Acxis   作:ユ仲

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Chapter2-7

 兵器に心は要らない。

 兵器に感情は要らない。

 兵器に意思は要らない。

 兵器には兵器には兵器には兵器には――。

 

 

 

 私は一個の兵器だった。

 いや、兵器を構成する一つの部品だった。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 歯車が歯車と言われるように、その名前は、兵器を構成する私というパーツを指し示す記号に過ぎない。

 それは人の子宮から生まれたわけでなく、ただ兵器たれと生産された私には丁度の良い物なのだろう。

 

 兵器。そう兵器だ。

 かつて提唱されたドミナント理論に基づき、戦闘における優性存在を人工的に生み出す計画。

『強化人間(プラス)計画』

 それによって生み出された強化遺伝子試験個体、戦う為だけの存在。その内の単なる一個体が私であった。

 

 

 

 ――全ては戦いの為に。

 いかに効率的に人を殺し、いかに効率的に敵を殲滅するのか。

 その技術と知識を学び、それを効率的に活かすために身体も鍛えていく。

 

 私は、計画における最高傑作だった。

 ナイフ、拳銃、小銃といった携帯兵装だけでなく、戦車や戦闘機などの機動兵器まで。

 ありとあらゆる方面で高い適正を見せ、最高傑作たらしめるその性能を言われるがままに体言させていた。

 

 その事に感じる物は何もなかった。

 ただ私は兵器たれと、命じられた事を命じられた通りに行うのみ。

 確実に正確に完璧に。

 ただ自身の負ったタスクをこなす。

 歯車は歯車のように、ただ噛み合い回っていれば良い。

 

 転機が訪れたのはそんな時だ。

 

 最強の兵器ISの登場。

 それが軍に導入されるに当たって、私達プラスの部隊も当然のようにISへと投入されていく。

 だがそこには、私にとっての大きな落とし穴が潜んでいた。

 

 ヴォーダン・アージェ。

 それは、ナノマシン投与によるISへの適合性向上処置。

 通常であれば、害の無いはずのナノマシン。

 しかし私の身体は、最高傑作であったはずのその身体は、それに上手く対応する事が出来なかった。

 金に染まった左目。コントロールの効かない稼動状態。

 それによって私は、最高傑作から一転、欠陥品へと立場を変えた。

 

 

 欠陥品に対する他の部隊員からの反応は厳しい。

 しかし、私にとってそんな物は、どうでもいい事だった。

 重要なのは私が『欠陥品』であるという事実。

 

 歯車は歯車として噛み合い回っていれば良い。

 だが、規格に合わない歯車はどうなるのか?回れなくなった歯車はどうなるのか?

 兵器の一部品に過ぎない私は、それだけがただただ恐ろしくて堪らなかった。

 

 恐怖、それこそが、私が初めて自覚した感情であった。

 

 

 その日は、周囲にとっての転機と言える物になるのだろう。

 軍から各員へと通達された命令により、私達は兵器から兵士へと変わってゆく。

 

 軍の支援をしていた大企業、そこの新社長就任と共に計画が中止され、部隊が解散される事になったのだ。

 部隊の解散とは言っても、実際には部隊の配置はそのままにその部隊名が少し変わるのみ。

 私達、プラスの有用性に何の変わりはなく、それでも『人』として生まれゆく周りの笑顔の中、私は未だに『欠陥品』として何とかISの訓練に着いていく。

 

 

 それは、私にとって再度の転機となる。

 

 先日の新社長就任。

 まだ若き彼によって、軍へのアドバイザー兼教官として一人の女性が招聘される。

 その女性、世界最強の名を欲しいままにする絶対的な存在、織斑千冬。

 

 彼女に……いや、あの人に、私はどうしようもなく憧れた。

 

 あの人は私の理想だった。

 論理的思考。完璧な運用センス。驚異的な身体能力。

 それらを持ち合わせた私の理想像。

 あの人にようになる事が出来れば、自分が自分でいられる。

 欠陥品の烙印を捺される事もなく、日々私を襲う恐怖に怯える事もない。

 

 だから私は、努力をした。

 あの人に教わり学習する。

 その言葉、その理念、その理論を脳と身体そして心に、焼き付くまで繰り返していく。

 そうする事で私はいつの間にか最高傑作に、部隊最強の座に再び君臨する事になる。

 

