「虹色の火の鳥です」
「え?」
天使が囁いている。
「ホウオウは、伝説の虹色の鳥ポケモンです」
虹色の鳥......。
「にじいろのはねなら持ってるよ。もしかして、ホウオウさんのはねかな?」
「ほんまですか!?どこで手に入れました!?今、それはどこに......!?」
天使が俺に駆け寄ってきた。ミュウはキューピットだったのかも。感謝。
「友達からもらったんだ。ほら、これ」
天使はにじいろのはねを見て、言葉の真偽を確かめるように俺を見つめてきた。カワイイ。
「あぁ......!実在したのですね......!では、あなたが.......!先程の無礼は謝罪します。申し訳ありませんでした。お願いします。一緒に来てくれはりませんか?」
「もちろんいいよ!こんなところで女の子ひとりじゃ危ないしね」
天使は駆け出した。ついて行く。
天使にデートに誘われちゃった。嬉しい。
脳内で妄想が繰り広げられる。明日の晴れを迎えに向かう、真っ赤な夕焼けの光で照らされた、穏やかな波が寄せては返す浜辺。
「うふふ!捕まえてご覧なさーい!」
「あはは!まてまてー!逃がさないぞー!」
こんな感じ。馬鹿野郎がすぎる。
嵐みたいな突風の中、天使がひどく焦燥した様子で、向かい風を押しのけて必死に走っているというのに。俺の脳内は浜辺というか、お花畑だ。
天使の後ろ姿に見とれて周囲の景色が目に入らなくてここがどこだか全くわからなくなったが、天使とのデート先はあまりに現実離れした残酷な風景の場所だった。
ほの暗い洞窟の先の、天井が崩れたような空の見える場所に、傷だらけの鳥ポケモンだったと思わしき肉塊が打ち捨てられている。
「これは......!?」
「生き返らせてください!」
天使が無茶を言う。俺は天使と違って『研究所の嫁 シナミちゃん』だ。とどのつまり、まったくもって平々凡々な生粋の凡人である。結論、無理である。
「ギシャァァアアア!」
何かの咆哮。空を見上げると、稲妻のように怒り狂う電気を纏った鳥ポケモンと、憎しみが氷塊になったような冷気を放つ鳥ポケモン。
凄まじいプレッシャーを放っている。間違いない。最近の異常気象はこの子たちのせいだ。
怒りと憎しみが攻撃を放つ。
思わず天使を護ろうと前に出た。
すかさずリュウタが飛び出してバリアーを出したが、それは全く意味を成さずに、リュウタはぐちゃりと嫌な音を立てて地面に打ち付けられた。
カイリューってバリアー覚えたっけ?そんなことはどうでもいい。
「リュウタ!!!」
リュウタの手を握る。力が無い。息が、ない。
「しっかりしろ!リュウタ!おい!!」
なんなんだ。なにがなんだか、全然わからない。
呆然としていると、爆発のような稲妻が俺に向かって落ちそうになる。
イブが飛び出して全身で受ける。
「イブ!!」
予想に反してイブは無傷だ。俺と天使を守ろうと前に出る。
そうだ、イブの特性、ちくでんだ。でんきタイプのワザはイブには効かない。
「イブ!ひかりの......!」
ひかりのかべを出してもらいたかったが、イブは猛烈な冷気を浴びて、ポケモンメタルコレクションみたいにカッチカチになって吹っ飛んで壁に叩きつけられて、粉々になって砕けた。
「おい......。嘘だろ......?」
「鎮まってください!私たちは......!」
紫色になって血の気を感じない天使の唇から、優しい歌うような叫びが飛び出す。
少し落ち着きを取り戻した怒りと憎しみは、傷だらけの肉塊を守るように立ち塞がった。
この子達は仲間なんだ。大切な仲間を殺されて、人に対して怒り、憎しみを向けているんだ。
どうしたものか。考えようにも頭が真っ白だ。
俺は何を思ったのか、まず真っ先に恐怖と寒さに震える天使の肩に優しく上着をかけた。刹那、氷塊が天使に向かって飛んできた。咄嗟に身を呈して天使を守る。背中に冷気が突き刺さり、冷たすぎて寒すぎて、むしろ焼かれているようだ。
「すごく寒いねぇ」
少しでも安心させられるようなかっこいいセリフを言いたかったが、ひどくのんきな言葉が間の抜けた口調でまろび出た。なんでだ。
俺は振り返って怒鳴り散らそうとしたが、何故か天使につられて優しい声になった。
「危ないじゃないか。特に、女の子に乱暴するのはやめようね」
俺は頭が真っ白なまま、フラフラと怒りと憎しみに歩み寄ろうと踏み出した。
「あと、リュウタとイブはオスだからって、やっていいことと悪いことがあるんだよ」
思いの外、身体が重たくて全く足が進まない。苦しい。ぶっ倒れそうだ。
