暗闇に、不快な呻き声が響く。
その鳴き声は、嘲笑われた弱者の恨みが篭められた怨嗟を想起させた。
されどその不気味な声は、まるで卑劣漢の嘲笑のよう。
二つの立場の負の念が、ぐちゃぐちゃと混じり、矛盾しながら存在している。
音の主は、人ではない。生き物ですらない。おどろおどろしい、グロテスクな化け物だ
呪霊と呼称される、人の負の感情が具現し、意識をもった異形の存在である。
その異形は、昆虫のように六本の足を持ちながら、人のように下部の二足で自立しており、その股には、頭部に当たる部位がもっこりと存在感を際立たせていた。
異形は一体では無かった。同じ形状の化け物が、群体の蟲のように蠢いている。
不気味な呻き声が犇めき合う悪夢の中でふと、鋼と鋼がぶつかり合った音が鳴る。
鈍い音が空気を過ぎた瞬間、化け物たちのうち、数体の股間には、五寸釘が埋まっていた。
「芻霊呪法・茨」
仲間の身体に異物が突き刺さったことを、彼らが認識する前に。
彼らに突き刺さった釘を起点に、青い棘光が炸烈する。
呪力の棘光は、呪霊の頭部だけが貫くよう、枝分かれし、ソレらを絶命に至らせた。
化け物たちの身体が崩壊していく。
正確無比に狙い付けた数回の釘打ちは、化け物の群れを一瞬で全滅させたのであった。
「お婆ちゃん、終わったよ」
「解っとる」
帳が上がったことにより、暗影は消え去り、ハイトーン気味な夕焼け色の陽の光が、大地を照らす。この光差す地に、さっきまでおどろおどろしい化け物が居たと言われても、誰も信じないだろう。
「三級から二級ぐらいが十数体か」
化け物を仕留めたのは、儂の孫・釘崎野薔薇。
儂と同じ術式をこさえた、芻霊呪術師だ。
儂の子、野薔薇の母は特に術式を持っておらず、呪いが辛うじて見える程度であった。
しかし、孫の野薔薇は母とは異なり、呪術に関しては、生まれついて天賦の才覚を持っていた。
今でも覚えてる。家の縁側で、呪力を自由自在に操る童の姿を。なんとも信じられないが、片手で年を数えられる年頃で、野薔薇は、呪力の操作精度という点において、儂を超えていた。
信じられるだろうか。実戦もランドセルを背負うことも経験してない童が、呪術の呪の字も知らぬ、あやつが。数十年以上呪術を生業にして生きるこの儂を上回っていたのだ。かの五条悟でもあるまいに。
神童。
その二文字が、儂の頭の中を支配した。かつて、同じ芻霊の呪術師の面倒を見てやったことはある。しかし、こんなモノは初めてだ。
子に呪術のイロハを仕込まずにいた分、儂の指導は無沙汰だ。
その反動もあるのだろうか。儂は、この子がどこまで術を窮めることが出来るのか、気になって仕方なかった。
芻霊呪法が使えるのならば、高専なんて行かせずじっくりと鍛え上げてやる。
孫の野薔薇に、儂の呪術を叩き込んでやるのが、楽しみで仕方なかった。
そうして、儂は野薔薇に呪術を仕込んだ。
呪術を学ぶ野薔薇は、それこそ
“目”より先に“手”が肥えることはない
そう言ったのは誰であったか。
言い得て妙である。
才覚を持つ野薔薇も然りであった。
手本を見せれば、"
殆どの分野で言えることだが。
通常、自身の脳内に無い動作を身につけ、行う際、殆どの場合、初手は失敗する。
万事に於いて、これは通ずる。
原因は三つだ。
身体(能力)の不足。
そして、
人は、修練を反復することによって、リアルな実践を通じて
釘崎野薔薇は、呪術における
ここで言う身体(能力)とは、血肉のことではない。それは、アイツに初めから搭載されている力だ。
呪術を成すための機構、即ち、呪力であり、
呪術が成立するのに、強固な
世界に起こしたい
……童に力を越された婆が神髄を説いても、説得力は無いか。
つまり。野薔薇は、手本を精密にスキャンする能力。スキャン結果を
強度の高い
野薔薇は、儂の放った「芻霊呪法・簪」を一目見ただけで、その拡張術式、「芻霊呪法・茨」を披露して見せた。本来なら、「簪」を使いこなした後、時間をかけて鍛え上げて出来る技を、一瞬で成したのだ。
今や「茨」は戦闘で愛用する得意技だ。
一を見て、十を知る天才。
普段から縁側で駄菓子を頬張ってばかりのはずの孫娘。
釘崎野薔薇は、間違いなく神童であった。
「ふぁ〜」
気怠げな欠伸が一つ。
その発生源は、机上で寝そべるオレであった。
「野薔薇ちゃん、寝不足?」
「そっ、婆ちゃんに隠れてゲームやってたら夜遅くになっちゃってね。一時間目の国語には犠牲になって貰いました」
嘘である。先日の夕方、呪霊の群れを隣の村まで祓いに行ったはいいものの、別の村で呪霊が発見されため、呪霊狩りをハシゴするハメになったのだ。
オレに話しかけた隣の席の子は、ふみちゃん。原作釘崎野薔薇の友達である。そして、今世では、オレの友人でもある。
言っておくが、オレは前世の記憶を確かと持った成人男性である。実際のメンタルを剥き出しにして交流するとなると、間違いなく事案だ。
