Acxis   作:ユ仲

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Chapter2-9

 トンネルを抜けると雪国であった。

 

 それは昔の日本の有名な小説での一文らしいけれど、もちろん今ここでそんな事は有り得ない。

 だけど、トンネルを抜けて見えたものがあるのは本当のことだ。

 

 こうして覗く窓の外には、青い空に平行となって広がっていく深い青が見えている。

 海。

 空を深く写し出したような海が、遠くに向けてずっと広がっている。

 

 その光景を目にして、にわかに賑やかになる車内。

 隣に座っているラウラの顔にも、やっぱりワクワクとした表情と少しそわそわとした緊張の表情とが混ざり合って浮かんでいる。

 時には不安そうだったり、時には笑みを浮かべていたり、見ていると変わるあやふやな表情。それが何だか可笑しくて、こらえようとはちゃんと思っていたのに、だけどついつい少し笑いを浮かべてしまった。

 

 すると、それが気に入らなかったのか、むむっ、と小さな唇をヘの字に曲げて、ラウラがどこか不満げというか訝しげな視線でこちらを覗き込んでくる。

 

「どうしたの、ラウラ?」

「どうした?それはこちらの台詞だ」

 

 怒っているわけではないのだけれど、唇を少し尖らせているその様子はやっぱり少しどこか不満げ。

 

「ごめんごめん、でも何だか、ラウラが可愛いくてさ」

「か、可愛いだと?」

 

 という事なので、今の様子も含めての正直な私の感想を述べさせてもらう。

 その当のラウラは可愛いと言われて嬉しさを隠そうとはしてるけど、慌てているのが丸分かりだから面白い。

 

 でも、そんな少し落ち着きのない姿もまた、ラウラの女の子らしさを際立たせていて、やっぱりとても可愛いらしく見える。

 

「うん。……水着、一夏に褒めてもらえると良いね?」

「う、うむ。まぁ、あいつは私の嫁だからな。それに、嫁が水着を褒めるのは当然の事だと聞く」

 

 少し弾んだ調子で知識をひけらかすようにして言っている、隣の席の彼女。

 どこでおかしな知識を刷り込まれて来たのか、一夏は私の嫁であると常日頃、宣言というか公言している。

 それだけで一夏に対する変化というのは分かるのだけれど、その他の言動や行動を見ていても、あれから時間が少し経っただけなのに、以前と比べてのラウラの変化というものが見て取れる。

 

 私達が戦ったあの日から復帰して以来、常にその身に纏っていた刺々しさは無くなって、誰に対してもきちんと言葉を返すし挨拶もするし、時には何と、クラスメイトにアドバイスをしてあげたりもしている。

 確かに相変わらず、口調や性格はまだ堅いとは思うけど、それでも本当に良い方向に変わったと思う。

 

 どれもこれも、それは一夏によって助けられた事がきっかけになっているのだろう。

 本当にその事に、一夏には感謝がしたい。

 何だか学校を離れても、自身の所属部隊やローゼンタールの人達とも、良好な関係が築けつつあるみたいだし。

 

「さてお前達、もうすぐ宿へと到着する。もうそろそろ騒ぐのを止めて席に着いておけ」

 

 どうにもやっぱりそわそわとする姿を眺めながらそのラウラについて考えていると、織斑先生の声が走行するバスの中に響いた。

 その声によって静まり返る車内。それでも皆の空気と表情は明るいままで、誰もが、今か今かともう待ち切れない様子。

 

 窓の外を再び見てみれば、目的の宿らしき建物が少し小さく見えて来ている。

 どうやら本当にもうすぐの到着のようだ。

 

 さてこうして、ホントに後少しで着く目的地。

 IS学園の学校行事、臨海学校、それが今、本格的に始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 青い海。青い空。一面に広がる金砂。

 

 楽しそうな歓声を上げながら海へと駆けていくクラスメイト達。

 その身に包むのは、今日の為にと選んで来たと思われる多種多様、いろんなカラーリングや形の水着。

 中には着ぐるみなのかな?何だかというよりなぜか、そうとしか見えないものを着ている人もいる。

 

 あの後、旅館に到着して、荷物を置いた私達を待っていたのは、お前達は自由にしていて良いぞという、織斑先生お墨付きの言葉を得た自由時間だった。

 それを聞いた私達は早速行動に移って、直ぐさま水着へ着替えると広がる海を目指し、更衣室を飛び出して行っていた。

 