タローが飛び出した。タローは感情に任せて、ツノをドリルのように回転させながら怒りと憎しみに飛びかかった。
「タロー!やめろ!!!!」
タローに激しいかみなりが直撃し、タローは痙攣しながら崩れ落ちた。
「......君たち。いい加減にしなさい。タローはケンタロスだけど、メスなんだぞ」
本来ケンタロスはオスしかいないはずだけど、タローにはシンボルがついていなかった。
カワイイものが大好きで、ピンクのフリルを見ると大興奮するような女の子らしいメスだ。
あと......そうだ。今気付いたけど、氷塊が重すぎるんだ。
「ごめんだけど、これ引っこ抜いてもらっていい?」
畏れ多くも、天使に願ってみた。天使が動揺しながら氷塊を引っこ抜いたら、血が噴き出した。
「きゃぁっ!!!」
天使を驚かせてしまった。お赦しください。あと、こんなことをしておいて厚かましくて申し訳無いけれど、もうひとつお願いを聞いてもらいたい。
「あとさ、歌ってあげてよ。あの子たち、君の歌が好きだと思うんだ」
天使が震えた声で小さく歌い出した。
怒りと憎しみに対して、ゆっくりと歩み寄る。想いだけが、言葉になって一方的に流れ出す。
「その子、君たちの大切な仲間なんだね。大切な仲間を悪い人間に傷付けられて、怒ってるんだよね。俺と親友の父ちゃんも、悪い人に殺されたようなもんなんだ」
「つらいよね。俺の親友なんか、大切な人を奪われた怒りや憎しみに飲まれて、復讐心でおかしくなって、悪い人間になってしまった」
「ぶっきらぼうだけど、思いやりと正義感のある奴だったんだ。だからこそ、強い恨みを持ってしまった。親友の悪事は、優しさの裏返しなのがわかるんだ」
「だから、今でも大切な親友だよ。いつか、親友が改心したら、また会えるといいなって思うんだ」
「でもね、いくら親友だからって、俺は罪のない人やポケモンを傷付けたことを絶対に許しはしないよ。というか、罪のある人やポケモンだからといって、傷付けていいわけじゃないんだよ。すごくムカついてぶっ飛ばしたくなるけどね」
「君たちも、今しがた俺の大切な仲間を殺しただろう。俺は絶対に許さないし、すごくムカついてぶっ飛ばしたくなってる。でも、俺は君たちを傷付けたりはしないよ」
「そんなことしたって、もう戻らない。なんの意味もないからだ。家事をしてて気付いたけど、俺は効率厨なんだ。無駄なことはしないのが効率良く家事を進める秘訣だ」
「何をするか迷うより、何をしないか決めた方が楽に生きられるんだよ。俺はそんな生き方しかできないだけなんだけどね」
「あと、真面目に頑張ってると奇跡が起こることもあるんだ。俺なんか、めちゃくちゃカワイイ天使と出会っちゃったんだよね。羨ましいだろ?」
怒りと憎しみさんは、俺に嫉妬したのかめちゃくちゃに苛烈なワザをぶっぱなした。天使を護るために正面から受け止める。
天使の悲鳴と共に歌が止まる。
「お兄さん!このままではお兄さんが死んでしまいます!にじいろのはねは死者すら復活させる強い力があります!使ってください!!!」
天使の言う通り、確かにかなりやばい。スーパーマサラ人にかまけて調子に乗ったけど、出血も多いし、あと5分もすれば、全然安らかじゃない感じにお陀仏だ。
母ちゃんより先に死ぬのはあまりに親不孝だ。でも、天使に使命を与えられたし、それを達成したらがんばリボンくらいはもらえるだろう。
にじいろのはねを取り出す。
「これ、友達がくれたんだ。綺麗だろ?天使が言うには、なんかすげーみたいだ。できれば死にたくないけど、君たちの仲間に使うのが俺の使命みたいだ。任せてね」
にじいろのはねが強く光る。
怒りと憎しみが消えますように。
「どうにかなれ!!!!」
にじいろのはねがきらめく灰になって飛んでいく。
さっきまでただの肉塊だった物体に生命の火が灯る。というか物理的にめちゃくちゃ炎が立ちのぼって燃え始めた。これはさすがに火が灯りすぎだ。大丈夫だろうか。
それにしても、可能なら、リュウタとイブとタローや、父ちゃんやサカキのお父さんもどうにかなってくれないだろうか。
ついでに俺もなんとかなったら嬉しい。俺、やっと夢中になれるものを見つけたんだ。
天使の側にいたい。天使を護りたい。
あわよくば天使と恋をしちゃったり、結婚しちゃったりできないだろうか。
しかしながら、結婚には戸籍が必要だ。天使に戸籍は存在するんだろうか。
あぁ。
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「で、フリーザーとサンダーと和解して、生き返ったファイヤーも仲間になったんだよね。残念ながら、ファイヤー以外はどうにもならなかったんだけどね」
