既に八月に突入して久しい今日この頃。
学生達にとっては夏休みシーズン。
うきうきでどきどきでわくわくな季節なんだろうけど、俺らにとってというか俺にとっての休暇はもうちょっと先で。
お盆もあるし、家族サービスに興じたい気持ちもあっても、やらなきゃいけない事もある。
ってなわけで、今はエアコンの効いた室内で……エアコンの少し効いた室内で、扇風機に身を晒しながら自身のやるべき事に意識を割いていく。
『……つまり、こちらはこちらで自由に扱っても構わないという事かな?』
電話越し、聞こえるのは壮年と言っても差し支えないだろう男性の声。
「それはもちろん。元々はこちらからのお願いによるものなわけですし。そちらの技術を活かして存分にやっちゃって下さい。……あー、でも、他所へ情報を流すのはどうか勘弁してもらいたいです。一応、俺らの生命線になっても来ますんで」
答えていくのは、冗談を交じえた少し軽い言葉。
普通だったら、さすがに取引先からの電話に対してこんな事はしない。しかし、この相手は古い知己でもあって、それをちゃんと理解もしてくれている。
『なに、十分承知はしている。とは言え、許可を貰う前にもう色々とやり始めてはいるんだがな』
それでもまさか、かなり前になるけど、紹介を経て久しぶりに話したこの知り合いが独立してたなんて話を聞いた時には、そりゃもう驚いた。
まぁ、普通だったら、その時に聞かされた彼の今までの経歴についても驚くべき何だろうけど。
『機体については当に受領済み、今はこちらで用意したテストパイロットと機体の慣熟中。また頼まれていた用件については既にそちらにも送ってある通り、認可を通した合法的な物を用意させてもらった。後はミラージュからの許可を貰うだけなんだが、シゲ、そちらの進渉はどうなんだ?』
でも、彼の元の職場を聞いた時には、驚愕というよりは酷く納得してしまった。
「ええ、ミラージュからは既に改良の許可を頂いてます。ですから直ぐにでも作業の方に入ってもらえると……」
もう何と言うか、この人らしいな、と。
『ふむ、なるほどな。まぁ、実はそっちについても基礎は既に出来上がっていてね。機体に詰め込んでみては、同時に検証の段階にある。……いや、それを聞いて安心したよ。危うく私も彼も無駄骨になる所だった』
「は、はは、それは何とも、相変わらずの仕事の早さで」
俺がまだ新入りの頃、初めて会った時から、その頭脳が他より群を抜いているのは知っていた。凄い人がいるというのは聞いていたから。
それでも天才の称号は篠ノ之束博士に取られてしまったけれど……そもそも、この人を指し示す言葉は他に存在する。
『という事でだ。こちらの状況は極めて順調に進んでいる。また何かあったら、伝えてくれよ』
「ええ、それはもちろん」
鬼才、奇才?この人にはこんな言葉がまさにピッタリだ。
『ふむ……それでは、セイタローによろしく言っといてくれ。友からの言葉としてな』
それは、栄えある先のキサラギ整備班整備班長、キサラギの唯一神、ゴッドハンドこと榊原清太郎、いわゆる俺達のおやっさんさえもこの人に振り回されていたという事もあるし。
「分かりました。おやっさんには確かに伝えておきます」
まぁ、当のおやっさんは、この人の態度や様子に珍しく声を上げて笑っていたんだけど。
でも、今こうして話している印象は昔とは大分違う。もう二十歳になる娘がいると言っていたから、きっとその影響なんだろう。
その気持ちは分かる。凄く分かる。子供ってのはそんな物だ。
とにかく目に入れても痛くない、とにかく可愛くて可愛くて仕方がない。そりゃもう、人生懸けられるぞ!と思うぐらいに。特に娘なんかは最強だ。
あ、でも、『お父さんのと一緒に洗濯しないで!』という一言は効いた。スパナが脳天に直撃したような衝撃だった。
でもそれは大きなショックと同時に大きくなったもんだと感慨深い物でもあって……って、いや、その話は今はいい、とにかくこの人もかなり丸くなった。
それでも相変わらずの才覚に、鈍りはまったく見られないんだけど。
『……それは良かった。では、またいつか。こちらからも何かあったら連絡する』
そして、この人との電話も終わりを告げていく。
どうやらこれから、あちらは機体のテストを行う予定のようだ。
彼は代表でもあるけど、同時に根っからの技術者でもあるから、それに付き合っていくのだろう。
『……それではな』
「はい。また今度」