 そうやって皆を眺めている私達も、当然着替えは終了している。

 うん、着替えの方はとっくに終わっているのだけれど。

 

「ねえ、ラウラ?早く行こうよ?」

「だ、だが、しかしだな!」

 

 だけど私の目の前、そこにあるのは頬を赤く染めたままバスタオルに包まったラウラの姿。

 あれだけ、バスの中ではワクワクとした様子を見せていたのに、どうにもそんなワクワクよりドキドキ、そわそわという方が今は勝ってしまったようだ。

 

「ほら、一夏に見てもらうんでしょ?」

「そ、それは、そうなんだが……」

 

 一夏というフレーズを聞くともっと赤みを増して、ぎゅっと被っているバスタオルを握りしめるラウラ。

 羞恥心とかそういったものでためらって、バスタオルに包まっているのだけれど、正直言ってそれでもその様子は可愛い。

 同性の私から見ても、何だか悶えてしまいそうな可愛さがそこには存在している。

 

 でも、何でそこまで恥ずかしがっているのか?

 それは確かに羞恥心というのもあるのだけれど、どうやらラウラは自分の体つきにコンプレックスを感じているみたいで、それを一夏に見てほしくないという気持ちが心の中にあるようだ。

 それでも水着姿を褒めて欲しいという気持ちもちゃんとあって、それらが攻めぎ合って混乱しているみたいなんだけど。

 

 ……一夏が見ても、きっと可愛いって言ってくれると思うんだけどなぁ。

 

 という事で今は、そんな臆しているラウラの手を引いて更衣室のある旅館の別館を離れ、海を目指しながら一夏の姿を探している。

 

 それにしても、陽射しに熱せられていて砂がとても熱くなっている。

 それは、よもすれば、足にやけどなんかをしてしまいそうな程に。

 そういう意味でも、この間に水着などと一緒にビーチサンダルを買っておいて良かったと思う。

 でも、何だか、その時の事を考えると、ついつい自然と顔が緩んでしまうのを自分でも感じる。

 

 水着を選んでと頼んでみた時の彼の反応、それは本当に面白いものだった。

 

 お店の中だって言うのに、大きな声で驚きの声を上げていたから、彼にとっては本当に不意を突かれたものだったんだと思う。

 お願いしてみたその瞬間の心底驚いた表情。水着を見せると徐々に赤くなっていった顔。

 それはそれは、本当に可笑しくて、本当に面白いものだった。

 

「ん?あれ?」

 

 バスタオルに包まったラウラの手を引きながら、そんな事を考えていると、前から知った顔が歩いて来ているのを見つけた。

 

「鈴、どうしたの?」

 

 それはどこからどう見ても、友人である鳳鈴音の姿に間違いはない。

 でもそうして鈴に話し掛けてはみたのだけれど、当の鈴は顔を少し赤くしてこちらに気付かないままに、何かをぶつぶつと呟きながら別館の方へと歩いて行ってしまった。

 

「本当にどうしたのかな、鈴?……ってラウラ?」

 

 そんな何だか様子がおかしかった鈴の背中を見送ると、今度はラウラにも異常が発生。

 急に立ち止まって、バスタオルの中に頭を潜らせて、その状態で何かをもごもごと喋っている。

 そこで気付いたのが、ラウラの視線というか体の向き。

 それは私達の歩いていた先、鈴の歩いて来ていた方向に向けられている。

 

 同じく私も視線をそちらに向けてみるのだけど、直ぐにラウラの様子の理解に至った。

 

「一夏!ここにいたんだ。探したよ」

「ん?お、シャルロットか……って」

 

 そこにいたのは、捜し求めていた標的というか目的。

 トランクスタイプの水着をはいている一夏の姿がそこにはあった。

 

「あー、それで?そっちの謎の物体は何なんだ?」

 

 それで挨拶もそこそこに、早速、私の横のバスタオルに包まれた存在を目を付けて、一夏は怪訝そうな表情を見せている。

 

「あ、うん。……ほら、ラウラ?一夏だよ、水着見てもらいなよ?」

「し、シャルロット!?待て、待ってくれ!まだ心の準備がっ!」

 

 せっかく一夏がいるのだからと、背中を押して一夏の前に出してあげても、ラウラは焦った声を上げるばかりでバスタオルを放そうとはしない。

 

 どうしたものかと考えてみると、直ぐに浮かんで来た、ある妙案。

 

