さて、やりのはしら。やっと着いた。2時間もかかってしまった。俺も歳を取ったもんだ。
相変わらず神聖なような、禍々しいような、おかしな場所だ。
「おや、こんなところにお客さんですか。珍しいですねぇ。何かお探しですか?」
「君は......!」
なんでコイツがこんなところに。
「そういえば、前回は名乗りませんでしたね。ジブン、イチョウ商会のウォロと申します。前回はなかなか良いお取引でした。ありがとうございました」
「そりゃあどうも。......ちょうど良かった。今探してるものがあってね。この間の超絶カワイイ僕の娘、また入荷してないかい?」
「おや。残念ながら今回はジブンのところには無いですね」
「そうか。じゃあ『貫かれて破れた宇宙』を知らないか?」
「ふむ。アナタの探しているものかどうかはわかりませんが、それに近しい場所は心当たりがあります。どうですか?この情報、ご購入なさいます?」
「それは是非ともお願いしたいね。おいくらかな?」
「そうですね......」
ウォロくんは難しい顔で長いこと考え込んでいる。
「......アナタは『愛』をお持ちでしょうか?お持ちでしたら、どこでどのように手に入れたか、情報を頂きたいです」
「もちろん知っているよ。いくらでも教えてあげるよ。なんなら余るくらい持ってるし、少しお分けしようか?」
「それはありがたいです。是非とも教えて下さい」
俺は、ウォロくんにいろいろと話した。
父ちゃんと母ちゃんがどれだけ俺を大切に育ててくれたか。親友との友愛、それがどのように変化してしまったか。妻とどのように出会い、愛し合ったか。娘をどれだけ愛して、娘がどれだけ俺を愛してくれているか。ついでに、最近できた友達のライヤーくんのことも。
ほとんどただのノロケ話になってニヤニヤしたドヤ顔を連発したが、ウォロくんは真剣な顔で頷きながら聞いていた。
「なるほど。興味深いですねぇ。かなり有益な情報です」
「少し分けてあげようかと思ったけど、ウォロくんはもう充分持っているのかも知れないよ」
「残念ながら、ジブンのかばんの中にはありませんね」
「......じゃあ『貫かれて破れた宇宙』の情報はまた別のものをお支払いするし、ウォロくんのことを教えてよ」
ウォロくんは嫌そうな顔をした。
「それはお高いのかな?足りないなら、もう少しノロケ話を聞かせてあげるけど、必要かい?」
ウォロくんはすごーく嫌そうな顔をした。商人にあるまじき態度だな。
「.....いえ。もう充分です。では、お話ししましょう」
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ジブンの父と母は、古代シンオウ人の血を引く者でした。つまりジブンもそうですよ。
古代シンオウ人は時に神のように崇められ、時に迫害され、父と母はジブンが幼きころに殺され、ジブンもまた、理不尽な扱いを受けておりました。
なぜジブンがこんな目に遭うのかとひたすら考えたものです。
ジブンは自らの好奇心、向上心に従い、神話、歴史、遺跡などを調べました。ジブンはどうしてこのような扱いを受けるに至ったか。ジブンは何者で、何の為に存在し、どこに向かっているのか。それを知りたかったのです。
世界の成り立ちがわかれば、ジブンのルーツを知ることができます。ルーツが分かれば、原因がわかります。原因がわかれば、それを排除することで結果を変えることができます。つまり、身分や血筋による差別や争いのない、よりよい平和な世界になるのでは? といったことを夢想したのです。
調べていくにつれて、この世界は根本的に間違っていると思い至りました。時間、空間から、そこに存在する生命の感情、意思。それらに疑問を持ってしまう知能。ジブンの存在を含め、全てが間違っていると感じたのです。
ジブンはこの世界を作った創造神のチカラを恨みました。恨めば恨むほど、それは羨望になり、憧れになり、創造神のチカラを手にしたいと思ったのです。
ジブンの相棒......ギラティナは、神に生み出されたにも関わらず、理不尽に神に世界から追放されました。ジブンと同じです。
ギラティナも神を恨んでいました。このような感情を作ってジブンやギラティナを苦しめているのも、その原因を知ろうとした意思を持たせたのも、それを解明し得る知識を持たせたのも全て、創造神の失敗によるものだと思ったのです。
ジブンはギラティナと共に神を屈服させ、世界を作り直そうと決意しました。しかし、その考えすらおみとおしだったのか、ジブンとギラティナは神と邂逅することすら叶わなかったのです。
少し話は逸れますが、テルさんは、神が作った数少ない成功例です。
世界の理不尽を受け入れ、目の前のことにゼンリョクを注ぐ意志と、そこに存在する全てを慈しむ感情、それらを可能にする知識と技術を持っています。
ジブンも彼のようになれたら、この不愉快な感情も不毛な願いも無くなって、疑問もなく生きることができるようになるのではと思い至りました。
