幼馴染は恋するテリジノサウルス【完結】   作:タク@DMP

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第16話:思い出

「ッ……!」

 

 照の顔が耳まで赤くなる。亜紀良もまた「男だ」と言われれば、余計に彼の事を意識せざるを得ない訳で。

 

「……ちょっと、ヘンな事言わないでよ、ツバサちゃん……!! だ、だってアキ君だよ」

「今の関係に甘えて、言い訳をつけてなあなあにするつもりなら──誰かに盗られても文句は言えませんよ」

「……ッ」

 

 ずきり、と胸が痛む。

 この数週間で亜紀良の周りには一気に魅力的な女子が増えた。

 ツバサもそうだし、代矢も例外ではない。彼女達は何だかんだで亜紀良と一緒に居る時間が多く、その中で照は埋もれてしまうのではないか──と考えてしまった。

 

「……後悔の無い選択を。私、いつもそう言ってますよね」

「う、うん……!」

「こう言ってる私は──いつも、後悔ばかりでした。思い立ったら、行動あるのみです」

 

 お節介を焼いている自覚はありますがね、と彼女は続ける。

 

 

 

「ううん……ヘタれてる場合じゃない。アキ君に、あたしの事見て貰わなきゃ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「さーてと、勉強はこの辺で一休みだな」

 

 

 

 英単語のテキストを閉じ、ゴキゴキと亜紀良は自分の肩を回す。時計を見ると、夜の7時を回っていた。そろそろ腹が減ってくる時間だ。

 カロリーメイトを齧り、眼鏡を外して窓の方を見やる。隣の霧島家の方が見える。

 

「てるてる……」

 

 ふと彼は息を吐く。自分は彼女の為に何をしてやれるか、と己に問うた。戦うための爪があるわけではなく、空を飛ぶ翼があるわけでもなく、鍛え上げた肉体があるわけでもない。

 そもそも、レプリレクス相手に只の人間では相手にならないという事実が、彼に突きつけられるような気がした。

 代矢との戦いが終わった後の、血塗れになった照の顔が──今でも目に浮かぶ。

 傷は、綺麗さっぱり治った。絶滅少女は、ダイナミック因子によるエネルギーで怪我の自然治癒も早いらしい。

 

(俺は、いつまでも……あいつの隣に相応しい人間で居られるのか?)

 

 彼女の「隣」を強く意識した時、やはり自分ではお荷物ではないか、と思えてしまう。

 大神家との戦いではあっさりと連れ去られてしまい、大して彼女の助けになることも出来なかった。

 一時的に代矢の気を逸らす事には成功したが、本当にそれだけだ、と考えてしまった。本当は自分が代わりに戦いたいくらいだが、亜紀良にはその力が無い。

 

(俺はアメリカに留学するんだ。どっちみち、てるてるとは離れ離れになる。そうなったら……誰があいつを見てやれる?)

 

 そこまで考えて、彼は何かがおかしい事に気付いた。

 照の傍にはもう仲間がいる。絶滅少女としての仲間は勿論、クラスメイトもいる。

 それなのに、彼女のトリガーは自分だった。家族でも、他の誰かでもなく、自分だった。

 たまたまあの場に居合わせたのが彼だった、と言われればそこまでだ。しかし──

 

(何で、俺がトリガーなんだよ……)

 

 亜紀良は椅子にもたれかかる。

 こうして危機に瀕する機会が無かっただけで、彼女は友人の為ならば強敵相手にも躊躇なく立ち向かう勇気を持つ少女に育っていた。

 確かに変身した後はいつも以上に攻撃的になる節はあるが、それも最初以降は徐々に落ち着き始めている。

 

(今までアイツは俺が居なきゃダメだって思ってたけど……全然そんな事は無かった)

 

 亜紀良は心の何処かで彼女を庇護する対象のように考えていた。

 アメリカにいつか留学した時、彼女は大丈夫だろうか、などと考えていた。

 だが、全然そんな事は無かった。照は──強かった。亜紀良が思っていた以上に。

 そればかりか、メガロサウルスや代矢といった自分よりも強い相手に喰らいついていく彼女の姿は──見惚れてしまうほどだった。

 あれは本当に自分が恐竜が好きだからだろうか、と考えてしまう。

 そして、彼女の隣に居る意味をずっと考えてしまう時点で亜紀良は既に気付いていた。

 

(もしかして……てるてるに依存してるのって……俺の方だったのか……?)

