Acxis   作:ユ仲

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Chapter3-7-1

 伝播する強く重い鼓動。高くしなやかな空気の囀(さえず)り。

 四方に灯った篝火に照らされて、音色が周囲に鳴り響く。

 

 神楽舞台。

 集った多くの観衆からすれば一段と高いその場所で揺れる火影に身を曝し、彼女は一人、頭を俯かせながら静かに佇んでいる。

 しゃん、と左手。振られた扇、振られ揺られ打ち鳴る鈴。

 動きは左腕だけであり、抜き身を握った右腕に動きは見られない。左手以外は今も沈黙を貫いている。

 再び、しゃん、二度目となる静音。

 それを合図とするかのようにようやく面は上がり、強い眦(まなじり)が場を蝕む夜を捉えた。

 しゃん――さらに一度。

 三度(みたび)の清音が響き渡ると同時、静から動へと世界が変貌を迎える。

 奏でられ始めた音色の隆盛に合わせ、彼女が舞台に舞い踊る。

 

 踊り。舞い。

 しかし、それは一般的なダンスではない。

 楽しげな陽気はなく、哀しげな陰気もなく、印象の奥を強かに打つ厳かさのみが満ちていく。

 静やかに、時に荒々しさを以って。

 手に持つ刃は弧を描き、場と人に宿る邪を切り払い。

 しゃんと鳴る鈴の音は清音を以って空気を渡り、空間と聴覚に響き浄め上げる。

 

 速くはない、激しさもない。愛嬌とは無縁であり可憐という表現も相応しくない。

 しかしそこには、不可侵の神聖、深い神秘性が確かにあった。

 それを示すかのように、舞台を囲う人々は彼女の舞いに目を奪われ、姿に息を飲み、言葉を失い。舞踏の足捌き、手の運び、一挙一投足を見つめるのみの、視線だけの存在となってその神聖を構成する。

 

 全ては舞台に踊る彼女を中心に。

 そう、つまり今、この時間と空間は響く音と揺れる炎、そして一人の巫女によって支配されていた。

 

「凄く……綺麗だね、箒」

 

 舞い踊る巫女。静かに臨む観客達。

 その観衆の中、すぐ隣で舞台を眺める彼女は、舞い踊る友人に目を向けながら小さく僕に言葉を漏らす。

 

「まぁでも、僕にはむしろ格好良く見えるよ」

 

 返す言葉は賛同しつつも、別の角度、別の感情で。もちろん、僕だって今の箒さんは綺麗だとは思う。

 動きに合わせて踊る黒髪。緻密なデザインの金の髪飾り。それに確か巫女装束とか何とかって呼ばれる白い着物に赤い袴。

 そんないかにも日本風の服装を、いかにも和風美人的な箒さんがしているんだから似合っていないはずがない。

 

 けどだってさ……刀だし。刃物にも色々種類はあれど、刀とか凄いかっこいいし。僕としてはやっぱりどうしても何だか、そっちに視線と意識が向かって行ってしまう。

 いや、そもそも。箒さんが剣術を修めているとは言っても、世間一般的な『サムライ』とは違うという事は、日本でのこの数ヶ月の時間の中で何となく分かってきた。

 それでも何というか、日本にちょっと憧れを持っていた僕としてはサムライとかニンジャとかそんな言葉のシンボルマークである刀に惹かれるというのは、多分きっと、至極当然の事だったりで……。

 

「ほーら?ちゃんと見てる?」

 

 ……はいはい、それはもちろん。ちゃんと見てますよー?

 

 “まったく、もう”と言わんばかりのどこか呆れた風の声が、僕の持つ言い訳風味の意識をたしなめてきた。

 まぁ確かに、箒さん自身より箒さんの持つ刀とか舞いの動き自体に意識が向かっていたのは事実としてここにあって。心当たりがないとは到底言えやしない。

 だけど、刀かっこいいとか思いながらも箒さんの姿をこの目に映していたというのもまた紛れも無い事実であって、いや、この場合においては、逆にむしろ、だ。

 呆れながらも少し不満そうな顔を向ける彼女にこそ、僕は今思うほんの少しの言葉を返してみたい。

 

「ほら?シャルの方こそ、箒さんの晴れ姿を見といてあげなきゃ」

 

 鼓笛と舞いの続く中、こちらを見ている彼女に僕は舞台を指で示しながら逆に彼女をたしなめてみる。

 ……シャルこそ今は見てないじゃんか?僕は完全ではないにしてもちゃんと舞台を見てたよ?

