幼馴染は恋するテリジノサウルス【完結】   作:タク@DMP

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第10話:新たなる敵

「──へへへ、うへへへへへへへへ」

 

 

 

 ──その日の亜紀良は、朝から様子がおかしかった。否、普段から様子がおかしいのであるが、輪をかけておかしかった。

 

(ヘ、ヘヘヘヘヘ……到着予定日は今日!! 学校から帰る時間に指定したから、後は待ってるだけ!!)

 

「アキ君……今日はいちだんとヘンだよ」

「届くんだよ。注文していたものがな……!!」

「何を頼んだの?」

「スミロドンの頭蓋骨の等身大フィギュアだ」

 

 亜紀良がこの手の化石やフィギュアを買うのは珍しい事ではない上に、大抵届く日には挙動不審になるので予想通りだったが──スミロドン、という名前はメジャーな名前ではない。

 

「スミロドン……? こないだ出てきたトロオドンの仲間?」

「ちげーよ、ドンだけで判断すんじゃねえ。分かりやすい名前で言えば──サーベルタイガーだ」

「ああ。牙の長いトラの仲間!」

 

 そう言われると、古生物の知識に疎い照でもピンと来たのか手を叩くのだった。

 サーベルタイガーはおよそ3000万年前に栄えたとされる長いキバを持つ虎の仲間──という訳ではない。

 

「実は剣歯虎の仲間は、現生の虎とはそこまで近くねえんだよ。そも、化石しか見つかってねえから、外観がどんなだったかなんて想像でしか分からねえし」

「へえ、意外と謎が多いんだ」

「これでも分かってる方だぜ。タールの池に落ちて死んだ保存状態が良い化石が度々見つかるんだ」

「たーる?」

「粘り気の強い石油だ。要するにドロドロねばねばの天然の底なし沼だな。もし普通の池と思って落ちちまったら、全身に纏わりついて呼吸困難に陥り、まあ死ぬ」

「うわぁ……」

「防腐作用があるからか、綺麗な化石になって見つかるってわけさ」

「なんていうか……こういう死に方はしたくないね……」

「おかげさまで考古学者の研究に貢献できてる訳さ。エッチだ……

「何処が!? 今の話の流れで何処にエロスを見出したの!?」

「いや、スミロドンってエッチだなぁって……現生のネコ類とは似て非なる体つき、そんでもって脆い癖に狩りで頻繁に使ったであろう牙、そんでもっていかにも強そうな見た目なのに、絶滅しちまった儚さ……エッチだ……」

「こういう時のアキ君、話が通じないから素直にダルいんだけど」

 

 だらだら、と興奮して鼻血を垂らす変態男。彼の隣を歩ける女子は世界広しと言えど、霧島 照ただ一人だけかもしれない。

 

「大体もうこれで何個目? アキ君の部屋、博物館みたいになってるじゃん。てか、アキ君って哺乳類にも興味あるんだ」

「古生物なら何でもウェルカムだ。守備範囲の広さには定評があるんだぜ。エッチな古生物、いつでもお待ちしておりますってカンジだ」

「ふぅん……」

 

 少しヤキモチを妬いた彼女はそっぽを向いてしまう。こんな調子だから、いつまで経っても自分の思慕には気付いてくれないのだろう、と頬を膨らませた。とはいえ、古生物に興味のない亜紀良は最早亜紀良ではないので、それはそれでどうかとも思う照なのだった。

 

「組み立てたらてるてるにも見せてやるよ」

「うーん、ちょっと見てみたいかも」

「え?」

「てかさ、アキ君の部屋、久々に見てみたいよ」

「……マジで言ってる?」

「うん」

 

 少しだけムスッとしながら──照は言った。

 

「あたしもね、少しは古生物の勉強しようと思うんだ。ほら、仮にも恐竜の力で戦ってる訳でしょ? アキ君に頼りっきりってわけにはいかないし」

「えーと──あんまりお前の興味を引くものは無いかもだぜ」

「もう今更だよ。良いから、入れてよ!」

 

