Acxis   作:ユ仲

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Chapter1-7

「うわぁ……」

 

 本当になんて事をしてしまったんだ僕は。

 顔がさっきから異様に火照っているのを感じる。吹き出す冷や汗。

 思わず、謎の声を漏らしながら、頭を両手で抱え込み、左右へと揺らす。

 今、こうして自分がいるのがクロノスの中である事だけが本当に不幸中の幸いだ。

 

 でも仕方のない事と言えば仕方のない事だった。

 あの状況、あのタイミング。

 あんなものは戦場でだって教えてもらってはいない。下手をすれば、戦場にいる時よりも焦っていた。

 しかしあの状況ではそれ以外には自分ができることはなかった、それは確信できる。

 だけどまさか、それにしたってまさか……。

 

 

 

 

 

 

 

 あの日以来、シャルルとは顔が合わせづらい時間が続いていた。

 

 彼の言った言葉。決して見過ごす事のできない言葉。

 それを聞いて僕は本当に久しぶりに切れた。

 自室へと戻っても怒りが治まらず、いつもなら読書やら何やらをしている時間帯であったが、まるでふて寝を決め込むように眠ってしまった。

 

 その翌日、しっかりと睡眠をとって、完全に落ち着いた頭で、昨晩の事を考えていた。

 否定されたとしても、なぜ怒りをあらわにしてしまったのか?日頃から言われているにも関わらずになぜ?いつもだったら、勝手に言わせておけで済んでいるはずなのに。

 自らを律する事ができない未熟な精神。そんなものは自分には不要であったはずなのに。

 それに加えてシャルルは、昨日大分疲れている様子だった。それなのにその事を何も配慮せずに、配慮できずに怒鳴り付けてしまった。

 心を襲うのは己の情けなさと罪悪感。というか完全に自分が悪い。会ったら直ぐに謝ってしまおう。

 

 

 

 自分の心がずーんと最下層まで沈み込むのを感じる。結論から言えば謝れなかった。

 いざ目の前に立つと、シャルルの放つ雰囲気も相まって行動に出せなかった。

 ヘタレめ、僕のヘタレめ。MTを盗んで来た頃の無策無謀の自分はどこへ行った?

 ああ、本当に凹む。一歩踏み出すだけ、そんな簡単な事がなぜできないのか。

 ……明日、明日こそはきちんと謝ろう。こんな状況は決して本意なものではないのだから。

 

 

 街を模したオブジェクト。その町並みの中、機体を建造物の間に滑らせていく。

 正面、ロックオン。目の前には戦車を想定した陸上移動型ターゲットドローン。

 遭遇戦。迫り来る敵主砲。ブースター点火。加速を持って砲弾を交わし、機関銃を模しているだろうその弾幕を左腕のシールドで受け止める。

 接近。跳躍。同時に右腕の銃口は下に。

 マシンガンの銃口が目標を捕らえ飛び越えながらの射撃、対象沈黙と共に撃破判定。

 ……これでとりあえずは、一段落。

 

 今回のテストはいつもよりも厄介だった。レーダー機能の低下を想定した市街戦。都市という入り組んだ構造マップでの戦闘テスト。

 敵の配置も予想しづらく、突如背後から現れたりもする。

 それに対しては機体の装備も状況に対応。右腕にマシンガン、左腕にはシールドとブレード。肩部には近距離ミサイルとレーダーユニット。完全な近距離戦を想定した都市戦仕様。

 

 既に空中目標は撃破済みであり、残りは都市内部の地上型だけなのだが、これが中々見つけづらい。

 視界の開けた平野での会戦とは全く違い、地形を把握し思考し予測して索敵する。もちろん、見つけたのならば即破壊。

 確かに市街戦の経験は何度もしているから戸惑う事こそ少ない。だが、その経験をしているからこそ、その厄介さが際立つ。

 

 そして何よりも、今は心に残る事がある。

 

 ……はぁ、いつになったらシャルルに謝れるのだろうか。

 このところ、度重なる謝罪ミッションは連戦連敗。さらに言えば最初よりも話し掛けにくい気さえする。決心は時間と共に劣化するとはよく言ったものだと思う。

 

 ――敵を知り己を知れば、百戦危うからず。

 

 昔の偉い人はそう言ったらしいけど、今はそれが実感できる。

 自分は何もシャルルの事を知らなかった。今のシャルルの気持ちはもちろんのこと、シャルルが今まで何を体験して生きてきたのか。何を感じ何を思ってきたのか。そういった事の欠片ほどさえも。

 