 

「もう……」

 

 まったくと僕を見ながらの大きな溜め息。その仕種を見るからに、またちょっと呆れられてしまったみたいだ。

 だけどそんな態度を見せながらも、綺麗だなぁとシャルは再び羨ましそうに箒さんへと視線を向けていく。

 

 ――しゃしゃん。

 

 そんな横顔につられて再度、舞台に向かう意識と視線。

 引き続いての舞いと共に僕の意識の中へと押し入ってくるのは、先程より少し強くなったように思える鈴の音。心なしか、刃の軌道もさらに鋭く。

 言うなれば、クライマックス?今まで意識を少し別としていた僕らを抜きとすれば、いつの間にか周囲の緊張感、空気の重みさえも最高潮に到っているような感じがする。

 

 ――しゃん。

 

 そして、始まりがあれば終わりがあって。

 全ては動から静へ。その静やかな鈴の音と共に太鼓と笛の音色が消えゆく。

 箒さんも今さっき清音と一緒に振るった大きな横薙ぎを最後としてその動きを落ち着け、始まりと同じように再び目を閉じ刀を納め、どこかへと祈りを捧げ始めた。

 

 音色が消え、場を占有する沈黙。

 沈黙……正確にはアンコールのような虫達の歌と篝木の弾ける小さな赤火のざわめき。

 人の声はなく、多くの瞳はただただ舞台を見守るのみ。静かな時間と空気だけが空間を流れていく。

 僕もシャルもその雰囲気の流れに身を任せて、祈る箒さんを眺め続けている。

 

 そのままでの数分間数秒間、あるいは数十秒間。やがてそんな時間が流れた後、箒さんが遂に動いた。

 一礼。

 深々と行われたそれは、祈りに対してか、神に対してか、人に対してか、よく分かりはしない物。それでもとにかく、緊張を漂わせる真剣な面持ちでの一礼。

 続いて間を置かずに、また一礼。

 今度は未だに真剣さを携えながらも、どこかほっとした表情を滲ませた、おそらく僕らを含む観衆に向けた物。

 それは周囲の空気から緊張を取り払う役割も担っていた様子で、一礼から間もなく即座に人々の間で盛大な拍手が巻き上がる。

 

『よっ!箒ちゃん、日本一!』

 

 こんな歓声が上がる辺り、ここが箒さんの地元なだけあって、中々やっぱり可愛がられてたんだろうなという印象も受ける。

 そんな歓声と共に起きた拍手は鳴り止む事を知らず、箒さんは緊張からかそれとも緊張からの開放感からか、表情を少し赤く上気させていて。

 慌てたように深々ともう一度大きく頭を下げて見せると、拍手と歓声の中、心持ち少しの早足で舞台からその姿を消していった。

 

 消えた箒さん。篝火が照らす無人の舞台。

 こうなると、もうここに用はなくなった。となれば、次の目的地だ。

 大きな役目を消化したので、箒さんが次に向かう先はきっと箒さん自身の家のはず。それは、ここ自体が箒さんの実家なわけでもあるし。

 つまりは、次の場所は箒さん自身の場所。つまりのつまり、箒さんに会いに行こう。

 とは言っても、元から一夏と段取りは決めてあって、それこそが今日の僕らの予定だったりもする。

 

「それじゃあ、行こうか?」

「うん。だけど……」

 

 一夏提唱の本日の計画。

 僕がこれについて言ってみると、シャルは袖で口元を隠すみたいにして、表情を軽く綻ばせた。

 

「……箒も驚くだろうなぁ」

 

 湛えた笑みと楽しげな口調。

 

 でも、いやはやまったく。それには同意。立案者の一夏も本当に中々意地が悪いというか何と言うか。

 一切今日の事を知らされていない箒さんは、驚きすぎてこの間みたいにまた硬直しちゃうんじゃないだろうか。

 

「でも、ちょっとそれは楽しみかも」

 

 シャルはシャルでこんな事、言ってるし。シャルが存外に悪戯好きなのは間違いない。

 それがシャル本来の物なのか、ジャックやラナの影響なのかは計り知れない所ではあるけれど。ちなみに僕は、シャル元々の物な気がしている。

 

 まぁ、それはともかく。

 

「だけどシャル?まだ慣れてないんだから、足元には気をつけなよ?」

 

 今日は本当、慣れない服装に慣れない足元なんだから特に。ここに来るまでだって歩きにくそうだったし。

 

「ありがとう。でも大丈夫だよ?」

 

 僕の言葉に少し考えるような素振りをみせると、シャルは少し自信の篭った様子と表情で何やら言葉を返してくる。

 

「転びそうになったら助けてくれるでしょ?」

 

 ……そりゃ、助けるけどさ。

 何だか転ぶのが前提にあるような気がしないでもない。でも、どうなんだろう、それ。

 もうちょっと、こう、自助努力的な何かがあっていいような気もあったりなかったり。

 