 勿論、古生物の知識を少しでも付けておきたいのも本音だ。しかし一方で、亜紀良を惹きつけてやまない古生物のコレクションを、久々に見ておきたいと考えたのだ。最後の彼の家に上がったのは、彼の父が失踪する前、即ち小学生の頃以来である。

 それ以降からコレクションも爆発的に増えたはずだ。照が亜紀良の部屋に行くのは、正妻が愛人を敵情視察するようなものなのである。尤も、妻どころか付き合ってすらいないのであるが。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お邪魔しまーす──うわ」

「あんまり、荒らすんじゃねーぞ。お茶持ってくるわ」

「荒らさないよっ」

 

 意外にも部屋は整然とされており、分厚いファイルを入れた本棚が幾つも並べられている。必要な時、すぐに閲覧できるようにするためだろう。

 また、ガラスケースの中には本当に博物館のように化石が並べられており、その上にはフィギュアも陳列されている。多くは、古生物の復元予想をしたスケールモデルだ。

 肝心のケースは地震対策か床にしっかりとビス留めまでされており、そう簡単に中のものが壊れないように保護されている辺り、彼の丹念さが伺えた。

 

(アキ君、すっごく几帳面っ……!)

 

 思わず見惚れてしまう。

 亜紀良は他人に見せても恥ずかしくないようにコレクションも最大限の魅せ方をしているのだ。

 そのまま図々しくベッドの上に上がり込み、彼女は倒れ込む。

 

(アキ君、いつもここで寝てるんだ……なんだか、ドキドキしちゃうよ)

 

 目を瞑る。

 彼の寝相を想像すると、少し胸が高鳴ってくる。何だかいけない事をしている気分になり、余計に顔が熱くなる。

 

「オラァ粗茶だぞ」

「ひゃいっ!!」

 

 慌てて起き上がると共に扉が開き、亜紀良が麦茶のペットボトルを抱えてやってきた。コップをテーブルの上に並べると中身を注いでいく。

 

「どうだ? 数年越しに俺の部屋に来た感想は」

「なんていうか、見違えたよ。すっごく綺麗」

「だろ? 人様に見せて自慢できる部屋にしたつもりだぜ」

「なんか悔しい。弱みの1つくらい握れると思ったのに……」

「オメーは俺の部屋に何を期待してたんだよ」

「そうだ、アキ君。古生物の種類、出来るだけ載ってる図鑑とか無いかな」

「あるぜー、沢山。恐竜、その他の爬虫類、鳥類、哺乳類……全部載ってるヤツもある」

「流石」

 

 亜紀良が持ってきた図鑑は──とても分厚い。

 しかも、付箋が大量に貼ってあるのだ。開くと、今度は大きめのメモ付箋らしきものがページに貼られている。

 

「書き込んでる」

「直接じゃアレだから、メモ用紙にな」

「……アキ君、勉強できるもんね……すごいよ」

「たとえば、最初に俺達が出会ったのが──このトロオドンだ」

 

 そう言って、亜紀良は小さな肉食恐竜の挿絵が入ったページを開く。

 白亜紀後期の北アメリカに生息していたらしい狡猾なハンター。生きていた頃も、大量に群れを成し、確実に獲物を追い詰めたのだろう、と照は考える。

 

「イラストだと可愛いけど、実物は……怖いどころじゃなかったね」

「あんなもん実物と呼べるのか?」

「分かんない……」

「古生物学も”分かんない”事だらけだから、想像するしかねえ事が多いけど、俺はレプリレクスの事を”実物”だなんて思いたくねえな」

「うん……」

「そんで、これがメガロサウルス」

 

 今度は大型獣脚類のページ。薄い羽毛が生えており、野生的な顔をしたメガロサウルスは、爬虫類でありながら獰猛な獣のような印象を与えた。

 

「改めて考えると凄いね……骨だけから、姿を想像したんだ」

「X線で羽毛があるか分かる恐竜もいるし、中には皮膚ごと見つかった恐竜もいる。ノドサウルスとか、ほぼ想像図のままの姿してたからな、バカにならねえぜ」

 