 正直な所、人の過去には興味はない。過去はその人、個人の物だし、誰かに分け与える物でもないから。

 自分が言える事ではないけれど、人はどんな過去があったとしても前に進まなければならない物だから。過去は個人を造る要素として、それを踏み台にし、いずれは先を目指さないといけない物だから。

 

 しかし、しかしだ。

 今はその過去を知らないと先へ進めないという事もあることを知った。人と関わるという事はそれさえ飲み込んで関わるという事であると解った。

 考えれば考える程にそれは納得できた。だって、それは確かに当然の事だ。

 土台を知らずにしては、その上に家などを建てられるはずがないのだから。

 

 

『――んき!おい一番機!!何をやっている!!』

 

 ふと意識を戻すと、自分へと飛ばされるオペレーターの檄と……。

 

「っ!アラーム?ロックされた!?」

 

 直後に訪れる機体を揺らす激しい振動。反射的にカウンター、攻撃をされた方向への射撃。

 碌に確認もせずに撃った物だったが、それは上手く当たってくれたのか、対象撃破の文字が浮かぶ。

 しかし、その浮かんだ文字の横には、コア部に深刻なダメージを表す表示と正面装甲破損の損害判定。そして何より。

 

『一体何をやっていた?……まぁ良い、今日はもう引き上げろ』

 

 怒りと呆れが浮かぶオペレーターの姿。あぁ、やっちゃった。脳裏に浮かぶのはそんな文字。

 

「……了解」

 

 自分に対する溜め息を大きく一つ吐き出し、機体をハンガーへと向けて操作する。機体は操作に応じて方向を変え、自分と違い、その足を素直に踏み出していた。

 

 

 

 ハンガーへと降り立つ僕を待っていたのは、オペレーターの説教とシゲさんからの心配だった。

 大丈夫、調子は悪くない。ちょっと歯車が合わないだけで。そう調子は悪くはない、おかしいだけで。

 その時、シゲさんと話しているとふと視界に入る黄金。

 

「……あ、シゲさんすいません、自分、先に上がりますね」

 

 反射的。ほとんど反射的に身体は逃げ出していく。

 

 ハンガーから逃げ出し建物内へ。しかし自室へは向かわず、そこから誰もいない場所へと足を向ける。

 外、射撃場へと繋がる道中の半ば。

 身体が汚れるのも構わずに土の上、仰向けで横に。

 

 聞こえるのはハンガーでの声と作業音。目の前に広がるのは、その先に宇宙を有する広大な空。

 

 一つ二つ、数え切れない程に。周辺に光源が少ないので星が一層と輝いている。

 無学なので星座はよく知らないけれど、それは同じ空だった。いつか見たあの日と同じで少しだけ違う空。

 ふとあの頃を思い出す。幼く小さかったあの頃、幼い自分が結んだ約束。

 ……何か違うと思ったけど、そういえばあの空には流星群が流れていたっけ。名前は良くは覚えてはいない。けれど、僕ら三人はその空に願いと約束を捧げていた。

 

「おい、何やってんだ坊主?」

 

 感傷に浸っていた自分にかけられた聞き覚えのある声と言葉。横になりながらもそちらに視線に映すと、予想通り、のっしのっし、とこちらに歩いてくるジャックの姿。

 

「まったく、探したぞ」

 

 そして、その後ろからはラナの姿も。

 

「……えーと、こんな夜にどうかしたんですか?」

 

 横になった状態から身を起こし、二人に問い掛ける。

 実際には、何となく二人の言おうとしている事は分かっているが、それは自分でも分かっている事、いまさら言われてもしょうがない。

 

「その表情だと用件はわかっているみたいだな?」

 

 ほらきた。予想通りじゃないか。何をすれば良いのかはわかってるんだ。言われなくても。

 

「だが、何を怖がっているんだ?」

「は?」

 

 ……怖がっている?誰が?何を?どうして?

 ラナの言っていることがよく分からない。

 

「今度は何もわかってはいない様子だな?」

「いや、一体何を言っているんだ?ラナ」

 

 そう、一体何を言っている?その言葉、意味も意図も読み取れない。

 

「は、呼び捨てに為っているぞ。……感情が高ぶると、言動が雑になるのはお前の悪い癖だな」

「くっ、僕が何を怖がっているって言うんですか?ラナ……さん」

 

 確かに無意識の内に呼び捨てになっていた。

 本当に悪い癖だ、冷静さと自律こそが兵士の鉄則だというのに。

 ……むむ、精神集中精神集中。

 

「それは何があったか聞いてからにする。ほら、まずは話してみろ?」

 

 はぁ、完全に負けている気がする。これが人生経験の差という奴か。

 というか、ジャックは横で頷いてるだけで何しに来たの?

