ゼイユちゃんの家の前に着いたら、ユキノシタさんがお庭の草むしりをしている姿が見えた。
「ユキノシタさーん!おはようございます!」
「あぁ、レイラさん、いらっしゃい。ゼイユたちは中にいるよ。上がっていって」
「はい!お邪魔しまーす!」
玄関に入ったらスグリくんがぽてぽて走ってきた。
「いらっしゃい、レイラさん。おれも誘ってくれて、ありがとな」
スグリくんはにへにへしている。よかった、暇だったんだね。
「ねーちゃんまだ準備してっから、居間で待ってよっか」
「うん!」
「ここ、座って」
スグリくんは手際よく冷たいお茶とお茶菓子を用意して出してくれた。
「ありがとう。いただきます」
「レイラさん、ねーちゃんに何か聞きたいことさあるって聞いたけど.....」
「スグリくんにも聞きたいことがあるよ!ねぇねぇ、アオイちゃんってどんな子なの?」
『鬼さま』を引き連れ、ともっこを手懐け、ド派手なライドポケモンに乗って......。私のイメージではゴリランダーみたいな強靭な女の子のイメージになってるんだけど、実際どうなのよ。
「えっ......!パルデアのグレープアカデミーの生徒で、キタカミには学校行事で来てくれて。いろいろあったけど、大切な......『ともだち』だべ」
ともだち。友達ね。うんうん、そういう感じね。
「この間、アカデミーの友達も一緒に、久しぶりにキタカミに遊びに来てくれて......。そうだ、みんなで撮った写真があるべ」
「え!見たい!」
「じゃあ、取ってくる」
スグリくんは、綺麗な写真立てに入った写真を持ってきてくれた。
ゼイユちゃんが後ろ側の真ん中にいて、左側に褐色肌の元気いっぱいの女の子、右側にはメガネで落ち着いた感じなのにド派手な髪色の......男の子......?
ゼイユちゃんの前には背が低くて可愛らしい、素朴な感じで優しそうな女の子。左側ににっへにへのスグリくん。
右側には......ワイルドな感じの男の子がいて、女の子の肩を抱いてる。うわー。顔が近い。これは完全にアレだな。うんうん。なるほどね。素敵なお写真だ。
褐色肌の女の子は、写真からでも明らかに強そうなオーラが出ている。この子が『アオイちゃん』かな。
「これがアオイ」
スグリくんは写真をじっと見つめながら、真ん中の優しそうな女の子を指さした。
えっマジか......!想像とあまりにも違うっていうか、それより右側の男の子......。これはデキてるっていうか、完璧に仕上がってるやつだよね?
スグリくん、完全に叶わない恋しちゃってる顔で写真見てるじゃん。
もうダメだ。足元が全部キョダイマックスまきびしだ。黙ってよう......。
「......このメガネさかけた女の子がボタンさん。お互い人見知りだからふたりだと上手く話せなかったりするけど、気が合う感じするな」
あ、この子女の子なんだ。
「この褐色肌の子がネモさん。最年少でパルデアチャンピオンになったみたいだべ。ポケモンバトルが大好きですごく強いし、元気だし優しいし礼儀正しいし、生徒会長もやってて、すごく強い」
すごく強い。2回言った。大切な事だから2回言ったってことだな。
「この男の子がペパーくん」
ペパーくん......?どこかで......。
「すごく面白い人だよ。料理が得意で、みんなでピクニックしたときに作ってくれたサンドイッチは、今まで食べたことないくらい美味しかったべ」
パルデアのアカデミー。サンドイッチ。
(そうだ、ペパーからのメッセージ......!)
(ボクには君と同じ歳くらいの息子がいるんだ。パルデアいるから電話してみよう)
(一番好きなものは何かと聞くと母が作ったサンドイッチだと言うような子だった)
結びついた。フトゥー博士の......!
