Acxis   作:ユ仲

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Chapter3-4

 夏休みにも関わらず、俺、織斑一夏の朝は早い。

 

 目覚まし時計が鳴り散らされる前、日の出と共に起き出しては、朝の空気の中、ロードワークに出掛ける事から一日が始まっていく。

 

 リズムを意識するようなストライド。まだ静かな街の中を少し速めのイメージで駆け抜ける。

 

 それは今までにはなかった習慣。

 少し長めに設定してある距離を辛くないといったら嘘になるだろう。

 しかし、この朝の澄んだ空気は少しの辛さに換えても得る価値のある物だ。

 それに今の辛さが明日や明後日ではなくとも、未来の自分の糧になるとそう考えれば頑張っていける。

 

 ロードワークを終え、少し呼吸を整えれたら、今度は腹筋背筋腕立て伏せの基礎トレーニング。

 走った直後に行う筋トレを辛くないといったら以下同文。

 今の辛さが以下同文。

 

 筋トレが終わると、次は千冬姉がよく使っていた木刀を使っての素振りだ。

 素振り、剣術。以前習っていたとはいえ、それは子供の頃の事。型とか詳しい内容とかをやってみせろというのは正直難しい。

 

 だから今は、そんな昔ではなく現在。

 箒に見てもらった時のアドバイスと箒の振るっていた、その剣筋を脳裏に浮かべてトレースしていく。

 

 斬り下ろし、袈裟斬り、逆袈裟、横胴斬り、次いで突き。

 

 剣先は綺麗な弧を描くように。

 がむしゃらにただ力任せに振るうのではなくて、ただ鋭く速く、斬るイメージその一瞬だけに全てを込めて。

 

 余計な力が入っている時は音が何だか鈍い。何だかそれが最近分かってきたような気がしないでもない。

 その場合は振るった回数にはカウントしないで、ただただ剣で空気を斬り裂く。

 

 回数をこなす頃には、身体には汗が滲み出していた。

 

 まだまだ甘い、それを実感する。

 何せ箒、曰く『そんな事で疲れていては、問題にもならんだろう。いいか一夏、無駄な力が入っているから疲れるんだ』との事。

 

 でも、まぁ確かに。

 箒が俺と同じ量をこなしても、体力では負けてない自信はあるのに疲れているのは俺だけだった。

 振るう剣の音だって、今はマシになってきたとは言え、箒の物に比べればまだまだ全然敵わない。

 

 ホント、目標は遥かにまだまだ遠く。

 

 夏休み突入前の専用機同士の模擬戦でも俺は、鈴、ラウラ、シャルロットにとやられっぱなしだった。

 セシリアには白式の得た新しい装備のお陰で勝てたりはする。

 

 でも、だ。

 セシリアには装備の相性で勝てているだけで、俺自身の力で勝てているわけじゃない。

 白式を含めての俺の力と言えるのかもしれないけれど、もしセシリアが実弾の装備なんかを持ち出して来たら、勝てる自信はあまりない。

 

 箒の紅椿にだってそうだ。

 破格の性能を持つ紅椿とは言っても、箒はまだ紅椿に慣れていない感じだった。

 例として言い表すなら、乗り初めの自転車みたいな。

 箒はまだその性能を扱い切れていないように感じる。

 今までは打鉄という練習機を使っていた分、そのあまりの性能の差に戸惑っているように思う。

 それでも、俺はそんな箒に負けたりする。まだ機体に慣れない箒にさえ。

 

 要するに、今の俺の実力はそんな物だという事。

 

 確かに俺の乗る白式はピーキーな機体だ。

 燃費なんかは他のISに比べて圧倒的に悪い。

 元々一瞬の速度を重視した近距離戦闘型の機体で、セカンドシフト後は高機動性を得たはずなのだが、それでも高機動射撃型のブルーティアーズと同等、万能型の紅椿には単純に劣る。

 ある意味、素の状態では何の特徴もない機体、それを補うはずの『零落白夜』と新しく得た武装、シールドにも近接用のクローにも荷電粒子砲にもなる多目的複合兵装の『雪羅』なのだけれど、何をするにもエネルギーばかりを無駄に喰っていく。

 

 改めてこうして考えると、代表候補でもなくISに触れてたった四ヶ月の初心者である俺には、どうにも扱い切れなさそうな代物のような気がする。

 だけどもし、この白式を操るのが千冬姉だったとしたら?そんな事を考える。

 

 そうしたら、絶対、俺より白式を上手く扱って誰にも負けはしないと思う。

 

 どんな苦境も逆境も斬り伏せ打倒してみせる、それが千冬姉だから。

 それが俺の目指している、織斑千冬という高みだから。

 

 でも、目標としては……本当に何とも、険しい道程だ。

 

「……と、少し冷えちまったな」

 

 動きを止めて、汗をかいたまま突っ立ってれば、夏でもそりゃ身体も冷えるか。

 まぁ、今日はこれから予定もあるので、ここらで朝練は切り上げよう。

 そんで、さっさとシャワーを浴びて朝飯にして、ついでに洗濯物も干して、ぱぱっと出掛ける準備をしてしまおう。

 

 

 

 

 

「や、おはよう」

 

 午前十時前の自宅前。

 だいたいのアバウトな約束の時間。

 ジャージ姿、そんな動きやすい格好をした俺の目の前には、一台のセダンタイプの自動車が停められている。

 その車の開いていく助手席の窓から聞こえてくるのは、つい先日退院したばかりの男友達のどうにも元気そうな挨拶。

 

「よっ。それにしてもホントに車で来たんだな?」

 

 もう大丈夫そうだなと思いつつも尋ねるのは、俺と同年代のはずなのに何故か車に乗っている事。

 

「まぁ、話は後で。まずは乗ってよ」

 

 でも、とりあえずは疑問より何より、声に従って助手席へと乗り込む。

 座席に座りシートベルトを締める、それ同時に車はスムーズに発進。早速、俺達の目的地へと向かっていく。

 

「……てか、ホントに車なんだな?」

「まぁ、ね。ちゃんと免許だって、ほら?」

 

 改めて尋ねると、片手でハンドルを握りながら懐からおもむろに何かを取り出し、こちらに見せてきた。

 示されたカード状、そこに見えるのは期限と顔写真、それは紛れも無く運転免許だ。

 

 ……へぇ、海外なんかだと俺ぐらいの歳でも取れるものなのか。

 

