私たちを取り囲むように姿を現したヘルメット団は、手にした銃をこちらへ向けながら、慌ただしく動き回っていた。
周囲を見渡せば、すでに公園の外周は連中によって固められている。逃げ道を探そうにも、どこへ向かおうと戦闘は避けられそうになかった。
「くっ……! どうしてヘルメット団が!? こいつらの拠点は、ちゃんと潰したはずなのに……!」
思わず声を上げるセリカに対して、ヒトミ先輩は周囲の様子を冷静に観察しながら答えた。
「たぶん、こいつらはこの前潰した連中とは別のヘルメット団なんじゃないかな。大方、あたしたちの抵抗が予想以上にしつこかったから、学校を襲うより、直接生徒をさらっちゃった方が手っ取り早い……とでも考えたんでしょ」
「……ああ、大方その通りだ。だが、貴様、よく俺たちの計画が分かったな?」
ヒトミ先輩の言葉に、一人のヘルメット団員が反応した。
よく見ると、そいつだけは他の団員とは明らかに違うヘルメットを被っている。先ほども、周囲の団員たちに指示を飛ばしていたように見えた。
つまり……あいつが、この集団のリーダーというわけだ。
「どこかから情報が漏れていたのか……? あっちの拠点の連中には、襲撃のことは伏せていたはずなんだが」
「別に、大して不思議なことじゃないよ。ただ、うちにいる勘のいい子が、この前襲ってきた連中に違和感を覚えたってだけ」
ヒトミ先輩は、まるで世間話でもするような調子で続ける。
「それに、狙うなら一年生のアヤネかセリカだろうなって思ってたし。その二人なら、比較的明るい時間に帰るアヤネより、バイトのせいで帰りが遅くなるセリカの方が狙いやすい。そう考えれば、予想するのは簡単でしょ?」
「ふっ……なるほどな」
リーダーは一度感心したように頷くと、次の瞬間、口元を歪めた。
「しかし、それが分かっていながら、わざわざ一緒にいるとはな……。随分とお優しい先輩じゃないか。……それとも、自分の実力も分かっていない、ただの馬鹿か?」
そして、嘲るような笑みを浮かべる。
「まあ、あんな廃校寸前の寂れた学校に通ってるんだ。仕方ねえか! あっはっはっはっ!」
「「「「「「あっはっはっはっ!!!」」」」」」
リーダーが笑い出すと、周囲のヘルメット団員たちも一斉に声を上げた。
まるで私たちを見下し、嘲笑うかのように。
……悔しい。
今すぐにでも、目の前のあいつをぶっ飛ばしてやりたい。
でも、駄目だ。
こんなふうに大勢に囲まれている状況で、下手にこちらから仕掛けても、簡単に制圧されてしまうだろう。
何より、こちらは私とヒトミ先輩の二人だけ。
それに対して、向こうは少なくとも二十人以上。単純に考えても、十倍以上の人数差がある。
とてもじゃないけど、まともに相手にできる人数じゃない。
おまけに、榴弾砲らしき武器まで持ち込んでいる。少し離れた場所には、どこから調達してきたのか、戦車のような影まで見えた。
どうやら、向こうは最初から本格的な武装を用意してきたらしい。
それに比べて、私たちが持っているのは、いつも使っている銃だけ。
……正直、まともに戦って勝てるとは思えなかった。
「ふーん……寂れた学校、ねぇ」
そんな私の隣で、ヒトミ先輩が小さく声を漏らした。
「随分と好き勝手言ってくれるけどさ……その寂れた学校一つ、満足に落とすこともできない無能集団って、一体どこの誰だっけ?」
「……あ?」
ヘルメット団の笑い声が、ぴたりと止まった。
代わりに、ヒトミ先輩へ向けられるのは、明らかな苛立ちと殺気のこもった視線。
けれど、そんなものを向けられても、ヒトミ先輩はいつもと変わらない薄い笑みを浮かべていた。
……いや。
よく見ると、いつもより少しだけ苛立っているような気もする。
「あんまり調子に乗るんじゃねえぞ、このカス共が!! てめえら、自分たちが今どういう状況に置かれてるのか、分かってんのか!?」
リーダーが怒鳴りながら、片手を高く掲げる。
ガシャンッ!!
