──1899年。奇妙な形の歯の化石が発見された。
それは螺旋状に渦を巻いており、巻き髭のような歯を持った生き物を意味する”ヘリコプリオン”と名付けられたのである。
当初、その歯の特徴的な形状から復元は1世紀以上かけて迷走しており、2013年に岩盤諸共CTスキャンに掛けた所、サメというよりはギンザメと呼ばれる別の系統の生き物であることが分かったのである。
そして現在、迷走していた顎の復元は、下顎の奥に電ノコ状の歯が収まっているという形になっている。
まさにその姿のまま、レプリレクスはマリンチューブの中の亜紀良や照に襲い掛かって来たのだ。
「ヘリコプリオンだ!! こんな所でお目に掛かるなんてな!!」
「ヘリコプター!?」
「ヘリコプリオン!! ペルム紀のギンザメの仲間だよ!!」
巨大ギンザメは咆哮し、辺りの客を追い散らしながら再び水槽の中へと潜っていく。
ガラスをまるで空気のように摺り抜けていく様は、まるで亡霊か何かだ。
館内は非常ベルが鳴り響いており、最初は何かの余興だと思っていた他の客もパニックを起こしながら逃げ始めるのだった。
一方、ヘリコプリオンは標的を亜紀良に定めたのか、旋回すると水槽から飛び出し、大口を開けるのだった。
あの特徴的な顎は──高速回転する本物の電ノコへと早変わりし、亜紀良へ突撃するのだった。
「っさせるかぁぁぁーっ!」
すぐさま前に飛び出したのは──変身した照だ。
肥大化した強靭な両腕を交差させ、ヘリコプリオンの電ノコによる高速回転斬撃を受け止めるが──当然皮膚は抉られ、黒い靄が噴き出し始める。
削られているのだ。絶滅少女の強靭な腕が。
このままでは両腕が諸共に両断されてしまう。
「ぐんににに!!」
(ッ──野郎!! そういやレプリレクスは、人間の兵器を模倣するんだったっけか!! そりゃあ皆、電ノコみてーな歯だとは思ってたが、マジの電ノコにする奴があるか!!)
「ぐんにゃぁぁぁーっっっ!!」
しかし、その前に彼女は獣脚類の膂力だけで彼女は巨大ギンザメの身体をはじき返す。
そして相手が仰け反った一瞬の隙を突いて、硬化させた左手を顎に突き刺す。
怯んだのか、ヘリコプリオンは体をうねらせると、再びガラスを摺り抜けて水中へと戻っていくのだった。
「ぐ、に……!! 痛い……!! ガリガリって削られてる……!!」
だが照も無傷ではない。交差させた際に上に重ねた右腕からは黒い靄が噴き出しており、既に変身が解除されかかっているのだった。
手痛い一撃を受けたヘリコプリオンはどんどん遠ざかっていく。
「ダ、ダメだ、逃げられた……!! なんなの、あの生き物……!! あの歯、回転するの!?」
「するわきゃねーだろ! ……前に出てきたケツァルコアトルスと同じだ。この時代の人間の道具を取り込んだんだろ」
「うう、痛い……」
「ッ照!?」
変身が解除された右腕は血塗れになっていた。
深い切り傷が出来ており、床に血がぶちまけられている。
亜紀良はティッシュで傷口を覆うと、その上からタオルで縛って止血した。傷は深いが、今はこれしか出来る事が無い。
「平気……じゃねーよな」
「ヘーキとかヘーキじゃないとか言ってる場合じゃないよ! あいつ──追わなきゃ!!」
「あ、ああ!! 急がねえと──ッ!!」
二人は、ヘリコプリオンが逃げた方向を注視しながらマリンチューブを抜ける。
他の展示スペースからも悲鳴が上がっているのが聞こえた。見ると、水槽から水槽へ摺り抜けて移動し、他の客の前へ姿を現しているようだった。
そして、走るよりも遥かに速い遊泳速度を見せつけるかのように、逃げ惑う客に襲い掛かると、その巨大丸ノコで切り刻み──黒い靄としてすぐに分解してしまう。
だが、先程自分に大きな打撃を負わせた二人が見えるなり、すぐさま水槽へと逃げていくのだった。
「人の影が妙に少ない──!! あいつ、魚だけじゃねえ!! 人まで食いやがったな!!」
「ッ……許せないよ──!!」
「ああ……援軍呼んだけど、待ってる場合じゃねえかも……あ」
「どうしたの!?」
「この先、イルカショーの会場だ!!」
「ええ!?」
幸い、イルカショーの時間ではなかったものの、イルカショーの会場へ行くと巨大ギンザメが案の定、巨大水槽を泳いでいるイルカたちを追い回している。
だんだん、と地面を蹴り彼女は跳躍しようとした。水槽に飛び込んでイルカを助けようとしたのである。