 感嘆の声を俺が上げると、何だか運転中の当の本人の表情がにやりと一瞬だけ歪んだ……気がした。

 まぁでも、多分気のせいだ。今は普通に戻ってるし。

 

「というか、昨日は驚いたよ。いきなり、銃の訓練が出来るところ知らないか、だなんてさ」

「あー、いや、すまん。それはホントに悪かった」

 

 そう。今回の事については本当に申し訳なく思う。

 何せ、思い至ったのが昨日なわけだったから。

 

 やっぱり、素振りだけの鍛練だと剣での鍛練にしかならず。

 確かに俺と白式の主兵装は剣なわけだが、俺達が今よりさらに一歩進むには銃を撃つ感覚、それに対する慣れみたいな物が必要だと感じた。

 

 でも今は夏休み中で、学校の施設使用の許可を取るにも提出書類と確認、その認定が必要で。

 そこで、どこか練習する方法はと考えて浮かんだのが今も運転を続けるこの友人だった。

 

「いやいや、別に謝らなくても良いって。ちゃんと許可も取れたし、僕も僕でやる予定だったから、ついでだったし」

「……まぁ、そう言ってくれると助かるな」

 

 今考えると結構な無茶振りだったと思う。

 それでも、快く応じてくれた事には感謝のしようがない。

 どうにも、所属している企業の方にも交渉してくれたみたいだし。ホント、マジでありがたい。

 

 ……しかしそんな時、そうして内心で両手を合わせていると、こちらの感謝に反するように隣のコイツは突然こんな事をのたまい始めた。

 

「でも、撃った分とレンタル料は払ってね」

 

 何、だと……?

 それは確かな衝撃だ。油断していた俺の心と、主に財布の中身への。

 

「ちょ、マジ?」

 

 というか、それは少しまずいぞ。初耳過ぎる。本気で焦ってる。

 一応財布は持ってきてはいるけれど、そんなに入っていた記憶がない。

 今の俺に払える、のか?

 

「ちなみに現金受け付けのみになっております」

 

 いや、そもそもカードとか持ってないから。

 

「えーとだな。お値段の方はどれくらいに?いや、ツケとかは……?」

 

 正直、そんな銃とかそういうのって高そうなイメージしか湧いてこない。

 軍艦のミサイルだって、確か一発云億円だってテレビではやっていた。

 確かにそういうミサイルとかとは違うかもしれないけれど、軍事というか武器は武器だ。お安いお手頃なんてのが有り得るのか?

 

 えーと、出来れば近くのATMか銀行の方に……。

 

「冗談だよ冗談。お金なんて別に良いって」

 

 こっちの慌て振りに笑いを浮かべるその様子。

 ったく、驚かすな……って、ん?いや、でも。

 

 一応の学生に対する冗談にしては中々キツイそれに、文句と共に疑問が浮かぶ。

 

「でも、弾代とかは実際にかかるんだろ?」

 

 今までは学園側の負担になっていたので気が付かなかった事だが、弾薬費?というのは一体どういう持ち分になっているのか。

 どこかから無料で提供されてる、みたいな感じなら気にしないでいるところではある。

 けれど向こうの会社側とか、さっきはよくも騙してくれたコイツ持ちとか、そっち側の負担になるのだとしたらそれはどうにも申し訳ない。

 

「そんなの一夏が気にする必要はないって。弾も古いままだとあれだしね。撃ちたいだけ撃っていいよ」

 

 やっぱり、その言い方から察すると負担にはなるのか。

 何て言うか、すまん。確かに軽率だった。

 元々は個人でどうこうなるもんじゃないんだし迷惑にはなるよな。

 

「……それに、日本だとよく言うでしょ?」

 

 しかし今更だが辞退すべきなのかと考えてるこっちの様子を知ってか知らずか、運転中なので前を見ながらも、本人は相変わらず少し明るい感じで話し続ける。

 そうして、少し息を溜めながらその言葉が口にされた。

 

「『金は天下の台所』って!」

 

 それはこっちを励まそうとした冗談なのか。それとも完全な素なのか、判断が付かない。

 でも確実に言えるのは、コイツが自信満々に言い切ってるって事だ。

 

「……一応、言っておくと、それ間違えてるからな」

「あれ?そうだっけ?」

 

 あれ?じゃねえよ。素なのか?本当に素なのか?

 とりあえず、間違いはきちんと訂正しておく。いや、突っ込まざるを得ない。

 

「台所じゃなくて、回りもの、だ。『金は天下の回りもの』」

「あー、なるほど。……やっぱり日本語って難しいね。色んな言い回しがありすぎる」

 

 一応の訂正、それに対する反応は意外と真面目。

 どうやら、ボケていたわけでなく、正真正銘本当に勘違いをして覚えていたらしい。

 

「そうか?別に難しい言葉でも……」

 

 そして、そんな酷い勘違いに対して、そう言葉に出してからふと気付く。新たに思う。

 その日本語の言い回しじゃなく、当人自身の言い回しに少しだけおかしな感覚があると。

 

「漢字にしたってそうだよ。今じゃ色々学んで、読めない文字の方が少ないけど。それだってまだ読み違えたり、読めなかったりするんだから」

 

 なるほど。

 疑念がある種の確信に変わった。

 抱いた違和感は、知らされてはいても普段はあまり意識はしていなかった事からなる物だった。

 

「どうしたのさ?意外そうな顔して?」

「いや、改めてさ。マジで日本人じゃないんだなって、少しな」

 

 そういえば、コイツ、セシリアやラウラと同じく一応外国人なんだっけ。

 

「よく言われるよ。前にも言ったけど人種的には日本人なだけなんだしね」

 

 見た目は丸っきり俺達と変わらないのに、時々有り得ないような勘違いをしてみせる。

 コイツをよく知るシャルロットが言うには、世間知らず。

 友人たる俺が思うには、日本被れの日本人(仮)。

 本当に外見は日本人その物なだけにその違和感も殊更大きい。

 

「まぁ、それは良いとして、もうすぐ着くよ」

 

 運転しながらのその言葉、気付けばいつの間にか辺鄙なというとあれか、とりあえず、ビルディング群の街並は既に抜け視界が少し広がっていた。

 そんな目の前に見えて来ているのは壁とゲート。

 

 それは俺達の目的地。

 コイツの家?でもあるキサラギ社の研究所だった。

 

 

 

 

 

 

「一夏、全体的に少し力みすぎ。あと、トリガーもそんな強く引かなくて大丈夫だから」

「……分かった」

 

