「ロン、ついでに色々魔法界のお菓子について教えて頂戴」
大自然の中をまっすぐホグワーツへ向けて突き進んでいく列車の最後尾のほうのコンパートメントで、私とハリーとロンは車内販売で買ったお菓子を広げていた。
私はロンが手をつけている五角形の箱を手に取る。
箱には蛙の絵が書かれていた。
蛙肉でも入っているのだろうか。
「蛙チョコだよ。オマケで有名な魔法使いのカードが入ってる」
私が箱を開けると、中からチョコレートの蛙が勢いよく飛び出す。
私は咄嗟に蛙を掴むと、足を摘んで目の前に持ち上げた。
「なんか動いてるけど……」
私の手から逃れようと蛙は手足をバタつかせている。
色や匂いは確かにチョコレートだが、動きは本物の蛙のそれだった。
私は食べ物の選り好みはしないタイプだが、こうもリアルな動きをされると少し躊躇ってしまう。
「魔法が掛かってるんだ。味は普通に美味しいよ」
私は暴れる蛙チョコの頭をかじり取る。
蛙チョコは少し手足をバタつかせると、息絶えるように動かなくなった。
「確かに味は普通にチョコレートね」
私は蛙チョコの残りを口の中に放り込む。
モゴモゴとチョコレートを咀嚼しながら、箱の中に入ってるカードを取り出した。
「誰だった?」
ロンは興味深々に聞いてくる。
カードにはマーリンと書かれており、その下にマーリンの肖像画が印刷されていた。
「マーリンね」
「もしアグリッパかプトレマイオスが出たら交換して。僕まだその二枚だけ持ってないんだ」
マーリンは私の方を見て慌てて真面目そうな表情を作る。
「魔法界では写真まで動くのね・・・」
「それじゃあ、マグルの世界では写真は動かないのかい?」
ロンが驚いて聞いてくる。
「ええ。」
「魔法界では非魔法族の常識は捨てた方が良いみたいだ。」
ハリーが言った。
「またいつか僕にマグルの世界のこと教えてよ。」
そう言ってロンは自分が開けたチョコのカードを確認する。
「また魔女モルガナだ。僕これ五枚は持ってるよ……」
その後、ハリーも加わって次々に蛙チョコを開けていく。
蛙チョコを食べ終わる頃にはアルベリック・グラニオンやキルケ、ヘンギスト、パチュリー・ノーレッジなど名前も聞いたことがない様々な魔法使いのカードが私の手元に残った。
・・・まあ、聞いたことがある魔法使いなんてダンブルドアとセシリアぐらいなのだが。
「アルバス・ダンブルドア、近代の魔法使いの中で最も偉大な魔法使い……ね。ホグワーツの校長はこの人だっけ?」
私はダンブルドアのカードの裏の説明文を読みながらロンに聞く。
「うん。生きている魔法使いの中では一番有名なんじゃないかな」
「闇の魔法使いグリンデルバルドを破った。ドラゴンの血液の利用法の発見。ニコラス・フラメルとの共同研究……ハリーを襲ったのってこのグリンデルバルドっていう魔法使い?」
「ううん。ヴォルデモートっていう名前だって聞いてるけど」
ヴォルデモート、聞いたことのない名前だ。
ハリーがその名前を出した瞬間、ロンがギョッと驚いた表情を浮かべた。
「き、君今名前を言った!?」
ロンは驚愕と称賛が入り混じった目でハリーを見る。
「どういうこと?」
私は小声でハリーに聞く。
「魔法界では名前を出すことすら憚られるほどには恐怖の対象みたい。……ロン、違うんだ。別に名前を言うことで勇敢だって示したいわけじゃないんだ。ただ、名前を言ってはいけないって知らなかっただけで……」
そう言って、ハリーは少ししょぼくれる。
「きっと、僕クラスでビリだよ。魔法界のこと何にも知らないし」
「そんなことないさ。マグル出身でも優秀な魔法使いは沢山いるよ!」
ロンはそう言ってハリーを元気付ける。
次の瞬間、コンパートメントの扉が開かれた。
そこに立っていたのは自分たちと同じぐらいの歳の少年だった。
一つ気になる点があるとすれば、半べそを掻いているところだろうか。
「あの、僕のカエルを見なかった? 気がついた時には逃げちゃってて……」
