……ちくしょう。
今回こそ、上手く説得できると思ってたのに……。
まさか、あんな全力で逃げられるなんて……。
確かに、ちょっとやり過ぎたかな、とは思うよ? でも、あそこまで怖がらなくてもいいじゃん……。別に取って食べたりするわけじゃないのに……はぁ。
せっかくの生徒数増加のチャンスだったのになぁ……。
……まあ、上手くいかなかったものは仕方ない。いつまでも引きずっていてもしょうがないし、切り替えていこう。
私は小さく息を吐き、気持ちを切り替えると、校舎の方へと振り返った。
まずは、みんなの無事を確認しないとね。
後輩のみんなに、ユメ先輩、それから先生……。
うん。見たところ、誰も怪我をしていないみたい。
良かった~~!
せっかくアビドスまで来てくれたのに、いきなり怪我をさせちゃうなんて、そんなこと絶対にあっちゃダメだからね!
校舎の方も……。
……うん!
最初に撃たれた銃弾の痕が少し残っているけど、グラウンドがえぐれたり、校舎が大きく壊れたりした様子はない。これなら、修繕もすぐに済みそうだ。
よかった、よかった!
アビドスも無事。みんなも無事。
……勧誘だけは失敗しちゃったけど、ひとまず今回はこれで良しとしよう!
「……あっ! ホシノちゃん! ヒトミちゃん! 二人ともお疲れ様~~!」
私は、少し離れたところにいる二人を見つけ、ぱたぱたと駆け寄った。
「ああ、ヨルハ。ええ、貴方もお疲れ様です」
「ヨルちゃん、お疲れ様。今回も相変わらず、すっごい暴れてたね!」
「えっ!?そ、そんなことないよ!あのくらい普通だよっ、普通!そうだよね、ホシノちゃん!」
まったく、ヒトミちゃんは大げさなんだから!
ちょっと敵の間を走り回って、何人か気絶させただけじゃない。
ねえ、ホシノちゃんからも何とか言ってあげてよ!
「いえ、普通じゃないでしょ、あれは」
「…………え?」
私は、信じられない言葉を聞いた気がして、ゆっくりとホシノちゃんの方へ視線を向けた。
ホシノちゃんは冗談を言っている様子もなく、いつもどおりの真面目な顔で続ける。
「大体、ヨルハは何で銃を使わずに、わざわざ敵に近づいて鎮圧してるんですか。腰に下げてるその銃は飾りですか?」
「あ、それ、あたしも気になってた! 何でなの、ヨルちゃん?」
「そ、それは……」
二人から真っ直ぐに見つめられ、私は思わず目を泳がせた。
「……私、ヒトミちゃんみたいに銃の腕がそんなに良くないし……。弾だって、もったいないし……」
「…………」
「…………」
「…………そ、それに……」
私は、二人から目をそらしながら、ぼそぼそと付け加える。
「……銃で撃つより、近づいて殴った方が楽だし……」
「「…………はぁ……」」
二人から、盛大なため息が漏れた。
……あれ?
何だろう、この反応。
私はちゃんと理由を説明したはずなのに。
「……前から思ってましたけど、ヨルハは時々おかしなところがありますね」
「ホ、ホシノちゃん!?」
「うん、あたしもそれには同意するわ。ヨルちゃん、時々なんかズレてるところがあるもんね」
「ヒトミちゃんまで!?」
うぅぅ……!
二人して酷くない!?
何でこんなときだけ、息ぴったりなのさ!!
だって、しょうがないじゃん!
楽なものは楽なんだもん!!
私は顔を思いっきり膨らませ、抗議するように二人を睨みつけた。
けれど、二人はどこ吹く風といった様子で、まるで気にしたそぶりもない。
……ちくしょう。
もういいもんっ!
どうせ私は考えなしの暴れん坊将軍ですよーーだ!
私はすっかり開き直り、二人の視線から逃げるようにそっぽを向くと、そのまま校舎へ向かって歩き出した。
……ふんだ。
二人とも、知らないんだから!
