ミュウがサカキと仲直りするきっかけをくれたので、俺はすぐにトキワシティのサカキの家に向かう準備をした。
いざ出発というところで、白衣のおにいさんに声を掛けられた。
「キミ、マサラタウンのシュウシくんだね?」
「はい。そうですけど、あなたは......?」
「私はグレンジムのジムリーダー、カツラだ。これからしばらくグレンジムはお休みだ。今ジムバッジを6つ持ってるのはキミだけだからね。それを伝えにきたんだ」
「そうなんですね。ありがとうございます。でも俺、もうジム巡りはやめようと思ってるんです。ごめんなさい」
ジムに挑戦をする理由はもうない。わざわざ来てもらって申し訳ないけど、サカキの言う通り、俺は性格的にポケモントレーナーに向いてない。
特にやりたいことは見つけられなかったけど、とにかく早くトキワシティに行ってサカキと仲直りして、マサラに帰りたい。
「ここで問題です。『わざマシン28』とは『しねしねこうせん』である?」
「......?何言ってるんですか?わざマシン28は『あなをほる』ですよね?」
「さすが。100点満点だ。ジムチャレンジは終了だ。ジムリーダーの私に挑みなさい」
「えぇ。俺急ぐんですけど......」
「問答無用!いけ!ブーバー!」
仕方なく、バトルすることにした。相手はほのおタイプのジムリーダーだ。正直、レベルも意外とそこまで高くなさそうだから、カメックスがいれば苦戦はしなさそうだ。
案の定、カメックスだけでさっくりと勝ててしまった。
「やるじゃないか。想像以上だ。クリムゾンバッジを渡そう」
「はぁ......。どうも」
クリムゾンバッジは綺麗でかっこよかったけど、いつもみたいな嬉しさを感じなかった。
「対戦ありがとうございました。おかげさまで、改めてポケモントレーナー向いてないって気付きました」
「ふふ......。キミは8つのバッジを集めることになるぞ。ポケモンリーグにも挑むことになる。必ずね」
「......俺、もう行きますね」
逃げるように走り出した。サカキが楽々ジムバッジをゲットしていくから気付かなかったけど、ジムバッジを集めるのってそんなに難しいものだったんだ。
でも、もうどうでもいいや。俺はただ、父ちゃんと母ちゃんとサカキと一緒に楽しく過ごせればそれでいい。
俺は急いでトキワシティのサカキの家に行って、チャイムを鳴らしてみたが、誰もいない様子だった。仕方なく、トキワジムに行ってサカキがどこにいるか聞いてみることにした。
ジムのドアを開けると、その光景に驚いた。ジムチャレンジのギミックが何も無いし、受付のおにいさんも、ジムトレーナーさんもいない。むき出しのコンクリートの床と壁。おおよそジムとは思えない状態だった。
そこにぽつんとひとり、人が立っていた。あの後ろ姿は......
「サカキ!これ、どうしたんだよ。お父さんは......」
「オマエ、カツラを倒したんだろ?」
「え、そうだけど、そんなことは......」
「どうだっていいってか?オマエは本当にいちいち俺の神経を逆撫でするよな。......まあいい。俺とポケモンバトルしろ。いくぞ」
「ちょっ......待ってよ。どういう状況なんだよ!」
実は、サカキとはポケモンバトルをしたことが一度もなかった。俺はバトルが嫌いだったし、サカキも俺とバトルしたいとは言い出さなかったからだ。
でも、今回ばかりはもうやるしかなさそうな雰囲気だ。
「......わかった。やるからには全力でいくよ」
いざバトルをしてみると、かなりの接戦だったが、予想外にサカキに勝ってしまった。
「ハハハ!そうか。やはりそうなるか!!」
どんな反応をしたらいいのか、どんな反応をされるのかと思ったが、想定外に大声で笑うから、びっくりした。
「なんだよ......。ちゃんと説明してくれよ......」
「オマエは強い。俺は、ずっとオマエに対して劣等感があった。オマエにはいろんな才能がある。選ばれし人間なんだよ」
「いやいや......。スポーツも勉強も、サカキの方ができるじゃん」
「俺は、必死なんだよ。俺が必死に努力してできるようになったことを、オマエはいとも簡単にやってしまう。今だって、バトルが嫌いなオマエが、ひたすら最強を目指して努力してきた俺に勝ってしまった」
俺は、何も言えなくなってしまった。バトルは嫌いだけど、俺だって努力しなかった訳じゃない。でも、サカキの努力を誰よりも近くで見てきて、サカキがどれだけ本気だったのか知ってる。なんとなくやっていた俺とは大違いだったのは確かだ。
「別に、もうどうでもいいことだ。俺は俺の生き方を見つけたんでな。これ、受け取れ」
サカキは小さな何かを放り投げた。なんとかキャッチして、それを確認して驚いた。
「グリーンバッジ......!?どうして......」
「そりゃ、トキワジムのジムリーダーに勝ったんだから当然だろ」
「え......?サカキのお父さんは......」
「知らねぇ。突然いなくなったらしい。今は俺がトキワジムのジムリーダーだ」
言ってる事が理解できなかった。いや、言っている内容は理解していたが、どうしてそうなったのかわからなくて、脳が納得するのを拒否して、呆然とすることしかできなかった。
