婆ちゃんの地雷は、どうやらオレの気にしてた地雷でもあったらしい。婆ちゃんの突き出した拳を掴みはしたが、オレは婆ちゃんに、反撃をしなかった。
オレも反撃をしなかったし、婆ちゃんは追撃をしなかった。呪術師同士で喧嘩がエスカレートすれば、呪力を用いた殴り合いに成りかねない。そうなれば、両者ともタダでは済まなくなる。売り言葉に、買い言葉。
カチンと来たオレと地雷を踏まれた婆ちゃんであるが、両者とも理性が辛うじて残っていた。
故に、暴力を伴った喧嘩にはならなかった。
原作の釘崎野薔薇よりも、早いタイミングで、東京に行ける、とオレは驕っていた。
その結果、婆ちゃんとの交渉の決裂。
揉めずに済む、と思ったオレの目論見は、オレが自ら放った言葉によって完全に藻屑と化したのであった。
上京に、祖母の力は借りられなかった。
それ故に─────
「や、君が釘崎野薔薇だね」
白髪長身の男が、目の前に一人。
百九十を超える身長に、白髪グラサン。
田舎では絶対に見ることが出来ない出立である。オレの居た村でコレの奇異さに並ぶ存在を無理やり挙げるとすれば、呪霊くらいだ。
ただ、その容姿にオレの眼は惹かれなかった。
オレの関心を吸い込んだのは、彼の立ち姿。
正確に言えば、彼の「立つ」という身体アクションの練度だ。彼は自然体だ。別に、一目見て感嘆されるような曲芸をしているわけではない。されど、オレの眼は離せなかった。
身体を支える大腿四頭筋、大臀筋、腹筋群、背筋群。巧くコントロールされた、全身の筋肉。
人は、意識的に筋肉の繊維を動かしているワケではない。筋肉繊維を動かすのに、それら全てに意思を乗せることが出来ない。故に、身体は無意識で操作される。そして、無意識の身体動作には、その人物が積み重ねた経験が剥き出しになる。これは、立ち姿一つであっても、その者の積み重ねが、明瞭であることを意味する。
以上の事を踏まえた上で言おう。
この男の肉体には、芸術的なまでに磨き上げた、純粋な暴力が刻み込まれていた。
呪術師の以前に、戦闘者として完成された肉体。センスに裏付けられた、身体操作能力。
彼の姿形を見ただけで、オレの本能は生物として
オレには無い、純粋な戦闘者として窮まった肉体。だが、彼は一介の武人ではない。彼の主戦場は、肉弾戦ではない。呪術戦だ。
彼は、規格外の無下限使い。現代最強の呪術師。
五条悟がオレの目の前にいた。
「どうも、初めまして。釘崎です」
「うんうん。言わなくてもわかると思うけど、僕が五条悟だ。東京都立呪術高等専門学校にようこそ。話は伊地知から聞いてるよ。ははっ。あいつ、渋い顔してたなー。君と話してる時も、顔ショボショボだったんじゃない?ウケるよね。───なんせ、家出少女が自ら身売りに来たんだから」
伊地知さん、すみません……。
そうである。オレは、原作の伏黒甚爾が伏黒恵にしたことを、自分自身で実践したのだ。
身売りである。
婆ちゃんと決裂したオレは、最早東京に行く手段が無くなってしまった。……いや、方法を選ばなければ、可能な方法はあるだろう。自らの足とヒッチハイクを利用して行くとか。
だが、東京に着いたらどうする。中学……は行かずに、都会でサバイバルするにしても。衣食住はどうするんだ、という話。
特殊な事情を抜けば、オレは田舎から抜け出してきた家出少女である。そんなヤツが見知らぬ土地で生きていく方法なんて、非合法的手段以外何があると言うのだろうか。
高専に入れる頃には、呪詛師認定される未来もあるかもしれない。
そこでだ。
衣食住、…まぁ、経歴として学校にも通う手段を秩序に反さない範囲で、手に入れたかった。
呪術廻戦作中でも、五条悟の我儘によって救われた術師たちが多くいるとイノタクによって言及されていた。それに、五条悟は、「強けりゃいいじゃん」という所感で、界隈の謗りを受ける強者などを拾っていたのだ。
