事も紹介したいしな」

 

 それは願ってもないこと。

 同年代の流行や常識に疎い自分にとっては、それは同年代のそれを知っていくチャンスかもしれない。

 

「うん是非とも。何だか面白そうだし、もちろん良いよ。そうだね……時間が空いたらこっちから連絡するよ」

 

 テストの方は、色々とこれからも忙しくなってくるのだろうが、その時間の合間に交友を深めるのも悪くはない。

 

「そんじゃ決まりだな。……まぁ、場所は違うけど、これからもよろしくな」

 

 テーブル越しに出された右手。自然とこちらも右手を差し出しそれに応える。

 

「うん、こちらこそよろしく」

 

 互いに軽く交わされる握手。

 そういえばではあるけど、男友達という意味ではジャックや整備員が居はしても、同年代の男友達は実際、これが初めてになるんじゃないだろうか?

 そうなると何だか、ようやく一端の普通染みた生活を過ごせるようになってきた気がする。

 まだ気がしてるだけで、これからだというのが現状だけど。

 それでも、これは自分にとっての大きな一歩には間違いはない。

 

 そして再びそういえばという事になるのだけれど、ここに来てほとんど一夏と一対一で話していた事に気付いた。

 ふと女性陣に目をやれば、席を移動させて女性陣は女性陣で何か楽しく、笑顔を浮かべながらも話を続けている。

 何とはなしにそれを眺めていると、偶然、シャルと目が合った。

 

『どうぞ、男子は男子同士で親交を深めててください』

 

 そうしてかけられた言葉はそんな感じ。

 それは笑顔でありながら、それはどこか笑顔ではない。

 てか何で敬語?

 

 シャルのそんな反応を見て、セシリアさん達は笑っているみたいだが、こちらにとってはどうにも状況が解らないし、飲み込めない。

 わからない事が多すぎる。

 これも僕の人生経験の少なさ故なのか。単なる自身の未熟さ故か。

 要経験、要勉強、要学習。まだまだ自分には足りない物ばかりだ。

 

 

 そんな時、不意に懐で軽い衝撃を感じた。

 ある一定のリズムで揺れるそれ。一瞬驚きはしたが、すぐにその振動源を取り出し確認をする。

 相も変わらず揺れる本体、点滅するモバイルランプ。

 ディスプレイには電話の着信を示す、シゲさんの名前表記。

 

「おっと、ちょっとごめん」

 

 一夏達に一言断った後、席を離れ通話を開始する。

 聞こえて来たのはシゲさんの明るい声。そして伝えられる用件。返していく了承。

 通話は数分足らず。たったそれだけで切れてしまったが、でもその用件からすれば、伝えるのには十分な時間だろう。

 

 テーブルへと戻り、席に座らずに立ったままで一夏達に向け口を開いていく。

 

「何だか、もう撤収を始めるって話だから、そろそろ行くよ」

 

 楽しい時間ではあったので少々名残惜しいものではあるが、特別に認可を貰ってここにいられるというだけなので、準備が出来次第さっさと去らなくてはいけない。

 一夏達にその旨を伝えながらも、既に食べ終わり空となっている食器を片付けていく。

 

「そっか……、もうちょい話してても良かったんだけど、まぁ事情が事情だし、しょうがないか」

 

 まぁ、今回の食事会。ラウラさんには逃げられちゃったけど、その言葉が聞けたら個人的にはやっぱり成功だったと思う。

 

「何か手伝うことはある?」

 

 食器を片付け終わると、今度は一夏に続いて話し掛けてくるシャル。

 それはここの事か、キサラギ関連の事か。まぁ、おそらくは後者についてなのだろう。

 

「いや、大丈夫だよ。撤収準備は基本的にもう済ませてはあるし」

「そうなんだ。……それじゃあ、見送りに行くよ」

 

 なるほど。

 整備員の皆もシャルがこっちに来て以来、無情感を漂わせ淋しがっていたから、それはさぞや喜ぶ事間違いなしだ。

 

「そう?そうしてくれた方が皆も喜びそうだし、お願いできるかな?」

「うん、もちろん」

 

 嬉々とした反応と笑顔。

 これを見ると、彼ら整備員達の気持ちも解らないものではない。

 

「それじゃあ、あれだな。また今度がいつになるのかは分からんけど、次があったら呼んでくれよ」

 

 もうほとんどというか持ち物なんてないので、いつでもここから出れる準備をしたこちらに話し掛けてくる一夏。

 

「そう言ってくれると、こちらとしても誘いやすくて助かるよ。……まぁその時は、セシリアさん達もご一緒にどうですか?」

 

「ええ、是非とも同席させていただきますわ」

「私も異論はないぞ」

「同じくあたしもよ」

 

 一夏から女性陣へと話を振っていくと、返って来たのは肯定的な意見が三つ。

 ならば、今度があれば是非とも再びそうさせてもらおう。

 

「それなら、こちらとしても是非是非。……うん、まぁそれじゃあ、今日の所はこれで」

 

 そうして出入口へと足を運ぼうとすると、最後に言葉が向けられる。

 

「ああ、また今度な」

「そうだね、また今度」

 

 掛けられた言葉に片手を上げて返答し、そのまま食堂から外へと出ていく。

 

 

 

 

「なんだか嬉しそうだね?」

 

 既に暗くなった空の下、外灯に照らされた道を歩いていると、隣、視界の少し下の方から声が掛かった。

 

「そうかい?いや、うん。確かに嬉しくはあるかも」

 

 本来の予定とは変わってしまったけれど、新たな友人が出来た事、それは普通に喜ばしい。

 隣のシャルはそんなこちらを見て、なぜか逆にシャル自身が嬉しそうにしている。

 

「そっか」

「そうだよ」

「ふふ、良かったね?」

「うん、良かったよ」

 

 頷きに対しては頷きで返し。一言には一言で返す。

 何だかこちらの心中が見透かされているようだし、長い言葉も必要はないだろう。

 

 そうして、何となく新たに友人達を得たという実感と事実、それによって少し弾んだ心。

 模擬戦、ラウラさん、出会い、友人……今日への感動とか色んな物を胸に、シゲさん達の待つ場所へと向かうその歩み。

 気分はどこか意気揚々。その足取りは軽く、確かに軽快なものになっていた。

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