カントーに戻った俺は、ハナダシティに足を運んだ。
最後にハナダシティに来たのは20年近く前のことだったが、街並みはほとんど変わっていなかった。相変わらず不便そうな街だ。
真っ暗すぎる洞窟を、感覚だけで進んでいく。俺の鼓動と呼吸音と足音だけが響く、あまりにも寂しく静かな場所だ。
真っ暗なままだが、俺以外の呼吸が聞こえるようになった。
「よっ!久しぶり!」
「ここには何もない」
「お前がいるじゃないか」
「ワタシにも何もない」
「なんだ?俺が来たのが気に入らないか?お前がその気になれば、俺を帰らせるなんて楽勝だろ。どうしてそうしないんだ?」
「帰らせる理由がない。帰らせない理由すらもない。ワタシには何もない」
「そんなこと言うなよ。ママが泣くぞ」
正面から何か飛んでくる気配がして、反射的にキャッチした。イシツブテくらいの大きさの石だ。
「イシツブテ合戦は明るい場所でやらないと危ないぞ。って言うか、イシツブテ合戦で遊んでやるのはおっさんにはもうキツいから勘弁して」
返事がない。ただのお子ちゃまのようだ。
「なあ、ミュウツー。お前はやっぱりママが嫌いか?」
「ワタシに母はいない」
ミュウツーは、ミュウのまつ毛の遺伝子から、人工的に作り出された。
「なんだよ。まだ反抗期なのか?パパのことは?どう思ってる?」
「ワタシに父はいない」
ミュウツーを生み出す研究をしていたのは、悪の組織......。つまりサカキだ。
強大なチカラを欲したサカキは、全てのポケモンの遺伝子を持つとされるミュウの遺伝子から、最強のポケモンを生み出そうとした。
サカキは、ミュウの信頼を裏切り、傷つけたんだ。
「何をおっしゃる、お前はミュウから生まれたし、お前を作ったのはサカキだろ。それがママとパパでなくて、なんだってんだ」
「ワタシは生まれて来たくなどなかった」
「そんなのはみんなそうさ。こんなクソみたいな理不尽ばかりの世の中に生まれてきたいやつなんかいない。生命ってのは親のエゴからしか生まれないんだよ」
「ワタシは望まれてなどいなかった」
「ミュウはそうだったろうね。でもサカキはお前の誕生を望んでいたじゃないか。思ってたような子にならなかったからってほっぽり出す無責任な男ってのは、同じ男として本当にけしからんとは思うけどね」
ミュウツーのあまりに強大すぎるチカラを制御できず、悪の組織はミュウツーを抹殺しようとした。
なんとか逃げ出したミュウツーは、母であるミュウに助けを求める為、探していた。
その頃のミュウはと言うと、お腹を空かせて定期的に俺を頼っていた。悪の組織に狙われ、ごはんを探すのすら難しくなっていたからだ。
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「お待たせ。ハンバーグです。どうぞ」
「ミュ!」
「俺もいただきます」
ミュウと一緒に食事をしながら、友との日常会話のひとつとして恋バナをしてみた。
「俺、好きな女の子がいるんだ。レイちゃんって言うんだけど、お母さんの調子が悪くてつきっきりでお世話してて、デートに誘えないんだよね」
「ミィ」
「レイちゃんのお母さんは寝てばかりかと思ったら急に徘徊したりするようになっちゃって、目が離せないみたいなんだ。体調も悪くて、顔なんか真っ青を通り過ぎて真っ白で、髪の毛も全部金髪みたいな白髪になっちゃって。瞳の色がくるくる変わるようになっちゃってさ」
「ミィ......?」
「でもね、一度お見かけしたとき、不謹慎だけどすごく綺麗でびっくりしちゃった。瞳の色なんかオーロラみたいに揺らめいててすっごく神秘的でさ。しかも、俺の好きな女の子とそっくりでめちゃくちゃ美人なんだよ」
ミュウはソースの一滴も残さずぺろりと平らげると、手を振ってそそくさと帰っていった。
それからしばらくして、レイのお母さんは少しずつ体調が戻っていって、ついにレイをデートに誘うことに成功した。
レイも俺のことを好きだと言ってくれて、あっという間に恋人になれた。
ミュウとフリーザーは恋のキューピットだ。もうちょい事前に説明が欲しかったし、恋の矢を放つならもっと小さい氷がよかったけどね。
博士を目指して勉強していた頃、またミュウが訪ねてきた。
「おっ、いらっしゃい。今日は大したものがないや。急いで何か作るけど、とりあえずフエンせんべい食べる?」
ミュウは嬉しそうにフエンせんべいを食べ始めた。
「ミュウは本当にこれが好きだよね」
そのタイミングで、レイが家を訪ねてきた。合鍵渡してて、よく来てくれる。