「……お前、ラウラだったのか?」

 

 それはバスタオルの塊を見て、そんなことを言っている一夏自身にやってもらうこと。

 焦りながら身体を揺らしているラウラの様子を見ながらも、一夏に手招きをして、そっと耳元でお願いをする。

 

『ラウラの水着が見たいって言ってあげて』

『ん?ああ、別にいいぞ。でも、それよりもだ、一体ラウラの奴はどうしたんだ?』

『それは良いから。とにかく、言ってあげて。分かった?』

『何だか知らんが、了解した』

 

 何とかもらえた了承。

 よく状況を分かってはいない様子だけど、一夏は早速ラウラに近付いてさっきの言葉を掛けようとしている。

 正直、これは良い案だと自分では思う。

 だって何と言っても、

 

「なぁラウラ。お前の水着を俺に見せてくれないか?いや、見せてくれ」

「あ、う……そ、そこまで言うのであれば、仕方がない。嫁の願いを叶えるのも仕事の内だからな!だが、しかし、しかしだ!決して、わ、笑ってはくれるなよ……」

 

 好きな人にそんな事を言われたら、きっと応えられずにはいられないから。

 

 その一夏の言葉に、おずおずとゆっくりではあるけれど、遂にバスタオルを脱いでいくラウラ。

 そしてその中から現れたのは、水着に身を包むラウラの姿。

 

 ふんだんにレースのあしらわれたその黒の水着。

 それはラウラの自身の肌の白さや銀髪とも相まって、ラウラのその端正な面持ちをより際立たせてくれている。

 加えて言えば、今も尚、恥ずかしがっている仕草や赤く染まっている顔、縋ってくるような視線、それらが元の可愛さに上乗せされていて、その破壊力がさらに増している。

 

 ラウラの姿を見つめていた当の一夏も、現にラウラのその姿を見て少し顔を赤く染めながら先程からその言葉を失っていた。

 

 ……よし、ラウラ。ちゃんと成功してるよ!

 

 表には出さないけれど、一夏に今も見つめられ恥ずかしげにもじもじとしているラウラに、心の中で賛辞と祝福の言葉を送る。

 というか、それはそうと、一夏の方を再起動させないといけない。

 

「ほら、一夏?ラウラの水着姿はどう?」

「あ、うん、そうだな。……ラウラ、水着ちゃんと似合ってると思うぜ?」

 

 一夏が答えた直後、言葉の意味を理解したのか、ラウラの顔がさらに赤く染まっていく。

 まるで湯気でも出るんじゃないかというぐらいに。耳の先までを真っ赤に染め上げて。

 そしてそれは何だか初々しくて、やっぱりとても可愛く見えた。

 

 うん。とまぁ、何だかそういうことなので、お邪魔虫は退散するとして後は若い二人にお任せしよう。

 

「それじゃラウラ、一夏。やっぱり陽射しも強いし、私はあっちで少し休んでるね?」

 

 そんな私の言葉にああと頷き返す一夏と、何ぃっ!?といったように驚愕と焦燥の表情を返してくるラウラ。

 ラウラは何だか助けをこちらに求めるような視線も送っては来てるけど、ラウラだけに聞こえるように、

 

『……チャンスだよ。頑張って』

 

 と、一言伝えると、下がっていた眦に力が入り、気持ちを入れ直したようにやる気が満ち溢れている様子へと変わった。

 

 その二人の歩いていく姿に手を振って、私は備え付けのビーチパラソルの下へと入っていく。

 パラソルは大分前から備え付けられているようで、陽射しを避けた日陰の下のその砂は、この暑い環境の中でひんやりとしていて非常に気持ちが良い。

 本当はビニールシートもあれば良かったのだけど、そんなに都合良くあるはずもないので、足を伸ばしながら、砂の上に直接腰を下ろす。

 

 目の前に広がっているのは、まさに夏の海というような光景。

 太陽に照らし出されながらも、クラスメイト達が海に砂浜にと楽しそうに騒ぎ立てている。

 さらに、遠くでは一夏とラウラが一緒に歩いているのも確認できる。

 

 それを眺めつつ、考えるのは今頃は研究所を出て、横須賀に向かっているだろうキサラギの皆の事。

 

