Acxis   作:ユ仲

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Chapter2-EX

 じーじーみんみん、セミの声。

 

 日本の夏の風物詩だとは聞いていたけれど、この暑い中よく頑張れる物だと思う。

 空を見上げれば、青と白のコントラスト。

 その中でこちらを射差し確実にこちらを殺しに来ている、どう考えても頑張り過ぎな太陽。

 本当なら分かるはずはないのだけれど、溶けていきそうな程に肌が焼かれているのを感じる。

 暑い。それにしても暑い。

 

「おーい、早く入ってこいよー!」

 

 目の前の建物。

 その二階の窓より、こちらを呼ぶ声が聞こえた。それは確かにこちらの事を呼ぶ声だ。

 ああ、うん、そんじゃまぁ、そういうわけで行くとしよう。日陰に逃げ込みたいという意味も込めて。

 こんにちはー!と元気良く。

 お邪魔します!と横開きの扉を開けながら。

 建物内に足を踏み出していく。

 

 さて今日の目的地、お食事所『五反田食堂』。

 本日で計二回目の来店になります。

 

 

 

 

 

「作戦の内容を説明する」

 

 声が聞こえる。

 それはかつてを思い出させるような、任務の内容を告げる仲介業者の口調にそっくりだった。

 

「目的は市街地に多数存在する目標の確保だ。なに、今回はごく単純な作戦だ。適当な目標を見つけ次第、確保すればそれでいい。ただ細心の注意を払わないと、手痛いしっぺ返しを喰らうことになるからな。引き際というものを見極めるのも必要だろう」

 

 簡単でありながら、引き際を間違えれば一転、危険へと足を踏み込む事になる、か。

 それは本人の資質が大きく問われる、言わば試金石のような物になり得るのかもしれない。

 ただ簡単だからといって、素人が気軽に遊び感覚で参加しようなんて思うのは止めた方が良い。

 そういう奴に限って、必ずドツボに嵌まっていく。

 そしてそのまま抜け出せず、虚しい終焉を迎える事になる。

 

「まぁ、今回はそれに支援者の参加も決まっている。確かに、危険な作戦だが、見返りは十分に大きいぞ。良い返事を期待している」

 

 なるほど、支援者とは……。

 それは確かに心強い存在であるのかもしれない。

 裏切られるのが傭兵の常とはいえ、仲間達とのチームワーク、戦場ではそれがいつも生死を別ける境界線に関わってくる。

 それに加えて、ハイリスク・ハイリターンだって?

 そんなものは業界の常識。言われずとも分かっている事だろう。

 

 虎穴に入らずんば、虎児を得ず。

 まさにこの言葉が示している通りだ。

 楽をして、大きな利益は上げられない。

 大きな結果には、得てして相応の対価が必要とされるのだから。

 

「じゃあ……お断りします」

「暑いしなー」

 

「……っておいっ!?」

 

 そうして、五反田食堂のテーブルに着きながらサバの味噌煮定食を頂いていると、弾がいきなり何やら騒ぎ始めた。

 

「てか、今日はこれからすぐ遊びに行くって話なのに、何で呑気に飯喰ってんだよっ?」

 

 ん?

 何をおかしな事を。

 尚も騒いでいる弾の様子に、正面の一夏と顔を見合わせ、共に頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「腹が減ったからに決まってるじゃねえか、なぁ?」

「だよねー。僕なんかは五反田食堂に来いって言うから、朝食を食べずにまで来たんだから」

 

 そうやって少し楽しみに来た事を告げると、カウンター向こう調理場の方から声が聞こえて来た。

 

「おう!嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!いつでも来いよ、ご馳走してやるからな!」

 

 その声の主、この食堂の料理人、五反田厳さん。

 目の前の弾の祖父であり、僕が今食べている定食を作り出した人物でもある。

 

「いえいえ、そんな。僕は本当の事を言っただけですし、お金ぐらい払わせて貰わないとこっちの気が済みませんよ」

 

