「体育祭の助っ人ですか?」
「鹿乃子とばしゃめは乗り気じゃないし、あんことりょうだけが頼りなんだ」
「ああ……自分に好意を寄せている人なら断りはしないだろうという思惑が透けて見えてゾクゾクします……」
「当然見返りはあるのよね?」
「……人選間違えたかな」
生徒会とシカ部共同で体育祭を仕切ることになりました。これは恩を返すチャンスね。
「それではシカ組に続いて竜組の入場です!」
「しゃあ! 久しぶりにやるぞてめーら!」
「姐さん……!」
当日。髪色に合わせて作ってくれた銀色の横断幕を持ち上げてもらい、読んで字の如く幕の上を横断して会場にカチコミました。
「あなたまで何やってるの!!」
「のこたん先輩がどんどん盛り上げてくれと言ってたので」
「信じるな! あいつの言うことは!」
「大丈夫です。安心してください。元竜組の仲間に相談したら合間で手伝ってくれると。その見返りと言ってはなんですが、一日限りの姉御復活というわけです」
「な……なるほど。それならまあ……」
「それに……」
「……? 急に小声になってなんだ?」
「お姉様のヤンキー時代を知ってるので、その口止めも兼ねてます」
「是が非でも頼む!」
入部してから一ヶ月経って分かったのはお姉様はあけすけな性格をしているということ。シカ部の面々は今となってはばしゃめを含めて全員が事情を知っているから、部内では男勝りな口調で話してるの。けど周りには必死になって隠している。それが顕著に出たのは燕谷先輩がシカ部に来た時のこと……。
「今日はわざわざシカ部に来てくれてありがとう」
本来のものではない口調と、内部の人間なら分かる作られた笑顔。私が初めて会った時と同じだった。
「シカ部って実はいろんな活動をしてるのよ。——あとはそう由緒正しきシカの祭典に出たり……」
「その時のこしたんがこちらです」
うへへ……♡ シカコレのお姉様良かった……。何度ギャップ萌えさせたら気が済むのかしら? 帰ったらのこたん先輩に分けてもらった映像また見よっと。
「体調不良者が出たからプログラムの順番を入れ替えて欲しい? 分かったわ。水分はこまめに取るのよ!」
「またツノが爆発した!? 怪我人は? 今回も怪我は無かった? どうなってるのあれ……。とにかく後処理は任せて!」
「記録の認定員が責任者にサインして欲しい? えっ。鹿乃子さんが責任者じゃないの? 飼い主だから? 誰が飼いぬ……こほん。わ、分かったわ」
「……あー、なんとかひと段落ついた。今回という今回こそは許さねえぞ鹿乃子の野郎……」
「お疲れ様ですお姉様。作画が崩れても素敵です」
「作画が崩れてる時点で素敵ではないのよ……。そうだ。熊の対策はしてくれた?」
「熊よけの鈴をつけた糸を張り巡らせておきました。足を踏み入れた途端に日野中に鳴り響きますわ。私達の愛を結ぶウェディングベルが」
「そう……ありがとう……」
だいぶお疲れの様です。それなのに私達以外には気丈にも優等生スマイルを見せてるわ。それで余計に疲れているようにも思えます。
「やっぱり……優しくするのは性に合わないのかしら」
「ふっ、何も分かってないのね。りゅうこ」
「むっ、私がお姉様の何を分かってないと?」
「全部と言いたいところだけど……。あなたはこの一ヶ月でお姉ちゃんの優しさが無理したものに感じたのかしら?」
「……! それは……感じなかったけど」
「なら答えは単純じゃない。お姉ちゃんはヤンキー口調が素だけど、その上で優しいのよ」
「ヤンキーのきらいがありながら、優しくもある……そんなことがあり得るというの」
「それが認められないというのなら、お姉ちゃんは私だけのものよ」
「あんこ……」
そして体育祭も終わろうかという頃。あんこが言っていたことの意味は目に見える形になった。のこたん先輩が連れてきたシカの大群の不始末に対して、お姉様は屋上で怒鳴りつけてしまったの。
「こ……虎視さんかっこいい……!」
全校生徒の前で晒した素顔はあっさりと受け入れられた。被っていた優等生の顔とは正反対の姿。けれど進行を妨げるのこたん先輩に反省を促す姿には、確かにみんなを思いやる優しさも含まれていた……。それがあの一瞬で全員に伝わったんだ。
「お、終わった……。結局二時間も押しちまった……」
「お疲れ様でした。本当に。後片付けは私達でやっておきますよ」
「ありがてえけど、そういうわけにはいかねえかな……。休憩したら私も手伝うよ」
「……お姉様が生徒会長になったのは、なにも演じるためだけじゃなかったのかもしれませんね」
「ん? どういうこと?」
「初めてお姉様と出会った時……私は自分を大きく見せようと必死だったんです。偽りの激しい口調で自分を奮い立たせていました。漫画のキャラクターを演じて、それが自分そのものであるかのように信じたかったんです」
「……自信がなかったんだな」
「はい。だから出会ってからは、あなたを演じるようになりました。あなたのようになりたかったんです。そうしたら、少し楽になりました。無理をしていたんだって、よく分かりました」
つい堪えきれなくなって、話し始めてしまいました。疲れているでしょうに、お姉様は真摯に向き合って聞いてくれた……。
「こっちの方が本来の自分に近いんだろうなって。でもそれは演じた姿で、本当の自分ってなんだろうって。ずっと分からなかった。けどその答えがようやく出たんです」
「そうなのか?」
「お姉様の素がヤンキー側でも、生来の人の良さが滲み出たように。演じた自分は他人ではないんだなって。今日みたいに竜組を率いたこと、お姉様になろうとしたこと、そのどれもが切っても切り離せない自分なんだなって、認められました。お姉様のおかげで」
「そっか。スッキリしたか?」
「ええ!」
私の顔を見たお姉様は一瞬目を丸くすると、穏やかに微笑みを湛えてくれました。
「この雰囲気のまま口付けといきたいのですが……」
「片付けじゃなくて?」
「ダメですね。気を遣って席を外してくれたあんこに悪いから」
「あ……本当だ。さっきまで実況席にいたのに」
「あんことはクナイでも切れない停戦協定を結んでますしね」
「いつの間に!?」
「初日です。戦いの火蓋と私の糸が切られました」
「入学早々喧嘩沙汰!?」
「やっぱり戦って分かりあうのが王道ですからね」
「分からんでもないけど!」
「というわけで口付けはお預けです」
「なんで私が期待したみたいになってんだ!」
自分語りをしてしまって恥ずかしくなったので、お返しにお姉様をからかいました。顔が真っ赤になっていく様が愛らしいです。
「でも今回の件で惚れ直しちゃったので……いつか支払ってもらいます♪」
「あ、あんまり先輩をからかうなよな……」
「ふふっ」
休憩中のお姉様を背にして後片付けに向かいました。竜組のみんなに記念として姉御口調で接することになりましたが、心はとても軽かったです。