ロストカラーズ外伝 ヴィレッタ・ヌウ物語 作:アシッドレイン
オレンジ疑惑。
それによってもたらされたジェレミア・ゴットバルト辺境伯の名声の低下、純血派の失墜。
ジェレミア卿の懐刀と呼ばれ、純血派の中心メンバーの一人である私にとってはあまりにも大きな痛手。
うまくいきかけていた矢先の転落。
その為、どうしても負のイメージが付きまとう。
だが、私は逃げ出すことは出来ない。
なぜなら、もう深く関わりすぎている。
確かに、ジェレミア卿のあの独特の人の良さもあるだろう。
それに、騎士に取り上げられてもらった時の恩もある。
だが、何より、主義をころころ変えるものに誰がついてくるだろうか。
貴族となるためには、多くの人望を集めねばならぬ。
苦しいからといって、見捨てるわけには行かない。
私は、ジェレミア卿、あの人を支え続けていくしかない。
そう自分に言い聞かせて納得するしかなかった。
目指していたものがますます遠くなる。
それが私をよりイライラさせる。
そんな時だった。
私がライと出会ったのは……。
場所は、ナリタ山。
そして、その時、私はこの出会いが私のすべてを変えてしまうほどの出会いとは思っていなかった。
私は、ゆっくりと椅子に腰掛けると背もたれに身体をあずけた。
椅子が軽い音を立てて、私の身体を支えている。
ふう……。
口からは、自然と溜息が出た。
疲れたな……。
視線を部屋の中に泳がせる。
飾り気の無い実務のみ適した質素な部屋だなと思う。
年頃の女性らしくない部屋という事はわかっている。
だが、今の私にはこれでいいのだとも思えてしまう。
そして、自然と視線は机の上の写真立てに向かっていた。
そこには、まだ10代の頃の若々しい自分と騎士として立派な頃の彼が映っている写真が収まっている。
「父上……」
ぽつりと言葉が漏れる。
そう……。
幼き頃、死に掛けていた私を拾い、我が子のように慈しみ、育ててくれた男性。
命の恩人であり、私の育ての親。
そして、なにより私が始めて好意を寄せた異性。
でも、彼は決して私をそうは見てくれなかった。
彼にとって、私は唯一の家族。
そう、血は繋がらなくても間違いなく彼の娘だった。
だから、私は、自分の思いを我慢した。
これは、彼に知られてはいけない思いなのだ。
自分にそう言い聞かせながら……。
ぼんやりと写真を見ているとだんだんと意識がぼんやりとしてくる。
多分、疲れきっていたのだろう。
私の意識は、そのまま暗い闇の中に落ちていった。
彼と出会ったのは、私がまだ10歳の時だったろうか。
その時、私は、死に掛けていた。
真冬の雪が降る中、私は、薄い服だけで道端にうずくまり、凍えていた。
両親が事故で亡くなり、親類に盥回しにされ、虐待を受けながらも私は何とか生きてきた。
でも、もう我慢できなかった。
もう嫌だった。
私を厄介者としか見ていなかった叔父夫婦は、私を貴族の慰み者として売ろうとさえしていたのだ。
だから、私は逃げ出した。
もう、それしか選択は無かった。
そして、幼いながらも私は理解した。
力がなければ、何も出来ない。
力があれば、何でも出来ると……。
だが、今の私には、何も無かった。
そして……私は死ぬのだと思っていた。
意識に闇の帳が落ちていき、ぼけていく視界の中、近づく人影を感じながら……。
「気が付いたね。大丈夫かい?」
ぼんやりと意識が戻り、視界が開けた時、彼は笑顔で私を覗いていた。
私は、訳がわからず、きょとんとしている。
だって、死んだと思っていたのだから。
でも、心地よい暖炉の火が私を暖め、彼の優しく暖かい大きな手が私の頭を撫でてくれた時、一気に緊張が抜けた。
そして、彼にしがみ付き、私は泣き出していた。
それは幼かった私が無意識のうちに行った子供的な行動だ。
今まで、その行動を受け止めてくれるのは、亡くなった両親だけだった。
でも、彼は私を優しく受け止め、そして抱きしめてくれた。
その安心感、そして、彼の暖かさと優しさに、私は再び泣きながら眠りについていた。
再び、目が覚めた時、私は彼の胸の中で眠っていた。