「なら、大丈夫だよ」

 

 ん……。

 何だか釈然としない部分は残るけど、シャルにそう言われるとそれでも良い、何の問題もないような気がして来た。

 

「うん。だったらほら、早く箒のところに行こう?」

 

 そうして、楽しそうに袖を翻して行動を促してくるシャル。

 僕ら二人、一夏達とはこの人混みのせいではぐれてしまったとはいえ目的地は同じ、いずれまたすぐに合流出来るだろう。

 

「そうだね、早速行こうか?」

 

 だから、今はからんと足元を鳴らす彼女が転んだりしないように。

 彼女の横で歩く姿を見守っていく。

 そんな夏の日。そんな夏の夜。そんな夏のとある時間。

 今日は、箒さんのご実家、篠ノ之神社で催されている夏祭りにやって来ていた。

 

 

 

 

 ――篠ノ之神社。

 ――最寄りの駅よりバスで約十五分。

 ――結婚式・諸祈願、承ります。気軽にご相談ください。

 ――おみくじ一回百円。

 

 表には文字列、花火のイラストを背景とした何だか逞しい宣伝広告。いや、神社だってボランティアではないのだから当然といえば当然?といえる懸命で賢明な経済活動。

 次いで裏側を見てみれば、そこには境内・敷地の詳細マップ。休憩所、駐車場、お手洗い……知ってて損なし親切設計。

 

 見ても良し、扇いでも良し、おまけに無料配布と、財布にも優しく誰もが嬉しい三重得。

 駅前とか街でよく配っているポケットティッシュもそうだし、こういうのって本当に得した気分になる。

 しかも、実際にもらった物が役立つとなると、さらに何だかお得感は満載。

 とは言っても。僕自身は使う時に思い切って“どりゃー”と使うタイプだから、別に貧乏性だったり、金の亡者ってわけでもないんだけど、無料とかタダって響きは……やっぱり魔性の響きだ。

 

 “タダより高い物はない”

 かつて誰かが言った教訓が存在しようとも、この場合は無料でありながら無償でもあるので警戒する必要もないだろう。

 普段だったら無料だなんて真っ先に疑ってかかる話でも、この場合は厚意と宣伝を狙った少しの商売心による物なのだから、むしろそういった方が警戒心も自然と薄れる。

 それに出所もはっきりしているとなれば、どうしてこれを受け止めずにいられようか。いや、これはもうこのお得感を享受せざるを得ない。享受するしかない。

 

 いくつにも分岐しているプラスチックの骨組みと、骨組みを軸に帆のように裏表の両面に貼られたインクジェット紙。オーソドックスな量産タイプ。その「うちわ」を眺めての長考愚考のオンパレード。

 それはあるいは熱帯夜故の熱暴走か、否か。何故、愚考に走ったのかは、もはや既に記憶の彼方。

 でもそんな時、愚考を洗い冷ますように、こちらに向かって小さな風がそよいだ。

 

「どうしたの?」

 

 揺れる前髪。すぐ横からの風。聞こえる声。

 その手にはゆっくりとこちらに向けて動かされている、うちわ。

 早速の有効活用だ。……うん、涼しい。

 

「いや、うちわについて考えてただけ」

 

 僕の正直な答えには“変なの”とうちわで扇ぎながらシャルは笑顔を見せてくれる。

 

「でもやっぱり、箒ってば驚いてたね?」

「だねぇ」

「もしかしたら、恥ずかしがってたのかな?」

「かもねぇ」

 

 老若男女の人波の中、観光気分。二人で周りの光景や雰囲気を楽しみながら、道を行く。

 今は僕ら二人だけなのだけれど、一緒に来た一夏達とは決してはぐれたわけではなくて、ラウラさんや箒さん達皆の邪魔にならないようにという事での別行動中だ。

 それは、いわゆる“後は若い二人に任せて〜”的な物のアップデート版。シャルの言葉を拝借すれば、皆のお邪魔になっちゃうからとの事。

 

 ……いや、とりあえず、それはさておき。

 本日のメインミッション、箒さんサプライズ計画は無事に完了。見事、目標を驚かす事に成功した。

 箒さん自宅への不意打ち、奇襲。夜だから夜襲。

 ついさっき行われた神秘的な神楽舞を一夏達に褒められた事が余程照れ臭いか恥ずかしかったらしく、目標でその舞い手だった箒さんは顔を赤くしながら文句を言う事でしか色々と対応出来ていなかった。

 まぁ、文句と言っても罵詈雑言の悪態ではなくて明らかな照れ隠しだったから、そんな箒さんを皆でにやにやと眺めていた事は言葉で語るまでもない。

 

 でも、深赤色の浴衣を身に纏った、照れ過ぎて素直になれない箒さんの姿は、何だかいつもとは違っていたように思える。

 僕の知る箒さんは、一夏の姉であり教師でもある織斑千冬さんにも通ずるイメージ。言うなれば真面目で堅くて凛々しい……それを今日は受動的に一目で切り崩してきた。

 

 何だろう?