 

 

 

「……結局お前は、『やってる事が無駄』だと言われて切れてしまったわけか」

 

 はい、そうですよ。その通りですよー。

 

「……日頃から、知らない奴には何とでも言わせておけとか、偉そうに言ってた癖にな」

 

 はいはい、そうですよ。悪いござんした。

 

「まぁ、そうふて腐れるな。そうしてると子供のように見えるぞ……実際、子供だが」

 

 子供で悪かったですね、というか、ジャックもそこで頷いてるんじゃない。

 それはともかく。

 

「僕はね、嫌だったんですよ。皆がそうやって言われるのが。自分が言われても別に気にはしませんよ、それこそ勝手に言わしとけって奴です。……でも、だからこそ、一緒に頑張って来た筈のシャルルが皆をそういうのが嫌だった、認められなかった」

 

 だってそうじゃないか?

 シャルルは一緒の仲間になったはずなのに、そんなのが認められる筈がない。

 

「成る程な。自分の為というよりも仲間の為か……」

 

 そういってラナは上半身だけを起こして座っている状態の自分に近付いてくる。

 辺りは暗い為にその表情はわからない。

 まさか、殴ら……

 

 痛みと衝撃に備えて目を瞑る。

 しかしその頭部に感じるのは温かさ。掌。どこか懐かしく心地の良い人の体温。

 思い出すのはまだ幼かった自分の姿。

 

 そのまま一寸。そして。

 

「な、何をするんですか!?」

 

 頭を振って、頭上に存在していたラナの手を退ける。はっきり言ってラナの行動の意図がわからない。

 

「なんだ、折角撫でてやったというのに。それにしても撫でやすい頭だな、お前のは」

 

 答えになってないと思うよ、それ。

 

「ほう、そうなのか」

 

 内心どこか不満に感じたラナの態度と言動。

 それに対して文句の一つでも言ってやろうと思ったその時、ラナの笑い声と僕に不吉を呼ぶだろう声が聞こえてきた。

 ……いや、そんな、まさか。

 

 直後、頭に押し付けられる硬い掌。ぐりぐりぐりというよりは、ぐぎぐぎぐぎといった感じ。

 でも待ってジャック、それは撫でるじゃなくて、世間一般的には潰すって言うんだぞって……痛い痛い、だから痛いって潰れる潰れる。

 

「おお、本当に撫でやすいな、俺の手にすっぽり収まりやがる」

 

 うっさい。それはジャックがでかすぎるだけだろう。

 そして、ジャックは尚も笑い声を上げながら僕の頭を潰しにくる。

 

「……だけどよ」

 

 そんな時、不意に呟かれた一言。

 するといきなり、笑いながら撫でる手が止まり、ジャックの声のトーンが下がる。

 

「お前はよう、もうちっと周りを頼りやがれよ。俺達はお前のれっきとした仲間なんだぜ?それだけじゃねぇ、お前は手のかかる奴だが、俺達大人はお前達を実の息子みたいに思ってるんだからよ」

 

 ……なんだよ、それ。いっつも手がかかってんのはジャックじゃないか。ほんとなんだよ、それ。

 それは何時もの馬鹿なジャックじゃない。こちらを本気で心配してくれている真面目で真剣な大人のジャックだった。

 

「こいつの言う通りだ。困った時、辛い時、何でも良い。何かあったら私達に言え。いやシゲさんを含めた皆に言え、誰もがきっと相談に乗ってやるから」

 

 それにラナが優しげな表情と声でこちらへと語りかけてくる。

 なんだろうこれ?何だか胸が痛いじゃないけど熱いような錯覚を起こしてるような感じがする。

 でも、二人とも何だかずるいよ、ほんとに。まるでこれじゃ僕が普通の子供みたいじゃないか。これだから大人は……。

 

 

 

「所で僕が怖がってるってなんの事ですか?」

 

 気を取り直して再起動。

 

「ごまかしたな」

「ごまかしやがった」

 

 さぁ?この何時ものコンビの二人、彼らが何を言ってるのか僕にはよく分からない。全く分からない。

 そんな僕の態度にやれやれとため息をついて、ラナが本題について話し出した。

 

「まぁ良い。さっきお前が怖がってるって言ったのは、そのままの意味だ。……お前はシャルルを怖がっている」

 

 そんな事はない。シャルルに恐怖だなんて……

 

「少し違うな。正確に言えば、シャルルに嫌われる事を怖がっている」

 

 ……。

 

「少しは自覚はしているんだろう?」

 

 確かに、一歩を踏み出せないあの感覚。恐怖と言われれば恐怖かもしれない。

 でも何で……?

