澄み渡る青空から、心地よい太陽の光が差し込むアビドス生徒会室。
私は窓から見えるアビドスの校舎を眺めながら、これまでの出来事を思い返していた。
どこもかしこも砂まみれの、すっかり古びてしまった校舎。生徒の数も、今では数えるほどしかいない。
……それでも、私にとって、ううん。私たちにとって、ここは大切な思い出がたくさん詰まった、かけがえのない居場所だ。
そんな場所を、私は何があっても絶対に守ってみせる。
手に持った手帳を見つめながら、私はアビドスの生徒会長、月宮ヨルハとして、改めてそう決意した。
そう。これは私自身の決意であり、大好きな先輩と交わした約束でもある。
あの優しい先輩から託された以上、諦めるわけにも、逃げるわけにもいかない。
必ずアビドスを復興させる。
それに、私は一人じゃない。
大切な友人たちに、頼りになる後輩たち。私には一緒に頑張ってくれる仲間がいる。
みんなと一緒なら、できないことなんてあるはずがない。
みんなとなら、いつの日かきっと……。
私は窓の外から目を離し、気合を入れるように声を上げた。
「よしっ!」
今日もきっと、いい一日になるはずだ!
「だから! あれは勝手に突っ込んでいったホシノが悪いんだろうが! いつもいつも考えなしに突撃しては弾をばらまきやがって! 弾代がどれだけかかってると思ってるんだ!!」
「だからって、味方に向かって撃ちますか、普通!? それに、言わせておけば好き勝手言って! そもそも弾代に関しては、ライフル弾のほうが高いじゃないですか! 必要もない場面にまで出てきて戦闘して、弾を消費して! どっちが考えなしなんですか!!」
「「ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!」」
………………きっと、いい一日になるよね。
私は目の前で、もう一時間近く言い争っている二人の親友を眺めながら、どこか祈るような気持ちでそう思った。
アビドス高等学校。
キヴォトスでもっとも長い歴史を誇り、かつてはキヴォトス最大の学園として名を馳せていた学校だ。
しかし、数十年前のある時期から大規模な砂嵐が頻発するようになり、学区内の至るところが砂に埋もれてしまった。
さらに、砂漠化への対策に多額の資金を投入したものの、目立った成果は得られず、それどころか借金ばかりが膨らんでいった。
やがて、状況が好転する見込みはないと絶望した生徒たちが転校や退学を選び、アビドスは徐々に衰退していった。
そんな学校に私が入学したのは、今から二年前。ちょうど高校生になった頃のことだった。
周りの人たちからは、「やめておいたほうがいい」「別の学校に通うべきだ」と散々止められた。
私だって、普通に考えればそうするべきだったと思う。
だけど、私はどうしてもアビドスを離れたくなかった。
たとえ砂に埋もれてしまっていても、ここは私が生まれ育った大切な場所だったから。
……だから私は、アビドス高等学校への入学を決めたんだ。
そして、入学した私には、一人の先輩と二人の同級生ができた。
先輩の名前は、梔子ユメ先輩。
当時のアビドス生徒会長で、ちょっとドジなところはあるけれど、とっても優しくて頼りになる素敵な先輩だ。
私も、本当にたくさんお世話になったなぁ。
同級生の一人は、小鳥遊ホシノちゃん。
ピンク色のショートヘアが特徴の女の子だ。
背が小さいから、初めて会ったときは同い年だと思えなくて、びっくりしちゃった。
でも、見た目に反してとっても強いし、何事にも真面目に取り組む頑張り屋さんだ。
……まあ、ユメ先輩と一緒によく怒られていたけどね。
そして、もう一人はユメ先輩の妹である梔子ヒトミちゃん。
ユメ先輩と同じ緑色の髪をポニーテールにした女の子だ。
ヒトミちゃんと初めて会ったのは、入学して少し経ってからだった。
突然、生徒会室にやってきたと思ったら、開口一番に、
「お姉ちゃんは渡さないから!!」
なんて言って、私のことを睨みつけてきたんだ。
あのときは本当にびっくりしたよ……。
でも、実際に話してみれば、ただお姉ちゃん――ユメ先輩のことを大切に思っているだけだって、すぐに分かった。
それに、ヒトミちゃんは周りのことをよく見てくれているし、おいしいお店もたくさん知っている。
初めてみんなで行ったラーメン屋さんも、おいしかったなぁ。
そんな当時の新入生だった私たち三人は、生徒会に入ることになった。
といっても、三人そろって一度に入ったわけじゃない。
最初に私が入って、そのあとにホシノちゃん、さらにそのあとにヒトミちゃんが入ってきた、という順番だった。
でも、そんなことは気にならないくらい嬉しかった。
特に、二人が生徒会に入ってきたときなんて、これをきっかけにもっと仲良くなれると思って、当時の私は大はしゃぎ!
