TS転生釘崎野薔薇   作:楼ノ卦

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盛岡から行くのに四時間掛かるクソ田舎より③

 

 

 

 

暗闇に、不快な呻き声が響く。

その鳴き声は、嘲笑われた弱者の恨みが篭められた怨嗟を想起させた。

されどその不気味な声は、まるで卑劣漢の嘲笑のよう。

 

二つの立場の負の念が、ぐちゃぐちゃと混じり、矛盾しながら存在している。

 

 

音の主は、人ではない。生き物ですらない。おどろおどろしい、グロテスクな化け物だ

呪霊と呼称される、人の負の感情が具現し、意識をもった異形の存在である。

 

 

その異形は、昆虫のように六本の足を持ちながら、人のように下部の二足で自立しており、その股には、頭部に当たる部位がもっこりと存在感を際立たせていた。

 

 

異形は一体では無かった。同じ形状の化け物が、群体の蟲のように蠢いている。

 

 

 

 

不気味な呻き声が犇めき合う悪夢の中でふと、鋼と鋼がぶつかり合った音が鳴る。

 

 

 

鈍い音が空気を過ぎた瞬間、化け物たちのうち、数体の股間には、五寸釘が埋まっていた。

 

「芻霊呪法・茨」

 

 

仲間の身体に異物が突き刺さったことを、彼らが認識する前に。

彼らに突き刺さった釘を起点に、青い棘光が炸烈する。

 

呪力の棘光は、呪霊の頭部だけが貫くよう、枝分かれし、ソレらを絶命に至らせた。

 

 

化け物たちの身体が崩壊していく。

正確無比に狙い付けた数回の釘打ちは、化け物の群れを一瞬で全滅させたのであった。

 

 

 

「お婆ちゃん、終わったよ」

 

 

 

「解っとる」

 

 

 

帳が上がったことにより、暗影は消え去り、ハイトーン気味な夕焼け色の陽の光が、大地を照らす。この光差す地に、さっきまでおどろおどろしい化け物が居たと言われても、誰も信じないだろう。

 

 

「三級から二級ぐらいが十数体か」

 

 

 

化け物を仕留めたのは、儂の孫・釘崎野薔薇。

儂と同じ術式をこさえた、芻霊呪術師だ。

 

 

儂の子、野薔薇の母は特に術式を持っておらず、呪いが辛うじて見える程度であった。

しかし、孫の野薔薇は母とは異なり、呪術に関しては、生まれついて天賦の才覚を持っていた。

 

 

今でも覚えてる。家の縁側で、呪力を自由自在に操る童の姿を。なんとも信じられないが、片手で年を数えられる年頃で、野薔薇は、呪力の操作精度という点において、儂を超えていた。

 

 

信じられるだろうか。実戦もランドセルを背負うことも経験してない童が、呪術の呪の字も知らぬ、あやつが。数十年以上呪術を生業にして生きるこの儂を上回っていたのだ。かの五条悟でもあるまいに。

 

 

 

 

神童。

 

 

 

その二文字が、儂の頭の中を支配した。かつて、同じ芻霊の呪術師の面倒を見てやったことはある。しかし、こんなモノは初めてだ。

子に呪術のイロハを仕込まずにいた分、儂の指導は無沙汰だ。

その反動もあるのだろうか。儂は、この子がどこまで術を窮めることが出来るのか、気になって仕方なかった。

 

芻霊呪法が使えるのならば、高専なんて行かせずじっくりと鍛え上げてやる。

 

孫の野薔薇に、儂の呪術を叩き込んでやるのが、楽しみで仕方なかった。

 

 

そうして、儂は野薔薇に呪術を仕込んだ。

呪術を学ぶ野薔薇は、それこそ海綿(スポンジ)が水を吸うように熟達していった。

 

 

 

“目”より先に“手”が肥えることはない

 

 

そう言ったのは誰であったか。

言い得て妙である。

才覚を持つ野薔薇も然りであった。

手本を見せれば、"()て"、野薔薇はその手本の理念を一発で理解し、再現出来た。

 

 

 

殆どの分野で言えることだが。

通常、自身の脳内に無い動作を身につけ、行う際、殆どの場合、初手は失敗する。

万事に於いて、これは通ずる。

 

