ロストカラーズ外伝 ヴィレッタ・ヌウ物語 作:アシッドレイン
まるで優雅なダンスを踊っているかの様に白と蒼に塗られたナイトメアが戦場を舞う。
また1機、また1機と黒の騎士団のナイトメアが破壊され動きを止める。
そのあまりにも美しく、そして力強くて鋭敏な刃物を連想させるような動きに、私は見入ってしまっていた。
確かにナリタ山での戦いでも彼の動きには驚いた。
だが、今の動きは、あの時とは比べものにならないほど強く美しかった。
あれがライ卿の本当の力か……。
それはまるで、幼い頃に見た父上の戦っているナイトメアの姿と重なって見えた。
そして、8機の敵ナイトメアは、彼のひとりの手によってすべて倒されていた。
あれ以降、ライ卿は頻繁に政庁の我々の所に顔を出してくれるようになった。
いつもにこやかな笑顔と落ち着いた感じの会話でやさしい印象を受ける。
だが、自らの意見ははっきりと口にするし、彼の言葉には人を納得させる理論と巧みさがあった。
あのジェレミア卿でさえ、彼の言葉には納得させられる事も多いのだろう。
普段ならまず聞く事が出来ない「考慮してみょう」とか「考えておこう」といった言葉が出てくるほどだ。
「卿は、面白いな……」
そう言った私の言葉に彼は苦笑した。
まだ何も知らないような10代の少年のさわやかな笑顔。
だが、彼は、私の目の前でゼロの事で暴走するジェレミア卿を諭し、落ち着かせたのだ。
そう、私でさえもなんとも出来ないほどの暴走をしていたジェレミア卿を……。
だから、思わずその時の感情が言葉となって口から出ていた。
深い意味はない。
だが、そり言葉は私の偽りのない本心だった。
さすがに笑っただけでは誤魔化せないと思ったのだろうか。
諦めたかのように少年の口が開く。
「僕は、ただ、ジェレミア卿が本心から皇族の身を案じている忠臣の方だと思ったから言っただけのことですよ」
何気なく簡単に言った言葉。
だが、その言葉は、間違いなくジェレミア卿の本質をいい当てている。
物事の本質を見極める目とそれをうまく言葉に出来る知識を持っている証拠だ。
さすがと言うべきか……。
見せ付けられるかのような才能の違いに驚くと同時に納得してしまう。
私は、それほどの格の違いを感じていた。
だからだろうか。
「なぜ、私にそんな事を話す? 」
思わずそう言ってしまう。
この言葉は蛇足だ。
だが、私は聞いてみたかった。
彼にとって、私はどういう風に映っているのかを……。
しばし私を見つめる彼の目は、私の真意を探ろうとしているかのようだった。
だが、それはすぐに悪戯っ子のような表情になる。
「ヴィレッタ卿は、僕の事を試されているのですか? 」
その言葉には、私をからかう口調が含まれていた。
私は、思わず苦笑してしまう。
「いや、深い意味はない。ただ、聞いてみただけだ、ライ卿」
その言葉に彼は笑い、それに釣られ私も笑い出していた。
そして、笑いが収まると彼は微笑んで言った。
「ヴィレッタ卿には、誤魔化しは無理だと思いましたし、……それに貴方はいい人みたいだから……」
そう言うと彼は挨拶をして部屋を退出した。
その後姿を、私はただぼーっと見送っていた。
自然と頬が熱を持ち、頭の中で「いい人みたいだから」という言葉が何度もリプレイされる。
だが私は、すぐに我に返った。
わ、私は、今、何を考えていた?
