「──シュゥゥゥゥゥーッコォォォォーッ……」
──この日、霧島 照という少女は朝からそれはそれはもう仕上がっていた。
口からは煙を吐く勢いで気合が入っており、まだ変身していないのに瞳孔が爬虫類のそれと見まがうほどに細くなっていた。
明らかに話しかけられるような空気ではない照の姿に、友人たちは怯えたように言った。
「シュゥゥゥゥッコォォォォーッ……」
「……おい、どうすんだよ、照……なんかダースベイダー卿みてーな音出してんだけど」
「──戦いの予兆、だな」
「うわ、古田ァ!?」
気が付けば、女子たちの横に腕組みした亜紀良が立っていた。何故かサングラスまで掛けて、まるで運動部の顧問の如き雰囲気を出している。
「今日が何の日か忘れたとは言わせねえ──そう、購買のキャンペーンデーだ」
「はい? あー、ウチらいっつも弁当だから気にしてなかったんだけど。アレ何なの?」
「──特大ベーコンエッグバーガーだ。信じられねえデカさのハンバーガーが、1人1個限定30食で売られる」
「そーなん!? ウチら、食べた事ねーんだけど」
「当然だ。例のバーガーを買い求めるのは大抵、運動部のワンパクボーイだからな。……そして、大食いのてるてる」
「は、はぁ……」
「だが、当然バーガー争奪戦は戦争だ。ラグビー部の男子共で押し合いへし合いになることもある。そして開幕1分を待たずとしてバーガーは消え失せる」
「こっわ……」
「だからてるてるは──マジだ。自らを極限まで追い込むため、この日は弁当を持ってこない」
「ハァ!? 自殺行為じゃねーか!!」
これは己に課す「縛り」。
失敗すれば昼飯は無いという極限の状況下だからこそ、限界を超えて戦えるというものだ。
ふしゅー、ふしゅー、と蛇のような声を口から出す彼女の脳内では授業終了後に如何にして最速で購買に辿り着き、バーガーを購入するかがシミュレーションされていた。
(今日の4限は体育。女子は体育館でバレーボール。購買から遠く、普通に走るだけでは辿り着く前に在庫を枯らされてしまう。だから、此処でショートカットを使う。体育館の通路は外に面していて、飛び降りれば大幅に距離を稼げる。安全性に関してはボイラーに飛び乗ればオーケー、かな)
※危ないので良い子は真似しないでね!
「だが、此処までやっても成功するとは限らねえ。なんせ昼休みが始まった途端に運動部が大挙するからな……」
「そりゃそうだろ」
「ちなみに先月は失敗して、帰る頃には餓死しかかっていた」
「バカじゃん……」
「……正直俺に出来る事はねぇ。強いて言うなら、あいつが失敗した時にデカい声で笑い飛ばしてやれること、だな」
「カスじゃん……」
仕方がないのである。こんな無謀かつ危険なチャレンジ、いい加減に卒業してほしいというのが亜紀良の本音だからだ。
(だが、今回──懸念点が1つあるんだよな……)
※※※
「てりゃぁぁぁーっ!! アタックナンバーワァァァン!!」
コートの中には魔物が潜むものである。照の気合の入ったアタックが炸裂する。
運動神経があまり良くない方の照だが、今日はキレッキレだった。
空腹+この後起こり得る戦闘によって頭の中のアドレナリンがドバドバ、気合が入り切っていたのである。
──尚、肝心のボールは相手のコートではなく自陣に落ちたのであるが。
「くッ!! 惜しいよッ!!」
「惜しいじゃねーよ、ふざけんな照ァ!!」
しかし、そんな事を今日の照は気にしない。
練習試合が終わった後も、ちらちらと体育館の時計を見て授業が終わるのを今か今かと待っているようだった。
「──随分とイレ込んでいるようですね」
「ッ!!」
照は思わず殺気を込めた視線で振り返る。そこには、いつも通りクールな顔のツバサが指でくるくると器用にボールを回している。
「トリガーから話は聞きましたよ。購買の限定メニューに随分とお熱のようですが」
「……ツバサちゃんには渡さないよ」
「何も言ってませんが?」