そうして挨拶をきっかけとして切れていく通話。
とりあえずの役目を終えた受話器を元に戻し、あちらで始まる光景を思い浮かべながらも、待機状態にあったPCの画面を再起動させていく。
点灯する画面、そこにはクレストから来た読み掛けの報告書が広がっている。
――TYPE-49のテストパイロットを決定した。
書いてあるのを簡単に言い表すと、そんな事。
士官学校より二名、一般からのスカウトにより一名。つまりはリストに上がっていた多数の候補からようやく絞り上げたという事だ。
うん、ざっと読んでみれば状況はわかった。でも、いやそれにしても……。
「若いなぁ」
士官学校の二人のデータを見てみると、男女二人、現時点での首席と次席となっていてどちらも歳は二十そこそこ。
若さではウチのあの子の圧勝ではあるとは言え、経歴だけで考えれば新たなパイロット二人はちょっとしたエリートと言える。
まぁ、エリートだからどうだという話ではあるんだけど。
それで三人の内の残りの一人はと言うと、今度はエリートではない、かといって叩き上げでもない存在だった。
「……元、レーサーねぇ」
年齢は二十代中盤。
くっついてる写真は良くて二枚目半、何だかよくある三枚目俳優みたいな感じ。整っちゃいるけど、何だか締まらない顔。
経歴をざっと見てみても特に目に着くものはなくて、参加していた去年のグランプリシリーズでの総合成績もイマイチぱっとしない。
とりあえずの一見では、何でテストパイロットに選ばれたのかが不思議でしょうがない印象の人物だ。
「……あ、っと」
でも、そんな三人の項目を覗いていく内に、選定されたその理由に気付いた。それは何だか納得いかない感じと一緒に。
適性……高い。高い。極めて高い。
どうやら、先程の電話での物はクレストの方へは既に届いているらしい。
つまりは早速、彼らはそれを使って調べてはパイロットを選出したって事なのか。
というか、ぱっとしない元レーサーの適性が最も高いらしい。
ん、やっぱり何だか納得いかない。ぱっとしないデータだし、ぱっとしない顔だし。
適性だけが全てじゃないので、本当にやれるのかといった意味でも。
と、改めて送られて来た本文の方を確認してみれば、彼らのパーソナルデータ以外にも添付されている物があった。
データのサイズは大きい。何かと思って、早速、添付データに指で触れていく。
すると、それに合わせて起動するムービープレーヤー。
題も前置きも何もなく、ホームビデオで撮られたと思われる音声付きのその映像が画面の中に流れ始めた。
何だか懐かしく思える基地のハンガー。
それを背景にしながら一歩ずつ、ゆっくりゆっくりと慎重に足を踏み出していくAC、新機体の姿。
多分、今の時期的にもさっきのテストパイロットじゃなくてクレストのスタッフの操縦による物だと思うけど、何かを確かめるようにしてぐるぐると周辺を歩いている。
動きは拙くぎこちなく。AMSの影響か、ひとつひとつの動作に、機体を動かす事に対する緊張のようなものが滲み出ている。
それにはやっぱりなと確信が出来る。
動きが素人というか本来の乗り手じゃない感じだ。少なくとも搭乗経験はないと思う。
確認的な行動でもないから、まず間違いはない。
やがて、戻って来た機体がハンガーの前でカメラに相対してみせると、足元にあっちの整備員やスタッフが集まり出して来た。
そして各々が並ぶようにして機体の前に。
その場を陣取り、彼らが思い思いのポーズを取ると、一瞬のフラッシュが彼らを照らす。
直後、周辺に響いていくのは彼らの歓声。
老若男女の喜ぶ姿、それをレンズでずっと捉えていきながら、カメラマンが集団の中へと走り出す。
そうして騒がしい人々の集団の中、機体の足元から見上げるように映し出したそこで、映像は終わっていった。
反応を見る限りは、どうやら機体を納入したばかり時の映像の様子。
「いやぁ、楽しそうで何より何より」
そんな年甲斐もなく、はしゃいでいる彼らの姿には、思わず頬が緩んで来てしまう。
よくよく動画のファイル名を見てみれば、『CR-01 TYPE-49!!!!!!!』と、そもそもからはしゃぐ気持ちを隠してはいなかった。
なるほど。向こうも楽しくやってるようだ。
こっちもこっちで楽しい訳だし、どこもかしこも順調そのもの。
良き哉、良き哉、少し和んだ気持ちになりながらも時計を見遣る。
視界の中で数字が示すは、午後四時過ぎ。
