ふと気がついたら、パパにかけたはずのブランケットが私にかかってる。今は......13時過ぎだ。しまった。2時間くらい爆睡してた。
テントを出ると、パパとテルくんとショウちゃんが天体望遠鏡の周りで何やら話していた。とりあえずそっちに向かう。
「レイラ、アローラ!今、天体望遠鏡で裂け目を覗いてたんだけどね......。いや、レイラも見た方が早いかな、ほら、見てごらん」
肉眼で見ると裂け目は白く発光している物体のように見えるけど、天体望遠鏡で見ると裂け目の中には別の空間のような......具体的には満天の星空のような宇宙が広がっている。
「うわぁ、すごい!どうなってるんだろ?」
望遠鏡から目を離してもう一度、肉眼で裂け目を確認する。やはり、白く発光しているように見える。
「不思議だよね。パパの仮説は検討違いだったのかと思ったけど、これはある意味......で......ゆえに.......」
パパのスイッチが入ってしまった。テルくんとショウちゃんはパパの話を一生懸命聞いている。何かわかるのだろうか?私には全く理解出来ないけど......。
「うわ!何あれ!?」
何かが裂け目から現れてゆっくりとこちらに向かって飛んできているのが見えた。
ポケモンだ。おそらく、かなり大きいポケモン。悪魔みたいな禍々しさを感じる。
「あれは.......!」
テルくんは裂け目から出てきたポケモンを見てすぐ、ボールからポケモンを出した。ウォーグル......?変わった姿のウォーグルだ。
テルくんはウォーグルの足に捕まって飛び立っていった。
「......ムクホーク!追うよ!」
ショウちゃんもポケモンをボールから出して出して飛び立ってしまった。
「......ヒナギク博士、ルール破ってごめんなさい!」
パパもボールからポケモンを出した。そういえば、バディじゃないポケモンは出しちゃいけないんだっけ。
パパの出したポケモンは青くて綺麗なとりポケモンだ。みたことないポケモン。
こんなポケモン持ってたんだ。そういえば、ゲンパチの代わりの手持ちを悩んでるって言ってたっけ。
そんなことを考えてるうちに、パパも飛び立ってしまい、ひとり取り残されてしまった。
フクスローは私を運ぶほどのパワーもないし、私を乗せて走ったりできるポケモンもいない。
アローラみたいにポケモンライド事務局がある訳じゃないし......。
「お困りのようですね」
後ろから声をかけられた。身構えて振り返ると、見知らぬ金髪のイケメンが立っていた。前髪で顔が半分隠れているせいもあって、笑顔が嘘くさく見える。
「あなたは......?」
「ジブンはイチョウ商会のウォロと申します。お連れの方、皆さん飛んでいっちゃいましたよね。追いかけるなら、ジブンのポケモンにお乗せしますよ」
イチョウ商会......?聞いた事ない。でもつまり、商人さんってことだよね。
......怪しい。ものすごく怪しい。
変な壺とか、子供の落書きみたいな絵画とか、開運の石とかをぼったくり価格で売りつけてきそうな顔してる。
実際にはそんな人見たことないから私の勝手なイメージだけど、そんな姿が想像に難くないくらいには怪しい。
でも、ウォロさんはトゲキッスを連れている。
トレーナーになつくことで進化するポケモンだ。悪い人じゃないんだろうか?
とはいえ、私は大したお金も大して持ってないし、ヒナギク博士やセキさんカイさんもどこにいるか分からない。荷物のこともあるし、私はここに残った方がいいんじゃなかろうか。
「あの、お金もありませんし、商売なら他を当たってもらえますか?」
「そうですか。残念です。では、少々失礼します」
ウォロさんはトゲキッスに飛び乗ると、私の腕を引っ掴んだ。
「きゃ!」
身体が浮かび上がる。抵抗しようと思ったけど、あっという間に地面が遠くなっていってしまった。宙ぶらりんの状態だ。落ちたら大ケガ程度じゃ済まない。
「パパー!!」
遠くに見えるパパに向かってダメ元で叫んでみた。パパはすぐ気付いた。どんな耳してるんだろう。パパのポケモンは向きを変えてこちらに向かってきた。
「どうも。ジブンはしがない商人です。素敵なお嬢さんでしょう?どうです?ジブンと取引しませんか?」
「何が目的だ」
パパのこんな怖い声、初めて聞いた。ぶわっと鳥肌が立つ。でも、ウォロさんは嘘くさい笑顔を崩さない。
「裂け目から出てきているポケモン、ギラティナと言うんですが、テルさんはギラティナを攻撃しようとしています。ギラティナはジブンの大切な相棒ポケモンなので、それを止めて頂きたいんですよ」
ウォロさんは私の腕を掴んで持ち上げて、釣り上げた大物のバスラオを見せびらかすようにパパに向けた。
うっかり手が滑ったりなんかしたら、殺人犯になっちゃうよ?