 

「人間関係なんて物はそんなものさ。直るかどうか分からない物、触ったら今度こそ壊れてしまいそうな物、人はそんな物に対しては総じて臆するものだからな」

 

 ラナはしみじみと何かを思い出すように語っている。

 それも確かに一つの要因だとは思うけれど。

 ん?いや、そういうことなのか?そうすると、これはきっと。

 

「……うん、でも少し解った気がする。何でシャルルとの事を怖がったのか」

「ん?」

 

 思い付いた事があった。思い至った事があった。だってそれは。

 

「シャルルは僕の友人であって、新たな家族だったから」

 

 加えれば、初めて出来た同年代の友人だったから。ここに加わった家族だったから。

 そして、それをまた失ってしまうのが怖かったから。

 

「……そうかい」

 

 見れば、ラナはこちらを見て満足そうな笑みを浮かべている。

 一方でジャックの方と言えば、ニヤニヤとした表情。

 ……言いたい事があるならはっきり言ってほしいな。

 

「青いな」

「青いな」

 

 ……別に良いですよ。青くてまだ若さが溢れてるって事で良い事じゃないですか。

 

「開き直ったな」

「ああ、開き直りやがったな」

 

 こんな感じで、しんみりとした空気はいつもの空気へ。

 もうきっとシャルルには謝る事ができる。そんな確信があった。

 

 ……でもやっぱり、明日からで。

 

 

 

 あの後、ラナ達とは別れ自室へと戻って来た。

 ラナ達には呆れた表情で見られたけれど、今の自信は本物だ。

 そういえば、まだシャワーを浴びてなかったのでシャワーで汗を洗い流す。

 さっぱりとした後は大きめのシャツとハーフパンツを身につけ、タオルで濡れた髪をよく拭きながらベッドへ。

 そうしてあらかた髪が乾いたかな、とタオルを戻しに立ち上がろうとしたその時、誰かがドアを叩くノックの音が室内に響いた。

 

「えっと……まだ起きてるかな?少し話があるんだ」

 

 何だか久しぶりに聞くような声。少し遠慮をするようなその声の持ち主を僕は既に知っている。

 

「入って良いよ」

「うん、失礼します」

 

 一つ声をかけると共にドアノブが捩られ扉が開く。

 そこから現れる明るい金の髪。

 それは思っていた通り、でも、どこか決心をしたような表情を湛えたシャルルの姿だった。

 

 

 

「……シャワー浴びてたんだね」

「……まぁ、ついさっき浴びたんだけどね」

「……そうなんだ」

「……うん」

 

 差し出した椅子と自分のベッド、それぞれに腰を掛けながら口を開くのだが、話がなかなか繋がらない。

 

「……」

「……」

 

 訪れる沈黙。

 でもやはり、こういう時は先に言い出さねば。

 

「あのさ」

「あのさ」

 

 ……って。

 

「……」

「……」

 

 被った。どうしようもなく被った。

 今度は先にどうぞどうぞと押し付け合う。

 

「やっぱりそっちが先で良いよ」

「この場合はシャルルが先で」

「いや、それは」

「シャルルが先で」

「いや」

「シャルルが先で」

「……」

「シャルルが、先で」

「分かったよ」

 

 譲り合いというかは押し付け合い。この場合は一方的な展開で僕の勝利だ。

 前から思ってたけど、シャルルは押しに弱い気がする。

 いや、それはともかく、今は……。

 姿勢を正し、シャルルが言おうとしている事に身構える。どんな言葉が来ても大丈夫なように。そう心を決めて。

 シャルルも少し緊張しているのか、同じように背筋を伸ばし、大きく呼吸をしている。

 やがて、こちらを見据え口を開く。

 

「この間は本当にごめんなさい!」

 

 え?

 

「あと、皆の事をけなすような事も言ってごめんなさい!」

 

 あ、いや。

 

「それに何にも知らないのに、なんて言ってごめんなさい!」

 

 いや、ちょっと。

 

「ちょっと待った」 

「え?」

 

 いきなり、その言葉を止められた為か、その顔に浮かぶのは驚きの表情。

 でも本当にちょっと待って欲しい。

 それはこっちにとってもいきなりだったし、それにこの調子だとシャルルに押し切られて、こちらの言い分が無くなってしまう。

 

「本当にこの間はごめん」

「えっ?」

 

 何故か驚いた様子のシャルルの表情。

 

「いきなり怒鳴ったりしてごめん」

「ええっ?」

 

 二言目になるとさらに大きく。

 

「何にも知らないのに色々言ってごめん」

「えええっ!?」

 

 三言目にはちょっとした叫びの領域に。

 ……さっきから何を驚いているのやら。

 というか、いきなり謝りあって僕らは何をやってるんだろうか?何だか急に笑いが込み上げてきた。

 

 そうしてふと顔を見合わせると、どちらからでもなく互いに笑顔がこぼれる。

 どうやらシャルルもまったく同じ事を考えていたようだ。

 

 そのまま二人で笑い合う。この間の喧嘩などなかったかのように。今までのすれ違いなどが嘘か幻だったかのように。

 

「ほんと、僕らは何をしてたんだろうね」

「本当、まったくだよね」

 

 そう、全く本当に。

 

「些細な事で喧嘩してさ」

「うん」

 

 翌日にごめんと、ただ一言、言っていれば、これはそこで終わっていたのではないだろうか?