 銃床を肩に当て、グリップに右手を、引き金には人差し指を掛け、左手はハンドガードへ。

 半ば抱え込むようにして銃の安定を保持したまま、照準器で目標を見遣る。

 

 サイトを通した視線の先、そこにあるのは人を模したような……何だろう、とにかく目標。

 その中心、円の連なる最も中心へ、照準器によって銃口を向ける。

 

 構え、狙い、あと必要なのはもう一つの動作。

 先程言われた通りに力まずに、少し軽く絞り込むような気持ちで引き金を引いていく。

 

 炸裂音。衝撃。当たった。

 結果に気持ちを一瞬浮かばせても気をすぐに引き締める。指に軽く力を込め、引き金を再び引く。再び引く、再び引く、再び、再び……。

 

 一発ずつ等間隔に、ある種のリズムを作りながら引き金を絞る。

 やがて三十発を撃ち終えると、予め用意していた弾倉へと交換。再度、目標へ撃ち放つ。

 それが終われば再度交換。再び目標へ。

 

「……どうした?」

 

 繰り返し繰り返し、撃ち続けては繰り返し。

 また新たに弾倉を付け替えようとしていると、隣から何やらの視線を向けられているのを感じた。

 さっきまでは俺と同じく銃――とはいってもあっちは拳銃、こっちはMなんちゃらというアサルトライフル――を撃っていたはずなのだが、今はその手を休めてじっとこっちを見詰めてきている。

 

「さっきからずっと撃ちっぱなしだからさ、たいした集中力だと思って」

 

 ……撃ちっぱなし?って、うおっ!?

 

 言われて気付いたのだが、俺の足元にはかなりの数の銃弾の残り屑みたいな、薬莢?が散らばっていた。

 意識はしてなかったけど、一体どれくらい撃ったのか……装填済みの弾倉も手に持ってるので最後のようだし。

 まぁ、あっちもあっちで結構撃ってはいた様子ではある。それでも、こっちの弾の方が明らかに多い。

 

 撃ちたいだけとは言ってたけど、もしかして、撃ち過ぎたか?

 

「いや、別にそれは良いんだよ」

 

 そうなのか。

 それには少し安心。でもその言葉は何だか含みのある言い方だ。

 

「というか、今度は逆に聞きたいんだけどさ。一夏は何でいきなり銃を撃ちたいだなんて?遊びでないのは分かったけど」

「ん?そういえば言ってなかったな」

 

 どうにも含みは疑問から現れた物。

 まぁ、でも疑問には納得。確かに昨日電話した時も理由を言い忘れてた気がする。

 向こうも向こうで何だか軽めの応答だったし、こっちには聞いてこなかったから。

 

「なぁ、シャルロットからは聞いてないか?俺のISが新しくなったって」

「新しく?……ああ、シルバリオ・ゴスペルみたいに何とかシフトを起こしたんだっけ?」

 

 ……何だよ、何とかシフトって。

 その答えの適当さ加減には何か呆れというか少し可笑しなように感じる。

 だけど、ISについて関わってるってわけじゃなきゃ、これが多分普通なんだよな。

 入学したての時の俺なんてもっと酷かった自信がある。

 

「セカンドシフトな。……そのお陰で白式に新しい武器が出来たんだけど、これが射撃武装の一面も持っててさ」

 

 そう。俺にとってはある意味念願で、ある意味困ったその武装。

 

「……なるほど、ね。それでその新しい武装に慣れる為に?」

 

 まぁ、早いところがそういう事だ。

 いくらISの補助機能があっても、向こうも回避面で補助されてるんだから、命中率の点でのメリットはない。

 だったら、ただでさえ素人の自分は個人としての技量を上げていかないと、まず相手には当てられない。そもそも当たらない。

 

「なら、実際にIS自体の武装を使って慣れた方が良いと思うよ」

「いや、それは……」

 

 それが出来たら、苦労もしてないというか。

 まぁ、場所の問題があったとはいえ、それだけが理由だってわけでもないからな。

 

「あ、そうか。基本的に外部での展開は禁止されてるんだっけ?」

 

 その通り。

 予め登録してある研究機関やイベントでの使用は許可されてるけど、その他は厳密には禁止。

 国や企業とかの兼ね合いとかもあるらしいが、個人での使用なんてのは以っての外ってものだ。

 

「なら、しょうがないね。まぁ、実際との差こそあっても、確かに一夏はまず撃つ感覚ってのにきちんと慣れた方が良いだろうしね」

 

 撃つ感覚、慣れる事。

 俺みたいな素人は、狙って撃って当てる、そんな基本的な感覚をまずは知るべきと思っての今回の訓練だ。

 

 実際には、授業でも射撃練習が一応あると言えばある。

 でもあれは、クラスメイトと交代交代でやるから一人辺りの時間がかなり限られてしまう。

 そうなると数がこなせないから、あまり撃った気がしない。たったあれだけで慣れただなんて、俺には間違っても言えなかった。

 

「でも、実際にそのISの武器を使うにしろ、こうして銃を撃つにしろ、ちゃんと意識してやらないと駄目だよ?」

 

 意識?

 目の前の自己を傭兵と騙る友人はこちらに視線を向けたまま、新たな弾倉を入れた拳銃を片手で目標に撃ち放っては、そう語る。

 続けて響く九発、空気が破裂したような発射音。

 

「例えば、どんな威力で、どの程度の弾速で、何回撃つ事が出来て、どれほどの発射間隔なのか……とかさ」

 

 弾倉を下へと落としながら、新たな弾倉を装填。

 上部のスライドを引いて弾倉から銃本体へと初弾を送り込む。

 そのまま今度は拳銃を両手で支持し、視線も目標へ。

 再度の九発。先程の片手撃ちでも目標に当たっていたが、やはり両手での方が弾痕は安定している。

 

 撃ち終わると、空となった弾倉を抜き取り、それを手の中で遊ばせながら再びこちらに向き直って口を開く。

 

「ただがむしゃらにやるだけじゃ、きっとあまり効果はない。ちゃんと意識して考えて慣れないと。オーケー?分かる?」

「だ、大丈夫だ。多分」

 

 つまりは集中するにしろ何にしろ、目的を忘れるなって事だろ?