この様子だと前の車両から一つずつコンパートメントを訪ねているのだろう。
私は流石に不憫に感じたので私のカエルをあげることにする。
「貴方のカエルは見てないけど、私のをあげるわ。だから元気出して」
私は座席に置かれた蛙チョコの箱を一つ少年に手渡す。
「次は逃げられる前に食べるのよ?」
私は少年の肩をポンポンと叩くと、コンパートメントの扉を閉じる。
そして何事もなかったかのように座席に戻った。
その様子をロンとハリーはポカンとした顔で見ている。
「ん? どうしたの? 二人揃って」
「あ、いや。何でもない……あ、そうだ! 実は昨日スキャバーズを少しは面白くしてやろうと思って黄色に変えようとしたんだよ。でも呪文が効かなかったんだ」
ロンはわざとらしく話題を変える。
「へ、へえ。やって見せてよ」
ハリーも戸惑いつつもロンの話題に乗った。
「多分失敗すると思うけど……」
ロンはポケットからスキャバーズと杖を取り出す。
ロンの杖はお下がりというだけあってあちこち欠けており、先端からは白い芯材がはみ出ていた。
「ユニコーンのたてがみがちょっと見えてるけど、多分大丈夫なはずさ」
「魔法界にはユニコーンまでいるの?」
私は驚いて聞いてしまった。
「うん。ユニコーンはホグワーツの森にもたくさん生息してるってフレッドとジョージ・・・あ、僕の双子の兄さん達が言ってたよ。」
ロンはスキャバーズに向かって杖を振り上げる。
その瞬間、またコンパートメントの扉が開いた。
そこに立っていたのは少女だった。
後ろには先程私が蛙チョコを渡した少年を連れている。
「ネビルのカエルを見なかった? 蛙チョコじゃなくてヒキガエルね」
どうやらカエルはカエルでもチョコレートではなく肉のほうだったようだ。
だが、流石にカエルの挽肉は持ち歩いていない。
「カエル肉はちょっと……」
「ペットのヒキガエルよ!!」
少女は強い口調で私に言う。
どうやら大きな勘違いをしていたらしい。
そもそも私にはカエルは食料にする以外の発想はなかった。
「ごめんなさい。てっきり蛙チョコの話かと……百味ビーンズあげるから許して」
私は机に広げてあった余り物の百味ビーンズの箱を手に取って少女に差し出す。
少女は百味ビーンズの箱を覗き込むと声を荒げた。
「やばそうな色のビーンズしか残ってないじゃない!」
「じゃあ蛙チョコを……」
「もういいわ! って、もしかして魔法を掛けようとしてたの?」
少女は憤慨してコンパートメントを出ていこうとしたが、ロンが杖を取り出していることを目敏く見つける。
「やってみせてよ」
カエル探しはどこへやら、少女はロンが掛けようとしている魔法に完全に気を取られていた。
その様子を見てカエル探しの少年はいっそう目に涙を浮かべる。
流石に少年が可哀想なのと、私の勘違いで更に傷つけてしまったようなので私もカエル探しを手伝うことにした。
私は少女と入れ替わるようにしてコンパートメントを出る。
「さっきはごめんね。私の勘違いだったみたい。一緒にヒキガエルを探しましょう?」
私がそう言うと、遂に少年の目から涙が溢れ落ちた。
「ありがどう。ぼぐ、ネビル・ロングボトム」
少年は涙声で自己紹介をする。
「そう、よろしくネビル。私はサクヤよ」
私は孤児院のちびっ子にやるみたいにネビルの顔をハンカチで拭く。
「それじゃあネビル、私は前の車両を探してくるから貴方はもう少しこの車両を探して、あの女の子の知的好奇心が満たされたら一緒に戻ってきなさい。私も先頭まで行ったら引き返してくるから、途中で合流しましょう?」
私はネビルが頷いたのを確認して、前の車両へと歩き出す。
コンパートメントの扉はきっちりと閉まっているため、カエルがいるとしたら通路の隙間や車両の貫通路だろう。
私は隙間を確認しながら前の車両へと進んでいく。
しばらく探していると、前から見知った顔が近づいてくるのが見えた。
「おや、サクヤじゃないか!」
