......目が覚めた。
部屋は真っ暗だ。早く寝すぎたかな。変な時間に起きちゃった。
でも、なんか違和感。
カーテンの隙間から月の光が入っていることに気付く。
風が吹いている。カーテンが揺れる。......窓が開いている。おかしい。寝る前はきっちり閉まっていた。
月の光で作られた、ぼんやりとした何らかの影が揺らめいている。
何か、いる。
ゴーストタイプ使いなんだから、幽霊は別に怖くない。幽霊ならば2階にある私の部屋に窓から入って来ることも想定できるから、特に驚かない。
実体のある何らかの物体が侵入してきた方が、よっぽどびっくりするし、身の危険を感じる。
「……ィ、……ァ……」
掠れた声で何かを言っている。やっぱり幽霊だろうか?
突然、強い風が吹く。何かヒラヒラしたものが私に向かって飛んできて、顔面に張り付いた。しまった。視界を奪われた。
「ロ!?」
ろ?今『ろ!?』って言った?
だいたいこういう時って、さっきみたいな呻き声とか『タチサレ......タチサレ......』みたいな恨み節が定番じゃないか?
慌てて顔面の物体を引っ掴んで飛び起きた。
窓際にフクスローがいた。キョロキョロと何かを探している様子だった。
私の手には、ガサガサした触感。なんだ?紙?......新聞紙だ。久しぶりに見たぞ。ちくしょーめ。こうしてやる。
ぐしゃり。
その音を聞いて、フクスローはビクッ!と効果音が聞こえそうな勢いでビクッ!っとした。
「もうっ。起きて遊んでてもいいけど、危ないから窓は開けちゃダメだよ」
新聞紙をぐしゃぐしゃに丸めて、強く握って、ゴミ箱に向かって構えた。マスターボール級のボール投げ名人の実力、見せてやろうじゃないの。
「グクゥー!」
フクスローがすっ飛んできて、私の手にツメを立てた。
「ぎゃぁっ!!!」
フクスローのするどいツメが手の甲に刺さった状態で、皮膚を引きずられた。思ったよりだいぶ深くえぐられた。
痛みはすぐに麻痺してきた。どくん、どくんとした感覚だけが残って、血が流れる。
新聞紙を握りしめたまま血まみれになっている手を眺めながら、もう少しかわいい悲鳴は出ないものだろうかと、どうでもいいことを考えて呆然とする。
そんなことをしているうちに、ぼた、ぼた、と音を立てながら、血が丸いシミを布団に描き始めた。
フクスローも、呆然と立ち尽くしている。
突然ものすごい音がして、フクスローと一緒にビクッ!とする。ドアが蹴破られて、パパが突撃してきた。
「レイラ!入るぞ!!」
もう入ってるじゃん。と冷静に脳内でツッコミを入れる。
「何が......あった......?」
今度はパパと一緒にみんなで呆然とした。
フクスローのツメは、ちょっと赤くなっていた。まずいぞ。フクスローが怒られちゃう。
「なんでもない!」
慌ててフクスローをボールに戻そうとする。......これは丸めた新聞紙だ。
「......フクスロー。......ボールに戻りなさい」
パパはこごえるかぜみたいな冷たい声で言った。フクスローは何か言おうとしていたが、結局何も言わずにボールに戻って行った。
「すぐに手当てしないと......」
パパは、自分が破壊したドアに阻まれながら、なんとか部屋を出ていった。救急セットを取りにいったんだろう。
傷口がじわじわと痛み始めた。涙がでた。
血と一緒に涙もぼたぼた言うもんだから、血が更にたくさん出てきたみたいに感じて、痛みが増している気がする。
嗚咽するまでにはならなかったが、自然と声も漏れ出た。
「どうして......?」
どうして?どうして、なぜ。
わけも分からず、丸めた新聞紙を左手に持ち替えて、ゴミ箱に向けて放り投げた。
新聞紙は、ゴミ箱とは全然違う方向に飛んで行った。
すぐに戻ったパパは、何やらいろいろと持ってきた。
桶に入ったぬるま湯で私の手を洗い、丁寧に拭き取ってくれた。でも、次々と血が流れ出て止まらない。
「これは......ひどいな......。痛いかもしれないけど、止血するよ」
パパは私の手首を強く握って、血管を圧迫しながら傷口をガーゼで押さえた。
目がチカチカするレベルの痛みだ。
「よし、もういいかな」
パパが手を離してくれた。
傷口が現れたが、見えてはいけない部分まで見えた気がして、目を逸らした。
「とりあえず、これでよし。明日はスクールは休んで、ジョーイさんにも診てもらった方がいい」
確かに、結構ざっくり行ってたもんな。見えたらダメなとこまで見えてたしな。傷跡、残るだろうな。
布団についた血の痕をぼーっと見つめてしまった。