 

「うん。それでその撃つって事に慣れたら、今度は実際の戦闘の中でどうするのかを考えよう」

 

 何だか諭されてるな、これ。何かそんな感じがする。

 本来は撃つ事が目的だったのだけれど、でもこれはこれでちょうど良い。

 なにせ銃器の扱いに関しては先輩なわけだし。日本語は変なところで曖昧でも。

 

「シャルが前に話してくれたんだけど、一夏はよくガス欠で負ける事が多いらしいね?」

 

 よいしょと、土嚢を積み上げて出来ている射撃台もどきに腰を掛けながら、そんな事を言われる。揶揄ではなく、ただの確認の意味合いが強い。

 というか、ガス欠言うな。シャルロットの奴も余計な事言いやがって。

 

「きちんと、どう燃費を抑えるかとかは考えてる?」

「もちろん、一応は考えて……」

「本当に?」

 

 俺も同じく射撃台に腰掛けながら、本当に一応答えてみると、今度は疑念に満ちた視線がこちらに突き刺さってきた。

 

 まぁ、俺の答えにも語弊があったとは言える。

 考えているというか、考えようとはしてる。

 ……ぶっちゃけ、どうにも大して思い付かないってのが実情だがな。

 

「あー……うん、そうだ、ね。……ISに関係ない僕が言うのもあれだけどさ、とりあえず、単なる力押しの一辺倒だと一夏はキツイと思うよ」

 

 そんなこっちの反応を見取ったのか、溜め息をつきながらに話された言葉。

 呆れた表情ながらも、その内容はこちらへのアドバイスだ。

 

「確かに、そういう後先考えない思い切りの良さは一夏の長所だと思うし、力押しの一辺倒というのは最も簡単で有効的な手段だとは思う」

 

 何だか馬鹿にされてる気もするが、否定は出来ない。

 

「でもそれは、あくまで初見かつ圧倒的なアドバンテージが前提の物で、慣れられたら性能的なアドバンテージがあったとしても、対策されて対応されてどんどん厳しくなってくよ」

 

 やっぱりのアドバイス、むしろ忠告。

 それに思うのは、新たな機体に変化を遂げた白式の事。

 セカンドシフトによる性能向上に、一撃必殺の零落白夜とイグニッションブースト、新しく出来た射撃武装にシールド、これに初見であるというのを加えれば圧倒的なアドバンテージがあると一応言えると思う。

 ……でも。

 

「思い当たる節はない?」

 

 そう、でも。それは、確かに感じている。

 シャルロットや鈴にはもちろんの事で、ラウラになんかには特に。

 遠距離でぼかすか撃ってくるくせに、俺が仕掛けて来るのを常に待ち構えてるからな、ラウラは。しかも、もちろんのAIC付きで。

 セカンドシフト後、全体的には何回かの勝ち星を上げる事が出来ていたけれど、すぐにまた戦績は押され始めていた。

 

 つまり、初見という要素が消えただけで、セカンドシフト機体という明確な優位性はただの特徴へと成り下がってしまった。

 

「だったら、やっぱり考えなくちゃ。射撃をどうこうするだけじゃなくて、射撃を含めた自分の持ってる物をどう活かしてくのかを」

 

 活かす、か。

 どうにも、戦闘の組み立てみたいなのは苦手だ。

 零落白夜を当てれば勝てるってのが分かっているからこそ、どうしてもいざという時には零落白夜に頼り過ぎる。

 

「……例えば、左の荷電粒子砲だっけ?それもただ撃つんじゃなくて使い所を考えるんだ」

 

 腕を組んで少し考えるような動作。

 そうしてしばらくすると、指を二本立て、コイツなりのその使い方戦い方を説明というかアイディアの提示がされていく。

 

「牽制として使って相手に意識させてブラフに使ったり、逆にあまり使わずに温存してここぞって時に使ってみたり」

 

 それは武器の使い方というよりは相手との駆け引きだった。

 どう意識させて印象付けて、どんな動きを行動を誘導して誘発させるのか、つまりはそんな感じ。

 

「零落白夜だって、常に展開させてたらエネルギーが勿体ないから刃が当たる一瞬だけに展開させたりね」

 

 その話は射撃武器としての雪羅だけでなく、提示はシールド、クロー、そして零落白夜など他の物にも及び、考えては語り考えては語り、思い浮かぶだけの提案提示が為されていく。

 

 あげられていくアイディアの中で、特に気になるのは零落白夜についてだ。

 当たる一瞬だけに……確かに、そうかもなと思える。

 起動し維持するだけでも零落白夜はエネルギーを馬鹿食いするのは、普段より分かっていたから。

 だから一応、言われた内容には納得は出来る。

 

 でも、そんな納得する一方で何故か何となく釈然としなかった。

 その提示されたアイディアが頭の何かに引っ掛かっている。

 それは何となく、本当に何となくだけど、どこかで聞いた覚えがあるような……。

 

『いいか、一夏?常に力を入れて力むんじゃなくてだな。こう一瞬、当たるだろう瞬間にだけぬっと、むむっと力を入れて……って、おい、聞いているのか、一夏?』

 

 ……記憶、思い出。ああ、そうかと思い出した。

 

 脳裏に浮かんで来たのは、今は少し懐かしく感じるけど、入学してばかりの頃にやった箒との特訓での時の事。

 久しぶりに会った箒が、俺を鍛え直す!とか何とか言って、意気込んでた時の事。

 

 なるほど。箒の言っていた事も満更ではないというか、剣だけに限っての事じゃないらしい。

 箒自身がそれを意識して言ってたのどうかは俺にとって預かり知らぬ事なんだけれど。

 

 まぁそれでも、使う時にだけ必要な時にだけ一瞬の力を込める。

 箒の説明を意訳するとそうなるわけで、正しく俺の状態と一緒だった。

 ただ常に全力で注ぎ込めば息切れする。

 でも使い所をきちんと見極めて力を入れれば、同じ結果を出す中でも大きく疲労感は変わってくる。

 俺と箒の素振りの差のように。

 

 白式での戦いも似ている感じがする。それも零落白夜だけの事ではなくて全体で。

 ただの力押しを続ければ、ガス欠を起こす。

 だから、イグニッションブーストも雪羅も零落白夜も全部、ただ使うんじゃなくて使い所をきちんと見極めて使う。

 いや、誘い、迎え、隙を作って、使い所を作り出して使う。

 

 そうすればきっと、今よりももっと楽に、もっと確実に戦える、そのはずだから。

 

「後は解放時に刀身の長さに差が出るならそれを利用して……ってどうしたの?何だか急にやる気満々な感じだけど」

 

 説明途中ながら、こっちを見ては目を白黒させるその様子。

 いや、説明をぶった切って悪いな。

 まぁ、でも何と言うかな。

 

