「レイラ、起きてるか?」
パパだ。とりあえず無視する。
「朝ごはん、パンケーキ焼こうと思うんだけど」
私が起きてるのわかってて、私がパンケーキ大好きなのわかってて、こういうこと言う。
パパのパンケーキは5cmくらいの厚さのふわっふわのやつだ。
......やはりパンケーキだけは焼きたてを食べなければ。
負けでいいです。ちくしょーめ!
「起きた」
「アローラ!起きてくれてよかったよ。20分くらいでできるから、それまでにはおいで」
「わかった。ありがと」
着替えて、片手で顔を洗う。
右手は包帯を巻かれているが、包帯まで血が滲み出ている。
何もしてなくても痛いし、動かす事を考えるだけでもっと痛いし、動かしたらやっぱりすごく痛い。
手をしっかり拭いてから、左ポケットに入れたシワシワの新聞紙の感触を確かめてみる。
心も、ズキズキと痛み出した。
キッチンの方に向かうと、あまいかおりが漂ってきた。
「パパ、アローラ」
「アローラ!あともう1枚焼けたら完成だよ」
......パパはあのあと寝られたのかな。
テレビをつけてみる。くだらないニュースがやっている。
「ジョウトチャンピオンのワタル氏が人に対してカイリューにはかいこうせんを指示したとして拘留されていた事件について、被害を受けたと通報した男は、住所や氏名を含め、全て虚偽の情報で被害届を出していた事が発覚しました。ジョウト警察は男を虚偽告訴罪の容疑者として逮捕。男は反社会勢力と深く関わっており、余罪があるものと見られています」
ワタルさん。シャインドラゴの俳優さん。やっぱり無実だった。
私が育てたフクスローのふいうちでもこんな大ケガするのに、チャンピオンが育てたカイリューのはかいこうせんを受けて、打撲程度で済むわけないのに。
でも、ワタルさんのイメージダウンは免れないかな。
いや、バリアーを覚えたカイリューを使ってて改造ポケモンの使用容疑もあったけど、ホウエンでバリアーを覚えた野生のカイリューが多数発見されたとかで、むしろ時代を先取りしていたと言う事で、好感度がシビルドン登りになったんだし、ワタルさんなら大丈夫か。
「レイラ、できたよ」
目の前に、二段重ねの分厚いパンケーキが運ばれてきた。
「やったぁ!いただ......いたた......」
右手を使おうとしちゃった。左手にフォークを持ち替える。
「食べ終わったら、ポケモンセンターに行こうね」
「うん」
パンケーキを口に運ぶ。おいしい!ほっぺたが落ちそうになるくらい、口元が緩む。
「やっと笑顔になった。レイラが最後に笑顔になってから今の笑顔になるまで、15時間と28分かかりました」
パパはわざとらしく怒った顔をした。つい笑っちゃった。パパは教師もしてるんだった。
パンケーキを食べ終わったら、昨日のことについて話そう。早く話したいのに、左手じゃうまく食べられなくて、時間がかかる。
「パパはポケモンセンターに行ったあと、仕事をしなくちゃいけなくて......。申し訳ないけどちょっと急げるか?あーんしてあげるからさ」
「嫌だよ!ポケモンセンターには1人でいくよ。それより、夜中に何があったか聞いてほしいの」
私はパンケーキを食べる手を止めて、シワシワの新聞紙を見せながら、夜中にあった事を説明した。
「だからね、私が悪いの。フクスローになんて謝ったらいいか......」
パパは「ふむ」と言って10秒くらい考え込んだあと、立ち上がって私のフォークを手に取り、小さく切ったパンケーキを私の口元に運んだ。思わず食べちゃった。なんか恥ずかしい。
「食べ終わったら、研究室でフクスローと話そう。リオに通訳してもらって、ちゃんと事実確認をするべきだ。パパもフクスローの話を聞きたい」
「はふぁっはわかった」
パパからフォークを奪って、自分で頑張って食べた。少し冷めちゃったパンケーキも、とってもおいしかった。
急いで部屋に戻ってフクスローのボールに話しかけた。
「フクスロー。お話しようよ」
フクスローは出てきてくれない。私はポケットからシワシワの新聞紙を取り出す。
「この新聞、フクスローの宝物なんじゃないかと思ったんだ。もしそうなら、本当にごめんね。私、フクスローのこと、何も知らない......。フクスローのお話、聞かせてよ。リオがいれば、ちゃんとわかるからさ」
ボールがゆっくり開いて、フクスローが出てきてくれた。フクスローは、顔の周りの羽毛がぐちゃぐちゃだ。たくさん泣いたんだろう。
「出てきてくれてありがとう。行こっか」
フクスローは黙って私の後ろをついてきた。
パパとリオと一緒に研究室に入ると、フクスローは何か言おうとしたが、声にならなかったのか、泣き出してしまった。
リオがそっと涙をぬぐってあげると、フクスローは激しく嗚咽を漏らし始めた。
「......フクスローさん、謝ってます。ごめんなさい、ごめんなさいって」
リオにどいてもらって、フクスローを抱きしめた。