 

 そこまで考え、亜紀良は顔が赤くなる。

 

「あークソ。妹みてーに思ってたんだけどな……」

 

 

 

 ──ねえアキ君──子供……作ろっか♡

 

 

 

 初めて照が覚醒した時の事を思い出してしまい、亜紀良は髪をかきむしった。

 上気した頬、恍惚とした笑み、そして蠱惑的な囁き。普段の彼女からは考えられないような言葉。

 照の事をつい考えてしまうのは、彼女が絶滅少女に覚醒したからだけではない。一度あんなものを見せられて、意識するなと言われる方が無理な話である。

 だが、それはそれ、これはこれ──古田亜紀良は、自他が思っている以上に真面目で身持ちが固かった。

 あの暴走は彼女とて不本意だったわけで、それを思い出してしまうのは彼女に悪い事をしているような気分になってしまうのだった。

 そのたびに亜紀良は己に言い聞かせたのである。照は妹分であり、守るべき存在だ──と。

 何より、彼女を女性として意識してしまうことで、今までの居心地のいい関係が壊れてしまうのを恐れたのである。

 

「ダメだろ……てるてるをそういう目で見たら……俺、あいつに顔向けできねーよ……」

 

 こんな事をツバサに言った日には「今まで散々顔向けできない事をしでかしているでしょう、バカなんです?」と変態行為を槍玉に挙げられた上で詰られそうなものだが、そんな時こそ便利な言葉「それはそれ、これはこれ」である。

 小さい頃から恐竜と化石好きで、散々見せている変態的一面など当の昔から照は知っているし見てきている。その上で、自分のような変人奇人の類に付き合って貰っているのだ、というある種の負い目のようなものが亜紀良にはあるのだ。

 その変人・奇人がもしも、自分の事を異性として「そう言う対象として」見ていた事を知った日にはどうなるか分かったものではない。

 

 

 

 ──え……ごめん……アキ君みたいな変態が、あたしの事をそういう目で見てたなんて……寒気がするよ……。

 

 

 

(こんな事を言われた日には、俺はレプリレクスになっちまう自信がある!!)

 

 二度と人間には戻れなさそうである。

 亜紀良は変態だが、バカではなかったし、自分が他者からどういう人間であるかなど分かり切っていた。

 だから、彼女の事はそう言う目では見ないと決めたのである。結局の所──亜紀良は照に嫌われたくないのだ。

 そしてそれが意味する事は──ただ一つ。

 

 

 

「あれ? やっぱり俺って、あいつの事──」

「亜紀良ーっ、ご飯よ! 降りてきなさい!」

「……ヤベ」

 

 

 

 母の呼ぶ声が聞こえてくる。

 亜紀良はすぐ階段を駆け下りた。そろそろ腹が減ってきたところだった。

 リビングに降りると、既に夕食の支度は終わっていた。

 わかめの白味噌汁を啜っていたところで、母が声をかけてくる。

 

「ねえ、アキ。さっき掃除してたら、こんなものが出てきたんだけど」

「? 何だよ」

「アルバムよ、アルバム!」

 

 母は嬉しそうに、分厚いアルバムの1ページを亜紀良に見せた。

 そこに映ってたのは、砕石場でしゃがみ込み、石ころをスコップで叩いている男の子と、それを退屈そうに眺めている女の子の写真だった。

 言うまでも無く、小さい頃、それも小学校に入ったばかりの亜紀良と照だった。

 

「これって、いつの写真だっけ」

「小学校2年の時よ。あんたが化石掘りに行きたーい、化石掘りに行きたーいって言うから、わざわざ隣の市の採石場まで行ったのよ。その時、霧島さんの所も一緒に行ったんじゃない」

「そうだっけ。父さんも一緒?」

「ええ。でもあの人、一番はしゃいでたわよ。仕事で死ぬ程化石なんて見てるはずなのにねぇ」

「ハハハ……」

「ほんっと、親子って似るわねえ」

 

 写真を見て──亜紀良は問う。

 父親の顔も映った。採石場の近くの商店街で、大きな三葉虫の化石を見て喜んでいる場面だ。健康的に日に焼けており、がっちりとした筋肉質の体にテンガロンハットとジャケットが似合っている。

 

「んで、これは水族館に行った時の写真」

「水族館って近所の?」

「うん。でもあんた、水槽そっちのけで化石のコーナーに夢中だった」

「あー……そういやそんな事もあった」

「……ほんっと、あんたは昔から父さんそっくり!」

 

 亜紀良が貝の化石を展示したコーナーから全く動かないので服を引っ張って泣きそうになっている写真を見せながら母は苦笑する。三つ子の魂百まで──本当に変わらないな、と。

 一方の亜紀良は、久々に写真で父の顔を見たことで、押し隠していた疑問を問いたくなった。

 

「なあ、母さん」

「何?」

「……なんで、俺が考古学者になるの、止めねえんだ?」

「……」

「俺が──父さんみたいに居なくなったりしないかって思わないのか?」

「思わないし──あの人はいつか帰ってくるわよ」

 

 全く父が帰ってくるのを疑っていない答えに、亜紀良は──言葉を失った。

 