ユメ先輩も仲間が増えたことに感激して、私と一緒にはしゃいでいたっけ。
こうして、私たち四人のアビドス生徒会が動き始めたんだけど……。
うん。今になって振り返ってみると、大変なことだらけだったよ。
アビドス復興のために署名活動をしても、なかなか名前を書いてくれる人はいない。
それどころか、変ないちゃもんをつけられた挙げ句、アビドスを根城にしている不良生徒たちに襲われちゃったこともあった。
まあ、そのときはホシノちゃんとヒトミちゃんが、あっという間に相手をボコボコにしてくれたんだけど。
ほかにも、ユメ先輩が「いっぱいお金を稼げるよ!」と言ってきたから、すごい話だと思って二人で意気揚々と向かったアルバイト先が、とんでもなく真っ黒な会社だったこともある。
どうやらユメ先輩は騙されていたみたいで、危うく地下労働に身売りされるところだった。
……うん。あれは本当に危なかった。
もちろん、そのときもホシノちゃんとヒトミちゃんが助けてくれたよ。
ほかには……あっ、みんなで宝探しにも行ったっけ!
あのときは珍しくホシノちゃんが乗り気で、すっごく可愛かったなぁ。
瞳をキラキラさせて、一番張り切っていたんだよ。
本人は絶対に認めたがらないけど、あれは間違いなく一番楽しんでいた!
だって、あんな笑顔のホシノちゃんを見たのは、あのときが初めてだったんだもん!
もちろん、私もとっても楽しかった。
お宝が見つからなかったのは残念だったけど、みんなで一緒に取り組んだこと自体が、いい思い出になった。
……ただ、今になって思い返すと、砂漠の真ん中でスクール水着姿の女子高校生たちが一生懸命穴を掘っている光景って、なかなかすごいものがあるよね。
絵面として大丈夫だったのかな……。
なんだか軽くホラーのような気もするけど、まあ、誰にも見られていないからセーフだよね!
ああっ、そうそう!
みんなでラーメン屋さんにも行ったんだ。
柴関ラーメンっていうお店なんだけど、これがもう、すっごくおいしいの!
あのときは、新入生が全員そろって生徒会に入ったお祝いも兼ねて、親睦会をしようってことになったんだ。
それで、嫌がるホシノちゃんとヒトミちゃんをユメ先輩と一緒に引っ張って、半ば無理やり連れていったんだよね。
でも、二人ともとってもおいしそうに食べていたから、結果オーライ!
特にヒトミちゃんなんて、よっぽど気に入ったのか、あれから週四回以上のペースで通っているってユメ先輩から聞いたよ。
大将もいい人だし、本当にあのお店を見つけられてよかったなぁ。
……と、まあ、こんな具合に大変なことはたくさんあったけど、それでも私は、とっても楽しい学生生活を送っていたんだ。
そして一年後。
新しくノノミちゃんとシロコちゃんが入学してきてくれたときは、私もついに先輩かぁ~、なんて思って、張り切っちゃったよ。
まあ、張り切りすぎて少し空回りしちゃって、ホシノちゃんとヒトミちゃんには呆れられたけど……。
でも、それくらい嬉しかったんだから、しょうがないよね!
