照り付ける太陽と、すぐ下方から香る冷たい土の臭い。
僅かにそよぐ風の音と血を巡らせる心臓の鼓動の音。
襲い掛かるのは受動的な感覚。しかし、今はそのすべてを意識から切り離し、覗き込んだスコープの向こうに全神経を集中する。
銃床に右肩を、トリガーに右手を、左手はストックに。伏射姿勢。地面と平行に身体を投げ出し、抱え込むようにして銃を構える。伸びる長大な銃身、その先は遥か遠方のターゲットへ。
目を閉じて大きく一つ深呼吸。息を大きく吸い込み、吐き出す途中でそれを止め目を開く。
距離確認。気温確認。気圧確認。湿度確認。風確認。照準を微調整。再設定完了。目標は遥か向こう。銃口も標的を捕捉。50口径の銃身の奥、チャンバーの中では12.7mmの銃弾が出番を今か今かと待ち侘びている。
……ならばもう躊躇する必要はないだろう。
身体を貫く重い衝撃。周辺に響く重鈍な発射音。
炸裂したエネルギーを一手に受け止め、解き放たれた弾頭は、銃口を飛び出し音速を超えて遥か遠くのターゲットへ。
さてと、結果はどうなのか?送られてくる映像を待つ。
握りしめた手の平に汗がにじむ。心臓の鼓動が強く早くビートを刻む。
吹き抜ける風と揺れる草々のさざめき。それは冷ややかな緊迫感ともあいまってその場を多様に彩ってくれる。
黒いディスプレイ上、何も映していなかった画面に変化が起きた。視線の遥か先、肉眼ではまともに確認が出来ない標的がディスプレイに示される。人型の標的。その頭部と胴体部分には円状のターゲットマーカー。その胸部中心に残る弾痕。
「■■■■■!!」
すぐ隣から聞こえる悲鳴を尻目に、思わず大きくガッツポーズ。
「よしっ!見ました?ジャックさん。これ完全に当たってますよね?当たってますよね?」
ディスプレイに映るターゲットを指差し、悲鳴というか悲哀の雄叫びを上げながら、今は横でうなだれるジャックに声をかける。
「……」
はんのうがない、ただのきんにくだるまのようだ。
だけど、そんな事今は関係がない。賭けに勝ったのはこっちなのだから。勝ちは勝ち、負けは負け。
「ジャックさん、秘蔵の逸品、約束通りいただきまーす!」
よっしゃーと喜びを隠せず再度ガッツポーズ。
それはジャックによる急襲から始まった。
暇潰しの射撃訓練。突然のジャックの襲撃。ライフルを寄越せ(所持権的な意味で)という暴論。いやいやちょっと待てと口論。なぜか互いの物をベットとした賭け事に発展。そして伝説へ……。
ジャックは秘蔵のビンテージワインを賭け、僕は先程使用した新モデルのBFF社製対物狙撃銃を賭けた。
その結果はこの通り。あぁ、なんと可哀相に……哀れな敗者がまたここに一人生まれてしまった。
よくわからない高いテンションで喜びを噛み締めていると、倒れ伏せていたジャックが再起動を果たした。
「ちょいと待ったぁ!!まだ勝負は終わっちゃいねぇ。誰も勝負が一回とは言ってないからなぁ……!」
詭弁だなとは思うけれど、アドバンテージはこちらにある。時間はまだあまり余っているので暇潰しの勝負は大歓迎だ。
「聞いたぞ。聞いたからなぁ!絶対に取り返す、いやむしろ奪い取る……!」
ジャックはぶつぶつと独り言。その図体でその行動は中々に薄気味悪い。
やれやれどうなることやら……。
本日の天候は晴れ。最近は寒い日々が続いていたけれど、今日は珍しく暖かい。空を見上げれば雲の一つも見当たらない。まさに快晴。まさに絶好の休暇日和とでも言っておこうか。
「……」
横には哀れな敗者の姿。これが真剣勝負に負けた者の行く末か、あぁ、なんと恐ろしきことかな。
とまぁ冗談はさておき、結果は、戦利品が倍以上に増えたと言えば分かってもらえるだろう。
勝負方法は各種ゲーム。ビリヤード、ポーカー、スロットその他諸々。ちなみに、これらのゲームはあまりに娯楽がなさすぎるために、整備員の有志達が収集し作り上げたものだったりする。
中には使っていないプロジェクターと私物のPCを繋ぎ合わせ、空いている会議室でミニシアターを運営している猛者もいる。これは女性スタッフを中心に人気だ。
勝負としては絶望的とまでは言わないが、相当の不器用さを誇る猪突猛進ジャックなだけに、なぜビリヤードなどの、ある意味思考とテクニックを必要とするものを選んだのかは理解に苦しむ。
ビリヤードは僕も初体験ではあったが、ジャックは突く度にボールが外に吹き飛んでいくから、負けようがなかった。その他も以下ほぼ同文。
しかし、勝負も終わり、時間が空くとその使い方には困ってしまう。
今日は久方ぶりの休日。
その理由は、今日は機体の総整備とようやく納入されたミラージュからのパーツの取り付けに掛かるからということらしい。
前々から言われていた新パーツ。となると、次からは目標に当てるだけでなく本格的な戦闘試験が始まるという事になるのだろうか?