 服装一つで印象が変わる。

 綺麗は綺麗でも、ついさっきの神楽舞での舞台上――袴姿、巫女衣装に身を包んだ箒さんは、確かに神秘的でどこか近寄りがたそうな雰囲気の綺麗で。

 それに対して、サプライズに照れていたさっきの箒さんと言えば、人の目を惹き付けるような和服美人、浴衣美人。

 僕もというか僕らがみんな、その姿におおっ!といった感じで感嘆の息を漏らしてしまう程の様相だった。

 

「ねぇ見て?“射的”だって?」

 

 おっと……そして、忘れていたわけではもちろんないけれど、浴衣美人ならここにもう一人。

 綺麗に身に纏うのは、袖に花の模様のある髪色に合わせたような向日葵色の浴衣と雛げし色の帯。

 普段は背中に尻尾を形成している髪の毛も、今は頭の後ろで軽くシンプルに結い上げられていて、箒さんと同じようにやっぱりいつもと違う気がする。

 

 着飾った姿、それはもちろん綺麗だし、大人っぽい。それでも、あえて個人的な感想を言うなら、シャルは綺麗というよりは――直接言うには何だか気恥ずかしいけれど、その……いや、とにかく!

 シャルと箒さん、僕から見ても同じく似合っている二人なのに、それぞれ浴衣姿に変身した姿での印象が違って来る。

 これも僕の抱く普段のイメージの違いからなのだろうか?

 いつもだと向日葵みたいな柔らか笑顔のシャルと日本刀みたいな真剣凛々しい箒さん……そんな違いから。

 

 ……あと、ついでに。ついで?いや、おまけのおまけ程度に。

 一応、僕も浴衣を着ているわけなのだけれど、着飾ったシャルに比べたら地味過ぎて釣り合っていない気がしてならない。柄とかの問題じゃない。ぶっちゃけ僕に華がない。

 華々しさとは無縁な物だと自分自身理解もしているし、地味なのもある意味性分だと自覚はしていても、何だかそれはやっぱり気になる。

 劣等感とかじゃなくて、こんな僕をどう思っているんだろう的な、そんな感覚で。

 僕という存在がシャルの魅力や眩しさを損なわせてはいないかと、そんな意味で。

 

「ねぇねぇ、やってみようよ!」

 

 でも、当のシャルと言えば、僕の地味さを気にしてはいないみたいだ。

 僕の心配なんて気にも止めず、目的の屋台を指差しながら、僕の浴衣その右袖を引っ張ってくる。

 本当に気にしてないのか、そもそも気付いてないのか、よくは分からない。それが良い事なのか良くない事なのかさえも分かりはしないけれど、とりあえずシャルはそんな事よりも僕に行動を求めている。

 だったら、まずはその要望に応えよう。

 悩むよりは一緒に楽しんでいたいし。というより正直、考えたって仕方のない事だし。

 

 さて、その要望――射的。

 費用は一回二百円。カードが使用不可とはいえ、事前情報に従って、小銭もきちんと十分に用意をして来たので問題はなし。

 準備は万端。意気も揚々。

 しかも、これは銃器を使う。

 一応、仮にも銃器を扱う本職としては、例えそれが玩具で遊びなのだとしても結果を出さなくてはならない。

 例え遊びでも全力だ。少なくともシャルには負けられない。

 

 ……というか本音を言えば、格好悪い姿は見せたくない。

 だから本気で全力で。今までに培った全てを出し切るように。この勝負にぶつけていく。

 

『いやぁ、すまんねぇお二人さん。今日はもう終いなんだわ』

 

 しかし、いざ屋台を目の前にしてみたところ、中年を過ぎた鉢巻き姿の男性――屋台の主はこう語る。

 予想だにしない言葉には思わず、呆然とした。隣のシャルもなんでだろうと不思議そうにこちらを見ている。

 何せ、今日の祭りの終了時間までは、まだ時間がかなりあるはずなのだから。

 だけど、道理で食べ物屋系の屋台が絶賛営業中にも関わらず、ここにはお客がいないはず。

 でもそれは、結果論的な納得と共に僕らの疑問をさらに深める事でもある。

 

「残念です。ですが――」

 

 返事をするついで、一体何がとその事情について尋ねてみる。

 すると屋台のおじさんは、どこか遠くを見遣り、拳を握り締め、悔しさと哀愁とを漂わせながらもきちんと質問に答えてくれた。

 そしてその肝心の内容……それは何でも。

 