「何となくだけど理解が出来たんだよ。つまりはアレだろ?一瞬だけぬっと、むむっと力を入れるんだろ?」

「へ?」

 

 言葉で説明してみると、さっきまでの真剣な状態はどこへやら、口をぽかんと丸く開けて間抜けな声が聞こえて来た。

 どうにも上手く伝わってない感じだ。その顔には混乱する様子がありありと見て取れる。

 

「だから、ぬっと、むむっとだな」

 

 なので引き続き、箒流コミュニケーション術で意思疎通を試みる。

 言語表現に加え、独特のジェスチャーをプラスした箒オリジナル復刻版だ。

 

「いや、待った。僕も結構感覚でやるタイプだとは思うけど……無理。それは流石に分からない」

 

 でも、やはり伝わらない。むしろ視線が痛い、いや視線が妙に生暖かくて心が痛い。

 普通に痛い人間のように見られてる気がする。

 元々は箒が言い出したんだぞと主張もしたいが、それだと今度は箒が痛い人間に。

 それはそれで、なんだかなぁ……。

 

「えと、つまりだな」

 

 てなわけで、大人しく一から事情を話す事に。

 最初こそ疑念と呆れた表情を浮かべていたが、箒との剣術の話辺りから様子が変わり出した。

 そうして最終的に話が終わるぐらいでは、しきりに頷いて見せてくるまでに。

 

「へぇ、そんな事を箒さんが……」

 

 痛い視線はもう存在しない。

 今度は妙な事にそれとは真逆の視線のようだ。

 

「いや、確かにその通りかも、何か凄く関心した。さすが箒さん、さすが、サムライ……」

 

 何だか少し目を輝かせるその様子。

 やっぱり、サムライは滅んでなかったんだ!……って、おい、その反応はいくらなんでもステレオタイプ過ぎるだろ。

 というか、お前の箒に対するイメージはそれで良いのか?

 

「……なんつーかさ、改めてまた言うけど、やっぱりお前の日本観は日本人じゃないんだな」

「まぁ、日本人じゃない日本人だからね」

 

 答えながらも何故か胸を張るような仕種。

 そこは踏ん反り返ってまで自慢するところじゃないと思うが。

 

 それにしても、素でやってるのか狙ってやってるのか、すごい分かりかねる。

 わざとだったら大したもんだとは思うけど。

 

「ん……いや、それはとりあえず置いといてさ。それでもシャルとかセシリアさん、ラウラさんとかに追い付くのは楽じゃないと思う」

 

 ん?おお?

 そうやっておどけていた表情が一変、いきなり真面目で真剣なものへと変わる。

 

「何たって年季と経験が違う。シャル達は年単位でISに関わって来てるからね。単純な操縦技術、基礎技術で追い付こうってのはかなり難しいよ」

 

 語られるのは、俺とアイツらとの間に存在する差について。

 鳴り物入りのたった四ヶ月の経験しかない俺と、言わばエリートであって代表候補として鍛えられてきたアイツら。

 機体の違いこそあっても、その機体の性能差の前に操縦者としての大きな技量の差が存在していて、その差は非常に大きい。

 

「でも、やるんだね?」

 

 だけど――まさに、そう、確かに、その通りって物だ。

 

「その言葉、逆に考えれば難しいだけで不可能じゃないんだろ?」

 

 今の俺達の間に、そんな差があるだなんて事は、百も千も万にも承知。

 

「だったらやるさ、やって見せるさ。実力の差は埋める。必ず埋めて、まずはアイツらに追い付くさ」

 

 今の自分に驕りはないし、心には油断も隙も、多分ない。

 そして――やって出来ない事もない。

 自身への驕りでも過信でもなく、前に進もうというそんな気概だけが心に存在している。

 

「まず?」

 

 何やら疑問に思われた様子ではあるが、そういえば今の所、これを言ったのはあの時のラウラに対してぐらいだった気がする。

 でも、それはまぁ良い。

 

 本人の前では中々言い辛いとは思うけれど、別に隠す事でも隠したい事でもないから。

 だから、ここに宣言しようと思う。

 自身への戒めというよりは自らへの決意を新たにする意味も込めて。

 

「ああ……何たって俺の目標は千冬姉なんだからな!」

 

 確かにまだまだ及ばず遠い場所に思えるかもしれない。それでもそこが俺の目指す、必ず至ろうと思える場所だから。

 

 

 

 

 

 

 

「てか、今日はハンガーを案内出来ないで申し訳ないね?」

 

 午後六時過ぎ。

 大分、人も疎らなキサラギ社の食堂で、今、俺達は早めの夕食を摂っている。

 

「いや、良いって。一応、機密とかなんだろ?」

「まぁ、そういう事。あと今日は皆用事でいないんだよ」

 

 料理に手を伸ばしながら話すその内容は、訓練を切り上げた後の施設案内についてと少し期待していた実現しなかった事について。

 本当だったら紹介したい人達がいたらしいのだが、どうにも今日はその全員が出払っているらしい。

 改めて見たいと思っていたアーマード・コアと呼ばれるロボットも、今日の用事がそれ関連の為にここには今はないとの事。

 

 そんでちなみに、シャルロットの奴はラウラと遊びに行っているそうだ。

 

「……そういえば、俺の目標はあの時言ったけど、そっちにも目標とか夢みたいな物ってあるのか?」

 

 何というか、勝手に言い出した俺が悪いとはいえ、交換でじゃないけど聞いてみたくなった。

 あんなロボットに乗ってて、仕事に関しては一応ストイックっぽい感じではあるし。

 それなら何かあるんじゃないんだろうかと。

 

「ん……夢?」

 

 いきなりの質問だったせいか、スプーンを片手に疑問が呟き返される。

 そのスプーンの戦場、目の前に広がるのはチャーハンやらオムライスからなる確実に一人前以上の料理群。

 しかもそれは俺のを含まない一人分、目の前のコイツだけの分。

 前に飯食いに行った時は、見た目通りに少し食が細いぐらいだったと思ったんだけど……今は明らかに俺より食ってる。

 

「そうだなぁ。夢って言われてもピンと来ないけど、当面の目標は今の依頼を完遂してみせる事かな」

「依頼?」

 

 運びかけたスプーンを皿に戻しながらの答えに、今度は俺が逆に問い返す。

 

「そう、依頼。ISを倒してみせるってのと、後は詳しくは言えないんだけど今関わってるプロジェクトを終える事だね」

 

 打倒IS。

 男でも乗れるあのアーマード・コアでそれをするってのは、今の世の中では大きな事だとは思う。

 でも、だ。それがでかい夢なのかどうかは別として、ISに乗ってる人間を目の前にして直接そういう事を言うか、普通?

