何度も話したことがあるけど、ママと結婚して割とすぐに、ママのお腹に赤ちゃんが来てくれたんだ。
ママからその事を聞いたとき、もうパパは嬉しくって嬉しくって、とびはねて大喜びして、嬉し泣きしちゃった。
とはいえ、検査キットでそうわかっただけで、お腹の赤ちゃんの心臓が動いてるのをしっかり確認できるまでの流産の確率は高くて、10%くらいあるんだ。
でもそんなこと頭からすっぽり抜けて、ママと産まれてくる子と、3人で幸せに生活していくことしか頭になかった。
その時は、ママもそう思ってたと思う。
お腹の中の赤ちゃんの心臓の音が確認できるのは妊娠6週目くらいからなんだけど、10週目を過ぎてもまだ心臓の音が聞こえなかった。
お医者さんはお腹の赤ちゃんが上手く育たなかったと診断したんだ。
「赤ちゃんの遺伝子の調子が悪くてそうなるだけで、よくあることだからお母さんは悪くないよ」
ママを励ましてくれたつもりで、手術で赤ちゃんを取り出してしまうように言ったんだ。処置が遅ければ遅いほど、ママの負担が大きくなってしまうからね。
でもママは「この子は悪くない。ちょっとのんびりさんなだけで、絶対大丈夫」って、ちょっと怒って手術を拒否したんだ。
その時パパはママの身体が心配で、早く手術するように言ったんだけど、ママの意思は固かった。
その時パパは、手術をしなくても赤ちゃんが自然と出て行ってしまうことも多いし、その方がママの気持ち的に楽だよな、と思ってそれ以上は強く言わなかった。
1週間経っても特にママには変化がなくて、これ以上はさすがにママの身体が危ないってことで、手術するよう説得して、ママはとっても悲しんでいたけど、納得して病院に行ったんだ。
でも、なんと!ママの言う通り、赤ちゃんの心臓は動き始めてたんだ!
お医者さんも少し驚いた様子だったけど、とびっきりの笑顔で「妊娠おめでとうございます」って言って、妊娠したことの証明書を出してくれたんだ。
そのままそれをお役所に提出して、必要な検査の受診票や母子手帳を受け取って......その時のママの笑顔ったらもう......すばらし......!......うつくし......!
ってなわけで、この時はどん底から幸せの高低差で、もう大丈夫なんだと信じて疑わなくて、今度こそ幸せな日々が始まったものだと思ってた。
......いろいろな検査の受診票の分厚い束を、ママが大事そうに抱えてるのにね。
しばらくすると、ママのお腹はまだぺったんこなのに「お腹で赤ちゃんが動いてる!」って大騒ぎしてたんだ。
パパも何度もママのお腹を触って、ママはパパが触る度に動いてるって言うんだけど、まだその動きは小さくて小さくて、パパにはわからなかった。
でも「さすが『ママ』だね!」ってそのとき初めてママのことを『ママ』って呼んだんだ。
その時の笑顔も......うつくし......!いや、もう言わなくてもわかるか。
ママもパパのことを『パパ』って呼んでくれて、パパとママであることが、なんだか少し板についてきた頃、ママに病気が見つかった。......とっても深刻な病気だった。
お医者さんは、赤ちゃんを諦めて、すぐにママの治療を始めるべきだと言ったんだ。今すぐに治療を開始しても、ママの病気が治るかは五分五分だと言われたけど、時間が経てば経つほど、ママの病気が治る確率は低くなっていく。
むしろお腹の赤ちゃんが外の世界で生きられるくらい大きくなるまで待っていたら、出産にママが耐えられるのか怪しい。
仮に耐えたとして、その後、治療をできる体力が残っている可能性は低いと。
それでもママはその場で、さも当然のことのように、赤ちゃんを産むとお医者さんに伝えた。
......パパは猛反対した。
ママはもう赤ちゃんが生きてるのを感じてたから、産まないなんてできないと言っていた。
この時はママはまだ怒ってなくて、むしろパパが猛反対してるのをなんとか優しく説得しようとしてくれてた。
でも、パパも若かったからね。その時は、ママのお腹の中の赤ちゃんが頑張って生きてくれてるっていう実感がまだなくて、必死に反対し続けた。
誰よりも悩んで苦しんで、つらい決断したのはママだったのに、そんなことにも気付かないで、ママを何よりも大切にしているつもりだった。
パパはママのことしか頭になかった。