「あーあ……すっかりいじけちゃったよ」
私の背中を見送りながら、ヒトミちゃんが呆れたように呟く。
「ほら、ホシノのせいなんだから、ちゃっちゃとヨルちゃんの機嫌を取ってきなよ」
「はあっ!? 私だけのせいだって言うんですか!? さっきのはヒトミだって乗っかってきたじゃないですか!」
「おやおや……そうだっけ……?」
「ホントに……貴方ときたら……。脳みそ、ちゃんと入ってるんですか? もしくは、もう腐ってるんじゃ……」
「オイこらっ! 失礼だろうが!! あたしの頭はちゃんとみっちり詰まってるし、腐ってもいませんー!」
「……ああ、そうでしたね」
ホシノちゃんは、何かを思い出したように頷いた。
「実のお姉ちゃんに対する欲望
「なっ……!」
「ですが、そんな何の役にも立たないものを詰め込んでいる暇があるのなら、もう少し周りに迷惑をかけないよう、常識というものを詰め込んでみてはいかがですか?」
「言いたいことはそれだけか……この性悪チビピンクがっ……!」
ヒトミちゃんの声が、だんだんと低くなっていく。
「大体、一番荒っぽいくせに、よく人に常識を語れるな。なあ、知ってるか?アビドス以外からのお前の評価」
「……評価?」
「荒くれ者だの、むき出しのナイフだの、いつ爆発するか分からない不発弾だの……総じてひどいもんだぞ」
「…………は?」
「特にゲヘナなんて、危険人物として七囚人を差し置いて『関わっちゃいけない人』認定を受けてたらしいよ」
「………………え?」
私は思わず足を止めた。
……えっ?
今、何て言った?
「ちょ、ちょっと待ってください! 私、他の自治区でそんなふうに言われてるんですか!?」
慌てて二人の方を振り返る。
「何で私だけ……!? 貴方やヨルハはどうなんですか!?」
「あーー……あたしらのことは、特になんも……」
「嘘だっ!!」
思わず叫んでしまった。
いやいや、待ってください!
私だけ!?
何で私だけそんな扱いなんですか!?
「嘘じゃないよ。マジの話、あたしらのことはホシノの噂に隠れて、あんまり話題に上がらないみたいなんだよね」
「そ、そんな……」
ホシノちゃんは、信じられないものを見たような顔で固まってしまった。
……うん。
ちょっとだけ、かわいそうかも。
でも……。
「まあ、これも日頃の行いってことだねっ!」
私は、ここぞとばかりに胸を張った。
「これからは周りに迷惑をかけないよう、気をつけようねっ、ホシノちゃん!」
そして、にっこりと笑いかける。
「……ふふっ」
「…………」
「ホシノちゃん?」
「…………」
「……あれ?」
ホシノちゃんの額に、ぴきりと青筋が浮かんだ。
「……こんの……腐れシスコンが!!」
「わっ!?」
「その減らず口、閉じないと今ここで無理やり縫い合わせてやりますよ!!」
「やれるもんなら、やってみろよ! 暴走チビがっ!!大体、もとはと言えば、そっちがケンカを売ってきたからだろうが!!」
「なんですかっ!!」
「なんだよっ!!」
二人は互いに顔を突き合わせ、今にも噛みつきそうな勢いで睨み合った。
「ガルルルルッ!!」
「シャーーーッ!!」
……ああ。
やっぱりこうなるんだ。
私はこめかみを押さえながら、深いため息をついた。
せっかくさっきまで、ちゃんと仲良く話してたのに……。
どうしてこの二人は、ちょっと会話をするだけで、すぐにケンカを始めちゃうんだろう。
……まあ、いつものことだけど、ってまずい!!
「二人とも、いいかげんにしてっ!!! 全然来ないと思ったら、何してるの!!?」
私は急いで二人の間に滑り込むと、今まさに銃を構えようとしていた二人の頭を、それぞれ腕で抱え込むようにして押さえつけた。
「ぐえっ!?」
「ぐぼっ!?」
あ、危なかった……!
もう少し抑えるのが遅れていたら、またグラウンドで銃撃戦が始まるところだった……!
「放してくださいっ、ヨルハ!! ヒトミには、ここで日頃の口の悪さをきっちりと思い知らせないといけないんです!!」
「どの口が言ってんだよっ!! 口の悪さならホシノだって大概だろうが!! 何なら、すぐに手が出るそっちの方がよっぽど悪質だろうが!!」
「それは貴方がすぐにケンカを吹っかけてくるからでしょうが! 何かにつけて私に突っかかってきてっ!」
ホシノちゃんは、私の腕に押さえられたまま、さらに声を荒らげる。
「何なんですか! 私のことが好きなんですか!?」
「なんでそうなるんだよ!! 髪だけじゃなくて、頭の中までピンク色なのか、お前はっ!!」
ヒトミちゃんも負けじと言い返す。
「あたしより、そっちの方が先に常識を学ぶべきだね! あとっ、あたしはお姉ちゃん一筋だ!!」
「二人とも、何で拘束されてるのにケンカし続けてるの!?」
私は思わず叫んだ。
「普通、ここは一旦落ち着くところじゃないかな!?」
……おかしい。
絶対におかしい。
私は今、二人をしっかりと押さえているはずなのに。
どうしてこの二人は、勢いが収まるどころか、どんどんヒートアップしていくの!?
