「はぁ……」
我ながら大きな溜め息。あれだけ楽しみにしていた夏祭りを迎えたというのに、モヤモヤした気分が晴れてくれない。うう……こんなんじゃいけない! 笑顔笑顔! 演じるのは、慣れてるでしょ。
「お待たせ」
「ま、待ってないよ! えーと……浴衣似合ってるね!」
「分かりやすい子。無理しちゃって」
……それ以上に演じなくていい日常に慣れちゃったみたい。
「早めに来てもらったのは他でもないわ。話があるの」
「話……やっぱりお姉様のことよね」
「それ以外ないでしょ?」
「それはそうね」
「りゅうこの口から聞かせて欲しいの。あなたは今、お姉ちゃんと付き合いたいと思ってる?」
あんこが真剣な眼差しで問いかけてきた。誤魔化すことはできない。
「私はお姉様と付き合いたい。けどそれは……今じゃないわ」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「シカ部のみんなと過ごす時間を大事にしたいから……」
「そう。やっぱりね」
やっぱり? あんこは私がこう答えると分かっていたの? 誰にも見せたことのない、私なのに……。
「ならそんな顔をしてる人と回っても、楽しめないわ」
「う……ごめん」
「バカ。謝らないで。……お姉ちゃんなら高台で待ってるから」
「え……」
「それじゃ」
そう言うとあんこは背を向けてしまう。すぐにでも去ろうとする彼女の手首をとっさに掴んだ。
「ま、待って! どうしてそんなことを? 私もあんこの口から……聞きたい」
「……お姉ちゃんもね、同じだったの。シカ部が大事だから、私達に答えを出せないでいたの。それなのに私は無理にでも答えを……出させようとしてしまった」
……やっぱり。あんこは自分から身を引くつもりだ……!
「それに気付けたなら遅くないじゃない! お姉様に相応しくないなんて思う必要なんてないよ!」
「……のこたんと同じことを言ってくれるのね」
「え……」
「私はお姉ちゃんに幸せになって欲しい。理屈を抜きにして気持ちを分かり合える相手と添い遂げて欲しい。その相手が……私のかけがえのない友達なんだもの。これ以上相応しい人なんていないわ」
「あ、あんこぉ……!」
「あらあら。折角の晴れ姿が台無しよ」
そんなにスッキリした表情で言われてしまったら、これ以上の言葉は出てくれなかった。代わりにと言わんばかりに止めどなく溢れる涙をあんこはハンカチで拭いて、跡形もなく消してくれた。
「あなたにはこんな綺麗な涙より、清濁入り混じった鼻血の方がお似合いよ」
「それ褒めてるの……?」
「もちろん。……ありがとう。引き止めてくれて、嬉しかった」
「私こそ……ありがとう。あんこと友達になれて良かった……」
背中を押され、私は高台にやってきた。するとそわそわした様子で待っていたお姉様がこちらに気付いて振り向く。……綺麗……。
「お待たせしました」
「ま、待ってねえけど! その……似合ってるな!」
「……ふふ」
「わ、笑うなよ……」
「すみません。お姉様こそ、似合っていますよ」
「お、おう。ありがと……」
静かな空間だった。それもそのはず。花火の打ち上げにはまだ時間がある。腰を据えてお話しするには最適ね。
「…………」
お姉様は緊張していて言葉が出てこないみたい。あるいは私の浴衣姿に見惚れて言葉を失っているのかしら? ……なんてね。
「私、シカ部に入って良かったです。お姉様とこうして一緒の時間を過ごせるのはもちろん。何者にも変え難い友達もできました」
「……そっか。ありがとう。私も自分のことのように嬉しいよ」
お姉様は頭の回る人だ。唐突な切り出しでも誰のことを指しているかすぐに理解していた。そして誇らしそうな笑顔に、嫉妬してしまっている自分もいた。二人は家でも喧嘩などしないのだろうと分かるくらい仲がいいんだもの。
「そうそう。お姉様とのカップリング適正のお話ですけど」
「急にどうした!?」
「一番になったら、貰って欲しいと言ったじゃないですか」
「……!」
逆にのこたん先輩は自然体で接しすぎて怒られることもしばしばあるけど、怒りも含めた素をさらけ出せることに躊躇のない関係が羨ましい。ばしゃめは……別にいいか。あんことの適正の方が高いと思うし。
「ダメですね、やっぱり。誰が一番なんて決められませんでした。結局答えなんて出せなかったんです」
「……私さ、好きだよ。りょうの献身的なところ」
「へっ……!? な、なにを言ってるんですか……!」
「お前は自分より他人を優先させちまうんだな。私にも他の奴らにもそうだった。それが良いところでもあり……悪いところでもあるな。なあ、りょう」
「なんでしょう……」
「今でも、ないか? 私の一番になる自信が」
「……ありません」