 最強に返り咲いたその日以来、私がいつも見ていた悪夢は何処かへと消えてなくなっていた。

 

 

 ある日、私は日本に存在するIS学園へと送り込まれる事になった。

 それはローゼンタール社の次期主力機体のPRの為に。

 そして、『あの』織斑一夏の情報収集の為に。

 

 織斑一夏。

 それは私にとって認められない存在だった。

 私の理想であるあの人に傷を付けたばかりでなく、ただそこにあるだけであの人を変えてしまう男。

 

 それは決して認められない事だ。絶対に認めてはいけないものだ。

 

 完全であったあの人を変える。

 目標であり、理想であったあの人を貶める。

 そんな事が認められてしまったら、私は。

 

 私は……どうすればいいのか?

 

 

 

 

 その日は、何時もと違う一日だった。

 ISの時ほどではないが、それ以来の衝撃を世界に与えた存在。

 かつて存在した多目的大型パワードスーツ『マッスルトレーサー』の発展開発機体。

 

 人型兵器『アーマード・コア』

 

 正式に発表されたばかりのそれとの模擬戦。

 そしてそのパイロットは、話によく聞いていた存在だった。

 

 レイヴン、そう呼称される、中東やアフリカを中心に活躍していた黒髪の傭兵。

 同じ呼称の存在は二人いたそうだが、件の者はその内の一人。若い方のレイヴン。

 薬物投与や遺伝子操作を受けていない非強化非操作系の人間でありながら、幼き時分より戦場で戦い続けていた人物。

 その性格、その性質、その行動は、兵器や兵士としての資質を兼ね備えた理想的な存在であると聞かされていた。

 

 しかし。

 

『ええ、こちらこそ。今日はそちらの胸を借りるつもりでやらせていただきます』

 

 柔らかな笑顔。

 それは話に聞いていた理想像とは、大きく掛け離れた物だった。

 

 思わず愕然とする心。

 そのままに声を掛け、直ぐに背を向けてその場を立ち去っていく。

 それが何かの間違い、勘違いである事を祈って。

 

 

 だが、戦闘が一度始まれば、彼は確かに噂通りの存在だった。

 模擬戦というある種の交流に近い物であるにも関わらず、戦闘開始と共に放たれたグレネード。

 それは完全に狙っての行動。明らかな意思を持っての不意打ち。

 

 ――常に勝利を考え、何事にも躊躇わない。

 

 それはまさに聞いていた通りの姿だった。

 話に聞いた理想像、それがそこにはあった。

 

 

 その後の戦況は当然の事ながら、こちらが優勢となる。

 しかし状況を決め切れない、もどかしい展開が続く。

 

 追えども追えども、逃げられる。

 

 考えも付かなかった、銃弾によると思われるAIC効果範囲の把握。

 あえてグレネードを自身付近で爆発させる事でのこちらへの牽制。

 とにかく逃げて逃げて逃げ続ける、前方の機体。

 最大火力であるこちらのレールカノンも、まるでこちらの思考を読んでいるかのように回避され、その装甲にワイヤーブレードは対した効果を発揮しない。

 

 決め切れず、ただ過ぎていく時間。

 ただもどかしくはあるが、消費されていく弾薬量を考えればこちらの勝利には揺るぎはなかった。

 

 

 

 

 ……やられた。

 それがこの戦いが終わり、まず感じた事だった。

 

 爆風と砂煙。

 遮られる視界。

 それは明確な目的を持って為された物。

 視界を奪う事によるAICの精密稼動の防止。

 

 確かに勝利こそは収めたが、その際に大きな一撃を喰らった。……喰らってしまった。

 

 相手は確かに名の知れた存在ではある。

 だが、そんな事とは関係がなく、従来兵器に該当する存在からそのようなダメージ受けるなど、許されざる結果だった。

 ISの搭乗者たる自身にとっても、許せない結果だった。

 

 もしかしたら、あの人に会えた事で知らない間に気が緩んでしまっていたのかもしれない。

 あの人、私の理想を体言してみせる存在。

 しかしこんな体たらくでは、あの人にも見放されてしまうだろう。

 それは、それだけは避けなくてはならない。

 

 気を引き締めろ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 さもなければ、またあの日々が待っているぞ。

 ……恐怖に怯え続ける、あの日々が。

 

 

 

 レイヴンとルームメイト、彼らと共に摂った食事。

 かつて、私達の模範とまで言われた存在は、やはり変わってしまっていた。……堕落してしまっていた。

 そこには、聞かされていたような面影はどこにもなく、ただ羽ばたく事を止め地に落ちたその存在だけがあった。

 

 一体、空を飛べぬ鴉に何の価値があるというのか?