 まぁ、敵意とか悪意とかが全然感じられないから良いけど。

 

「でも、それが終わったらどうするんだ?」

 

 その言い方だと依頼とか仕事だから、ここにいる事になる。

 つまりはそれを終えたら、ここにいる保証がないって事だ。

 もしかしたら、故郷に帰るのかとも思ったけれど、コイツの家族……とかはどうなんだろうな。

 そういう話題を向こうが話して来ないというのもあって、あんまり踏み込んでは行けてない。

 

「うーん、終わったらか……」

 

 ふと聞いてみると、悩むような考え込むような表情に変わった。

 どうにも将来についてはあまり考えてなかったらしい。

 かく言う俺も目標は掲げていても、あまりというかまったくそういったビジョンは浮かんで来ない。

 

「さぁ、どうだろう?契約が終わったら、北アフリカにまた行こうとは少し思ってたりしてはいるけど」

 

 悩んだ末なのか、とりあえずの事なのか、返って来たのは意外な単語。

 

 北アフリカ。

 確かモロッコとかアルジェリアとかがある地域だと思ったけど、今は北アフリカ共同体になったんだったか。

 いやでも、何でまたそんな大層な所に?

 

「恩人がいるんだよ。当時は捻くれてて何とも思ってなかったけど、恩人がね」

 

 はぁ?捻くれてたねぇ、コイツが?

 そんな事を言われても、とてもそうは見えない。

 単なる自称傭兵で、世間知らずで、日本被れの日本人(仮)である友人なわけだし。

 

「アマジーグさんって言うんだけどさ。今考えれば、どうしてただの生意気な子供にああまで世話を焼いてくれてたのかって不思議に思うよ」

 

 こっちのズレた考えを他所に話は続く。

 何かを思い返しては、少し懐かしそうな表情を浮かべ何度も頷きながらの言葉。

 

「恩人……。というかだ、日本を出るつもりなのか?」

 

 話の流れと内容的にはそういう感じだ。

 少なくとも、ここに残るなんて意味は聞き取れなかった。

 

「さて、ね?行くつもりではあっても実際に行くかどうかはまだ分からないよ。やっぱりその時になって見ないとね」

 

 飄々と受け流したつもりであっても、やはり否定はしていない。

 きっと日本を出る事が選択肢の一つには入っているのだろう。

 それでも、何でもなかったかのように再びスプーンを進めておいしいとか呟いているその様子。

 話について嫌がったのかとも一瞬思ったけれど、そういえばこんな奴だったなと思い直す。

 

 まぁでも、コイツの言葉に一応の納得は出来る。

 先の事なんてまだ分からない。

 目標を達成出来るのかすら分からないのだから尚更。

 

 ……未定未知。

 そういう意味では明日の朝飯をどうするかとか、晩飯の献立はとかってのと大して変わらない。

 飯と一緒にするのはアレだとは思うし、考えておかなくちゃいけない問題だとも思うけど、差し迫った状況でもないから、今は本当に。

 

「……って、ん?」

 

 そんな考え事をしていたその時、食事を再開していたコイツの背後にどうにも場違いな物体が見えた。

 さり気なくただの関係者の振りをするように、座席に着いている金髪。

 こっちの会話が気になっているみたいで何だかそわそわとこっちを振り向いたりしているが、俺に見られている事に気付くと急に振り向くのを止め硬直する。

 それで関係のない振りをしてるんだろうけれど、おい、隠せてないぞ、という意思を込めて、じっと改めて見遣ると一瞬振り向いたその瞳と視線が合わさっていく。

 

「あ、あはははは……」

 

 すると、罰が悪そうな笑顔を浮かべ座席から立ち上がったその存在。

 その身に纏うワンピースが、この社内食堂という場所ではどうにもやっぱり浮いている。

 

「あれ、シャル?お帰り」

 

 うまうまと食事を再開していたコイツが、そんなシャルロットの声に振り返ってはいるのだが。

 

「う、うん……ただいま!一夏はいらっしゃい」

 

 傍目から見ても、シャルロットの反応は何だかいつもより鈍いような気がする。

 

「おう、お邪魔してる」

 

 それでも、こっちに振って来た挨拶には挨拶で返していく。

 

「ラウラさんとのお出かけはどうだった?」

「うん、楽しかったよ!……ちょっとしたハプニングも色々あったけど」

「そっか。そりゃ良かった」

「ホント、まったく良かったよ。何て言っても今日はね……」

 

 そうして俺を置いてけぼりにするようにして始まったのが、ラウラと出掛けたという今日についての会話。

 さっきの違和感が勘違いだったかのように、今はいつも通りの二人といった感じだ。

 陰り?も真剣な様子もどこへやら、何だか楽しげな様子で歓談が続く。

 

「あ、そうだ。……一夏、少しお願いがあるんだけど良いかな?」

 

 すると、そんな二人の会話からはみ出して、シャルロットがこっちに話し掛けてきた。

 話というよりは頼み事か。浮かぶ表情は明るい物なだけに深刻ではなさそうな頼み事。

 

「今度、動物園に行こうと思ってるんだけど、一夏も一緒に来ない?」

「へ?俺も?」

 

 その頼み事とは意外も意外。

 何故かホントにどうしてそれは、俺を誘うその言葉。

 まぁ、何で動物園に?というのが先に疑問に来るんだけど。

 

「うん。実はラウラって動物園とかに行ったことがないんだって。だから、私も日本の動物園とか地理とかには詳しくないからさ、出来たら案内とかしてもらえないかって」

 

 あー、なるほど。

 ラウラの為にってのがあるのか。ラウラもラウラでこういった事には無縁だったらしいからな。

 夏休みというのは確かに良い機会なのかもしれない。

 

「あ、もしかして?」

 

 ……いやでも、無縁そうなのはこの場にもう一人存在していた。

 

「うん。僕も行くけど動物園とか初めてになるね」

 

 視線を送ると、返ってくるのはそんな言葉。

 パンダがどうこう言ってるが、その意図についてはよく分からない。

 

 いや、それに関しては、ひとまず置いといて、だ。

 

 正直、案内を……とか言われても困る。

 一応、千冬姉に連れて行ってもらった事こそあるけど、かなり昔の事だぞ?

