オレたち家族は、とても幸せな家族だった。
父さんは家族のために懸命に働きながらも、家族と過ごす時間を何よりも大切にしてくれていた。
母さんはとても優しく、時に厳しく、家族にたくさんの愛情を注いでくれていた。
全てが崩壊したのは、父さんが事故に巻き込まれていなくなってしまってからだった。
母さんは父さんがいなくなって、おかしくなってしまった。
その時、母さんのお腹の中にはリーリエがいて、ある時は、検診を受けてリーリエが健康に育っているのを喜んでいたのに、帰宅したら「この子はもうすぐ私から離れていってしまうんだ」と言って一晩中泣きわめき続けた事があった。
オレの前では気丈に振る舞って優しくしてくれていたのに、幼子特有の、ほんのちょっとした悪さをしただけで「この裏切り者!」と怒鳴りつけて物を投げたりするようになった。
リーリエが産まれてから、更に母さんはおかしくなっていった。
気に入ったポケモンを鎖で繋いで狭いガラス箱に閉じ込めるようになった。
母さんはそれを隠そうともせず、以前の優しい母さんと変わらない様子でオレたちの世話をしてくれていた。
オレは恐ろしくて、優しい母さんだけを信じて何も考えない事にした。
そんなある日、エーテルパラダイスの別荘で3人で食事をしている時に事件が起こった。
「おかあさまは、なんでいつもポケモンさんをとじこめてるの?」
幼いリーリエはなんの躊躇もなく疑問を投げかけた。
「外は危険がいっぱいでしょう?愛するポケモンたちを危ない目に遭わせたくないの。ずっと一緒にいて、ママが守ってあげてるのよ」
母さんは優しい声で諭すように言った。
「......でも、そんなのかわいそうだよ。きっとポケモンさんも、おそとであそんだりしたいよ」
母さんの優しい笑顔は、一瞬で見た事もないようなとても恐ろしい顔に変わった。
「......そう。リーリエもママから離れてお外で遊びたいのね。じゃあ行っていらっしゃい」
母さんはリーリエを玄関まで引きずって、追い出して鍵をかけてしまった。
「母さん!なんてことするんだ!」
リーリエが「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きわめいてドアを叩いている。
リーリエを助けに行こうと家を出ようとすると、母さんも泣きわめき始めた。
「どうしてグラジオもママを置き去りにしようとするの?ママをひとりぼっちにするなんて、そんなのダメよ!行かせないわ!絶対に......!」
母さんはオレに掴みかかってきた。しばらく揉み合っていると、母さんはバランスを崩して倒れ込んでしまった。
「痛いっ!ひどいわ!グラジオもリーリエも、私のお腹の中で繋がってたのよ!?どんなにつらくても、大切に守って育ててあげてたの!どうして私に痛くて苦しい思いをさせてまで、産まれて来てしまったの!?」
母さんがどんどん激高していくのに反比例して、リーリエの泣き叫ぶ声はどんどん弱々しくなっていく。
「あんたたちなんか、産まれて来なければよかったのよ......!!」
いつか、元の幸せな家族に戻れると信じていた気持ちが、音も立てずに消え去った。幸せな家族の思い出すら、全て嘘だったような気もした。
「愛してるって言ってくれたのに......!ずっと一緒にいるって言ってくれたのに......!!どうして私をひとりぼっちにするの!?」
オレはもう、限界だった。
「どうしてあの人は......モーンは帰ってこないの......?」
母さんから逃げるように玄関から飛び出した。
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辺りを見渡してもリーリエは見当たらなかった。探し回っていると、見覚えのない地下道を発見し、その先には怪しい実験室があった。
機械の取り付けられたガラス張りの筒に満たされた薬液に沈められたポケモンが、安らかな顔をして眠っている。
リーリエの悲鳴が聞こえた。何か、変な生命体に襲われそうになっている。オレは咄嗟にリーリエとポケモンの間に入った。
何が起きたかわからなかったが、すぐに理解した。見た事のないポケモンがオレとリーリエを助けてくれた。
ポケモンは変な生命体を追い払ってくれたが、酷いケガをしてしまった。違う。元々大ケガをしていたんだ。
ポケモンが飛び出してきた方を確認すると、有刺鉄線が凶悪になったような格子でできた檻が、べったりと血がついた状態で壊れていた。
「オマエ......ここに閉じ込められてたのか」