 そう言って亜紀良は図鑑のノドサウルスのページに挟んでいた写真を照に見せた。

 そこには、ほぼ外観の原型を留めた状態で発掘された装甲板を背中に持つ恐竜が映っていた。

 

「すごい! 初めて見た!」

「人類の想像力も、まだまだ侮れないってことだな。そんで、想像と言えば、これが──テリジノサウルス。照の恐竜だ」

「……あれ? こんな感じだっけ?」

「メディアによってバラバラなんだよ、想像図が。鳥みてーな頭してる復元絵もあるしな。ホントは、どんな姿してたんだろーなぁ?」

 

 長い首、そして明らかに並外れた大きさの爪の恐竜を指差し、亜紀良は目を輝かせた。「分からない」と言う事は、彼にとって最大のロマンだ。「分からない」が故に解き明かすまでの過程が面白く、そして人は足りない部分を想像する。

 亜紀良が最も考古学を愛する理由だ。そして、そんな時の彼の顔は──やはり輝いている。照は、この横顔に惚れたのだ。

 

(あーあ……ズルいよ。そんな顔されたら……もっと好きになっちゃうよ)

 

 照は、隣に座る亜紀良の手の甲に、自分の指を近付ける。だが──そのまま重ねる勇気だけは、どうしても出ないのだった。

 顔が上気し、胸が高鳴る。こうして隣で居られるだけで幸せなのに、それ以上を望んでしまえばバチが当たるような気がした。

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 チャイムが鳴る。

 びくり、と亜紀良の肩が跳ねた。目当てのものが届いたのを知らせる音だからだ。

 

「届いたか!? てるてる、待っててくれ!」

「はーい」

 

 すぐさま階段を駆け下り、亜紀良は玄関の鍵を開ける。

 

 

 

「はいはーい、お待たせしました──」

 

 

 

 ガチャリ

 

 

 

 扉を開け、亜紀良は──硬直した。

 目の前に立っていたのは、見覚えの無い黒装束に身を包んだ少女だった。

 鎖帷子に口元を覆うマスク。健康的なポニーテール。何より、牙の意匠を刻まれた鉢金。

 その姿は、まるで忍者だ。

 

「えーと、どちらさま? コスプレか何か? ソレ」

「わふっ、お初にお目にかかるでござるな、古田亜紀良殿」

「わふ?」

「またの名を──トリガー殿」

「はぁ? トリガー? 何で君がそれを──」

「──いきなりであるが──失礼っ!!」

 

 少女は──何処からともなく大きなズタ袋を取り出し、亜紀良の頭の上から覆いかぶせるのだった。

 

 

 

「アキくーんっ、ハンコ!! ハンコ忘れて──あっ」

「あっ」

「もがーっ!! もがーっ!!」

 

 

 

 結果、タイミングが良くなかった。

 亜紀良の机の上に置かれていたハンコを持って玄関までやってきた照の目に飛び込んできたのは、明らかに人の足が生えた巨大ズタ袋を米俵のように抱える不審な忍者少女であった。

 

「……だ、誰? えっ、てか、アキ君──」

「わふ──これにてドロン!!」

「ああッ!?」

 

 突風の如く逃げ去る忍者少女。そして、目を丸くして追いかける照。

 しかし、あまりにも運動能力に違いがあり過ぎる。少女はひとっ跳びで屋根の上に飛び上がり、そのまま屋根から屋根へジャンプしていく。男子高校生を抱えたまま。

 一方の照は運動神経が然程良くない只の女子高生だ。だから、それを見た時──彼女の中でふつふつと何かが湧き上がった。

 

「あれって、もしかして絶滅少女──許さないッ!! アキ君を攫うなら、此処で引き裂くよッ!!」

 

 照の頬に鱗が現れる。

 そして、首筋には羽毛が現れ、両の腕が肥大化して爪が伸びる。

 絶滅少女と化した彼女は、地面を思いっきり蹴ると飛び上がり、屋根の上へと飛び上がった忍者と同じ土俵に並ぶ。これで身体能力のハンデは解消したも同然だった。

 

「ふぅ、此処まで逃げれば安心──え”ッ」

「待ァてェェェーッッッ!!」

 