『屋台破りだ。俺も何とか応戦したんだが、景品のことごとくを持っていかれちまった……』

 

 との事。

 なるほど。でも、まさかのそんな存在。

 ……気に入らない。何と言う非道。何たる不粋。許せるものじゃない。多くの人が楽しむはずだった屋台を個人で独占するだなんて。僕もいざやろうと息込んでいたのに。

 まったく。その犯人とやらは一体どんな人相をしているのやら。

 

『犯人(やっこさん)はどこか品のある金髪と眼帯を付けたちっこい銀髪の外人の嬢ちゃん二人組だ。ここいらでは見掛けねえ顔だったが可愛い外見に似合わず、凄え気合いでかなりのやり手だったぜ』

 

 あ。はい、なるほど。そんな人相でしたか。

 品、金髪。眼帯銀髪。……嫌な予感しかない。心当たりも恐ろしいぐらいにあって、該当しそうな人物像もちょうど二件ほど記憶に存在している。

 むしろ身体的特徴完全合致。金髪ってだけならまだしも、眼帯に銀髪なんてこれは……。

 

 というか、おじさん、あなたの見立ては極めて正しいです。多分おそらく間違いなく相手は強敵でやり手、何と言っても一人は熟練者(エキスパート)で、もう一人は本職(プロ)でしたから。だから、実力は保証します。

 そして、というか、その……本当にすみませんでした。

 

『そういえば、三つ隣の金魚掬いも向かいの型抜きもやられたみたいだな。しかも、型抜きの所はこれまた気合いの入った黒髪の二人組で、ちょうどお前さんらと同じくらいの年頃だったらしいぞ。……しかし一人は箒ちゃんに似ていただなんて、あいつももう歳かねぇ』

 

 ……黒髪?凰さんに箒さん?

 冗談っぽく語られた新たな人物像に、“いや、まさかな”と思い浮かんだのは、またとある二人の人物。

 

 もし、これがまさしく本人なのだとしたら、今ここでは何が起きているんだろう?

 一夏達は一体、何をやっているんだろう?いや、本当にこれは一夏達の仕業なのだろうか?偶然という可能性も無きにしもあらず?いやいや……でも、やっぱり一夏達なんだろうなぁ。

 

 身体的特徴など話からすれば確実で決定的な事なのだろうけれど、どうしても一夏達が屋台破りに至るまでの経緯が思い付かない。

 普段は分別のある皆なのに、どうしてこんな事に?

 

「シャル」

「うん、分かってるよ」

 

 真剣な様子で被害報告に耳を傾けているお隣さんに声を掛けてみると、そこでは正義の心が燃えていた。

 笑顔と平穏を愛する正義のヒロイン、ここにあり。

 

「そっか。じゃあ……とうもろこし食べる?」

「え……、え?」

 

 でも、僕が言葉を続けてみると、シャルが大きくたたらを踏み込む。

 しかも、“私、ちょっと怒ってます!”と言うような、さっきの義憤に燃えた表情は萎んでいって、今は何だか困った表情に変わっている。

 

「えっと、ここは一夏達を止めに行くところじゃないの?」

 

 戸惑いを隠せないまま眉尻を少し下げた、不満と困惑の混乱の合いの子といったシャルの疑問。

 まぁ確かに、それも有効な選択肢の一つには違いない。

 

「僕はさ、一夏達の事を信じてるから」

 

 しかし、ここでは疑問に対し、深い信頼と友情を全面的に大々的に打ち出す事で解答する。

 

 それは決して、面倒だからという理由からではない。

 思うところはあっても、強盗とかそんな類いを一夏達がするわけでもないし、きっと考えがあっての事なのだから。

 だから本当に、面倒だとかほっとこうだとかそういうわけじゃない。

 そう、決して。おそらく多分。

 

「という事で今は――食べよう」

 

 つまり悲しいかな。一夏達の計画外に位置する僕らは、こうしてお祭りを楽しむ事しか出来ないんだ。

 甘いたれの匂いを漂わせる焼きとうもろこし屋、タコ焼き、大阪焼き……立ち並ぶ色んな屋台を見ながら思う。

 

 ……いや本当に、一夏達の力になれないのは無念で仕方がない。うん、しょうがない。

 

 だから、その無念さを心に込めて、どれにしようかと指先にもついでに込めて、立ち並ぶ屋台を示しながら、シャルを食欲でこちら側へと誘ってみる。

 

「わ、私はいいよ」

 

 遠慮がちな様子。誘い失敗。

 だけど、怒ってるわけじゃない。納得が出来てないからってわけでもないみたいだ。理由はそれとは別の何か。

 ん、コーンが嫌いだとか?いや、というかシャルって、コーンとか苦手だったっけ?