 私達は戦う為の存在だったはず。

 戦う事だけが私達の存在証明であり、存在意義であったはず。

 

『戦う事しか知らないからって、楽しく生きちゃいけないなんて事はないでしょ?』

 

 言っている意味が分からない。楽しく、生きる?

 

『ラウラさんもいずれ解るよ』

 

 だが、そんな堕ちた存在が何故、その表情を浮かべているのか?

 何故、あの人が、あの時浮かべていたような表情を浮かべるのか?

 それは私の心に大きな揺らぎをもたらす。

 

 その日以来、忘れたはずの悪夢が再び私を襲う。

 

 

 

『ねぇ?聞いてる?』

 

 五月蝿い。

 

『どうしてあんな事をしたの?』

 

 お前には関係がないだろう。

 

『なんでそんなに苛立ってるの?』

 

 確か、デュノアと言っただろうか?

 レイヴンと共にいた、そのルームメイトがしつこくこちらに付き纏って来る。

 

 その内容は今日行った戦闘についてだ。

 交戦相手はイギリスのブルーティアーズと中国の甲龍。

 どちらも両国を代表する第三世代機であり、共に搭乗者は国家の代表候補だった。

 

 しかし、蓋を開けてみれば何たる無様。

 二対一にも関わらず、シュヴァルツェア・レーゲンに大した抵抗もできず、全く持って戦い応えのない相手だった。

 これならまだ、この間のレイヴンの方が戦いらしい戦いになっていたという物。

 

 だがそれは、ISを高価な玩具としか考えていない奴らにとっては、相応しい結果だったと言えるのかもしれない。

 奴らと私、そこにある覚悟が違う。その重さが違う。

 その重みさえ知らない奴らに、私が負けるはずがない。負けていいはずがない。負けられるはずがない。

 

 私は最強でないといけないのだから、敗北など決して許されないのだから。

 

 

 

 ――夢を見る。

 

 それはいつも見せられる夢だった。

 

 ベルトコンベアに乗せられる身体。

 身動きは取れず、周りを見渡せば前後には大きな歯車が置いてある。

 その形は歪な物、大きく欠けている物など、それは様々。

 

 前方を見る。

 そこには大きな音を立て、巨大なプレス機が無機質に機械的に上下していた。

 

 一度。

 それが粉砕される。

 二度。

 欠片が周囲に飛び散る。

 三度、四度。

 音が繰り返されていく内に、それは段々と大きく迫り寄ってくる。

 

 やがて音が変わる。

 何時の間にかそれは、水を叩くような音へと変わっていた。

 

 一度。

 全身の骨が粉砕される。

 二度。

 赤い何かが周囲に飛び散る。

 三度。

 上がる機械が赤く粘ついた糸を引く。

 四度。

 繰り返される行動。その破砕音。それはまるで何かの叫び声のようにも聞こえる。

 

 飛び散ってゆく物、それが何かは解らない。

 だが、前方へと進むにつれて、そこにあるモノがよく見えるようになってきた。

 

 ――プレス機の下、赤に染まった白に近い銀髪。弾け飛んだ何も映さぬ金色の眼球。

 

 認識した光景、そのあまりの衝撃に思考を続ける意識が揺らぐ。

 

 呆然とする意識。

 そこで突如、身体を覆い始めた影。

 ふと見上げれば、視界を占める重量物。

 

 それは壁となって私を押し潰さんと迫り来る。心に注がれてゆく恐怖。

 逃げようとしても、身体は動かない。

 必死に叫んでも、誰もそこにはいない。

 叫びは、決して届かない。誰にも。誰にも。

 