「シュウシくん、家にいたんだ。ポケギアに連絡したのに......」
レイは鍵を落として、丸くて大きい最高にカワイイ瞳を更に丸く大きくした。
「ミュ!」
ミュウは驚いて消えようとした。
「ミュウ!待ってよ。俺の恋人なんだ。紹介させてよ」
「ミュ......」
ミュウはレイをじーっと見つめた。
「ミュウさんって言うのね。レイだよ。よろしくね。私ね、カントーの天気がおかしくなったとき、あなたが『にじいろのはね』をお友達に渡してたの夢で見て、ダメ元であなたを探してたの。そしたらシュウシくんと会えたんだよ。ミュウさんはやっぱりシュウシくんのお友達だったんだね。会えて嬉しいよ」
「ミュー!」
「そっか。あのときシュウシくんをセキエイ高原に連れてきてくれたのも、あなただったんだね」
「ミュミュー」
「え!?私のお母さんを治してくれたのも......?あなたにも生命を復活させるチカラがあるの?」
「ミィミ」
「遺伝子疾患......。そうだったんだ。つまり、あなたは遺伝子を作ったり、書き換えたりすることができるんだね。すごいね。ありがとう」
「ミ!」
「あはは!シュウシくんが私をデートに誘いたいって言ったからだったんだ。ミュウさんは友達想いなんだね」
そうだったのか。って言うかバラすなよ!恥ずかしいだろ!
「ぶり大根作ってきたの。たくさんあるから、ミュウさんも一緒に食べようよ」
俺の大好物。珍しくミュウも満足したみたいだ。
そんな事があった少し後、ついにミュウツーはミュウを見つけた。でも、ミュウは自分を裏切ったヤツが作り出したミュウツーを、ひどく恐れて逃げ回っていた。
次にミュウが姿を現したのは、レイのお腹に宿った生命の遺伝子がおかしくなってしまったときだ。
ミュウは俺とレイの遺伝子をコピーして、それを綺麗に修復して、誕生を楽しみにしてくれた。
自分を愛さなかった母が他の生命を愛してるのを目撃したミュウツーは怒り狂い、ミュウを殺した後、ミュウの愛した生命にも怒りを向け、襲いかかってきた。
父に捨てられ、母に愛されなかったミュウツー。
両親に愛され、やたらと健康で強靭に産まれた俺。
何も愛せず、憎むことしかできずにいるミュウツー。
何も無かった俺に生きる意味を与えてくれた天使に愛を伝える為に、イカれたストーカームーブを何年も続けていた俺。
父の身勝手で産まれ、誰にも必要とされず、存在意義を見つけられずにいるミュウツー。
俺と妻がお互いを愛し合ったことで宿った、存在自体が愛おしい、小さな奇跡。
ミュウツーが悪くないのはわかっている。
悪いのは世の中と、誰かの身勝手と、理不尽に降りかかる不幸だ。
だが、俺は俺の正義の為に、戦わなくちゃならないみたいだ。
清らかすぎる妻と輝く未来を信じて育っていく愛に向けられた、世の中が作り上げた大きな怨恨と、一方的に恨まれて友達が命を落とした理不尽と、その他諸々の、悪の全て。
恨んでる訳じゃない。愛してるんだ。
愛する存在の為に、大切な友達ふたりの間に産まれた、本来愛すべき生命と戦わなくちゃならない理不尽に対する怒りと悲しみは、何故か全力の飛び蹴りになって、ミュウツーをぶっ飛ばした。
俺のことを家族だと言ってくれたサカキ。俺に生きる意味をくれたミュウ。
大切だった。今も大切だ。
もし、ふたりがミュウツーを愛していなかったとしても、俺にとって大切なふたりによく似た生命を、愛したいと思った。
ミュウツーにかいふくのくすりを使ってあげると、自分の境遇を嘆きながらも自分の行いを悔いたらしかったミュウツーは「誰もいない、誰も来ない場所に行きたい」と言って、赤ん坊のようにわんわん泣き始めた。
ミュウツーの希望を叶える為に、このハナダの洞窟に連れてきてあげた。
ハナダの洞窟を気に入ったらしいミュウツーは、黙って座り込んだ。
生活が落ち着くまでいろいろと大変だろうと思ってフエンせんべいを差し出すと、ミュウツーは「出ていけ!」と怒鳴ってそっぽを向いた。
「また遊びにくるよ」と声をかけると「オマエはワタシに関わるべきではない」と寂しそうな声で呟いて、ねんりきで俺を洞窟外までぶっ飛ばした。
フエンせんべいは、いつの間にか俺の手から消えていた。
父親と母親にそっくりで、やっぱりカワイイ奴だった。
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「不快だ」
「でも俺をつまみ出さないんだね。お前は本当にカワイイね」
「黙れ」
「いいや、黙らないね。突然だけど、良いニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」