どうやらテルさんは、ショウさんに特別な感情を持っていたようです。その感情についてはよく分かりませんが、ショウさんを特別なものとして丁重に扱っていました。
ジブンもテルさんに倣って、試しにショウさんを特別なものとして扱ってみました。
するとショウさんは、恐らくアナタの奥様がアナタに対して持っていたであろう感情と同じものを、ジブンに向けてくれました。
しばらくそのように過ごしていると、ショウさんにはフシギな存在が宿ったんです。
それは、アナタが娘さんに向けているような、得体の知れない感情をジブンにもたらしました。
ショウさんのことも、遥か昔から紡がれてきた神話の主人公のような高貴な存在に感じるようになりました。
ジブンは恐ろしくなったのですよ。
ジブンが探し求めていたのは、平和な世界などという大層なものではなく、ジブンが失敗作だと思っていた、生命のちっぽけな感情である『愛』というくだらないものだったのではと思ってしまったのです。
この世界は全てが正しく美しく、間違っていたのはジブンだけだったと。そう認めてしまいそうになったのです。
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「ジブンの話はそんなところです」
思ったよりかなりガッツリ話してくれたな。
ウォロくん、意外と悪い子じゃないと思うんだけどな。
レイラを誘拐して投げ落としたのは極刑モノだけど、俺が間に合うのをわかって落としてたと思う。
きっと、物理的に存在するいろんなものが、目ざとく詳細に見えてしまう人なんだろう。
それなのに、過去や未来、人の気持ちや世界の真理が全く見えなくて、知りたくて、苦しんでいるんだ。
気持ちはわからなくもない。
俺も部屋にゴミクズチリカスが落ちているのは瞬時に見つけられるが、身に覚えのないゴミクズがあった時、原因を元から絶とうにも、どこから湧いて出てきたのかわからなくてむしゃくしゃする事が多い。
そういうものだと受け入れて、さっさと片付けてしまえばいいだけのことなのに、この間なんか研究室に本のハードカバーの角のめくれたようなゴミクズが落ちていて、膨大な本の角を確認して1日が終わって、しかも原因がわからず徒労に終わって、後日もっと落ちてて絶望した。
ウォロくんと俺は似た者同士な気がする。
出会い方が違えば、結構いい友達になれたと思う。
「……ウォロくんは、やっぱりたくさん持ってるじゃん。それが紛れもなく『愛』だよ。ショウちゃんがウォロくんに向けているのも、ウォロくんがショウちゃんに向けてるのも、ウォロくんが我が子に向けてるのも、それ自体が全てね」
「......やはり、そうですか」
ウォロくんはすごく悲しそうな顔をしている。
なんでだ。ショウちゃんは一般的に見て、かなりカワイイ子だぞ。もっと喜べ。畜生かよ。
「ショウちゃんはまだ若いから、この時代の人間の感覚では誠にけしからんことではあるが、ウォロくんたちの時代ではまぁ、いいんじゃない?愛し、愛されてる。そりゃあもう、ハッピー過ぎて他の事なんかどうでもよくなるよ」
......おいウォロくん。なんて顔してんだ。
『何言ってんだこいつ。早く何とかしないと......』とでも言いたそうな顔。
いやしかし、好奇心旺盛でワガママなレイラを丸め込む為に心理学者になれそうなほど鍛え抜いた、俺の話術をナメるなよ。
「ウォロくんは商人よりも学者が向いてる思うんだ。疑問に思うことはどうしても気になってしまう性分だろ?とりあえずそれを『愛』であると仮定して、もう少しショウちゃんと一緒にいて、得体の知れない感情を詳しく調べてみるのはどうかな?人に聞くより、体感した方がより早く、より深く理解できるぞ」
「なるほど!その手がありましたか!しかし.....」
ウォロくんは嬉しそうだけど、何か引っかかっている様子だ。顔に出そうと思えば結構表情豊かじゃん。
「あとはそうだな。考古学とか生物学とか、心理学あたりを勉強してみたらどうだい?うちにいろんな学術書が腐るほどあって、なんなら腐ってるかもしれないけど、いくつかあげるよ」
「ふむ......」
おや。これはちょっと違ったか。
「ギラティナくんの事が心配かい?きっとウォロくんの幸せを喜んでくれると思うんだけどな」
「どうでしょう?ギラティナの考えていることはよくわかりません」
「それなら、いい手段がある。リオ、おいで。しゃべっていいよ」
リオはかっこよくポーズをキメながら出てきてくれた。
「こんにちは。リオと申します。ギラティナさんとお話されたいのなら、僕が通訳し......」
「しゃべってんじゃねえか!!」
びっくりした。いきなりどうした。
ウォロくんは、レイラが初めてヒーローショーを見たときのように目をかっぴらいて輝かせている。