 下ろされるプレス機。迫る壁。

 

 次に来るだろう痛みに備え、強く強く瞳を閉ざした。

 

 ……そして私の意識は、いつもそこで覚醒をする。

 

 

 

 

 ――最強それは証明だ。

 

 己の力を証明すること。

 自身の優位性を証明すること。

 それは相手が誰であろうと変わらない。

 相手が何人であろうと変わらない。

 為すべきことは変わらない。

 

 行われる学年別トーナメント。

 それはその証明には絶好の機会だった。

 しかも相手は織斑一夏。

 これ以上の条件など、どこにも存在はしなかった。

 

 両腕のプラズマブレードを持って、目の前の認められぬ敵へと切り掛かっていく。

 それを、一振りの実体剣によって何とか捌く織斑一夏。

 

 その太刀筋、取り扱い。

 なるほど。さすがはあの人の弟なだけはある、それなりの剣の修練は積んでいるようだ。

 

 だが……。

 

「くっ、そ……!」

 

 ……所詮はそれなりのものでしかない。

 

 あの男の口より漏れる苦悶の声。

 こちらのブレードを受け止めた瞬間に放った、二基のワイヤーブレード。

 意識をプラズマブレードに集中させていた敵機体を、こちらの放ったワイヤーブレードが撃ち貫いていく。

 

 砕かれ飛び散る白いISアーマー。

 確認できる、敵シールドエネルギーの大幅な減少。

 敵は貫かれた衝撃のまま後方へ跳ね飛ばされたが、なんとかバランスを取り、地に手を着きながらも着地に成功している。

 

 まぁ確かに、予想よりは強かったと言えるだろう。

 

 しかし、あの人には遠く及ばない。

 剣撃も、機動も、思考も精神も何から何まで。

 未熟、ただ未熟。

 それは何故あの人が、この男に目をかけているのかが理解できないほどに。

 

 こいつには力があるわけじゃない。

 それなのにあの人は、この男を認めている。

 

 それは力ではなく、血筋のみであのような表情をさせている?

 まさか、ただ弟であるという理由のみで、そこにあるというだけで認められるというのか?

 その存在を。その価値を。そこに居られる理由を。

 無条件で、何の意義も優位性すら見せずにして?

 

 ああ……、そんな物は、そんな事は認められない。

 それは己の存在にかけて。

 今まで私が積み上げてきた自分自身にかけて。

 絶対に認められない。

 

 ……認められるものか。

 

 

 

 機体に起きるスパーク。

 それは私の敗北を意味していた。

 

 伏せる私の目の前に立ち塞がっているのは、お節介なしつこいルームメイト。

 名前は確か、シャルロット・デュノア。

 

 強かった。

 確かに彼女は強かった。

 彼女の特殊技能、能力だけでなく、彼女に操られる機体を含めた強さ。

 

 目の前のラファール・リヴァイヴは、ただの旧世代機(アンティーク)ではなかった。

 情報(データ)に無い未知の機動。未知の兵装。

 それらが搭乗者であるデュノアによってさらなる性能、実力を発揮させ、こちらを私とシュヴァルツェア・レーゲンを翻弄した。

 例え、こちらがレールカノンを失った状態の物であるとは言っても、その力に間違いなどはなかった。

 

 敗北。私はここで敗北する。

 それは、既に決定事項なのだろう。

 敵のブレードによって、シールドエネルギーは尽き果て、こうして強制解除がされようとする状態へと追い込まれている。

 

 決定事項。結果。

 シャルロット・デュノアの手によって私は敗者へと成り下がった。

 

 ――だが、それで良いのか?

 

 その時、私の中の何かがそう問い掛ける。

 同時にフラッシュバックしてくる、あの悪夢。

 いつ処分されるか分からない欠陥品として、訪れる明日に恐怖する毎日。

 

 ――それで、良いのか?