その合図とともに、周囲のヘルメット団員たちが一斉に銃を構え直した。
無数の銃口が、私たち二人を捉える。
「――っ!」
いつ発砲されてもおかしくない。
そんな緊張感に、私は思わず息を呑んだ。
私の反応を見て、リーダーはさらに声を荒らげる。
「こっちは、やろうと思えばいつでもてめえらを蜂の巣にできんだよ!! どうせこの後は砂漠に埋めるつもりだったんだ! 今ここでやっちまったって構わねえんだぞ!!」
――っ!?
やっぱり、こいつら……本気で私たちを殺すつもりなんだ!
どうにかして、この場から逃げないと!
でも、どうやって……!?
必死に頭を働かせる私をよそに、リーダーの言葉は止まらなかった。
「大体なぁ! てめえら、何か勘違いしてんじゃねえのか!?」
リーダーは、私たちを一人ずつ見定めるように視線を向ける。
「俺たちがあの学校を落とせずにいたのは、小鳥遊ホシノとかいう化け物がいたからだ! あの化け物にさえ気をつけりゃ、他は何てことねえ、カス共の集まりなんだよ!」
そして、下卑た笑みを浮かべながら続けた。
「あの、いつもヘラヘラしてる頭の弱そうな生徒会長も! すっとぼけた態度で、いかにもトロそうなお前も!」
その指が、私たちを指し示す。
「何より、今も震えてるだけで何もできねえ、守ってもらってばっかりの、何の役にも立たねえ馬鹿な後輩共もな!! あーっはっはっはっ!!」
……悔しい。
あれだけ好き勝手に言われているのに、何も言い返せない自分が。
何もできずに、ただ立ち尽くしている自分が。
まるで、あいつの言っていることが正しいと、認めてしまっているみたいで……。
今、何もできないという現実が、何よりも悔しかった。
そして……情けなかった。
私は、これ以上ないくらいに拳を強く握り締める。
爪が掌に食い込むほど力を込めても、胸の中に渦巻く悔しさは消えてくれない。
涙が零れそうになる。
……こんな状況じゃないことくらい、分かっている。
あんな奴の言葉なんて気にせず、今はこの場を切り抜ける方法を考えるべきだということも、頭では理解している。
それなのに。
どうしても、さっきの言葉が頭から離れなかった。
――何の役にも立たない、馬鹿な後輩。
「……ヒトミ先輩」
心の中で、思わず先輩の名前を呼ぶ。
やっぱり、私は……。
私が再び自己嫌悪に沈みかけた、そのときだった。
「……ふっ」
隣から、小さな声が聞こえた。
「……くっ、くくっ……」
……え?
「……くっくっくっ……あはっ、あはははっ……!」
ヒトミ先輩が、笑っていた。
あまりにも突然のことに、リーダーも笑うのをやめ、気味悪そうに先輩を見つめる。
「……なんだ、こいつ。いきなり笑い始めやがって……気持ち悪いな」
「……ああ、ごめんごめん。あまりにも馬鹿げた話だったもんでさぁ。一周回って、何だか笑えてきちゃってねぇ」
「はぁ……? てめえ、何を言っ――」
「あのさ」
不意に、ヒトミ先輩の声が変わった。
大きな声を出したわけじゃない。
怒鳴ったわけでもない。
ただ、先ほどまでの気の抜けた調子が、ほんの少しだけ消えていた。
「そっちこそ、ちょっと勘違いしてるみたいだからさ。親切なあたしが、特別に教えてあげるよ」
ヒトミ先輩は、まるで幼い子供に物事を教えるかのように、指を一本立てた。
「まず、一つ目」
その口元には、相変わらず薄い笑みが浮かんでいる。
「さっき、うちの後輩が何の役にも立たないとか、ふざけたことをぬかしてたけどさ……。そんなふうに思ってる時点で、あんたは何も分かってない、ただの馬鹿なんだよ」
「……なんだと?」
「うちの後輩は、みんな揃いも揃って優秀な子たちばっかりさ。本当なら、あたしたちがわざわざ守る必要なんて、これっぽっちもないくらいにね」
ヒトミ先輩は肩をすくめる。
「ただ、あたしたちが先輩風吹かせたいがために、勝手に守ってるような顔をしてるだけ。……何なら、あたしたちの方がよっぽど後輩たちに助けてもらってるんだよ」
「ヒトミ先輩……」
思わず、私は先輩の横顔を見つめた。
先ほどまで、あんなに馬鹿にされていたのに。
ヒトミ先輩は、自分のことよりも先に、私たち後輩のことを語っていた。
まるで、それが当たり前だと言わんばかりに。
「……そして、二つ目」
ヒトミ先輩は、今度は指を二本立てる。
「どうやら、あんたたちは小鳥遊ホシノがアビドス最強だって思ってるみたいだけど……」
一瞬の間。
「……そんなことないから」
「……えっ?」
思わず、声が漏れた。
ヒトミ先輩は、心底呆れたようにため息をつく。
「あんな、真っ直ぐ突っ込むことしか脳のないピンク猪が最強とか、絶対にないから! あいつなんて、ちょっと硬いことしか取り柄のない、ただの戦闘狂じゃん! あんな奴より、あたしの方が何倍も強いっての!」
「いやっ、今そんなこと言ってる場合じゃないから!?」
嘘でしょ!?