 経験と言えば経験に入るんだろうが、そんな子供の頃の事を経験とは言えない。というか、詳細についてなんか覚えてすらないし。

 

 ……でも、コイツもラウラもシャルロットも日本に詳しいってわけじゃないんだよな。

 

 しかもよくよく考えてみれば、学園を卒業したら俺達はそれぞれの場所に帰らなきゃいけないのだと思う。

 こうして話したりしていられるのも、今年を合わせてあと二年と半年ぐらい。何せセシリアや鈴やラウラなんかは国の代表候補で、だからこそ、それは日本にいられる期限とも等しくて。

 入学して今までがあっという間に過ぎた事を考えると、その時間は長いようでとても短い物だ。

 

 その短い時間で何をするのか、何が出来るのか。そんなのは全く分からないし想像も付かない。

 

 だけど、日本にいる間ぐらいは日本を楽しんでいってもらいたいと、そう思う。

 日本=動物園ってわけじゃ決してないんだけど。

 

「……分かった、いいぜ。俺も行く」

 

 だったら、その楽しんでもらうための案内役ってのも悪くはない。

 むしろ、夏だけじゃなくて日本には四季折々のイベントがあるんだから、これからはそういった物を紹介していくのも良いのかもしれない。

 

「ありがとう、一夏」

 

 まぁ、こんな風に感謝されるのも悪くはないしな。

 

 それにしても、今後の予定となるとどうするか。

 確か、箒も鈴も居残り組でセシリアももう帰って来てるはずだ。そんでラウラは今日、シャルロットと一緒に遊びに行ってて……。

 

「それじゃあ、あともう一つお願いがあるんだけど、良いかな?」

 

 皆いるんだし、どっかにもっと案内出来ないかなと、今後の予定とりあえず今月の予定を立てようかと考えていると、シャルロットから追加のオーダーが掛かった。

 

「あー、分かった。それも了承するよ」

 

 まぁ、何だか今度はにこにこしてるし同じような事なのだろう。

 ついでだし、答えは待たず了承了解、依頼を請け負う。

 請け負うと言うと何か探偵とか傭兵っぽく聞こえる。けれど、今もそこで美味そうに食ってる自称傭兵の仲間入りをしたわけじゃない。

 

 そして、そんな軽い気持ちで答えてみると、シャルロットは笑みを深めて俺にこう言った。

 

「それじゃあ一夏、今晩ラウラの事を動物園に誘ってくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 昼間と同じように車で送ってもらい、うぃーす、おーすと別れを告げて自宅へ至る。

 

 思っていたよりも帰りが遅くなってしまったので、急いで洗濯物を取り込み、少し湿ってしまったそれらを帰ってきて真っ先に部屋干し。

 それが終わり、夕飯は向こうで摂ったわけだしと何をしようか考えていると、携帯でなく家の電話に留守電が入っていた事に気付いた。一体誰だろうとすぐに確認。

 

 まぁ、家に留守電なんてのを律義に入れてくるのは一人ぐらいしかいない。というか知らない。

 

『……一夏、すまんが今日明日と帰れそうにない』

 

 再生ボタンを押して聞こえてくるのは、そんな感じの千冬姉の声。

 千冬姉も向こうに部屋こそ持っているものの、夏休み中はこっちから学校に通勤するとの事だったのだけれど。

 

「千冬姉も忙しいからな」

 

 ホント、千冬姉は未だに忙しそうで、まだこちらには二度程帰って来たっきりだ。

 前に山田先生から聞いてみた所、よく分からない上に何とも仰々しい肩書きが幾つも出て来ていたから、しょうがないと言えばしょうがない事なんだろうなとは思う。

 

 でも、世間は夏休みだっていうのに大変みたいだ。

 もしかしたら、ろくに休めてないんじゃないだろうか?体調管理はきちんとしているはずとは言っても。

 

 うーむ。あのずぼらな千冬姉だから何だか心配だ。大丈夫だとは思うけど。

 ……今度、帰って来たら、何て言うか、日頃の感謝の意味も込めて精の付く料理にマッサージにと色々労ってあげよう。てか、そうしよう。

 

「と、そうだ。電話、電話っと」

 

 すっかり洗濯物と千冬姉とに集中してしまっていたが、今日の俺にはまだやるべき事が残ってた。

 シャルロットと約束したラウラへの電話だ。

 もうとっくに夜になってはいるけど、伝えるなら遅くなる前の方が良いだろう。

 

 家の電話だと面倒なので携帯からダイヤル。

 電話帳からラウラの番号を引っ張り出し、早速掛けていく。

 

 聞こえてくる電子音。次いで向こうときちんと繋がった事で鳴る、呼び出し音。

 二三度それが響くと、ラウラが呼び出しに気付いたようで通話状態に。

 

「もしもし、おす。ラウ――」

『い、いいい、一夏かっ!?いき、いきなり、電話なんか寄越して、一体何が!?』

 

 だけど、そんなラウラの状態は何か異様に色々とカオスだった。

 いつもの冷静さやクールな感じがどこかにすっ飛んで、とにかく慌てふためている。

 いや、一体、なんだこれ?

 

「……まぁ、ラウラ、とりあえず落ち着こう?な?」

 

 驚愕と唖然が先行逃げ切りでフライング気味に飛び出してはいるが、とにかくまずは荒ぶるラウラを鎮めなくてはいけない。

 説得、交渉?、さしづめ俺は期間限定のネゴシエーターか。

 

 ラウラを刺激しないように声を掛け、その気分を下方へと誘導する。

 やがて、ラウラはこちらの説得に応じ、何かをぶつぶつと呟きながらも深呼吸を始めた。

 

『……うむ。いや取り乱してすまなかったな。こっちもこっちで色々と取り込み中だったんだ』

 

 そして、戻って来たのはいつものラウラの姿というか声だった。

 

「取り込み中?何かの用事か?忙しいならまたかけ直すけど」

 

 何より突然だったしな。

 ラウラも一応部隊の隊長だと言うし、忙しい中で電話をしてしまったのならそれはすまなかった。

 多忙故の苛つき?なのかは分からないけれど、だったらさっきのもしょうがない。

 

『いや、いい!大丈夫だ!……用事ならもう今、そう、ついさっき終わったところだ』

 

 さっき?

 ああ、なるほど。深呼吸とかしながらも作業してたって事か。

 それでも忙しいんだろうな、管理職って。千冬姉もそうみたいだし。

 

『そういえば、今日は一体どんな用件なんだ?いきなり電話なんぞ掛けてくる物だから驚いてしまったぞ?』

 

 やっぱり、このタイミングはまずかったんだろうか?