回避運動を含めた戦闘機動。実武装と機体運用システムの確認。量産化に向けた回避ルーチンと簡易モードの構築。
将来的にやることは考えるだけでもたくさんある。今現在はやることがなくて暇ではあるが。
さてどうしよう、時間は空いた。映画でも見に行こうか、いや、どうにもそんな気分ではない。ならばどうするか、久しぶりに私物の整理……ああ、ちょうど良い、「私物」の状態でも見ておこう。
「おーい、ジャックさん。いつまでそうやってるんですか?」
「……」
反応がない。ただの……いやカツドン?テンドン?そんなネタはどうでもいい。とにかく、やることは決まったのだから、ジャックをどうにか動かそう。
「ちょっとやることができたんで、付き合いませんか?」
「……」
反応がない。余程秘蔵シリーズを失ったのがショックだったのか中々に厄介な状態だ。
「前から言ってたあれ、触っても良いですよ」
「……!」
僅かに反応。一度始動すれば、もう一息。
「……実際に動かしてみても良いですよ」
「その話、乗ったぁぁ!!」
ジャック復活。釣り上げ成功。
日本のアマテラスとかいう神様ではないけれど、どうしても動かないのなら、餌で釣って自発的に動せば良い。この単純馬鹿め。
まぁ、それがジャックの良いところでもあるんだけど。馬鹿だけど憎めない筋肉馬鹿。馬鹿だからこそ憎めないのかな?
「おおーい!何やってんだ早く行くぞ!」
いつの間にか先に歩きだし、こちらに手を振っている。
はぁ、なんというかまったく、これじゃどっちが子供なのか分かったものじゃない。
見た目的には完全に僕が子供なのだろうけど。
まぁ、とにかく、
「ジャックさん、そっちは逆方向ですよ」
目的の場所へと急ぐとしよう。
許可を取って、いつも利用している第一ハンガーではなく、基地の端っこの方に存在する第二ハンガーへ。
一目で分かる古ぼけた大きな広い建物。所々に錆が目立つ正面メインゲートの鍵を解放。金属製の重たい扉をスライドをさせ開けていく。
建物の中に差し込んでいく光。それは暗かった中の様子を朧げに映し出す。
「おお!!」
ジャックが歓声を上げる。それはジャックにとっては仕方のないことだったのだろう。
少し暗い室内、そこに居たのは旧き戦士達の姿だった。人によっては彼であり、彼女であったのかもしれない。
例えば、鋼鉄の身体と翼を持つ流線型のその姿。心臓は二つ。二十一世紀初期までに及んで世界最強と謳われていた空の戦士。
例えば、重厚な装甲。傾斜の付いた鎧を纏い、そこから前方に伸びる44口径の強力な槍を備えた陸の猛者。
あえて言い表すならば、そこは格納庫(ハンガー)というよりは博物館といった様相だった。
かの有名なスミソニアンではないものの、そこでは多種多様、多くの戦士達がその役目を終え深い眠りについていた。
歴史を感じるモノではあるが、定期的に整備を行われているのか、真新しい部分も目立つ。
そんな歴戦の勇者の中、ハンガーの隅に本来の目的であったモノの姿が、臨時のピットに支えられ直立した状態で存在していた。
無骨な造形、二足歩行の人型であっても、その姿は異形のモノだ。首はなく頭部にあたるセンサー部は胸部は一体化するようになっている。腕部と脚部は操縦者の手足を保護、延長するかのように伸びたデザイン。例によって、前面の装甲は戦車などとは比べられないが、他の部分に比べれば厚く出来ている。
そして、その厚い装甲には未だに傷や凹みが目立つ。腕部や脚部のそれには大きな擦り傷が残っている。背部のブースター付近の物は熱に当てられたのか少し変色している。
MT(Muscle Tracer)、マッスルトレーサー。世界でも初となる多目的大型パワードスーツ。
それは懐かしい以前の相棒の姿だった。懐かしいとは言っても、最近これに乗って戦っていないということだが。
まぁ、その懐かしいという感覚は、最近という時間よりも遥かに長く過ごしてきたという事実を意味しているのだろう。
偶然出会ったこの機体に何度も命を救われ、何度も共に危機を乗り越えてきた事を今でも覚えている。
本来の機体名はよく覚えてはいないが、ただ思い入れのある機体であり、戦友であるという認識が、名前なんかよりも遥かに大切であると思っている。
それはそうと、約束通り(約束はしていないが)ジャックに少し動かさせてあげよう。
「おーい、ジャックさん!こっちこっち!」
ジャックに声を賭けるが、ジャックは定置されている戦車に片手を着けたまま、視線をその鋼鉄から放さない。
無理もないか、実際の相棒ではないのだろうが、それとおそらく同機種。
