Acxis   作:ユ仲

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Chapter3-5

 ――速い。

 

 それが、この相手の第一印象だった。

 

 公開されている映像データ――対ブルーティアーズ戦及び対シュヴァルツェアレーゲン戦のもの――から想定していた機動性を確実に越えているだろう。

 とは言っても、日頃からあたしが相手にしているIS程では流石にない、はず。

 

 だけど、俊敏且つ機敏、思わず目を見張る程の軽快な動きに加えて素早い反応と対応。互いの速度差を利用して死角を狙おうとすれば、返ってくるのはこちらの動きを阻止するように熱量弾がすかさず迎えてくれる。

 それを為すのは敵機。本来の相手だったあのレイヴンの駆る黒い機体よりも、全体的に細身のシルエットを持つ白い機体。

 彼女の示す対応の一つ一つ、その動きや動作にはフェイクが仕込まれ、明らかにこちらの捕捉を欺こうとしている。

 いくらISにハイパーセンサーが備わっているとは言え、相手の動きが止まり、こちらが加速するわけじゃない。確かにこれは強力な機能ではあるけれど、それは相手の動きが見える、ただそれだけのものだ。

 

 そしてそれらを総じた結果として現れるのが、着弾の衝撃によって舞い上がる土煙と表面を削られたグラウンド。

 

 つまり、未だに相手は健在。

 

「……っ!またっ!?」

 

 そう、また外された。

 撃ち放つ衝撃砲が敵機ではなく大地だけを穿っていく。

 一度ならず、何度も何度も……。

 

 何故?理由は分からない。

 読まれている?砲身も砲弾も相手には見えていないというのに?

 誘導されている?この行動の全てを?

 

 ……駄目だ。とにかく落ち着かないと。

 今の状況、思った通りに行かないこの戦況に対して、少し疑心暗鬼になっている。

 

 機体のスペックはこちらが上。それは把握済み。頭には既に叩き込んである。

 単純な装甲ではあっちが上なのかもしれないけれど、機動性、総火力なんかは確実にこちらが上だ。

 

 つまるところ、負けるはずがない。

 

 湧き上がる思いは自身の技量への自信から、相棒である『甲龍』への信頼から。

 別に相手を過小評価しているわけでも、自らへの過信というわけでもない。

 一般的に客観的に、誰が見てもこう判断するはずだ。

 

 なのに。

 

「いい加減に!!」

 

 相手を追いながら、再び放つ衝撃砲。

 

 やはり再びそれが回避される。

 動きの強弱。ストップ&ゴー。時に止まり時には加速し、こちらの狙いが翻弄される。

 

 読まれている。攻撃を誘われている。そうとしか考えられない。

 確実なタイミングで仕掛けているというのに、寸でのところでのステップ、またはブースターを用いた急激な軌道変更によって躱され続けていく。

 

 それは、もう軽やかに。

 それは、まるでこちらを嘲笑うかのように。

 

「……っ、そんなもの、当たら、ないわよっ!」

 

 撃って撃って避けられて、逆に撃たれる。相手からの反撃。

 退がり避け続けながらもこちらを狙う銃口、そこから放たれる高エネルギー性の熱量体を、今度はこちらが避けていく。

 でも、相手が見えているようにあたしにもその攻撃は見えている。狙いが見えている。

 

 一つ、二つ、三つ。

 こちらの回避機動をも考慮して放たれただろう、三連射。

 

 正確に狙いの一撃目を飛行軌道の微修正によって回避。

 一撃目より目標を少しずらされ飛来する二撃目、三撃目にはバレルロールのように機体を回転させ、その予測軌道の間をタイミング良く通り抜ける事で対処。出来るだけ速度を落とさないように避けていく。

 

 しかし、こちらが回避に意識を割いている間にも、敵は我関せずとひたすらの後退を続け、ただただ距離を離そうとする。

 

「こ、の……!」

 

 だけど、逃がすまい。意識はさしずめ猟犬のように。

 追撃の意志と共に相手を追い、機体を更に加速させていく。

 

 

 逃げて逃げて逃げ続ける敵。

 その狙いはおそらくこちらの攻撃力の減衰。すなわち、衝撃砲の無力化。

 

 件の武装。甲龍の持つ唯一の射撃武装である衝撃砲『龍咆』は、機体を制御するイナーシャルキャンセラー技術を用いて為される空間圧作用、それを利用した特殊兵装だ。

 

 そもそも衝撃砲から放たれるのは銃弾でもエネルギー兵器でもない。

 甲龍の砲台たる非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)によって造り出される高圧空間と大気圧との圧力差を利用する事で当該空間内の空気に指向性を与え、そこで高密度に圧縮された空気を砲弾として高速で撃ち出している。

 

 その武装としての特徴は、まず機体制御用のPICを応用し、また砲弾を撃ち出すのに圧力差を使っている為、砲撃時のエネルギー負荷がかなりの低レベルである事。

 次に空気を砲弾としている為に消費資源もなく弾薬消費もなく、しかも圧力差によって次弾となる空気が即座に取り込まれる為、連射も効くという事。

 

 これらが衝撃砲の大まかな特徴であり、メリットとなっている。

 しかし、メリットに対して、デメリットも確かに存在していた。

 

 それは通常兵器に比べると射程があまり長くないという事。

 

 いくら高密度とは言っても分子間、個々の結び付きは銃弾などの金属体よりは遥かに低く脆く。指向性こそ与えられてはいても荷電粒子砲のように高いエネルギーを与えられているわけではない。

 

 つまりは、直進性に乏しくその進行距離に反比例して霧散し、威力の減衰が起きやすい。

 

 その為、近距離格闘型に分類され、距離減衰のほとんど起こらない近距離戦闘が想定されるこの甲龍には、衝撃砲が主武装として選択されている。

 

 では、そんなあたしの甲龍を相手にする場合、敵はどのように戦うのか。

 それはある意味、戦闘の基本中の基本として当然の帰結を見せる。

 

 ――射程外(アウトレンジ)からの一方的な攻撃だ。

 

 この今日の相手においても、射程の長くない衝撃砲に対して、アウトレンジからのエネルギーライフルによる射撃狙撃が行われている。

 しかも、このエネルギーライフルはシールドバリアでは中々防ぎ切れないレベルの出力であり、当たれば確実にこちらを削り取ってくる厄介なもの。

 いわゆるローリスク・ハイリターンとでも言うのだろうか。

 

 だけどこれもまた当然の事ながら、相手が距離を離し射程外から遠距離で狙うのであれば、こちらは接近して機体の本領である近距離戦闘を狙っていく。

 普通なら、これは言う程簡単な事じゃない。

 でも単純な速力に勝るISでなら、それ程難しい事でもない。……本来であれば。

 

 

 退がりながら放たれる光弾を避けながらも、敵との距離を段々と縮めていく。

 接近距離ならば、小回りが効いて且つ機動性に優れるこちらが断然有利。

 

 そう考えながら敵へと追い付こうとするのだけれど、何かと妨害されているのが今の状況。

 それに加えて、敵にはまだ未知の武装が存在している。

 

 敵の右背部の箱状ユニットも気になるけれど、それより意識がまず向いていくのは左背部に折り畳まれている今まで使う素振りのない砲とおぼしきもの。

 見る限りでは、その砲身はあまり長い物じゃなくて、敵が右腕に持つエネルギーライフルより少し長いぐらい。

 構造からの推測だと、ラウラに撃ち放っていたグレネード砲でもなさそうだ。それほどの長砲身じゃない。

 

 まぁ、どちらにせよ、取り回しに優れないように見えるエネルギーライフルとその武装。

 懐に入ってしまえばと引き続き衝撃砲を放ちながらの接近を試みる。

 

 ほとんど狙いを付けていない砲撃、衝撃砲による牽制。それに対しても相手は変わらず異様な回避運動を大いに見せてくれる。

 しかし、ここで不思議なのは、こちらにその肩の砲を撃ち放とうという気配や姿勢が何故か全く見られない事。

 

 距離?タイミング?一体、何を待っているのか。それともただの示威的な脅しに過ぎないはったりなのか。

 何れにしろ油断は禁物。その左背部の砲身に注意を割きつつ距離を詰めていく。

 

 前へ。

 この身を襲う光を見極め、前進。

 徐々に確実に大きくなってくる目標に対して、両手で握る双刃の青龍刀型実体ブレード『双天牙月』をより強く、改めて確かに握り直す。

 

 接近戦の意気込み気合準備。そんな事を内心していたその時、こちらに降り懸かっていた射撃が突如中断された。

 見れば、敵はライフルのカートリッジを投棄、その換装を開始しているのだけれど、不具合でも生じているのかどうにも手間取っている。

 

 ――チャンス!