 忍者少女は肩を跳ねさせた。

 誰も居ない港の廃工場に響く女子の声。追ってくるのは、羽毛を生やした恐竜少女だ。まさか脚力で追いつかれると思っていなかった彼女は驚愕した。

 

「わふっ!? 拙者に追いついたでござるッ!?」

「アキ君を返せ、この泥棒猫ォォォーッ!!」

「ヒッ!! 凄い形相でござる!!」

 

 体を思いっきり前のめりに倒し、照は鉤爪を胸の前で交差させて構える。完全に敵を引き裂くときのポーズだ。

 

「……しかし、衝動的に逃げてしまったが、この状況!! カモがネギをしょってやってきたも同然では!?」

「誰が鴨葱だよーッ!」

「わふ……ならば逆に好機!!」

 

 ズタ袋をそっと足元に下ろした忍者少女は姿勢を低く構えた。その頬、首筋、そして両の手に毛皮が生えてくる。頭からは獣の耳が生えるのだった。

 

 

 

「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」

 

 

 

 廃工場に響く高い高い遠吠え。

 迫ってきた照の第一撃、巨大な爪による引っかきをバック転で回避した忍者は、そのままうなじの毛を何本が引き抜き、ふぅと息を吹きかける。

 間もなく、彼女の目の前には体高80cmはあろうかという巨大な狼の群れが姿を現すのだった。

 

「忍法──群狼の術ッ!!」

「アオオオオオオオオオオオンッ!!」

 

 狼たちは敵を認めると、照に目掛けて跳びかかる。

 彼らは危険な彼女の爪を上手く避け、腕、脚、脇腹に噛みつくのだった。

 全身に強烈な痛みが迸り、振り切ろうとするが、巨大化した手が災いして上手く振り払う事が出来ない。

 

「ぎゃッ……何コレ!? 大きな犬!? いや──狼!?」

「そちらが絶滅少女の力を使うならば、此方も抜かねば不作法というもの!!」

「って事は、今まで力を使ってなかったの!?」

「え”ッ、拙者が力を使っていたと思ってたでござるか!?」

「なんか──ムカつくッ!!」

 

 照は振り切ることを諦め、無理矢理進もうとする。だが、お代わりと言わんばかりに自分の体毛を引き抜いて吹きかけた忍者の足元に、新たに狼が3匹現れる。

 そして、狼たちは照目掛けて飛びかかり、地面に押し倒すのだった。トロオドン達とは比べ物にならない。最低限統率の取れた野生動物と、訓練され、人体の弱い場所を知り尽くした特殊部隊程の差がある。

 爪で引っ掛かれないように狼たちは関節を適切に抑え込み、彼女を拘束する。

 

「力、強──ッ!?」

「弱い。やはり弱いッ!! 素人でござるな。しかし、拙者のモットーは”正々堂々”。此処はチャンスを与えるでござるよ」

「正気かテメェ!! いきなり人を攫っておいて!! 何が正々堂々なんだ!? なあオイ!!」

「忍者の正々堂々は──()()()()()()()()()、と言う事ッ!!」

「ふざけんなァァァーッッッ!!」

 

 ズタ袋の中で暴れる亜紀良が叫ぶ。

 だが、何処吹く風でそれを聞き流し、狼に襲われて身動きが取れない照に向かって忍者は呼びかけた。

 

 

 

「拙者は由緒正しき大神家の忍者ッ!! もし、彼を返してほしくば──3日後、再びこの廃工場で待ーつっ!!」

 

 

 

 そのまま彼女は再び亜紀良を抱きかかえると、何処かへ行ってしまう。

 しばらくして狼たちの姿も完全に消え失せ、後に取り残されたのは照だけであった。

 

「アキ、君……!?」

 

 変身が解け、彼女は再び只の女子高生に戻ってしまう。

 辺りを見回すが、もう忍者も亜紀良の姿も無かった。目に涙を浮かばせる。

 歯が立たなかった。何一つ自分の力が通用しなかった。だが、それ以上に──目の前で亜紀良が攫われた上に、何もできなかったことが彼女の胸を締め付けた。




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