「「「すいませんでした……」」」
「分かればよろしい」
ユメ先輩の穏やかな声が、部室に響いた。
あの後、部室へと連行された私、ホシノちゃん、ヒトミちゃんのアビドス三年組は、仲良く床に正座させられ、三十分ほどみっちりお説教を受ける羽目になってしまった。
……いや、うん。私たちが悪かったのは分かってるよ?
分かってるんだけどさぁ……。
あ~~……ホント……酷い目にあった……。
ようやくユメ先輩のお説教から解放された私は、落ち込んだ気持ちを振り払うように、ぶんぶんと頭を振った。
いや~、久しぶりにユメ先輩のお説教を食らったけど……あれはヤバいわ。
普段は温厚な人ほど、怒ると怖いってよく聞くけど……あれって本当なんだなぁ。
ユメ先輩、普段はあんなに優しいのに、怒ると笑顔のまま逃げ道を塞いでくるんだもん……。
途中からホシノちゃんもヒトミちゃんも一言も言い返せなくなってたし、私なんて何度謝ったか分からない。
……うんっ。やっぱり、ユメ先輩を怒らせるのはやめておこう!
私は改めて心に誓った。
そのとき。
「ええっと……そろそろ、いいかな?」
控えめな声が、部室に響いた。
声の主は、この部屋で唯一の男性――先生だった。
先生は少し困ったような、それでいてどこか親しみのこもった笑みを浮かべ、私たち三人に声をかけてきた。
……。
…………。
………………。
……ああああっ!!
そうだよ! 先生がいるんだった!!
ユメ先輩のお説教が強烈すぎて、すっかり先生の存在を忘れてた!!
今日初めて会ったばかりの人を、三十分も放置してしまうなんて……!
いや、言い訳をさせてもらうと、あのお説教の最中に先生のことを気にする余裕なんて、これっぽっちもなかったんです!
……うん。言い訳だね。ごめんなさい。
私は慌てて立ち上がろうと、足に力を込めた。
「よっ……と――アイタッ!」
次の瞬間。
――ズッデェェェン!!
私は見事にバランスを崩し、床へと盛大に倒れ込んだ。
「ちょ、ちょっと! ヨルちゃん、大丈夫!?」
「ヨルハ!? 一体どうしたんですか!」
いきなり倒れた私を心配したのか、ホシノちゃんとヒトミちゃんも慌てて立ち上がろうとする。
「「あぐっ!」」
――ズッデェェェン!!
……はい。
二人も私と同じように、床へと仲良く倒れ込みました。
「ちょ、ちょっと!? 先輩たち、どうしたの!? 大丈夫!?」
「ま、まさか、さっきのヘルメット団との戦闘で、どこか怪我をしたんじゃ……!」
セリカちゃんとアヤネちゃんが、慌てて駆け寄ってくる。
先生も心配そうにこちらへ近づいてきた。
「三人とも、大丈夫かい!?」
……いやぁ。
セリカちゃんもアヤネちゃんも、本当にいい子だなぁ……。
先輩、嬉しくて泣いちゃいそうだよぉ……。
先生だって、今日が初対面のはずなのに、こんなに心配してくれるなんて……。
うんうん。やっぱり、いい人そうだなぁ。
……なーんて、そんな軽口を叩きながら、この場を和ませたいところなのだが。
誠に申し訳ない。
今の私には、そんな余裕はない。
私は床に倒れ込んだ姿勢のまま、絞り出すような声で呟いた。
「「「足……痺れた……」」」
奇しくも、三人の声が見事に重なった。
その瞬間。
セリカちゃん、アヤネちゃん、そして先生の体が、そろってがくりと傾いた。
……うん。
心配してくれてありがとうね。
でも、もうちょっとだけ心配してくれてもいいんじゃないかな!?
いや、まあ、原因が原因だから仕方ないんだけどさぁ!
先生は一瞬、何か言いたそうに口を開きかけたものの、結局、苦笑いを浮かべるだけだった。
「……そ、そうか。怪我じゃなくてよかったよ」
その言葉に、私は心の中でそっと手を合わせた。
先生……優しい……。
どうか今の私たちの醜態は、記憶の片隅にしまっておいてください……。
あははは……。
……いっっったぁ……。
◇
それからしばらくして。
ようやく足の痺れがマシになった私は、今度こそちゃんと先生とお話しようと、ホシノちゃん、ヒトミちゃんと三人で先生の前に並んだ。
よし。
ここからは気持ちを切り替えて、真面目にいこう。
私たちはアビドスの生徒会を預かる三年生。学校の代表として、先生に失礼のないように挨拶をしなくては!
……ふふふ。
こういう日のために、私はちゃんと勉強してきたのだ!
私は軽く咳払いをして、背筋を伸ばした。
「ええっと……コホン。お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。先生」
そして、片手を胸元に添え、優雅に頭を下げる。
「私はアビドス高等学校の生徒会に所属しております、現生徒会長の月宮ヨルハと申します。連邦生徒会によって新たに発足された連邦捜査部、シャーレの先生のお噂は、かねがね耳にしております」
よしよし。順調、順調!
「何でも、キヴォトスに来られて早々、大事件を解決されたとか、されていないとか……。そんな有名なシャーレの先生にお会いできるなんて、とても光栄です」
最後に、もう一度きれいにお辞儀をする。
――ふっ。決まった……!
我ながら完璧な挨拶である。
何時かこんな日が来るんじゃないかと思って、『これさえやっとけば失敗しない世渡り名人』っていう本で勉強しておいてよかった!
いやぁ、備えあれば憂いなしだね!
それに、日頃から「カッコいいお辞儀の仕方」をネットで調べて、鏡の前で練習しまくった成果も出ているはず!