 

 脳裏に浮かぶそんな文字、これは完全な隙だ。

 こちらの動きを、甲龍の前進を妨害阻害していた邪魔な迎撃が消えている。

 せっかく空いたこの時を、見逃すわけにはいかない。

 

 イメージ・インターフェイスを通して、機体が進むイメージを甲龍へと伝えていく。

 加速を最大に。速度を最大に。

 

 思い浮かべるイメージを機体が応え、景色がさらに速く、さらに滑らかに走り出す。

 風を切る音が聞こえる。でも、急加速に伴って生まれているはずのGを全く感じない。

 それは全て機体が受け持ち中和してくれている。

 

 だから、今は目の前に集中。思考は一点に。

 空いた隙を決して見逃さず、ただ戦いを決定付ける一撃を叩き込む事に。

 

 まずは準備段階、無防備となっている相手に衝撃砲を放っていく。

 狙いは曖昧、ただ相手の動きを限定させるのが目的なのだけれど。

 

 反応。回避、回避、回避回避回避。

 

 本当に異様、いや異常な光景だった。完全に見極めているとしか言えない機動。至近弾直撃弾のみを、ただそれだけに反応して避けて見せている。

 いくらおおざっぱな狙いとは言っても、ここまで綺麗に避けられると少し自信が失くなりそう。苦笑いさえ浮かんでくる。

 

 だけど、相手がその機動を回避に費やしたそのタイムロスと引き換えに、距離は確実に急速に縮まってきていた。敵はもう、すぐ目の前に。

 

「――食らいなさい!」

 

 そして、放つ衝撃砲と共に双天牙月を上段に。声と共に更なる一瞬の加速。

 一刀両断のイメージを脳裏に浮かべ。速度は青龍刀に確かに乗せて、相手の頭を叩き潰すようにして振り下ろしていく。

 

 しかし……周辺に飛び散るのは砂土の大小の欠片のみ。刃は敵を捉えず、ただ大地だけを割っていた。

 

 一方で、こちらの動きを見切るように、片足を軸に半身を引く事で斬撃を回避した当の敵機体。白い機体。

 その動きにただの回避とは違う動作が見て取れた。

 

 ――警告。敵性目標、左腕部エネルギーブレードを起動。注意してください。

 

 投影ディスプレイに、脳裏に、甲龍から伝えられる注意の喚起。

 でもそんなのは、言われるよりも先に理解している。

 振るわれる光を、高エネルギー性のそれを、あたしは既に視界の内に捉えているのだから。

 

 目と鼻の先、熱と空気を焼く臭い。薙ぎ払われるその淡い赤色光をPICのコントロールによる急速後退で何とか躱した。

 

 予想していたそれより、その刀身は短く分厚い。

 エネルギーブレードはエネルギーブレードであっても、映像で見たレイヴンのそれとは別の種類、別の装備のようだ。

 

 いや、それはこの際どうでもいい。今は目の前に集中する。

 

 回避の為の急速後退。

 次いで即座、運動を反転。PICでの加速、後退から一転しての突進を決行する。

 右の腰溜めには下がりながら引き戻した、双天牙月。それを今度は目の前の敵、そのコア部を狙い、叩き付けるようにして振るっていく。

 

 横薙ぎ、両手には物体を打ち砕く確かな感触。

 でもその感触もまた、本来求めていた物ではなく、打ち砕いた瞬間、双天牙月とそれとの間に爆発が起こる。

 自身をも巻き込んでの爆発。吹き飛ばされたりはしないものの、怯んでしまうには十分なもの。

 おまけに至近距離、むしろ零距離といって良い程の場所で起こった為にシールドエネルギーが少し削られた。

 

 まさにその行動は、咄嗟の反応だったと言っても差し支えない。

 突っ込むこちらに対してのあちらの対応。

 エネルギーライフルの投擲。

 それ程強く投げ付けられたわけではなかったけれど、進行軌道上に侵入して来たそれに対して、思わず身体が反応してしまった。

 

 舞い上がった煙の向こうでは、既に体勢を整えた敵が再びの後退を始めている。

 ライフルを失ったにも関わらず、それでも退いていくその姿勢。衝撃砲の回避に関して余程の自信があるのだろう。 

 

 そんな自信から見て取れるのは、先程の投擲も偶然ではなかったという事。

 元々、ブレードが避けられるのを見越していたのだと思う。

 そうでもなければ、あんな行動をあの極短時間の間で判断できるはずがない。

 

 正直、何から何まで、相手には行動を読まれている気がして嫌な気分だ。

 この状況に際しては相手の予測と洞察力を褒めるべきなのか、それとも押しているはずなのに翻弄される自分の未熟さを嘆くべきなのか、よく判別もつかない。

 

 まぁ、でも一つだけ確かなのは、相手が攻撃方法を一つ失った事。微笑のシールドエネルギーと引き換えにその結果を引き出せたという事。

 例え自分が未熟だとしても、結果としては上々。順調なはずだ。

 

 だからとにかく、今は相手を追撃。距離を再び詰めていく。

 

 機体を前進。加速。再度の接近。

 相手も観念をしたのか、左腕のブレードを展開してのこちらを迎え撃たんとする構え。

 それはこちらにとっては好都合な事。速度は落とさないままに敵機の下へと飛び込んでいく。

 

 さっきの振るわれた一撃で、相手のブレードレンジという物の把握は出来た。

 あとは、敵の狙いがおそらくカウンターでの一撃だろうとは言っても、その一撃がどこまでの踏み込みをもって為されるのか、それが問題になって来る。

 

 一撃のダメージは馬鹿に出来ないので、まずはブレードに要警戒。

 けれど、そんなカウンターをも避けてその懐に入り込んでしまえれば、こちらの勝利は不動のものへと変化するだろう。

 

 その為にも、目の前の目標に対して一挙一動に細心の注意を払う。

 腕部に脚部、行動には動作が必要となるのは当然の事だから。その予備動作さえ見落さなければ、避ける事なんて簡単な事なのだから。

 

 前進、接近。

 砲撃はあえて当てない。

 相手が止まってくれている今、余計なアクションを起こさせては逆にこちらの見極めの相手の妨げになりかねない。

 

 さらに接近。

 ある種の欺瞞として双天牙月を構える。

 相手にこちらの仮の狙い、そのイメージを植え付けておく為に。

 

 さらに。

 機体は先程の一撃と同じ距離に至る。

 それでもまだ変化はない。なら、あたしは進みながら相手を待つ。

 

 そして、それからもう一瞬を迫ろうとした、その時。

 

 遂に敵が動く。

 

 ハイパーセンサーで捉えられる情報。

 踏み込むによって沈み込む大地、連動するように円を描こうとする、光の刃先。軌道は一撃目と同じく薙ぎ払い。

 今度はタイミングを一寸ずらした事で後ろにも逃がさないようにする寸法だろう。

 

 だけど、その目論見をこちらも既に把握済みだ。

 元より、この場で退がるつもりはない。

 

 進むべき道は――決まってる。

 

 踏み込みと腕部の動作により軌道を予測。視界に提示されるのは接触のタイミングと軌道ライン。

 その表示に則った回避行動。体勢を低く取りつつ加速し、あえての前方へ。襲い来る光の下へ。

 

 ラインをなぞり、頭上の寸前をブレードが通過。すぐ目の前、左方向には、鳥を模したような白く華奢な敵の脚部。

 でも、それを視界に収めながらも、あたしは敵機体の左を通り抜けていく。

 

 直後に広がる開けた光景。照明に照らされた無人のアリーナ。

 その一瞬を認識すると同時に機体を旋回。急速反転。敵の背中を自らの瞳に捉えた。

 

 そこでは、左腕ブレードを振り切った体勢の相手が死に体を晒し出している。

 それはチャンスであり、隙であり、今度こその決定的なシチュエーションだった。

 

 ――獲った!

 

 これ以上が望めない状況に勝利を確信しながら、衝撃砲を無防備な背中に撃ち放つ。

 

「え?」

 

 その時、突然ブレる視界。ブレた視界。目の前からは敵が消失。砲弾は検討違いの宙を穿った。

 事態の把握は直ぐに、既に。状況には少しの呆れをも伴う。

 レーダー上にも肉眼でも、遠くなっていく敵機はきちんと確認が出来ている。

 

 つまり、要するに。起こった事を言葉にしてみれば、相手に必勝の一撃を撃ち放とうとしたまさにその時、機体左からの攻撃によって自分が吹き飛ばされていた。

 

 衝撃。一瞬、見えたのは白い脚部。

 直後にセンサーが捉えていたのは、肩部ブースターの噴射光。

 おそらくは、両肩のブースターによる急旋回、その回転力を利用した打撃、蹴撃。

 

 ……あー、もう、はっきり言って無茶苦茶だ。そんなの想定もしてなかった。ていうか、してるはずないじゃない。

 

 機体を制御。機体に与えられた慣性をPICで打ち消しながら、そう思う。

 また、シールドエネルギーが少し削られている。

 ISアーマーへのダメージこそ大してないものの、シールドバリアだけでは中和し切れなかった。

 

 確かに、こちらの数倍以上はあるだろう機体重量に加えてのあの回転力。

 それから得られたエネルギーを、一挙にドーンとぶつけられたら完全には防ぎ切れないか。

 

 でも機体の運動を完全に再掌握、空中に停止しながら考える。

 そんなのは、こうやって一度見せてもらえば次はない、と。

 そうして体勢を整えて再度敵に迫っていく。

 

 再びの高速状態。センサーで捉える白いシルエット。

 

 こちらの動きに呼応するかのようにまた退がり始めた敵機。こちらが放つのは衝撃砲。

 だけどやっぱり当たってはくれない。偶然にも期待は出来ないらしい。敵はそれを最小限の動きで防いでいく。

 避けて避けて、時には幅広のブレードを盾にするようにして。

 

 ん?ブレードを盾に?