「今日のあたしは、阿修羅すら凌駕する存在だよ。バレーボールでも無敵だったしね」
「いや負けてたでしょう、貴女の所為で」
ある意味無敵である。
「悪いけど、誰が相手でもあたしの邪魔はさせないよ」
「そうですか。ところで張り切っている所悪いのですが──」
「なぁに?」
「……後で全力ダッシュしないといけないのに、体育で張り切って力を使いきったら意味が無いのでは……?」
「ッ──!!」
雷に撃たれたような衝撃を覚える照。
だが、もう全てが遅かった。授業終了5分前である。
「も、盲点だった……!! このあたしが計算を間違えた!?」
「ははーん、貴女ひょっとしてバカですね?」
「こ、これではいけない!! あたしの完璧なシミュレーションが崩れてしまう……!! このままじゃあ、購買に辿り着く前に力尽きちゃうよ!!」
「もう諦めません?」
「いいや!! 諦めないよ!! こうなったら──」
「1つ聞いておきます」
釘を刺すように、ツバサは照の肩を掴む。
「……”力”を、こんなところで使うんじゃないでしょうね? 照さん」
「……」
「正当な理由無く人前で”力”を行使するのは、私達の秘匿性を軽んじる行為、分かりますね?」
「……ワ、ワカッテルヨ?」
キーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り響く。授業終了の合図だ。
次の瞬間、照は体育館の床を思いっきり蹴って外へ飛び出していた──
「そーんじゃあ、授業は終わり、解散──って早ァ!?」
「あ、ああ、照さんが行ってしまった──」
彼女はそのまま体育館の通路の柵へ真っ先に飛び出し、パルクールよろしくそれを跳び超える。
”力”等使うまでもなく、彼女はそのままボイラーに飛び降り、そしてアスファルトへ降り立った。
そこで──地面に手をつき、肩で息をするのだった。
「ひゅ、ひゅこー……ひゅこー……!! も、もう無理、限界だよ……!!」
アホであった。
体育で力を使いきった彼女は、既に限界を超越してしまっていたのである。
足は小鹿のように震えており、目からは涙が出ており、口からは情けない声が出ていた。
(そ、そんな……! 折角、1ヵ月間シミュレーションし続けたのに──!! こんなところで終わるの──ッ!? た、体育さえ無ければぁ!!)
どう考えても自分の身から出た錆びである。しかし、諦められるわけがない。
彼女は一歩、また一歩、と這う這うで購買へ歩を進めようとする。だが、こんな足取りではバーガーが売り切れるどころか、昼休みが終わる前に購買に辿り着けるかが怪しいのだった。
「照さんッ!! 掴まっててくださいッ!!」
その時だった。呼ばれたかと思えば、照の身体はふわり、と宙に浮かび上がる。
自分の身体を強く強く抱きしめるのは──ツバサだ。校舎の壁にグラップリングフックを撃ち込み、振り子の要領でターザンのように照を連れ去って跳ぶ。
「ツ、ツバサちゃん!?」
「……この間の借りを返します。今回っきりですよ」
「え、え、なにするの!? さっきは”力”は使うなって──」
「グラップリングフックでのジャンプは私が訓練で身に着けたもの……”力”は使いませんよ!!」
そのままアメコミの蜘蛛男よろしく、フックを抜いては再び別の場所に撃ち込んでジャンプ──これを繰り返して購買への道を大幅にショートカット。
照が目を瞑っている間に、購買に辿り着いているのだった。しかも一番乗りで、照を山盛のバーガーが迎えるのだった。
「あ、あああ、夢にまで見たバーガー……!!」
そのまま体操服にセットしていた財布を取り出し、彼女はバーガーを購入。
後生大事に宝物のようにそれを抱きしめると、ツバサ共々外へ出るのだった。
振り返ると、運動部たちが大挙している。後少しでも遅れていれば、バーガーは手に入る事は無かっただろう。
目に大粒の涙を浮かべながら、照はツバサに頭を下げる。
「ありがとうっ、ツバサちゃん!! ツバサちゃんのおかげで、バーガー手に入ったよ!!」