「ねぇ、この男の子のお父さん、博士だったりしないかな?」
「え......?いや、ご家族については話さなかったから、わかんね」
「そっか、じゃあ人違いかも」
多分おそらくきっと、いや、ほぼ間違いなく、この男の子がフトゥー博士の息子さんだ。口元がそっくりだ。
......でも、基本お母さん似なんだろな。なんていうか、よかったね。
フトゥー博士。息子さん、幸せそうだよ。
なんだか、私の心も救われた気がした。
私が感慨に耽っている間、スグリくんも何か感慨に耽っていたようだ。
「......アオイはな、誰にでも好かれてて強いんだ。人も、ポケモンっこも、みんな。ポケモンバトルも強くて、心も優しくて強くて。おれに無いもの、いっぱい持ってる」
今度は強いって3回言った。
私は『つまりスグリくんもアオイちゃんが好きなの?』と聞きたかったけど、黙って聞くことにした
「鬼さま......オーガポンって言うんだけど、オーガポンもアオイについて行きたいって言って......。おれ、ちっちゃい頃から鬼さまが好きだったから、悔しくて悔しくて、アオイに変な態度取っちゃって。でも、アオイは許してくれた」
スグリくんは写真をずっと見つめている。どんな気持ちなのか、まったくわからない。
「それでおれ、気付いたんだ。おれが好きだったのはオーガポンじゃなくて......」
「待たせたわね!!!」
やっぱりアオイちゃんが好きなの......!?ねぇ、ゼイユちゃん、すごいタイミングで来たね。
「ねーちゃん。もしかして......聞いてた?」
「ちょーっとだけ聞いちゃった。『これがアオイ』くらいから」
スグリくんは色違いになるのかと思ったけど、至って冷静だった。
「にへへ......。それ、全部だべ.....。ちょうどよかった。ねーちゃんも話そ」
「え......?あ、うん」
なんと、ゼイユちゃんが動揺しまくっている。座布団に座ったつもりなんだろうけど、動揺しすぎておしりが半分以上、座布団に乗ってない。
「んでな。おれが好きだったのはオーガポンじゃなくて、あくまで『鬼さま』だったって気付いたんだ」
ほう。そう来たか。そっちね。なるほどね。
「本当はさみしがりでおくびょうなオーガポンに、ひとりで戦った強くてかっこいい、憧れの『鬼さま』さ勝手に押し付けてたんだべ。本当は戦いなんてしたくなかっただろうにな」
スグリくんは、軽く深呼吸してから、話を続けた。
「こんなにずっと好きだったのに、目の前のオーガポンをちゃんと見てなかった。オーガポンもそれに気付いてたんだろな。だから、おれには怯えて、心を開いてくれなかった」
スグリくんが好きな『鬼さま』の姿は、実際はオーガポンが大切な人を奪われて、どうしようもなく、つらかった姿だった。
スグリくんは、里の人が鬼は悪者だと思ってた中でも、ひとりでずっと、ただ『鬼さま』を好きだったのに。オーガポンには伝わらなかったし、むしろ怖がらせちゃったなんて......。
何かを好きでいることが、こんなに悲しい結果になることもあるなんて、知らなかった。
スグリくん、本当につらくて悲しくて、悔しかっただろうな。
「おれな、それに気付いてから『好き』ってなんなんだろってずっと考えてんだ。おれの今まで通りの『好き』を基準に考えると、アオイのことは『好き』だべ。強くて人気者で明るくて、強くて優しい。こんなふうになりたい、せめて、もっと近付きたいって思ってた」
スグリくんは、手にしていた写真立てを机の真ん中に置いた。
「でも、ペパーくんを見てると、アオイに対してもっと別の『好き』を感じてるんだろうなって思ったんだ。特にこの写真のペパーくんは『近付きたい(物理)』って感じだし......。おれの『好き』は物理わざじゃないべ」
『近付きたい(物理)』はすごい面白いけど、笑わないように気をつけた。スグリくんはいつものにへにへした笑顔じゃない笑顔になった。
「もし『好き』にいろんな形があるなら、おれ......好きな人やものがたくさんあるんだ。ねーちゃんもじーちゃんばーちゃんも『好き』。アカマツもそうだし、タロもネリネも、一応、カキツバタもね。ポケモンっこたちも、一緒に遊んだりとっくんしたり、バトルするのも『好き』だ」
知らない名前は......学園の友達かな。きっと、みんなもスグリくんのこと好きなんだろうな。
「それに、レイラさんも『好き』だべ」
心臓が、ギュッて言うか、ギャンッ!ってなった。パパ以外の男の人に初めて『好き』って言われた。
なんてこった、ドキドキしてしまった。
なんか......謎の脳内物質がだばだば出てる。知らない感情が、心臓から血液に乗って身体の中を駆け巡ってる。
いや、落ち着け。物理わざじゃないやつだからね。うん、わかる。おっけー、大丈夫。わかってる、わかってるよ。
スグリくんは優しくてにへにへしててかわいくて、たまに真剣でかっこよくて。まっすぐで一生懸命なスグリくんが私も『好き』だよ。
マンガとかアニメで見る、男の子と女の子の『好き』とは、違う。......と思う。
スグリくんのこと、今の今まで、全然、そういうふうには意識してなかったもん。
違うもん。たぶん、違うもん。