 何だか気にかかる行動。思えば、先ほどと違ってより慎重に機体をなるべく振らさないようにしている感じにも見えない事もない。

 ちょっとした違和感はあるけれど、勢いはこちらにある。きっと些細な事。余計な意識を振り払って、こちらは進む。

 

 とりあえず気を付けるべきは、一にブレード、二に格闘。

 見掛けの細さにそぐわない戦闘方法には、何だか器用な相手だな、と関心のような驚きのような気持ち。

 どうにも、優位に立った戦況に対して心に少しの余裕が出来た気がする。避けられ続けたせいで生まれていた焦りも今は消えている。

 

 まぁ、とにかく、今はその二つに気を付ける。見極め躱し攻撃を叩き込む。

 極めて単純な目的に落ち着いた思考を伴って、機体と状況は進行。白い機体を確実に追い詰めていく。

 

 左右に機体を大きく振って、相手がそれに反応する様を見ながらの接近。

 

 こちらは相手の動作を見ながらの行動、相手はこちらがどう出るのかを迷いながらの行動。

 状況的にも心情的にもこちらが有利と言えるだろう。

 やがて、相手の動作は予想通りの推移を見せる。一か八か、賭けに出たのか踏み込まれていく脚部、一瞬揺れる刃先。

 あたしはそれに反応するまま、機体を動かして。

 

 ……警告音が告げられる。

 

 ――警告。敵、左背部武装の作動を確認。

 

 有利、優勢、戦況。

 自らが置かれた状況、そんな要素に対しての勝手な判断。

 つまり、あたしはその時、完全に油断をしきっていた。

 

「なっ……」

 

 ブレードはブラフ。踏み込みもブラフ。もしかしたらライフルの損失さえも?どこからどこまでがそうなのかは分からない。

 けれど、これは罠。こちらを誘い込む擬餌のようなもの。

 

 急速回避。緊急回避。敵の左背部武装、その構えられた砲口から逃げるようにして、退がりながらも不規則に機体を動かしていく。

 

 でも。

 

「……っ!」

 

 敵の放った砲撃が甲龍を捉える。

 

 機体に走る衝撃と共に、シールドエネルギーが先程までの比ではない減少を見せた。

 しかし盾代わりにと、咄嗟に双天牙月で身体を守るようにしたのが効を奏したのか、いや、後方への退避行動のお陰かもしれない。一応、ISアーマーの損傷はまだ小規模で収まっている。

 だけど、損傷の範囲は狭くはない。防いだ顔や胴体はまだしも、腕部や脚部、アンロック・ユニットにまでダメージが及んでいる。

 

 あれは範囲攻撃だった。確認できたのはこちらを襲う無数の弾丸。

 空間に拡がりながら襲い来るそれに対して、回避運動なんてのはほとんど意味を為さなかった。

 きっと、選択すべき対処は防ぐか退くかのそれらだけ。

 こちらの動きを読んでいる傾向にある相手に対しては、単純な回避の選択を取るのが少し危険に感じられてくる。

 

 発射された多数の弾丸、あれはおそらく対シールドバリアを考慮して作られた物だと思う。シールドバリアを削り取る事を目的として作られた武装。

 

 確かにシャルロットも、同じようなコンセプトである対シールドバリア用のショットカノンを使用してはいた。

 だけど、IS用のそれとこちらに向けられたあれとでは、根本的にその大きさが違う。

 サイズ差では倍以上はあるだろうか。威力もそうなるのかは分からないけれど。

 

 あたしがさっき受けたのは、離れながらの一応の距離があっての被弾だったから、まだダメージも小さかった。

 でも、もし至近距離であれをまともに受けたのだとしたら、シールドバリアどころじゃなくて、下手をすれば身体を刔られ墜とされるのではという恐怖さえ感じさせてくれる。

 

 ……厄介、非常に厄介だ。

 

 やっぱり取回しはよくないだろうけれど、その攻撃範囲は広くて、尚且つ、相手は知らないじゃなくてよく分からない相手。何をしてくるのか予測の付かない正体不明の相手。

 

 それでも、セシリアやラウラが勝って私だけが負けたなんていうのは、代表候補としても色んな意味でのライバルとしても認められやしない。

 

 その為にも気を引き締める。迂闊な行動も油断も、もう無しだ。

 とりあえず様子見、慎重に。

 

 相手との距離を取りながらの思考。

 当の敵機体は、離れていくこちらの様子を窺うように、じっとその場で立ち尽くしている。

 相変わらず、左肩の大型ショットカノンはそのまま展開中。これもまた変わらずの迎撃狙い?

 

 いや……来る。

 こっちが動かないのに痺れを切らしたのか、動き出している。

 

 センサーが音を捉える。

 吸気音、どこか甲高いその音。

 直後、敵機体が急加速。高速でこちらに向けての移動を始める。

 

 迫る敵に対しては、今度はこっちが退がりながらの対応。

 相手に距離を縮められないようにしつつも、衝撃砲で相手を狙う。

 左右の砲身、タイミングをずらしながらの砲撃。

 敵はそれを肩のブースターを小さく噴かすようにして機体の動きを制御、進行を緩めず、まるで砲撃を機体に掠らせるようにしながら迫って来ている。

 

 距離が詰まる。

 でも、相手からの砲撃はない。

 もしかしたら、やっぱり連射の効く物ではないのかも。もしくは至近距離での一撃必殺を狙っているのかもしれない。

 

 ――敵、右背部武装の起動を確認。誘導弾と予測。

 

 そんな時、センサーが告げてきたのは、敵の新たな動作、行動。

 

 敵機体、右背部から箱のような物が迫り上って来るのが見て取れた。

 誘導弾、つまりはミサイルなのだろう。

 このタイミングでの使用、相手の切り札の可能性も捨て切れない。

 

 すると、ミサイルユニットと思われるその箱の正面が左右へと開く。

 中から射出されるのは当然ながら……ミサイル?

 

 予想していた物と違って、それは一発のミサイルだった。確かに大型、でもたった一発。

 

 速さはそれなりに。

 けれど、ハイパーセンサーの前では言えない申し訳程度の速さ。

 おまけに誘導弾くせして誘導性能には乏しいらしく、避けてみるとそのまま背後へ通り抜けていく。

 

 ……えーと、何だったの?

 

 ある意味大きく予想を裏切られた事に、頭は少し混乱。

 それでも、意識は依然として目の前の目標へ。

 右背部のミサイルユニットをパージしつつ、ブレードを構えながらこちらへと突っ込んで来る白い機体。

 

 左のショットカノンは常にこちらを狙い続けていて、それに対する対抗策は……。

 

 ――背後より多数の誘導弾が接近。

 ――ロックオンされています。敵の攻撃に注意してください

 

 そんな時、思考中の頭に届く二つの警告。

 

「……そういう事、ね。でもこの程度、何とでも……!」

 

 意識の片隅、背後の映像では、さっきの大型弾より現れたと思われる、多数のミサイルが迫って来るのが映し出されていて、前方では砲口が自身に狙いを定めているのが見て取れている。

 

 挟み撃ち?それでも良い。

 まぁ、とりあえずの優先順位に変わり無し。結局やる事は変わらない。

 

 次いで、確認出来るショットカノンの作動。その発射タイミングに合わせるように、こちらも衝撃砲で応戦していく。

 

 

 

 

 

 

 はぁ。

 

 落ち込む。気が少し滅入ってるかも。

 

 別に模擬戦で負けたから……とかそんなんじゃない。

 ちょっとてこずったけど、戦い自体にはきちんと勝利を収めて面子とか義務とかそんなのは一応果たした。

 

 じゃあ、何をこんなに落ち込んでいるのかというと、今日という日についてだったりもする。

 

 いつもの食堂、あたし一人で座る席。

 何か食べようと思ったけど、食欲がないので手ぶら。

 そんな何もないテーブルに身体を投げ出しての考え事。悩み事。

 

 原因は右手に持つ二枚。

 それは、プールの入場券。

 最近オープンしたばかりで、入手が困難な事で有名なもの。

 しかも二人分。何とか手に入ったもの。

 

 ……だけど、今ではもう、本当にただの紙切れになってしまったもの。

 

 入場券の効果日は本日今日。

 果たされるべき役目は、今回の模擬戦のおかげで見事に潰れて絶ち消えてしまった。

 

 本当だったら今頃、一夏とどこかでディナーにでも出掛けてたかもしれないのに。

 いや、そうでなくても、二人で一緒に街を回って服とかアクセサリーを選んでもらったりして、一夏に似合ってるぞとか言われちゃったりして……。

 

 そんな楽しみだった予定や計画も丸つぶれ。

 

 そもそも決定段階で実はまだ一夏を誘えてなかったから、一夏にドタキャンとかいきなりの迷惑をかけなかったとか、そういう点では良かったかもだけどさ。

 それでもやっぱり、行きたかったなぁとどうしても引きずってしまう。

 

