少年の旅
俺とサカキは父親同士が仲が良かった。
なんでなのかは知らないけど、サカキの家にはお母さんがいなくて、サカキはお父さんとふたり暮らしだったから、サカキのお父さんがお仕事の間、サカキをうちで面倒を見ていて、物心つく前から兄弟のように一緒にいた。
サカキのお父さんはカントー最後のジムバッジを守るトキワジムのジムリーダーで、リーグ本部の仕事もあれこれ手伝っていて、いつも本当に忙しそうだった。
一方、うちの父ちゃんは専業主夫だった。
母ちゃんは代々祈祷師の家系の人なんだけど、心霊番組に出ているうちに人気者になったらしく、バラエティタレントみたいになっていた。
正直に言えば、カントーでもトップの強さでいつもきっちりスーツでバリバリ働いてるサカキのお父さんと、いつも家にいて、相棒のフーディンと家事をするのが生き甲斐の父ちゃんが友達なのが何故なのかよく分からなかったが、昔はサカキのお父さんと一緒に旅をしてポケモンジムを巡っていて、本人曰くサカキのお父さんよりも強かったらしい。
サカキはお父さんと同じジムリーダーになるのが夢で、俺は特に夢らしい夢はなかったけど、ほんの小さい頃からポケモンを貰えたらサカキと一緒にポケモンジムを巡る約束をしていた。
ついにポケモンを貰える日がやってきて、俺とサカキはオーキド研究所に来ていた。
「いやー、お待たせー」
奥からオーキド博士が姿を現したかと思うと、サカキは「おい、おっさん。早くポケモンくれよ」と言いながら勝手に奥の方に入っていった。
サカキは勉強もできるし運動神経もよくて、なんだかんだ面倒見がよくて本当は良い奴だけど、口が悪くてせっかちなところは本当に良くないと思う。
そんなサカキを見て、オーキド博士はむしろ嬉しそうにしている。
「30代前半は『おにいさん』でいいと思うぞ。......まぁいいけど。よし、シュウシくんもこっちおいで」
オーキド博士に促されて奥に入ると、3匹のポケモンがボールで遊んでいた。
くさポケモンのフシギダネ、ほのおポケモンのヒトカゲ、みずポケモンのゼニガメだ。
みんな元気いっぱいでかわいい。
「先に選んでいいぞ」
サカキはせっかちなくせに、そう言ってニコニコというか、ニヤニヤしていた。
「え、いいの!?本当!?俺、ゼニガメ!ゼニガメがいい!」
カメックスに進化したときのあの大砲。めちゃくちゃかっこいい。男のロマンだ。
サカキがゼニガメを選んだらどうしようと思っていた。
「オマエはみずタイプのゼニガメにするのか。なるほど。じゃあオレはフシギダネにする」
サカキはニヤリと笑ってこちらを見ていたが、俺はゼニガメがもらえるのが嬉しくて、完全にスルーした。
「やったぁ......!ゼニガメ、よろしくな!」
ゼニガメは大きいキラキラした瞳で俺をじーっと見ている。カワイイ。見つめ合っていたら、フシギダネがゼニガメをツルでぺしぺし叩いた。
「ゼニッ!?ガメガッ!」
「フシシ......!」
ゼニガメが怒ってるのを見て、フシギダネは笑ってる。
「フシギダネ、気に入った。シュウシのポケモンより強そうだ」
フシギダネはサカキに抱きついた。サカキもなんだかんだ頬がゆるゆるだ。
ゼニガメはしょんぼりして叩かれたところを気にしている。
「ゼニガメ、気にすんな!あっという間に強くなって、チャンピオンになってやろうぜ!」
「フフ.....。オマエがチャンピオン?無理無理。よしんば運良くバッジを7つ集められたとしても、オヤジがオマエなんかに負ける訳ないからな。そんな寝言は寝てても言うなよ」
サカキがこわいかおをするから、ゼニガメは不安そうにおびえている。
「よしよし。大丈夫だよ。サカキはね、こう見えてパパが大好きなだけなんだ。カワイイ奴だろ?」
言い終わらないうちにサカキは俺の肩を強めにパンチしてきた。
家に帰ると、父ちゃんがでっかい袋を2つ持って待ち構えていて、珍しく母ちゃんも家にいた。
「シュウシ、サカキくんも。これ、モンスターボールとキズぐすり。ポケモントレーナーたるもの、モンスターボールとキズぐすりは切らさないように。あと、タウンマップも入ってるからね。あと、おやつの二ビあられといかりまんじゅうも入ってて、あとは.....」
父ちゃんは何やらいろいろと説明していたが、頭に入って来なくなったので、放っておくことにした。
「ママがプロデュースした魔除けのパワーストーンのブレスレットも入れといたから。赤と緑、どっちがいいかわからなかったから両方入れちゃった!」
「あはは......母ちゃん、ありがとう」