 

 嫌だ。それは嫌だ。絶対に。絶対に。

 

 私は最強でなくてはならない。

 それこそが、それだけが私の存在意義であり、存在価値であり、存在理由なのだから。

 それが無くなったら、それを失くしたら、私は……。

 

 ――ならば、汝に力を与えよう。

 

 再び聞こえてきた、その声。

 それは、私の声ではなかった。

 

 その事に気付いた瞬間、全身を激痛が走る。

 痛みと共に身体が、意識が黒い闇に飲み込まれていく。

 黒く染まってゆく心。

 

 闇に飲まれ、薄れていく自意識の中、そこに浮かんだのは優しげな表情をしたあの人の姿だった。

 

 

 

 圧倒的な力。

 それは私の求めて来た力。

 

 パワー、スピード、技術。

 それら全てを高レベルで融合して見せた物。

 一切負ける気のしない、四肢に宿り、満ち溢れるその力。

 それが示すのはまさに、最強。

 

 誰にも負けない力。誰もが憧れる力。

 それは、私が求めて来たはずの、力。

 だが私がそうして得た物は、私が本当に求めて来たモノとは大きく異なる物だった。

 

 

 

 意識が蝕まれ、徐々に私が消えていく。

 自分自身が自己意識が自分が私が、ラウラ・ボーデヴィッヒという存在が、蝕まれ侵食され飲み込まれていく。

 

 それはあの悪夢と何ら変わるの事のない、自己の損失を指し示していた。

 だって、そこに自分はいない。

 自分という存在の必要が無い。

 自分という存在に価値が無い。

 自分という存在へ許された、居場所が無い。

 

 怖い。恐ろしい。

 満ち溢れる力と共に、恐怖が心を塗り潰していく。

 

 怖い。恐い。こわい。恐怖が満ちる。

 身体は私の意思を超越し、勝手に独自に動き出している。

 

 どうしてこんな事になったのか?

 私は、死にたくなかっただけなのに。

 ただ、消えたくなかっただけなのに。

 

 私の必要性も価値も理由も全て。

 私が私で居られる場所が欲しかっただけなのに、私が居てもいいとされる所が欲しかったのに。

 

 それを得るための力だった。

 力があれば、誰かが認めてくれる。

 優位性を示せば、そこに居場所ができる。

 だから、力を求めた。

 力を持つあの人に憧れた。

 

 私にとって力とは、自分が自分である、ただそれを証明する為だけの物だった。

 恐怖から逃れる為の手段でしかなかった。

 それなのに今は……。

 

 

 ……助けて。

 

 私は、あの悪夢の中で何度そう叫んだことだろうか。

 

 ……助けて。

 

 あの怯える日々の中で、身体を震わせ何度呟いたことだろうか。

 

 ……助けて。

 

 届くことがない言葉。決して届かない言葉。

 

 それでも、助けて欲しかった。

 消えゆく自分。満ちる恐怖。自分ではどうする事もできない状況。

 教官、レイヴン、デュノア、いや誰でも良い、誰でも良いんです。だからだから……。

 

 ――助けて、下さい。

 

 その時、そう強く願ったその瞬間、私の意識を覆っていた闇を、一筋の白い光が照らし出す。

 

 世界を覆う闇を切り裂き、現れた白き光。

 

 それによって解き放たれ、明るく開かれた視界と心。

 薄れていく意識と浮遊感の中、恐怖に震える私の身体を心地の良い温かさが包み込んだ。

 

 ――初めて感じる温かさ。初めて感じた安心感。

 

 その温かさに、恐怖に凍えた私の心が急速に解かされてゆく。

 

 ……もっとこれを感じていたい。もっとこれの側に居たい。

 

 闇から解放され、浮かんだ望み。

 しかし、私の意識はさらに薄れていく。

 

 ……嫌だ。この温かさを失いたくはない。

 

 その温かさに両手でしがみつくと、身体をより強く安心感が包み込んでくれる。

 その事に充足感を覚えながら、身体を包む温かさの中、安心感にしがみついたままに私の意識は安堵へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 ――俺は弱い。きっと単純な力ならお前よりも。

 

 だが、私は負けた。

 

 ――お前も弱い。今回なんてその証拠なんだろ?

 

 ああ。私は、弱い。

 

 ――俺もお前もまだまだ弱い。千冬姉になんか遠く及ばないぐらいにな。

 

 そんな事は当たり前だ。まだまだ教官には、あの人には追いつけてもいない。

 

 ――だけど、俺はもっと強くなりたい。……お前はどうだ?