 プライベートより代表候補としての仕事が優先的なのは当然な事で、これがどうしようもなくしょうがない事だってのも分かっているんだけれど。

 

 ……はぁ。

 

 そう、しょうがない。どうしようもない事。割り切るしかない。

 だけど再び漏れてしまう溜め息。今度はより深く、より重く。

 気分もそれに合わせて、さらに下方へと沈んでいく。

 

 あたしにとって、プールの事は悩みに拍車をかけているものに過ぎなかった。

 

 確かに、一夏と行けなかったのは凄く、とても、かなり残念だったとはいえ、まだまだ次があるぞ!と思えるような、そんなちょっとだけやる気が湧いてくるような悩み。

 だけど、あたしの抱えるもう一つの悩みは、やる気なんて出る余地のない、深みに足を取られてはそのまま窒息しそうな陰鬱なモノ。

 

 それは、あたしがこの夏休みにおいて学園に残った事にも関係してくる。

 大半の生徒が帰国したり帰郷したりと、家族との再会や久しぶりの故郷に待ち切れない楽しみや嬉しさをにじませる中で、あたしがここに残った最大の理由。

 

 簡単に言っちゃうと、あっち、つまりは祖国である中国があたしにとって中々居心地の悪い場所だって事なんだけど。

 

 まぁ、ただ単に居心地が悪いと言っても別に冷遇されてるわけじゃない。

 あたしは中国の代表候補であって、そんな代表候補への待遇は普通に凄い。逆に戸惑っちゃうぐらいに。

 自分で言うのもアレだけど、一種のアイドル的な扱い。確実にちやほやされて正直悪い気分にはならない。

 

 ……好待遇、アイドル扱い、聞くだけなら良い事づくめ。

 だけど完全にポジティブの要素であるそれらを差し引いても、あたしにとっての向こうでの思い出や記憶というのは、いささか苦い、いや、辛くて苦しいものばかりだった。

 既に過去形として終わったものもあるけど、現在進行形で今も続いているものもあって、それはホントに。

 

 だから、あたしはこっちに、日本に残った。

 そんな気持ちになるぐらいならわざわざ帰る必要はないと、そう言ってくれた大華の皆の理解と許しもあって。

 

 それでも、家族に会えると喜んでいた友人達の姿を思い出してみると、否応なしに陰鬱な気持ちが襲ってくる。

 

 ――何せ、家族というものこそが、悩みの原因になっているあたしだから。

 

「……はぁ」

 

 口から漏れる、もう何度目かになる溜め息。

 暗い気持ちと溢れる呼気と一緒に首を半回転。視界を逆に向けていく。

 そうする事でテーブルは、左の頬に代えて右の頬に冷たさを伝えてくる。

 視界も同時に半回転、されど光景は相変わらずの無人。

 

 それは夏休みなだけに当然な事。だからこそこうやってぐでーんと、我ながら何ともみっともない姿を晒している。

 力を抜いて身体を投げ出した、昔にあった垂れ何とかって言うキャラクターのような脱力体勢。

 そのみっともなさとは裏腹に、再び思考に耽っていく。落ち込んでいく。

 

 議題は問題の家族について。

 向こうに帰っても今では一人しか待ってくれていない家族について。

 実の娘に対して、顔色を窺うようによそよそしく接してくる家族について。

 

 それが家族、あたしの家族?

 

 そんなのは、あたしの知ってる家族じゃなかった。

 毎日の喧嘩。毎晩の罵るような口論。互いの視線。その表情。

 そんなのは、あたしの知っていた、あんなにも仲の良かった家族の姿じゃなかった。

 

 ホント、どうしてなんだろう?

 どうしてこんな事になっちゃったんだろう?

 

 ……二人の関係にとどめを刺したも同然の、あたしが言う事じゃないんだろうけれど。

 

 自嘲もそこそこ、再びの息を吐いて、ごろりごろり、テーブルの上で何となく転がってみる。

 その行動に特に意味はない。自分でもよくは分からない。

 本当に何となく。何となくの行動。

 

 何度か繰り返して、テーブルと額とが正対する形で動きは停止。動きを止める。

 

 おでこを通して感じるのは、テーブルの温度。

 ひんやりと冷たくて心地良い、それは別にいいのだけれども。

 

「……あたし、何やってるんだろう?」

 

 まったくもって本当に。

 

 こんな所でこんな事をしていても何も変わりはしないのに。

 こうして考えていても、問題の解決なんて出来るはずもなくて、問題はただそうあるだけなのに。

 それなのに今は、こうやってうじうじと悩んで落ち込んで。

 

 ……何だか馬鹿みたい。

 

「――いや、それは少し言い過ぎじゃないか?まぁ、見ている分には面白い物だったが」

 

 面白い、か。でも、確かにその通りなのかも。見てる分にはきっとおかしな感じだから……って。

 

「っ!?」

「すまないが、同席させてもらっても構わないかな?」

 

 自分の呟きに返って来た返事。

 突如掛けられた声に対して、すぐに顔を上げて振り返る。

 

 その方向そこには、一人の女性の姿があった。

 凜とした佇まい。女性にしては高い身長。肩口で切り揃えられた暗灰色の髪。

 

 声も姿も初めて見て聞いたわけじゃない。模擬戦の前に挨拶は既に交わしている。

 そう、確かこの人は……。

 

「ラナ・ニールセンだ。そういう君は……」

「鈴音。凰鈴音です。ニールセンさん」

 

 ――ラナで良いぞ。

 あたしの名乗りにニールセンさん、もといラナさんはそう言葉を返してくる。

 

 どうしてここに、と浮かんだ疑問は、この人が手に持つ物を見てすぐに解決。

 その手には食堂の見慣れたトレー。食堂なんだからそれは当然かなと思う。

 

 でも、トレーの上は見慣れない光景。山むしろジャングル?多種多様大量の料理がそこには存在していた。

 

 一人分?多分、きっとおそらくそのはず。

 一応、栄養のバランスは考えているみたいなんだけど、それは比率だけの話で、こうまで大量になるとバランスなんて関係なくなってるような気もしないわけもなく……。

 

 いや、今はそんな事より、ラナさんに確認しておきたい事がある。

 

「あの……もしかして、なんですけど、さっきの私の様子、見ていたりしちゃいましたか?」

 

 それはあたしの様子。ぐでーんごろごろ、みっともない姿について。

 

「ああ、もちろん。いきなり始められたので少し面食らってしまったよ」

 

 すると返って来るのは、堪え切れんと言わんばかりの笑みを湛えたその言葉。

 ついでに言えば、笑みは笑みでも何故か何だか優しげな微笑み。

 

 その笑みが生暖かく突き刺さってくる。

 

 あちゃあというよりは、うわぁといった感じ。恥ずかしさを伴うあまりのやっちゃった感に、思わず顔を手で隠して天を仰いでしまう。

 

「あー、何やら赤くなっている所すまないのだが、それで、同席させてもらっても構わないのかな?」

 

 それでもこちらのごまかしは丸分かりだったらしく、じゃなくて。

 

「……すみません。どうぞ」

「いや、ありがとう。私こそ、いきなりですまなかったな」

 

 改めて問い掛けられる言葉には、即座に返事を返していく。

 そうしてようやくこちらからの答えを聞くと、苦笑を浮かべながらもトレーをテーブルに静かに置いてラナさんは対面の座席に腰を下ろした。

 

 目の前のいかにも重たそうな山盛りのトレーを見てしまうと、さっきまで立たせっぱなしにしてしまっていた事に申し訳なく感じる。

 落ち込んでたり驚いてたりのてんやわんやで、思考がこうぐるぐると回ってしまっていて、そこまで気を回せてなかったみたいだ。

 それは普段なら出来ているはずの事なのに、今はまったく出来ていない。

 

 ああ、ホントに。今のあたしはちょっと重症なのかも。

 

「とりあえず、まずは、だ。日頃よりシャルロットが世話になっている」

「あ、いえ、こちらこそです。シャルロット……さんには私の方こそお世話になっていますので」

 

 そんなこちらの考えをよそ、目の前のラナさんの表情は何も気にしていないかのようないたって真面目なもの。

 言葉は挨拶の常套文句、でもそう真剣に言われると何だか少し恐縮な気分になってくる。

 まぁ、それに返すのも同じく常套文句みたいなもの。しかして、その実態は単なる返答じゃなくて本心から。

 日頃から色々とお世話になっているのは本当の事なので。

 

 とは言っても、シャルロットはラウラ派に属している?だけあって、ラウラのお世話、もとい協力が優先的みたいだけど。

 それでも、あたし達の事を応援してくれてるのは確かだし。

 シャルロット自身に『危険性』はないみたいだし。

 そもそも、よく気の回る良い子だし。

 

 模擬戦で負け越してしまっている事に悔しく感じる部分はあっても、気の良い仲間・友人である事に間違いはなくて、あたしが彼女の応援に感謝している事にも間違いはなかった。

 

「いただきます……?」

 

 と、シャルロットについて考えていると、食前の挨拶が耳に飛び込んで来る。

 声につられテーブルの対面、目の前に視線をやれば、日本という事でなのか両手を合わせるラナさんの姿。

 

 ……いや、手を合わせたまま動かない、ラナさんの姿。そうした状態のまま何故か固まっている?