黙っちゃった。突然こういうの言われると、結構真剣に悩むよね。
「こういうのはね、悪いニュースから聞いた方がいい気がするんだよね。で、悪いニュースってのは、俺の娘がいなくなって、遺伝子がおかしくなったって事なんだよ」
相槌くらい打ってくれればいいのに。
「いいニュースはね、ミュウが治してくれた部分の娘の遺伝子は、取り出されて宇宙に放り出されたみたいなんだけど、少しずつ変化してるってことなんだ。ミュウの遺伝子に戻ってるのかもよ。俺と一緒に探してみないか?ママを殺してしまったこと、後悔しているんだろう?」
「......ワタシに母はいない」
「お前はママが大好きで、ママもそうだろうと信じていたから、受け入れてもらえなくて深く傷付いたんだろう?」
「......ワタシを生み出したものを父と母と言うのであれば、ワタシの父と母は、身勝手な思想と、それを嫌悪する感情そのものである」
「なんかそれ、ちょっとかっこいいじゃん。俺は厨二病が完治しなくて困ってんだよ。お前もこじらせすぎるなよ」
さすがにおちょくりすぎたか。ごめんよ。
「不思議なもんで、生命ってのはみんな親が大好きで大好きで仕方ない状態で生まれてきてしまうんだよね。その気持ちが大きければ大きいほど、裏切られた時に大きな大きな悲しみや憎しみになってしまうのも、仕方のないことだと思うよ」
返事がない。ただ無視を決め込まれているようだ。
「......気が変わったら教えてよ。反抗期でご機嫌ナナメなところ、邪魔して悪かったね」
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さて。一通り行くべきところは訪ねたし、次はマツバくんが見つけてくれた、俺とレイの遺伝子が漂ってるという『貫かれて破れた宇宙』を探そう。
場所にはふたつほど心当たりがある。
まずはライヤーくんに連絡してみた。2コールくらいで速攻出てくれた。
「シナミ博士か!忙しいオレ様にいきなり電話を寄越すとはいいご身分だな!」
「うん。そこそこ権威のある博士やらせてもらってるよ。それに『ともだち』なんだし、いいだろ」
「ハーッハッハッハ!『ともだち』の話なら聞いてやらんでもないな!用件を言うがいい!」
「あれからそっちの様子はどうかと思ってね」
「特に何も変わらん!あれからパシオの空はずっとオレ様の心のように澄み渡り美しい!ヒナギク博士の研究は爆睡しているカビゴンのように何も動きがないが、あの古臭い若者はふたりとも元気にパシオでの生活を楽しんで、オレ様を崇拝してるぞ!」
「そりゃあよかった。また今度そっちに遊びに行くよ」
「また今度とはいつだ!?それを伝える為に電話してきたんじゃないのか!?」
「え?ごめん違う。僕は今ちょっと忙しいんでね。僕に会いたかったかい?期待させちゃって申し訳ないね」
「期待などするか!オレ様をバカにするのは重罪だぞ!次に来た時は、レイラサンは最上級の部屋に案内するが、シナミ博士は地下の牢獄にぶち込むから覚悟しておけ!」
「パシオの牢獄はセキュリティがしっかりしてそうだし、とっても安心だ。ありがとう。また連絡するよ」
「次にしょうもない連絡をしてきたら、こっちから捕まえに行って、牢獄にぶち込むからな!」
「そうだなぁ。今やってる案件が上手くいったら、そっちに遊びに行く日程を連絡するよ。もし万が一、上手くいかなかったら......。しょうもない愚痴を延々と聞かせてアローラに遊びに来てもらうね」
「何を偉そうに!オレ様に来て欲しいなら、そんなことせずとも、オレ様に必死に乞い願い、心から崇め奉るならば、いつでも行ってやらんでもない!しかし!そもそもオレ様の『ともだち』たるもの、万事において失敗は絶対に許されんぞ!覚悟して臨め!」
「はーい。応援ありがとう。頑張るよ。またね」
一応連絡してみたけど、やっぱり違ったか。
でも、連絡して良かった。やっぱりライヤーくんはなんだかんだ良いヤツだな。
じゃあ次は本命、シンオウのテンガンざんに行くかな。テンガンざんの山頂の、やりのはしら。
やまおとこをしていてよかった。やりのはしらは、宇宙を貫いて、破ることができそうだった。
フリーザーと、ファイヤーとサンダーにもついてきてもらって......。リオはいた方がいいし、電子レンジがないと食事に困るからトムは連れて行くし、あとはミュウツーがいてくれると心強かったけど......。
かなり迷ったが、結局決められずに5匹のポケモンたちを連れて、シンオウに飛んだ。