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「シュルルルルルル──グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
目から赤い稲光を迸らせたテリジノサウルスは、咆哮すると藻掻き苦しみながら跳躍し、イルカショーの会場の壁を飛び越える。
亜紀良も照を追いかけるため、壁をよじ登って外に出るが、案の定既に悲鳴が上がっていた。目に映る者全てを敵と見做すかのように爪を振り回し、テリジノサウルスは街灯、ベンチを斬り刻む。
「てるてるッ……!!」
体の奥底から冷え切っていくような感覚。
照がレプリレクスになってしまった。もし、このまま暴れ続ければ、彼女がシノニムから討伐対象に指定されるのは時間の問題だ。
おまけにスマホは壊れてしまっており、ツバサ達に連絡する手段も無い。
「ジャバババババ!! 気分はどうかね、アラタの息子ッ!! そいつはライズン・レプリレクスッ!! 絶望した絶滅少女の到達点!! ……レプリレクスに対抗する存在がレプリレクスと化す気分はどうじゃ?」
「ッ……何でこんな事をするんだッ!! てるてるを元に戻せッ!!」
「幼馴染が大好きな恐竜になって嬉しいじゃろう? なあ?」
喜悦に満ちた表情でジャバウォックは笑いかける。
「ンな訳あるかッ!! ふざけた真似してんじゃねえぞ!!」
「……そうじゃよ。ワシは、オマエのその顔が見たかったッ!! アラタ──あの裏切者にも見せてやりたい光景じゃよ」
「裏切者……ッ!?」
「ああ、そうとも。古田 安良太──もといアラタは、元々この世界の人間ではないッ!! ……デイノアースにかつて迷い込んだ少女と駆け落ちしたのじゃよ!!」
とんでもない事を聞かされ、亜紀良は閉口する。
居なくなった父の出生を聞き──彼は信じられず、髪をかきむしった。
「父さんが、異世界人……待てよ。じゃあ何だ? 俺は……半分、この世界の人間じゃねえってのか!?」
「思い出せ、トロオドンに襲われた時の事を!! ……本当にこの世界の人間ならば、トロオドンの群れに噛みつかれた時点で死んでおるわ!!」
さぁ、と亜紀良の顔から血が引いていく。
照が覚醒するまでの長い時間、自分はトロオドンの攻撃に耐えていた上に──しばらくすると、トロオドンに噛みつかれた箇所が治っていた事を。
あの時は「そういうもの」として受け入れていたが、よくよく考えればおかしい事に気付く。
今回のヘリコプリオンや、ツバサの両親の話からしても、レプリレクスに襲われた人間は時間を置かずに黒い靄となって消えてしまうのだ。
「ウソだ……親父が異世界人で、俺はその息子……」
「この復讐の日をどれ程待ったことかッ!! あいつらそのものではなく、あいつらが一番大事にしておるお前をッ!! 最も絶望する方法で葬るッ!! それこそがワシの復讐じゃよッ!!」
その復讐方法は──幼馴染である照をレプリレクスとして差し向ける事。
現状照は、もがき苦しむようにして辺りのものを破壊して回っているが──あの爪が亜紀良の方へ向くのは時間の問題だ。
かと言って解決策も何も思いつかない。ジャバウォックは空を遠く飛んでおり、とてもではないが攻撃出来る距離には居ない。
亜紀良が「クソッタレ!! 卑怯だぞ降りてきやがれ!!」と叫んだ時だった。
「──忍法・群狼の術ッ!!」
「──
何匹もの狼の群れがテリジノサウルスの首に喰らいつく。
そして、固定された頭部目掛けて──天より降り立つ始祖鳥の蹴撃が炸裂した。
テリジノサウルスは呻きながら地面に倒れ込む。
その前には、既に変身したツバサ、そして代矢の姿があった。
「テリジノサウルスとは……また因果ですね」
「なぁに、二人掛かりなら怖い相手ではござらん!!」
「本音は?」
「正直怖いでござるッ!! ボッコボコにされたばかりでござるからなッ!!」
そう言いつつも追加でオオカミ達を繰り出す代矢。
それに続くようにしてグラップリングフックを近くの建物に引っ掛けると壁に張り付き、超高速の滑空でツバサはテリジノサウルスに突貫する。
「ダ、ダメだ!! 二人共──そのテリジノサウルスは──ッ!!」
壁を乗り越え、亜紀良は叫ぶ。
しかし、その声は虚しく、テリジノサウルスはオオカミを爪で引き裂き、そして跳びかかってきたツバサを頭突きで跳ね返す。
「ッぐぁっ!? なんて膂力──!!」
「代矢のオオカミたちがーッ!?」
「グォオオオオオオオオンッ!!」