そのときは気付かなかったけど、ママがいなくなってしまったら、何もなくなってしまう。なんて、ちゃっかり自分のことも考えてた。
赤ちゃんのことなんかこれっぽっちも考えられていなかったくせに、ついにひどい事を言ってしまった。
「その子が無事に産まれたとする。その後、すぐに母親がしんでしまったらその子はどうなる?産まれてくる子が可哀想だと思わないのか?」
ママは、赤ちゃんのことが大切で、自分の事やパパの気持ちを考えてくれていないと思っていた。
だから、赤ちゃんが可哀想だと言ったら、ママは考え直して赤ちゃんを諦めてくれると思ったんだ。
「でも、この子を産んだって、私も生きていられるかもしれないし!......それに、私はあなたと結婚して、パパとママになった。そんな家族でいることが何よりも大切なの」
ママがただ楽観視してるだけに見えて、パパはだんだん腹が立ってきて、更にひどい事を言ってしまった。
「赤ちゃんを失ってしまう事は悲しい事だけれど、生きていれば、幸せなことがたくさんあるはずだろ?レイが生きていれば......赤ちゃんだって、今じゃなくてもいいじゃないじゃないか」
自分でもひどい事を言った自覚はあった。
その時のママの顔だけは、どうしても思い出せない。ママの一瞬一瞬を見逃さずに脳裏に焼き付けるために、救いようのないドライアイになったのに、その時だけは見逃してしまったような気がする。
もしくは、わざと見ないようにしたんだ。
そしたら、ママにおうふくビンタされた。その手は優しかったけどね。
ママは初めて大きな声を出して怒ったんだ。歌ってるみたいに綺麗な声だったけどね。
「この子を諦めても私はしんでしまうかも知れない!私はママでもなんでもなくなって、あなたをひとりぼっちにしてしまかもしれないっ!でもこの子は、私が少し我慢すれば、元気に産まれてきてくれるはずなのっ!もし私がしんでしまっても、あなたには家族がいてほしいのっ!」
ママの目は今にも涙がこぼれ落ちそうだったけど、やっぱり怒ってた。
「あなたが幸せな『パパ』でいてくれたら、私も幸せな『ママ』でいられるの......っ!」
さっきのレイラと同じ顔をしてたよ。
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「......そんなこんなでレイラが無事に、元気で健康で産まれて、ママは......知っての通りだ」
パパは呼吸も乱れず普通にしゃべってるくせに、ずっと涙が溢れてとまらなくなっていた。
私は呼吸が乱れて頭が痛くなるくらいグズグズ泣いて、ティッシュの山を作っていた。
「ママがしんでしまったのは本当に悲しかったけど、パパには家族がいたからね。ママがいなくても寂しくないし、ずっと笑顔でいられたし、すごく幸せになっちゃったんだよね!」
元気よく言ってるつもりだったんだろうけど、パパはついに嗚咽を漏らし始めた。
「......レイラが海に落っこちて、見つかるまでの間、そりゃあもう......辛くて、悲しくて......世界に誰ひとりとしていなくなったのかと思うくらいの、孤独を感じたよ」
パパがティッシュの山作りに参戦し始めた。
「レイラが.....家族がいないなら。ひとりぼっちで、こんな絶望に打ちのめされるくらいなら、パパもさっさとしんでしまおうと思った。海に飛び込んだくらいじゃなんともなかったから、方法を吟味しないと......なんて考えてたよ」
全然おもしろくないけど、パパも私も「あはは」って言ってみたりした。
「それに、生きているレイラを失ってしまう事が、どんなに恐ろしいか......。あの時パパが、ママに言ったことが、どんなに.....どんなにひどいことだったのか、心の底から理解した」
ティッシュがなくなったかと思ったら、どんなトリックかはわからなかったけど、パパの手から新しいティッシュ箱が現れた。
「もし、すぐに治療を始めてママの病気が治っていたとしても、ママを幸せにしてあげることは、二度とできなくなっていたと思い知ったよ」
新しいティッシュ箱の中身もみるみる減っていった。
「でも、今のママは、写真の中にしかいられなくなっても、本当に幸せそうだ。かわいい娘に『ママ』って呼んでもらって毎日お花をプレゼントしてもらえて......」