大体昼前にはここに入ってた訳だから、どうにも報告書を作ったり読んだりで、かれこれ単純に四時間以上はこうしてディスプレイの前にいたようだ。気付けば、目も疲れてるような感じがするし。
うん、とりあえず、休憩しよう。
眼鏡を外し目元を解しながら、部屋の外の自動販売機へ。
買うのは緑茶。ピークを過ぎたとは言えまだ暑く、今はさっぱりとしたもので喉を潤したい。
そのまま、落ちて来た緑茶を持ってハンガーへと向かう。
ハンガー二階構造部。
さっきまで利用してたのはハンガーの責任者としての割り当てられた部屋なので、目的の場所へはすぐに到着。
「班長、ちわーっす!」
こっちの姿を見掛けた、ここの中でも若い整備員が下から元気な挨拶をしてくる。
それに俺も挨拶は返すけど、邪魔をするつもりもないのですぐに作業に戻らせていく。
そうして直ぐさま整備に取り掛かる背中に頷いて、手摺りに身体を寄せて眺める、ハンガーの整備風景。
目の前、外装を外されセンサーユニットを剥き出しにされながらも、コア部からは両腕さえ外されている白いACの姿がある。それは今現在、俺らが保有する唯一の機体であるウラヌスだ。
今日の起動を終え、言わば俺と同じく休憩中の彼女。
でも、今回に至っては、この整備というものが別の意味を持っている。
なにせ彼女自身にしてみれば初めて臨む、今度のイベントに向けての準備という事になるのだから。
近日行われる予定なのは、申請というか依頼こそ今までされていたけれど、スケジュールが合わなかったり先日の出動で出来なかったりしたもの。
何より、クレストや日米政府の意向で、そんな理由を度々付けては回避して来たもの。
確かに現代においても、日米にとっては仮想敵国の一つなのだからしょうがない事だってのは分かる。
しかし今回は、シルバリオ・ゴスペル戦での結果を得た影響で、彼らからある種のアピールを期待されて模擬戦を行う事になった。
俺らは単なる作る者だし、役に立てるのは普通に嬉しい。
そういう純粋な嬉しさの一方で、作る者として政治というのには、正直あまり近寄りたくはないという気持ちもある。
だけど、スポンサーがスポンサーなだけにそれは中々難しい。いや難しいどころか回避は不可能だった。
思うところは色々ある。
でも単純に考えてみれば俺らは俺らのやるべき事をやる、ただそれだけ、たったそれだけの事だ。
目の前だけしか見ないのはダメだけど、複雑に考えすぎるのもいけない。
そういう事なので、今回は最終的に売るのか売らないのかは別として、商品のアピールとだけ考えておこうと思う。
お金は掛からないし、しかも相手は国レベルの相手。宣伝としてはまたとないチャンスなんだから。
「……おっと、お疲れですかな、シバタ班長?」
裸となった頭部メインセンサーとそれを整備する手際、それを眺めて確認していると隣からの声が掛かった。
横を見れば手摺りに背中を寄り掛からせる、紙カップを片手に持ったラナちゃんの姿。
「まぁ、そだね。今は休憩中だよ」
そんな一度向けた視線はラナちゃんからウラヌスへと戻していく。
ふと視界に入って来るのは、その端っこで何だかこそこそと移動している黒髪の少年の頭。
「では良かった。少し聞きたい事があるのですが?」
「……ん、何だい?」
どこかに隠れようとする少年の動きを目で追いながらも、質問には応じていく。
「今回の模擬戦なんですが、本当に私でも?」
聞かれたのは、調度さっきまでウラヌスを眺めながらに考えていた事だった。
そしてどうにも、今度の模擬戦への参加に疑問を持っている様子のラナちゃん。
「もしかして、自信がないのかい?」
不安をまったく浮かべていないその表情に、少しおどけてみるのだけれど。
「は?私が?そんなまさか?」
返って来たのは何だか少し冷たい表情。
おまけに馬鹿なものを見るように、一笑に付された。
何だろう。こっちが仕掛けた事なのに、こっちの方が傷付いた。
……いや、何か、マジごめんなさい。
「いえ、まぁ確かに、彼の器用さや適応力については目を見張るものはあります」
そんな冗談はおいといて、ラナちゃんは眼下で今も隠れ場所を探している少年を視線で追いながら、その少年についてそう語る。
「しかし、彼が出来る事を私が出来ないなんて事は決してないと思っています」
それでも、そんな彼の事を認めながらも口から出て来るのは、確かな自負と己に対する信頼。
いつも静かで冷静で、常日頃からジャックのストッパー役をやっていて目立たない事だけど、ラナちゃんはこう見えて随分な自信家だと思う。
