トキワシティに近付くにつれ、ジュンサーさんの数が増えていった。
トキワシティに着いてみると、サカキの家とジムの周りに報道陣が大勢来ていて、全く近付ける気がしなかった。
どうしよう。オロオロしていると、スーツの男に声をかけられた。
「もしかして、キミはマサラタウンのシュウシくんじゃないか?」
この顔、見覚えがある。そうだ。チャンピオンのフジさんだ。本物だ。すげー。
「チャンピオンのフジさんですよね?どうして俺のこと......」
若干のデジャブ。フジさんは......頭頂部よりも生え際が怪しいタイプだ。
「そりゃあバッジを8つ集めた子のこと知らない訳にはいかないからね。......シュウシくんはサカキに会いに来たのかな?」
「そうです。でも......」
「サカキはジムにいるよ。ボクもサカキに会いに来たんだ。一緒に行こうか」
どうしよう。きっと、ミュウやにじいろのはねのことは他の人に言わない方がいいだろう。
「いや、また日を改めます」
「そうか。今は色々ゴタゴタしているけど、いつかリーグにもチャレンジしてくれ。それじゃ」
「あ、待ってください!サカキに手紙だけ渡してもらっていいですか?」
俺はいそいでノートを出して、急いでペンを走らせた。
『渡したいものがある。俺の家で待ってる。シュウシ』
いや、これだけじゃきっとダメだ。
俺はミュウのシルエットのイラストを添えた。サカキにはきっと、俺の言いたいことが伝わるはずだ。
俺はノートを切り離して、しっかりと折った。
「お願いします」
「わかった。確かに受け取ったよ」
フジさんは胸ポケットに手紙をしまうと、ジムの方に向かって歩き出した。
フジさんに気付いた人が次々と動いて道を開けていった。
「サカキは、ボクが認めた、素晴らしい人格の立派なジムリーダーだよ。とはいえ、彼はまだ未成年だ。あまり驚かさないでやってくれるかな?」
フジさんがそう言うと、すごい数のカメラのフラッシュが何度も光ったあと、次々と報道陣は立ち去っていった。すごい。これがチャンピオンなんだ。
咄嗟に手紙に書いてしまった手前、一度家に帰るしかないな。父ちゃんも母ちゃんも帰って来ているかも知れない。
「ただいま!」
きっと誰もいないだろうと思いつつ、元気に言いながら玄関のドアを開けた。
案の定、家は静かだ。でも、なんだか部屋が汚れてる。なんだろう?赤い。
......血だ。
血痕を辿ると、フーディンが倒れていた。
「フーディン!?どうした!!しっかりしろ!!父ちゃんは......!?」
フーディンは意識が朦朧としている。ダメだ、落ち着け。まずはフーディンだ。
「すぐにポケモンセンターに......!」
フーディンを抱き上げようとしたら、おびただしい量の血がボタボタと流れ出ていて服が真っ赤になった。
ダメだ。ポケモンセンターに着く前にフーディンがしんでしまう。
もう一度フーディンをしっかり寝かせて、キズぐすりをぶっかけてみた。でも、ダメだった。効果がないみたいだ。
ケガが多い。頭、と両手両足に、何か鋭い太いものに刺されたような大きなキズがある。
ラッキーのキラなら、なんとかできないだろうか?いや、フーディンのこんな姿を手持ちのみんなに見せる訳にはいかない。
「血を止めないと......!フーディン、絶対助けるからね!!」
目に付いたフェイスタオルを全部抱えた。さすが父ちゃん。全部新品みたいに綺麗でふわっふわだ。
走って戻ろうとしたら、床の血で滑って転んでしまった。反射的にじわりと涙が滲む。
昨日から、もう何がなんだかわからない。
1週間と少し前まで、サカキとずっと一緒にいて、毎日楽しくて。それなのに、どうしてこんなことに?
親友のサカキには二度と関わるなって言われて、憧れのサカキのお父さんは逮捕されて、いつも家にいてくれた父ちゃんは帰って来なくて、母ちゃんはすげー怖いし、フーディンは大ケガをしている。
俺は......。
いや、諦めるな。みんな助ける。絶対に。
立ち上がって、他のタオルの上に乗って綺麗な状態のタオルを引っ掴んでフーディンのところに戻った。
とにかく頭のキズが酷い。痛いだろうけど、圧迫して止血しよう。まずは頭にタオルを敷いておく。
その間、手足はタオルで縛って動脈を圧迫して出血を減らす。右手、左手、右足......。
あれ、タオルが4枚しかない。落ちてるタオルは......傷口にバイ菌が入ったりしたらダメだ。
何が『みんな助ける』だ。今まで、能天気でお気楽にチンタラ生きてきただけのくせに。
「りゅりゅ!!」
ボールからリュウタが飛び出してきてフーディンの足に巻きついて、一生懸命しめつけている。
「リュウタ......!」
まだ幼くて仲間になったばかりのリュウタが、必死になっている。
そうだ。俺はひとりじゃない。
ひとりでやろうなんて、何を思い上がっていたんだろうか。友達は対等な関係だ。みんなもフーディンを救いたいと思ってるはずだ。
「キラ!出てきて!!」
キラは目の前の光景にかなり動揺している様子だった。これは明らかにポケモンとのバトルでついたキズじゃない。でも、回復のスペシャリストであるラッキーのキラなら......!