パパは唇を噛んで涙をこらえてから、気を取り直した。
「そうそう。それで、天使を探す旅に出たんだ!見つけて仲良くなってみたら、ちゃんと人間だった!戸籍もあって、結婚できちゃったんだ!しかも、天使にそっくりの、妖精さんみたいな超絶カワイイ娘が産まれたー!やったー!最高に幸せー!めでたしめでたしー!」
パパはひとりで拍手している。
なんだそれ。実話だなんて思えない。
でもパパが嘘をつくなんてそんなこと......ある。めちゃくちゃあるわ。パパは嘘つきだ。だって、矛盾点もある。
「ねぇ。その話だとパパ死んでるけど。どうやって生き返ったの?」
「その後は意識がなくなっちゃったから聞いた話なんだけど、ラッキーのキラがいのちがけでいやしのねがいをしてくれて、ギリ生きてたみたいなんだ。そこにフィールドワークをしてた研究所のみんなが見つけてくれて、救出された」
「......そうなんだ。ママは?」
「わかんない。何してたんだろ?そういえば再会してからも聞かなかったな。もしかしてパパって見捨てられたのかな?でも、パパを見捨てて逃げ出しちゃうような臆病なところも最高にカワイイから、むしろ感謝したい」
......めちゃくちゃだよ。
「パパの手持ちはカメキチとゲンパチだけになっちゃったけど、ボックスにいた子たちが必死に励ましてくれて......。ママを探す旅やママとデートに行った先で、新しい仲間もたくさん増えたよ。それでもやっぱりつらかった」
「そうだよね」
「だから本当はレイラにはなるべくポケモンと関わらせたくなかったんだ。ポケモンと深く関わってるとずっと一緒にいたくなっちゃうだろ?でも、ポケモンだって寿命の短い子もいるし、簡単に相手の命を危険に晒せてしまう強大な力もあるからね。本当は儚くて、怖い存在でもあるんだ」
そういう事だったんだ。フクスローにケガをさせられたことを思い出した。治ったキズが痛む気がする。
「でも、ママは子供にポケモンを持たせたいって言ってたし、レイラが『ポケモン欲しい!いいよって言うまで無視してやる!』ってパパのこと無視するし。困り果ててマサラのばあちゃんに相談したら『たぶん大丈夫』って言うから許可したんだよね」
たぶん......。マサラのおばあちゃん、たぶん大丈夫だと思ったら普通に大丈夫って言ってよ。
「マサラのばあちゃんの予言は外れないからね。たぶん大丈夫ってことだ」
「なるほどね」
「この話から学んで欲しいことは、自分が無茶をすると周りは更に無茶をしてしまうということだ。レイラのポケモンたちはレイラのことが大好きだから、何かあれば、レイラよりも更にとんでもない無茶をして守ってくれるだろう。でもそれは悲しい結果を生む可能性が高い。何度も同じことを言うけど、周囲を守るためには、まずは自分を守るんだよ」
「わかった」
「レイラは、パパの無茶をしがちなところが遺伝してしまって本当に困ってるよ。元はと言えば、マサラのばあちゃんのせいだ。それに、ポケモンもトレーナーに似てくるんだ。レイラのポケモンも無茶をしないように。ジュナイパー、特に君は無茶し過ぎだ。聞いてるか?」
たぶん聞こえてるけど、ジュナイパーは無視を決め込んでいる。
「パパはこの事件のとき20歳になったばかりで、大人になったつもりで調子こいてたんだよ。レイラもパパくらいの歳になる頃には、20歳なんか産まれたての赤ん坊みたいに見えるようになってくるよ。17歳なんか、体外でやっていけるかちょっと不安な胎児みたいなもんだ」
「えぇ。それは大袈裟だよ」
「そんなことないさ。胎児だったときのレイラには、ママの身体を少しでも楽にするために結構早めに、少しリスクがあるタイミングで頑張って産まれてきてもらったんだ。今度はゆっくりパパのお腹の中にいてもらいたかった......ぐすん」
「パパのお腹の中はうんちしかいないでしょ。私はうんちじゃないぞ」
「家の比喩表現のつもりだったけど、うんち扱いしてごめんね。でも言わせてもらうけど、パパのうんちは毎朝毎晩、決まった時間にするっと出てきてくれるんだぞ。レイラみたいに寝坊も夜更かしもしないし、頑固でワガママじゃないぞ」
さすがにふたりで大爆笑した。
「でもレイラは、見るからに健康的だし、大きくまっすぐ立派に成長してくれた。パパのうんちみたいにね」
パパは優しい目で私を見つめている。
「......ねぇパパ。これ以上はさすがに怒るよ?」
「ごめんなさい」