通路を歩いてきたのはマルフォイだった。
横にはガタイの良い少年を二人連れている。
入学したてで既に取り巻きがいるとは。
やはり名家は一味違うということだろう。
「はあい、ドラコ。元気そうね」
私は通路の隙間を覗き込みながらマルフォイに対し片手をあげて挨拶する。
マルフォイはそんな私の様子に不思議そうな顔をした。
「何か探しているのかい?」
「ええ、カエルを探しているのだけど……貴方たちは見なかった? ヒキガエルよ、チョコレートじゃないわ」
「カエルって……ペットの?」
「そう、ペットの」
私がそういうとマルフォイは押し黙り真剣に何かを考え始める。
そして横にいる少年たちに声を掛けた。
「おい、クラッブ、ゴイル、カエルを探すぞ」
そう言ってマルフォイは私と同じように通路の隙間を覗き始める。
クラッブ、ゴイルと呼ばれたガタイの良い少年たちは顔を見合わせると、マルフォイと同じようにカエルを探し始めた。
「一緒に探してくれるの?」
私がそう聞くと、マルフォイは少し顔を赤くしながら答える。
「正直ヒキガエルなんて時代遅れだけど、大事なペットなんだろう?」
「ええ、そのようね。ありがとう!」
私はマルフォイの手を握って笑顔でお礼を言う。
マルフォイはいっそう顔を赤くすると、隠すように姿勢を低くした。
「ドラコ、あなた顔が真っ赤になってるけどどうしたの?
体調が悪いなら寝てた方が良いんじゃない?」
「な、 何でもない!!」
風邪でもひいたのかしら。
本人が何でもないと言うのなら仕方ないけど・・・
「カエルだったらきっと低いところにいるはずだ……僕はこれでも生物学には詳しくてね……」
「じゃあ私は前の車両を調べてくるわ。ドラコは後ろをお願い」
私はこの車両をマルフォイに任せると、貫通路を通って更に前の車両へと移動した。
気取ったお坊ちゃんではあるが人を思いやれるいい子じゃないか。
私は感心しつつ先頭の車両までカエルを探し、最後に車掌に話を聞く。
カエルは見ていないとのことだったが、そろそろホグワーツに着くから制服に着替えた方がいいと助言を受けた。
私は車掌にお礼を言うと、来た道をまっすぐ引き返す。
結局前の車両にはカエルはいなかった。
どこかのコンパートメントに潜り込んでいるとしたらホグワーツに着くまでに見つけ出すことはできないだろう。
私はカエル探しを諦めると最後尾の車両まで戻った。
その途中で少し悔しそうなマルフォイたちとすれ違う。
「ごめん、君のカエルは見つからなかったよ」
マルフォイは申し訳さなそうに言う。
別にカエルは私のではない。
マルフォイは何か勘違いしているようだが、私はマルフォイの横の少年が指に怪我をしていることの方が気になった。
「大変、血が出てるわ」
「馬鹿なネズミに噛まれたんだ」
指を怪我している少年はたどたどしく言った。
私は小物入れから絆創膏を取り出すと、少年の指に貼る。
「いい? 向こうに着いたらすぐに先生に言って適切な治療を受けること。そのままにしてると最悪腕が腐り落ちるわよ?」
怪我した少年はわかりやすく恐怖に顔を歪める。
ネズミはどんな細菌を持っているかわからない。
少々大袈裟に脅しておいたほうがいいだろう。
「ああ、そうだな。ホグワーツに着いたら清めの魔法と治癒の魔法を掛けてもらおう。サクヤ、僕が責任を持ってゴイルを医務室に届けるよ」
マルフォイはポンとゴイルの肩を叩く。
その様子なら安心だろう。
私は立ち去るマルフォイたちの後ろ姿を見送り、自分の荷物の置いてあるコンパートメントに戻った。
私がコンパートメントに入ろうと扉に手を掛けた瞬間、中からロンの声が聞こえてくる。
「スキャバーズが喧嘩してたんだ。僕たちじゃないよ。よければ着替えるから出ていってくれないか?」
「みんながあんまりにも子供っぽい振る舞いをするもんだから様子を見に来ただけよ」
いきなりコンパートメントの扉が開き、先程ネビルのカエルを探していた少女が通路へと出てくる。