 

「……もしかして、迷惑だったか?」

『と、とんでもない!いつでも掛けて来てくれて構わん!ただ、さっきは心の準備という物がな……』

 

 改めて尋ねてみると、何だか最初に戻りそうな慌てた様子。

 というか、いくらなんでも、いつでも構わないってのは大袈裟だろ。

 

「心の準備?……まぁ、いや、それなら。今日も遅くならない内に本題に入るぞ?」

 

 時間が経つのなんてあっという間だからな。遅くなり過ぎても、それこそラウラへの迷惑になる。

 

『……本題?』

 

 そう。本題、主題、本目的、どれに言い直しても良い。

 今日はこれを伝える為に電話を掛けさせてもらったのだから。

 

「なぁ、ラウラ。今度一緒に動物園に行かないか?」

『――――』

 

 そうして、ようやく誘ってはみたものの……ラウラの反応がない。いや、消えた。

 

「シャルロット達も一緒なんだが……って、おーい、聞いてるかー?」

『――――』

 

 声を掛けども、変わらず反応なし。

 今日の目的を告げた後、不意に息を飲むような声が聞こえたと思ったら、ホントいきなり消息が絶たれた。

 受話器の向こう側にいるのは確かなんだが、うむ、何か微かな呼吸の音さえ聞こえない気がするのは問題がない事なんだろうか。

 

「……ラウラ?」

『……はっ!き、きいている。ちゃんと聞いているぞ。ま、ま、まさかそれは……!』

 

 お、ようやく復帰か。

 

 再度名前を読んでみると、停まっていた分の時が一気に動きだしたかのように、いかにも唐突な感じで何やら派手で大袈裟な反応を見せてくるラウラ。

 

 しかし、今日のラウラは全体的に挙動不審な気がする。

 始めはカオス、さっきは慌てて、これまたさっきは黙り込んで、今はまた慌て出して……。

 やっぱり何かあるんじゃないのか?

 

「えーと、ラウラ。それで、行けるのか?用事とかあったりは」

 

 仕事を邪魔しちゃってるなら、無理はしないで欲しいもんだけど。

 シャルロットとの約束を破る事になっても、また明日の暇な時にでも電話は出来るんだし。

 

『いや、大丈夫だ、大丈夫だとも。用事などない。あったとしても亡くして見せる!』

 

 ……用事がないのはそりゃ良かったけど、なくして見せるってどうなんだ。

 隊長であるラウラの権限ならそれも不可能じゃない、のか?

 

 それはともかく。

 

「まぁ、それならよかった。詳細は後で連絡するからな」

『うむ、わかった。私もその日を楽しみにしている!』

 

 でもラウラは喜んでくれているみたいだから、そんなのはとりあえずどうでも良い事だ。

 ただ、こんな事だけでこれだけ喜んでもらえるなら。

 

「それなら、俺も誘った甲斐があるってもんだ」

 

 自分のした事を誰かに喜んでもらえる。

 これって結構嬉しいし、中々に幸せな事だと思う。

 

『さ、誘った。……やはり、これはつまり!?』

 

 でも、やっぱりラウラの挙動不審な様子は気掛かりではある。

 理由が嬉しさ余ってとかなら可愛いもんだけど。

 

「ラウラ、今日はとりあえずそれだけだ。それじゃ、またな」

 

 仕事があったみたいだし、これ以上引き留めてもまずい。それに時間も時間なので今日はこれぐらいにしておこう。

 

『あ、ああ。また今度!』

 

 そうして返ってくるのは、ラウラの意気込んだ返事。

 元気があってよろしい。だけど、仕事にも何事にも程々にな。

 

 そんな事を言えずか否か、楽しげだったラウラの声を最後に通話が切れていく。

 聞こえる電子音、役目を果たした携帯。

 

 それを片手にソファーに身体を投げ出していく。

 

 何やらラウラも愉快な感じになったもんだ。初めての動物園にあれだけ喜んで。

 

 まず思うのは、堅いながら本当に愉快な性格になった、目標を共にする同志について。

 面白い奴だと考えながらも、仰向けに横たえた身体、右腕を頭上の電灯に掲げるように上げる。

 次いで考えるのは銃の感触。かなりの数をずっと撃っていた影響か、少し筋肉痛になっていた右腕もISの恩恵によってか今はその痛みが消えている。

 

 何とも相変わらず反則的な便利さだなと、そんな感想と共に今日の事を振り返る。

 

 射撃練習と交わした会話。

 今日、本来の目的は射撃の練習だったつもりだったのだけれど、何だかそれ以外のプラスアルファの事の方が強く印象に残っている。

 

 それは聞いた話、得た情報、思い出した物。

 戦闘におけるアドバイスとアイツの夢。

 シャルロットからのお願いとついさっき掛けたラウラへの電話。

 まだろくに考えちゃいない学園卒業後の事。

 そして何より忘れてはいけない、箒の言葉。

 

 大切という意味では多方に渡り様々な物ばかりだけれど、全部が全部、重要な事には変わりない。

 その中でも俺がどうこう出来る事は意外と少なく、共通するのは考える事ぐらいか。

 

「さて、でも、まずはそうだな……」

 

 直近という意味では、アイツらへの案内ツアーの計画なんてのが良いかもしれない。

 

 戦い方なんてのはぶっちゃけ俺一人じゃ手に余るし、願い事はやり終えて、箒の事は……箒、箒か。

 

 そういえば、篠ノ之神社での祭りがそろそろのはずだ。

 祭り、花火、後は何と言ったか踊りじゃなくて舞い?

 

 最近は行ってなかった物だし、昔は箒が舞いをやってた気がする。

 いかにも日本って感じだし、何だかアイツらが喜びそうな要素が詰まってるな、これ。

 

 だったら、案内の一環として皆を誘ってみるか。動物園の後になるけど。

 でも、あれだ。箒は多分、俺達が来るだなんて思っていないから、これはもうサプライズとしてやるしかない。

 

 そうと決まれば、町内誌に色々あった気がするし、早速、調べてみるとしよう。

 

 夜は夜、探して調べて色々決めようとすると遅くなりそうではあるけれど、今は夏休み、夜更かし寝坊は何のその。

 そんなのは学生の恒例行事。体調を崩さない程度なら、少しぐらい許されるってもんだろう。

 

 そんなこんなの夏休み、訓練と友人と計画と。

 

 こうして俺、織斑一夏の夜は、平常通りとは少し外れながらも、何だかかんだか過ぎていく。

 

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