ユメ先輩からも「やる気があって偉い!」って褒めてもらえたし。
……ああ、でも、そのあとのヒトミちゃんのぐりぐり攻撃とホシノちゃんのお説教は怖かったなぁ。
次からは、もう少し落ち着こう……。
まあ、それはさておき。
こうして二人が加わり、六人になった私たちは、力を合わせてアビドスのために活動していくことになった。
……ところが、予想以上に二人とも個性的だったんだ。
まず、ノノミちゃん。
とっても真面目で優しい子なんだけど……金銭感覚がおかしい。
何でもかんでも、そのキラキラしたカードで解決しようとしちゃダメだよ!
今食べているのは普通のラーメンだからね!?
そんな大金を払わなくてもいいんだってば!
それに、あんなに大量のトレーニング器具を買って、いったいどうするつもりなの!?
生徒会室に持ってこられても、置く場所がないよぉ~!
いやぁ……あのときは、さすがネフティスグループのお嬢様だなぁ、って思ったよ。
本人はそのことを気にしているみたいだから、口には出さなかったけどね。
まあ、ノノミちゃんはまだいいんだ。
問題は……シロコちゃん!
シロコちゃんは、私とホシノちゃんがアビドス学区内の治安維持活動をしていたとき、突然襲いかかってきた子なんだ。
そのときは私がなんとか取り押さえたんだけど、ボロボロの服を着て、やせ細っている姿を見てびっくりしちゃってね。
結局、そのままアビドス校に連れて帰ったんだ。
いくら襲ってきた相手とはいえ、あんな状態の子を放っておくわけにはいかなかったから。
それに、あまりにも寒そうな格好をしていたから、ホシノちゃんが自分のマフラーを巻いてあげて、私は羽織っていたパーカーを着せてあげたんだ。
……やっぱり、ホシノちゃんって優しいなぁ。
で、問題はそのあと。
シロコちゃんは、自分の名前以外、何も覚えていなかったらしい。
だから、そのままアビドス校に入学してもらったんだけど……。
なぜか、やたらと私やホシノちゃん、さらにはヒトミちゃんにまで勝負を挑んでくるんだよね。
いや、勝負を挑んでくるだけなら、まだいいほうだった。
以前なんて、トラップを仕掛けて、問答無用で襲いかかってきたこともあったんだから!
しかも、運悪くユメ先輩がそのトラップに引っかかっちゃって……。
あのときは、ブチギレたヒトミちゃんを止めるのが本当に大変だったなぁ……。
そのほかにも、アビドスの借金を返そうとして、他人のトラックを盗んでくるなんていう、とんでもないことをやらかしたこともある。
そのたびに、私とユメ先輩で頭を下げに行ったんだよ……。
まあ、それから私たちで、シロコちゃんに「やっちゃダメなこと」とか、最低限の常識を教えていったおかげで、今ではずいぶんおとなしくなった。
……うん。おとなしくなった、はず。
たぶんね。
そして、さらに一年が経った。
私も高校三年生。ついに最高学年になってしまった。
ユメ先輩は前年に卒業し、アビドスを去っていった。
ホシノちゃんとヒトミちゃんも寂しそうにしていたし、ノノミちゃんとシロコちゃんも悲しそうだった。
そして、ユメ先輩自身も……。
私だって、とっても寂しかったし、悲しかった。
だけど……涙は我慢することにしたんだ。
せっかくの卒業なんだもん。
どうせなら、笑顔で送り出してあげたかったから。
ユメ先輩の新しい門出を笑顔で祝いたかった。
そして何より、ユメ先輩が何の心配もなく、私たちにアビドスを託せるようにしたかったんだ。
結果は大成功!
……って言いたいところだけど、最後の最後で我慢できずに泣いちゃった。
あとでヒトミちゃんから散々からかわれたよ……。
だって、本当に大好きな先輩だったんだもん。
しょうがないよね。
結局、ユメ先輩の卒業式は、私とユメ先輩、二人の泣き声が響き渡る式になっちゃった。
……まあ、最後には涙を流しながらも笑ってくれていたから、良しとしよう!