 それは本当。

 この料理を奢ってくれるというのは大変有り難い申し出だが、この料理にはきちんとした支払いをしなければ失礼にあたるだろう。

 

「いやぁ、健気な子だ。……おい、弾。お前も少しはそういう面を見習いやがれ」

「ええい、余計なお世話だっつーの!……と、に、か、く!早く飯を喰ったら出掛けようぜ!」

 

 そうして厳さんと会話をしていると、何故か弾へと飛んで行った火沫。

 弾はげんなりとした表情を見せた後、直ぐさま復帰。

 こちらに再び、遊びへの誘いを仕掛けてくる。

 

「でもどこへさ?」

「出掛けるって言っても、なぁ?」

 

 やれやれといった表情の一夏。

 いやはや、全く。僕もそれには同意見だ。

 

「ちょ、お前ら聞いてなかったのかよ!?街だ街!そこで待っているだろうお姉様方と素敵な週末を過ごしに行こうぜ?」

 

 ああ、なるほど。

 ……えーと、一夏。蘭ちゃんのアドレスか電話番号って分かる?

 

「ああ、知ってるぞ」

 

 じゃあ、なんか弾がおかしな事言ってるって伝えておいた方が良いんじゃないかな?

 

「まぁ、確かにな。それじゃあ早速……」

 

 何かをのたまった弾に蘭ちゃんへの報告を宣言すると、その弾の様子が一変した。

 

「すみませんでした!」

 

 いきなり土下座をしてまで謝り始める目の前の友人の姿。

 

「お願いですから、あいつにはあいつにだけはこの事を内密に。どうかどうか!」

 

 冗談ではなく本気で尚且つ全力で謝ってきている、その光景。

 何だか情けなさを越えて物悲しささえ感じられて来た。

 五反田家のヒエラルキーは一体どんな構造になっているのだろうか。

 

「まぁ、冗談はそこまでにして、街に遊びに行くって事で良いんだよね?」

「ああ、だから早く行こうぜっ?」

 

 このままでもしょうがないので助け舟を出してあげると、勢いよく上がったその表情は慌てながらも何故かどことなく輝きに満ちている。

 

「何を焦ってるのかは解らないけど、うん、僕は別に良いよ」

「おお、マジか!……そんじゃ、一夏、お前はどうする?」

 

 何だか可哀相になり了承。すると、そのテンションは三割増しに。

 

「はぁ。二人が行くってのに、ここに居ても仕方ないだろ?俺も行くよ」

「よし!よし来た!じゃあ飯喰ったらすぐにな!」

 

 溜め息をついて一夏が渋々それに続くと、その数値はさらなる上昇を示す。

 

 ……。

 ねえ、一夏。

 僕は、何だか少し不安になってきたんだけど。

 

「……奇遇だな。俺もだ」

 

 何故か通じ合った心。

 正直、何だか嫌な気配しかしない。

 

『はぁ』

 

 同時に吐かれる大きな溜め息。

 結局、僕らは食事が終わると、弾に連れられ街へと繰り出して行かざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 夏、真っ盛り。

 太陽が激しく照り付け、万物を焼き払うかようにして全てに熱を送り込む。

 

 ビルディング、アスファルト、手摺り、銅像などなど何もかも。

 それは空気さえも熱し付け、体感温度は非常に不愉快な程にまで上昇している。

 モニュメントに表示された気温の表記は余裕の30℃越え、実際に肌に感じる温度は確実にそれ以上だろう。

 

 日本の夏は暑い。

 

 それは来日前から聞かされていた事。

 覚悟こそはしていたけど、それでも確かに暑かった。

 単純な熱という意味では砂漠の暑さの方が上ではあるだろうが、個人的には日本の暑さの方が深刻だ。

 例えばサハラのような砂漠の暑さは言わば気温的な暑さ。これは直射日光が最大の敵。

 しかし、こちらのモンスーンアジアや日本の暑さは言わば湿度的な暑さ。日光を避けても肌に纏わり付く熱が欝陶しくて仕方がない。

 

 でも、何と言うのか。

 