うん、でもそれは確かに納得出来る事。
そうでもなければ、米空軍のエースやウラヌスのパイロットなんかにはなっていないだろうから。
「えと、ラナちゃんがあの子を評価してるのは分かったよ。……そこで、ちなみに聞きたいんだけど、そのラナちゃん的評価だとジャックについてはどうなんだい?」
ホント、ついで。
いつもより何となく饒舌な感じなので、ラナちゃんからのジャックへの評価を聞いてみたい。
「ん?ああ、あれはいいんです。ただ単に丈夫が取り柄なだけですし」
自分で尋ねてみてあれだけど、一言で済まされた。
あの子と比べると余りに簡単過ぎな評価。
それでもジャックが不憫にも思えると同時に、なるほどとこれもまた納得が出来てしまう。
……ごめんよ、ジャック。お詫びに今度、酒でも奢ろう。
いや、でも、ジャックもああ見えて、熱くならなければ意外な程の戦術家だし。
昔見た報告書では頭脳派だって記されてたはずなんだけど……。
「あー、でもするとさ、なんでそんな質問を?」
うーん、とにかく別にジャックを貶たい訳でもこき下ろしたいわけでもない。
ジャックがホント意外な戦術家ってのは紛れも無い事実なわけで、ガイアに最も相応しい存在だったからスカウトされて来たんだから。
「いや、元々は彼が務め上げるはずだった役目なわけですよね?」
という事で話を変えると、きちんと話に乗って来てくれたラナちゃん。
語られるのは本来の参加者についてだ。
「となると、私は彼の代役という事になります。まぁ、やれと言われればやって見せましょう。ですが、私がやるとなるとウラヌスで戦う事になるわけです」
そりゃ、確かに……機体がウラヌスしかない以上はそうなるだろうね。
「しかし、キサラギにとってそれは、あまり望ましくない事なのではないですか?」
望ましくない?
そう、言われた言葉に少し頭を捻る。考えてみる。
一体、ラナちゃんが、何を思って言った言葉なのかという事を。
「んー、いや、望ましくないって事はないよ。得られたデータはどれも貴重なものだしね」
うん。望ましくないなんて事はどこにもない。
運用データは集積されて応用される。それはただ一つの機体にだけではなく、並列化されて後々のシリーズへ。多くの機体へと。
さっき見たTYPE-49にだって、利用されていくはずだ。
「まぁ、確かにクロノスによる物の方が、応用しやすくてベストではあるけどさ」
ウラヌスの物もガイアの物も応用されていく。でもクロノスの物に比べれば少し利用しづらかった。
その理由は簡単で、単にウラヌスもガイアもその性質が尖んがり過ぎているからだ。
高機動性重視だが装甲の薄いウラヌス、防御力と火力に優れるも機動性に乏しいガイア。
見ても分かる通り性能が片寄りすぎていて、単一のシチュエーション応用しか出来ない、出来辛いというのが二機のデータの欠点だ。
そういった面で見れば、三機の中でも平均的な性能を持ち、距離を選ばない戦術適合性に優れているクロノスは、幅の広い想定シチュエーションが取れて便利だと言える。
まぁ、クロノスを推したい理由を加えて言えば、対G適性や反射神経、動体視力でラナちゃんに劣るとはいえテストパイロットの中でも適応力に優れるあの子の方が、どんな相手にも関わらず上手く対応が出来て良い勝負になりやすいからというのもあるけど。
それでも、結局のところ今は……。
「……どうしようもないからねぇ。機体がないんじゃ、どうにもさ」
「それはそうですが……」
何を言ってもこればっかりは。
機体は鋭意開発中。二人は機体を直ぐにでもと欲しがってはいたけど、決まっている予算の都合上、そうほいほいと作って持っては来れない。
何より大切なのは、節制、効率。
後継機の製作が決まっている以上、無駄になる機体を持つわけにはいかなかった。二人には申し訳ないけど。
でも、なんとかしてあげたいなぁとも思う。乗らなければ勘は鈍るだろうし、それはキサラギとしても望まないし、慣熟を一機だけで回してくにも効率が悪いし。
どうしたものかと考える。考えながらもお茶を一口。
「……あ、そういえば、ラナちゃん達の戦ったシルバリオ・ゴスペルなんだけどさ。処遇が決まったって話は聞いてるんだっけ?」
まぁ、それは後でゆっくりと。
今は少し話題を変えて、彼らも関わった事件のその後について話しておく。
まずは、いつもどっかから情報を集めているラナちゃんへの質問。