そんなこんなで卒業式が無事に終わったあと。
ノノミちゃんの「最後にパーティーをしましょう!」という提案にみんなが賛成し、教室の一つを飾りつけることになった。
みんなが準備に取りかかるなか、私はユメ先輩に呼び出され、生徒会室の前までやってきていた。
扉の小窓から室内を覗いてみると、そこには呼び出した本人であるユメ先輩が立っていた。
いつも通りの笑顔……いや、いつもより少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべながら、生徒会長席をそっと撫でている。
その姿を見て、私はなんとなく緊張してしまった。
いつもと違う雰囲気を感じながら、ゆっくりと扉を開けて中に入る。
扉の開く音で私が来たことに気づいたのか、ユメ先輩は私に視線を向けた。
そして、先ほどと同じような笑顔を浮かべて、話しかけてきた。
私は、その日の出来事を決して忘れることはないだろう。
「ヨルハちゃん。あのね…………」
…………あのとき何があったのか。
簡単に説明すると、私はアビドスの生徒会長になった。
正直、びっくりしたよ!
だって、ホシノちゃんでもヒトミちゃんでもなく、私がだよ!?
何かの間違いか、それとも少し早めのエイプリルフールの冗談かと思っちゃった。
でも、ユメ先輩の表情を見て、すぐに分かった。
本気で言っているんだって。
そして、ユメ先輩がどれほどの想いを込めて、この役目を託してくれたのかも。
だからこそ、私もその想いにきちんと応えようと思ったんだ。
だって、私はアビドスが……みんなと過ごしてきた、このアビドスが、本当に大好きだから。
ユメ先輩。
ありがとうございます。
私たちに大切なことを教えてくれて。
私たちのことを、誰よりも大切に思ってくれて。
そして、私にアビドスをもっともっと好きにさせてくれて。
……本当に、お疲れ様でした。
これからは、私が。
私たちが、このアビドスを守ってみせます。
ユメ先輩が卒業して、きっと寂しくなるんだろうなぁ……なんて思っていたんだけど。
なんと、新しい新入生が入ってきてくれたんだ!
しかも、二人も!
ツンデレ猫なセリカちゃんと、しっかり者のアヤネちゃん。
頼りになる可愛い後輩たちが加わってくれたおかげで、寂しがっている暇なんてなかった。
もちろん、入学式も盛大にお祝いしたよ!
……ただ、ちょっと張り切りすぎちゃったかもしれないけど。
(さすがにロケットランチャー式の十連花火弾は、ちょっとまずかったかな……)
とまあ、新しい仲間も加わって、借金問題に頭を悩ませながらも、私たちはそれなりに順調な高校生活を送っている。
……だけど、実は私には、ずぅっと悩んでいることが一つだけあるんだ。
それは…………。
「だから、貴方がいつも出しゃばってくるから弾薬費がかさむんですよ! 貴方のスナイパーライフルの弾、一発いくらだと思ってるんですか!!」
「一発も外してないんだからいいだろうが! そっちこそ猪突猛進に突っ込んでいって、弾をばらまいて! そんなんだから、すぐに弾がなくなるんだろうが!!」
「言ってくれますね、このシスコンミドリ!」
「やんのか、チビピンク!!」
「もう! 二人とも落ち着いてよ!!」
私の親友であり、同級生でもあるホシノちゃんとヒトミちゃん。
この二人の仲が、ものすごく悪いことだ。
どれくらい悪いかというと……某有名作品に登場する、茶色いネズミと青いネコくらい、いつもケンカばかりしている。
まさに水と油。犬猿の仲というやつだ。
初めて会ったときから、ずっと言い争いを繰り広げている二人。
しかも、ケンカがエスカレートすると、銃まで持ち出して半分殺し合いのような状況になっちゃうんだ。
おまけに二人とも戦闘能力が高いから、なかなか決着がつかない。
そして、何より後片付けが大変!