原因は三つだ。

 

想像(イメージ)力の不足。

身体(能力)の不足。

そして、想像(イメージ)と身体(能力)の擦り合わせの精度不足。

 

人は、修練を反復することによって、リアルな実践を通じて想像(イメージ)をより強固にし、身体の機能を改良し、想像と身体の擦り合わせを成す。

 

 

釘崎野薔薇は、呪術における想像(イメージ)力が抜群に巧かった。一回で見た実物手本を、全身で吟味し、脅威的な想像力で、強固な想像(イメージ)を一発で形成する。それだけではない。アイツは、想像(イメージ)と身体を擦り合わすのも、異様なまでに巧い。

 

 

ここで言う身体(能力)とは、血肉のことではない。それは、アイツに初めから搭載されている力だ。

 

 

呪術を成すための機構、即ち、呪力であり、術式(自身の世界)である。

 

 

 

呪術が成立するのに、強固な想像(イメージ)を大切にするのは、これが根本にあるためだ。

 

 

世界に起こしたい想像(イメージ)と自身の世界、内面との擦り合わせ。これこそ、呪術の神髄である。

 

 

……童に力を越された婆が神髄を説いても、説得力は無いか。

 

 

つまり。野薔薇は、手本を精密にスキャンする能力。スキャン結果をイメージ(想像)に変換する精度。そして、想像(イメージ)と世界を重ねる正確さ。これらの能力が、きわめて高い。

 

 

 

強度の高い想像(イメージ)は、応用が利く。ある経験で培った分野の想像(イメージ)が、別の分野に転用でき、能力の会得に役立つと言ったことのように。野薔薇もまた、同じだった。

 

 

 

野薔薇は、儂の放った「芻霊呪法・簪」を一目見ただけで、その拡張術式、「芻霊呪法・茨」を披露して見せた。本来なら、「簪」を使いこなした後、時間をかけて鍛え上げて出来る技を、一瞬で成したのだ。

今や「茨」は戦闘で愛用する得意技だ。

 

 

一を見て、十を知る天才。

 

 

 

普段から縁側で駄菓子を頬張ってばかりのはずの孫娘。

 

 

釘崎野薔薇は、間違いなく神童であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜」

 

 

気怠げな欠伸が一つ。

その発生源は、机上で寝そべるオレであった。

 

 

「野薔薇ちゃん、寝不足?」

 

 

 

「そっ、婆ちゃんに隠れてゲームやってたら夜遅くになっちゃってね。一時間目の国語には犠牲になって貰いました」

 

 

嘘である。先日の夕方、呪霊の群れを隣の村まで祓いに行ったはいいものの、別の村で呪霊が発見されため、呪霊狩りをハシゴするハメになったのだ。

 

 

オレに話しかけた隣の席の子は、ふみちゃん。原作釘崎野薔薇の友達である。そして、今世では、オレの友人でもある。

言っておくが、オレは前世の記憶を確かと持った成人男性である。実際のメンタルを剥き出しにして交流するとなると、間違いなく事案だ。

 

では、メンタルは成人男性の筈のオレが、なぜ現役の女子児童と仲良くなれたのか。

 

別に、オレがコミュニケーション能力が高かったワケじゃない。

 

 

 

"狭い村だから、友達になるより、他人になるのが難しい"

 

 

 

釘崎野薔薇の言ったセリフ通りである。

 

そんなワケで、変な中身の釘崎野薔薇も、彼女と友人になれたのだ。

自身の感性がガキンチョに近いというのもあるかもしれない。

 

ただ、前から思っているが、女子ってのは結構おませだ。精神的成熟が早いのだろうか。

男子がコロコロコミックで、う○こ祭りしてる間、彼女たちは、ちゃおで少女漫画を嗜み、お洒落に触れているのだ。

驚異に値する。すごい。小学生男児のオレはオシャレのオの字も知らなかったぞ。

実際、仲間と一緒にう○こフィーバーだったぞオレは。

 

 

特にふみちゃんは、すごく良い子だ。大人しいが、心根が平和で優しい。中身のおかしい子と友達になってくれる度量もある。おかしい中身を見せたことは無いが。

 

机の上から顔を上げる。

 