「ええ、もちろん。何でも、合衆国政府の手によって封印処理がなされたそうですね」
返って来たのはそんな答え。
そのこちらを騙そうとか冗談を言ってる訳でもない、その表情に少し驚いた。
いや、ホントに。これは何とも珍しい。
情報を得ている……とは思ったんだけど、ラナちゃんが誤情報を掴まされてるだなんて。
「いんや、違うよ。それはフェイクで、そういえばそろそろかな?俺とおやっさんの知り合いのとこに向かう予定のはずだよ」
だから、一応は正しい情報に訂正しておく。
本来だったら、機密ではあるけどラナちゃんも騙されっぱなしは嫌だろうし。
「ほう……そうなのですか?」
すると、思った通りの大釣果。
興味津々、表情を変えないままに瞳には強い炎が宿って見えた。
「えっと、どしたの?何だか興味ありげだけど?」
「いえ。私の聞いた情報との食い違いにですね、まんまとやられたなと少し思うところがありまして」
何だかまずいものに火を付けてしまったのかもしれない。
何故か……目がマジだ。
今回の出来事、ラナちゃんの情報担当の方に対して、ここでお悔やみ申し上げます。というかすみませんでした。許さなくていいけど、とにかく逃げてください。
「……そういえば、ラナちゃんの情報ソースは軍関係からだっけ?」
本当に、本当に本気で怒らせるとラナちゃんは恐い。アメリカの閻魔様、不動明王、何だかそんな感じ。
でも、その考えを表に出さないよう、その誤ってしまった彼または彼女に対しては、冥福を祈ると共にその情報源をさりげなく探ってみる。
「ええ、そうですね。まぁそんなところです」
……何だか答えは曖昧だ。完全にはぐらかされてる。
多分だけど、空軍出身なだけにきっとそっち方面なんだろうとは思う。
米陸軍や海兵隊と比べても、米空軍はISへの信奉が特に強いって話らしいし。
でもそれなら本当に、今回に限っては逆に……。
「だったらしょうがないかもね。軍の協力もあっての今回の手回しだから」
そう、しょうがない事だ。同じ軍が関わって来てるのだから。
実は、先日のシルバリオ・ゴスペルとの戦い以来、アメリカにおける俺らというか、クレストの地位というものに変化が起き出していた。
そしてそれはあの時の戦闘によるもので、その結果に起因しているものだった。
まず、あの暴走事件において戦闘結果というものが、二つある。
一つ目は、相手に助けられたとは言え、リミッターを解除していた軍用ISをACで撃破した事。
二つ目は、セカンドシフトに移行したその機体が、AC三機を中破一機、大破二機に追い込んだ後、撃墜こそされるもISの最新機体六機を相手どって互角に渡り合っていた事。
この二つの戦闘で利益というものが生まれていた。
そして、その利益を最も多く得たのは誰になるのか。
それは、自己の保有する機体の性能を最も知らしめた者だと言っていい。
それを前提としての確認。
あの戦闘に参加していた機体とその所属を確認する。
まずラナちゃん達、クレスト、キサラギ、ミラージュからなる三社同盟所属のACチーム。
次に、一応、倉持技研の所属となっている白式。
BFF社のブルーティアーズ。
ローゼンタール社のシュヴァルツェア・レーゲン。
大華総合公司の甲龍。
デュノア社、シャルちゃんの駆るラファール・リヴァイヴ・カスタムⅢ。
それに、個人所有ながら背後にあの篠ノ之博士がいると噂される、紅椿。
そして最後、GAとオーメル社の共同開発機体、軍用IS、シルバリオ・ゴスペルとなっている。
戦闘を繰り広げたこれらの機体を支えるバックボーン。
その中でもACの技術を持ち、その性能を明らかにしながらもIS機体の有用性を得た者。
加えて、自らの威信を何とか維持させた、企業を越える巨大な経済集合体を母体とする武力組織。
あの事件に直接関わったそれほどの存在は、もはや彼らしか当て嵌まらない。
つまり、それは――アメリカ、正確には米軍だ。
……確かに彼らはISの暴走という汚点こそ残してはいる。
残してはいるけど、ACと最新機体の性能と有用性を交戦したISチームを通して他国にアピールする事が出来た。
しかも、ISに関して有力国とされる国々に。
その結果は、対IS性能を持つ従来兵器の所有の誇示と最新機体の圧倒的な性能による他国への牽制とそれらを保有するアメリカの存在感を示すという事に他ならず。