「アイス、美味いねー」

「ああ、こう身に染みるなぁ」

 

 これもまた日本の風物詩という事で。

 

 

 目の前ではさんさんとさらに輝きを増す太陽先生の下、暑さに負けず弾が道行く女性に声を掛けている。

 でも、それはしつこくならないよう本当に軽く。どうにも慣れた感じで。

 

 ISの登場以来、女性優遇措置が各国で取られ始めてからというもの、こういった女性に声を掛ける行為、日本語で言うのならナンパ行為?は大きく規制された。

 それこそ、しつこい物には刑事罰が与えられる程に。

 

 そういった点で見ると、弾の手際は非常にスムーズで手慣れている。

 女性にしつこさを感じさせる訳でなく、かといって淡泊さを与える訳でもない、不愉快さの無い絶妙なライン。

 ……まぁ、その結果は出てはいないけど。

 

「おい、お前らも少しは協力しようって気はないのかよ?」

 

 そうしてアイスを片手に状況を観察していると、息をついて少し疲れたような表情の弾がこちらへと近寄って来た。

 その様子に、予め買って置いたスポーツドリンクを軽く投げる。

 

「おっと、サンキュ」

 

 片手でそれを受け取ると、その中身を喉に流し込んでいく弾。

 そうしてドリンクの半分程を一気に飲み終えた友人は、こちらに向けて少々憎らしげな視線を送ってくる。

 

「ふぅ。それにしても、何で俺一人だけでやってるんだって話なんだけど?」

 

 いや、だってそれはねぇ?

 

「弾、お前が言い出した事だろ?」

 

 まぁ、一夏の言葉に加えて言えば。

 

「御手本を見せてやるって弾が言ったのがそもそもの始まりじゃなかったっけ?……まぁ、『まだ見せてもらってないけど』」

 

 僕がニヤリと笑いを含めそう言うと、弾は目元をひくりと震わせる。

 

「良いだろう。分かった!やってやる、やってやるよっ!お前ら見てろよ!絶対成功させてやるかんな!」

 

 そして、まくし立てるように息巻き、再び戦場へと向かう一人の男の背中。

 どうにも吹っ切れたというよりかは、自棄に近い。

 よく解らないから恐らくでしかないけど、その結果は挙がらないだろうなぁ、とは思う。

 

 でも、そんな弾の行動や街の様子にではなく、一つだけ、さっきからずっと気になっている事がある。

 

 ――どうにも、誰かに見られている。

 

 それは弾が女性に声を掛け始めるずっと前から。

 しかも弾や僕にではなく、恐らくは一夏に対してのもの。

 その一夏へと向けられる視線の間に入る事でそれを感じ取っている。

 何となく。第六感。直感的に。

 

 一夏を狙った刺客?テロリスト?

 いや、違う。悪意も敵意も感じられない。

 そもそもプロならもっと上手くやるだろう。

 そのこちらを窺い見張るその視線。その雰囲気はどうにも明け透けで、尾行に慣れてない素人というか恐らくは一般人の物だとは思う。

 

「おいおい……弾の奴」

 

 と、そんな真面目な思考中に聞こえた声。

 それは少し焦った一夏の物。

 一夏の声、そして視線を辿っていくと。

 

 何故かガタイの良い二人の男性に囲まれ、激しい口調と危うげな雰囲気で詰め寄られる弾の姿。

 焦り後退する弾に、詰め寄る二人の男。

 というか、この二人の男。どうにも堅気の人間の雰囲気ではなかった。

 

 ……いや、むしろ、どうしてそんな状況に?