ふみちゃんの筆箱に目を移すと、鉛筆群の上に、マカロン型の消しゴムが乗っていた。

 

 

「……沙織ちゃんと別れてから、もう数年か」

 

無意識に小さくボソッと呟いてしまった。

 

 

そういえば、釘崎野薔薇という人物を語る際、必ず名前の挙がる人、沙織ちゃん。

 

 

別に、原作の釘崎野薔薇を後追いして彼女と交流をしても意味は無い。別に強くなるワケでもないし、原作の釘崎野薔薇のフリをする使命なんてものはない。

 

でも、一回だけ。

好奇心も相まって、様子を見に行ってしまった。

 

 

原作の釘崎のような、とても懐く振る舞いは見せなかったが。いきなりの来訪者であるオレを、沙織ちゃんは歓迎してくれた。

 

なんと、紅茶と茶菓子を出して。

 

そう、茶菓子。洋風のお菓子である。

色取り取りのマカロンを前に出された時、オレは感動の念で舞い上がってしまった。

 

 

オレはお菓子、甘味が好きだ。駄菓子も勿論、和菓子も、そして洋菓子も全部好きだ。

それは前世からずっと変わらない。

 

釘崎野薔薇として生まれ変わってから、幾星霜……とまで言える年月は経ってはいないが。

 

 

それまでマカロンなんて、今世で生まれてこの方、食べれなかったのは、事実だ。

 

素晴らしい!その時の私は、猛烈に感動した。

 

転生してから、一度も目にしなかった洋菓子が、今、目の前にある!!

 

 

一口食べると、豊潤な甘味は舌を包み、オレを幸福へと導いた。一つ食べれば、もう一つ食べたくなるのが人の心。オレの心は、マカロンの虜になっていた。

 

 

 

と言った具合で。

なんと卑しいことだろうか。

オレは、洋菓子と紅茶目当てに、女子中学生の家に入り浸るようになったのだ。

 

 

言っておくが、オレは普通に成人男性としての自我を維持している。その上で、女子中学生の温情をアテにして、家に通い始めたのだ。

 

 

こんな情け無いTS成人男性がこの世に居るのだろうか?

 

 

恥を知れ恥を。

 

 

 

 

そんな具合で、異常者に片足突っ込んでるオレとふみちゃんは共に、沙織ちゃんの家に通っていた。それも、数年前の話。沙織ちゃんの母のヤバい言動が癪に障った村人たちによって、彼女の家庭は村八分に遭い、引っ越すこととなった。

 

……村八分について、オレは何も出来なかった。沙織ちゃんの母の言動はオレから見ても、目に余るものだったし、村八分の理由から見ても、明らかだったし。

 

 

しかし、交友のある少女を見捨てるのは、流石に成人男性として見逃せない。

「沙織ちゃんを庇うことさえ出来れば」「今こそ、マカロンと紅茶の礼を返す時だ」と勇み足を踏んだが、悲しいかな、効果は皆無であった。

それもそうだ。小学生のガキンチョの言うことなんて、大人たちは本気にしない。

 

 

しかし。

異端を庇うような言動は、周りのヘイトを自身に向ける行為だ。その時オレは相手にされなかった。けど、沙織ちゃんを庇う言動を続けていれば、いつかはオレにヘイトが向く可能性があった。

オレはそれでも良かった。

 

背伸びして、お姉さんとして振る舞い、オレたちを出迎えてくれた女の子の助けになれれば、それで良かったのだ。

 

しかし、オレにヘイトが向かう前に沙織ちゃんは、オレに庇う言動をやめさせた。

彼女は、オレに被害が行かないよう、オレを慮ったのだ。

 

 

情けない。結局の所、オレは何も成す事が出来ず、逆に、背伸びした中学生の女の子一人に、助けられたのだ。

 

 

一人で全てを、どうにか出来るわけじゃない。

呪術が上達した。出来ることが増え、強くなった。戦闘になっても、力量差を見誤ることは無い。冷静に実力だって発揮できる。

 

 

だが、身に付けた力を使う事も出来ない、力を振っても解決できない問題に対処することは、結局のところ、出来なかった。

 

 

個人の腕力で解決出来ない問題がある。

 

そんなコトがこの世の中にはありふれていることを、この事件はオレに、再認識させた。

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