ボールに入るか試してみたら、無事に収まってくれた。
リーリエの悲鳴を聞いたのか、ザオボーが駆けつけてきた。
「リーリエさま!グラジオさまも!ご無事ですか!?」
「おいザオボー。ここは何なんだ」
「ルザミーネさまの研究室です。モーンさまを探す研究をしていると仰っておられました」
オレたち家族はお終いだ。母さんはもう、オレの知ってる母さんじゃない。
「......オレは家を出る。リーリエと......母さんの事を頼む」
「......承知いたしました」
オレは振り返らず、行く宛のない旅に出た。
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旅を始めてすぐ、友人ができた。ソイツも家を飛び出して、ひとりで旅をしていた。
名をグズマと言った。まっすぐな想いがあるのにひねくれ過ぎて根性のひん曲がった、大胆なのにどこかみみっちい、変わったヤツと言う印象だった。
グズマのポケモンたちは強かった。でも何故か、大きな大会でも小さな大会でも些細なミスをしたり本当にどうしようもなく運が悪かったりして、優勝することのできないシルバーコレクターだったようだ。
グズマの母親は毎回「準優勝なんてすごいじゃない!」と大層喜んで近所に自慢して回っていたようで、それが心底嫌だったと言っていた。
「オレは、オレの本当の強さを認めてほしかったんだ。『なにやってんだ、お前なら優勝できたはずだ』って叱ってほしかったんだよ」
本当にひねくれたワガママを言う、困ったヤツだ。
オレたちは食うものにすら困っていたが、グズマがコンビニの廃棄のお弁当をかっぱらって来て、なんとか食いつないでいた。
廃棄がないときは、人の庭木のむしくいされてしまったきのみなんかも頂戴していた。
最初は2つ3つだったが、グズマは大胆にもゴミ袋ごとかっぱらって来るようになっていった。
「この弁当だって普通に食えるしすげー美味いのになかなか売れなくて、信じてもらえなくなって一方的にに見捨てられた上、処分にも金がかかるって文句言われてんだ。オレも、この弁当たちと一緒だよ」
グズマは丁寧に紙ゴミとプラスチックゴミを分別していく。
「オレは信じて受け入れてやりてぇんだ。さすがにもう腹いっぱいだけどよ」
グズマは4つ目の弁当を開封しながら困ったように笑っていた。
ある日、派手な女が仲間を数人連れて突っかかってきた。
「アタイはプルメリ。ここらはアタイらのシマなのに、最近派手にやってくれてるじゃないか。アタイらも食うものに困ってんだ。他所でやんな。抵抗するなら、痛い目見てもらうよ」
プルメリも強いトレーナーだったが、グズマが勝った。
「アタイが......負けた......?」
「プルメリって言ったか。なかなか強いじゃねぇか。気付かなくて済まなかった。オマエらも全員、一緒に弁当食おうぜ」
グズマとプルメリとその仲間たちは行動を共にするようになり、一緒にかっぱらってきた弁当やきのみを似たようなヤツらに分け与えるようになった。
食べ物が貰えると聞いて、はぐれ者たちが集まってきて、チンピラ集団が結成された。
グズマはそれにスカル団と名付けて大切にしていた。
オレはスカル団のメンバーになるのは拒否していた。
一般人のフリをして見張りをすることや、いざというときの用心棒を担うと言えば聞こえは良くて誤魔化しが効いたが、グズマの用意したダサすぎる団服を着たくなかったからだ。
団員が増えてやることは増えたが、ひとつひとつはどれもみみっちかった。
ショッピングモールの試食コーナーにみんなでカチコんだり、レストランの食べ残しを我が物顔で食べ尽くしたり、港のお手洗いからトイレットペーパーを頂戴したり、公園の水道水をでっかいタンクに入れて運んだりしていた。
グズマは団員たちに、人が大切にしているものや高価な金品を奪ったり、人やポケモンを直接傷つけることを固く禁じていた。
オレやプルメリが目を光らせているのもあったが、団員たちはグズマを慕い、仲間を思いやり、素直にそれを守っていた。
スカル団が無かったら、生きていくためにどうしていいかわからず、ひとりで自暴自棄になってもっと重大な罪を犯していたヤツがたくさんいただろう。
スカル団はそんなはぐれ者たちの最後の受け皿になっていて、オレも居心地は悪くなかった。
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「それから......レイラの同級生にヨウってヤツがいただろ?去年アローラに引越して来て早々に島めぐりを終わらせて、すぐに他所の地方に旅に出たヤツだ」