パパはティッシュを持ってるのに腕で思いっきり涙を拭って、ママの写真の前に座った。
「こんなに優しくてかわいい娘がいて、俺たち本当に幸せだな......。レイ、本当にありがとう.......」
パパはママの写真をしばらく抱きしめて、笑顔で私の前に戻ってきた。
「ママがあのときもう『ママ』だったように、ミミッキュを助けたレイラも、もう立派な『ヒーロー』なのにね。ヒーローに対して、困っているポケモンを見捨てろなんて、とんでもないことを言ってしまった。心を入れ替えて、パパなりにいろいろやってみたよ」
パパは、スマホロトムを取り出して、私のスマホロトムにメッセージを転送してきた。
えーっと、どれどれ......。
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シナミ博士
お久しぶりです。
メッセージ拝見いたしました。
娘さんに、下記の通りお伝えください。
折り入って、私のお手伝いをお願いしたく思います。
アローラに住むシナミと言う博士を、1週間ほど仕事を休ませて、ガラルの2番道路の私の自宅まで引きずってでも連れて来てください。
アルバイト代として『かけたポット』を先払いさせていただきました。
3日ほどでご自宅に到着するかと思います。
大人の男性を引きずるのは少し難しいかもしれませんが、何卒、よろしくお願いいたします。
マグノリア
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「ふぇぇえ!マグノリアってあの『全ての博士の母』のマグノリア博士!?」
「そのマグノリア博士だね」
「歴史上の偉人だと思ってた!まだご存命だったんだ!」
「パパが産まれるよりも前から活躍してるエピソードがいっぱいあるもんね。マグノリア博士は10代の頃から伝説的発見をいくつもしていただけで、まだまだお若いよ」
かがくの天才ってすげー。
「今は孫娘のソニアさんが博士になってガラルのポケモン研究所を継いでるけど、今もソニア博士と連名で論文をだしておられるくらい、すごく元気でいらっしゃるよ」
「そうだったんだ!それにしても、このアルバイト内容......」
パパは急に小さくなってぶるぶる震え始めた。
「マグノリア博士にはね、昔とっても か わ い が っ て もらったんだ......。あんなに か わ い が っ て もらったのに、未だにクソザコナメクジ博士のパパがご自宅まで出向くなんて......。とんでもないって、レイラもそう思わないか......?」
なんだこのパパは!?あまり深く追求すべきじゃないな。
「でもアルバイト代先払いしてくれちゃったみたいだし!やるしかないね!いつ引きずればいいかな!?」
「かわいい娘を給料泥棒にするわけにはいかないからね......。レイラの秋休みあたりにおやすみを調整するよ......」
「やったー!」ととびはねたと同時に「メッセージが届いたロト!」と言ってパパのスマホロトムも飛び出してきた。
「おっと、ごめんね。......ふむ、ふふふ。この人には敵わないな......」
パパはもう一通、メッセージを転送してきた。
どれどれ......
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譲渡会の参加申請を財団の窓口からしたわよね?働きすぎて寝ぼけているのではなくて?
わたくしに直接メッセージしてくださればいいのよ。お友達でしょう?
レイラちゃんの気にしてたヤバチャのことなら、勝手にシナミくん名義の譲渡申請書を捏造して、勝手に承認しておいたから、もう同意書の作成まで済んでるわよ。
明日の夕方に団員がヤバチャを連れてそちらに伺うから、同意書にサインだけはしておいてちょうだいね。
レイラちゃんにもよろしくお伝えしておいて。
ルザミーネ
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「ルザミーネさん......!」
ツッコミどころはあるけど、ヤバチャがうちに来てくれるんだ!
「ヤバチャはもちろん、レイラの手持ちにするでしょ?」
「うん......!パパ、ありがとう!」