 

「って、おい!」

 

 一夏が何かの言葉を掛けてきたが、その状況を見るなりに身体は思わず駆け出していた。

 

「弾っ!」

「へっ?」

 

 上げる声。それに気を抜けた返事をする弾の横を擦り抜け、二人の内のまずは近い方に接近する。

 

 トップスピードを保ち、そのまま一歩二歩踏むようにステップ。

 そうしながらも、この身は既に男の懐に。

 身体を捩り、体幹を旋回。

 自身に溜め込んだ運動エネルギーと身体を捩る事で生み出したそのエネルギー。

 それを、銃身に見立てた腕から拳へと乗せる。

 そのまま銃口を男の鳩尾へ。

 周囲に響いた重く鈍い音。音が走り渡ると同時にその大柄な身体が一瞬浮き上がる。

 そして直後に、そのまま崩れ落ちる大きなその身体。

 

 続いて狙いは二人目。

 相手は呆気に取られている様子の同じく体格の良い男性。

 見て取れる体重差。スピードも乗せられない今の状況では、中々ダメージは与えづらい。

 ならばと、身体を回転させ脚を振るう事での遠心力を利用しながら、それを繰り出す。

 俗に言う、飛び回し蹴り。

 狙うのは顎。

 でも破砕させると何かと色々問題が生じる。

 顎を少し掠らせるようにして、脚を振るう。

 

 跳躍から着地。

 顎をほんの微かに打たれ脳が揺らされる事で脳震盪を起こす、大柄な男性B。

 やがて倒れていく身体。

 怪我をしないように、自分より一回り以上大きいそれをしっかりと受け止め、ゆっくりとアスファルトの上に下ろす。アスファルトは非常に熱くなっているけど、そこだけはごめんなさい。

 

 そうやって騒動を聞き付け、周囲に集まってきた人混みの中、それを終えると共に。

 

「弾!逃げるよ!」

「は?あ、おう!」

 

 弾に呼び掛け、一目散にその場から駆け出していく。

 一夏も走ってくる僕らを察して、準備は既に完了しているようだ。

 でも、そうして逃げる前にやっておく事が一つ。

 

「ちょ、どこ行くんだっ!?」

 

 急な方向転換をした僕に掛けられる一夏と弾、どちらかの声。

 それを聞きながらも。

 

「え?え!?きゃっ!」

 

 木々に身を隠すようにしていた『彼女』の手を引き、弾達と合流する。

 

「おい、何やってんだっ、て……え?」

 

 僕が手を引く少女の姿に、弾が恐怖やら困惑の声を上げる。

 それを気にする暇もなく、僕らは脱兎の如くその場を逃げ出していった。

 

 

 

 

 何とかあの場から逃げ出して、今はカラオケボックスの中。

 何やら歌を歌う場所ではあるらしいけど、今はその目的には使われず弾と少女とが何やら対峙して黙り込んでいるその状況。

 

「……それで、何で後を尾けたりなんかしてたんだ?」

「……」

 

 少女を問い詰めていく弾。

 その言葉に少女が貫くのは沈黙。

 

「そもそもお前は、今日生徒会の用事があったんじゃなかったのかよ……蘭?」

 

 僕が捕獲した視線の正体、学校の制服姿のその少女、五反田蘭。通称、蘭ちゃんは弾の言葉にやはり沈黙を保っている。

 

「えっと、学校の用事は直ぐ済んで。家に帰ってるその途中で一夏さん達の姿が見えたから、つい……」

 

 するとやがて、何となく居心地が悪そうに答えてくれる蘭ちゃん。

 それに対し弾は追求の手を緩めない。

 

「お前なぁ、ついじゃねぇだろ、ついじゃあ……」

「……何?お兄だって一夏さん達をナンパなんかに誘っちゃって、しかも、全くダメダメだったくせに!」

「ちょ、おま、蘭、お前なぁ……!」

「お兄、後で覚えててよね?一夏さんも巻き込んでこんな事して……!」

 

 ってあれ?

 いつの間にか、弾と蘭ちゃんの立場が逆になってる。

 蘭ちゃんの言葉に弾が防戦一方だ。

 

 いや、それにしても……一夏?

 

「ん?なんだ?」

 

 この二人、仲良いよね?