「布団、交換するか?」
それよりも、一刻も早くドアを交換してほしい。
絶対、普通に開けたほうが早かったでしょ。
私がちょっと叫んだくらいでドアが破壊されてたら、ドアが何枚あっても足りないぞ。
「......大丈夫。手当てしてくれてありがとう。とりあえず、眠いから寝るね」
私は窓をしっかりと閉めた。今度はドアが開いているというか、空いているけど、これはどうしようもない。
勢いをつけてベッドに滑り込み、顔まで布団を被って、目を閉じる。目を閉じてるのに目がチカチカしてる気がする。
パパは私の頭を撫でて「おやすみ」と言って出ていった。
当然、一睡もできずに朝が来た。
マオちゃんに「ケガしちゃったから、今日はスクール休むね」とメッセージを入れた。すぐに「大丈夫!?わかった、お大事にね」と返信が来た。
カーテンを開けたら、眩しすぎる日差しが入ってきた。寝られてないけど、意識が覚醒した感覚があり、きりばらいされたみたいに頭が冴えていく。
昨日、フクスローは丸めた新聞紙を狙っていたんじゃないだろうか?確認してみよう。確か、ゴミ箱と全然違う方に飛んでいったな。
部屋のすみっこに転がっていた丸めた新聞紙を拾い上げ、丁寧に広げていく。目に入って来たのは......
『トライポカロンパフォーマー ムサヴィ、青髪イケメンと野外でお泊まり!?』
ムサヴィさんのスキャンダルって、結構前だったよな。新聞の日付は......1年半くらい前か。
でも多分、フクスローとムサヴィさんはあんまり関係ない。
裏面を見た。小さい記事に添えられた、ジュナイパーの写真とイラストが目に止まる。
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『フクコ、死す』
現在、アローラの初めてのポケモンとなるモクローの母を務めるジュナコの祖母、フクコが亡くなった。記録の残っている限り、ジュナイパーとしては最高齢であった。
フクコはシンオウ出身であり、ヒスイ時代を生きた最後ポケモンとされている。
幼ない頃のフクコの写真は、現在は進化方法が見つかっていない、ヒスイのすがたのジュナイパーと共に撮影されており、歴史的価値がある。現在はシンオウのミオ図書館にて厳重に保管され、一般公開はされていない。
昨年、アローラの時空研究所はフクコの写真の所有権を巡りミオ図書館を提訴。現在も紛争中。
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ジュナイパーの写真の下部には小さく『晩年のフクコ』と書かれており、イラストの下部には『幼い頃のフクコ※イメージ図』と書かれている。
とびきりの笑顔のモクローが、優しそうに微笑む、少し変わった風貌のジュナイパーふたりに抱っこされている、素敵なイラストだ。
なるほど。フクスローはこのイラストを見てヒスイのジュナイパーに憧れたんじゃないだろうか。
この記事のフクコというジュナイパーは恐らく、フクスローのひいおばあちゃんに当たるんだろう。もしかしたら、フクスローはフクコに会ったことがあるのかも知れない。
きっと、フクスローは私を攻撃する意図は一切無く、ただ家族の写真を捨てられたくない一心だったのだろう。
知らなかったとはいえ、私はフクスローの家族の写真を丸めて捨てようとしちゃったんだ。
3年前に亡くなった、ホウエンのおばあちゃんを思い出した。
おばあちゃんは、本当に本当に、私のことをかわいがってくれた。
生きているママの記憶がない私にとって、写真のママとそっくりな顔で微笑んでくれるおばあちゃんの存在は大きかった。
おばあちゃんと手を繋ぐと、おばあちゃんからママへ、ママから私へ繋げられてきたものの素晴らしさが、体温と共に伝わってくる感じがした。
おじいちゃんのお部屋に飾ってあるおばあちゃんの写真は、うちにあるママの写真が歳をとったと言われても納得してしまいそうなくらいそっくりだ。
そんなおばあちゃんの写真を丸めて捨てようとしてる奴がいたら......
命のひとつやふたつ、奪ってもいい気がする。考えただけで胸糞悪い。
新聞だから実際のところはたくさん刷られているのだろうけど、フクスローにはこの1枚しかなかったんだ。そういうことならむしろ、この程度の傷で済んだだけありがたいレベルだ。
自分がしてしまったことの重大さに絶望する。悲しみ、怒り、なんだかよく分からない感情で、身体が痺れていく。
私はベッドに倒れ込んだ。身体が痺れて動けない。