前傾姿勢を取ったテリジノサウルスは死神の鎌の如き爪を振るい、二人に向かって襲い掛かる。
だが、吹き飛ばされたツバサは再びグラップリングフックを水族館の建物目掛けて射出すると代矢を抱きかかえて空中へと逃げる──
「かたじけない、ツバサ殿!!」
「あの巨体が、あの速度で迫ってくるのは脅威……どう処したものか。大分ダメージは与えたつもりですがね」
「あ、ツバサ殿!! ツバサ殿!! あそこに亜紀良殿が!!」
「……塀をよじ登ってますね……何やってるんですか、あの人……例のヘリコプリオンは倒したんでしょうか」
代矢を抱きかかえたままツバサは滑空。イルカショーの塀の傍に着地するのだった。
「亜紀良さん!! 何があったんですか!! 照さんは──」
「二人共ッ……ダメだ!! あいつを攻撃したら!!」
「ッ……!?」
塀をよじ登っていた亜紀良は、そのまま飛び降り、必死の形相でツバサに呼びかける。
「一体どういう──ッ」
「てるてるだ!! てるてるが……レプリレクスになっちまったんだよ!!」
「んな──ッ!?」
見境なく辺りのものを破壊して回るテリジノサウルスに二人は視線を向ける。
「う、嘘でござろう!? 照殿が!?」
「ジャバババババ!! 追加の絶滅少女のお出ましか!! ワシはいよいよ高見の見物と行こうかのう!!」
ふわふわ、と空中を浮く老人が嗤い──更に浮上していく。
「情報量が多すぎて、何から話せばいいのか分かんねーけど!! ジャバウォックって怪しいジジイが持ってきた石が、照の中に入って……そしたら、レプリレクスになっちまったんだ!!」
「待って下さい──ジャバウォック……!? 人が、レプリレクスに……? まさか、私達が今まで倒して来たのって……?」
ツバサは頭を抱える。
亜紀良からの情報は、これまでのレプリレクスの常識を覆すものだった。
暴れるテリジノサウルスに気を使いながらも、亜紀良は手短に此処まで得た情報を二人に話す。
だが結局、事態を好転させる情報は何一つ無いのだった。肝心の照を元に戻す手段が無い上に、ジャバウォックの姿が見当たらないのである。
「ジャバウォック……異世界デイノアース……そして古田博士の出身も、デイノアース!?」
「頭がごっちゃごちゃでござるーッ!!」
「俺だってごちゃごちゃだ……」
「ですが──今やるべき事は1つ。照さんを止める事です」
「ツバサちゃん!?」
「……照さんを人殺しにさせるわけにはいきません。十字架は私が背負います」
「ま、待てよッ!! つばちー!! 本気かよ!?」
背を向け、テリジノサウルスを睨む彼女は一歩踏み出した。そんな彼女の手首を亜紀良は掴む。このままでは、照が殺されてしまう。
「待て!! 何とか待てねえか!? 照だ!! あの中に居るのは照なんだよ!?」
「以前言った──絶滅少女が暴走して、シノニムが処分せざるを得なくなった事例──あの時、現場に居合わせて……結局、彼女を介錯したのは私です」
「ッ……」
「ですがあの時、私が躊躇した所為で……彼女を止めるまでに何人もの犠牲者を出した」
ツバサの目は昏い。
だが同時に、以前にも仲間を手に掛けたことで、既に自分の手が汚れてしまっている自覚があった。
今此処で照の息の根を止められるのは自分しかいない。
「……仮にも誰かの為に戦い、平和を願っていた彼女を、殺戮者にしてしまった事を、私は後悔してます」
「頼むよ、照を殺さないでくれ……ッ」
「……彼女が犠牲者を作る前に……始末するべき。これは、シノニムの意向でもあります」
「ッ──!!」
ツバサの手には、通信機が握られていた。
既に上層部にも照がレプリレクスと化した事は報告済みなのだ。
しかし、現時点で彼女を元に戻す手段は無い。現状は──照の息の根を止めるしかない。
「……大型獣脚類は非常に危険。更に空に開いた大穴を見て……各地から直に援軍がやってきます。時間は掛かりますが……」
「何だよそれ……散々お前ら、照をアテにしておいて、いざ照が暴走したらこれかよ!?」
「私だってやりたいわけがないでしょうッ!?」
鉤爪の手で亜紀良の肩を掴み、ツバサが必死の形相で叫んだ。
その頬には──涙の痕が伝っている。
「でも……照さんだって、自分の所為で犠牲者が出るのは望まないはずです!! 貴方が一番分かっているでしょう、トリガー!?」
「ッ……!! だけどな、俺だって照に死んでほしくねえんだよ!!」
レプリレクスによって殺された無数の人々にだって──家族がッ!! 友人が、恋人が居たんですッ!! 彼女の爪で、新たに悲しむ人を生むわけにはいかない……ッ」