私、45kgくらいあるけど、ウォロさん、腕しんどくない?落ち着こ?話せばわかるよ。
「彼のポケモンも、彼自身も、とっても強いんですよ。お恥ずかしい話、ジブンでは勝てる気がしないのですが、アナタのポケモンは強そうですからね。彼がしんでしまっても一向に構いませんので、ゼンリョクでお願いできますか?」
あれ、ダメそう。話してわかってくれたとしても、それも承知で、平気でひどいことするタイプの人だった。
パパは眉間にシワを寄せて、黙ったまま俯いてる。
ウォロさんはほんの数秒で、しびれを切らしたかのように私をひょいっと持ち上げて、隣に立たせた。
足に自分の体重がかかってるのって幸せだな......。
なんて感じてしまうような、どうしようもない頭の中まで見られてるのかと思ってしまうくらい、ウォロさんは顔を近付けて私の瞳の奥を覗き込んでる。
ウォロさんの銀色の瞳には、何も映ってないように見える。それが恐ろしいのに、なぜだか目を逸らせないでいる。
それと、ウォロさんからは、なんだか切なくなるような、懐かしい香りがする。
マサラのおばあちゃんが金ピカの祭壇に祀られた神様の像の前で炊いていた、おこうの香りだ。
いや、神様みたいな存在だけど神様じゃないっておばあちゃんが言ってたな。えーっと。そうそう、仏様。
人智を超えた絶対的な存在の『神様』と違って『仏様』は元々人間で、この世の中のありとあらゆるすべてを理解して、万物が幸せでいられる方法を知ってる存在で、最初に『仏様』になった人の教えを守って、生きてるうちに良い事をした人は、しんでしまったあと自分も仏様になって幸せになれるんだって。
だから、亡くなってしまった大切な人が無事に仏様になって幸せになれるのを願っておこうを炊くんだ、っておばあちゃんが言ってた。
残念ながら、ウォロさんは既に誘拐犯な上に脅迫しながら殺人教唆をしている。そんな悪人は絶対に幸せになんかなれないぞ。
......でもなんで、大切な人の幸せを願う香りがするんだろう。
「しかし、キテレツな瞳の色をしたお嬢さんですねぇ。不思議なチカラを感じます」
私の瞳はパパと同じ、夜空みたいな深くて暗い、青みがかった黒い色をしてるんだけど、光が当たると、何故か青や緑、赤や紫にゆらゆらと色が変わってしまう。
パパいわく『瞳にオーロラが現れる』らしい。
「......なんだか取引に出すのが惜しくなってきましたねぇ」
ウォロさんが言い終わらないうちに、パパのポケモンは小さなこおりのつぶてをテルくんのウォーグルにぶつけた。
テルくんのウォーグルは少しよろめいたが、止まらずに飛び続けている。テルくんとショウちゃんが振り向く。
「ウォロさん......!?」
テルくんは真っ青な顔をして狼狽している。知り合いなの?
すかさずパパのポケモンが力を込めて羽ばたくと、こごえるかぜが巻き起こった。
テルくんのウォーグルもこれは堪えたようで、かなりスピードを落としてしまった。
「すばらしい!リスクの低い方法で、しっかりと効果を出しておられる。アナタ、商人の才能ありますよ!」
ウォロさんは一瞬で私への興味を無くしたらしく、嬉しそうにパパを煽り倒したあと、ゆっくりと深呼吸をして、さっきまでの嘘くさい笑顔とは違った、邪悪な笑みを浮かべた。
「ギラティナ!今度こそ、共に!新たな世界を創造しましょう!さぁ、今一度.....神を、打破せよ!」
ウォロさんはギラティナに向かって叫んだ。ギラティナは迷う事無くテルくんに向かって隕石のような物体を次々と飛ばした。
テルくんのウォーグルはギリギリのところで攻撃を避け続けている。
「ムクホーク、とんぼがえり!」
ショウちゃんのムクホークは......テルくんのウォーグルに攻撃した。
テルくんのウォーグルはムクホークの攻撃を受けたことによって、隕石にぶつかってまっさかさまに墜落をはじめた。
テルくんの悲鳴......いや、断末魔だろうか。
声になってない絶叫が耳を突き刺す。
パパはテルくんが落ちてるのに気付いてるはずなのに、助けに行こうとしない。どうして。テルくんがしんじゃう。
ボールからフクスローが飛び出して、テルくんの方に飛んで行った。ダメだ。間に合いっこない。
フクスローは聞いた事もないような雄叫びをあげた。かと思うと、激しい光に包まれた。
フクスローは、ジュナイパーに進化した。
あの姿......ヒスイのジュナイパーだ。
ジュナイパーは弓のようなものを構えて、テルくんに向かって同時に3本の矢を放った。
矢はテルくんの腰についたカバンを的確に捉えてテルくんごと吹っ飛ばし、数十メートルは離れていたであろう岩壁にまっすぐ突き刺さった。残りの2本はテルくんを支えるような形で綺麗に突き刺さり、落下をピタリと止めた。