 

「そうだな」

 

『良くないっ!』

 

 おっと。一夏に目の前の事実を伝えた瞬間に、二人からその仲の良さを示す反論が飛んで来た。

 ホント、そこまでタイミングも合わせておいて、ホントによく言うよ。

 

「というか、だ」

 

 そうして、五反田兄妹のじゃれ合いを眺めていると、今度は一夏がこちらに問い掛けて来た。

 

「あの時の体裁き、……何かヤバかったな。あれ格闘技か何かなのか?」

 

 ん?ああ、なるほど。

 さっきの二人組への攻撃についてか。

 いや、格闘技というよりは自己流というか、よくわからないけど周りの人達に教わった奴だよ。

 

「へぇ、でも機体を下りても、かなりやれるんだな?」

 

 うーん?やれるというよりは、やらなくちゃいけなかったというべきかな?

 まぁ、それに護身術程度だったら覚えてても損はないしね。一夏なんか特にさ。

 言いたくはないけど、一夏は世界でもレアケース何だし。ホント、気を付けたりした方が良いよ。

 あ、でも一夏はもう剣術を習ってるんだっけ?

 

「ああ、箒に今でも稽古は時々つけては貰ってる」

 

 先程のやり取りから一夏の修練事情について話していると、いつの間にか弾と蘭ちゃんも口論を止めて話に加わって来ようとしている。

 その剣術をやっているという一夏の話に歓声を上げる蘭ちゃんと、俺でも何か出来っかなぁ、と尋ねてくる弾。

 何やら意外と興味津々の二人。

 

 そうしてその後、他愛の無い世間話や学校の事について話していると、やがて話題は今日これからについての事へ変わった。

 

「それで?今日はどうするの?」

 

 僕の言葉に僕ら男三人組に加えて、蘭ちゃんも共にうーん、と悩んでいく。

 

 「ゲーセン!」とは弾の案。

 「お買い物!(一夏を見ながら)」とは蘭ちゃんの案。

 「ボウリングとか最近行ってねえなぁ」とは一夏の案。

 そこに出てくるは僕の案というか疑問。

 

 というか、ボーリングって?……掘るの?

 

『え!?』

 

 僕の呟きに合わさる声と何か信じられないような物を見る三人の視線。

 ……いや、そんな目で見られても困る。

 

「決まったな」

「決まりだな」

「決まり、ですね」

 

 なぜか一気に息が合い始める三人。

 状況を把握できてないのが一人。

 

 結局、その後の多数決の結果、僕の意志が関与する余地はなく、近場のボーリング?場へ行く事が決定された。

 

 

 

 右手に持った金属球。

 テイクバック。スイング。指から抜くようにしてボールを放つ。

 正面、並んだ十本のピンを目掛けて滑るようにして向かうボール。

 やがて、ボールは終点に接近して行き、そのピンの居並ぶ中央部にヒット。

 

 音を立ててピンが倒れていくが、二本だけ倒れずに堪え凌いだようだ。

 

「……、なかなかに難しい」

 

 ボールが出るのを待って、ボールが出たら再び投擲。

 球はピンに掠らずそのまま奥へと吸い込まれてゆく。

 

 ……うん、なかなか難しい。

 

 やってきたのは、ボーリングではなくボウリング。

 掘ったり穴を開けたりの調査とかではなく、ボールを投げてというか転がす事で倒したピンの数を競うスポーツらしい。これも一応球技の部類に入る物なのだろう。

 そして先程も言ったけれど、それにしてもこれが中々に難しい。

 

 そんな苦戦をしながらの今現在。一夏と弾は軽食と飲み物の調達中。

 僕はこうして練習をさせて貰いながら、蘭ちゃんと共に二人が帰ってくるのを待っている。

 

「でも今日はよく分かりましたね?私が着いて来ていた事なんて」

 

 一夏達を待っている間に、何とも不思議そうな表情で尋ねてくる蘭ちゃん。

 

「でも、蘭ちゃん本人だって解ってたわけじゃないよ」

「それでもです」

 

 そういうものなのかなぁ?よく解らないけど。

 

「どうやって、その知ったというか、分かったんですか?」

 

 それは興味本位。別に探りを入れてやろうとかではなく、単なる好奇心から来ているようだ。

 こちらとしても、別に隠すような事でもないので率直に答えてゆく。

 