亜紀良の手を振り払ったツバサはグラップリングフックを射出。そのまま空へと飛び上がる──
「……トリガー。だから──恨むなら、私を恨んで下さい」
「つ、つばちー……ッ」
「ツバサ殿!!」
納得できない。出来るわけがない。しかし──現時点で照を元に戻す手段があるわけではないのだ。
亜紀良はへたり込み、地面に拳を打つのだった。
「クソッ!! こんな時に……俺は何にも出来ねえのかよッ!!」
「ッ……亜紀良殿……」
「出て来いジャバウォック!! コソコソ隠れてんじゃねえ!! 照を──元に戻せェェェーッッッ!!」
亜紀良の絶叫が響き渡る。
しかし、ジャバウォックはそれを見て──上空からにたにたと嗤う。
復讐は順調に進みつつある。
「良い絶望だ……!! もっと、もっと苦しめ、アラタの息子ッ!! ──レプリライズッ!!」
黒い宝石を空から放り投げる。
それは徐々に鳥のような細身の簒奪者と化すのだった。
地面に降り立つなり、それらは大顎を開き、亜紀良と代矢に目を付けて襲い掛かる。
「ッ……亜紀良殿ッ!!」
「こいつら──ドロマエオサウルスか!!」
「ドロ!?」
「映画でおなじみ、ラプトルの仲間だ!!」
次々に襲い掛かる体長2メートルほどの「ラプトル」。
亜紀良は、その骨格からこれらをドロマエオサウルス科の代表選手・ドロマエオサウルスと判断した。
疾走し、辺りを取り囲んだ簒奪者たちは、飛び掛かってくるが──
「忍法・群狼の術ッ!!」
同じように群れ成すオオカミ達によって阻まれる事になる。
こうして、オオカミとドロマエオサウルス達による仁義なき戦いが始まったのである。
強靭な後ろ脚でオオカミの首を掴み、大顎で噛み砕こうとするドロマエオサウルスだが、小柄故に小回りが利くダイアウルフ達に翻弄され、なかなか仕留める事が出来ない。
そうこうしている間に、代矢は追加で二匹のオオカミを呼び出し、その背中に飛び乗るのだった。
「さあ、行くでござるよ、亜紀良殿ッ!!」
「行くって何処に!?」
「照殿の所でござるッ!! まさか──諦めるだなんて言わないでござろう!?」
「ッ……」
代矢の言葉に──亜紀良は頷く。
「……サンキュー、ダイちゃん……そうだな。てるてるは……絶対に助けるッ!!」
※※※
「照さん──照さんッ!! 戻ってきてくださいッ!! 私の声が聞こえませんかッ!? 照さんッ!!」
「グォオオオオオオオオオオン……ッ!!」
「お願いですッ……元に戻って下さい!!」
グラップリングで蜘蛛男のようにテリジノサウルスの周囲を飛び回るツバサ。
既に、爪竜は町中に出てしまっており、悲鳴と共に人々は逃げ惑っている。
そんな中、目の前にあるものを次々に爪で薙ぎ払いながら照は突き進んでいく。このままでは犠牲者が出るのも時間の問題だ。
「もう後悔はしない……ッ!! 私は迷わないッ……!!」
ビルの壁に張り付いたツバサは思いっきりそれを蹴り滑空する。
最大限の跳躍力から繰り出されるキック。それがテリジノサウルスの頭部を撃ち貫く──
「
──はずだった。
ツバサの気配を感じ取ったテリジノサウルスは、すぐに向き直り、腕を交差させると──巨大な両爪で蹴りを防いでみ出る。
「ッ……お願い、お願いだから!! 元に戻って……ッ!!」
反動で宙返りした彼女は再びフックを建物に撃ち込み、自らの身体を引き寄せる。
そして、再び空へと飛ぶと──大量の羽毛をばら撒き、刃のようにして射出するのだった。
羽毛は次々とテリジノサウルスに突き刺さり、悲鳴にも似た絶叫が響く。
その度に、ツバサの顔は曇っていくのだった。
(ダメ!! 攻撃の手を緩めたら……只でさえ不利なのに、勝てなくなる!!)
空中に飛び上がった状態から勢いを付ける。
そして落下と自らの重量を乗せ──最大限の飛び蹴りを叩き込む。
「──
しかし、それに対抗するようにしてテリジノサウルスも大きく爪を振り上げた。
照の必殺技──
両者の大技はぶつかり合う。しかし、流石に威力では敵わず、ツバサは地面に叩きつけられてしまうのだった。
羽毛は全て消え失せ、変身も解除してしまう。大型獣脚類型のレプリレクスと戦った事のないツバサは、その圧倒的な出力の差を嫌でも思い知るのだった。
「がはっ、ごほっ……照、さん……ッ! だから、戦いたくなかったんですよ、貴女とは……ッ!!」
「グオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」
「上手く、いかないものですね……ッ」
倒れ伏せるツバサ。その前に、テリジノサウルスが迫り、爪を大きく振り上げる──