「何で無条件に信じられるんだよ? 心配になんねーのか?」

「信じてるから──ってか、信じられる人と結婚したのよ、母さんはね」

「ッ……」

「あんたも結婚するなら、そう言う人を選びな。ま、父さんみたいにフラッと居なくなったまま幾数年……なんてのは世間からすれば褒められたもんじゃないんだろーけど」

「……はは。敵わねーや」

 

 父が居なくなってから、ずっと女手一人で亜紀良を育ててきた母ではあったが──それにしたって肝が据わりすぎだ、と亜紀良は呆れる。ひょっとして、父はこんな母にこそ何かを託したのではないかと考える。

 

「母さんは、父さんが居なくなる前に何か聞いたりとかしてねーの?」

「……さあね。生活費とか諸々置いていったのだけは感謝してるし、居りゃあ良かったのに! って思った事は何度もあるわよ」

「……そっか」

「でもまあ、何とかなるものね」

 

 まあ、母がシノニムの事を知っている訳が無いか、と亜紀良はこれ以上の言及をやめる。

 

「さ、アルバム他の写真も見たいでしょ? さっさとご飯食べちゃいな」

「はいはい」

「てか、あんたねえ。学校でカロリーメイト買ってお小遣い浮かそうとしてるでしょ」

「ウグッ、何でバレ……」

「鞄にカロリーメイトの包み紙落ちてたんだわ! 鞄にゴミを入れない! アリが来るわよ!」

「や、やっべ、捨てるの忘れて……」

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 玄関のチャイムが鳴り、母はそこで亜紀良への小言を止める。

 誰だろう、とインターホンのカメラを見ると「あ、照ちゃんだわ」と言ったので亜紀良は胸が高鳴った。

 今しがた彼女の事ばかり考えていたので、いざ本物が来るとどんな顔をして会えば良いのか分からないのだった。

 

「私出るわ」

「あ、ああ……」

 

 幸い、先に玄関に出たのは母だった。

 すぐさま「あ、照ちゃーん? 元気してる?」と母の声が聞こえてくる。

 

「こんばんは、おばさん。ちょっと、うちのママが作りすぎちゃって……」

「あらぁ、良いのぉ? ごめんなさいねぇ、わざわざ来て貰って」

「いえ! 隣ですから!」

「……ところであのバカ、迷惑かけてない? 好きな物の事になると暴走なんてモンじゃないでしょ?」

「そ、そんな事はないですよ! アキ君にはいっつも助けてもらってる側だし」

 

 リビングで幼馴染と母の余所行きボイスを聞かされる亜紀良は気が気でなかった。

 

「あのー、ところで……アキ君居ます?」

「うん? 今リビングでご飯食ってる。呼ぶわ──亜紀良ーッ!! 照ちゃんからご指名ーッ!!」

「はいはい、わーったよ」

 

 母と入れ替わる形で、亜紀良は玄関に出る。

 そこに立っていたのは──何処か恥ずかしそうにもじもじと後ろ手を組む照の姿だった。

 

「? どうしたんだよ」

「……あ、あのね、アキ君。ご飯食べる邪魔してごめんね」

「いや、別に良いよ」

 

 ただ、伝えたい事なら学校なりメールなりラインなりで伝えれば良いのに、と思わなくも無かった。そして、母が近くに居るので絶滅少女に関する事でもないだろう、と亜紀良は考える。

 

「今度の土日、空いてる?」

「空いてるけど」

「……」

 

 ぎゅっ、と服の裾を握り、彼女は意を決したように言った。

 

「あたし……アキ君と久しぶりに水族館に行きたいな」

「!?」

 

 あまりにも意外な申し出に亜紀良は虚を突かれ、後ずさりそうになる。

 

「あ、駄目なら良いんだよ!? ただ、あたしが行きたくて、1人は寂しいなって思っただけで……よっちゃんや、ツバサちゃん、代矢ちゃんは用事があるって言ってて」

「いや、駄目じゃねえけど」

「けど? なにか、やっぱり用事があるの?」

「全く無い!! お前の頼みを断るわけねーだろ、俺が」

「良かった! じゃあ、予定はラインに送っとくね!」

 

 ぱぁ、と照の顔が輝き、そのまま踵を返して帰っていってしまう。そんな彼女に何も言う事が出来ず、亜紀良は溜息。そして熱くなった頬を抑えるのだった。

 

 

 

(デートの誘いみたいな事するんじゃねえよ──ッ!! ますます意識しちまうだろが──ッ!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(やっちゃった!! やっちゃった!! アキ君、デートに誘っちゃった!!)

 

 

 

 ──尚、()()()()()()()()()()()ではない。彼女としては、最初からデートの誘いのつもりだったのである。

 

 

 

(しかもアキ君、博物館以外でオーケー出すなんて思わなかったから、ビックリだよーっ!! ど、どーしよ、ノープランだよーっ!!)

 

 

 

 ベッドの上で乙女は悶え狂う。感情の昂りに合わせてか、爪も伸びてしまうのだった。

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