 この間でふっ切れたとは言っても、やっぱり寂しいものは寂しい。

 ラナさんもジャックさんもシゲさんも、彼も。皆、一緒にこうして遊びに来れたらなぁと思う。それはきっと、楽しいんだろうなぁと。

 もちろん、今のラウラやセシリア達と過ごす時間も楽しいけれど、そう思ってしまうものはどうしようもなく仕方がない。

 

「……ん?誰かと思えば、お前か、デュノア」

 

 そうやって少し物憂いな気分で砂浜と海の様子を眺めていると、背後から落ち着いたというかハスキーな女性の声が掛けられた。

 

「織斑先生……」

 

 その声に振り向いてみれば、ビキニタイプ、髪と同じ黒い水着を身に纏った私たちの担任、織斑先生の姿があった。

 

 元々綺麗な人だとは思ってはいたけれど、鍛え上げられながらも女性らしさを存分に残している、その完成されたプロポーションもさることながら、今は水着姿ということもあって、やっぱり私たち生徒とは違う、大人の色香みたいなものが感じられるように思える。

 そうやってちょっとした憧れの視線を送っていると、織斑先生が同じパラソル内へと腰を下ろした。

 

「全く何を落ち込んでるんだ?いやまぁ、大体の予測はついてはいるが」

 

 そして、私に掛けられるのがそんな言葉。

 

「大方、キサラギ社の彼らと離れる事になって寂しいといった所だろう?」

 

 それには鋭いというよりは、どうしてその事をという疑問が先に付く。

 

「何、予想は付くさ。彼らは最近、有名になっているからその動向は常に注目されている。それにデュノア。お前の現状から言っても、彼らとは一緒には行けないだろうからな」

 

 私の現状?

 

「それって、どういうことですか?」

 

 私の疑問に対して、何でもないように軽く答えていく織斑先生。

 

「簡単な事だ。お前のラファール、それは試作兵器を積み込んだ実証機なのだろう?」

 

 まさに正解。それはその言葉通り。

 私のリヴァイヴは、特殊兵装を搭載、運用する実験機としてのチューニングが施されている物だ。

 クイックブーストやオービットカノン、オーバードブーストも、デュノア社が得た新たな機体コンセプトを実現する為の要素でしかないのだから。

 でも、それがなんで、私がキサラギの皆と一緒に行けない理由に?

 

「まぁ、案外分からないかもしれないがな。確か、米軍主催のトライアル、その主賓はGAだったな?」

「はい。私もそう聞きました」

 

 私の返事に一度頷く織斑先生。その後、再び話を続けていく。

 

「もう、それ自体が理由ではある。わざわざ、社の命運が懸かった機密の塊をそんな他企業のお膝元に送ろうとは思わないだろう?」

 

 ……それは、確かにそうなのかもしれない。

 けど、やっぱりそれは、何となく複雑というか納得がいかないというか。

 

 でもそれにしても、織斑先生が色々知ってるのは意外……ではないんだけど、どうにも色々と知りすぎてる気はする。

 

「ん?どうした?何か聞きたそうな顔だが」

「いえ、どうしてそんなに詳しいのか少し気になってしまいまして」

 

 よくよく考えてみると、それは本当に。

 

「それは、ふむ。国の代表やこうしてIS学園の教師を勤めていると、そうした関係者と触れ合う機会が多くなってくるからな。すると情報という物は自然に集まってくる訳だ」

 

 それはコネという物なのだろうか?

 

「近いものではある。だが、それは別に利用してやろうと思っての事じゃない。あちらからの厚意という形で教えてくれるのさ。まぁ、これも人徳。日頃の行いの賜物だな」

 

 そんな織斑先生の話してくれたこと、それは十分に理解ができた話。そして、その言葉に感じられたのは、少し弾むような感情。

 それはいつも冷静沈着の織斑先生には珍しいようなその様子。

 

「もしかして先生も、海、楽しみにしてました?」

 

 先生の態度や様子から、何となく思い付いたその事をふと尋ねてみる。

 

「……楽しみにしてたら悪いか?」

 

 そうして返って来たのは、こちらから視線を外して、少し居心地が悪そうというよりはなんだか恥ずかしそうにして答えてくれる、織斑先生の言葉。

 

 ……でもそれは、別に普通の事だと思います。

 

「そうだろう?私とて人の子だ。こうした息抜きや娯楽が必要になる時もある」

 

 話している事には納得できる。

 できるのだけれど、でも今は何となく、先生の意外な姿を見た気がして少し驚いている。

 

「まぁ、それよりもデュノア。お前も若いのだから、こんな所で黄昏れてないで遊びに行って来たらどうだ?オルコットもお前の事を呼んでいるみたいだぞ?」

 

 話題を変えようとするようなその言葉。

 織斑先生が向けた視線の先。そちらを見てみると、確かに、ビーチボールを片手に笑顔でこちらに手を振っているセシリアの姿があった。

 

 というか、若いって……先生も十分に若いと思いますけど。

 

「何、そんな事を言っていられるのも、お前達の特権のような物だ。大人になってくれば、嫌でも理解できるようになるさ」

 

 そういうものなんでしょうか?