以前、ユメ先輩と買い出しに行くために二人を残して出かけたことがあったんだけど……。
帰ってきたら、教室の一つが半壊しているわ、グラウンドは目も当てられないほどボコボコになっているわで、もう大変だった。
……あのときは、本当に苦労したなぁ。
それ以来、私は絶対にホシノちゃんとヒトミちゃんを二人きりにしないよう、気をつけている。
でも、どうしてあんなに仲が悪いんだろう……。
二人とも、私や後輩たちに対しては普通なのに、なぜかお互いのことになると、途端に口が悪くなるんだよね。
以前、一度それとなく聞いてみたことがあるんだけど、二人とも「なんとなく気に食わない」としか言わなかった。
うーん……。
私の見立てでは、二人は絶対に仲良くなれると思うんだけどなぁ。
だって、戦闘中の二人は、とっても息が合っているんだもん!
あれは相当相性がいい証拠だよ!
二人とずっと一緒に戦ってきた私の第六感が、そう告げている!
よーし!
こうなったら、何が何でもホシノちゃんとヒトミちゃんを仲良くさせてみせるぞ!
それこそ、アビドス復興に向けた大きな一歩になるに違いない!
そんな決意を一人で固めていた、そのときだった。
バンッ!
突然、教室の扉が勢いよく開いた。
驚いてそちらを向くと、セリカちゃんが息を切らしながら、扉に手をかけて立っていた。
よっぽど急いでやってきたらしい。
「はあっ……はあっ……ヨルハ先輩、大変! またホシノ先輩とヒトミ先輩が暴れそうなの!」
「ええっ!? また!? さっき止めたばっかりなのに、今度はどうしたの!?」
「お互いの戦闘スタイルを罵り合ってるのよ!」
「想像以上にくだらない理由だった!?」
「いいから早く止めて! 私たちじゃ抑えられな……!」
「わああっ! ホシノ先輩、落ち着いてください! とりあえず、その構えている銃を下ろして! ヒトミ先輩も、身長のことでホシノ先輩を煽らないでください! って、ちょっと、本当に待ってくださ……きゃあああ!!」
「アヤネちゃん!! 大変、すぐに止めないとっ! ヨルハ先輩も早く! 急いで!!」
「セ、セリカちゃん、そんなに引っ張らなくても……! 今行きますから、って、ちょっ、ふぇ~ん! どうしてこうなっちゃうの~~!」
ユメ先輩……。
どうやら、前途多難みたいです。
あのあと、何とか二人を大人しくさせることはできた。
……いや、本当に危なかったよ。
もう少しで、教室の修復だけで今週が終わるところだった。
まあ、こんなことはいつものことなので、すっかり慣れちゃったけどね。
落ち着いたホシノちゃんとヒトミちゃんは、互いにそっぽを向き、目を合わせようともしない。
一方、後輩たちはといえば、もはや見慣れた光景だからなのか、特に気にする様子もなく、楽しそうに会話に花を咲かせている。
かくいう私も、何度も見てきた光景なので、特に気にはしていない。
……まあ、いつものことだしね。
それよりも、今の私には気になることがあった。
この場にいない後輩のことだ。
私たちが今いるのは、かつてアビドスのお祭りなどについて話し合うために使われていた、小さな部屋。
小さいといっても、あくまで普通の教室と比べての話なので、そこそこ広さはある。
そして、この部屋は私にとって、ちょっとした憩いの場でもあった。
私たちは全員、アビドス生徒会の役員だ。
とはいえ、さすがに生徒会室でいつまでもダラダラするわけにもいかない。
だから、普段はこの部屋にみんなで集まって、お菓子を食べたり、お互いの近況を報告したり、最近の流行について話したりしている。
もちろん、ついでにアビドスの借金問題をどうにかできないか、真面目に話し合うこともあるよ!
