評価、感想、誤字報告をしてくれる方々には頭が上がりませんね…
応援、本当にありがとうございます。
窓の外をふと見た時、傘を片手に歩く人達が多くなった。街路では、青紫の美しい色彩に目を引かれる。湿り気の多さに、気が萎むことを覚えることが多くなった。ジメジメと雨の降る季節、梅雨である。現在の暦は、世間で言われるところの、初夏に入り始めていた。
さて。
この住居に来てから、幾許かの時間が経った。真っ新だった部屋は、既にオレの私物で彩られている。ここでの生活に、オレは少しずつ順応し始めていた。
転校の手続きも終わり、現在オレはさいたま市の小学校に通っている。
婆ちゃんとの決裂から、高専での生活を経て、この住居に移り住むことになったオレであるが、その間オレは学校に通っていない。
東北の田舎の方では、呪霊退治のために、学校を欠席することは少なくなかった。だが、長期で学校を休む、なんてことは今まで体験したことのない事であった。初めてである。
婆ちゃんとの言い争いが、まさかこんな長期欠席に繋がるとは。
本来なら、中学生になるのを機に上京しようとする計画だったのだ。まさか一年前倒しに早まってしまうなんて、オレも流石に予想できなかった。
なんせ、婆ちゃんはオレの考えに賛成してくれるモノだと思っていたのだから。婆ちゃんと決別するまで、彼女が笑顔で手を振りながら、電車に乗って東京へ行く自分を見送るビジョンを本気で確信していたからな、オレ。
己の思慮の浅さが恨めしい。
あの揉め合いで、東京にもう行けないと悟ったオレは、軽く絶望し掛けてた。
小学生の時点で、こんなトラブルを起こしてしまうだなんて、どうしたものか。下手したら、高専進学すら出来るか怪しくなってしまった。
もはや、一人で勝手に上京して、都会でサバイバルするしか術は残されてないのか…?
そんな時、五条の下に駆け込むという方策が閃いたのだった。思い立ったが吉日である。
この案が閃いた後、すぐに高専に連絡し、揉め合った次の日に、学校をサボって高専まで移動。正直、なんとかなれ!!と完全にライブ感で動いていた。
一か八かの賭けであったが、うまく成功した。結果オーライである。
しかし。上手く田舎からは抜け出せたはいいものの、小学校を、1〜2週間無断で休むこととなってしまった。
ただでさえ小さい学校の、少ない生徒の一人がいきなり無断で休み始めたのだ。教師陣も、生徒たちも、誰だって心配する。
婆ちゃん家に連絡をしたり、実際に訪れた人も居たという。しかし、婆ちゃんとオレは今、気まずい関係。婆ちゃんは、オレのことについて全く答えなかったらしい。
というわけで、ふみちゃんを始めた友人(オレとトイレで鉢合わせしたあの男子生徒含め)、教師を余計心配させてしまっていたのだ。
田舎に残した人達のことについて、思い当たったのは、新居に入って生活を始めようとした頃であった。それまでは、色々なゴタゴタがあって、彼らのことまで頭を回せなかったのだ。
なにせ、ここで触れるモノは、全てあの田舎では見る事の出来ない代物ばかりであった。それにオレの全ての意識が向いてしまっていたのだ。
心配してくれてたのに、申し訳ない。
思い当たってすぐ、家にいるであろう放課後の時間帯に、ふみちゃんの家に電話を掛けた。
電話に出たふみちゃんは、オレの声に、大層驚いていた様子であった。ふみちゃんは、オレを心配していたことを話していた。そしてオレは受話器越しに、連絡出来なかったことの謝罪、自身の無事の報告と、今東京に居ること、そして、これから東京に転校することを話した。
また、オレが話した内容を皆に伝える事を頼んだ。
もちろん、呪いについての話はしなかったが。
電話をしてた際、オレは、自身の話していた内容を、まるで他人事のように聞いていた。
オレの話は、自分の現状についての連絡だ。
自身の境遇についての話であり、他人事では全く無い。
会話を終え、受話器を置く。
さっきまで、田舎のふみちゃんまで繋がった通信が切れる。それで漸く、自分が田舎から離れた場所に居る実感が胸の内側から溢れて来た。
これから、作中本編の時系列になるまで、三年以上の時間が必要になる。本編が始まったとしても、異物と化したオレ、「釘崎野薔薇」がこれからどのような行動をするかで、未来は変わるだろう。もしかしたら、原作よりも早く事件が収束するかもしれないし、最悪、事件が深刻化することもあり得る。
早く解決するか、長引くか。はたまた、道半ばで死ぬか。どちらにせよ、ここでオレは長い時間を過ごし高専に通う。卒業する頃には、「釘崎野薔薇」としても、成人している事になる。
しばらく、または、下手したら。
あの田舎に戻る事は、もう無いかもしれない。
あそこへの感慨自体は存在する。なんせ、自我に目覚め、五年以上あちらで生活していたのだ。思う所が全く無いだなんて、嘘だ。
今世で生まれた地から離れ、見知らぬ地にやって来た。不安はある。
されど、コレがオレのやりたいことだ。
カタチのない感傷が、動機と欲によって飛び越えられる。
さて、過去にさよならを告げる