「ありがとうございます!」
サカキは深々と頭を下げた。
「それにしても、サカキくんは本当にお父さんの若い頃にそっくりね。シュウシもパパそっくりだし、若い頃のふたりを見てるみたいで、なんだか懐かしいわ」
「いいや、パパが若い頃はもっと......で......だし......」
「パパのことはほっといて。さ、行ってらっしゃい!」
母ちゃんは目を真っ赤にしながら笑顔で送り出してくれた。なんなら、父ちゃんは少し泣いていた。
俺は、少し後悔していた。特に夢もないのに旅に出る必要はあるんだろうか。でも、今更そんなこと言い出せなくて、サカキのお父さんに会いにトキワシティに向かった。
「サカキ、早く7つのジムバッジを集めて挑みに来い。期待している」
サカキのオヤジさんは低い声で強い口調で言ってるけど、目が真っ赤になって潤んでる。
「ったりめーだ。今更父親ヅラすんなよ。覚悟しとけよ、クソジジイ!」
サカキは悪態をついてるけど、声は震えてるし、オヤジさんとそっくりな顔をしてる。
なんだかんだでサカキも旅に出るのが不安で寂しいんだと気付いた。
「シュウシも、ポケモンと一緒にいることで、自分の使命を見つけられるはずだ。いろんなことに挑戦してみなさい」
「はい、ありがとうございます」
「餞別だ。これからはバトルに勝って、賞金で稼ぐように」
サカキのお父さんはおこづかいをくれた。
「わぁ、ありがとうございます!」
「おいジジイ。さっきまで父親ヅラしてたくせに、なんで俺とシュウシが同額なんだよ」
「じゃあ200円やる。ポケモンキッズの指人形でも買っていけ」
サカキのお父さんは真面目な顔でお財布から小銭を取り出した。
「クソッ!いらねぇよ!」
サカキは憤慨していたけど、サカキのお父さんは不器用な人だって父ちゃんが言ってた。だから多分、ふざけてる訳じゃなくて、本当にサカキのことを思ってのことなんだろうと思う。
こんな感じで、なんだかんだと言われながら、俺とサカキはジム巡りの旅に出た。
サカキは『ジムリーダーの息子』として顔が知られていて、少し先に旅を始めた先輩トレーナーさんに「生意気だ」なんて難癖をつけられたりして、しょっちゅうバトルを挑まれていたが、サカキは負けなしだった。
俺はいろんなポケモンと仲良くなって、どんどんポケモンをゲットしていった。
サカキのトサキントのフンみたいにジムについていって、サカキもアドバイスをくれたりとっくんのコツを教えてくれたりしたおかげで、なんとかジムバッジを集めることができていて、やっぱりジムバッジを貰えると本当に嬉しかった。
でもポケモンが傷付くのが嫌でバトルはあまり好きじゃなくて、でも、それを言い出せずにいた。
なるべくポケモンが傷つかずに済むように、バトルの戦術についてひたすら勉強してばかりいた。
セキチクジムを突破してから、俺はどうしてもミニリュウを釣りたくて、サファリゾーンに入り浸っていた。
サカキもしばらくは俺に付き合ってくれていたけど、群れのオヤブンみたいなでっかいサイホーンを捕まえて、別行動してポケモンを育てていた。
数日すると、サカキは夕食の時間に遅れたり、夜中にコソコソと出ていくことが増えた。
テントの外で「おい、ついてくんなって言ったろ」って声と一緒に、ミィミィ鳴くポケモンの声が聞こえたので、きっと子育て中のニャースの親子にでも餌付けしてるんだろうと思って、気付かないふりをしておくことにした。
サカキは本当はすごく良い奴でポケモンが大好きなくせに、そういう所を人に見せるのが嫌いだからな。損な性格だ。
ある日、一緒にポケモンセンターに行ったら、配達員さんが話しかけてきた。
「キミ、トキワシティのサカキくんだね。はい。これお手紙。しっかり渡したからね。それじゃ!」
「手紙ぃ?ポケモンリーグから......?」
サカキは手紙を読むと、手紙を雑にポケットにねじ込んだ。
「どうしたの?」
「大した事ねぇよ。......端的に言えば、俺が最強だから1回リーグに来てみろってよ」
「すげー!俺も一緒に行く!」
「オマエは早くミニリュウゲットしてからトキワシティに来いよ。遅かったら先にグレンジム行っちまうからな」
「......そっか。わかった」
サカキは足がもつれて転びそうになりながら、ものすごいスピードでポケモンセンターを出ていった。
その日の夜、正直に言うと、ひとりだと寂しくて寝られなくて、ぼーっとしていた。
テントの外から、ポケモンがミィミィ鳴く声が聞こえてくる。サカキを探してるんだろうか?