慌てて、今、心の中に浮かび上がった感情を打ち消す。
彼は、我々の大切な同士なのだからという言い訳を塗り重ねて……。
「ヴイレッタ、そろそろ君の父上の命日ではないのか?」
ジェレミア卿が思い出したかのように聞いてきた。
本当にこういう気配りはしっかりしていると思う。
これは、ジェレミア卿の美徳の1つだろう。
だが、それを私は思い出したくなかった。
「はい。5日後です」
私は、静かにそう答える。
「ふむ。どうするつもりだ?」
少し申し訳なさそうな表情のジェレミア卿の顔。
そう、私の父の死に関しては、彼はいまだに引け目を感じている。
だから普段のジェレミア卿らしくない対応になってしまうのだろう。
それゆえに、私は事務的に答える。
「さすがに本国に戻るわけにはまいりませんから……」
その言葉に、ただ「そうか……」とだけジェレミア卿は答えた。
幸せな彼との生活。
当時、私は、それが永遠に続くと思っていた。
けど、幸せは、永遠には続かない。
幸せとは、危ういバランスによって保たれている事を思い知らされる出来事が起きたからだ。
それは、私が21歳の夏に起きた。
彼の娘になって11年が過ぎ、私は、大学へと進学していた。
当時のブリタニアは、今と同じく拡大政策を行い戦争を繰り返しており、騎士たる父も軍務で家を空ける事が多かった。
それでも、休みになると我が家に帰ってきてその時間の殆どを私と過ごしてくれた。
一度、「私なんかより、彼女でも作って結婚すればいいのに…」と言った事がある。
当時、父上は、40近くではあったが若々しく、かなりの男前だった。
聞いた話だとかなりの女性からアプローチがあったと言う。
だが、彼は苦笑して「結婚は、もう懲りたよ」と言っただけだった。
その辛そうな感じから、私はそれ以降聞いていない。
それは、父上にとって触れてはならない領域だと思ったからだ。
また、いつしか私の心には、彼を父としてだけでなく異性として見始めていることに気が付いたから……。
だから、私は、休みになるとまっすぐに私の元に帰ってきてくれる事にうれしさを感じていた。
そして、今年の夏もそうなるはずだった。
日本との戦争もほぼ終了し、彼が帰ってくる。
戦争のおかげで、実に半年振りの再会。
学校の事、普段の生活の事、話す事はいっぱいあった。
そして、二人で過ごす何気ない時間と何気ない会話。
それらすべてが楽しみだった。
幸せとは、こういうものかもしれない。
そして、こういうのも悪くないと思い始めていた。
だが、帰ってきた彼は、変わり果てていた。
あの精悍だった彼の姿はそこにはなかった。
戦場で受けた傷が原因で左手と視力を失い、そして、親友であり、上官でもあるゴッドバルト家当主との確執によって、騎士としての権利を剥奪されていた。
誇りさえも失った彼。
出迎えた私に済まない表情の彼の姿が痛々しい。
そんな私の気配を察したのだろう。
悲しそうな、そして申し訳なさそうな表情で彼は口を開く。
「すまない、ヴィー。私が……」
そう言いかける彼を、私はただやさしく抱きしめて言葉を止める。
「父上が生き残ってくれただけでも私はうれしいのです。おかえりなさい、父上」
そう囁き、私はより強く彼を抱きしめた。
「ヴィー……」
彼も右手でやさしく私を抱いてくれる。
今はそれだけで十分だった。
彼が生きて、私の傍に戻ってきた。
それだけで……。
熱めのシャワーを勢いよく浴びる。
まだ寝ぼけている体と頭を熱い水が刺激していく。
肌に流れる水滴が、眠気だけでなく、すべてのわだかまりや思いを洗い流してくれればいいのにと思ってしまう。
だが、それは無理な相談だ。
記憶がある限り、人は悩み、迷う存在なのだから。
シャワーを止め、排水溝に流れるお湯をみつめて溜息をつく。
すっきりしない。
そう、なぜこんなにも落ち着かないのだろうか。
なぜ、こんなにも昔の事を夢で見る。
それは、やはり……。
脳裏に一人の男の姿が浮かぶ。
銀色の髪と優しげな瞳。
ライ……。
彼と出会ってからというもの、彼の姿が、仕草が、父のものと重なるのは何故なのだろうか……。
いや、違う。
彼と父は、違うのだ。
そう自分に言い聞かせる。
そして、心に湧きあがってきた感情を打ち消していく。
それは、かって父であった彼に持った感情。
そして、決して彼には言えなかった感情。