こんなときに、そこを気にするの!?
どんだけ対抗心が強いのよ、この人!!
さっきまで真面目に格好いいことを言っていたのに、どうして急にいつもの調子に戻っちゃうの!?
「……おい」
そんな私たちのやり取りに、リーダーが苛立たしげに声を上げた。
「さっきから、訳の分からねえことを、ごちゃごちゃと……! いい加減うるせえんだよ!!」
リーダーは苛立ちを隠そうともせず、周囲の団員たちへ怒鳴りつける。
「もう面倒くせえ! さっさと目的の場所に運んでやる! お前ら、この二人を取り押さえろ!!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
リーダーの指示と同時に、私たちを取り囲んでいたヘルメット団員たちが一斉に駆け出した。
「――っ!」
こうなったら、できる限り応戦して、隙を見て逃げるしかない!
私は覚悟を決め、迫り来る敵を迎え撃とうと身構えた。
その瞬間――。
ドガァァァァァァンッ!!
「「「「ぎゃあああああっ!!!」」」」
突然、背後で凄まじい爆発音が轟いた。
「な、何っ!?」
あまりの衝撃に、私は反射的に振り返る。
立ち込める爆煙。
その周囲には、私たちの背後を固めていたと思われるヘルメット団員たちが、何人も倒れていた。どうやら爆発に巻き込まれ、気を失っているらしい。
「な、何だ!? 一体、何が起きた!?」
リーダーも、他の団員たちも、突然の事態に動揺を隠せず、煙の方へと視線を向けている。
……ただ一人。
ヒトミ先輩だけは、特に驚いた様子もなく、いつもの笑みを浮かべていた。
「……そして、三つ目」
先輩は、ゆっくりと指を三本立てた。
「これで最後だけどさ……」
爆煙の向こうから、複数の足音が聞こえてくる。
一人、二人……いや、もっと多い。
地面を蹴る音が重なり合い、その足音は、まっすぐこちらへ近づいてきた。
ヒトミ先輩は、煙の向こうを見つめながら、静かに言葉を続ける。
「……うちの生徒会長は、ちょっとポンコツで、心配性で、努力家で……」
その声には、先ほどまでのふざけた調子とは違う、確かな温かさがあった。
「…………そして」
煙の中から、いくつもの人影が飛び出してくる。
「とっても仲間想いなんだよ!!」
「セリカちゃん!! ヒトミちゃん!! 二人とも無事!?」
聞き慣れた声が、夜の公園に響き渡った。
「……え?」
煙の向こうから現れた人影を見て、私は目を見開いた。
先頭に立っていたのは、月宮ヨルハ先輩。
その後ろには、生徒会のみんな。そして、ユメ先輩と先生の姿まであった。
「ヨ、ヨルハ先輩!? みんな!? それに、先生まで……!?」
どうして、みんながここに……?
驚きと安堵で、頭がうまく回らない。
けれど、一つだけ分かったことがあった。
私たちは――一人じゃなかったんだ。
「……まったく、遅いよ、ヨルちゃん」
ヒトミ先輩は、やれやれと肩をすくめながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。