こういうことになるから、本当は野生ポケモンに餌付けするのはダメなんだぞ。
しばらく無視したけど、あんまりにも鳴き続けるから外に出てみた。鳴き声はするのに、どの方向から聞こえてくるのかわからない。
でも、暗いし怖いし探すのは諦めて、きのみをいくつかテントの外に置いた。
「サカキはもう居ないよ。今日はこれ食べていいけど、明日からは自分でごはん探しなよ」
暗闇に向かってそう言って、テントの入口を閉めた。
翌朝、テントの前には、磨いたのかと思うくらいツルツルになったきのみのタネが散らかしてあった。
ひとかけらも残さず食べるなんて、食いしん坊なポケモンさんだ。
その日の夜も鳴き声がして、しばらく無視したけど、根負けしてきのみをテントの外に置いた。
1週間くらい経って、ついにミニリュウを釣り上げて、なんとかゲットすることができた。
その間、サカキのことが心配で毎日家に電話していたけど、誰も出なかった。
ちなみに、ミィミィ鳴くポケモンさんの為になんだかんだ毎晩テントの前にきのみを置いていた。
さすがにサカキのことも心配になってきたし、サカキの家に電話して誰も居なかったら、サカキのお父さんは忙しいのに申し訳ないけど、トキワジムに電話してみようかな。
そんなことを考えながらサカキの家に電話した。
「はい」
サカキの声だ!
「サカキ!俺だよ!ミニリュウゲットした!これからすぐトキワに行くから一緒に......」
「いや、その必要はない。俺はもうバッジ8個集めたんだよ」
「えぇ!?.....あはは。待たせてごめんって。お詫びにポケモンキッズの指人形買って行ってあげるからさ。一緒にグレンジム行こうよ」
サカキは黙ったままだ。サカキがひとりで帰るって言ったんだから、そんなに怒らなくてもいいのに。でも、もしかして......
「......ホントに先にグレンジム行っちゃったの?もしかして、お父さんにも勝ったの!?」
「だからバッジ8個集めたって言ってるだろ!?」
サカキは声が割れて聞こえるくらい、大きな声で怒鳴った。
「いつもいつも、チンタラしやがって!俺はオマエとは違うんだよ!カントー最後のジムバッジを守るジムリーダーの息子なんだ!最強でなくちゃいけないんだよ!!」
「そっか、そうだよね。でもさ......」
「黙れ!!!オマエはいつもいつも、ヘラヘラしてて能天気でお気楽で、いちいちムカつくんだよ!俺は......っ!!」
サカキは舌打ちをして、ため息をついた。
「オマエ、ポケモントレーナー向いてないぞ。ジム巡りはやめて、オーキド研究所の前で『かがくのちからってすげー!』って叫んでるおっさんの跡継ぎにでもなって、一生マサラにすっこんでろ!」
かみなりみたいな音を立てて、電話が切れてしまった。多分『かがくのちからってすげー』の人は、まだおにいさんの年齢だ。
それにしても、サカキは、俺のことをそんな風に思ってたんだ。一緒にいるのが当たり前すぎて、サカキは当然待っててくれるものだと思っていた。
でも、サカキは俺と一緒じゃなければ、とっくに四天王も倒して、ジムリーダーどころかチャンピオンになっていたかもしれない。
俺は、なんのために旅をしてきたんだろう。なんとなくサカキについていって、結局自分のやりたいことなんて見つからないまま、ただサカキの足を引っ張っていただけじゃないか。
俺はどうしていいかわからなくて、昼間からテントを立てて引きこもっていた。しばらくすると、まだ明るい時間なのにミィミィ鳴くポケモンがやってきた。
......仲良くなって、サカキに謝りにいくのについてきてもらおうかな。
「ポケモンさん、どこにいるの?」
「ミィー」
声の方向がわからない。少しウロウロしてみるけど、ポケモンは見つからない。
「出てきてくれないと、きのみあげないぞ」
「ミィ......」
しばらく周りを見渡してみたけど、ポケモンさんは姿を見せない。
「ポケモンさん、サカキとは友達なんだろ?なんで俺には姿を見せてくれないの?」
昼間なのに、辺りは静かだ。今日は風ひとつ吹いていなくて、静まりすぎている。
「......俺も明日にはここを出るから、これからはちゃんと自分でごはん探しなよ!」
テントの出入口を閉めて、なんとなく寝袋に潜り込んだ。
「ミィミィ!ミィ!」
「ミミィ......!」
「ミ......ミィミュ......」
あぁもう。なんなんだ。テントの出入口を開けてもう一度辺りを見回してみる。
「言っておくけど、出てきてくれたらあげるってことだぞ。お腹減ったなら、一緒に食べようよ」
......ポケモンさんは、来なかった。
ポケモンさんにも聞こえるように大きく大きくため息をついて、出入口を閉めた。
「ミィ!」
「うわっ!?」
振り返ったら、ピンクのカワイイポケモンがふわふわ浮いていた。
大きい目、長いしっぽ......。このポケモンは......!