「いや失礼。ルカリオ......ですよね?人語を話すのですか。おもしろいです!ギラティナ、お話しましょう!」
ギラティナはウォロくんの背後の地面からぬるりと現れた。マルヤクデみたいだな......。
リオは何度か咳払いをした。
「細かいニュアンスの表現が難しいので、ギラティナさんの言っていることを直訳しますね。言葉遣いがよろしくなかったら申し訳ありません。さて、ギラティナさんは何か、お話したいことはありますか?」
「......まずはそこのニンゲン......あ、旦那様のことですよ。に質問がある。ワタクシは神に復讐することだけを原動力に生きてきたのだ。しかし最近はそれを忘れて動いてしまっていることがある。これは何らかの病か?」
まずウォロくんと話してあげないと可哀想だし、俺は医者じゃないから病名の診断はできないんだよ。でもきっと、病気ではないぞ。
「それ、ウォロくんと一緒にいる時だけじゃないか?ウォロくんと一緒に神を探すのは、宝探しをしているような、わくわくした気持ちになってなかった?」
「......仮にそうであるとして、それは何と呼ぶのだ?」
「目的のないくだらないことに夢中になって、時間も忘れて笑い合ったり、夢や希望を語り合ったり、時にケンカしてまた仲直りしたりして、一緒にいるとわくわくして楽しい......。そんな存在のことを『友達』と言う。次に会うのが楽しみになって、もし会えなくなってもふと思い出して、幸せであることを願う。友達に対して持つそんな感情のことを『友情』と言うんだ」
ギラティナはゆっくりと目を閉じた。
「......少し思考をする時間をもらおう」
ウォロくんも「興味深いですねぇ」と独り言のように言って、何か考え込んでいる。
「......ジブンはギラティナと共にいると、理想に近付いているのではないか、新たな世界を共に創造できるのではないかと、気分が高揚します。共にいないときであっても、何か手がかりを見つけた際は、早くギラティナに話したいと......。次に会えるのはいつかと、心待ちにしていました」
ウォロくんはギラティナの方を見るでもなく、俺やリオに説明するでもなく、どこか遠くを見ながら、自分に言い聞かせるように言った。
ギラティナはゆっくりと目を開いた。
「ワタクシは、神を屈服させ新たな世界を創造するに際し、ウォロが存在しようがしまいが、ワタクシにもたらされる結果は一切変わらないと認識している」
うん。うん......?
えぇー!?そういう事言っちゃう!?
今、すごくいい流れだったよ!?感動的なアツい友情物語が生まれそうだったよ!?
これはひどい。ポケモン心理学もきちんと勉強しておくべきだったか。
「ニンゲンの生命が持続する時間など、ワタクシにとってはほんの、ほんの一瞬なのだ。神を屈服させることを成し得ようが得まいが、その時ウォロがいようがいまいが、どちらにせよワタクシは独りで神を恨み、憎みながら存在し続けるに至らざるを得ないのである」
待て待て。リオもリオだ。さすがにここらへんはもう少しオブラートに包んで通訳してくれたらどうだ。
「......そんな折にふと思い出すモノが、ちっぽけでくだらないモノだらけの『正しく美しい世界』に存在するウォロの姿なのであれば......。ワタクシも多少は気が紛れるやも......」
「友情じゃねぇか!!」
ウォロくんの真似をしてウケを狙ってみたが、スべったかも。
いやー、シンオウはアローラよりもかなり寒いしなー。テンガンざんの山頂なんかもっと寒いしなー。滑ることもあるよなー。
「......さすが!アナタ、本当におもしろいですね!」
ウォロくんは手を叩いて笑ってる。ウケたらしい。良かった。
「そういえば、ジブンはまだアナタのお名前を聞いていませんでした。お伺いしても?」
「おや、失礼。シナミ シュウシと申します」
「終始シュウシ、宗旨シュウシ、修史シュウシ......。名は体を表します。始めから終わり、主義主張、歴史の修正。アナタにピッタリの素晴らしい名です」
「そんな大層なものじゃないよ。ただのちっぽけな種子シュシのことだ。それで言うならウォロくんの名前も、ウォロくんにピッタリだと思うよ」
「Volo, ergo sum我意欲する、故に我在りですか?」
「Volo poetico飛翔する空想......。
或いはAl volo un'occasioneチャンスを掴み取るかな」
「ほう!おもしろいです!」
「いや、違うな。Prendere al volo tutto全てを直ちに実行するだよね?」
「......はいっ!」
ウォロくんが笑顔でそう言うと、ギラティナはマルヤクデみたいな足でウォロくんと俺をつまみ上げて背中に乗せた。
「ジブンの知るところの『破れた世界』への往復の運賃......。それでもなお、お釣りをお返ししなければならないほどのお代、確かに頂戴しましたよ!さあ!参りましょう!」
ギラティナは空を貫き破って、時空が裂けた。