「視線、かな?」

「視線、ですか?」

 

 どうにもこちらの解答には満足してもらえなかった様子、その顔には訝しがるような表情が浮かんでいる。

 

「視線にも圧力があるってのは解るよね?」

「はい、何となくは」

 

 頷いてくれる蘭ちゃん。

 

「そういった事にホント何となく敏感でね。意識的にしろ無意識的にしろ、ずっと晒されてると落ち着かないんだよ」

「はぁー、そうなんですか」

 

 まぁ、それに付け加えて言うのなら。

 

「蘭ちゃん、君って一夏の事が好きでしょ?」

「え?」

 

 僕の言葉に、息が抜けたような声を出した後に硬直する、目の前の少女。

 

「す、き?すき、好きぃっ!?ああああののの、べ、別に私は」

 

 だがその直後、蘭ちゃんは誤作動を起こした機械みたいに要領を得ない言葉とよくわからない混乱した動作を見せてきた。

 

 おお?なんか、凄く慌ててる。

 

「じゃあ、嫌い?」

「いえ……好き、です」

 

 今度は、頷きながらも、顔だけじゃなく耳まで赤く染め上げている。

 

「そうでしょ?それが何て言うのかな?……こう何か気になってます!って視線が出てた気がしたからね」

「ま、待ってください!それじゃ一夏さんにも……!?」

「いや、一夏は気付いてなかったと思う」

 

 そう言うと、はぁ良かった、と胸に両手を置きながら息を吐く蘭ちゃん。

 どうにも何かにほっとした様子だ。

 

「でも一夏の事を好きな奴は多いだろうなぁ」

「やっぱり、そうなんですか?」

 

 やっぱり?と聞かれても僕はIS学園に通ってるわけじゃないから解らないんだけどね。

 

「そう、でしたよね」

「でもさ、一夏ってかなり良い奴でしょ?」

「はい」

「だから、一夏って好まれてるだろうなぁってね」

 

 真っ直ぐな表情で頷いている蘭ちゃんの真剣な様子。

 それは本当に一夏の事を考えていて、何ともその真面目さというか真剣さを感じる。

 

「まぁ、でも何にしても。後悔だけはしないようにね」

「後悔……?」

 

 そう後悔。

 

「あの時、やっておけば良かったーみたいな感じにはならないようにね」

「はい。それは分かるんですけど……あの?本当に私と一つしか違わないんですか?」

 

 何だか戸惑ってるみたいだけど。

 うん、たぶん。それで間違いはなかったはずだよ。

 

「なんだか、実体験みたいな……」

 

 それは常にそう思って生きてるせいかな?

 後悔なんてしないように、今を今なりに全力にってね。

 

『おーい』

 

 そうした蘭ちゃんとの会話の途中、聞こえてきたのは弾の声。

 

「あ、わ、私、少し失礼します!」

 

 すると蘭ちゃんは、なぜか恥ずかしそうにしてその場から逃げるようにして立ち去っていく。

 そんな背中を見送っていると、

 

「おいおい頼むぜ?一夏を俺の弟に仕立て上げないでくれよ?」

 

 やってきた弾が、僕の肩に手を回して何かを言い始めた。

 というか、何?え?

 

「弟?あー、あれ?さっきのって、もしかしてそういう話題だったの?」

「おいまさか」

「親愛とかの方だと思ってた」

 

 僕の言葉に何かのショックを受けたのか、神はいない!とか嗚呼、無情なるかな、とかと言うように天井を仰ぐ弾。

 いやだって、仲良くしたいけど後一歩が踏み出せないーみたいな感じだったし。

 何となくシャイな性格なのかと。

 

「はぁ。……まさかお前もあいつと同じ人種だったとは」

 

 失礼な。僕はあんな鈍感モンスターじゃない。

 

「じゃあ、お前はどうなんだよ?」

 

 どうって?