 

「そういう物だ。……直に分かる」

 

 うーん、そういう事らしいので、とりあえず立ち上がって、水着に付いた砂を落としながら、パラソルの下から日差しの下へ。やっぱり眩しい、そして暑い。

 すると、背後、パラソル内から掛けられた言葉。

 

「今日は、じっくり楽しんでおけ」

 

 その言葉にはい!と返事をしながら、手を振って待ってくれているセシリア達の元へと歩みを進めていく。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 夕食を食べ終わる頃にはすっかり外は暗くなっていた。

 夕というぐらいなのだから、夜であることは当然なのかもしれないけど。

 

 出された料理は日本の旅館らしく見事に和食。

 それもお刺身を中心としてお吸い物なども付いた豪勢な物。キサラギで日頃から和食を食べ慣れている私にとって、確かにそれはご馳走だった。

 

 そうして食事も摂り終わりお風呂にも入ると、時間はもう九時を回る。

 

 夜の九時。きっと、この時間帯なら向こうの作業も終わっているはず。

 ルームメイトの皆の誘いと追及を何とか振り切りながらも、あまり人気のなさそうな場所へ移動して、今では見慣れた番号に電話をかけていく。

 

 画面からその名前を選び、通話ボタンを押す。

 すると早速聞こえる呼び出し音。

 どうやら電源を切ったり、電源が切れてたりはしていないようだ。

 やがてそんな呼び出し音が五回に届こうかとした時。

 

『もしもし?シャルでしょ?今朝方振り』

 

 聞こえて来たのは彼の声。

 

「うん。今朝方振りだね」

 

 それはいつもと変わりない応答。そのことに何だか、心がちょっとほっとする。

 でも、そんな彼の通話もいつもとはどうにも違っていて、彼の背後が少し騒がしくも思える。

 背後と言ってもそれが反響するような形で聞こえて来ているのだけれど。

 

『あー、気になる?』

 

 そういって彼が語るのが向こうの現状、とは言っても短く纏められて一言、伝えられた。

 曰く、宴会中だそうだ。

 

『どうにも何か、ジャックさんを中心に意気投合しちゃってね。全く五月蝿くて仕方がないよ』

 

 やれやれとは言葉に出してはいても、彼もどうやら満更ではない様子。

 今の彼の表情というか雰囲気は、その声に含まれている感情やその声色から、電話越しでも察するのは簡単な事だと思う。

 

『それで?シャル、そっちの方はどうなの?楽しくやってる?』

 

 そして、話は私のことに。

 

「うん、もちろん」

 

 そんな返事と一緒に、今日あった出来事を彼へと伝えていく。

 恥ずかしがっていたラウラや意外な面を見せていた織斑先生、おいしかった食事に、正座に慣れないで何だか大変でいて、且つ面白いことになっていたセシリア。

 そういったことに、海でもちゃんと遊んだよという話も付け加えていきながら。

 

 私の話に対しての彼の反応は、ふむふむと納得した後に、良いなぁというこちらを羨むようなもの。

 

 何でも、さっきまでこそ宴会をやっていたみたいなんだけど、それまではずっと、アーマード・コアに関心を寄せる米軍の人達にそのレクチャーとナビゲート、半ば講師のまね事のようなことをしていたらしい。

 さすがにその人達に操縦はさせなかったとは言っていたけれど、説明を受ける受講者?の中には司令官クラスの人も混ざっていて、どうにも気が抜けずに非っ常に疲れたという話だ。

 

 うーん、それにしても。

 

「講師かぁ……」

 

 今日は織斑先生と話してたこともあってなのか、学園の教室正面のディスプレイの前、なぜか眼鏡を掛けた彼が私達に向けて授業を行っている姿が思い浮かんで来た。

 

「ふふっ」

 