僕がMTに感傷を覚えるのと同じく、ジャックにとっても戦車という物は大切な物であったのだから。
「ジャックさん?おーいジャック、乗らないのかい?」
「あ、ああ、乗るよ。乗らせてくれ」
やっとの所で反応し、笑顔を見せるがその表情は幾分か硬いもの。
けれど、ジャックはジャックだ。乗っていれば直に元に戻るだろう。
「ほら?早くこっちへ来て下さいよ」
ようやくMTへと辿り着くその巨体。あれ?今更だけど、MTを装着できるのかな、その図体で。
……きっと大丈夫なはずだ。相棒は輸出仕様のはずだし。とにもかくにもやらないことには始まらない。
頭部横、胸の上方部といった所、十五センチ四方程度の大きさのカバーを開き、中のレバーを引く。
直後に起こる作動音。折り重なるようにして構成されていた前面装甲が開き、頭部センサーユニットが上部に可動して、機体の本当の意味での中心、内部のコントロール部分が露出する。
それは本当に見慣れた光景、日常であったと言い換えてもいい。今までの癖で何となく装着しようとしてしまうが、今日使うのは僕ではないのでなんとか押しとどめる。
「ジャックさん、はいどうぞ」
「お、おう」
戸惑ったような様子を見せるジャック。そういえば乗ってるのは見せたけど、乗機や降機のところは見せてなかったっけ。
「そう。上着を通す感じで入れてって。あと、腕の先のコントロールスティックと足先のペダルは分かりますよね?」
背中を押すようにして、ジャックを機体に捩込んだ後、その構造について説明していく。
本来であれば対Gスーツを着用して、装着するものだが、今回は戦闘をするわけでもないので、それは省略する。
「よし、そんじゃ教えた通りにやってみてください」
「わ、わかった」
ジャックは緊張した面持ちで頷く。その後に聞こえる先程と同じ作動音。
ヘッドユニットが下り、左右……横から順に装甲が重なっていく。そうして出来上がったのが、センサーを光らせる起動状態のMTの姿だった。
『おい、今度はどうすれば良い?』
備え付けられたスピーカーから響くジャックの声。その声に乗った感情は先程と打って変わり、興奮の意味合いが含まれている。
「いや、後は簡単です。生身の時と同じように歩くイメージでやってみて下さい」
『わかった』
すると機体は少しぎこちなく一歩を踏み出す。続いてぎこちなく二歩目、三歩目。
歩数を重ねる事にその動きは次第に滑らかなものへ。
『おお!!うおお!!』
ジャックはかなり興奮しながら、それを行っていた。でもジャック、気持ちはわかるけど、少しうるさいよ。
『はっはー!これは本気で面白ぇ!!』
滑らかな歩行、それは確かに少しずつ速度を増していた。
そして、それはMT乗りたての者が行ってしまう。典型的なミスへと繋がる。
「あ、ジャック、あんまりスピードは出し過ぎないでね。スピード出し過ぎるとそれは……」
『俺は……風になる!!』
はぁ、駄目だこれは。調子に乗りやすいいつものジャック。さっきのシリアスジャックはどこに消えた。
溜め息を点き、考えている間に機体の速度は生身の人間の物理的限界の遥か先の領域へ。
『お、おおお?』
ジャックもようやく異変に気付いたようだ。
『おおおおいっ!これどうやって止め……』
その声は限りなく焦っている。
「最初と同じですよ。イメージですイメージ」
嘘は言っていない。
『わ、分かった。イメージだなイメージ!』
「ええ、イメージです。まぁでも」
もう遅いと思いますけど。
そう言い終わるかどうか、ほぼ同時。間抜けな叫び声と共に機体が前方へ錐揉み回転。
ズザーという効果音が似合いそうな感じで頭から地面を滑っていく。
まったくほら、言わんこっちゃない。内心そんな事を考えながら、ぴくりぴくりと微動する機体に近づく。
近づいた後、頭部ユニットにノックを三回。
「生きてますかー?」
へんじがないただの……。
まぁ生きていることは確定的だ。自分も最初は同じ事をしたし、それで思いっきり目を回していた。機体の生存性というか頑丈さ、そんなものを感じるには最適な通過儀礼だ。
何故、このような事が起きるのかその原因も分かっている。
MTは元々移動動作については特殊なペダルによって、その踏み込みを感知し、それを動きにフィードバックさせる機能が着いている。
ペダル操作に誰もが最初は戸惑うが、慣れてくれば誰でも人の限界を超えた速度が出せる。
だが問題はその後だ。
速度は簡単に出せても、それを減速させるのが非常に難しい。人間の限界を超えた速度域、そんな状態で「生身の時と同じように止まるイメージ」でやったらどうなるのか?