「キミ!ミュウだよね!?幻のポケモンの.......!うわぁー!すげー!あっ、大きい声出してごめんね。悪い人に見つかったら大変だ。.......とりあえず、きのみ食べる?そうだ。この間、物産展で買ったフエンせんべいが......。あれ?」
ミュウはボリボリ音を立てながら既にフエンせんべいを口いっぱいに頬張っていた。
「あー!いつの間に!?しかも、2枚とも食べたな!?サカキにあげようと思ったのに!」
「ミィ......」
ミュウはしょんぼりしてしまった。くそう。カワイイな。
「ミュウは食いしん坊だなぁ。今日は頑張って探してきたから、きのみもいつもよりたくさんあるよ」
「ミィミィ!」
ミュウはきのみに飛びついた。ピカチュウと同じくらい小さいのに、よく食べるな。
「なぁ、ミュウはいつどうやってサカキと仲良くなったんだ?俺は親同士が仲良くて、赤ん坊の時から一緒にいるのが当たり前でさ。今までもたくさんケンカしたけど、すごく怒らせちゃってさ......」
「ミィ?」
「ミュウもわかってるだろうけど、アイツ、ああ見えて良い奴だろ?友達を見捨てて行くような奴じゃなかったのに......」
「ミィ!ミミュー!」
ミュウは身振り手振りで一生懸命何か伝えようとしてくれていたが、よく分からなかった。
でも、何とか励まそうとしてくれているのはわかった。
「ありがとな、ミュウ。俺、明日マサラタウンに帰ろうと思うんだ。ミュウはこれから、自分でごはん集められるか?」
「ミュ......」
ミュウは少し困っている様子だった。
「俺と一緒に来るか?それか、サカキのところに行きたいなら、トキワまで案内するよ」
ミュウはしょんぼりして座り込んで、少し悩んだ様子だったが、首を横に振った。
「そっか。ざんねん。幻のポケモンさんってのも大変なんだな。......そうだ。これあげる。食べられないけど、きっと悪い人から守ってくれるよ」
俺は母ちゃんがくれた魔除けのパワーストーンの緑色をミュウに差し出した。
ミュウは少し驚いた様子で、不思議なチカラでどこからともなく赤色のパワーストーンを取り出した。
急いで確認したけど、俺の赤色のパワーストーンはあった。
「もしかして、サカキにもらったの?」
ミュウは頷いた。
「あはは。考えることは一緒か。じゃあこの緑色のはサカキとお揃いで、赤色は俺とお揃い!友達の証な!」
ミュウは嬉しそうに緑色のパワーストーンを受け取って、にじいろのはねを2枚取り出して渡してきた。
「すごい!綺麗!くれるの?もう1枚はサカキの分?」
ミュウは頷いた。
「ありがとう!サカキに渡して、謝りにいってくるよ!」
「ミィ!」
ミュウは嬉しそうに返事をすると、最後のきのみを一瞬で食べ終えて、ふわりと浮き上がった。
「もう行くのか?」
ミュウは頷いて手を振った。
「絶対、いつかまた会おうな!その時はサカキも一緒にな!」
ミュウは笑顔になったあと、一瞬で消えていなくなってしまった。