華道部に行ってしまったのこたん先輩を連れ戻そうとした日のこと。大事じゃないと分かって飽きた私達三人は部室に戻ってきていた。
「そういえばりゅうこちゃんは華道に興味ないんですか?」
「ないわね。なんで?」
「ほら。百合が好きなんですよね?」
「ほーん……無知シチュってわけね。ぶっ!?」
「ごめんなさい。手が滑ったわ」
手が滑ったなら仕方ないか。
「簡単に言うと女の子同士でのイチャイチャのことよ」
「へー、そうなんですね。そうだ! 私とあんこちゃんのイチャイチャを見せたら、田植え手伝ってくれますか?」
「何言ってるの?」
「ふっ……悪いけど今の私はお姉様専よ。満足させられるわけが……」
「あんこちゃん。ばしゃめのこともお世話してくださいよ〜」
「ちょっ……!? 私、お姉ちゃん専用のお世話係だから……!」
うへへ……♡ 同級生をそういう目で見る背徳感たまんない……。
「うわ」
「ふっ……88鼻血ってところね。けど私の鼻血は108式まであるわ」
「いきなり奥の方から披露してるわね?」
「というわけでばしゃめの勝ち〜」
「恐ろしい子……」
私の百合好きを利用してくるなんて。今後もそんな風に利用されたら……興奮するわね。
「それじゃああんこちゃん」
「手伝わないわよ」
「まだ何も言ってないんですけれども……」
汚れるのが嫌ということで断るあんこ。こうなると白羽の矢が立ったのはつっちーだったわ。あら、その手(?)伸びるのね。
「悪いけど私触手プレイはちょっと。ぶっ!」
「手が滑ったわ」
手が滑ったなら仕方ないか。
「田植え日和だ〜」
そういう訳で今日はシカ部らしく田植えをすることになったわ。
「この鈴はなんですか?」
「鳥やシカが食べちゃうかもしれないから、体育祭の時の仕掛けを流用したのよ」
「こっちのペットボトルは?」
「それはのこたん先輩対策ね」
「りゅうこちゃんはのこたん先輩のこと何だと思ってるんですか?」
「シカじゃないの?」
「ンハァ。まだまだ理解が浅いですね。シカとヒトのハイブリッドなんですよ」
「そっか。なら稲は食べないか」
「その点ばしゃめはヒト以上シカ未満なので我慢できなくなるかもしれません」
「あら。じゃあ捕まえておかないと」
「捕まっちゃいました〜」
「フンスカッ」
つっちーに怒られちゃったから真面目にやりました。汚れちゃったし腰も痛いわ……。でも心地良い疲れね。
「おーい。三人とも終わった?」
あんこがおにぎりを作ってくれたわ。疲れた身体に塩っ気が染みて美味しい……。
「わざわざおにぎり作ってくれてありがとうございます。あんこちゃんは優しいですねぇ」
「別に……お弁当作りで慣れてるから」
「えーっ。お弁当あんこちゃんが作ってるんですか?」
「ほほう。それなら……」
「結構です」
「まだ何も言ってないのに」
お姉様にお弁当を差し上げるチャンスはどうやら無さそうね……。
「美味しかったわ。ありがとう」
「……どういたしまして」
風が気持ちいい……。時の流れがここだけ遅くなったようにのどかなひととき。こんな時間もたまには悪くないわね。
「てめー! 人に散々心配かけさせやがって!」
「こしたんったらそんなに心配してくれたんだ」
「言われてみればそんなに心配してねえか」
「がーん……! 私のいないシカ部なんて、シカせんべいのない奈良公園だよ!?」
「シカせんべい目的では行かねえよ!?」
「でもないとさびしかろ♪」
「クソウゼェ……」
ふふっ……また慌ただしい時間が戻ってきたみたいね。
そして夏がやってきた。部室の前を偶然通りかかった猫山田先輩が、開けた扉の前に置いた踏み台に乗って扉に寄りかかっていたわ。横切るのも悪いし面白そうだから盗み聞きしよ。
「もうすぐ期末テストですね。会長」
「ボエーっ!」
「ニャーッ!? にゃに!?」
のこたん先輩は期末テストという単語を聞くとゲロを吐いてしまうタイプのシカなので、小声で宣戦布告をする猫山田先輩。優しいわね。お姉様は気にせず普通のトーンで言ってたけど。それほど気の置けない関係なのか、積年の恨みによるものなのか。どっちもかな……。
「ふーん……会長……逃げるんですかぁ?」
「は?」
「あっ、もしかして私に負けるのが怖いとか?」
「おい……お前……言っていいことと悪いことがあるよなぁ……?」
もう全校生徒に素の性格がバレているというのに、優等生ムーブで勝負を避けようとするお姉様だったけど、煽りに煽られて受けることに。猫山田先輩とは体育祭の時に話して以来だけど、かなり優しい印象があったのに、お姉様の前ではあんなに意地悪なのね……うへへ♡
「ねこ×こしもありね……」
「ニャーッ!? にゃに!?」
「ごめんなさいね。こいつは百合の気配を感知すると鼻血を吹いてしまうタイプのシカなの」
「さっきより少しまともに聞こえるけど全然まともじゃない!」
「気にしなくていいから」
「気にしなくていいの!? 次の自分のコマにかかって髪色が変わっちゃってるけど」