「この間、少々手荒な真似をしてしまいましたからね。これはお詫びと思ってください。だから──礼はトリガーに言うべきです」
「え?」
(──なぁつばちー。あのバカと体育一緒だろ? もしよかったら、あいつがバーガー手に入れれるように出来る限りで助けてやってくんね? あいつ無茶しかねないし)
(それこそ無茶ぶりですね……ですが良いでしょう。私は彼女に借りがあるので)
「アキ君……!」
「全く、本当にあの人もお人好しですね」
「う、うう、もう、素直じゃないんだから……えへへへへへ」
嬉しさやらなにやらで顔が綻ぶ照。
しかし、反面ツバサは渋い顔。
(……ま、それでも失敗したら笑い飛ばしてやるよ、って言ってたのは……黙っておきましょう)
「何でも良いんで、早く食べたらどうです? 冷めたら勿体ないですよ」
「うんっ……」
バーガーの包を開けると、香ばしいパティとパンの香りが鼻腔を突き抜けた。
間から覗くベーコンと厚焼き目玉焼きが強く目を引く。
ぐぅ、と腹の虫が鳴り、ヨダレが出てきた。一思いに被りつこう、と彼女は大きな口を開ける──
「──キィィーッッッ!!」
「あっ」
「あっ」
──その時だった。
黒い影が照の手元を横切った。
そして次の瞬間にはもう、バーガーは彼女の手からは消えていた。
一般的な海鳥とはかけ離れた一回り大きな身体、そして赤い紫電を迸らせた目。
更に──極めつけには鋭い歯の並んだ嘴。
あれがレプリレクスであることは確実だった。しかしそれ以上に、漸く手に入ったと思っていたバーガーがいきなり手が消えた事をまだ認められていないのか、照は虚無を口元に運ぶ。
「あ、あれ、おかしいなっ……? なにも、ないよ? まだ、なにもたべてないのに……あはははは、おかしいなぁ」
「おーいっ!! 上手くいったか──!? い”ッ」
そんな中、向こうから手を振りながら亜紀良が駆けてくる。だが、何かイレギュラーが発生した事は一目で理解したようだった。
照は──血涙を流していた。
「あの、てるてる……? え? どうしたん? 人間って、こんなカジュアルに血涙流して良いの?」
「トリガー、大変です。最後の最後でレプリレクスに……バーガーをパクられました」
「はぁ!?」
「アレです」
問題の海鳥は、此方を挑発するようにずっと照の頭上を飛び回っている。その姿を見た亜紀良はピンと来たのか指を差して叫ぶ。
「ありゃあ……イクチオルニスか!?」
「イクチオサウルス?」
「いや、それはイルカに似た海生爬虫類な? そっちじゃなくってイクチオルニス──白亜紀後期に生息していた海鳥だよ。原生生物で近いところで言えばカモメだな」
「沖のカモメにバーガーパクられてツイてねぇ……って事ですか」
「キィイイイイイーッ!!」
バーガーを丸のみにしたイクチオルニスは、次の獲物を照達に定めたのか、急降下して襲い掛かる。しかし──海鳥は喧嘩を売る相手を間違えた。
「──あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
絶叫。
一瞬で変身した照がイクチオルニスの身体をその大爪で八つ裂きにしてみせる。
瞬殺であった。海鳥如きが獣脚類に勝てるはずがない。
そのまま、海鳥型レプリレクスの身体は黒い靄のようになって消え失せるのだった。しかし──なんと虚しい勝利だろうか。バーガーが戻ってくるわけではない。
変身を解除した彼女はへたり込む。
「あっ、ああっ、あああっ……ははははぁぁぁん……うあああああん」
慟哭が──響き渡る。いつまでも、いつまでも。
流石のツバサも気の毒になったが、経緯が経緯だけに何も声を掛けられず、代わりに隣に立つ亜紀良に問うた。
「……どうしたんですか? 私が助けても失敗したら、思いっきり笑い飛ばすんじゃなかったんですか?」
「……流石に笑えねえよ……あんまりだ……」
「そうですか……貴方にもまだ人の心があったんですね」
誰にも非は無い。強いて言うなら、アンラッキーと──ダンスっちまった点である。最後の最後で。