湯気が少しずつ晴れていき、目の前の鏡が私を映し出す。
その鏡に映る自分の姿は、まるで不安に怯えるか弱い少女のように見えた。
そう、己が感情を押し殺し、父親を失って泣き濡れたあの頃の自分のように……。
違う……。
思い出すな。
思い出しちゃいけない。
必死になって自分に言い聞かせる。
それでも身体はガタガタと振るえていき、記憶が浮かび上がってくる。
グラリと身体がゆれ、私は身体を支えるかのようにそのまま壁に両手を付いた。
だが、身体の力か抜けていき、滑る様にその場にしゃがみこむ。
温まったはずの身体が少しずつ冷えていく。
だが、私は動けなかった。
今、動いたら……私は間違いなく泣き出していただろうから……。
私は、自分がこれほど脆いとは思いもしなかった。
「食事ですよ、父上」
私は、父の寝ているベットの傍のテーブルにトレイを載せた。
「すまないな……、ヴィー」
父は済まなさそうにそう言った。
「もう、二人っきりの家族なんだから、そういうのはなしでしょ……」
私は、何かあるたびに父の口からでる言葉をいつもの言葉で返した。
あれ以来、父はすっかりやせ衰えていた。
日々の食事もだんだんと細くなっていく。
そして、心配は、父だけではなかった。
日々の生活にも支障をきたし始めたからだ。
元々、ヌウ家はそれほど裕福な家庭ではない。
確かに父は騎士であったが、離婚の慰謝料でその財産の殆どを失っており、さらに今は騎士の権利も剥奪されている。
つまり、まったく収入がない状態なのだ。
その為、今までの思い出の詰まった家を売り払い、なんとかアパートに移って二人で細々と生活している。
しかし、どれほど節約しょうとお金には限りがあった。
まるで転落していくかのような生活の急な変化。
だが、私はくじけなかった。
叔父夫婦の家から逃げ出したとき、私は何も出来ない弱者でしかなかった。
だが、私は彼によって助けられ、今はやろうと思えば出来ることは山ほどある。
そう、今こそ彼に恩返しをしなければならない。
そして、私の大切な家族を守る時なのだ。
私は、自分にそう言い聞かせて自分自身を奮い立たせた。
そして、始まった二人だけの新しい生活。
父の看病とバイト、そして学業。
だが、3つの掛け持ちは、若さでも精神でもカバー出来るものではなかった。
疲労が蓄積し、精神は削られ、ついに私は、大学をやめる決心をする。
退学届けを出しに行った時、担当の教授はすごく残念がっていた。
君ほどの優秀な生徒を失うのは遺憾だと……。
学費は援助金を使えば問題ない。
だから、卒業までがんばったらどうか?
何度もそう言ってくれた。
大変ありがたかった。
そして、うれしかった。
だが、それは無理な事。
だって、父を見捨てられない。
大切な、私の大切なただ一人の家族。
そして、大切な思い人を……。
「ふう……」
冷えた身体を再度シャワーを浴びて温めてると風呂場から私は出た。
そして、私服に着替えると私は部屋を後にする。
今日は、非番の日であったがのんびりとはしていられない。
ジェレミア卿は、ゼロ絡みになると正常な判断が出来ない。
そうなるとやれる事は一つだけ。
独自で動き、調査する。
それしか方法はない。
そう考えた私は、わずかな手がかりだけで調査を始めた。
私立アッシュフォード学園の男子学生。
ただ、それだけの手がかりであったが、それでも何もないよりはマシだった。
そういえば……。
確かライ卿も普段はアッシュフォード学園にいたのだったな……。
ふと彼のパーソナルデータを思い出す。
そして、一瞬、彼がゼロではないのかという考えが浮かぶ。
彼ならば、今までゼロがやってきたような大胆な計画もやりこなすのでは……。
そう思えてしまったからだ。
だが、私は、その考えを却下する。
彼がゼロのはずがない。
純血派として行動し、ブリタニア軍人として働く彼がそんな事があるはずもない。
そうだ。
私は何を考えている。
そして、そう思った瞬間、ほっとしている自分がいることに気が付いた。
それは、彼のようなすぐれた才能を持った者を敵に回さなくて安心した安堵だったのか、それとも別のものだったのか私にはわからない。。
いや、それは嘘だ。
わかっているのに、わからない振りをして誤魔化さなければならない。
そうでなければ、この心に湧きあがる感情を否定できないと思ったから……。