 

「こうして蓋を開けてみれば二人とも謝り合って、笑い合って」

「……」

 

 本当の本当に。一歩を踏み出せばすぐそこだったのに、それを怖がって踏み出せなくて。

 

 ちょっと自分たちに呆れの笑いを浮かべる。

 そんなちょっとした笑いの中、シャルルの方に目を移してみれば、そこにあったのは何かを考え込むような表情。

 そして、こちらの視線に気がつくと、少し緊張をした面持ちでこちらを見詰め、そのままこちらの瞳を見据えたままにその口を開いた。

 

「……少し聞いてほしい事があるんだ」

「……何を?」

 

 そのシャルルは真剣な表情だった。そして彼は何かに耐えるような怯えるような表情で言葉を続ける。

 

「……僕の、ううん、私の今までの事」

「……ああ」

 

 そして、その語りが始められる。

 

 

 

「私には大好きな母がいたんだ。とても優しくて笑顔がとても綺麗で本当に大好きだったんだよ」

 

 それはシャルルの人生そのものだった。

 

「でも、その母が亡くなった後、父の所に連れて来られて……あの人はさ、本当は私なんてどうでもよかったんだ、でも私が力を持っていたから、それを利用して」

 

 思った事。

 

「私ね、本当に頑張ったんだよ?きっと認めてもらえるって、褒めてもらえるって。そう思って頑張って頑張って頑張ったんだよ?」

 

 感じた事。

 

「でもさ、ダメだった。あの人は私を道具か何かだと思ってるみたいで、会ってもくれないし、何も話し掛けてくれないんだ」

 

 考えた事。

 

「それでもね、必要としてくれるなら、役に立てるなら、自分がいてもいいのかもって、自分の居場所があるのかもって思って、また頑張ったんだ」

 

 頑張った事。

 

「でもやっぱり駄目だった。ここに来るのが嫌だって言ったら、目の前から消えろ!なんて言われちゃった。……ほんと笑えないよね」

 

 悲しかった事。

 

「ここの人は皆、みんな良い人だよね。優しくて面白くていつでも笑ってて、まるで夢でも見てるみたいだって思ったもん」

 

 嬉しかった事。

 

「でもね思ったんだ。これは本当に私の夢なんじゃないかって。皆の笑顔、皆の優しさが全部、都合の良い幻なんじゃないかって」

 

 辛かった事。

 

「本当に夢や幻ではないってことはわかってるよ?でもね……でもね、母が死んで幸せなんてどこかに消えちゃって、それでも居場所でもと思ったら、消えろって言われて無くなっちゃって」

 

 抱いた想い。

 

「みんなみんな、本当に欲しかった物を無くしてきたと思うと、やっぱり、いつか皆は消えちゃうんだって思って。私の事を要らなく思うんじゃないかって考えちゃって」

 

 抱いた願い。

 

「そうしたら辛くて、悲しくて、もうよくわからなくて、もうどうすればいいのかわからなくて……」

 

 その全てがそこには含まれていた。

 

「ねえ……私はここに居ていいのかな?父にさえ必要とされない、何にも無い私だけど、ここに居てもいいのかなぁ」

 

 シャルルからの問い掛け。それは彼の全てがそこに懸けられたものだ。

 その重み、人一人の人生という物、それを言葉から感じている。

 シャルルの人生を左右するであろう質問、僕に課せられたそれに対する答え。その責任は大きすぎる物なのかもしれない。

 それでも、そんな物は既に決まっていた。

 

「……駄目だな。そんなのは、駄目だ」

「……やっぱり、そう、なんだ」

 

 落ち込んだ声。その表情は泣いている。涙は流れていないが、それでもシャルルは泣いていた。

 でも待ってほしい、それは違う。勘違いをするな。意味が、違う。

 

「違う。そういう事じゃ無い。ここに居てもいいか、なんてそんな悲しい事を言うのが駄目なんだ。そんな事は絶対に」

 

 僕の言葉にシャルルが浮かべるのは悲しみと困惑の表情。

 

「なん、で?」

「何でじゃあない。当たり前だろ?初めに言ったよな?ようこそホームへって」

 