そんな、いつもならアビドスの生徒会メンバーが全員そろっているはずの部屋に……後輩の一人、シロコちゃんの姿が見当たらなかった。
まだ登校時間前とはいえ、シロコちゃんはいつもなら、とっくに来ているはずなのに。
……何かあったのかな?
私が不安に思っていると、ちょうど部屋の扉が開き、人影が現れた。
シロコちゃん、やっと来たんだ!
そう思い、自分の心配が杞憂だったことに安堵しながら扉のほうへ目を向ける。
そこに立っていたのは……予想通り、シロコちゃんだった。
…………見知らぬ男性を背負った状態で。
え?
ちょっと待って。
どういうこと??
私が混乱の渦に巻き込まれていると、入ってきたシロコちゃんと男性に気づいたほかの後輩たちも、次々と騒ぎ始めた。
「シロコちゃん! こちらの方、拉致してきちゃったんですか!?」
「ま、まさかシロコ先輩! ついに犯罪に手を染めてしまったんですか!?」
「みんな落ち着いて! 問題が発覚する前に、何とかもみ消さないと!!」
…………うん。
みんなの慌てようを見ていたら、少し落ち着いてきたよ。
ありがとう。
……いや、私が言えた義理じゃないけど、事情も分からないうちから、すぐに犯罪だと決めつけるのはどうかと思うよ!?
ホシノちゃんとヒトミちゃんは、黙って成り行きを見守るつもりらしい。
なら、とりあえず私がノノミちゃんたちを落ち着かせて、シロコちゃんから事情を聞くとしよう。
そう考えてシロコちゃんに話しかけようとした、そのとき。
またしても、部屋の扉が開いた。
……えっ、また!?
今日はやけに来客が多いなぁ!
少し驚きながら、シロコちゃんから扉のほうへと視線を移す。
そして、私は目を丸くしたまま固まってしまった。
「ヤッホー!! みんな、元気してる!?」
そこに立っていたのは……。
卒業したはずの、ユメ先輩だった。
しかも、身にまとっているのは見慣れない《白い上着》。
手には、やかんとコップを載せたお盆まで持っている。
「ユメ先ぱ……」
「お姉ちゃん!!」
「ふわっ!?」
私が声をかけるよりも早く、さっきまで座っていたはずのヒトミちゃんが、ユメ先輩に突撃するように抱きついた。
突然抱きつかれたユメ先輩は、驚いて手に持っていたお盆を手放してしまう。
「わわっ!?」
「危ないっ!」
私は慌ててお盆を受け止めた。
どうやら、やかんにはお茶が入っていたらしい。
危なかった……!
床に落とさずに済んでよかったよ!
「ヒトミ、いきなり抱きついたら危ないのよ?」
「だって、久々のお姉ちゃん成分を補給するチャンスなんだもん。こんなチャンス、逃すわけにはいかない」
「アホなこと言ってないで、いい加減ユメ先輩から離れろ、シスコン馬鹿」
「何だと、この猪チビ!」
「あはは! 二人とも、相変わらず仲がいいね!」
「「仲良くない!!!!」」
……うん。
あの二人のことはユメ先輩に任せよう。
私は改めてシロコちゃんから事情を聞くことにした。
三人から視線を外すと、シロコちゃんは、先ほどのやり取りの間に背負っていた男性を椅子に座らせていた。
男性は、どうやら喉が渇いているらしい。
私は持っていたお盆を机の上に置き、コップにお茶を注いで男性に差し出した。
男性はコップを受け取ると、すぐさま勢いよくお茶を飲み始めた。
……よっぽど喉が渇いていたんだね。
「ぷはぁーーー! いやー、助かったよ! ありがとう!」
お茶を飲み干した男性は、笑顔で私にお礼を言ってくれた。
見た目は若く、人当たりのよさそうな表情をしている。
なんだか、とっても優しそうな人だなぁ。
シロコちゃんから、この人がアビドス校に用事があって来たのだと聞いた私は、まだ警戒している後輩たちを下がらせ、男性から事情を聞くことにした。
……本当はユメ先輩のことも気になっているんだけど。
「「わーー!! ぎゃーー!! わーーー!! ぎゃーーー!!」」
……うん。
あっちは、落ち着くまでまだまだ時間がかかりそうだから、ひとまず後回しにしておこう。
「私は連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生だ。よろしくね!」
そう言って、首から下げた身分証を掲げる男性――先生。
「そして私は、先生の補佐を務める連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの秘書、梔子ユメだよ!」
ユメ先輩も、先生の隣で元気よく名乗った。
「「「えええええええっ!!!」」」
私とアヤネちゃん、セリカちゃんの声が、見事に重なった。
まさか、目の前の男性が先生だったなんて!