軍の上層部としては暴走という最悪が転じて二重の利益に変わっただけに、皆が皆、予想外の出来事にほくそ笑んでいると思う。
そんな米軍の一人勝ちとも言って良いこの状況の中で、俺らの事が関係して来てくる。
米軍ひいてはアメリカにすれば、彼らがスポンサーを務めるIS開発企業GAとAC技術保有企業クレスト。
そのクレストのACチームがISを撃破したとの結果によって、国防関連での派閥が拡大したという話らしい。
つまりは、アメリカからの信頼が深くなって、より大きな協力を得やすくなったとの事。
これらは全部、クレストからの報告によるものなんだけど。
要点を簡単に言えば、無理難題を押し付けられた分、きちんとした代価も得られたという事にある。
そのお陰で、シルバリオ・ゴスペルを内密とは言ってもちゃんと借りられたわけなので、喜ぶべきところではあるのだろう。
でも、今は元気になったとは言え、一際大きな怪我を負ったあの子は何かの要素が少しズレていただけでも命を失う可能性すらあった。
あの子やラナちゃん達は戦闘というものが命懸けだって事は初めから理解していて、俺も理解はしたつもりの事だったのだけれど、実際に直面してみるとやっぱり素直には喜べそうにない。
ある意味、そんな自分は甘いんだろうとは思う。
それでも、甘いままでいたいとも思う。甘さを捨ててまで皆の怪我や命の危機、そんなものを望みたくはない。
本当に出来るのなら、あんな事はもう御免被りたい。もう起きないでほしいから。
「……そう、ですか」
振り返っていく中でラナちゃんは、ハンガー内の様子を眺めながら、静かにカップを傾ける。
その視線は宿舎の方に繋がる入口、ちょうどそこからハンガーへとやって来た金髪の少女に向けられていた。
視線を追っては確認。
彼女の今は、いつかのように何かを捜し求める状態。
ここは高さがある分、彼の隠れ場所が簡単に見えるんだけど、彼女からは死角になって見えてはいないみたいだ。
そうやって今回の結末はどうなる事やらと思っていると、突如視界に入って来たのは整備に取り組む部下というか整備班達の謎の動き。
何かを示す、整備しながらの身振り手振り。それが起こり始めた瞬間から彼女の動きに変化が見られ出した。
「ありゃまぁ……」
きょろきょろという迷い困るような動作から、真っ直ぐ彼の元へと一直線。
そのまま彼は発見され、そんな想定外の出来事に対して慌てて立ち上がって走り出す。
彼女はスピードを落とさないまま、嬉々とした表情で追っていく。
「んー?何だか、あれに似てるなぁ」
「……何です?」
その光景に何だかの既視感。
だけど、詳しくそれを思い出せない。
「あの二人。ああやってる二人だよ」
既視感の原因は確実にあの二人。
そんでその様子はまさに追いかけっこ。
この間のちょっとした思いの確認をさせてからは、二人によるこの行動が、もうじゃれて遊んでいるようにしか見えない。
「……まったく、またやってるんですね」
呆れた様子。それでいて顔は少し柔らかい感じ。それが隣のラナちゃんの様子。
さっきまでの強い光は為りを潜めているみたいだ。
精神的にも、このままで居てくれ!と思う傍ら、思い出せないけれどイメージだけが残る既視感について聞いてみる。
「それであれだよ。あの二人のああいう感じ、何かに似てると思うんだよ」
確か……そう!確か古いアメリカのアニメーションであった奴。
「はぁ?それはもしかして、かなり昔の、ネズミと猫の物、ですか?」
「ネズミ、猫?……おお?ああ!そう、それそれ!……いや、懐かしいなぁ」
うん、本当に懐かしい。
親父が子供の頃には既にあったって話だから、どれくらい前の作品なんだろ、あれ。
大体、話したのが今から三十年前として、そこから当時の親父の年齢を考えてさらに二十年。下手をすればもっと前だから……。
うへぇ、古い古い……とは言え、それだけ古くても良いものは記憶と記録に未だに残る、か。
でも、というかむしろ、それに対するそんな感慨深さなんかよりは、あの時の親父より歳を食った自分に何だか大きなショックを感じる。
「と、すると、これはまた随分と大きなネズミですね?」
考え中、聞こえて来たのは何だかおどけたラナちゃんの声。
視線は、一度ハンガーから出ては戻って来た二人のもとへ。
「はぁ、何とも。確かに随分と可愛らしい猫なもので」
黒いネズミと金毛の猫。
あのアニメと違って、どっちがやられ役ってわけじゃないけど、敢えて言うなら立場は逆。食物連鎖的には正しいのかな?