 

 私も、強くなりたい。

 

 ――じゃあ、決まりだな。俺もお前も弱い、だけど強くなりたい。

 

 ああ。

 

 ――なら頑張って、一緒に強くなって行こうぜ?それこそ、千冬姉を守れるぐらいまでにな。

 

 だが、良いのか?私は……。

 

 ――事情は、少し聞かせてもらった。でも、そんなの関係ないじゃねえか!……ラウラ、お前はお前だろ?

 

 私は、私?

 

 ――そうだ。ラウラ・ボーデヴィッヒはお前だけだ。ここにいるお前だけなんだ。

 

 私、だけ……。

 

 ――それでも居場所が無いとか言うんならな、俺が作ってやる。お前はここにいろ。価値とか理由とかそんなのはどうでもいい。ここがお前の居場所なんだ!……良いな?わかったな?

 

 

 

 

 

 

 部屋を赤く照らす夕日。

 身体を医務室のベッドに横たえながら、先程の、手に繋いだ温かさを思い出す。

 

「……私の居場所、か」

 

 彼、織斑一夏の手によって与えられた温もり。居場所。心。

 昨日までは、いや今日までは、あれだけ憎く認められなかった存在であったはずなのに、これは何なのだろう?今はとても、とても大切な存在に思える。

 

 よく考えてみれば、私は彼に、あの男に嫉妬の気持ちを抱いていたのかもしれない。

 憧れたあの人が、唯一あの優しさを向ける相手。

 私はそれが羨ましくて、どうしようもなかったのだと思う。

 

「……織斑、一夏か」

 

 何故だろう?

 繋いだ手。感じた温もり。その感触が、その温かさが、いつまでも私の手に残って離れない。

 何故だろう?

 それを思い出す度に、その名前を呟く度に、心が温かく、それと同時に胸が締め付けられるような感覚がする。

 

 ……わからない。

 初めての事なので何が起きているのかが、全くわからない。

 

「織斑、一夏」

 

 それはあの人の家族であり弟ではあるのだが、私にとって、あの人とは別の意味での大切な存在になってしまったようだ。

 

「織斑一夏」

 

 先程から、ずっと彼の事ばかりを考えてしまっている。

 本当にどうしてなのかは解らない。

 だが、本当にそれは、決して悪くはない気分だ。

 

 

 そうして温もりの残る掌をじっと眺めていると、突如聞こえたノックの音。

 それに許可を出すと一人の見慣れた男が室内へと入って来た。

 

「本っ当に、済まなかったっ!」

 

 入室して直ぐ、こちらへと向かって謝罪を行って来た、無精ひげの目立つその中年の男。

 レーゲンモデルの開発にも携わっていたローゼンタールからの出向技術員、フロイド・シャノン。

 

 彼はこちらへの謝罪を態度に現しながらも、ベッドの上に横たわる私の前に空間投射ディスプレイを投影して見せてくる。

 

『済まなかったな、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐』

 

 そこに映し出されたのは、一人の男性の姿だった。

 丁寧に整えられた金髪。明らかな高級さを感じさせる白いスーツ。

 直ぐにその男性の正体に気付き、立ち上がろうとするのだが……。

 

『いや、無理に立たなくても構わんよ。……だが今日は本当に済まなかった』

 

 その人は、その御方はとでも言った方が良いのだろうか?

 とにかくその男性は、画面越しにこちらの行動を引き止め謝罪をしてくる。

 男性の行動に、私はどう反応を返せば良いのかわからない。

 ただ解るのは、その目の前の男性が軍を含めローゼンタールに関わる者ならば、知らない人間がいない程の存在であるという事。

 

『ローゼンタールを預かる者として、正式に謝罪させてもらうよ』

 

 彼、その男性こそがローゼンタールの代表を務める若き指導者、ジェラルド・ジェンドリン、その人だった。

 

 

『……旧体制派の仕業だ。全くもって嘆かわしい、あの老いぼれ共にこうもやられるとはな』

 

 そうしてやがて彼は語り始める。

 この一連の騒動の真相の事を。

 ヴァルキリートレースシステム。搭乗者の安全を省みず、モンド・グロッソの部門優勝者の動きを再現するシステム。

 条約で禁止されていたはずの、私を飲み込んだそれが、機体の中に秘密裏に組み込まれていた事。

 それが、今のローゼンタールを憎む者達の仕業であったという事。

 