 シャルルの歓迎パーティー、その時にシャルに向けて言ったこと。

 

「……うん、覚えてるよ」

「そうホームだ。ここがシャルルにとっても……僕にとってもホームなんだ」

 

 見れば、未だに納得のできていないような表情のシャルル。

 

「ここが僕らの家なんだよ。ここでシャルルは何をした?笑っただろ?一緒に騒いだだろう?今みたいに深く悩んだりもしただろう?」

 

 それをシャルルはここで経験してきたはずだ。その皆の優しさを。皆の心とその想いを。

 

「言いたい事があんまり上手くまとめられないけどつまりはさ、血の繋がりとかじゃなくて、笑ったり悩んだり、時には泣いたり、僕らみたいに喧嘩したりもするかもしれないけどさ」

 

 何となく、これ以上言うのが恥ずかしいので目を逸らしながら言葉に続ける。

 これは全ての心情を吐き出してくれたシャルルへの礼。今度は自分の想いを。その本心を。

 

「それでも一緒にいるもの……そういうのをさ、『家族』って言うんじゃないかな」

 

 言ってしまった。本当に言ってしまった。うわぁ、ラナ達がいたら絶対笑われてる所だよ、これ。

 

「まぁ僕自身で思ってる事だからあれなんだけど。……でも、さ。要らない、とか、ここに居てもいいか、とかはあんまり言うなよ。皆家族なんだぜ?居てもらわなくちゃ困るよ」

 

 ……。

 

 ん?そういえば、いつの間か反応がない。

 恐る恐るシャルルがいた場所を覗いてみる。何だか恥ずかしい気持ちもあるのでこっそりと。

 するとそこには、両手で顔を隠すように俯く姿が見えた。

 結論からすれば、肩を震わして泣いているシャルルの姿があった。

 

 ええっ!?

 

 はっきり言えば、焦った。これ以上無いほどに焦った。

 今までに命に危険が迫るようなそんな状況はそれなりには経験していた。たしかにしてきた。

 だけど、今みたいな一体どうすれば良いのか、それすら解らない危機は初めてだった。

 

「ちょっとシャルル、な、何で泣いてるんだよ……?」

 

 その問い掛けへの返答代わり、聞こえてくるのは鳴咽としゃくり上げるような要領を得ない声。

 

 その姿にあぁ、と胸に浮かぶものがあった。

 

 それは幼き頃の自分。弱くて小さくてよく泣いていた頃の自分。

 今日は何かとあの頃を思い出す事が多かったけれど、もしかしたらそれは、今この時の為だったのかもしれない。

 

 ベッドから立ち上がり、椅子に座ったまま泣き続けるシャルルの正面へと移動する。

 そんなシャルルは相も変わらずに泣き続けている。その涙する理由はよく分からないけれど、今は理由なんて物はどうでも良い。

 そして、そのまま一人泣き続けている身体を抱え込むように抱きしめていく。右手は頭に。左手は背中に。もう大丈夫だと、よく頑張ったな、と幼き自分がよくされていたように。

 

 シャルルはその体勢になってもずっと泣き続けていた。今まで抱え込んで来た何かを、きっと重たかったろうそれを全て投げ出すかのように。

 声を上げて泣いていた。耐え続けた物からようやく解き放たれたかのように。

 ずっとずっと。

 

 どれほどの時間をそうしていただろうか?

 気が付けば、腕の中にいるシャルルはいつの間にか泣き止んでいる様子だった。それでもその体勢は崩さない。

 その頭を撫でながら、どちらも身動きは一つもせず、そのままの状態でじっと過ごしていた。

 

「……ごめんね、いきなり泣き出したりしちゃって」

 

 そこで先に口を開いたのはシャルルだ。腕の中、僕の胸の辺りから声が聞こえる。

 

「いや、そんな事は誰でもあるだろうさ。僕だってそうやってよく泣いてた物だったし」

「……泣いていた?え?それって」

 

 なんだか意外そうな声を上げるシャルル。僕もその声に応えて、懐かしい記憶の断片を話していく。

 

「そう、ずっと昔、本当に幼い頃だったよ」

 

 シャルルはそれを興味深そうに聞いていた。僕が幼い子供の時分であったその頃の話を。

 

「その時の僕は本当に泣き虫で、いつも泣いては、こうして姉さんが抱きしめてくれて、頭を撫でてくれてたんだ」

 

 そう、本当にあの頃は弱かった自分だった。守られていた自分だった。

 

「姉さん……兄弟がいたんだ?」

「ああ、うん。姉さんと……後あれは弟みたいな兄だったかな」

「そっか」

 