「ごめんね。俺もどうしたらいいかわからなくて......!力を貸して!」
キラは覚悟を決めて、手持ちのみんなのボールを開けて、それぞれに指示を出した。
俺が落としたタオルをイブが集め、カメキチが洗ってくれた。ゲンパチがタオルを持って、カメキチに水を流して貰いながら傷口を綺麗にしていく。
タローはしっぽでフーディンの両足を少し持ち上げた。そうだ、大ケガしてる部位を心臓より高い位置に持っていったほうがいいんだっけ。さすがキラだ。俺は両手を持ち上げることにした。
みんなの協力もあって、少しずつ出血が減ってきた。それなのに、頭のキズを抑えながら呼吸を確認していたキラの顔色が悪くなって、滝のように涙を流し始めた。
「キラ......?」
キラは手を離して、首......というか顔を横に振った。
「そんな......」
静まり返ってしまった。みんな脱力して絶望してる。
諦めるな。フーディンが人型で良かった。多分心臓は左胸のあたりだと目星をつけ、力いっぱい心臓マッサージをした。
見よう見まねで合ってるかわかんないけど、とにかくがむしゃらにフーディンに呼びかけながら、というか、叫びながら。
「フーディン!しなないでよ!!」
視界が歪む。泣くな。諦めるな。
「お願い......!頼むよ......!!」
キラが何かを思い付いたようで、イブに何かを話していた。すると、突然イブがキラに対してでんきショックを浴びせた。
「イブ!?何してんだよ!!」
イブもキラも俺の方を見向きもしない。
「ラキー!キーーーーッ!!」
キラが叫ぶと、イブはもっと電力を強くした。
ケンカ!?こんな時に!?どうして。ずっと仲良しだったじゃないか。
「ラキ!」
キラの掛け声でイブがでんきショックをやめて、こうそくいどうでこちらに向かってきた。
「なんだよ!どうしたんだよ!?」
「ラキ!ラキキー!!」
キラが何かを叫んでる。
「なんだよ!わかんないよ!」
どうしたらいいんだ。ダメだ。落ち着け。大丈夫......じゃなかった。突然、背後からものすごい衝撃を受けて、吹っ飛んだ。
一瞬何が起きたか分からなかったが、タローにずつきされてふっとばされたんだ。
「タロー!?どうして......」
なんでだよ。もうめちゃくちゃだ。わけがわからなくて、さすがに涙が出た。
......そうだ。友情なんて、壊れるのは一瞬だったじゃないか。ポケモンたちも、俺のことが嫌いだったんだろうか。身体から力が抜けて、動けなくなった。
キラとゲンパチが何かをやっている。イブは、何度もでんきショックを打ち続けている。
現実感がなくてぼーっとしていたが、カメキチが俺をひょいっと持ち上げてみんなのところに連れていった。もうどうにでもなれ。
待てよ。イブがフーディンにでんきショックを与えたあと、キラがバイタルを確認して、ゲンパチが心臓マッサージっぽい動きをしている。
キラの掛け声でゲンパチが離れると、イブがでんきショックを与える。
ーーみんな、心肺蘇生してくれてるんだ。
それにしても、俺の手持ちポケモンたちはバランスのいい最高で最強のメンバーだと思っているし、ゲンパチも一生懸命やってるんだろうけど、こと心臓マッサージにおいては、誰も向いていない。
そもそもミニリュウは手足が無いし、サンダースとケンタロスは四足だし、カメックスもラッキーもゲンガーも、腕はあるけど体型がまんまる過ぎる。
みんなかわいくて、大好きな友達だ。疑ってごめんなさい。
「みんな.......!ありがとう......!!ゲンパチ、代わって!!」
ゲンパチは待ってましたと言った様子で交代してくれた。
「フーディン、頑張れ!」
「キキィ!」
キラの合図でフーディンから離れる。イブがでんきショックを放つ。
結構強めのでんきショックだ。さっき、キラが自分ででんきショックを受けながらどれくらいの電力が必要なのかを教えてたんだ。今気付いたけど、とくしゅワザに強いキラでも、かなりしんどそうだ。
「カメキチ!俺のバッグ持ってきて!」
俺の意図に気付いたカメキチは、バッグを持って来て、回復アイテムを入れてるポケットの中身を全部出した。
でんきショックのために離れたタイミングで、キズぐすりを引っ掴んでキラに使った。
「キラ、ありがとう。もう少し頑張ろう!!」
キラは強く頷いた。俺も頷き返して、心臓マッサージに戻る。
「おい!テメェ!!これどうなってんだ!!」
「サカキ!?」