 なんだかそれが可笑しくて少し笑い声をこぼしてしまう。

 

 すると、きっと私が抱いたイメージとは違うのだろうけど、似合わないのは分かってるよとどこか拗ねたようにして呟く彼。

 その声にまた少し笑ってしまうと、さらに拗ねた様子になったのを感じる。

 この間はシズカ君に対して、まだまだ子供だなぁとかって言っていたのに、その様子じゃ、彼自身だって何だかまだ子供みたいだと思う。

 

 そんな彼をからかいを存分に含めて宥めながら、そういえばではあるけど、まだ聞いてなかった事を尋ねてみる。

 

「ねえ?まだ聞いてなかったことなんだけど」

 

 そんな問いかけに返ってくるのは、うん?という逆に疑問を抱いたような彼の声。

 

「日本を出るのって明日、だよね?何時くらいに出発するの?」

 

 それが私のまだ聞いていなかった事。

 

『そうだね。……確か、まだ少し搬入するパーツが残ってるって言ってたし、多分午後になるんじゃないかなって思う』

「……そっか、午後なんだ」

 

 そうやって、彼や皆が日本から向こうに行くという話を聞くと、本当に離れることになるのが改めて実感できてしまってやっぱり寂しくは感じる。

 

『全く……また落ち込んでるし。船の上からだって連絡は取れるし、空いた時間見計らって電話するから』

「うん」

 

 そんな私に掛けてくれる彼の心配するような、こちらを励まそうとする声。

 

『まぁとりあえず今はさ。そっちで色々楽しみながら頑張りなよ?』

「そうだね。でも、そっちも頑張ってね」

 

 それが毎日聞ける事を考えると、落ち込む気持ちもどこかに消えて、代わりに頑張ろうという気持ちで心が満たされていく。

 

『それは勿論。……ってあれ?ごめん、シャル。ジャックさんが僕に何か話があるみたいだから、今日はこれで』

 

 すると、ふと彼の背後から彼の名前を呼ぶ声が聞こえ、今日の連絡、会話を終えることを告げてくる。

 少し残念ではあるけれど、向こうにも用事というものがあるんだし、しょうがない。

 

「うん。じゃあ、また明日かな?」

『ああ、また明日。そんじゃ、おやす……』

 

 そうしてその後、彼が私におやすみと声をかけようとしていたのは分かった。

 でも、『うぷっ……や、やばい……』という非常に気分の悪そうなジャックさんの声と、彼の『ま、待った!早まるんじゃないジャック!』という非常に慌てた声。

 そして直後に聞こえた何か水のようなモノが零れ落ちる音と、それと同時に響いた彼の絶叫に、私は彼の安否と幸運を祈りながらもそっと通話を切った。

 

 

 彼との電話。

 電話越しの向こうでは何だか悲劇が起きてしまったようだし、締まらないものではあったのだけれど、私の心は少し弾みを見せている。

 そんな少し軽くなった心持ちと足取りで自分の部屋を目指して歩いていると、織斑先生との相部屋になったと言っていた、その部屋から一夏が出てくるのが見えた。

 

「あれ?一夏、何やってるの?さっきお風呂入ったって言ってたよね?」

 

 部屋から出て来た一夏の様子は、シャンプーやタオルを持っていて、いかにもこれからお風呂に向かうぞと言うような装い。

 

「ん?シャルロットか?ああ、ちょっとまた汗をかいちまったからな」

 

 聞いてみれば、久しぶりにマッサージをやって、力が入りすぎてしまったとのこと。

 その施した相手は織斑先生とセシリアだそうだ。

 一夏は「知ってたか?セシリアってバイオリンやってるんだぜ?お嬢様っぽいよな」とか何とか言ってるけど、問題はそこじゃない。

 そもそも一夏は、女の子の体にそんな風に触れてもなんとも思わないんだろうか?

 いや、というよりはむしろ、セシリアのアグレッシブさというか大胆さに少し驚きを感じている。

 

「お、そうだ。俺はこれから風呂に行ってくるけど、今なら中に皆がいるし、シャルロットも顔を出してったらどうだ?」

 

 私にそう言うと露天風呂に向かって歩き出していく一夏。

 なんだか鼻歌混じりに歩いてるし、その機嫌は上々の様子だ。

 確かに風景を眺めながら露天風呂に浸かるのは、心身ともにとても気持ちがいいし、きっとそれも関係してるんだろう。

 

 それはそうとて、一夏に勧められたままにその近くの部屋、一夏と織斑先生の部屋に入らせてもらう。

 まずはとんとんとん、とノックを三回。

 

『ん、誰だ?』

 

 すると、聞こえて来たのは織斑先生の声。

 

 ……皆がいるとは聞いたけど、織斑先生も一緒にって何をしてるんだろう?