オレも、その一人になろうと言う魂胆である。
自身が将来五条派、改革派の戦力になることを条件に援助を彼に申し付けたのだ。
しかし、この手法にはリスクがあった。
それは、成功の可否は、自身の才覚に掛かっている点だ。
もし、五条悟にとって「強く聡い仲間」の原石として、お眼鏡にかなわない場合。
「家出少女の戯言に関わる暇なんてない」と言った具合で、お家に強制送還されるなんてこともあり得るわけだ。実際に、そうならない事を祈る。
「さて────実際に見てみるか」
五条悟が、サングラスに指を掛ける。
五条悟を最強たらしめる一つ。
六眼が顕になる。
"最強"が、オレを値踏みする。
「ん。……いいね。君、まだ小学生だろ。君くらいの年齢で、そこまで巧く呪力を使えるヤツが居るなんてね」
"まぁ、同い年の僕の方が巧かったけど"、と言葉付け加えた。当たり前だろ。六眼持ちに呪力操作で競って勝てるやつがいるもんか。
「あー。呪力の量・出力は呪力操作技量に比べたら、可愛らしい感じね。───まぁ、そこは愛嬌ってことで」
「術式は……ここまでいってんのか。結界術もイケる感じ。はっ、
変態とか言うな。成人男性が女子小学生に対してそんなこと言ったらコンプラ違反だぞ。
実際は、女子小学生の中身も成人男性だから、何の問題も無いのだが。
サングラスを下ろし親指を立てる。
「グッド、グッド。はい、オッケー。うん。決まりだね。───合格だ。これからの君の面倒は、
ほっ、と一息をつく。良かった。呪力量・出力について言及した時、いきなりトーンが下がったからちょっと怖かったぞ。
「僕の庇護、高専の援助、時になったら高専進学を君、野薔薇に約束するよ。
そして、そして〜!
────キミ、
よっしゃぁ!目論見が達成した!
……婆ちゃんのことは置いとくが。
かなり理想的な着地をすることが出来ただろう。
「……ありがとう。恩に着ます。断られてたら、どうなってたことか。────と、言うワケで、つまらないものをどうぞ」
荷物のバックから、箱を取り出し、五条に渡した。
「お、これは」
「1933年創業の老舗和菓子店、三陸菓匠さいとうの『かもめの玉子』です。盛岡のお土産でいっっち番美味いことを保証しますよ」
「ほー。和菓子だね。野薔薇、僕が甘党なの知ってた?」
「まぁ、一応は。門前払いをされてたら、コレで情けを貰うつもりで用意しました。献上品兼賄賂です。それでも拒否られたら、目の前で食べ始めてやろうと思ってましたが」
「はっ」
「オレも甘いものが好物なんで。そんなオレのオススメの一品です。単純に美味い。しっとりとした黄味餡が、カステラ生地とホワイトチョコで包まれてて、素材のコクと風味が最高なんです。でも、ただ美味いだけじゃない。それはですね」
「おっコレ卵なの?」
うわ。
「渡した側から、既に土産菓子を開封してやがってる………はい、そうなんですよ。でもそれだけじゃなくて──」
「おっ、中身が黄身になってる〜。面白〜。モノホンの卵じゃーん」
「…………はい、カステラ生地が黄身になってるんです」
食うの早ぇよ。ガキンチョか、アンタは。
原作中で、五条が生徒から雑に扱われる理由が分かった気がする。というか、分かった。
まぁ、五条悟の庇護を受けるという最大の目的は達成したのだ。しかし。
あと、欲を言えば、もう一つ。
「───五条、先生。一つ、お願いがあります」
「ングング。ふぅ。どうしたの?」
「呪術の最奥。五条さんの、領域展開。それを見せてくれませんか?」
「────へぇ」
オレが未だに目にしたことの無い呪術、領域展開。高専に来たのは、目の前の男による必中・必殺のソレを見る、という企みだ。
「いいよ。でも、あ。───そうだ、一つ条件がある。それを出来れば、見せて上げてもいいよ」
ニヤリ。
何を思いついたのだろうか。
五条悟の不敵な笑みに、オレは不安を感じた。