「俺はな、ずっとオマエの事が嫌いだったんだよ。両親に愛されて、誰からも好かれて......。嫌いだと思いつつ、俺も何故かオマエを放っておけなかった。そういう不思議なチカラがある。それをさも当然のように思って、いつも幸せそうに笑ってるオマエが憎くて仕方なかったんだよ」
そんな。身体がガタガタと震えて、ビリビリと痺れていく。
何か言わなくちゃと思って口を動かしてみたけど、なんの言葉も出なかった。
「......もう行けよ」
「え?」
「出ていけっつってんだよ!!二度と俺に関わるなな!!!」
サカキに怒鳴られて、逃げるようにジムを飛び出した。
『ずっとオマエの事が嫌いだったんだよ』
サカキの言葉が脳内でぐるぐる回る。ずっと?いつから?いつも一緒にいたのに。
俺だって、ずっとサカキに対して劣等感があったように思う。
立派なお父さんがいて、そんなお父さんに憧れてひたむきに頑張っているのもかっこよくて、サカキの方が勉強だってできたし、運動神経だって良かった。
いつも、何をやってもそうだったから、サカキに勝ちたいと思う気持ちもいつの間にかなくなってしまうくらいには、サカキの方がすごかった。
サカキのお父さんがいつもカッチリしたスーツでサカキを迎えに来てるのに、俺の父ちゃんは「ママがラッキーカラーだって言ってたから」とか言って、サカキの前でもいつも蛍光ピンクのエプロンをしているのがすごく恥ずかしくて、父ちゃんにひどいことを言って、母ちゃんにシバかれたことだってあった。
つまるところ、お互い無いものねだりをしてるだけじゃないか。
......いや、さらっと流してしまったけど、サカキのお父さんはどこに行ったんだろう?
サカキはいつもお父さんの事を自慢していた。ずっと尊敬して憧れて、サカキはお父さんを目標に頑張ってきた。そんなお父さんが突然いなくなって、平気でいろって方が無理だ。
恐らく、お父さんがいなくなった事をリーグからの手紙で知って、ジムリーダーを任されたんだろうけど、そんな夢の叶え方をしたかったわけじゃないはずだ。
サカキはもっと早くジムを回れたはずだ。俺がのんびりしていたせいで、サカキはお父さんに挑めなかったんだ。
今サカキのところに戻っても、また怒らせてしまうだけだ。
まずは、父ちゃんに相談してみよう。サカキのお父さんとは親友みたいだし、何か知ってるかも知れない。
気付けばもう、マサラに帰ってきていた。
「ただいま!!」
「お!?シュウシ!おかえり!」
父ちゃんはいつもの蛍光ピンクのエプロンで料理をしていた。フーディンも、ねんりきで掃除をしていた。
なんだか、鼻の奥がツンと傷んで、体温が上がっていく感じがした。
「ちょうど今、ロコモコ丼作ったんだ。食べる?」
「......うん」
そういえば、お昼ご飯はまだだった。お腹空いた。
すぐに出てきたロコモコ丼を口に運ぶと、懐かしい味がした。スパイシーだけど優しい味がして、俺もサカキも、父ちゃんの作るロコモコ丼が大好きだ。
「う......」
手が震える。いつもよりしょっぱい味がする気がした。
「うわぁぁああん!!」
ついに決壊してしまった。大声をあげて泣いた。悔しくて、悲しくて、怖くて。父ちゃんのロコモコ丼は美味しくて、懐かしくて、温かくて、優しくて。
いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、息ができなくなるくらい泣きわめいた。
父ちゃんはどこからともなくティッシュを取り出してくれて、それを使いながら、何故かもっと泣いた。
父ちゃんは何も言わずに、ただテーブルの向かい側で座っていてくれた。それがまた、温かい感じがして、安心して、嬉しかった。
少し落ち着いてから、感情が言葉になって次々と出てきて、これまでのことを父ちゃんに話した。話し終えた後、少しの沈黙。
「......なるほどね」
そう言って父ちゃんは急に立ち上がった。
「サカキくんのパパの行き先には心当たりがあるよ。すぐ必ず連れ戻してくる。でも、サカキくんには黙っておいて」
父ちゃんは真剣な顔をしていて、ちょっとかっこよかった。
「ママには連絡しておくから、今日は帰ってきてくれるはずだ。フーディン、いくよ」
何か言う間ももらえないまま、父ちゃんは家を飛び出していった。数十秒してから、父ちゃんのバッグが窓からすっ飛んでいって、代わりに蛍光ピンクのエプロンが放り込まれてきた。
フーディン、ありがとう。父ちゃん、行ってらっしゃい。
その後、母ちゃんはすぐに帰ってきた。
「ただいま。それに、おかえり」
そう言って母ちゃんは優しく頭をぽんぽんしてくれた。また泣きそうになって、さすがに母ちゃんの前で泣くのは恥ずかしくて、逃げるように自分の部屋に行って、ベッドに潜り込んでぼーっとしてみることにしてみた。
ずっと使われてないはずの布団からおひさまの匂いがした。俺がいつ帰ってきてもいいように、父ちゃんが定期的に布団を干してくれてたんだろう。部屋の隅にはサカキがお泊まりすることになったとき用の布団が畳んで置いてあって、枕に顔を埋めて声をあげながら、また泣いた。