『だが、もう心配はいらない。既に手は打ったのでね』

 

 そして、彼らがその解決に動き出したという事を。

 

『ジュリアスが動いた。もう二、三十分もすれば、全ては終わっている事だろう』

 

 代表の言葉、発言。それはローゼンタールが本気であるという事、その意志を間違いなく指し示している物だった。

 

 ドイツ、いや欧州を代表するIS『ノブリス・オブリージュ』と、その搭乗者であり次期ブリュンヒルデとも噂されるドイツの代表操縦者『ジュリアス・エメリー』。

 最高戦力たる彼女達を動かしたという事実は、それはまさに、問題の完全決着という確定した未来を約束する。

 

『だが、本当に今回は済まなかった。……お詫びといっては何なのだが、望みがあるのなら何でも言うと良い』

 

 それでも尚、こちらに謝罪を伝えてくるジェラルド・ジェンドリン代表。

 だが、その申し出は渡に船という物だった。

 即座に私は、破壊された機体の早急な再建を希望させてもらう。

 

『機体を?まぁ良いだろう。直ぐに手配させよう。だが、その理由を聞いても構わないかな?』

 

 私の望みと引き換えに問われた理由。

 それには嘘偽りなく答えていく。

 織斑一夏との誓い。それを為すために機体が必要である事を。

 また彼の事を考えると、どうにも心が落ち着かない、よく解らないような気持ちになるという事を付け加えて。

 

『はっはははは、そうか、成る程な!』

 

 私の答えに笑い声を上げる、目の前の若き社長。

 背後では、フロイドが驚愕の声を上げている。

 しかし、私は何かおかしな事でも言ってしまったのだろうか?

 

『いや、違う。違うのだよ少佐。私は祝福しているんだ』

 

 祝福、ですか?

 

『ああ。君は知らないのか?……人はそれを、君のその感情を「恋」と呼ぶのだよ?』

 

 ……恋。

 

『ふむ、まぁそれは、おいおい考えてゆくと良い。とりあえず、そちらの望みは解った。出来るだけ早くそちらへと送らせよう』

 

 はっ。ありがとうございます。

 

『ではすまんが、これでも時間が押しているのでね、これで失礼させてもらおう。だがラウラ・ボーデヴィッヒ少佐、最後に一つだけ、言わせてくれ』

 

 社長のその真剣な言葉と雰囲気に、思わず身体を正してしまう。

 そんな私の態度を見てか、そのまま彼はその表情のままに言葉を続ける。

 

『君はもう兵器ではない。だから、これから君は「ラウラ・ボーデヴィッヒ」という一人の人間として存分に生きてゆくと良い』

 

 それは以前、計画の廃止と共に私達の部隊へ掛けられた言葉だった。かつては余裕のなかった私だけが、対応しきれなかった言葉。

 しかし今度は、私一人に対してその言葉が掛けられた。私が『人間』であるという宣言がなされた。

 それに対して、今度こそ応える為に返事と共に敬礼で返す。

 

『本当に良い表情になったな……。それではラウラ・ボーデヴィッヒ少佐、これからの任務の成功を期待すると共に、君の健闘を祈る』

 

 社長自らの言葉、それが言い終わるとディスプレイの映像が切られ、暗転する。

 それを見たフロイドも私に一声を掛けた後に、退出していった。

 

 

 夕日も沈み誰もいなくなった、静寂が支配する室内。

 ベッドで再び横になりながら自らについての思考を、巡らせ振り返る。

 

 私は、ただひたすらに強くあろうとした。

 それが、私の生きる、ただ一つの道だと信じていた。

 ……でも今は、やっと追い続けたものに手が届いた気がする。

 

 それは、自分という兵器としてのラウラ・ボーデヴィッヒの終焉であると共に、私という一人の人間であるラウラ・ボーデヴィッヒの生まれた瞬間でもあった。

 

 右手に残る温もりと、心に宿った温かさ。

 その二つを胸に抱えて、瞳を静かに閉じていく。

 

 その夜、私の見た夢は、白い光の下を歩く笑顔の自分の姿だった。

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