いや、本当に何なの、この二人!?
私の親友って、こんなに手のかかる子たちだったっけ!?
……うん。
昔からだったね。
「ああ、もうっ……!」
私は頭を抱えたくなるのを必死にこらえた。
私たちは、まだ先生にまともな自己紹介すらできていないのだ。
せっかくアビドスまで来てもらったのに、こんな騒がしいところばかり見せていたら、先生だって困ってしまう。
このままじゃ、先生にアビドスのことを知ってもらうどころじゃないよぉ……!
……はっ!
そうだ、後輩のみんな!
私は助けを求めるように、少し離れた場所にいるシロコちゃんたちへ視線を向けた。
……えっと。
シロコちゃん?
ノノミちゃん?
セリカちゃん、アヤネちゃん?
……何でみんな、遠くから見てるだけなのかな?
少しくらい手伝ってくれてもいいんじゃないかな!?
「みんなも、見てないで助けてよ~~!!」
私の悲痛な叫びが、グラウンドに響き渡る。
けれど、後輩たちはどこか気まずそうに視線をそらすばかりだった。
……うぅ。
誰か、助けてぇ……。
私が両脇で騒ぎ続ける二人をどうするべきか、真剣に悩み始めた、そのときだった。
「もう、三人とも……その辺にしなきゃダメだよ」
聞き覚えのある、穏やかな声が響いた。
「「スン……」」
――ぴたり。
先ほどまで、あれほど騒がしかったホシノちゃんとヒトミちゃんが、嘘のように静かになった。
二人は固まったまま、額にじんわりと汗を浮かべる。
そして、ゆっくりと。
本当にゆっくりと、首だけを動かして声の主を振り返った。
……あ。
これは。
これは、まずい。
いつもの私なら、ここで「おおー! すごーい! 二人とも息ぴったりだね!」なんて、のんきに感心していたところだろう。
けれど、今の私には、そんな余裕なんてこれっぽっちもなかった。
私も二人と同じように、恐る恐る声の主へと視線を向ける。
「ユ、ユメ先輩……」
そこにいたのは、予想どおりの人物だった。
……いや、本当は予想が外れていてほしかった。
そこに立っていたのは、いつもの優しい笑みを浮かべたユメ先輩。
けれど、私には分かる。
あの笑顔は違う。
一見すると、いつもどおりの優しい先輩の笑顔。
でも、違うのだ。
あれは……。
「三人とも、とっても仲良しでいいと思うんだけどね」
ユメ先輩は、にこにこと微笑みながら近づいてくる。
「ちょーっと、言い過ぎなんじゃないかな?」
「ま、待って、お姉ちゃん! 私たち、別にケンカしてたわけじゃ……!」
「そ、そうです、ユメ先輩! 私たち、ちゃんと仲良くしてました!」
「ユメ先輩! ほら、二人とももう落ち着いてるし! もう大丈夫じゃないかな!」
私たちは一斉に弁解を始めた。
……うん。
自分でも、かなり苦しい言い訳だと思う。
だって、ほんの少し前まで、銃を構えて撃ち合おうとしていたのだから。
ユメ先輩は、そんな私たちを順番に見つめる。
そして。
「……三人とも」
「「「はいっ!」」」
三人そろって、背筋がぴんと伸びた。
ユメ先輩は、にっこりと笑ったまま、優しく告げる。
「ちょーっと……お話しようか?」
「「「うへえぇぇぇ~~~!」」」
……終わった。
完全に終わった。
私たちは、まるで先生に連行される囚人のような気持ちで、ユメ先輩に付き従い、部室へと戻っていく。
ああ……。
どうして、こうなるの~~~~!?
せっかくヘルメット団を追い返して、みんなも無事で、あとは先生に自己紹介するだけだったのに……!
……うぅ。
アビドスの平和って、守るのが本当に大変だよぉ……。