「あの新聞、フクスローのひいおばあちゃんの写真が載ってたんだよね?」
フクスローは頷いた。
「大切な......大好きな家族だったんだね。そんな家族の写真に、ひどいことしてごめんね」
言葉がなくても、フクスローの気持ちがわかる。
「ひいおばあちゃんのパパとママ、ヒスイのすがたのジュナイパーだったんだね。ひいおばあちゃんの小さい頃の写真、きっととっても素敵な笑顔のお写真だったんだろうね」
何故だか私も涙が出る。
「ひいおばあちゃんも自分のパパとママの事が好きだっただろうから、ヒスイのすがたのジュナイパーに会えたら、きっと喜んでくれたよね。フクスローは、ひいおばあちゃんの笑顔が見たかったんだね」
「フク......フクスフ......」
フクスローは少し落ち着いてきて、話し始めた。フクスローの話はリオが通訳してくれた。
レイラ、ケガさせちゃって本当にごめんなさい。本当に、そんなつもりはなかったんだ。
レイラの言う通り、フクコおばあちゃんは僕の大切な家族。
レイラと出会うまで、僕を大切にしてくれたのはフクコおばあちゃんだけだったんだ。
僕はジュナコママからうまれた。
うまれてすぐに、トレーナーさんのはじめてのポケモンになれるように、たくさんの兄弟たちと一緒に試験を受けることになったんだ。僕は冒険をしてみたかったから、必死で頑張った。
努力の甲斐あって、最初の試験で一発合格した。そのときの試験で合格になったのは僕だけだった。
試験勉強に必死な兄弟たちは、僕のことを無視したり、仲間はずれにしたりしてきたんだ。
ジュナコママはタマゴのお世話で本当に忙しそうだったし、ポケモン研究所の職員さんたちも、誰も構ってくれなかった。
こんなことなら、はじめてのポケモンになるための試験なんか、合格しない方がよかったと思った。
ひとりぼっちの僕を構ってくれたのはフクコおばあちゃんだけだったんだ。
フクコおばあちゃんは、僕がうまれたときには体調が良くなくて、いつも寝てばかりだった。
でも、ひとりぼっちの僕を心配してくれて、退屈しないようにいろんなお話をしてくれた。
家族の話、ヒスイ時代の話、トレーナーさんと世界中を冒険した話......。
顔がしわしわで表情はよく分からなかったけど、どれもとっても楽しそうだったし、僕もわくわくした。やっぱり、僕もトレーナーさんと冒険したい。
フクコおばあちゃんの心残りは、両親と同じヒスイのすがたのジュナイパーに進化出来なかったことだと言っていた。
フクコおばあちゃんの両親がしんでしまったのを最後に、ヒスイのすがたのジュナイパーを見ることすらなくなってしまった。
世の中がヒスイのすがたのジュナイパーのことを忘れてしまうかも知れないのが本当につらいと言って、フクコおばあちゃんはしわしわのお顔でも悲しそうな顔をしていた。
「おまえは、後悔しない生き方をしなさいね」
「じゃあ、僕がヒスイのすがたのジュナイパーに進化する方法を見つけて、ヒスイのすがたになるよ!」
「おまえは強いし賢い。なんにでもなれるさ」
フクコおばあちゃんは、やっぱりしわしわのお顔のままだったけど、身体を起こすのも一苦労なのに羽を伸ばして僕の頭を撫でてくれたんだ。
それから少しして、僕はレイラにはじめてのポケモンとして選ばれた。
「僕、行ってくる!ヒスイのすがたに進化できたら、また会いに来るからね!」
大きい声を出したけれど、フクコおばあちゃんはぐっすり寝ていて、何も反応がなかった。
「......やっぱり進化する前に来る!またね!」
フクコおばあちゃんのすがたを見たのは、それが最後だった。
僕がフクスローに進化してしばらくした頃、レイラはゴーストタイプのジムリーダーになりたいって言ったんだ。
僕はレイラもヒトモシもミミッキュも大好きだし、僕も進化して、ゴーストタイプになるのを楽しみにしてた。
その少しあと、ヒスイのすがたのジュナイパーはゴーストタイプじゃないと知った。
とっても悩んだけど、レイラと一緒に夢を叶えるために、やっぱり普通のジュナイパーに進化するよってフクコおばあちゃんに伝えなきゃと思った。
きっと応援してくれるけど、ちょっとだけ不安だったし、普通のジュナイパーに進化してしまってから会いに行ったら、がっかりさせてしまうと思ったんだ。進化する前に行くって約束したし。
それまではレイラに内緒で『かわらずのいし』を持つことにした。
そんなある日、新聞を拾った。
フクコおばあちゃんは、僕がフクスローに進化した頃にはもう、しんでしまっていた。
モクローの頃のフクコおばあちゃんは、ヒスイのすがたのジュナイパーのママにだっこされて、おひさまみたいな笑顔をしていたんだろう。
僕も、フクコおばあちゃんの笑顔を見てみたかった。
笑顔は見れないけど、せめて天国で悲しい思いをさせたくなかった。
僕は、どうしたらいいかわからなくなっちゃったんだ。フクコおばあちゃんもレイラも、大好きな家族。僕はどっちも選べないで、どっちも悲しませている弱虫だ。