「目が覚めたかい?」
やさしい彼の声に私はうなづく。
ああ、なんて優しい暖かさなんだろう。
久しく忘れていた温もりと笑顔に私は癒される思いだった。
「少し、聞いてもいいかな?」
やさしく労わる口調で彼は聞いてきた。
その言葉に頷き、私は彼に聞かれるまま、すべてを話した。
たどたどしい言葉と小さな声、そして要領を得ない子供の話を彼は辛抱強く一生懸命聞いてくれた。
私は、話したことですべてが変わるとは思っていなかった。
ただ、この暖かさに包まれていたい。
その一身で話したのだ。
そして、すべてを話し終わったとき、それはこの暖かさの終わりだと思った。
だから、話すことがなくなっても、何か話そうとした。
だが、彼はやさしく言う。
「もういいんだよ。無理しなくても……」
その言葉が胸に響く。
だが、次に出た言葉に私は驚く。
「お嬢ちゃんは、戻りたいかい?」
嫌だ。
絶対に嫌だ。
もう、あんなところに戻りたくない。
私は、必死になって彼にしがみ付く。
そして、首を左右に振った。
子供に出来る拒否はこんなものだ。
後は、泣く事だろうが、泣いても状況は悪化するだけ。
今までの経験でそれだけは判っていた。
そして、こういった行為も無駄だという事も……。
だけど、私のそんな必死の行為を彼は受け止めてくれた。
「わかった。じゃあ、こうしょう……。今から、お嬢ちゃんはおじさんの娘だ」
その言葉に私は驚く。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
そこには暖かな微笑みがあった。
「まずは自己紹介しないとな……」
少しはにかみながらの笑顔。
こうして、私は、彼の娘になった。
「ジ、ジェレミア卿、どちらへ行かれるのですか?」
一人さっさと先に進むジェレミア卿に私は尋ねた。
この人がまず先に説明するという事はまずない。
行動して示す。
それが彼のもっとうなのかもしれないし、心に決めた決意なのかもしれない。
だが、私としては、対処すべき事を予想しなければならず、大変な負担になっている。
もっとも、文句を言っても直らないだろう。
この人の場合は……。
そんな事を考えていたら、ジェレミア卿が立ち止まり、私の質問に答える。
「うむ、彼のところだ」
「彼?」
大体想像がついたがあえて聞いておく。
多分、あのライという男のことだろう。
「ああ、ナリタ山で我々をサポートしてくれた男だ。確か……」
「ライ、ですね」
「そうそう、彼だ。彼のところに行って礼を言わねばな……」
こういう気配りは、相変わらず律儀だと思う。
だが、問題は、相手がそれを礼と取れるような事を言ってくれるかどうかだ。
今や、純血派は肩身の狭い思いをしている。
そして、日が経つに連れて離れている者が増えているのが現状だ。
そんな中、彼をぜひ我等の同胞として迎え入れたい。
その思いがジェレミア卿にもあるのかもしれない。
そして、それは私も同じだった。
それに、なによりこれで少しは流れが変わってくるかもしれない。
そんな期待もある。
また、私個人もライという男に興味があった。
あの瞬時の判断力とナイトメアの腕前は、かなりのものだ。
彼は、強い。
これは、私の戦士としての本能が感じたものなのかもしれない。
そして、その予想は外れた事はなかった。
だから、私は素直にジェレミア卿についていく事にした。
私は、政庁にもどる車の中で先ほど会ったライの事を考えていた。
接触は、なかなか好感触だったと思う。
少々、話が先走りすぎた感じだったが、彼は迷惑とは思っていないようだった。
いや、そう思っただけかもしれないが、悪い感じではない。
それは、ジェレミア卿も感じているのだろう。
おかげで彼と会ってからというものご機嫌だ。
しかし、本当にこの人は、裏表が無いな。
ふとそう思う。
だから、見捨てられないのかもしれない。
そんな事を考えながら、ライの事を思い出す。
あの時のナイトメアの動きから受けた印象と実際に会った印象がかなり違う。