では、メンタルは成人男性の筈のオレが、なぜ現役の女子児童と仲良くなれたのか。
別に、オレがコミュニケーション能力が高かったワケじゃない。
"狭い村だから、友達になるより、他人になるのが難しい"
釘崎野薔薇の言ったセリフ通りである。
そんなワケで、変な中身の釘崎野薔薇も、彼女と友人になれたのだ。
自身の感性がガキンチョに近いというのもあるかもしれない。
ただ、前から思っているが、女子ってのは結構おませだ。精神的成熟が早いのだろうか。
男子がコロコロコミックで、う○こ祭りしてる間、彼女たちは、ちゃおで少女漫画を嗜み、お洒落に触れているのだ。
驚異に値する。すごい。小学生男児のオレはオシャレのオの字も知らなかったぞ。
実際、仲間と一緒にう○こフィーバーだったぞオレは。
特にふみちゃんは、すごく良い子だ。大人しいが、心根が平和で優しい。中身のおかしい子と友達になってくれる度量もある。おかしい中身を見せたことは無いが。
机の上から顔を上げる。
ふみちゃんの筆箱に目を移すと、鉛筆群の上に、マカロン型の消しゴムが乗っていた。
「……沙織ちゃんと別れてから、もう数年か」
無意識に小さくボソッと呟いてしまった。
そういえば、釘崎野薔薇という人物を語る際、必ず名前の挙がる人、沙織ちゃん。
別に、原作の釘崎野薔薇を後追いして彼女と交流をしても意味は無い。別に強くなるワケでもないし、原作の釘崎野薔薇のフリをする使命なんてものはない。
でも、一回だけ。
好奇心も相まって、様子を見に行ってしまった。
原作の釘崎のような、とても懐く振る舞いは見せなかったが。いきなりの来訪者であるオレを、沙織ちゃんは歓迎してくれた。
なんと、紅茶と茶菓子を出して。
そう、茶菓子。洋風のお菓子である。
色取り取りのマカロンを前に出された時、オレは感動の念で舞い上がってしまった。
オレはお菓子、甘味が好きだ。駄菓子も勿論、和菓子も、そして洋菓子も全部好きだ。
それは前世からずっと変わらない。
釘崎野薔薇として生まれ変わってから、幾星霜……とまで言える年月は経ってはいないが。
それまでマカロンなんて、今世で生まれてこの方、食べれなかったのは、事実だ。
素晴らしい!その時の私は、猛烈に感動した。
転生してから、一度も目にしなかった洋菓子が、今、目の前にある!!
一口食べると、豊潤な甘味は舌を包み、オレを幸福へと導いた。一つ食べれば、もう一つ食べたくなるのが人の心。オレの心は、マカロンの虜になっていた。
と言った具合で。
なんと卑しいことだろうか。
オレは、洋菓子と紅茶目当てに、女子中学生の家に入り浸るようになったのだ。
言っておくが、オレは普通に成人男性としての自我を維持している。その上で、女子中学生の温情をアテにして、家に通い始めたのだ。
こんな情け無いTS成人男性がこの世に居るのだろうか?
恥を知れ恥を。
そんな具合で、異常者に片足突っ込んでるオレとふみちゃんは共に、沙織ちゃんの家に通っていた。それも、数年前の話。沙織ちゃんの母のヤバい言動が癪に障った村人たちによって、彼女の家庭は村八分に遭い、引っ越すこととなった。
……村八分について、オレは何も出来なかった。沙織ちゃんの母の言動はオレから見ても、目に余るものだったし、村八分の理由から見ても、明らかだったし。
しかし、交友のある少女を見捨てるのは、流石に成人男性として見逃せない。
「沙織ちゃんを庇うことさえ出来れば」「今こそ、マカロンと紅茶の礼を返す時だ」と勇み足を踏んだが、悲しいかな、効果は皆無であった。
それもそうだ。小学生のガキンチョの言うことなんて、大人たちは本気にしない。
しかし。
異端を庇うような言動は、周りのヘイトを自身に向ける行為だ。その時オレは相手にされなかった。けど、沙織ちゃんを庇う言動を続けていれば、いつかはオレにヘイトが向く可能性があった。
オレはそれでも良かった。
背伸びして、お姉さんとして振る舞い、オレたちを出迎えてくれた女の子の助けになれれば、それで良かったのだ。
しかし、オレにヘイトが向かう前に沙織ちゃんは、オレに庇う言動をやめさせた。
彼女は、オレに被害が行かないよう、オレを慮ったのだ。
情けない。結局の所、オレは何も成す事が出来ず、逆に、背伸びした中学生の女の子一人に、助けられたのだ。
一人で全てを、どうにか出来るわけじゃない。
呪術が上達した。出来ることが増え、強くなった。戦闘になっても、力量差を見誤ることは無い。冷静に実力だって発揮できる。
だが、身に付けた力を使う事も出来ない、力を振っても解決できない問題に対処することは、結局のところ、出来なかった。
個人の腕力で解決出来ない問題がある。
そんなコトがこの世の中にはありふれていることを、この事件はオレに、再認識させた。