 

「恋愛とか彼女とか、そういう人はいるのか?」

 

 ……それは今まで考えた事もなかった。

 

「マジか?」

 

 うん、それは本当に。

 家族に関してはよく考えてはいたけど。恋だ愛だのは、よく分からない。

 というか僕にはまだ早すぎるんじゃないかな、とも思う。

 

 でも、そう言う弾の方はどうなの?

 

「俺か?そうだな……ああ、好きな奴は、いた」

 

 それは何かを思い返し懐かしむような、どこか神妙な表情。

 言葉は過去形。それはつまり……いや、それを考えようとするのは無粋な事か。

 

「でも今は、特にはいないな」

 

 ……。

 ……うん、そうだよね。

 昼間にもあれだけ必死に探してたしね。

 

「ちょ、うっせーよ」

 

 まぁ、結果はガタイの良い男性、二人しか釣れなかったみたいだけど。

 

「おま、てめ!」

 

 こちらの言葉に憤慨の様子を見せたので、そのままこちらに突っ掛かって来るかと思いきや、テーブルの上、そこにある何かを食べ始めた弾。

 ……ってちょっと待った!それは、僕のポテトでしょうが!

 

「うっせ、早いもん勝ちだっての!」

 

 というか、皆の為に買ってきた物を自分だけで食べてどうするのさ?

 

「喰いたい気分なんだ」

 

 気分なんだ、じゃないでしょうが。なんだじゃ。

 そう言いながらも、弾に負けじと皆の為に買ってきた軽食を僕も食べ始める。

 男二人。当然の如く次々に消えて行く食品類。

 

「……何やってんだ?二人とも」

 

 それは、そのよく分からない争いは、蘭ちゃんを連れた一夏がこうしてやって来るまで続けられていた。

 

 

 

 

 時は変わって夜。自室。

 

『それでさぁ、そのラウラの可愛い事と言ったら、もうね、見せてあげたいぐらいだったよ』

 

 電話越し。

 シャルがおそらく、溶けそうな笑顔を浮かべながら、嬉しそうに今日の出来事について話してくれる。

 今日、何があって何を思ったのか、彼女の想いで彼女の言葉によって。

 

 以前までの気まずさやケンカ状態はどこへ消え去ったのか、最近、シャルはラウラさんと仲良くなったらしい。

 それは仲直りとかそういった物を越えて、一緒に遊びに出掛けたりする程に。

 何でも、今までずっと軍人として務めて来ていた当のラウラさんは、全く世俗に疎いというか本当に世間知らずで手間も掛かるという事だそうだけど、そういった所も含めて楽しいとはシャルの話。

 

 ……何だか耳に痛く感じる物があるけれど、とりあえずそれは気にしないでおこう。

 

 そうしてシャルの話をしている内に、ふと思い浮かんできたのは昼間の事、弾の言葉。

 

「恋愛か……」

 

 恋愛。恋と愛。

 かつては好きな人がいたという弾と、一夏をそういった風に意識して耳まで真っ赤にしながら話を聞いていた蘭ちゃん。

 僕らの年代であれば、そうした恋だなんだとなるのが普通だと弾は言っていたけれど、そうしたら、シャルもやっぱりそういう経験があるのだろうか?

 

『れ、恋愛!?』

 

 と、幾分かの空白期間を得て、スピーカー越しにシャルによる大音量の声が響く。

 

「……シャル、耳がキーンってして痛いんだけど」

『あ、ごめん!でも、いきなりらしくないこと言うから』

 

 まぁ、らしくないのは解ってるんだけどね。

 

『いや、そうじゃなくて!……とにかく、今日何があったの?』

 

 心配するような、それだけじゃないような声色。

 何だかシャルも聞きたそうにしているので、今日あった出来事を話していく。

 

 一夏に好意を寄せる年下の女の子の事。

 友人の軽い過去の経験の事。

 自分には経験もなく、よく分からないという事。

 

 黙って聞いていてくれたスピーカー越しの彼女。

 その雰囲気は何かを考えているような物にも感じる。

 やがてこちらが語り終わると、シャルは小さく何かを呟いた。

 

『そっか、でも何だったら……』

 

 ん?何か言った?