 あの馬鹿と一緒にそこら中で遊んで、よく転んで泣いては宥められていた。

 貧しかったけど、穏やかな日々、毎日が楽しくて幸せだった。

 

「まぁ、それはともかく……そっちの方はもう大丈夫?」

 

 腕の中、そのまま胸に頭を預けているシャルルに問い掛ける。

 

「うん、……でもね、一つ聞きたい事があるんだ」

「何さ、良いよ。何でも聞くから言ってみて?」

 

 そう言うと、彼は心配そうに口を開いた。

 

「……私ね、機体が完成したら、帰らなきゃいけない。あの場所へまた。きっとまた独りで」

 

 ああ、成る程とそんな契約だったかと思い返す。

 

「どうしよう、もうあそこには戻りたくないよ。どうしたら良いんだろう?」

 

 確かにそれはシャルルにとっては問題かもしれない。

 

「帰らなきゃいいんだよ」

「え?」

 

 僕の一言にシャルルは再び驚いてはいるけれど、でも、それはこちらからすれば、特に問題にすらならないことだ。

 

「だからこっちに残ればいいんだよ」

「いや、でも……」

 

 まったく、真面目というか何と言うか。

 

「言いたい事を言って、やりたい事をやれば良いんだよ?ほら、難しい事じゃないでしょ?」

「でも、あの人が、父が何て言うか」

 

 やれやれ、本当にあんまり見くびってもらっても困る。

 

「その時は僕らを頼りなよ。僕だけじゃない、ジャックやラナやシゲさんに。そうすればきっとクレストもキサラギも動いてくれるはずだから」

「……、うん」

 

 そう、僕らは一応クレスト、キサラギの重要人物であるし、その程度の頼みならきっと聞いてくれるだろう。

 

「シャルルはさ、もっと我が儘を言っても罰は当たらないと思うよ」

「……うん」

 

 それについてもそうだ。シャルルは何だか、周りに遠慮し過ぎてる気がする。それでその結果何でも一人で背負いすぎてると思う。

 

「もっと周りを頼って、もっと素直になりなよ」

 

 そうしてシャルルの力になってあげたい。困っている様子を見れば、きっと誰もがそう思うはずだ。

 

「うん」

 

 とまぁ、最後はラナさん達の受け売りなんだけど。

 

 と、そこで初めて気付いたのだけれど、それにしても、いつまでこうしていたら良いのだろうか?

 正直な所、正気に戻ってるから凄く恥ずかしい。

 

「それでさ、えっと、ね。もうそろそろ離してくれると嬉しい、かな」

 

 ちょうどそこでこちらの考えと同じような言葉が聞こえてくる。

 まぁ、そうなるよね。シャルルもシャルルで同じ気持ちだったようだ。

 

 声をかけられると共に解いていくその拘束。

 その顔を窺って見れば、シャルルの顔は林檎もかくやと言ったように真っ赤になっている。その範囲は耳の先までに。

 うんまぁ、きっと多分、こっちも同じような状況だろう。実際に今は顔が熱い。

 

「……なんだか恥ずかしいね」

「……確かに」

 

 それには同感だ。何か恥ずかし過ぎる事も言っていた気がする。

 

「でもいきなりで悪かったね」

「えと、うん……なんだかね、温かくて何だか安心できたよ」

 

 安心という割には、顔が真っ赤なんだけどそれはどうなんだろう。まぁ何であれシャルルの手助けが出来たのならそれでもいいと思う。

 

「……」

「……」

 

 再び訪れる無言の時間。そういえば、本当にどれくらいの時間が経っていたのだろうか?大分話していた気がする。

 

「もうこんな時間か」

「うん」

 

 部屋の時計を見てみれば、もうすぐ日付が変わろうとするような時間帯に突入していた。

 もうそろそろ互いに自分の部屋へ戻った方が良いだろう。明日は休みでもなんでもなく、またテストが待っているのだから。

 

「シャルル。もう遅いし……」

「ん?」

 

 それを口に出そうとしたその時、そういえばやっていなかった事に気付く。

 

「と、その前に」

「あ、そうだね」

 

 突き出すのは右手。シャルルもこちらの意図に気付いたようで同じく右手を前に出す。

 重なる右手。それを互いに軽く握り返す。

 

「これでまぁ元通りだな」

「うん、仲直りだね」

 

 和解の握手。ケンカの終焉。これ再び結ばれた友情って所なのかな。

 

「それじゃ、シャルル、もう遅いし僕は寝る。そっちも遅くならない内に寝なよ」

「もちろん、分かってるよ」

 

 扉へと近づくシャルルの背中に一つ声をかける。

 

「それじゃあ、また明日」

「うん、また明日」

 