かなり機嫌が悪いのか、ズンズンと足を踏み鳴らして私の横を通り過ぎていった。
「着替えるなら少し待ってた方がいいかしら」
私はコンパートメントを覗き込み、中を確認する。
床にはお菓子が散乱しており、しかめっ面のロンがスキャバーズを片手に立ち尽くしていた。
「……えっと、ハリケーンにでもあったの?」
「なんでもない! 着替えるからちょっと待ってて」
ハリーは口早にそう言うとコンパートメントの扉を閉める。
数分慌てて荷物をひっくり返す音が聞こえた後、ホグワーツの制服姿の二人がコンパートメントから出てきた。
「誰も入ってこないように見てるから」
「ありがと」
私はハリーとロンと入れ替わるようにコンパートメントに入る。
先程と比べると、コンパートメントの中はいくらか片付いていた。
「さて……と」
私はスーツケースの中からホグワーツの制服を取り出すと、着ていた服を脱いでホグワーツの制服へと着替える。
足首まで届く長いローブは去年孤児院で行ったハロウィンの仮装を思い出させた。
「もういいわよ」
私はコンパートメントの扉を開いて二人を呼ぶ。
次の瞬間、車内に先程話を聞いた車掌の声が響き渡った。
「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は学校に届けますのでそのまま車内に置いていってもらって構いません」
私は扉の前に立つ二人の顔を見る。
ハリーもロンも私と変わらないぐらい顔を青白くしていた。
「大丈夫? 随分顔色が悪いけど……」
ハリーとロンは互いに顔を見合わせる。
「いや、ちょっと緊張してるだけ」
ハリーは音が聞こえるほど大きく唾を飲む。
「とにかく、降りる準備をしよう」
ロンは広げていた荷物を片付け始める。
私も余ったお菓子を自分のスーツケースに詰め込んだ。
汽車は次第に速度を落としていき、車両の通路は生徒で溢れかえる。
「焦ることもないし、みんなが降りてからゆっくりいきましょう?」
窓の外の景色が完全に停止する。
ガチャンと扉が開く音がしたあと、通路にいた生徒達が堰を切ったように出口へと進んでいく。
私たちはコンパートメントで少し待機し、人の波が落ち着いてから汽車を降りた。
そこは小さなプラットフォームだった。
周囲はすっかり暗くなっており、周囲は若干肌寒い。
ああ、北に来たんだなぁと私がしみじみ思っていると、前から大きな影が近づいてきた。
見間違いようがない、ハグリッドだ。
「一年生! 一年生はこっちだ! よぉ、ハリー、サクヤ、元気そうだな」
大きなランタンを持ったハグリッドは私たちのほうを見て笑いかけてくる。
少し話そうかとも思ったが、ハグリッドは私たちの返事を待たずにズンズンと小道を進んでいってしまった。
私たちは急いでハグリッドの後を追う。
ハグリッドは草木を掻き分け、踏みしめながら先頭を歩いていく。
「もうすぐホグワーツが見えるぞ」
ハグリッドがこっちを振り返りながら言う。
その瞬間狭い小道が一気に開け、大きな湖の畔に出た。
「これが、ホグワーツ……」
湖の向こうには古めかしくも大きな城が見える。
城には大小様々な塔が伸びており、星の光が窓に反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。
他の生徒と同じように私は星明かりに照らされるホグワーツ城に見惚れる。
私はこれからあのおとぎ話から出てきたような城で魔法を学ぶのだろう。
今までの孤児院とは違う。
今まで暮らしてきた世界とは違う。
「四人ずつボートに乗って!」
ハグリッドは湖に繋がれているボートを指差す。
私とハリーとロンはカエルを探していた少年、ネビルとともにボートへと乗り込んだ。
「みんな乗ったか? よし、進めぇ!」
ハグリッドは一年生全員がボートに乗り込んだのを確認すると、大きな声で号令を出す。
すると、ボートは湖の上を、滑るように進んでいった。