 まぁともかく、とうもろこしがダメって言うのなら。

 

「じゃあ、イカ焼きは?」

「うぅ……遠慮、しておくよ」

 

 名残惜しそう。でも、断られた。

 

「林檎飴は?」

「……いらないよ?」

「綿飴は?大判焼きは?大阪焼きは?」

「今はね、あんまりお腹空いてないんだ」

 

 現状でのあらゆる手、猛攻が退けられる。決まり手はお腹が空いてない。文字通りに受け止めれば、ホントそのままに。本当の意味でしょうがない事。

 だけど、今現在のそれは怪しい。かなり怪しい。体調が悪そうなわけでもないし、今日何かを他に食べていたわけでもないし。

 食欲がないとか言いながら周りの屋台からは不自然に視線を外していて、本当は食べたそうにしているのに。

 でも、何故?

 

「もしかして……ダイエット、とか?」

「そ、そんな事ないよ?」

 

 疑問に疑問系で返された。しかも、視線も泳いで何かを隠すように何だかうろたえている。

 つまり、決まり?原因はダイエットなのかもしれない。けれど余計に謎が深まる。

 シャルがダイエット?痩せたい?いや、だってそんなの……。

 

「……シャル。無理なダイエットは身体に悪いよ?それにそもそも、シャルはダイエットとかする必要もないでしょ?」

 

 結構、シャル自身も細身だと思うのに、そこの所はどうなんだろう。

 確かに僕のナノマシンを羨ましいとかって言ってはいたけど、いきなり急にというのも腑に落ちない。

 

「ありがとう……でも……」

 

 でも?

 一瞬、シャルは笑顔に変わりかけて、すぐにそれが萎んでいく。

 

「私ね、目標があるんだ」

 

 そうして、シャルが何かを決心した面持ちで語り始める。

 

「私が臨海学校に行ったのは覚えてるよね?」

 

 ん?それはもちろん。何せ腹に穴を開けられて死にかけた出来事にも関連しているわけだし。

 そんな騒ぎになる前の一日目は、自由時間で楽しかったよー!ってシャルも電話で言ってたよね?

 

「うん。ちょうどその時の事なんだ。だってね――」

 

 以下内容をざっくばらんに要約すると、一夏の姉でありシャル達の担任でもある織斑先生の水着姿が半端なかったらしい。なんでも、圧倒されて驚愕して憧れたそうな。

 いや、織斑先生が生きる伝説であるとかって話は聞いているし、先生自身かなり身体を鍛えていそうだとかって思いもするけれども、正直何で今更シャルはとか、そんな風に思わない事もない。

 でも、きっとシャルも何か思うところがあったんだと思う。そこは聞かないでおく。

 

 それにしても、夏の海に水着。

 織斑先生がって今さっき言ってはいたけれど、皆でが海に行って遊んだという事は、その時はきっとシャルも水着姿でいたって事で――。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ――って、いや。いやいや。いやいやいや……。

 不意に思い浮かんでしまった情景を、心の中から慌てて消去する。

 それでも残る残像に対しては、頭を左右に振って思考から追い出していく。ごまかす。

 

 ……本当に不埒で。邪で。破廉恥で。ダメだ。

 

 シャルが学園の制服を見せてくれた時もそうだったけど、シャルの事をそんな目でそんな風に見てしまうなんて。

 親しき中にも礼儀あり。そうやっていやらしいというか、変な気持ちで見るのはデリカシーとか色んな物がなくて、シャルに失礼というか申し訳ないというか……とにかくダメだ。ダメダメだ。

 

「やっぱり、そうだよね……」

 

 だけど――えっと、シャル?

 何だか何故か、僕が邪念を払っている間にも、シャルが落ち込み状態ガックリモードに突入している。

 

「男の子はやっぱり、織斑先生みたいなああいう凄いスタイルの方が良いんだもんね……?」

 

 いや、シャル?一体何を言って――?

 

「……だって。顔、赤いよ?」

 

 顔?

 確かに顔は赤いかもしれない。気温や湿度、ましてや屋台のせいではなくて、発熱してる。ちょっと熱い。顔が熱い。

 だけど――何でそこに織斑先生が関係して……ん、もしかして勘違いしてる?