「ま、まだまだ……ここで終わったら22鼻血ですよ。ほら、もっとアピールアピール」
「碌なシカいないわね!!」
帰っちゃった。ぐぬぬ……ちょっといやらしい雰囲気にしてこようと思ったのに難しいものね。
「この髪どうですか? 覚醒モードっぽくないですか?」
「ただただ汚ねえ……」
「んっ! そんな視線を向けないでください。新しい性癖に目覚めてしまいそうです」
「無敵か!? はぁ……それより期末テスト一週間前だ」
「ボエーっ!」
「終わるまでは一旦活動停止だから、みんなに伝えておいてくれ」
「分かりました。二人きりの秘密の勉強会ですね」
「りょうの脳内で何がどう変換されたの? しないよ?」
「そんな!? お決まりのイベントじゃないですか!」
「そんなこと言われても、猫山田さんとの勝負もあるし……」
「しまった! 今のでフラグがへし折れたか……体育祭の一件で好感度は足りていたはず」
「むしろその発言で好感度は落ちましたけれども」
「シカ部がお休みなら私も勝負のために行ってくるよ……山に!」
「なんて?」
「のこたん先輩は山に芝刈りに。私は川に洗濯にいけばいいのかしら?」
「……とりあえずヘアゴムに垂れないうちに髪を洗ってきたら」
「はーい」
一緒にお勉強しても邪魔になってしまうというのであれば本意ではないわ。んー、竜組のみんなとしようかしら。あ、そうだ。
「失礼するわ」
「お邪魔します〜」
折角の縁だしあんことばしゃめを勉強会に招いたわ。普段はお姉様に付きっきりだし、シカ部がお休みの時くらいお互いを知る機会があってもいいでしょう。
「あなたってお姉ちゃんが絡まないと常識的よね」
「その言葉そっくりそのままお返しします」
「わぁ。本が一杯ですね! さては勉強できますね?」
「いやー、そこまでは。これ薄い本ですし」
「え? そんなに薄いですか?」
「同人誌って言う漫画の二次創作のことよ。もちろん百合の」
「少しは隠しておきさないっ」
「ちなみにこれは私のおすすめの姉妹百合よ」
「私はお姉ちゃん以外に興味ないから」
「お姉様の本棚に仕込んでおけば、そういう気分にさせられるわよ」
「言い値で買うわ!」
ふっ、これでお姉様に百合性癖を植え付けるって寸法よ。しかもお姉様の少女趣味に合わせたチョイス……抜かりはないわ!
「確かにこしたん先輩が絡むと常識を失ってますねぇ」
という訳でお互い分からないところを教え合いながらテスト対策を進めていったわ。
「私があなた達に一方的に教えただけだったわよね?」
「独白って入ってきていいのね」
「ていうかりゅうこちゃん、勉強できない風のオーラ出してましたけどそこそこできるじゃないですか」
「前は良い方ではなかったのよ。ただシカ部の成績が悪いってことになって、お姉様の顔に泥を塗るわけにもいかないし」
本当はお姉様を演じて毎日復習と予習をする習慣を真似したから上がったんだけど、それは内緒ね。……この独白聞こえてないわよね? 怖くなってきたわ。
「裏切り者です〜! 一緒に走りましょう絶対ですよ……って約束したつもりでいたのに!」
「抜け駆けとは違う気もするけどね」
「そういうこと言っちゃう悪い子にはご褒美のおにぎりは無しかな〜」
「りゅうこちゃんって天才ですよね! ほら……なんか頭良さそうな顔してますし!」
「ふふん。そうでしょそうでしょ」
「逆にそれでいいの?」
あんこ先生にばしゃめを任せておにぎりを作ってきたわ。あ、なんか口から生気が漏れ出てる。
「遅いです……あんこちゃんにダメにされました」
「かはっ」
「おにぎりにはかけないでね」
私はばしゃめにダメにされるかもしれない……。
「それに速い方よ。炊飯器の音鳴ったばかりだし、熱かったでしょ?」
「ふっふっふ。そこがあんこと私の違うところよ。私のおにぎりはね。握らずに海苔で包むの!」
「それはおにぎらずね」
「ふっふっふ。ばしゃめはもっと速いですよ。なんせ包みすらしないですから」
「それはただのご飯ね」
「お口に合うかしら?」
「うんまーい! ミシュラン二つ星いけますよ」
「私のから一つ下げたわね」
「およよ」
「ばしゃめ、海苔無しの方がお米の甘みを感じられて好きなんです」
「正直なやつめー」
「わっ。ばしゃめは美味しくないですよー」
「ふふ……あら、美味しい」
「ありがと。お姉様への差し入れも用意したから持って帰ってね」
「私が作ったものとして渡しておくわ」
「こらこら。折角お姉様が好きな梅を入れておいたんだから」
「それが……?」
「『あいつ……私のことをそこまで想ってくれていたんだな。好きになっちまうだろ……』ってなるでしょ」
「いくらお姉ちゃんでもそこまでチョロくはないわ。多分」
「ばしゃめは美味しいおにぎり作ってくれる人好きになっちゃいますよ」
「いやー、面と向かって言われると照れるなあ」
「だからあんこちゃんのこと大好きです」
「かはっ」
「はいはい。知ってるわ」
私はばしゃめにダメにされました。