「待て照!! 危なすぎるぞ!!」
「で、でも!! イルカさんが──」
「よく考えろ!! 自由の効かねえ水槽の中で戦ってみろ、壁際に追い込まれたらどうなる!? 今度こそ真っ二つだ!! そうじゃなくても、人間の肺活量じゃあ長い間潜っていられない!! 息継ぎしようとした瞬間が隙になる!!」
「う、ううう……ッ!!」
そうこうしているうちに、ヘリコプリオンは一瞬で水槽の中を回遊したかと思えば、泳いでいたイルカたちをバラバラに切り刻む。
そして、イルカたちは一瞬で黒い靄へと成り果ててレプリレクスの一部として吸収されてしまうのだった。
「あ、ああ……そんな……!!」
「一瞬だった──あいつ、どんどん強く、速くなってねぇか!?」
自分一匹だけになった水槽の中をぐるぐると回遊し続けるヘリコプリオン。
残る獲物に目を付けたヘリコプリオンは水槽の壁を摺り抜け、照と亜紀良に目掛けて空を泳いで襲い掛かる。
「許せない……許せない許せない許せないッ!!」
バチッ、と照の目に稲光が走る。
一瞬で多くの人々の、そして目の前でイルカたちを切り刻んだレプリレクスを前に怒りが隠せない。
この近付いてくる一瞬が勝負、と踏んだ彼女は爪を大きく伸ばす。
「アキ君、あいつの弱点は──ッ!?」
「魚類なら鰓から体内を攻撃出来るが……まさかお前、真っ向から格闘するんじゃねえだろな!?」
「エラが弱点だね!! ……
イメージは、ネイルをグローで塗り固めるように。
自身の身体を駆け巡るエネルギーを爪に集中させていく。
「
極限まで爪を硬化させた照は、飛び込んできたヘリコプリオン相手に──側頭部に組み付いて爪を突き刺した。
「おい、てるてる正気か!?」
「ッにゃああああああああああああーっ!!」
暴れ、のたうち回るヘリコプリオン。それに飛びつき、しがみつきながらも照は敵を爪で滅多刺しにし続ける。
水槽に再び飛び込み、のたうち回るヘリコプリオンもまた、水槽にぶつかり続ける事で応戦を続けるが──側頭部に張り付かれてしまえば、自慢の電ノコも当たらない。
「て、照──ッ!?」
(確かに一回組み付いちまえば、不利な水中での鬼ごっこに付き合う必要はねェ!! だけど、長い事時間を掛けたら土左衛門だ!!)
だが、亜紀良は気が気でない。照が水中に潜ってから、既に50秒以上が経過している。並みの人間であれば息が苦しくなってくるころだ。
しかしそんな心配をよそに、彼女はヘリコプリオンに捨て身の攻撃を繰り出し続ける。鰓に爪を抉り込み、そして──遂に頭部を引き裂くのだった。
──
ヘリコプリオンの頭部がバラバラになり、黒い靄となって消える。
だが同時に──照の口からも泡が漏れた。呼吸困難になり、すぐさま水面に手を伸ばそうとする照だったが、服が水を吸ってしまっており、上手く浮上できない。
「がふっ、ごはっ……」
(重い──上に上がれない……っ)
溺れるとはこういう事なのか、と手をばたつかせる彼女だが、爪は消え失せ、尻尾も羽毛も消えてしまう。魔法の時間は終わり、彼女の変身は解除されてしまうのだった。
今の彼女は、着の身着のままで水に沈んだ愚かな少女でしかない。
(う、あ、折角のデート、だったのにぃ……全部、台無しになっちゃった……)
意識が遠のく中──水面に手を伸ばす。何かが──水面から手を伸ばして来た気がした。
※※※
「照ッッッ!! 照ッッッ!!」
服と靴を脱ぎ捨て、水槽に飛び込んだ亜紀良が深く沈んだ照を引き上げてプールサイドに揚げるまでには時間が掛かってしまった。
返事が無い。呼びかけても、頬を叩いても何も聞こえない。そればかりか呼吸をしていないのだ。
「クソッ、手こずっちまった……!! 水を吸った人間って、こんなに重いのかよ……ッ!! 救急車──ダメだ、スマホ諸共飛び込んだ所為で壊れてやがる……!!」
溺れて呼吸が無い人間に施すのは──胸骨圧迫と、人工呼吸だ。
顔を真っ青にしながら、亜紀良は躊躇なく彼女の胸に手を強く押し当て、心臓マッサージを開始した。
「照ッ、照ッ!! てるてるッ!! 速く──速く起きてくれッ!! 目ェ覚ませっ!! 照ッ!!」
必死に呼びかける。
その度に、今までの彼女との思い出がフラッシュバックしていく。
恥ずかしいだとか、そんな気持ちは全くなかった。今、彼女を助けてやれるのは自分しかいない。
何より、照に死んでほしくないという気持ちが彼を突き動かす。
(胸骨圧迫30回……ッ!! それと、人工呼吸2回──)