 そして、シャルルが入り口の扉をくぐり、入り口のドアが閉められる。

 それを見送った後で、言葉通りにベッドの毛布の中へと潜り込んでいく。

 なんだか一段とベッドが心地良く感じる。

 その日の夜は不思議と何だか直ぐに寝付く事ができた。

 

 そして、ようやく戻って来た、いつもの日常を迎える。

 

 

 

 

 

 

 ……はずだったんだけど、どうしてこうなったのか。

 

 両手で頭を抱え、再び左右に。その事を思考から振り切るように。何とか思い出さないように。

 あー忘れたい。すごく忘れたい。けれど意識すればするほどに印象が強くなっていく。

 

『おーい、その動きは凄く興味深いけど、早く始めてくれぇーい』

 

 オペレーターから代わってシゲさんの催促の声が聞こえる。

 

 ……その動き?ああ、成る程、AMSがこちらの思考と動きに反応し、クロノスに今の動作を忠実に再現させている。

 頭を抱えながら、じたばたと頭を左右へと振るクロノス。うん、とてもシュールだ。

 

「……了解です」

 

 頭を切り替えよう。恥ずかしさで死にそうだけど、悶死するのはテストの後で良い。

 なぜ、ここまで、恥ずかしがっているのか?

 だって普通は考えないはずだ。

 昨日まで、昨夜まで男だと思っていた友人が、翌朝になったら女の子に変身していただなんて。

 あまつさえ、不可抗力とはいえそんな女の子を思いっきり抱きしめてしまっていただなんて。

 

 

 

 

 テストは何とか無事に終了。

 結果は及第点。精神耐性に問題有り。要集中要集中。

 シャワーを浴びて今はPX、料理を受け取りいつもの席へ。

 帰って来た日常。変わらない日常。一つ変わったとすれば、隣の人物。

 

「調子悪そうだったね?」

 

 話しかけてくるのは、件の「彼」だった金髪。

 上は作業衣を着ているが、下はタイトスカート。そこから暗色系のストッキングに包まれた足が真っ直ぐに伸びている。

 

「まったく……誰のせいだと思ってるんだか」

「ははは、……ごめん」

 

 本当に全くだ。そのせいでテストは散々な結果に……。

 

「でも、最初は、全く、気付いてなかったよね?」

 

 む。それは確かに。

 違和感こそはあったけれど、戻った笑顔の影響かと思って、特に注意せず気が付かないままに過ごしていた。

 

「……私は少し、ショックだったなぁ」

 

 はいはい、すみませんでした。許してください。

 

「ふむふむ、分かれば良し!……なんてね?」

 

 むぅ、と頬を風船のように膨らませたその後、明るくくすくすと笑うその表情。それは本当に何かが吹っ切れたような表情だった。

 まぁ、男だろうと女の子だろうと、昨夜の事でシャルが元気になったのなら、結果オーライという事なのだろうけれど。

 

 ゆっくり歩いていたので、ようやくいつもの席へと到着。そして席には既にいつもの先着。

 

「本当に元気になってるじゃねえか、坊主に嬢ちゃん」

「なんだか、以前にも増してといった感じだな」

 

 まぁいつも通りの、この間はなんか色々とお世話になったジャックとラナの姿。

 

 そんなこんなで再び流れる忙しいけど、愉快な日常。

 シャルルはシャルロットになったけど、その日常は変わらない。だって名前と格好が変わっても、シャルはシャルだって事だから。

 何気ない世間話をして、馬鹿みたいな笑い話をして、仕事の事で語り合うそんな関係。

 

 

 

 それは再び平穏に流れていくものだと思っていた。

 そうして、大変だけど緩やかにこの日常を過ごして行くものだと思っていた。

 

 

 

 騒々しい足音が響く。

 その音源となっている物の方向に目を向ければ、予想通りにPXへと駆けてくる影。

 それは僕らがいつもお世話になっている整備班班長である、シゲさんの姿だった。

 

 和解の記念にいつものような宴会をやりに来たのでは、とも思ったが、その表情はいつもの明るい笑顔ではなく、いつになく真剣な表情だ。

 

「シゲさん、何かあったんですか?」

 

 シゲさんは、無言でPXに設けてあるディスプレイの映像を変える。

 そこには、何かを大々的に報じるニュースの映像と、そしておそらく同年代であるだろう少年の姿が映し出されている。

 

 えと、男、少年……オリムラ、オリムライチカ?

 

 シゲさんは画面を見つめ口を開く。

 

「……ISに男の適性者が現れたんだ」

 

 いきなり訪れたその出来事。

 それは世界全体を巻き込むような、とても大きな波乱の予感だった。

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