 

 その姿に対して当然抱くのは、どうしたんだろうという感想。

 けれど、見ているだけじゃ何がなんだか分からない。

 尋ねようにも、ぱっと見お祈りに見えなくはない今の姿にはどうしても憚れてしまう。

 

 やがて、閉じ合わさっていた手がようやく離れて動き出したと思うと、今度は首を傾げ始めた。今度のその表情はどうにも不思議そうなもの。

 そしてそのまま、視線をこちらに合わせるとラナさんより質問が生まれ出てくる。

 

「んー?君は食事を摂らないのか?今日は派手に動いたし時間も時間だ。ちょうど小腹も空いてくる頃だろう?」

 

 ん、何だか少し拍子抜けで些細な質問疑問。

 まぁ実際、その言葉通りではあるんだろうけれど……正直、今は気分的にあまり食欲がない。

 おまけに、目の前の山の光景を見ていたら、それだけで何だかお腹いっぱいと言った感じ。見ているだけで、空腹なんてのがどこかに飛んでいってしまった。

 

「そうか……」

 

 答えてみれば、少し気になる歯切れの悪さ。

 その様子を象徴するように、ラナさんには食べ始めようという様子がまったく見られない。

 

 うん?もしかしたら、ご飯への疑問は振りだけで、他に何か話しておきたい事が?

 

「……そうだ、な。話というよりかは気になった事なんだが」

 

 隠し切れずに滲み出す罰の悪そうな表情。

 その瞳はじっとあたしに向けられている。

 

「君は、何か悩み事があるんじゃないのか?」

 

 続いて訪れるおそらくは本題、こちらを気にかけた心配そうな言葉。

 

 それには思わず、ぎくりと一瞬、身が縮む。

 だってまさか、いきなりそんな事を言われるとは思っていなかったから。

 

「……やはりか」

「やはり、ですか?」

「いや、大華のスタッフ陣が君の事をひどく気にかけていたのでね。なるほど、と、ただそう思っただけさ」

 

 ああ、そっか。

 

 その言葉の内容には納得が出来る。

 納得出来ている事、申し訳なさと共に理解出来ている事。大華の皆についての事。

 

 それは、やっぱり皆には気を使ってもらっているという事。

 

 あたしの我が儘のせいで中々帰国出来ず、家族に会える時間が限定されたりしちゃってるのに優しくしてくれて。

 それでも、何かあると心配してくれる本当にお節介な人達。お節介で良い人達。

 だからこそ余計に、皆への感謝と一緒に罪悪感が湧き上がってくる。

 

 いっその事、悪い人達ばかりだったら悩まされる事もないんだろうけれど……それだと悩む前に凹まされそう。

 

「まぁ、そこで一つ提案なんだが」

 

 そういった自爆的な思考の最中、ラナさんが少し神妙な表情で語りかけてくる。

 

「私に話してみる気はないか?内に抱えるのと外に少しでも出して行くのとでは、気分が随分と変わってくるからね」

 

 相談の提案。掛けてくれている優しい言葉。

 

 気にかけてくれる事は素直にありがたいとは思う。

 でも、こう言ってしまうと失礼かもだけど、見ず知らずの初めて会った他人にさえ心配を掛けるようなそんな表情をあたしはしてしまっていたんだろうか。

 こうやって、親身になってくれるほどに。

 

「浮かない顔だな?……まぁ、初対面なのにと私を不躾だと思う気持ちも分かる」

 

 不躾というか、いきなりで戸惑ってると言うのが一番正しい感じ。

 

「しかし、だ。私に勝ってみせた存在が深く悩んだままだったなんて、片手間の戦いに負けたみたいで悔しいじゃないか」

 

 って、ああ、そういう事か。

 うん、それは確かに。あたしがラナさんの立場でも、きっと同じだ。

 手加減されてるとか全力じゃないとかって感じて、少し疑心暗鬼になってしまうと思う。

 

「……すみません」

「何、冗談だよ。だが、愚痴でも何でもいいから誰かと話して少しでも吐き出していった方が良いとは思うぞ?一人で抱え込んでいるばかりでは落ち込んで沈んでいってしまうからな」

 

 謝罪の返答に、ウインクが一つ。

 

 気を悪くさせてないで良かったとは思えるし、言ってる事に同意も納得も出来る。

 でもやっぱり、今は誰かと話すようなそんな気分じゃない。

 いや、そもそもこれはあたし自身の問題なんだから、おいそれとお世話になるわけには――。

 

「……男か?」

「お、オトコ……!?」

 

 ――いかないと思いつつも、呟かれた少し検討外れの言葉に反応してしまった。

 

「なるほどなるほど。ふむ、まずそれは、少年ではないとして」

 

 当たっていると言えば、確かに当たっている部分はあるけれども。

 でも、そんな感じでストレートに言われると何だか恥ずかしく感じる。

 

 そして、そんな少し赤くなっているだろうこちらの反応を、一つ一つ確かめるようにして言葉を並べていく目の前の女性。

 答えに辿り着いたぞと言わんばかりに頷くと、にやりと笑ってはあたしに語り掛けて来た。

 

「織斑一夏、だな?」

 

 ……どうにも、あたしはラナさんに対しての認識を訂正する必要があるみたい。

 この人、一見クールで中身は優しいような感じに思えたりしたんだけど、その実、お茶目というかやんちゃというか、何より確実にいじめっ子体質だ。

 今もにやにやとこちらを見ている様子からそれが感じ取れる。

 

「いやはや、本当に初々しい。私もそんな時があったなと思い出すよ」

 

 初々しい、何だかその響きにはからかいがふんだんに込められているような気がしてならない。さっきのにやにや笑顔の事も踏まえて。

 

 ……ん?いやでも、『私も』?

 

「ああ。私も若くて青くて色々とあったものだ」

 

 何かを思い返すように懐かしそうに頷きながらも、ラナさんは首に掛けられたそれを胸元から手繰り寄せてみせる。

 

「まぁ、そんな私達の時間や若さ、色んな大切なモノの結晶がこれなんだがな」

 

 そうして、あたしに示される閉じられた中身。

 左右にずらされるようにして、開かれた鈍銀色のロケットペンダント。

 

 その中にあったのは、小さな写真だった。

 写り込む、まだ幼く見える少年少女二人の姿。

 

「子供?……もしかして、お子さん、ですか?」

「ああ。正真正銘、私の子供達だ。……どうだ?可愛いだろう?そう思うだろう?」

 

 言葉と共に返って来るのは、溢れんばかりを体言するまさに満面の笑顔。

 本当にその子達の事が好きなんだろうな、とそれを確かに示してくれている蕩けるような表情。

 

「……あ」

 

 でも、確かに可愛らしい子供達が写真には写っていて、ラナさんからは深い愛情が感じ取れていて。

 それでも特に気になったのは、その手、その指についてだった。

 

 改めて確認してみても、左手、右手、どちらにもない。

 もしかしたら操縦に影響するから外しているのかなとも考えたけれど、首からかけられていたのはペンダントだけ。それ以外にはやっぱりどこにも見当たらなくて。

 

 何故かどうしても、それを認めたくはなくて。

 

「気になるかい?」

「あ、その……すみません」

 

 短い一言。

 あたしの探るような視線に気付いたのか、開いた両手をこちらに示しながらラナさんが尋ねてくる。

 

 ……むやみやたら、視線を送るべきじゃなかった。

 これは個人の問題、プライベートの事で、あたしが首を突っ込むべき事じゃないというのに。

 

「何、別に構わんさ。今は籍を解消して、シングルマザーという物をやっているのは紛れも無い事実だからね」

 

 こちらの行動に怒るわけでもなく、そう語る姿はごく平然。

 でも、離婚という事に関して、どうしてそんな何でもないような様子でいられるのかが分からない。理解が出来なかった。

 

「……それって、互いを嫌いになったから、ですか?」

 

 だから思わず、反射的に、衝動的に、理解不能故の疑問が口から溢れ出ていく。

 その形は自分の経験からの推測で。本意にはそうであって欲しくないという願いを込めて。

 

 あの子供達の笑顔を見てしまった分、余計に自身の言葉を抑え切れなかった。

 

「嫌い、嫌いか……。いや、私はアイツを嫌いになった事はないし、アイツも私を嫌ってはいないんじゃないかな?」

 

 だけど、返って来たのは明るい声だ。

 疑問に対してのラナさんの答えは、悲哀じゃなくて笑みと共に。

 返された言葉には、良かったという安堵に似た気持ちがまず浮かぶ。

 

「ふふっ」

 

 そうして、そっと胸を撫で下ろしていると、一方でラナさんは軽く小さな笑みを浮かべていた。

 

「君は、優しい子だな?」

 

 続けられるのは、またもいきなりの言葉。

 けれど、今度は検討違いだと思う。そんな言葉を掛けてもらえる道理があたしには、ない。

 

「いや、優しいさ。見ず知らずの他人に対して、一喜一憂してくれるような人間が優しくないはずないだろう?それも、自分が悩みを抱えているのにも関わらず、だ」

 

 否定に否定が重ねられる。

 それでも重ねるのは再びの否定。

 

 だってあたしはあの子供達の状況にほっとすると同時に、どうして?とその笑っていられる境遇に対しても疑問を持ってしまっているから。

 

 ――どうしてあの二人は笑っていられて、あたしは耐え続けなくちゃいけなかったの?