 

 ふとそんなことも思うのだけれど、とりあえず今は自分の名を名乗っていく。

 

「デュノアです。シャルロット・デュノアです」

『ほう、デュノアか……まぁ良い、入ってもいいぞ』

 

 ドアを開けると同時に失礼しますと声をかけ、部屋の中へと足を踏み入れる。

 そして、部屋に入ってすぐに感じたのは、私に突き刺さる五対の視線。

 なんだかそれは真剣なもので、私はいきなり過ぎる展開に困惑を隠せない。

 

「それで、一体、どうしたんだデュノア?一夏(アイツ)に用でもあったのか?」

 

 そう語りかけてくるのは織斑先生。

 その言葉に反応して鋭さを明らかに増したのは、残る四対、皆の視線。物理的な痛みは感じないけれど、正直、精神的に凄く痛い。

 

「い、いえ、その一夏に皆がここにいるって聞いて、来てみたんですけど……お邪魔でしたか?」

 

 そのことに慌てて私が用件というよりは来訪理由を告げると、鋭く感じた視線が収まり、それに何とか少しほっと、内心、安堵の息をつく。

 でも、それもつかの間、彼のように言ってみれば、こう直感的にびびっと来たとでも言うんだろうか。

 織斑先生の顔に妙な、形だけは良い笑みが浮かんでいるのを見てしまい、何だか嫌な予感がした。というか進行形で嫌な予感しかしない。

 

「ふむ、デュノアは確かにお前達とは違うようではあるのだがな……まぁ、他人の意見という物も大変有効的な参考にはなるだろう」

 

 それは私からすれば、未だに状況を読み込めずによくわからない言葉。

 しかし。

 

「……そうですわね」

 

 というのは、少し真剣でありながら興味津々な様子のセシリアの言葉。

 

「すまんが犠せ……いや参考になってくれ」

 

 というのが、申し訳なさそうではあるけれど、やっぱり同じく興味津々な様子の箒の言葉。

 

「こう言うのって、ある意味、醍醐味よねー?」

 

 というのが、隠す気をまったく見せないで、明らかに楽しそうにしている鈴の言葉。

 

「……教官。敵の退路は既に塞ぎました」

 

 というのが、何故か部屋の鍵を閉めてみせるラウラの言葉。

 って、何で部屋の鍵を?

 

「すまない、シャルロット。全ては私の理想のため……嫁との未来のため……」

 

 よく分からないよ、ラウラ。

 

「さて、準備は全て整ったようだな。……それではデュノア、お前にも『色々と』聞かせて貰うぞ?」

 

 そうして何だか、再びニヤリとした笑顔を見せながら告げられる、織斑先生の言葉。

 さらに強まった嫌な予感に、何とか部屋から逃げようとはするのだけれど、いつの間にか背後に迫り寄っていたセシリア達に捕まって、その場を逃げ出す事ができない。

 

「何、苦痛などは感じぬさ。ただ皆はお前の現在の状況や様子などを聞きたいと思っているだけなのだから。よくどこかに電話をしているという話も含めて、な?」

 

 何でそれを織斑先生が知ってるんだろう?

 ……いや、ラウラが不自然に顔を背けているから、何となく犯人というか流出元は分かったけど。

 

「えーと、黙秘権はありますか?」

「まぁ、一応は許してやろう。だが、洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

 えと、織斑先生?そういうのは、黙秘権がないと言うのではないでしょうか?

 

 

 こうして、始まったIS学園の学校行事、校外特別実習期間。通称、臨海学校。

 その初日の夜を迎えたのだけれど、それはまだまだ終わりは迎えずに、ちょっとした歓声と羞恥の中に続いていく。

 

 ……ちなみに、お風呂から上がった一夏の方とは言うと、鍵が掛かっていたが為に自室にすら入れず、私達の『話し合い』が終わるまでずっと、旅館のロビーのソファーで待っていたそうだ。

 

 織斑先生達、皆に代わって謝ります。何だか、ごめんなさい、一夏。

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