ここからは、現在に目を向けることとしよう。
現在、オレの目の前では、色とりどりの布が窓の中で舞っていた。濡れた布たちは、みるみるその湿り気を吹き飛ばしている。
そう、オレの目の前のコレは洗濯機である。
オレは、衣類を洗濯するためにコインランドリーに訪れていた。
今の季節は、初夏。梅雨が真っ盛りの時期になってしまった。毎日が雨という陰鬱な日々が続いている上、そのせいで外で洗濯物を干すという行為が困難な状況になっている。
高専の援助金は貰っているものの、それは有限だ。無駄遣いするものでは無い。もし、五条がオレに任務を斡旋してくれたら、その分の報酬を得ることが出来るかもしれない。しかし、今のオレには、声が掛かってこなかった。
呪術師の繁忙期は、初夏からである。
呪術界は、年中人手不足。特に繁忙期となれば、猫の手も借りたいだろう。オレにも声が掛かってくるのも、そう遠く無いはずだ。
呪術師の金払いは悪くない。命を賭けて呪霊と戦っているのだ。ただでさえ、危険で過酷な仕事だ。その上で金払いも悪かったとしたら、呪術界は呪詛師で溢れてしまってることだろう。
だが、それはそれとして無駄遣いは良くない。
大型の電化製品は、高価だ。
ドラム式洗濯機を購入するとなると、いきなりの出費により、財布に打撃を受けることとなる。それ故に、オレは安めな全自動洗濯機をチョイスした。だが、この洗濯機は、ドラム式とは異なり、乾燥機としての能力は貧弱である。しかし、今の時期は梅雨。満足に洗濯物を干すことも出来やしない。
そう言うワケで、オレは家で洗濯した衣類をコインランドリーに持ち込み、乾燥を掛けているのである。
ドラム式洗濯機ではなく、乾燥機能の付いてない洗濯機を選んだのには、もう一つ理由がある。
それは、我が住まいからコインランドリーが、かなりの近場にあるためだ。
「いやはや。津美紀ちゃん、ココ教えてくれてありがとね。お陰でオレは大助かりだ」
「そんな〜、大袈裟だよ。それにお隣さんだもの。困った時はお互い様だよ」
オレの隣に座っているのは、伏黒津美紀。伏黒恵の、義理の姉である。彼女は、オレと同伴して、このコインランドリーに来ていた。
「そうかな。確かに、お互い様かもね。でも、津美紀ちゃんは、コインランドリーだけじゃなくて、近場のスーパーについても教えてくれたんだ。大助かりなのは、大袈裟でもなんでもないさ」
オレは、ここら辺の土地勘が全く無い。
埼玉県自体、前世含め、来た経験が少ないのもあるが、ここら辺の土地の名称は全く聞いた事がない。もしかしたら、呪術廻戦作中のみに登場する、架空の土地なのかもしれない。
そんなオレに、お隣に住んでいた津美紀ちゃんは、世話を焼いてくれていた。
ここら辺の土地柄、お店の場所、ゴミの出し方などなど。ここで住む上で知るべき事は、彼女が大体教えてくれたのである。
なんと有難いことだろうか。
確か、伏黒家の家事は殆ど津美紀が担ってたんだっけか。それもあってか、彼女はオレにここで暮らす術を教えてくれた。
彼女には感謝し切れない。
津美紀様、様々である。
甲斐甲斐しくオレに接してくれることもあって、彼女とオレの関係は悪く無い。
世話焼きなお姉さんが嫌いなヤツなぞ、この世には殆ど居ないだろう。
オレは好感を持って彼女に接している。
これからも付き合いが続いていくのは、大歓迎だ。
伏黒津美紀とは、仲良くなれたと言ってもいい。しかし、問題は……
「そういえば、野薔薇ちゃん、恵とはどう?恵、クラスで浮いてたりしない?」
うぐ。
「……ちょっとまだ……ね。えーと、その、ですね」
「あー……野薔薇ちゃん相手でも、まだそんな感じなのね。でも、気を悪くしないで欲しいの。ほら、恵ってあんま人に懐かないから」
フォローされてしまった。
そうである。こちらの生活が始まって、早一ヶ月が経とうとしているが、未だに伏黒の警戒は解けていない。
ただでさえ、呪術師関連の存在は彼にとって煙たい存在なのだ。その上で、さらに彼と交友を結ぶのを妨害しているのが、
"領域のことなんだけど、恵と仲良くなったら教えてあげるよ。逆に言えば、それまではお預けってことで"
そんなことを本人の目の前で言ったら、オレが彼にコミュニケーションを取ろうとする一挙手一投足が、全て打算にしか感じられないはずだ。
なんでお前そのことを伏黒の前で言ったの?
馬鹿なのか?アホなのか?両方か?
伏黒は、小学一年生の頃から五条に面倒を見られている。彼の任務に連れてかれたことも、少なく無い。故に、呪術についての知識はあるはずだ。もちろん、領域展開が高等な呪術であること、出来る術師が希少なことも理解しているはず。
その上で、滅多に見れない領域展開を見たいと頼みこんでるヤツの必死さは間違いなく想像出来るだろう。
そのためなら、ソイツはなんだってやるのではないか。そして、実際に、言われた通りに彼と仲良くなろうとするヤツがいた。
オレである。
コレまずいんじゃないか?
伏黒と仲良くしない限り、領域展開は見せてもらえない。伏黒当人が仲良くなる気は更々なさそうだと言うのに。
さて、どうしたものか。