 

 そんな羨みや嫉み、そういったものが自分の心に存在しているのを自覚している。

 あんなにもまだ幼い二人に対してさえ抱いてしまうそんな感情。

 みっともなくて情けなくて、どうしようもなく汚い気持ち。

 

「……大丈夫か?あまり気分が優れなさそうだが?」

 

 心配そうな表情と声色。

 やっぱりこの人は、からかってきたりはするけど、基本的に優しい人なんだなと実感する。

 しかも、本来なら拒否しても怒っても良いような疑問や質問にも答えてくれたりもしてくれて。

 

 でもそうすると。

 

「一つ。……一つだけ聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

「お、何だ?別に構わないぞ?お姉さんに何でも言ってみるといい」

 

 その態度に甘えて、聞いてみたい事、尋ねてみたい事が湧き上がってきてしまう。

 今まで誰にも言えなかった、誰にも相談なんて出来なかった事、今まで閉じ込めていたそんなものが急激な勢いで。

 

「……親というものは、子供に対して何か特別な感情を抱いたりするものなんでしょうか?」

「ん?特別?まぁそれは当然、私は子供達を愛して……」

「いえ、そうじゃないんです」

 

 聞きたいのはそういう事じゃなかった。

 あたしが言いたいのは、正でなくて負について。

 

 そう、それは例えば――。

 

「例えば、子供のせいで離婚する事になったら、その子供が嫌いになる、とか」

 

 ――そんな、きっとあたしのせいでばらばらになってしまった、あたしの家族のような場合なんかは。

 

「ふむ……」

 

 質問に対してラナさんが沈黙する。

 顎に手を当て眉間に皺を寄せながら、真剣に考え込んでくれている。

 あたしは少しの緊張感とともに、答えをただ待っていく。

 

「……すまないが、私には分からないな」

 

 返答。

 少しの逡巡の後、すぐに返って来たのは言葉。

 こちらの機嫌を見るわけでもなく、無理矢理に慰め励まそうという言葉よりは、その正直な答えの方が個人的には嬉しかった。

 

「何せ私は自分の子供に対して嫌いだなんて事を、絶対に、思えないのでね」

 

 ラナさんは少し自慢げにそう続ける。

 

「子供は親が守るもの。それが親としての義務であり、責任であり、真理だと私は考えている」

 

 自信ありげで真剣で真摯なその様子。

 何だか分からないけど、やっぱりとにかく、あの子供達が羨ましい。

 

「私は君に何があったのかは知らない。しかし、君が悪意から何かをしたというわけではないのだろう?」

 

 そう、悪意なんて絶対になかった。

 あたしは、少しでも二人の役に立てればと両親の為を、家族の為を思って。

 思い思って頑張って頑張って、そして――。

 

「確実に、と保証が出来ない憶測ですまないのだがね。だったら君の両親も君の事を少なからず思ってくれているはずさ」

 

 ……確かにラナさんの言う通りだったら良いなとは思う。

 

 でもそれは、やっぱり予測憶測でしかなくて、憶測を結果として確定するには確認が必要で、そうしてそれを実際に確かめる事は、とてもとても怖い事で。

 もし確かめてみたとして、あたしを恨んでいるなんて言われたら、憎んでいるなんて言われたら、一体どうすれば良いのか。

 

 離婚なんてしちゃって、今ではあまり良い関係とはいえなくなっちゃったけど、それでもあたしは未だに両親の事を嫌いになんかなれないでいるというのに。

 それなのにそんな事になったら、そんな事になってしまったら、そんな風に言われてしまったら、あたしは堪えられそうにもない。

 

「……む、何だかしんみりとしてしまったか……」

 

 縁起でもない最悪の想像に、また少し、あたしの心が沈むのを感じる。

 対して、こんなはずじゃなかったのだがと頬をかきながらの困った表情を浮かべるラナさん。

 

「…………」

「…………」

 

 無人の空間に過ぎていく無音と無言の時間。

 

「うーむ、そうだ、な。話題を、変えるとしようか」

 

 すると、突如その困った瞳の中に何だかイヤな感じの光が灯り、ラナさんはこれもまた何だかイヤな笑みを湛え始めた。

 

「とりあえず、織斑一夏についてなんてのはどうだい?」

「いや……あの、ですね?」

 

 そんな笑みからの言葉、だけどそれにはいくら何でも、一つ、物言いたい。

 

 話題を変えるとは言っても、そうやってからかい前提の話題の変更はどうかと思う。

 正直な所、今の気分が気分なだけにあまり良くは思えない。

 

「いやいや、からかい抜きに興味があるのだよ。世界唯一の存在であり、あのブリュンヒルデの弟としても知られてはいるが、彼は何でも、希代の唐変木で、稀に見る鈍感男で、十年に一人の女たらしと言うじゃないか」

 

 ……一夏にしたら酷い言われようなんだろうけれど、概ね間違ってはいない。

 だって一夏と来たら、こっちの気持ちとか行動には全然気付かないニブチンのくせにすぐ女の子には優しくして、デレデレ……はあんまりしないけど、うん。

 

「まぁ、私も一応、ISの搭乗経験のある身。君の甲龍についても気にはなっているんだが、機密などの関係で何分話せない事は多いのだろう?」

 

 って、まぁ、それはその通りですけど。

 

 機密は甲龍に限った事じゃなくて、ブルーティアーズやシュヴァルツェア・レーゲンとか他の専用機に関しても同じだと思う。

 学園側に出している書類に虚偽の記載とかはないし間違いはないんだけど、それが全てじゃないって感じで。

 

「なら決まりだ。という事で早速……その織斑一夏君との馴れ初めはどうだったんだい?確か君は彼と幼馴染みなのだろう?」

「あ、それは、その……」

 

 ……どうしても言わなきゃいけないんだろうか。

 

 どうにも上手く丸め込まれた気がする。話題を拒否するタイミングがなかった。

 ラナさんは何だかわくわくとした表情で待ってるし、あっちには色々話を聞いちゃったわけだし。

 

 とりあえず、話す前に周囲を確認。

 話す準備ではなくて、さりげなく話題変更のネタを探しに。

 されど相変わらず、人も話題も見当たらず。

 

 ああ、ホントにどうしよう?

 思い出は秘めておきたいというか、自分だけの宝物というか。正直、話そうという気が全くしない。

 だけど、ラナさんには色々聞いちゃった手前、非常に悩ましい。

 

 でも覚悟を決めよう。ふとそんな事を考える。一夏について話す、ただそれだけなんだから。

 

 

「……あ」

 

 そして考えながらも、最後に周りを見渡したその時、食堂の入口に、ある意味での救世主――。

 

「ら、ラウラ?」

 

 ――どう見ても買い物帰りの、見知った少女の姿が見えた。

 

「ん?どうしたんだ、こんな所で?」

「い、いや、そっちこそどうしたのよ?そんな大荷物抱えちゃって」

 

 あっちもこちらの姿を見つけた様子。荷物を抱えながらもこちらに近寄って話しかけて来る。

 抱えているのはロゴや大きさからして、たぶん服。

 両手にそんな買い物袋をいくつもぶら下げたその姿。さっきも言った通り、ホントにどう見ても買い物帰り。

 

「ああ。今日はシャルロットと出掛けていたのだが、少し買い過ぎてしまってな」

 

 尋ねてみれば、やれやれと言いながらも何だか満足した様子のラウラ。

 

 楽しげな表情を浮かべる彼女への今現在における印象は、ホントに変わったなぁというもの。

 

 思えば最低最悪の出会いだったけれど、そんなのはもう何だか懐かしく感じる過去の事だ。

 だってそれは、あの校内トーナメントでの出来事が終わった後、きちんと謝ってくれたし、その謝罪が上っ面だけのものじゃないというのも理解出来たから。

 おまけに、実際に話してみると何だか素直過ぎるというかどこか抜けているというか、あの時のつんけんしてたラウラはどこに行ったのかといった様子で何だか憎めない。

 

 とにかく、ラウラが悪い人間じゃないというのを理解するのは簡単だった。

 

 ……まぁ、初めは少し思うところがあったのを否定はしない。

 だけど、一緒に時間を過ごしてみれば、人のなりみたいなものは感じ取れるし理解もできる。それに今となっては、ラウラの事を前みたいに敵だなんて思えやしない。

 あのシルバリオ・ゴスペル戦を共にしたわけで、そういう意味では箒やセシリアやシャルロットを含んでの戦友と言っても良い存在なんだし。

 

 でも……。

 胸元に赤いリボンをあしらった黒いブラウス。揺れるプリーツスカートから伸びる、太腿の半ばまで黒いソックスに包まれたバランスの取れた細い脚線。

 今現在の黒で纏めたその姿。

 

 何だか元がホントに人形みたいに整っている分、何を着ても羨ましいぐらいに似合っていて。

 決して『敵』ではないんだけど、やっぱり『強敵』だ。

 

「ん?それよりもそちらの方は?」

 