テルくんは一瞬で状況を把握したのか、まだ落っこちてる最中のウォーグルを冷静にボールに戻して、ジュナイパーに向かって手を振った。
ほんの少しでもズレていたら大惨事だったし、1本でも外していたらテルくんの落下を止められなかったかもしれない。
その上、落下するテルくんを数十メートル吹っ飛ばしながら岩に突き刺すなんて、ジュナイパーの矢は、とんでもない正確性と凄まじい威力だ。
すごい。本当にすごいよ。ジュナイパー、かっこいいよ。
安心したのも束の間、ジュナイパーは必死に羽を広げているけど、滑空というか、ほぼ落下してる。ヒスイのジュナイパーって、空を飛べないんだ。
ジュナイパーのボールを構えてみたけど、ダメだ。遠すぎて戻って来られないみたいだ。
今度はポットデスとヤバソチャがボールから飛び出してきた。
ポットデスはからをやぶってすばやさを高めてから、ヤバソチャと手を繋いで、流星みたいなものすごいスピードでジュナイパーの方に向かっていった。
「ポットデス、頑張れええぇ!!」
思わず叫んだ。バディストーンが強く反応した。
ポットデスはものすごい量の液体をキズぐすりみたいにジュナイパーに噴射して、不思議な香りが辺りを包んだ。
ジュナイパーは羽でなんとか空気抵抗を作って必死に落下のスピードを抑えようとしていたけど、枝が折れていくけたたましい音を立てながら、悲鳴と共に森の中に消えていってしまった。
ポットデスたち、頑張ってくれたけど、間に合わなかった。
ここまで、テルくんのウォーグルが墜落を始めてから、ものの20秒も経ってないくらいの一瞬の出来事だ。
私は状況を飲み込むのでいっぱいいっぱいで、実際のところ何の思考もできていない。
頭が真っ白なのに、涙がボロボロと零れ出した。何もわからない。どうして?なぜ?
「ウォロさん......!会いたかったです......!」
ショウちゃんの声で、ふと我に返る。
「ショウさん、探しに来てくださったんですね。ありがとうございます。おかげ様で、大切な相棒ポケモンと、愛する女性ひとと再会することができました」
こんな状況なのに、ショウちゃんは私でもキュンとするくらい、かわいい笑顔でウォロさんに向かって微笑んだ。
ショウちゃんの『お慕いしてる方』ってウォロさんなんだ。
ウォロさんはショウちゃんの手を取り、自分の前に乗せると、後ろから強く抱きしめた。
ショウちゃんは顔を真っ赤にして天にも登りそうなくらい、幸せいっぱいといった様子だ。
突然、世界がスローモーションになって、私まで身体がふわりと浮き上がった気がした。
確かに、好きな人に愛する女性ひととか言われちゃった上に、そんな風にぎゅってされたらさ。
......実際はどんな気持ちになっちゃうのか、私にはまだわからないけど、私だって、何かがどうにかなりそうではあるよ。
でも、人質を取って殺人教唆をする人のために殺人未遂犯になるほど、倫理観と道徳心がぶっ飛ぶような事にはならないと思う。
ねぇ、ショウちゃん。好きな人のためなら、友達を裏切ってもいいの?
誰かの生命を危険に晒しても、好きな人さえいたら、幸せそうに笑っていられるの?
こんなひどいことしておいて、幸せになれるわけないぞ。ゴーストポケモンたちと一緒に末代まで呪ってやるからな。覚悟しろ。
毎晩、寝ながらスマホロトム見てるときに手が滑って顔面にぶつかれ。
大切な日の前に、美容院で前髪切られすぎてしまえ。
急いでるときにほどけた靴紐を踏んづけて派手に転んでしまえ。畜生め。
こんなに凄まじい呪いをかけてるのに、トゲキッスの上は完全にウォロさんとショウちゃんのふたりの世界だ。
あれ?ということは、私は浮き上がってるどころか、落っこちてるってことね。理解した。
海に落ちて、穴に落ちて、今度は空から地面に落ちるんだ。
身体がかなしばりにあったかのように硬直して、悲鳴をあげる余裕もない。
すぐさま、パパのポケモンが飛んできた。パパのポケモンは私の肩を足で捕まえた。
爪が立ってる。少し痛いけど、パパのポケモンも必死なんだ。助けてくれてありがとう。
「おぉ!アナタ、すばらしいです!」
ウォロさんはこちらを見て拍手していた。嫌味かと思ったけど、なぜか笑顔が嘘くさくない。
「よいお取引でした。今後ともよろしくお願いしますね。では!」
ウォロさんは大きく手を振りながら、ギラティナとショウちゃんを連れて、時空の裂け目の中に入っていった。遅れて、ショウちゃんのムクホークもついて行った。
時空の裂け目は、稲光みたいに激しく明滅したかと思うと、そのまま音も立てずに消えて無くなった。