ただでさえトップヘヴィーの機体、速度は人間の超過領域。その後の展開は手を取るように分かる。
幼児がよく転ぶように地面へと頭から突っ込む。
つまりは顔面ヘッドスライディングの完成というわけだ。
機体の制御には訓練が要る、何時だってどんな時だって楽だけを選ぶ事はできない。そんな教訓を心に刻み付けよう。
「……酷い目にあった」
そんなこんなでジャックが目を覚まし、ジャックの希望により減速訓練を行って、ジャックが三回ほど吹っ飛んだ後は、もう周りも暗くなってきたのでまずは機体をハンガーへと戻した。その後はゲートに鍵をかけ、第一ハンガー方向、つまりは愛機達がいるであろう方向へと歩いている。
ジャックは本日の錐揉みヘッドスライディング四連発の影響か、肩を落とし、とぼとぼと歩いている。
というかそんな簡単に成功されて堪るか。僕だってきちんとした戦闘機動をこなせるようになるまでに結構な時間が掛かっているんだから。
ちなみにMTの傷の半分以上は敵からの攻撃からではなく、ヘッドスライディングの際の傷だったりする。
そして、それはそんなことをおくびにも出さず、やーいやーいとジャックをからかっていたその時だった。
微かに聞こえる機動音。ブースターを吹かす独特の噴射音。大地を揺らす振動。
視線の先にはハンガーと試験場。薄暗闇の中、黒いカラーリングは闇に溶け、赤いアイセンサーが仄かに浮かぶ。そこには何かを確かめるように動かされている自らの愛機の姿が存在していた。
「クロノス?一体誰が?」
向けた足は自然と速くなっている。同じようにジャックもまた歩く速度を上げ、ハンガーへと向かう。
ハンガーの正面から中へと入ると、ちょうどそこにはピットへ機体を着けるクロノスの姿があった。
ラナが乗っているのか?ふとそんな考えが浮かぶがよくよく見れば、ラナはいつものベンチで機体の様子を静かに見守っていた。
降機体勢に入る機体。その動きを視線で追いながらも、浮かんだ疑問の真偽を確かめるようと身体は自然とその方向へ。
「いやぁ、来たね~」
近付いていく姿に気付いたのか相変わらず軽い口調のシゲさん
機体の方はコクピットブロックが展開。そこからパイロットが降りてくる。
気になっていたそのパイロット、身長はあまり高くはない。むしろ自分より低いぐらいか。頭を覆うヘルメットの為に、顔の判別はできない。
「おっと、紹介するよ」
シゲさんはこちらに笑顔を向けながら、掌で件のパイロットの方を示す。
『ああ、はい』
ヘルメットの為にくごもった声。そこからの判別はできない。
パイロットがヘルメットを外す、密閉状態からの開放感だろう、ふぅと息を一つ吐いた後、こちらを見据え笑顔で名乗る。
「ミラージュ社よりアドバイザーとして派遣されました」
揺れるのは男性としては長い濃い金髪。伸ばしたそれを後ろで束ね、後頭に結い上げている。
「シャルル・デュノアです。これからお世話になります」
それが新たな仲間となる彼?
……とにかく僕とシャルとの初めての出会いであった。