 その色んな意味での好敵手、ライバルであるラウラは、ラナさんに気が付いたようでこちらに尋ねてくる。

 そういえば、ラウラもあたしと同じくラナさんとは初対面だった。ラウラやセシリアの相手はレイヴンだったわけだから。

 

「そうね。ラウラ、こちらはシャルロットやレイヴンの知り合いで、レイヴンと同じテストパイロットの……」

「ラナ・ニールセンだ。君がラウラ・ボーデヴィッヒ君だな。いや、シャルロットから話は聞いているよ」

「……ラナ、ニールセン?ああ、なるほど。私もシャルロットから話は伺っています。確か、元米軍のエースパイロットであると」

 

 そうして互いに挨拶と握手を交わす二人。

 そのまま、シャルロットに関しての軽い会話を始めている。

 あたしが少し置いてけぼりな状況。まぁ、好都合と言えば好都合。

 

 ぱっと思い返してみれば、少し落ち込んでいたとはいえ、まさか初対面の人に相談だなんて。

 あたしらしくないというか何というか……いや逆に、ラナさんとは初対面だったからこそ言えた事かもしれないけど。

 

「それで、鈴。食事はもう摂ったのか?」

「え?いや、まだだけど?」

「そうか。だったらこれから共にしないか?」

 

 そんな話に一区切り付けて、一息付いているあたしを食事に誘ってくるラウラ。

 普段はシャルロットと一緒にいるイメージがある分、正直言って珍しい。

 

 でも、ラナさんと話をしたからなのか、あたしのどんよりと少し落ち込んでいた気分は雨から曇りぐらいにはなっていて、時間も時間なのでお腹も空いて来ている。

 ラナさんからの誘いを一度断っているので了承しづらくはあったけど……その当のラナさんの様子を窺ってみれば、大量の料理を消化していきながら、さぁ、食べようぞと、こっちにも食事を促すような視線と頷き。

 

「……ええ。それじゃあ、一緒にさせてもらうわ」

 

 なら、二人の言葉と態度に甘えて同伴させてもらおう。一人での食事はどうにも味気ないし。

 

「ふむ。では少し待っててくれ。先に荷物を置いてくる。……いや、やはり先に食べていてくれても構わんぞ?」

「まったく、それこそ別に構わないから、さっさと荷物を置いてきなさいよ」

 

 周りに気を使うという事。

 時々の暴走は抜きにして考えると、ラウラは何かとそれを心掛けているように見える。

 それは、まんまと挑発に乗ってしまったあたしとセシリアを文字通りボッコボコにしてくれた、あの姿と比べると本っ当にまるで別人の様子だ。

 ……もう、その事で恨んだりなんかはしてるわけじゃ本当にないんだけど。

 

「ふむ、そうか、そうだな。だったらお礼にというわけではないが……」

 

 そうして、こちらの言葉に頷いて一度荷物を下ろすと、ラウラは唐突に携帯を取り出しては、何やら操作をして見せてくる。

 

「ん、何よ……って、これは?」

 

 すると、あっちの操作に続いて鳴り響くあたしの携帯。確認して見ればメールの着信、差出人はラウラ。

 そんな目の前の携帯より送られて来たもの、メールに添付されていたそれはどこで撮られたものなのか、一枚の画像データだった。

 

「シャルロットからの代物だ。他にもまだ色々とあるのだが、今はこれで私が戻るまでの時間を楽しんでいてくれ」

 

 楽しめって言ってもどうしろって言うのよ。

 画像付きのメールを残し、荷物を両手にえっちらおっちらと小柄な身体を揺らしながら去っていく背中に、正直そんな事も思う。

 

 でも、もちろん真っ先に、画像は忘れず保存しておく。

 妙にきれいに撮られている写真。携帯のカメラではないだろう高画質。

 専用フォルダのコレクションにこうしてまた一枚仲間入り。

 

「……ほほう?何をにやけてるのかと思いきや、織斑一夏君か」

「……盗み見は趣味が悪いと思いますよ、ラナさん」

 

 確かに言われている通り、送られて来たのは一夏の写真だ。

 でも、あたしが思うにはというより常識的に、人の携帯の盗み見というのはどうかと思うのですが?

 

「という事は、当たりだな!」

 

 あー、かまかけ、ですか。

 

 よくよく考えてみれば、ラナさんは対面にいるからあたしの携帯は見えない。見えるはずもない。

 

 つまり、またからかわれた。

 でも、そうやって指摘をされても、恥ずかしいと感じるのはもう通り越しちゃって、少し諦め呆れて達観している気分だ。

 

 そんな目の前の女性には、ホントに何だろうと思う。

 どうしても、話や性格のペースが掴めない。むしろそのペースに引き込まれ続けている感じがする。

 悪い人ではないのは分かる。人が悪いけど、決して悪い人じゃない。

 

 まぁ、とにもかくにも、とりあえずはこちらから聞き出そうという気はもうないみたい。

 

 ラウラの登場で場の雰囲気がリセット。タイミングは既に逸した。あたしからすれば逃れられた。

 ラナさんもそれを理解しているらしく、わくわく笑顔は鳴りを潜めて今はしょうがないなという表情に変化している。

 もしかしたら、始めからこっちの気を紛らわすのを目的として、わざとからかったりしてくれていたのかも。何となくそう感じる。

 

 話を聞いてもらって、こうして励まそうとしてもらって……はぁ、何だかもう色々と頭が上がらない。

 でも、お陰で少し軽くなった心持ち。

 まだ重い部分もあって全快ではないけれど、もう大丈夫だという言葉の代わりに笑顔を浮かべ、今度はこっちからラナさんへのネタ振り。話題は……まぁ、適当に。

 

 そうして、ラウラが戻ってくる間を他愛のない話で過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 夜。学園寮内自室。

 

 ルームメイトは「探さないで下さいbyティナ P.S 中のプリンは私の物」と、冷蔵庫に意味不明の置き手紙を残し失踪中なので、今は一人。

 シャワーを浴びて着替えた薄着のままベッドに寝転んで、携帯を片手にメールを送る。

 

「……えっと、そういえばどうやって、こっちの攻撃を読んでいたんですかっと」

 

 携帯に入力、送信。宛先はラナさんに向けて。

 あの食事の後、ラナさんが困ったり相談事がある時はと教えてくれたアドレスへ、今日のお礼のついでに聞き忘れていた疑問を尋ねてみる。

 

 内容は、落ち込んでいたせいで忘れていた、あの戦闘での異様な回避力について。

 

 互いに機密とする部分が確かにあって、踏み込みすぎるのはタブーとなってるとはいえ、『異なる視点による技術考証』をも掲げて行われた模擬戦だ。

 もし、こちらに欠点とか弱点とかそういったものがあるのなら、きちんと直しておきたい。

 それは代表候補の義務として、義務を抜きにしても、友人兼ライバル達に出来るだけ負けたくはないと思うから。

 

 そんなラナさんへと送ったメール、それに返信がされてくる間は、携帯のフォルダを開いてラウラからもらった写真を眺める事で埋め合わせる。

 元はシャルロットより送られてきたという複数枚の画像。ついさっきそのシャルロットから確認のメールが届いていたので、確かにいつもの代物なのだろう。

 

 聞けば、今日一夏はレイヴンと一緒にキサラギの研究所にいたらしく、写真も今日、キサラギの社員の人によって撮られたものらしい。ちなみに撮ったのはキサラギの人の中でも写真が趣味の人だという事。道理で画質が……とかそういうのは置いといて。

 

 気になるのは、そこでのその笑顔。

 

 写真として浮かんでいる一夏の表情は、何だかあたし達といる時の表情とは違う雰囲気に見える。

 苦笑とか少し困った笑いではなくて、気楽に笑う楽しそうな笑顔。

 

 時々、一夏、弾、レイヴンの三人で遊びに出掛けてるというのは話に聞いていた。

 その話に対して生まれてくるのは、やっぱり男同士でいた方が気が楽なんだろうなぁ、というちょっぴりの疎外感。

 

 皆の中でも、自分は一夏の友人として特に親しい方だと思っているだけに、それは中々悔しい事だった。

 下手をすると男に、今日一緒に一夏と過ごしていたレイヴンに少し嫉妬してしまうぐらいに。

 そんなの馬鹿らしい話だとは自分でも思う。でも、以前のそこが自分の居場所だった分、余計に悔しい。

 

 ……けれど、それが親しいただの友人としてじゃなくて、女の子の一人として一夏が無意識にでもそう扱ってくれての事なのだとしたら嬉しい事なのかなとも思う。

 

 一夏の友人としての自分ともう一人の自分。何とも矛盾している気持ち。

 案外、その中間にいる今が一番居心地の良いようにも感じるんだけど、物足りずに、もっともっと、と求めている自分もやっぱりいる。

 

 まぁ、ラナさんに相談したら、「青春だな!」とかって言われそうなこんな感情。

 

 全ての原因である一夏は、十中八九、あたしのどころか皆の気持ちにさえ気付いてなんかいないのだろうけれど。

 

「……あ、っと、来た来た」

 

 その時、一夏の笑顔を映し出していた携帯が振動と音とで着信を知らせる。

 差出人の表示はラナさん。待ちに待っていた返信だ。

 という事で早速、返って来たメールを確認してみたのだけれども。

 

『――良い女には秘密の一つや二つや三つや四つや色々とある物だぞ!』

「いや、それは答えになってませんって……」

 

 つまりは秘密。ニュアンス的には機密じゃなくて、ラナさん自身の特別なもの?