いかに順応性に優れた黒ネズミ君でも天敵たる存在には敵わない様子で。
「あ、捕まった」
「……捕まりましたね」
作業中にも関わらず指示を出すアホウと手の空いた作業員有志らによるさりげない鉄壁のディフェンスの二段構えに逃げ道を塞がれた、黒ネズミは……。
じりじりと距離を詰める金猫に、遂に捕獲されていた。
「……そういえば、ラナちゃん。ジャックは何してるんだい?」
こちらに笑顔で手を振る少女とずるずると引きずられていく少年に手を振り返す。
考えるのは、話の話題には出したけど今日はあまり姿を見掛けてないジャックの事。朝飯以来、何だかその姿を見てない気がする。
「え?ああ、あれなら随分前に射撃訓練に行きましたよ。銃は借り物ですけど」
あー、なるほどと二重の納得。いや、道理で見かけないはずだ。
以前からの希望で敷地内、グラウンドの一画というか端っこ、機体のテストの邪魔にならないように設けられたそれ。
『それ』とは、アメリカのあの基地のものには及ばないとはいえ、距離別の的をいくつか備えた射撃練習場の事。
ちなみに銃器は、さっき引きずられていったあの子の私物を今は使っているとの事。
多分の予想でしかないけど、さっきの二人の追いかけっこは、そのジャックと一緒に射撃練習をしてるところを見つかって、ああなったんじゃないかと思う。
まったくホント、懲りないというか何というか、まだ医者からの許可も出てないって言うのに。
らしいと言えばらしいんだけどさ。ある意味頑固で。
お茶を一口含んで喉へと通す。
冷えていたボトルもいつの間にか表面に水滴が浮かび、あまり冷たい状態とは言えなくなっていた。
気付けば整備中だったウラヌスもセンサー系と両腕の間接部のチェックが終了した様子。既に頭部の外装は戻されて今度は腕部とコア部との接続に入ろうとしている。
その接続の様子を眺めながら時計にふと視線をずらすと、思っていたよりも大分時間が経っていた。
どうやら、少し休憩を取りすぎていたみたいだ。
「……んじゃ、悪いけど、そろそろ俺は戻らせてもらうよ」
まだまとめなくちゃいけない報告書もあるし、協力企業からの現状報告も今日の内に読んでおきたい。
やる事だけなら色々ある。後々に残すというのもあれだし、休暇には出来るだけ仕事を持ち込まないようにしたい。
「いえ、こちらこそ。休憩中に邪魔をしてしまって……」
「いや、んなの別に良いって」
俺も俺で新しく考えなくちゃいけない事が出来たし。
機体を取り寄せるべきかどうか……うーん、開発の進行状況によって変わるけど、上と要相談か……。
まぁとりあえず、今はどうしようもない要件なので頭の隅に置いとくとして。
「何かあったら言ってよ?機体についてでも……プライベートでのジャックの事でもね!」
最後の最後、ラナちゃんに対しては、きちんとからかいを入れてく事は忘れない。
それがラナちゃんへの俺の中の通過儀礼、俺のジャスティス。
「ははは。ええ、そう、ですね……!」
すると、尻尾を踏ん付けられたライオンだかジャガーみたいなその様子。
笑いが一本調子になってるぜ、ラナちゃん……。
というか、そんな睨まなくたって良いじゃん。余裕持ってさ、軽く軽く流していこうよ~?
「あ、は、はは……そんじゃ、し、失礼します」
……何て当然言えるはずもなく。
こっちから茶化しておきながらも、少し早足になってそそくさとその場から逃げ出していく。
ハンガーから戻る途中、飲み終わったボトルを販売機横、専用のごみ箱の中に放り込む。
もちろん、キャップとラベルを分別しながら。
気分一新、リフレッシュ!