そういえば、さっきチャイムが鳴ってた気がする。ゲンパチがサカキを中に入れてくれたっぽい。
キラの合図でフーディンから離れる。イブはでんきショックを与える。
「そこ代われ。オマエはサンダースを回復してやれ」
サカキが心臓マッサージを代わってくれた。ありがたい。正直かなり疲れてた。
イブもでんきショックを打ちすぎたみたいだ。ピーピーリカバーをイブに使ってあげた。さすがサカキ。判断が早い。
次のでんきショックのあと、キラの表情が変わった。
「ラッキー!!」
「心臓、動いた!?」
キラは頷いた。やった。本当にラッキーだったかも知れない。
「おい、テメェ、ぼーっとすんな!!まだ危ねぇ状態だろうが!!!!」
そうだ。だいぶ出血は収まったけど、フーディンの意識は戻ってない。げんきのかたまりはどうだろうかと思ったが、こうかがないみたいだ。
何か......何かないだろうか。
かばんの中が強く光ってる。にじいろのはねだ。よくわかんないけど、ミュウが助けてくれる気がする。
「なんとかなれ!!」
にじいろのはねをフーディンにかざすと、光が増したかと思うと、キラキラした灰になってフーディンに降りかかった。
「フゥー......」
「フーディン!?意識戻ったか!?」
フーディンは目をうっすら開けた。
「やった!!」
俺はいいことを思い付いた。キッチンのカトラリーからスプーンを2本取り出した。小さい頃から使ってる、サカキとお揃いのスプーン。何かのイラストがプリントされていて、今はきれいさっぱり消えてしまったけど、なんの疑問も持たずにずっと使っていた。
そのスプーンをフーディンの両手に握らせた。
「「フーディン!じこさいせい!!」」
サカキと声が重なる。フーディンは柔らかい光に包まれ、キズが治りはじめて、まだつらそうだが、ちょっとだけ微笑んだ。
「フーディン......。さすが俺の『家族』だ。良かった......」
サカキは声を震わせた。どちらからともなく、サカキと俺はフーディンに抱きついた。
そのタイミングで、玄関のドアが開いて父ちゃんと母ちゃんが帰ってきた。
「フーディン!フーディンは......!?」
父ちゃんはそう叫びながら俺たちを見ると、抱きついた。
「ありがとう。急いでポケモンセンターに連れて行こう」
父ちゃんがボールにフーディンを戻した。
「私が行くわ。なにがあったか、パパから説明してあげて」
母ちゃんはボールを受け取ると、またすぐに出て行って、父ちゃんはソファに倒れ込んだ。
「父ちゃん!?」
「ごめん。この体勢で話させて......」
父ちゃんの話はこうだ。
父ちゃんの思った通り、サカキのお父さんはグレンじまのポケモン屋敷にいた。
数日前、サカキのお父さんから、リーグの一部の悪い人間が組織的に、何やら怪しい研究をしていると聞いていたようだ。
ここからは父ちゃんの推測と、俺の方から見た状況を合わせた話になる。
サカキのお父さんが組織に探りを入れていることに気付いた組織は、まずはサカキを人質にしてこれ以上詮索しないように脅しをかけるため、サカキを呼び出した。
サカキのお父さんはそのくらいのタイミングで、組織のアジトがポケモン屋敷であることを突き止めたのだろう。
アジトを突き止められた以上は脅しても仕方ないと判断した組織は、サカキのお父さんを嵌めるため、足止めをしながらもわざとポケモン屋敷に誘い込むような動きをした。
チャンピオンすらをも凌ぐ可能性のある強さのトレーナーであるサカキを持て余した組織は、サカキにお父さんがポケモンを虐待していると嘘を吹き込み、ジムリーダーに任命して監視下に置き、あわよくば組織に取り込もうとしたのだろう。
数日後、サカキのお父さんがポケモン屋敷に乗り込み、機械からポケモンを解放しようとしていたところにジュンサーさんを突入させ、サカキのお父さんは罪を着せられ、逮捕された。
父ちゃんが到着したのは、サカキのお父さんがジュンサーさんに連れて行かれてしばらくしてからだった。
父ちゃんは、俺たちには隠していたが持病があって、発作を起こして倒れてしまった。
父ちゃんにも何か知られていることを察知した組織は、父ちゃんは持病の発作でしんでしまったことにしてしまおうと思い、介抱すると言って父ちゃんを連れ去った。
強いポケモンを研究したがっていた組織は、父ちゃんからポケモンを奪い、新たなアジトであるタマムシゲームコーナーの地下で早速研究を始めた。