 こっちに問題があるなら、きちんと言ってくれそうだからそこには安心。でもやっぱり気になる。

 

『――ついでに言っておくと、秘密を暴こうなどと野暮な事は考えない事だ。探ろうとしたのなら、君と一夏君との馴れ初めを調べ上げて世界に……くくく……』

 

 ……うん。気にはなるけど、今、追加で来たのがこんな内容。

 くくく、と笑い声をわざわざ文章にしている辺り、冗談に違いないんだろうというのは確信が出来る。

 

 冗談、きっと冗談。

 とは言っても、気になると思ったその瞬間にメールが来たものだから、本当はどこかであたしを見てるんじゃとか、そこまでいかなくても、思わず周囲を探してしまったあたしは間違っていないと思う。

 

 そして、そんな摩訶不思議なラナさんについて考えていると、再び着信音が室内に鳴り響く。

 

「さて、今度は、いった、い……」

 

 それは最初、またもラナさんからのメールだろうなと思った。

 しかし、今度は響く音も違えば、映し出される表記も違う。

 

 きっと、不意打ちとはこの事を指すのだと思う。

 何故か少し指先が震える。

 

 未だに曲が鳴り続けているのは分かってる。

 掛けてくれているあっちが待ってくれているのも分かってる。

 

 でも、もう少し待ってほしい。いきなり掛けてくるそっちが悪いのだから。

 高鳴る鼓動に一つ大きく息を吐いて、心を落ち着けながら着信ボタンを押し込んでいく。

 

『もしもし、鈴か?俺だけど』

 

 耳に当てた携帯のスピーカー。そこから聞こえて来たのは、悩みの元凶の発する暢気な声。

 

「一夏?どうしたのよ、いきなり。何か急用?それとも寮に忘れ物でもした?そっちは自宅でしょ、何なら今度、届けに行くけど?」

 

 その掛けられた声に期待感と歓喜が心の中でざわめきだす。

 

 暴れて揺れて、そんな溢れ出そうとする感情のままに動き出したくはあるけれど、今は何とか抑え込んで、気付かれないように悟られないように、平静を粧って話していく。

 とはいっても、これはそんな簡単に抑え切れるものじゃない。

 抑えようとはしていても、きっと今、表情には出て来ちゃってる。

 

 まったく、さっきは自分の矛盾が……なんて気取ってはみたけど、なんだやっぱりもう一人の方が圧倒的じゃないか。

 いや、やっぱりも何も、ずっと前からもう一人の方が圧倒的だった。

 

 だからこそ、一夏と離れる事になってから続いた色んな事にも耐えて、こうして今という時を迎えられているのだから。

 

『いや、とりあえず忘れ物は大丈夫なんだが……んー、まぁ、その様子だといつもの鈴みたいだな』

 

 話と言っておきながら、それはいきなり一体何なんだろう?

 

『いや夏休み入る直前くらいからか……?なんか落ち込んでただろ?周りには取り繕ろうとしてたみたいだったけどさ』

「え、なんで……?」

 

 ……分かったの?

 

 ホントいきなりの事に、続こうとした言葉が口から飛び出ていく寸前で飲み込んでいく。

 あの時はまだ最近程に気落ちしてなかったから、誰にも気取られずに隠し通せてると思ってたのに。いつものあたしを演じられてると思ったのに。

 なのに、一夏はそう言ってのけてる。

 

『何でってそりゃ、俺達幼馴染みなんだぜ?多少のブランクなんかあっても、そんなのすぐ分かるっての』

 

 当然だろ?とでも言いたげな、何だか少しの呆れが含まれた声色。

 

『まぁ、さ。なんか辛い事とかあったら言えよな?俺なりに力になってみせるから』

 

 ああ、『何で』も『なのに』もなかったんだ。これが、これこそが『一夏』なんだから。

 普段はニブチンの癖に、こういう時だけは妙に鋭くて、優しくてさ……。

 

『とりあえず、色々と無理はするなよ?』

 

 まったく、ホント。

 

「……あ、ははは、はははは」

 

 何だか、すごく笑えてくる。

 現金な自分に。たったこれだけの会話なのに嬉しさで溢れ返っちゃってる自分に。

 

 こうやって笑ったのは久しぶりかもしれない。心の底からこうも笑えたのは最近だと初めてかもしれない。

 全てはきっと一夏のせい?一夏のお陰?

 

『……鈴。そこは笑うところじゃないんだけどなぁ。てか俺、変な事言ったか?』

 

 一夏がまた何か言ってる。

 

「そんなの、いつもの事でしょ?」

『うわ、ひでえ言いぐさ……ま、元気ならそれで良いんだけどさ』

 

 変な事?そう、それは変な事。とてもおかしな事。

 交わされた少しの会話。たったそれだけの事。

 それなのに、あたしの抱えていたはずの陰鬱さや暗い気持ちが今はどこかへと消えていて。

 これを変だともおかしいとも言わないで、一体何て言えばいいのか。

 

 ……正直、ズルい。

 

 悲しい事ばかりだったら、自分はツイてなくて不幸だって言いながら悲劇のヒロインを気取って自己憐憫に浸れたのに……今ではそんな事も言えなくなってしまった。

 だって、それを許してはくれないみたいなんだから。

 

 おかしな程に嬉しくて楽しくて、そんなものを分け与えてくれる。

 悲しさも苦しさも感じはするけど、そんなものを簡単に吹き飛ばしてくれる。

 

 それは、あたしが勝手に思ってるだけの事なのかもしれない。

 でも、例え自分勝手な思いだとしても、それこそがあたしにとっての事実だった。

 

 一夏がいたから耐えられた。一夏との思い出があったから頑張れた。

 過去も経験も、その事実を証明して補ってくれている。

 

 だけど、いつだってあたしは与えられて受け取っているばかり。

 昔だって今だって……、でもこれから先もそんな関係だというのは、嫌だ。

 

 じゃあ、一夏の為に出来る事って何があるんだろう?

 

 一夏の為。一夏の為に出来る事。

 そもそも、一夏が喜ぶ事って?

 

 む……考えてみても思い付かない。具体的なものが浮かんでこない。

 むしろ嫌がらせ以外なら、どんなものでも喜んでくれそうだから逆に困る。

 

 なら何でも良い?いや、それだと納得がいかない。

 それは、箒にもセシリアにもラウラにも出来る事だから。

 

 喜んで欲しいのは確かだけど、あたしの特別である一夏には、あたしにしか出来ない特別な事で特別に喜んで欲しい。

 

 単なるわがままに過ぎないんだろうけれど、それでもそうあって欲しい。そうありたい。

 

『――聞こえてるかー?……ったく、ラウラといい鈴といい、今日はどうしたんだいったい?おーい?』

 

 とと、考えに集中し過ぎていて、話を聞いてなかった。

 

「ちゃ、ちゃんと聞いてるわよ!?」

『はいはい、疑問形になってるぞ?……まぁいいや、とりあえず今日の本題についてなんだけどさ』

 

 呆れて笑う一夏に対して、悪かったわね、なんて答えながら引き続き考える。

 

 『いつもの鈴』……一夏はあたしがあたしである事を望んでくれていた。

 落ち込んでうじうじしてる凰鈴音ではなくて、自分で言うのもなんだけど少し生意気で勝ち気なあたしを。

 

 それが自分の全部だってわけじゃない。もちろんあたしも人間で、落ち込んだりする事もたくさんあって、一夏の言う鳳鈴音なんていうのはその表向きの一部分に過ぎない。

 でも、暗い自分なんて自分らしくないとは感じるし、そんな自分はあたしも好きじゃない。

 

 つまり、あたしも自分が考えるあたしらしくいたいんだ。

 負けず嫌いで元気、結局そんなのが取り柄のあたしなんだからいつでも前を向いている自分で。

 

 そうしたらきっと、一夏の隣で笑っていられるから。

 抱えている問題にも負けず、乗り越えて行けるから。

 

『なぁ、鈴?今度、俺と――』

 

 そしてそんな言葉、あまりにも突然過ぎた一夏の言葉に、思う。

 

 こんな風にいきなりくれる特別に、負けないくらい大きな特別で返せたら良いなと。いつの日か絶対にそれで喜ばせて見せるんだと。

 

 

 

 

 

 

 気分はどん底から最高潮へ。

 

 ……はぁ。

 

 けれど、漏れていく溜め息。

 今度は落ち込んだわけではなく、その日が待ち遠し過ぎて。楽しみ過ぎて。

 

 着ていく服はどれにしよう。その日のプランは?一夏はきちんと考えていてくれてるだろうか。予定は入ってなかったはず、今の内に確認しないと。天気は雨じゃないと良いけど。

 

 ああ、ホント、考える事も気になる事もあり過ぎる。あれもこれも全部一夏のせいだ。

 

 結局その夜あたしは寝付けず、今度は嬉しい悩みを抱えたまま日の昇る様を見届ける事になった。

 

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