「バカ野郎っ……!」
「んっ……!?」
一瞬、何が起きたか分からなかった。理解が追いついたのは離れていく唇から引いた糸を見てからだった。垂れ下がるそれを拭いながら、お姉様は見たことのないムッとした顔で告げてきた。
「これでもねえかよ……」
「あ……」
痛いくらいに心臓が跳ねる。考え事もままならなかったけど、さすがに分かった。私は……演じていた自分を認めたからこそ、認められなかったものがあった。ここまでしてくれたのは、不甲斐ない私に認めさせてくれようとしたんだ。
「その……すみません。お姉様にここまでさせてしまって」
「ちげえ。聞きたいのはそんな言葉じゃねえ」
「私……は……お姉様のことが好きです! 世界で一番愛しています!」
「…………」
「……?」
「言わせといてなんだけど……なんだ。照れるな……」
「そんな愛おしいこと言って……これ以上どうさせるつもりですか?」
「ああ……悪い。ちょっとズルかったな。すごく嬉しいよ……。りょう。わざわざ来てもらったのはお前なら分かってくれると思ったからなんだ。その……これからのシカ部のことを」
もしかしたら……同じことを考えているのかもしれない。
「私、お姉様のこと……本当に好きです。それでも今のシカ部の関係は落ち着くというか……変えたくないです」
「ありがとう。そこから先は、私が言うよ。私もお前のことが好きだ。その……せ、世界で一番愛してる」
「……嬉しい」
幸せすぎてどうにかなってしまいそう……。
「その気持ちは変わらねえつもりだ。だから付き合うのは……私が卒業してからでも、いいか?」
「構いません。私はこうしてお姉様と互いに愛を誓えただけでも、報われています」
「ありがとう。でもな、少しくらいわがまま言ってくれてもいいんだ。私くらいには」
そう言うと私の小指に何かをかけてくれた。指輪のようにかけてくれたそれは、赤いヘアゴムだった。
「赤い糸って訳にはいかなかったけど……離れていても私達が結ばれている証としてさ、受け取ってくれ」
そして自分の指にもかけてくれた。運命の赤い糸が私達を繋いでくれていた。お姉様と結ばれたい……その願いを叶えてくれたんだ。
「……それじゃあ、一つだけわがままを言ってもいいですか?」
「え! あ、ああ。なんでも言ってくれ!」
「一緒に、結んでくれますか?」
「……? もちろん!」
すぐにでも受け取りたかった。でも私は……誰よりも私のために、甘えることにした。お姉様にも持ってもらいながら普段よりゆっくりと、ヘアゴムをリボンの形へと結んでいった。
「……できた」
最後に同時に引っ張ってもらって、綺麗な蝶々結びが完成した。
「ありがとうございます」
「これでいいのか?」
「ええ。私達の手で、結びたかったんです」
「そっか」
髪に付けてもらうわがままはまた、いつか。私は受け取ったヘアゴムを胸ポケットへとしまった。
「さっ。行きましょうか」
「ああ!」
花火の時間が近付き集まり出す人々の流れに逆らうようにして、私達は屋台の方へと歩いて行った。
「あっ! 遅いですよ二人とも〜。一緒に回りましょう絶対ですよ……って約束したじゃないですか!」
「ふふっ。抜け駆け、しなかったんだ?」
「もちろん!」
「……? なんですか二人で見つめ合って。ばしゃめを仲間外れにしないで下さい〜」
「きゃっ!」
「かはっ」
「あーもー。浴衣汚すなよ?」
「私の鼻血は綺麗さと汚さがハーフアンドハーフでお馴染みなんですよ」
「ピザの注文か何か? ……ってか鹿乃子はまた遅刻か?」
「何言ってるのお姉ちゃん。そこにいるじゃない」
「のつ。こしたんもやってく? シカせんべいすくい」
「なんで屋台側なんだよ!? このために持ってきたんかい!」
いいなぁ。私も一日でも早く、お姉様に全力でツッコまれるようにならないと。甘えるだけじゃなく、遠慮せずにわがままを言ってもらえるような存在になりたい。何も譲りたくない私。そんな自分も大切にしていこう。
「おっ。花火上がったな」
「ちょっと遠いですね。でも……素敵」
「ああ……。なあ、みんな。夏休みもさ。色んなところに出かけようぜ」
「いいわね」
「ばしゃめ海行きたいです」
「……その言葉を待ってたよ、こしたん」
あっという間の三ヶ月だった。一日一日が慌ただしくて、そのどれもが大切な思い出。まるで眼前に広がる打ち上げ花火のよう。その一つが一際大きく花を咲かせた。それでも終わることなく、色んな花火が夜空を彩っていった。
「楽しみですね。……はぁ……」
思わず感嘆の吐息が漏れた。胸に手を当てていると、お姉様がこちらに振り向いた。お互いに笑みをこぼして、また夜空を見上げる。きっと私はお姉様にも負けないくらい、心から笑っていた。