うんうん。我ながら惚れ惚れしちゃうね!
……と、完璧な自己紹介に酔いしれていた、そのときだった。
私がまだ頭を下げているところへ、左右から二つの影が迫る。
そして――。
――パコォォンッ!!
「アイタッ!!」
いっっったぁぁぁぁ!!
ちょっと待って!?
今、割と本気で殴ったよね!?
頭を押さえながら振り返ると、そこには呆れ顔のヒトミちゃんと、心配そうな顔をしたホシノちゃんがいた。
「二人とも、なにすんのさ!! 今、大事な自己紹介の真っ最中だってのにっ!」
「それはこちらのセリフです!! 一体何なんですか、さっきの挨拶は! ふざけていないで、真面目にやってください!」
「ヨルちゃん……。もしかして、さっき頭をぶつけたときに、打ちどころが悪かったんじゃ……? ねえ、頭、大丈夫?」
「ちょっと! どういう意味さ、二人とも!!」
失礼な!
私は至って大真面目だよ!!
どっこもふざけてなんかないやい!!
……あと、ヒトミちゃん!
その頭の心配は怪我のことだよね!?
なんだか、別の意味に聞こえそうなんだけど! 違うよね!?
私が、この親友たちをどうしてくれようかと考えていると――。
「あっはっはっは!」
突然、後ろから笑い声が聞こえてきた。
「三人は本当に仲が良いんだね!」
声の主は先生だった。
隣ではユメ先輩も、口元に手を添えて微笑んでいる。
「うふふっ。その通りです、先生! 昔から三人とも、とっても仲良しさんなんですよ!」
「ユメ先輩まで!?」
思わず声が裏返った。
いやいやいや!
仲が良いのは否定しませんけど……!
なんだか猛烈に恥ずかしいんですけど!?
ホシノちゃんとヒトミちゃんも同じ気持ちだったのか、二人とも少し頬を赤くしながら、先生たちの視線から逃げるようにそっぽを向いてしまった。
……うん。
こうなったら、もうしょうがないよね!
私はぱん、と両手を打ち合わせた。
「よし! 切り替え、切り替えっと!」
改めて先生に向き直り、今度こそ真面目な顔を作る。
「改めまして……先生! 私が、アビドス高等学校生徒会長にして三年生の、月宮ヨルハです!!」
びしっと胸を張る。
「そして、後ろにいるのが、私と同じ三年生で、私の頼れる親友たちです!」
「……どうも。小鳥遊ホシノです」
ホシノちゃんはいつもの気の抜けた調子で、軽く頭を下げた。
「梔子ヒトミです。先生、いつも――」
ヒトミちゃんはそこで一度言葉を切り、にこりと微笑んだ。
「《あたしのっ!》お姉ちゃんがお世話になってます」
「……ヒトミちゃん?」
私が笑顔のまま声をかけると、ヒトミちゃんは涼しい顔で首を傾げた。
「はい? 何か?」
「いや、何でもないよ……?」
……うん。
ここで突っ込んだら、また話がややこしくなりそうだ。
先生も一瞬きょとんとしていたが、すぐに穏やかな笑顔に戻った。
「ははっ。なるほど、みんなそれぞれ個性的なんだね」
「ええ! 二人とも、とっても優しくて素敵な子たちなんですよ!」
「ヨルハ、それはさすがに言いすぎじゃないかなぁ……」
「ホシノちゃん? 何か言った?」
「いえいえ~。おじさんは何も言ってないよ~」
……まったく、もう。
先生の前くらい、もう少しおとなしくできないものかね!
まあ、二人らしいといえば、二人らしいんだけどさ。
先生はそんな私たちのやり取りを、どこか楽しそうに眺めていた。
先ほどの戦闘でも感じたことだが、先生は生徒たちの言葉を急かすことなく、相手の様子を見ながら話を聞いてくれる人らしい。
初対面の私たちがこんな調子でも、呆れたり怒ったりせず、むしろ自然に受け止めてくれている。
……なんだか、そういうさりげなく優しいところは、ユメ先輩に少し似ているかもしれない。
「そういえば、他のみんなのことは、もう聞いた?」
私が尋ねると、先生は頷いた。
「うん。ちょっと前に聞いたよ」
「そうだったんですか。やっぱり、私たちが最後になっちゃってましたね……。あはは、すみません」
「ううん、気にすることはないよ。いきなり襲撃があったんだし、みんなが無事だったことの方が大事だから」
先生は、本当に気にしていない様子でそう言ってくれた。
……うん。
やっぱり、いい人そうだなぁ。
初対面の私たちを気遣ってくれるところもそうだけど、何より、こうして当たり前のように生徒の無事を喜んでくれるところがいい。
シャーレの先生って、もっとこう……お堅い人なのかと思っていたけど。
どうやら、そうでもないらしい。
「そう言ってもらえるとありがたいです」
私はほっと胸をなで下ろし、それから最後にもう一度、先生へと向き直った。
そして右手を頭の横へ持っていく。
びしっ!
良くテレビでヴァルキューレの生徒さんたちがやっている、あの敬礼のポーズだ。
「先生! アビドス高等学校へようこそ!! これからよろしくお願いしますね!!」
先生は一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに笑顔になって、私に合わせるように敬礼を返してくれた。
「うん。こちらこそ、よろしく!」
……ふへへ♪
よしよし、いい感じ!
初対面でちょっと失敗した気もするけど、最後はちゃんと挨拶できたし!
先生も思っていたよりずっと話しやすそうな人だった。
これなら、これから先もきっと大丈夫!
私は心の中で、うんうんと頷いた。
――ふへへ。
やっぱり今日も、いい日になりそうだ!