※※※
「ほら、美味しいですか? 照さん」
「まだ沢山あるぞ、いっぱい食え、てるてる」
「うっうっ、うう、うあああん……優しさが染みるよう……」
結局、応急処置として空腹の照の口にはカロリーメイトを押し込んで持ちこたえて貰い、そのまま放課後に3人で近くのハンバーガーショップに立ち寄った。
トレーの上には照の分のハンバーガーがこんもりと置かれている。自分が払うわけではないとはいえ正直会計が怖い亜紀良だったが、家に着く前に照がブッ倒れるよりは数倍マシだった。
「でも良かったのかよ、つばちーの奢りで」
「借りがもう1つ増えてしまったので。小型とはいえ、今日も照さんにレプリレクスを倒して貰いましたから」
「おいおい、この量だぜ?」
「私はこれでも収入があるんですよ。”仕事”のね」
「成程な」
どうやらシノニムからは給料が出るらしい。主に倒したレプリレクスの数や貢献度に応じて、だ。
ツバサは組織に正式に所属しており、学校に転校しているのも監視活動の一環の為、継続して月給をもらっているのだという。いずれは照にも、協力報酬が支払われるらしい。
「あー……やっとお腹が落ち着いた……」
膨れた腹を摩りながら、照は満足げに呟いた。量もそうだが、平らげる速さもすさまじい。6個の大きなハンバーガーが一瞬で彼女の胃に吸い込まれていった。
「想像を絶する食いっぷりですね……元々こんなに食べる方だったんですか?」
「いや? 最近のコイツが食う量は正直異常だ。ま、あのバカデカバーガー狙ってんのは元からだったけどな」
「そーなんだよ……正直困ってて」
「だとすると、やはり”力”が目覚めたのが原因でしょう」
曰く。絶滅少女に覚醒した事で、身体が無意識にエネルギーを必要とするようになっており、それで食べる量も増えているのだろう──と言う事だ。
「やっぱり、食べる量が増える子は多いの?」
「ええ。獣脚類型は特にそうです。平時からでも消費エネルギーが多いので……でも、力のコントロールさえ身に付ければ、次第に改善されますよ」
「コントロール?」
「実戦を重ねるか、訓練を積むか……いずれ、照さんには乗り越えて貰う試練です。しかし、コントロールを見に着ければ爪が日常生活で伸びすぎる問題も解決します」
「ほんとっ!?」
「やったじゃねえか、てるてる! ネイル、辞めなくて済むな!」
「一朝一夕で身に着くならだれも苦労はしないんですがね……私も時間は掛かりましたから」
「そ、そーなんだ……」
「今は場所が場所なので詳細は省きますがね」
小さな口でハンバーガーにかぶりつくツバサ。その横で亜紀良はシェイクを飲むのだった。
「……でも、良かったよ。バーガー食べられちゃったのは悲しかったけど、この3人で一緒にゴハンに行けて」
「そうだな。こういうのもたまには悪くないのかもしれねえ」
「ツバサちゃんが良かったら、また今度何処かに食べに行こうよっ」
「私、で良いんですか?」
きょとん、と彼女は首を傾げる。大歓迎だ、と言わんばかりに頷く亜紀良と、自らの手を握る照。
二人の顔を眺めていると──ふと、亡くなった両親の顔を思い出す。
バイエルンに居た頃は、よくこうして一緒に食卓を囲んだものだ、と少しセンチメンタルになるのだった。
(そういえば、誰かと一緒に何かを食べるの、久しぶりかもしれない……)
ツバサはフッ、と微笑んだ。答えは勿論、決まっていた。こうして、わちゃわちゃするのも、誰かと食事の時間を共にするのも──悪い気はしなかった。
「もちろん。その時は呼んでくださいね」
※※※
──照達は気付いていなかった。
「見たか?
「はいっ、兄者。凄まじい力、粗削りではあるものの……規格外でござる」
「……獣脚類型の絶滅少女は貴重だ。そのトリガー諸共、俺達の手中に収めるとしよう」
自らをつけ狙う、
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