ホシノちゃんとヒトミちゃんを連れて、あの部屋から離脱した私は、少し離れた教室に入ると、ほっと息をつきながら、ずっと握っていた二人の手を離した。
何やら二人から抗議するような視線を向けられている気がするけれど、ひとまずそれは無視。私は改めて二人に向き直り、声を上げた。
「もう! 二人ともダメだよ! せっかくアビドスまで来てくれたのに、追い返そうとしちゃ!」
「でも! ヨルちゃん、あいつ、お姉ちゃんと一緒に働いてるって言ってた!! なんて羨ま……いや、妬ましい!!」
「言ってること一緒だよ……ヒトミちゃん」
「そこのシスコンは置いといて、私はあの大人を信用できない」
「ホシノちゃん……」
ホシノちゃんは腕を組み、険しい表情を浮かべていた。
「ヨルハとユメ先輩には悪いけど、何の得もないのに、今のアビドスに手を貸してくれるなんて……そんな話、私はすぐには信じられない」
「それって、ただホシノが疑り深いだけじゃん。やだねぇ、肝っ玉が小さいのは。小さいのは身長だけにしてほしいよ」
「なんだと、この野郎」
「ああ、ごめんごめんw 身長だけじゃなくて、お胸も小さかったね。忘れてたよww」
「〇す」
「わー!! 待って、待ってホシノちゃん! ストーーップ!!」
「ホント、初めて会ったときから何も変わってないよな~w いや、むしろ小さくなってない?w」
「こんのぉ、腐れシスコンっ! その減らず口、今日こそ黙らせてやる!!」
「やめてってば! 二人ともダメだってば!!」
慌てて二人の間に割って入り、片手ずつで押さえながら、これ以上暴走しないように必死になだめる。
……まったく、もう。
このやり取りも、二人と出会ってからいったい何度繰り返したことだろう。
もはや見慣れた光景というか、すっかりお馴染みの光景というか。ここまでくると、止める側の私も慣れたものである。
「どいてヨルハ! そのシスコン、〇せない!」
「ヨルちゃんは下がってて! 今日こそ、そのチビの頭に風穴開けてやる!!」
「…………二人とも」
私は二人を押さえたまま、静かに口を開いた。
「これ以上騒ぐようなら、あとでユメ先輩に言いつけるよ」
スン……。
その一言で、先ほどまで激しくいがみ合っていた二人が、嘘のようにおとなしくなった。
相変わらず、ユメ先輩を怒らせるのは嫌らしい。
…………うん。気持ちはすごく分かるよ。
理由は……聞かないで。
「とにかく、二人の言い分も分かるけどさ。せっかくアビドスまで足を運んでくれたんだし、話くらい聞いてみようよ。信じるかどうかは、そのあとで決めればいいんだから」
「でも、ヨルハ……」
ホシノちゃんは、まだ納得しきれない様子だった。
私はそんな彼女を見つめながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「ホシノちゃんの言いたいことも分かるよ。簡単には信じられないってことも……今まで、いろんなことがあったもんね」
私だって、何も知らないわけじゃない。
信じた結果、裏切られたこともある。期待した分だけ傷ついて、どうしようもなく悔しい思いをしたことだってある。
それでも。
「……でも私は、最初から騙すつもりなんだって決めつけたくないんだ。だから、あの先生のことを、まずは信じてみたい」
「……………………」
ホシノちゃんは口をつぐみ、黙り込んでしまった。
無理もないよね。
今まで、そうやって何度も騙されてきたんだもん。そのたびに、ホシノちゃんやヒトミちゃんには迷惑をかけてしまった。
だからこそ、今のホシノちゃんが簡単に人を信じられないのも、よく分かる。
……それでも、私は信じてみたい。
このまま疑い続けて、何も変わらないまま終わるなんて嫌だから。
私がどう説得しようかと悩んでいると、横からヒトミちゃんが口を挟んできた。
「まあ、いいんじゃない? 話を聞くくらい」
「ヒトミ!?」
「ヒトミちゃん?」
私とホシノちゃんが驚いて振り向くと、当の本人はいつもどおり、あまり深刻に考えていない様子で続けた。
「見た感じ、いい人そうだったし。妬ましいけど、仮にもお姉ちゃんと一緒に働いてる人だもん。少なくとも、今すぐどうこうしようとは思わないよ」
「……ヒトミちゃん」
思わず、ほっとした声が漏れる。
一方、ホシノちゃんは悩ましげに顔を歪めた。
何となくだけど……ホシノちゃんだって、本当は信じてみたいと思っているんじゃないかな。
ただ、今のホシノちゃんはもう、昔みたいに自分のことだけを考えていればいい立場じゃない。
最高学年になって、守らなきゃいけないものが増えた。
アビドスのことも、後輩たちのことも。きっと、私たちが思っている以上に、たくさんのものを背負っているんだと思う。
だからこそ、簡単に人を信じるわけにはいかない。
……だったら、もう一押し!
「大丈夫だよ、ホシノちゃん! もし何か起きても、私が何とかしてみせるから! ヒトミちゃんだっているし、頼れる後輩ちゃんたちだっているんだから! きっと、何とかなるよ!」
「………………はぁ~」
ホシノちゃんは、深いため息をついた。
「いつもながら、頼りない発言ですねぇ……。まあ、どうせ何を言っても聞かないんでしょうし、しょうがないですね」
そう言って、やれやれと肩をすくめる。
「分かりました。あの大人の話、聞くだけ聞いてみましょう」
「やったー! ありがとう、ホシノちゃん!!」
嬉しさのあまり、私はホシノちゃんの両手を握り、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねてしまった。
そんな私を見ても、ホシノちゃんは怒るでもなく、ただ「はいはい」と返すだけ。少し呆れたような、それでいてどこか仕方なさそうな顔をしていた。
「ヒトミちゃんも、ありがとう!」
「いいって、いいって。こういうときのヨルちゃんが譲らないのは知ってたし」
ヒトミちゃんはひらひらと手を振る。
そして、何かを思いついたように、にやりと笑った。
「それに、これでお姉ちゃんと一緒に働いてるとかいうあの男を、じっくりとおど……」
「おど……?」
「……見極められるからね」
「今、脅すって言いかけなかった?」
「気のせい気のせい」
「いや、絶対に言ったでしょ、このシスコン」
「なんだと、このチビ!」
「はい、そこまで!」
また始まりそうになった二人を、私は慌てて制止する。
……まったく、もう。
一瞬、物騒な言葉が聞こえた気もするけれど、きっと気のせいだよね。うん、そういうことにしておこう。
私は聞こえたはずの幻聴を無理やり頭の隅へ追いやると、二人を連れて、みんなの待つ部屋へと戻っていった。
――これで、少しは話が進むといいんだけど。
そう思った、そのときだった。
私たちの耳に、突然、けたたましい銃声が飛び込んできた。
ドガガガガガッ!!
ドガガガガガッ!!
ドガガガガガッ!!
「オラオラァ!! アビドス高校の諸君!! 今日こそ、この学校は私たちカタカタヘルメット団が占拠させてもらうぜ!!」
…………。
………………。
……うん。
どうやら、まだ一波乱ありそうだね。
「ふぇぇん……!」
せっかく、少しは平和的に話が進みそうだったのにぃ……!