「なんだか実感がわかないよ」
ハリーは窓の外を眺めながら呟く。
まあ、それに関しては同意見だ。
あのサンタクロースの劣化版のような老人が来てから、
私の人生はレールから外れた。
いや、自らが進んでいるレールを知らされただけなのかもしれない。
「まあでも、最低限の衣食住は確保されたんだから、多少は良くなったんじゃない?」
「確かに」
けたたましい汽笛とともに、汽車が少しずつ動き出す。
次第に汽車は速度を増していき、窓から見える駅のホームがぷっつりと途切れた。
「ここ、あいてる?」
不意にコンパートメントの扉が開く。
そこに立っていたのは先ほど駅のホームにいたロンと呼ばれていた少年だった。
「ええどうぞ」
私が向かい側の席を指さすと少年は遠慮がちに腰かける。
少年の鼻の頭が少し汚れていたのが気になったが、自己紹介の前に指摘するようなことでもないだろう。
「僕、ロナルド・ウィーズリー。家族はみんなロンって呼んでるから君たちもそう呼んでよ」
「私の名前はサクヤよ。よろしくねロン」
「僕はハリー。ハリー・ポッター」
ハリーが名前を出すと、ロンは目を大きく見開く。
「じゃ、じゃあ君がその……本当かい? それじゃあ、本当にあるの? ほら……」
そういってロンはハリーの額を指さす。
額に何があるというんだと思ったが、ハリーが髪の毛を持ち上げるとそこには稲妻型の傷跡があった。
「痛々しい傷ね……シャワールームで転んだの?」
私は冗談めかして言う。
だがロンはそんな私の冗談が聞こえていないのか、ハリーの傷を見てぽかーんと口を開けていた。
「それじゃ、これが例のあの人につけられたっていう……」
「うん。でもなんにも覚えていないんだ」
「なんにも?」
ロンは興奮気味にハリーに聞く。
「そうだな……緑の光がいっぱいだったのはなんとなく覚えてるけど、それだけだよ」
「うわーっ!」
ロンはしばらく呆然とハリーを見つめていたが、私が咳払いをするとハッと我に返った。
「君の家族はみんな魔法使いなの?」
今度はハリーがロンに聞く。
ハリーからしたら魔法使いの家族というのは興味をそそられる対象らしい。
「うん、多分。近い親戚はみんな魔法使いだよ」
純粋な魔法使いの家系。
マルフォイの基準から言ったら優秀な魔法使いの家系ということだろう。
「そっか、なら君はもういっぱい魔法を知ってるんだろうな」
ハリーが少し羨ましそうに言う。
「ま、まあね」
ロンはそう言うが、私はロンが少し目を泳がせたのを見逃さなかった。
「ホグワーツに入学するのは僕で六人目なんだ。上の兄弟たちはみんな優秀だから期待に沿えるかどうか……ビルとチャーリー、長男と次男はもう卒業したんだけど、ビルは主席だったし、チャーリーはクィディッチのキャプテンだった。それで今年はパーシーが監督生だ。双子のフレッドジョージはおちゃらけているけど成績はいいみたいだし……」
ロンは恥ずかしそうに頬を掻く。
なんやかんやいって優秀な家族を持って誇らしくはあるらしい。
「だから何か凄いことをしたとしても、兄弟と同じで別に凄いことじゃなくなっちゃう。それに上に五人もいるから新しいものは何も買ってもらえないんだ」
そう言ってロンは着ている服の裾を引っ張った。
「服はビルのお古だし、杖はチャーリーのだし、ペットはパーシーのお古だ。パーシーは監督生になったお祝いにフクロウを買ってもらったんだ」
ロンはポケットから太ったネズミを取り出す。
ネズミはロンに掴まれてもぐっすりと寝ており、起きる様子はなかった。
「あら、このネズミ怪我してない?」
私はロンのネズミの指を触る。
「え? あ、本当だ。指が欠けてる。このありさまだよ」
ロンも今気が付いたらしく、大きくため息をついた。
「スキャバーズって名前なんだけど、寝てばかりで役立たずなんだ。僕に新しいものを買ってくれる余裕はうちには……」
そこまで話してロンは恥ずかしそうに口を噤む。
「あら、貧乏自慢なら負けないわよ」
私は着ているTシャツの胸元を少し引っ張る。
「このTシャツなんて私の前に十人は着てるわ。靴の底だってすり減りすぎて溝がなくなってるもの」
私は靴を脱いでひっくり返す。
私の予想に反して、靴底がなくなっているどころかつま先に穴が開いていた。
「えっと、君のうちも大家族なのかい?」
「ある意味ね」
私はそう言っていたずらっぽく微笑む。
ハリーはなんて言っていいかわからないといった顔をしていたが、おずおずとロンに言った。
「サクヤの家は孤児院なんだ」
「……なんかゴメン」
「よかろう」
ロンは顔を赤くして謝る。
私は何故謝られたのか分からなかったが、取り敢えず許しておくことにした。
その瞬間、コンパートメントの扉がコンコンと叩かれる。
私が扉を開けると、そこには車内販売であろうおばさんがお菓子が山盛りに積まれた台車を押して立っていた。
「何か買うかい? ホグワーツに着くころには夜になっているからお昼を持ってきてなかったら買っとくといいよ」
おばさんはニコニコと私たちに笑いかける。
私はハリーとロンに目配せした。
「僕はサンドイッチ持たされてるから」
そう言ってロンは口ごもる。
私とハリーはそれぞれ小袋からガリオン金貨を二枚つまむと、車内販売のおばさんに渡した。
「よくわからないからこれで買えるだけください」
車内販売のおばさんは金貨を受け取ると、色々なお菓子を山のように私に渡してくる。
ある程度のお菓子の物価を調べようと思って渡したガリオン金貨だったが、私の予想以上に魔法界のお菓子の値段は安いようだった。
「君さっきの貧乏自慢はなんだったのさ!」
ロンは少し強い口調で私に文句を言ってくる。
「どうも私には誰かは知らないけど亡くなった親族の遺産が多少あるということが最近分かったのよ」
「ガリオン金貨二枚を多少かい? くっそー、なんかズルいぞ。マーリンのひげ!」
「まあまあ、みんなで食べましょうよ。」
ロンは遠慮なしと言わんばかりに早速お菓子に手を付け始めた。