戻って来た扉の前、身体も休めた事だしと、身体を伸ばし解して入れる気合い。
そうして室内に入ろうとドアを開けると、部屋の中ではここへの電話を知らせる着信音が響き渡っていた。
「おっとっとっと……。はい、こちら如月重工整備班って、え?良いよ良いよ、繋げて?」
少し慌て急ぎながらも上げた受話器。
聞こえて来たのは本社よりの俺宛てに来た電話のお知らせだった。
「やぁやぁ、もしもし、久しぶり!元気にしてた?」
その繋がった先、聞こえて来たのは、最近、顔を合わせてなかった歳の近い飲み友達の声。
「おやっさんは元気にしてるかって?いやもう元気、元気!」
そんで俺に返って来た、真っ先の第一声はおやっさんの事について。
まぁ、それはしょうがない。ずっと前からおやっさんをリスペクトし続けているわけだし。
「……そうそう、そういえば、こっちの依頼引き受けてくれたらしいね?」
でも、今回の連絡は単なる世間話ではなくて、あっちとこっち共通の仕事、ガイアについての物。
電話の向こうの友人は、ぶっきらぼうながらに、今の状況やコンセプトの確認などをきちんと丁寧にしてくれている。
「何せ定評はあるし、そっちの事はちゃんと信頼してるからさ、構わずどんどんやっちゃって。でも、ホント助かるよ。いやぁ、ありがたやありがたや……」
あっちの技術力という面では、まったく心配はしてない。
向こうの会社はIS自体の開発にはあまり関わってはないはずけど、武装やISアーマーに関しては、一定の高い評価を得ていて国産IS機体の装甲材としても選択されてたりする。
しかも加えて言えば、IS登場の煽りをモロに受けたこっちと違って、あっちは今も昔も会社の業績は好調な感じ。
防衛産業以外にも重機とか電化製品とかグループ全体で広い分野に進出してたから、以前からの規模を今でも維持して、むしろ前より発展さえ遂げていて……。
本当にうちとは地力が違いすぎるとこだ。
「え、何?お前の為じゃない?何言ってんの、んなこた分かってるって。もう、気持ち悪い事言うね、まったく……」
でも、それでも昔馴染みは昔馴染み。
最近は互いに忙しくて行けてないけど、よく飲みに行く仲だ。
企業や立場が違っても、軽口ぐらいは許してくれるに決まって……。
「ちょ、待った!冗談だから、冗談!」
……なかった。
何だか普通に少しイラッとした感じ出してるし、いや、きっと向こうもストレスの溜まる状況があったのだろう。
そうでもなきゃ、こんな冷たい態度はしない、はず。多分。おそらく。
とにかく、こんなところで契約を反古にされるわけにもいかないので即座に謝罪。
謝りながら、相変わらず融通が利かないなぁとは思ったりしても、決して口には出さない。
「と、そうだ。今度、暇が空いたら久しぶりに飲み行こうよ」
まぁ、でも仕事の上では、言った事は必ずやってくれるから信頼出来るし。
プライベートでは見た目の割に気配り上手、頑固で無愛想で融通は利かないのにプラスしてやっぱりぶっきらぼうなのは確かだけど、存外に気の良い感じだったりもする。
「……ん?は?奢り?いやいやいや、仮にも次期社長が一整備員にたかるって、どうなのよ?」
こっちよりかなりの高給取りのくせに奢れとか、そんな冗談さえも言ってくる性格。
もしかしたら、ただ単に感情を表現するのが苦手なだけなのかもしれない。
前に飲み行った時だったかな?自分の子供に顔が怖いとかって泣かれて、普通に凹んだりもしてたし。
「紹介したい同僚というか友人もいるんだけど、そん時は一緒に連れてっても良いかな?」
……性格はまったく違うけど、ジャックとは意外に気が合うような気もする。その趣向的な意味でも。
「うっし、オーケー!そんじゃあ、また!」
てなわけで、始めは仕事についての会話を、最後は互いに時間が空いたら飲みに行こうという約束を交わしつつ、通話を終えていく。
そうして電子音を吐き出し始めた受話器を戻し、自身のデスク、パソコンのディスプレイの前へ。
椅子に腰掛け、椅子を少ししならせながら、画面に手を触れパソコンをスタンバイ状態から再起動。
真っ先に映るのはメール欄。
そこにはクレストやミラージュだけでなく、他の協力企業の方々からの物も並んでいる。
中には模擬戦を通じて知り合った、ローゼンタールのフロイドさんやブルーティアーズに帯同しているBFFの技術顧問、イアッコスさんなどの名前さえも。
まぁ、彼らも今や立派な取引先であって、それでいて度々情報交換をする仲だ。
さすがに機密的なものを言ってくれるわけじゃないけど、ISとACについて不明なところがあれば互いに聞きあったりしていて建設的で友好的な交流を続けているとは思う。
とりあえず、そのメールや報告書はありがたくじっくり読ませてもらおう。
「さてっと……まぁ、頑張りますか?」
画面に映し出される文字列を前にして、よっしゃと改めて入れる気合い。
世間は夏休みの真っ最中、俺の夏休みはもうちょっと先。
お盆もあって、家族サービスに興じたい気持ちはあっても、今はやらなきゃいけない事もある。少しでもやっておこうと思う事がある。
という事で、今はエアコンのほんの少し効いた部屋の内、身体を扇風機に身を晒しながら。開いたデータに意識を割いて、ふむふむと納得、なるほどと関心。
こんな、夏の季節の中のとある一日だった。