「うん。一瞬ですごくいろんなことして、流星みたいにいなくなっちゃったよね」
「あぁ。アイツの働きかけで更生出来た団員が大勢いたし、母さんも以前のような優しい母さんに戻ってくれて、オレも家に帰れるようになった」
すご。ヨウくんって一体、何者だったんだろう。
「オレもプルメリも真面目に働き始めたが、犯した罪が消える訳じゃない。それに最近は、グズマひとりではしたっぱたちを管理しきれなくなってきて、擁護できない罪を犯してしまう団員も出てきた。でも、グズマもオレもプルメリも、そんな団員たちを放っておけないでいる」
グラジオはリーリエちゃんに向けていたような優しいおにいちゃんの眼差しで、しょんぼりした夏の花を見つめている。
「そもそもオレたちがやっていたのは、どれだけみみっちくても窃盗だ。立派な犯罪なんだ。生きていくためにオレたちなりの正義の下やっていたことだが、罪の重さは、遊ぶ金欲しさにひったくりをするようなヤツと同等だ」
私は、血が滲むくらいに唇を噛んだ。いろいろな言葉が出ていきそうになったけど、どれも言ってはいけない気がしたからだ。
ルザミーネさんも悪いことをしてたんだ。
グラジオはやっぱり犯罪者の仲間だったんだ。
コスメ売り場のお姉さんはやっぱり元ヤンだった。
でも、ルザミーネさんの気持ちは、少しわかってしまうような気がする。
私もパパやグラジオが突然しんでしまったら、不安になっておかしな行動を取ったり、周囲に八つ当たりしてしまいそうだ。
ふと、パパの言葉を思い出した。
(人間が悪に手を染めてしまうのには様々な理由があるけど、全員に共通してるのは、大多数の人が所属している、いわゆる『一般社会』から孤立してしまっているということなんだ)
そうだ。スカル団は社会から孤立する人がいないように......間違った事をしてるけど、悪が生まれないようにしてくれてたんだ。
グラジオたちのやったことは絶対に間違ってる。でも、むしろ良い事にすら思える。
犯罪が良い事だなんて、そんなことがあってもいいわけないのに。
「罪の重さは理解しているつもりだが、オレの言い訳はこんなところだ」
「そうだったんだね」
「あの日、レイラがこんなオレのことを好きだったと言ってくれて、本当に申し訳ない気持ちになったよ」
グラジオはしょんぼりした夏の花みたいだ。
「レイラは、どんなことがあっても明るく笑顔で堂々としていて、それなのにどこか危なっかしくて儚く美しい、不思議な魅力のある女性だ。差し出がましくも、ひとりの男として傍にいて守りたいと思ってしまった」
グラジオは痛々しい笑顔で私を見つめた。
「ダメだと思いつつ、オレもレイラのことを好きになってしまったんだ」
ズルい。かっこいい。ズルすぎる。ひどい。悲しい。嬉しい。私もまだ、グラジオのことが大好き。
感情がめちゃくちゃになって涙が溢れた。嬉しくて泣いてるのか悲しくて泣いてるのか、わからなくなった。
「クッ......。すまない。言わないつもりでいたのに、感情が溢れてしまった」
グラジオは言葉を詰まらせて、顔を背けてしまった。
「私もまだグラジオのことが......」
グラジオは驚いた顔で振り向いた。
「まて。その先は言わないでくれ。気持ちを止められなくなってしまう」
私は口を噤ぐんだ。なにも考えずに気持ちを口走りそうになってしまった。
「レイラはもっと、真面目で穢れのない相手と一緒にいるべきだ。オレのような犯罪者と一緒にいてはいけない」
犯罪者。そうだよ。どうして。
パパでもポケモン研究所のククイ博士でも、頼ってくれたら寝る場所や食事を用意してくれたはずだ。
カプ神さまはアローラの土地を豊かにしてくれている神様だけれど、個人の問題を解決してくれる訳じゃない。アローラには公的に頼れる人や場所が少ないんだ。
「私ね、スクールを卒業したらジムリーダーになるために他の地方に行こうと思ってるんだ。ジムリーダーって実際は、近隣住民の安全を守る仕事がほとんどみたいなの」
「そうか。レイラにぴったりの仕事だ」
「経験を積んだら、アローラにもポケモンジムを作りたい。犯罪を未然に防いで、もしお腹をすかせて苦しむ人が出てしまっても公的に頼れる場所にしたいんだ」
「素晴らしいことだ。レイラが諦めなければ、必ず成し遂げることができるだろう」
「ありがとう。さよなら。私の初恋の人」
「あぁ。さよなら。オレの......初恋の人」
私は駆け出した。何度も振り返ってしまったけれど、グラジオは下を向いて肩を震わせて、一度もこちらを見なかった。