 

 もし、そうなのだとしたら、それは違うよ。

 僕の顔の赤さに織斑先生は何も関係がなくて、それはただちょっと思い出しちゃってただけの事だから。

 

「思い出しちゃったって、何を?」

 

 何をって、それは、その――。

 

「……みずぎ」

「え、なに?」

 

 僕の呟きに、シャルが聞き返して答える。

 それは、ただ純粋。ただただ疑問に感じたみたいで首を軽く傾けながら。

 つまり、僕の一言はどうにも上手く伝わらなかったみたいだ。

 

 だから、そんなシャルに対して僕も息を飲み意の意を決し、恥を忍びつつ、彼女に聞こえるようにはっきりと、何とか言葉に形作ってみる。

 

「だ、だから!シャルの水着の事っ!シャルが選んでって言ってたあの時の!」

 

 そう、それは街で偶然出会った迷子――シズカを見送った後に起きた、ある意味忌まわしい出来事。

 シズカとセレンさんの再開を見届けたあの後、シャルに連れられてそのお店に入ってみれば、そこは男にとっての完全アウェイ区域が存在していて。

 そんな場所である意味、僕にとっての難題を突き付けてくる彼女に対して、周りから突き刺さる視線に耐えながらも僕は何とか頑張って……。

 むむ、言ってしまった事に対して、シャルの反応が気になるけど、今は面と向かって話せそうにない。顔とか見せられない。 今思い出すだけでも恥ずかしい。気恥ずかしい。もう何か、顔から火とか出てきそうだ。

 

 けれども、何とも無情。泣きっ面に蜂。ある意味弱っている僕に追い討ちが掛けられた。

 

「エッチ」

「な、な……っ!?」

 

 僕の視線から、身体を両手で抱き隠すようにしながらの一言。

 

 目に入った動作より何より、それが耳に入って認識した瞬間……そのたった一瞬で頭が真っ白に染まる。続いて追うようにして即座に、白さが赤く蹂躙されていく。

 時差式の二段階攻撃。意識が沸騰する。

 自覚出来るのは延焼する熱さ。それはもう顔から火どころか炎が出そうなぐらいの物。

 その勢いたるやジェットかロケットか、どこかに飛んで行けそうなそれくらいの勢い。表現としては大袈裟にも過ぎるけれど、むしろそうやって飛んで行けたら、どれだけ良かった事か。

 ホント、それくらいに……シャルの言葉は致命的で。かなりのレベルで恥ずかしかった。

 きっとそれは自覚して納得してしまっていたから、だからさらに威力を増していて。

 

 ……いや、でも。何で僕ばっかり恥ずかしい思いをしてるんだろう。あれだってシャルが誘った事がきっかけになって起きた出来事なのに。

 そ、そうだよ。だってあれは僕の責任じゃなくて――。

 

「待った!元はといえばシャルのせいじゃ……」

「……エッチ」

 

 む、シャルは相変わらず。

 物言いたげな目と直接的な言葉でこちらを攻め立てる。あくまで、その態度を変えるつもりはないみたいだ。

 しかし、そっちがそう来るのなら僕にだって考えがある。最近はやられっぱなしってわけじゃない。それをきちんと示す時だ。

 

「……エッチなのは、僕よりシャルの方じゃないか」

 

 少し呟くように。声量は控え目で。

 だけど、目の前の彼女にはしっかりと届くように。

 

「えっ?」

 

 すると、ぽつりと漏れ出た短い声を追うように、彼女の様子に変化が現れ始めた。

 

「……ええっ!?」

 

 シャルの肌を赤みが侵し登っていく。

 瞬く間、あっという間に出来上がったのは、きっと僕に負けないぐらいの赤い顔。

 

「わ、私は別にエッチなんかじゃないよっ!?」

 

 僕もこんな感じだったのだろうか。シャルの否定の抗議には焦りがよく見て取れる。

 けれど、今更弁解したってもう遅い。状況はこれでイーブンに。いや、形勢逆転。

 今度はこちらから追撃をかけて、僕の正義と無実を証明する。

 

「いーや、エッチだね、シャルが始めたんだから」

「私はエッチじゃないよ!」

「エッチだ」

「……エッチじゃないもん」

「シャルのエッチ」

「エッチじゃないもん!」

 

 決死の反抗、必死の追撃。

 今、ここで引いた物なら、次の瞬間には確実に致命的な反撃がこちらを襲うだろう。

 だから、この場で引くわけにはいけない。何とかかんとか押し切るしかない。攻撃こそ最大の防御、つまりはそういう事。

 

 赤熱する顔と共に白熱する口論。

 僕らの持つ互いの何かを懸けた戦い。

 そして、その結末はあまりに唐突で呆気ない幕切れを見せる事となる。

 

「やっぱり、やっぱりか……」

 

 本当に突如にして、背後より近付いて来ていた誰かに肩を軽く叩かれた。

 しかも、ついでに……というか聞こえる声は聞き覚えのある声だ。いや、ホントに聞き覚えのある声。

 

「……やっぱり、お前はッ!」

 

 しかも、叩いたまま置かれたその手には段々と徐々に力が込められつつあって。

 てか痛っ、本当に痛い!もうそれ肩を握ってるから!