思い切って彼女の口を塞ぎ、息を吹き込む。
彼女が息を吹き返す事を信じ、諦めずに胸骨を押し込み続ける──そうしてしばらくしただろうか。
「がふっ!! ごほっ、ごほっ、ごほっ!!」
水を吐き出しながら、照が咳き込んだ。
「ッ……アキ、君」
「照……ッ」
思わず起きようとする彼女を手で制した。肋骨が折れているかもしれないからだ。
「てるてる……良かった……」
「あは、アキ君……泣きそうな顔、してる」
「誰の所為だと思ってんだよ!! あー、良かった……生きてて……ッ」
「ッ……えへへ、ありがと」
ふっ、と笑った彼女は──悲しそうに言った。
「でも……滅茶苦茶になっちゃった、何もかも」
「……そうだな」
「あたし……今日……楽しみにしてたんだよ」
「……そうか。俺もだよ」
「なんで、上手くいかないんだろ……? 邪魔されちゃうんだろ……?」
「そりゃあ──邪魔をしているからじゃのう。ジャバババ!!」
キッ、と亜紀良は声の聞こえてきた方を睨む。
イルカショー用の飛び込み台の上に──何かが居る。
レプリレクスではない。黒いローブを纏った何者かだ。
「誰だ!?」
「……いやぁ、お見事お見事。ワシの仕向けた恐竜兵器を退ける力……やはり、ワシの目はまだまだ濁っとらんかったようじゃのう」
男はふわりと飛ぶと、亜紀良達の前に降り立つ。そして、ローブのフードを脱ぎ、顔が露わになった。
それは──狂気的な笑みを浮かべた骨ばった老人の顔。亜紀良達からしても、見覚えしかない初老の男性だった。
「ッ……先生!?」
亜紀良も照も衝撃のあまり声を上げる。目の前にいるのは、トロオドンの群れに襲われて死んだはずの担任の教師・今道だったからである。
「……し、死んだんじゃなかったのか!?」
「トリックじゃよ。あれで表舞台から消える事が出来たからのう。あのトロオドン達は、ワシの可愛いペットじゃよ」
「どういう事……!? レプリレクスを操ってたのって……先生なの!?」
「空を見てみぃ!!」
今道は空を指差す。
そこには──ドス黒く口を開ける巨大な大穴の姿があった。
「……な、何だありゃ、ブラックホール!?」
「……古田亜紀良──いや、
あまりの情報量に亜紀良は開いた口がふさがらなかった。
大穴──空に開いたあの巨大な何かの先に、別の世界があるとでも言わんばかりに。
そして、今道の口ぶりは亜紀良の父の事を知っているようだった。
「……ワシの名はジャバウォック!!
普段ならば頭のおかしい妄言だと一蹴出来た。
しかし、今は話が変わってくる。彼の言う異世界を指し示すかのように、空には巨大な穴が開いている。
「なんで」
「……うん?」
「なんで──レプリレクスで、皆を襲ったの?」
「ほう? 怒っておるのか? 怒っておるのか──だが、立ち上がる気力もあるまい」
ジャバウォックが手を振りかざす。そこには黒い宝石が浮かび上がっていた。
「……だから、ワシが力を与えてやろう。本能と怒りのままに暴れる力というものを──ッ!!」
「っやめろ!!」
黒い宝石はジャバウォックが指を動かせば自然と動いていき──照の胸の中へと埋め込まれていく。
そして──びくん、と彼女の身体が跳ねた。そして、苦しむように悶え始める。
「てるてる!? おい、しっかりしろ!!」
「ア、アキ、君……ッ!?」
「漸く強い絶滅少女に出会えたからのう……! その力を以て、使命を果たせィ──
照の目から赤黒い稲光が放たれる。
「あき、君、助け──」
身体から黒い靄が噴き出し、溢れ始める。
そして──その身体が大きく膨れ上がりはじめ、亜紀良は思わず飛び退いた。
大きさ70cm以上に及ぶ爪は、更にケラチン質の物質に覆われ、90cmに達した。
「大事な者を喪う絶望に、そして大事な者を自ら手に掛ける絶望は、どのような味かのう!! ジャバババババ!!」
だらんと伸びた長い首に、獣の如きどっしりとした脚。そして長い尻尾。
見上げる程に巨大な、漆黒の恐竜。
獣脚類テリジノサウルス科──テリジノサウルスが、亜紀良の目の前に立っていた。
「てるてるが……レプリレクスになっちまった……!!」
※※※
「み、見るでござるよ、ツバサ殿!!」
「ええ。しっかりと確認しましたよ……ッ!!」
空に開く巨大な大穴。
飛行艇の窓からもそれがハッキリと確認できた。
まるでこの世の終わりかのような光景だ。
「……一体、何が起こって……!!」