大胆にして、繊細な動きを見せたナイトメアから、私はかなりの猛者と思っていたのだが、会った印象は華奢で綺麗な美少年といった感じだ。
そして、すごく丁寧な言葉遣い。
確かにあの時のナイトメア戦でもモニター越しにその姿は見ていたものの、あの時はそんな感じはまったくしなかった。
ふふっ、面白そうな奴だ。
第一印象はそんな感じだった。
だが、変わらないものもあった。
彼は強い。
それだけは会っても変わらなかった。
まるで彼のようだな……。
ふと、父を思い出す。
父もナイトメアに乗ったときと普段のギャップの差が激しかった。
でも、強さを感じた。
そして、ナイトメアに乗った父はまるで鬼神のようだったな。
そんな事を思い出して、自然と微笑が漏れた。
「ん、どうした?ヴィレッタ」
そんな私の些細な変化に気が付いたのだろう。
ジェレミア卿が聞いてくる。
「い、いえ。なんでもありません」
「ふむ……。惚れたか?」
少し、からかい気味の言葉。
上機嫌の証拠だ。
「ち、違います。そんなわけありません」
私は、慌てて否定する。
なんでだろう。
少し頬が熱い。
「はははは、美少年だからな。だが、もちろんそれだけではない。彼は、我々に期待させる何かがある」
私は頷く。
もちろん、後半の部分にだ。
確かに美少年だが、我々に必要なのは、外見の美しさではない。
今、我々に欲しいのは、より強い力とより人を引き付ける魅力を持つ同胞なのだ。
そして、私は、私の目指すものを手に入れるために彼の力は必要だと判断していた。
「どうしたんだい?ヴィー」
泣きながら学校から帰ってきた私を彼はやさしく出迎える。
「あ、あのね……、トーマスがいじめるの……」
泣きながら答える私に、彼は「どうしてだい?」と聞いてくる。
彼の心配そうな表情が私を覗き込んでいた。
「私が拾われた子だって……。ヌウ家の子じゃないって……」
その言葉に、彼は一瞬悲しそうな顔をするものの、すぐに微笑むと私を優しく抱きしめた。
「そんなわけないよ。ヴィーは私の家族だ。たとえ、血が繋がっていなくても、私の大切な大切な娘だよ。だから、心配しなくていいんだ」
耳元で優しく囁く言葉に、私は安心する。
そして、私は感じる。
彼の思いを……。
強く……。
とても、強く……。
それは、何もなかった子供の私にとって、唯一の心の支え。
そして、それは私と彼との大切な絆だった。
「……」
私は、跳ね起きた。
そして、部屋を見渡す。
そこは、いつもの私の部屋だった。
飾り気のない実務だけに適した質素な部屋。
そして、人の生活感をあまり感じさせない部屋。
「ふぅ~……」
口から安堵とも溜息とも取れる吐息が漏れる。
そして、ゆっくりと乱れた髪をかき上げた。
そして気が付く。
自分が泣いている事に……。
何年ぶりだろう、泣いたのは……。
手の甲で涙を拭き、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
身体からシーツが離れ、汗ばんだ肌を外気に晒す。
ぼんやりとした頭のまま、キッチンに向かう。
そして、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターをとってコップに注いだ。
薄暗がりの中、僅かに入ってくる外の光が水をまるで別のもののように煌かせる。
私は、その水と光が演じる競演を少し楽しんだ後、ゆっくりと飲んだ。
汗をかき、乾いた身体に水分が染み込む感覚が気持ちいい。
飲み終わったコップをキッチンに置き、ぼんやりと考える。
どうしたんだ、私は……。
あの時、誓ったじゃないか。
父上の亡骸に……。
まだ感傷に浸るにはまだ早い。
浸るのは、目的を果たしてからだ。
そう、まだ私は、目標の途中までしか進んでいない。
だから、今は……まだ……。
ぴしゃりと自分の頬を叩く。
しばし、頬の痛みを実感する。
そして、もう一回叩く。
「よしっ……」
そして、ゆっくりとシャワールームに向かった。
まだ、普段起きる時間よりかなり早かったが、構わなかった。
私には、立ち止まって、昔を振り返る時間はないのだから……。