 

「お兄っ!」

「おっと、すまんすまん。ついつい手に全力が……」

 

 もう一つの声。またもや聞き覚えのある背後からの助けの声が僕の右肩を解放してくれた。

 後者の声にはありがとう。前者の声には文句を捧ぐ。

 

「……久しぶり。元気してた?」

 

 ついでに挨拶も付けて。

 まったく、一体何なのさ?ついとかすまんとか、いけしゃあしゃあとよく言うよ。全力って言ってる時点でわざとじゃないか。

 

「ありがとう。あと、やっぱり久しぶり。それに浴衣似合ってるね」

 

 当然、後者の声。助けてくれた彼女にも挨拶を。

 

「おう」

「あ、はい。お久しぶりです」

 

 振り向いて挨拶を投げ掛けたそこには、それほど時間は経っていないけれど――何だか懐かしい二人の姿。

 病院以来の弾と、一夏と遊びに行った時以来の蘭ちゃん。弾と蘭ちゃん、五反田食堂の誇る後継者と看板娘コンビ、ダンラン兄妹。

 二人とも今日は浴衣の装いで、シンボルマークのバンダナも相変わらず。

 

「って、いや……そんな挨拶よりまずは、だ」

 

 でも、まずはって、さっきの襲撃はまずには入らないんだろうか?

 そんな軽口を叩く間もなく、弾は珍しく堅い表情。何かを語る素振り。

 

「騒がしいと思えば、まったくあのな?」

 

 とか思ってたら、会って久々でいきなり説教?

 弾らしくもない。いつもは蘭ちゃんに説教される立場なのに。

 

「仲が良いのは分かったけどよ、そういうのは人目のつかない場所でやる事だろ?」

 

 ……ん?そういう?

 

「そういう……何の事?」

 

 わけが少し理解できなかったのでシャルに話を振ってみても、シャルは首を横に振って見せるばかり。僕ももちろん分からない。

 一方で弾も首を振る。動作はシャルと同じようでも、呆れたようにダメだこりゃと。

 ダメとは失礼な。さっきの事もあるから否定はしないけど。

 あ、何だか顔に熱さが振り返して来た気がする。

 

「……いや、良いから周り見てみろよ。すぐに分かるから」

 

 周り?

 弾の忠告に気を取り直して、ぐるっと大体一回転、周囲を見渡してみる。そして、初めてその状況に気付く。

 

 ――まったく、最近の若いもんは……。

 ――お母さん?あの人達何やってるのー?

 ――こらっ、見ちゃいけません。

 

 とか、色々。本当に多種多様。

 子供、大人、ご老人……夏祭りに訪れている多くの人々――多くの視線。通りすがり興味本位、僕らに集まっているたくさんの目、目、目。

 

 …………あ。騒がしいとか人目って、そういう事?

 

 当然と言えば当然だった。思い返して見れば、それはあまりに当然で自然な事。

 さっきまでのやり取りと会話。あんなの人に聞かせる物じゃない。なのに、それをあまり小さくはない声でやってしまったのだから、人の注目を集めるにはそんなの十分過ぎる物で。

 つまり、聞かれていたというか聞かせていたというか、ある種、恥ずかしさという意味では公開処刑も良い所だ。

 

「あ、う……」

 

 お隣さんからも言葉にならない同意の声が響く。

 シャルも同じく僕らを取り巻く今の状況を理解した様子で、頬に両手を置いて恥ずかしそうに縮こまっている。

 

「まぁとにかく、ここから離れる意味も込めてな……歩きながら話そうぜ」

 

 弾の促す声。それには完全に僕も同意だ。その弾の声に付随して、今度は僕がシャルに行動を促す。意思伝達。

 

 ――行こう、シャル。

 ――うん……。

 

 そうして、シャルに同意を得られた所で、僕らは早速逃亡開始。

 

「ちょ、速っ」

「え、ええっー!?」

 

 弾と蘭ちゃんが慌てる声が聞こえた気がしたけれど、二人には何とか付いて来てもらう。

 歩きながら?話しながら?残念ながらそんな余裕はない。主には精神的な意味で。

 さらに。“若えなぁ”とか屋台のおじさんの呟く声も聞こえた気がしたけれど、それは聞こえない振り、なかった事にしておく。

 

 歩いて走って道を行く。人波を避けながらどんどん先へ。

 何とか人の少ない場所へ。落ち着ける場所へ。

 

 とりあえず今は何よりも。人の目と関心と騒がしさ、そんな物から逃げ出す事、それこそが最優先事項だった。

 というか、それしか僕らに道はなかった。

 

 

 

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