 

『……ううん、何でもないよ』

 

 何を言ったのかは、よく聞き取る事は出来なかった。

 でもシャルは、その呟きの後それがなかったように言うと、こちらに確認をするかのようにして語りかけてくる。

 

『よく分からないって言ってたよね?』

 

 そう、よくは分からない。

 そんな事を考えている時間も抱いている暇も、今までは全くなかったから。

 

『でも、それはね。出来るとか出来ないじゃなくて、しようとかしないとかでもなくて、自然になっちゃう物だからきっと大丈夫だよ』

 

 何だかそれは、子供に言い聞かせるような、そんな口調だった。

 何も知らない子供に教え語るような言葉に思えた。

 

 それにしても、自然になる、か。

 自然に。それは誰にでも起きる事。起こり得る事。

 電話越しではあるけれど、つまりは、この目の前のシャルにもやっぱりそういった経験があるという事なんじゃないだろうか?

 

「シャルはどうなの?」

 

 興味本位。それを電話越し、直接、尋ねてみる。

 

『わ、私?私は……』

 

 すると何やら焦った声と様子のシャル。

 確かにプライバシーの範疇だし、我ながら、デリカシーに欠けてた質問だったかも。

 シャルもいつの間にか、焦った様子から悩んでいる様子へと変化し始めている。

 

 そして。

 

『……秘密!』

 

 そうやって一言、強く言うと、捲し立てるように言葉を続け、おやすみという挨拶を最後に今まで続いていた通話が切れていった。

 

 

 はぁ。

 ベッドの中で一人息を吐く。

 考えるのは恋愛だとかそういった物について。

 

 シャルはそれを、自然にそうなっていくものだと言った。

 自然に。それは生きていれば勝手になるという事?

 付随するように思い返されるのは、ラナやシゲさんの語っていた子供の話。

 それはもう大切そうに楽しそうに語っていて、そのあまりに幸せそうな様子に何だかそういった物に対する憧れも少しあるし、ちょっとした興味もある。

 きっと、それも恋愛とかの延長上にある物なのだろう。

 子供は愛の結晶だ、なんて言葉もあるみたいだし。

 

 そういった恋愛なんかは未経験ではあるけれど、僕はそれすらも取り巻く普通の生活という物に確かに慣れては来た。

 遊んで笑って、時には怒ったりケンカもしたりする、そんな普通の生活。

 それは以前より大きく変わった事。大きく変わった生活。

 変わる事で、増えて来た大切なモノ。

 その事、その存在をとても喜ばしく思う。

 

 ……でも最近は、それが少し怖い物に感じられても来た。

 

 人は変わる。些細な事でも変わってゆく。

 それでも、全てが変わる訳じゃない。

 決して変わらない部分それが存在する。それが何なのかは、どこなのかは解らない。

 でもそれは、確かに存在している。

 

 もし昔の僕、過去の自分から変わらなかった、あの部分があるなら?

 それが周りのモノを傷付けてしまったら?

 変わる事で出来た家族とか友人などの大切なモノを、傷付け壊してしまうのだとしたら?

 

 それは、そんな事になるのだったら、僕は昔のままの方が良かったのかもしれない。

 決して変わらず、大切なモノと縁のないままに一人でいた方が良かったのかもしれない。

 

 そんな事を考えてしまう程に今は大切なモノが出来てしまった。

 

 それを失う事は……本当に怖い。

 そう考えると恋とか愛とかによって、また新しくもっと大切なモノが出来るのだとしたら、恋愛という行為それ自体が怖くなってくる。

 大切なモノ、それが増えるのは純粋に嬉しい。でも怖い。とても怖い。

 もう、誰にも居なくなって欲しくはないから。

 

 ベッドの中、身体の横に膝を抱えるようにして目を閉じる。

 大切なモノが増えたけど、怖い事も増えた。

 それでも大切な皆が傷付かない事を、壊れない事を願っていく。

 

 そうした祈りの思考の中、いつの間にか意識は落ちていた。

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