一方、ノノミちゃんは「わ~、先生だったんですね~」と、いつも通りのんびりした様子。
シロコちゃんに至っては「そうだったんだ」と、さほど驚いていない。
……いやいやいや!
シロコちゃん、連れてくる途中で聞かなかったの!?
驚きのあまり混乱しかけたものの、私は何とか気持ちを落ち着けて、先生の話を最後まで聞くことにした。
どうやら先生は、つい最近キヴォトスにやってきたばかりで、まだ右も左も分からないらしい。
そんな先生の補佐役に立候補したのが、卒業後、連邦生徒会の役員として働いていたユメ先輩だったそうだ。
理由を聞いてみれば、「困っているみたいだったから、放っておけなかったんだよね」とのこと。
……うん。
相変わらずのユメ先輩で、なんだか安心したよ。
そして今回、先生とユメ先輩は、以前からアビドスが出していた支援要請を先生が受理してくれたことを伝えるために、ここへ来てくれたらしい。
もちろん、それだけじゃない。
これからアビドスの復興にも力を貸してくれるというのだ。
それなら、もっと早く連絡をくれてもよかったのに……。
そう思ったんだけど、どうやら先生たち、私たちを驚かせるためにサプライズを計画していたらしい。
……本当に、もう。
この先輩は!
ただし、一つだけ問題があった。
なんと二人そろってアビドスに向かう途中で道に迷い、遭難しかけたらしい。
そして、偶然通りかかったシロコちゃんに助けられたのだとか。
……ユメ先輩。
あなた、アビドスの卒業生ですよね?
これには私も含め、みんなそろって呆れ顔でユメ先輩を見つめてしまった。
ユメ先輩はみんなの視線に気づくと、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、自分の頬をつねっている。
隣の先生は、苦笑いを浮かべていた。
そんな二人を見て、私は思わず笑顔になってしまった。
だって、大好きな先輩が戻ってきてくれたんだ。
しかも、その先輩が「頼りになるよ!」と太鼓判を押す先生まで、アビドスに力を貸してくれるという。
こんなに心強いこと、ほかにないよ!
うん!
きっと今日は、いい一日に……。
ううん。
今日からは、今まで以上にいい日々になるはずだよね!
私は今感じている喜びを親友たちとも分かち合おうと、二人のほうへ視線を向けた。
…………。
そこには、私とは正反対に、先生を睨みつけている親友たちの姿があった。
あっ。
これ、ダメなやつだ……。
ホシノちゃんの顔には、明らかにこう書いてある。
『大人なんて信用できません! きっと何か裏があるに違いないっ!!』
一方のヒトミちゃんからは、こんな雰囲気が漂っていた。
『お姉ちゃんと一緒に仕事してるって!? しかも同じ場所で!? なにそれ、ユルセン!!』
……うん。
これは、まずい!
このままだと二人が銃を持ち出して、せっかく来てくれた先生を脅しかねない!
私は二年間の学生生活で培った勘に従い、二人の手をつかむと、強引に部屋の外へと連れ出した。
「ごめんなさいーー! 少し失礼しますーー!!」
ふえええん!
この先、いったいどうすればいいの~~!
……どうやら、私の学生生活は、これからもまだまだ大変らしい。
トホホ……。