父ちゃんを人質に取られたフーディンは、為す術なく研究のための機械に繋がれてしまった。
ついでに母ちゃんも消してしまおうと連れ出したのだろうが、母ちゃんは話を聞く前に組織の一部の人間をシバいてしまった。
フーディンはみらいよちで、母ちゃんに父ちゃんの居場所を教えれば救出してくれると気付き、隙を見てテレポートで脱出に成功した。
機械が直接突き刺された形になっていて血まみれになりながら母ちゃんに父ちゃんの居場所を教え、家にテレポートした。
母ちゃんに救出された父ちゃんは、何とか帰宅して現在に至るとのことだ。
俺はカツラの言葉を思い出した。
『ポケモンリーグにも挑むことになる。必ずね』
次は俺の番だったってことかよ。ゾッとした。
「......んだよそれ!!!!」
サカキは床を拳で殴った。
「サカキくん、落ち着いて。一緒に組織の悪を暴いて、お父さんを救出しよう。辛いだろうけど、サカキくんにはジムリーダーとして動いてもらった方が都合がいいと思うんだ」
「無茶言うなよ!!」
「組織はジュンサーさんとも癒着している可能性がある上、人やポケモンを傷つけることに躊躇していない」
父ちゃんは消え入りそうな声を絞り出した。
「頼むから、短絡的な行動はしないでくれ。サカキくんも、ボクの大切な息子なんだ」
そう言って、父ちゃんは寝てしまった。
「......くそっ」
サカキは舌打ちをして立ち上がった。
「俺はここにいることを見つからない方がいいな。もう行く」
「待って、これ。ミュウから」
俺はにじいろのはねを取り出した。
「俺のは消えちゃったけど、ミュウとの友達の証なんだ」
サカキはにじいろのはねを乱暴に受け取ったあと、大切にポケットにしまった。
「しばらくは、リーグの駒をしておく。俺の家族を傷つけた奴らを、俺は絶対に許さない」
サカキは立ち上がると、俺の方に向き直って、頭を下げた。
「オマエを犯罪者の息子と関わらせたくなかった。酷いこと言ってすまなかった。どうか、協力してくれ」
「もちろんだよ。俺たち、これからも友達だよな?」
「それはない」
サカキはそう言って玄関に向かって行った。そんな。なんでだよ。
「シュウシ、オマエは俺のライバルで親友で、そして『家族』だ」
その後、数日間、母ちゃんは帰って来なかった。
どうやら、フーディンがしんでしまったかのように偽装したりして、可能な限り組織の目が父ちゃんに向かないようにしていたらしかったが、実際どこで何をしていたのかは恐ろしくて聞けなかった。
サカキはジムリーダーとしての業務を一生懸命やっていた。
表向きはニコニコしながらリーグの人とも上手くやっているみたいだった。
俺は目標を無くし、しばらくオーキド博士の研究所で助手と言う名の雑用係をやらせてもらうことになって、サカキは定期的に研究所に顔を出してくれていた。
でも、俺と一緒にいると組織に不審がられる可能性があるからと、俺の方からサカキのところに行くのはダメだと言っていた。
父ちゃんはあの一件から体調を崩したままだった。
サカキは父ちゃんが良くなったらサカキのお父さんを救う作戦を決行しようとしていると言っていたが、まだ作戦を教えてくれなかった。
数年後、父ちゃんは体調が良くならないまま、しんでしまった。サカキが泣いているのを見るのは、記憶にある限りそれが初めてだった。
それからサカキは研究所に顔を出してくれなくなった。
怒られるだろうと思いつつ、トキワジムに直接話しに行くことにした。
「サカキ......」
俺の話を遮るようにサカキは話し始めた。
「俺は別の作戦を考えている。すまないが、もう来ないでくれ」
「ひとりで無茶するのはダメだ!」
「そんなことはわかっている。でも、別の仲間をつくってるんでな」
トキワジムは整備され、強そうなジムトレーナーが数人いた。この人たちのことだろうか。
「でも......!」
「これから俺は世間一般から見れば悪事を働くことになる。オマエには汚いことをさせたくないんだ」
「嫌だ!俺もやる!」
サカキは黙って少し考えた後、近付いてきた。ちょっと身構えたけど、耳元でコソッと話しただけだった。
「組織がミュウを狙っている。オマエはいざと言う時に助けられるようにしておいてくれ」
ズルい。そんなことを言われたら、ついていけないじゃないか。
「......わかった」
「頼んだぞ、親友」
それがサカキと交わした最後の言葉だった。