彼は毎週土日に、ジャージを着込んだのちにランニングシューズを履いて、家を飛び出す。所持品はスマホや飲み物のみである。
以前までのそれはただの作業であったが──友人である耳郎響香と共に走ることになってから、彼はずっと心の調子がよい。毎週のこの時間が楽しみであったのだ。
しかし気づかぬうちに迅る心と違い、いつも通りの道を走る姿は綺麗で“いつも通り”だ。見苦しくない走行フォームを定着させるために走っているのだし、そこを疎かににする彼ではなかった。
公園を経由し、コンビニにたどり着くとそこにはあくびを噛みころす耳郎響香がいた。彼は可愛いと思った。
似たり寄ったりのジャージを着用し、コンビニ前に佇む彼女は少し眠そうだが、やる気は充分である。
「おーい、耳郎さん」
「お、ゴモラおはよ」
「うん。おはよ」
何気なく会話するこの瞬間が楽しい。同じ努力を積み重ねることのなんと甘美なことか……顔を向け合い出会の挨拶を交わして、二人は並び立つ。
「手足首、伸ばした?アキレス腱とかはストレッチしといた方がいいよ」
「あー、やってないわ。ちゃちゃっとやっちゃうから待ってて」
「おっけー」
穏やかな時間はどうあっても過ぎていくものだが、そのゆるやかな流れも心地よく思える。ひたむきな努力はただ美しく、触れて不快なことなどない。
彼は今日も彼女は
「あと一周!」「あと一周だから!」「もう…一周!」
と、踏ん張って頑張って走るんだろうな、と思い浮かべていた。彼女はとてもストイックで、頑張りやさんだ。だからこそ協力したいと思える。
すぐさまの効果とはいかないが、徐々にその持久力や速度が上昇していくさまは、見守っている者として、とても好ましいものだった。
雄英高校────
一般入試実技試験・受験日当日。
彼らはこれから、彼らにとっての、大きな大きな関門へと挑む。
彼と彼女の二人は連れ立って雄英の門をくぐった。大きく、雄大な校舎は、彼ら自身がこの学び舎に通う姿を想起させ、その心を奮い立たせた。
「ふー…あぁ、緊張する」
「やっぱりアンタも?…ウチも」
「くうう、心臓の早鐘がおさまらないや」
「デカいデカいとは聞いていたけど、これは学校として大きすぎる…」
「弱気になっちゃダメだよゴモラ、ウチらはここで学ぶんだ」
「…そうだ……
…ああ、そうだね!」
彼は彼女の言葉を聞き、より一層に奮起した。試験に挑む以上、もちろん二人はライバルであるが…それ以上に、受験校や目標を同じくし、共に鍛え合い切磋琢磨した相手との激励であったからだ。
そうだ、自信を持つんだと。この大勢の人間に負けないくらいの努力を自分たちは重ねてきたんだと。実力をいかんなく発揮して、受かってみせるんだと!
「フーッ……」
先程の自分とは、違う。滲んだ弱気を振り払うかのように、髪を後ろでまとめ上げた。自分の中で気合いを入れるルーティンはかなり大事なことだ。
思い出せ、自分がこれまで何をしてきたか。想像しろ、困難を打ち払う立派な自分を。
──彼はもう、目に迷いや戸惑いを浮かべることはなかった。
(なんだ……ちゃんとカッコいい顔出来んじゃん)
これは決戦の舞台ではない。自らが切り開く道のりの一歩であるのだ。
『今日は俺のライヴにようこそー!!エヴィバディセイヘイ!!』
彼はただ困惑していた。壇上ではおおよそ教職員に見えない、サングラスにちょび髭、派手な装いの男が叫んでいた。
いや、かの男のことは知っている。日本全国で放送される人気ラジオのMCを務めるその特徴的な声は、ラジオを嗜まずともテレビCMなどで耳にするだろうし、なにより彼はヒーローである。副業の方が目立ってはいるが。
彼は「そうか、雄英はこんな感じなのか」となんとも言えない感想を抱き、先の言葉を待てば、壇上の男がレスポンスがなかったことで続きを話す。
『こいつあシヴィ──!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?』
彼は再び脳裏にはしる「シヴィってどういう意味だろう」とか、「彼のような声やテンションの人は概要説明の場には向いてないんじゃないか」だとかの益体もない思考を振り払い、かのラジオDJの言葉に耳を傾けた。
『 YEAHH!!』
彼はちょっと後悔した。耳がキーンとした。
『入試要項通り!リスナーにはこの後!10分間の「模擬市街地演習」を行ってもらうぜ!!ン持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!』
ほんとうにいちいち声を荒げるひとである。いや…荒げている様子はないが、うるさいひとである。
『O・K・!?』
ホントうるさいのである。
「ありゃ、会場違うじゃん」
「ん?ほんとだね。アレかな、純粋な実力が見たいとか」
「?あー、協力すんなって言われてるってことか」
「不正じゃないんだろうけど、どうしても有利不利もでるだろうし……まああとは普通にランダムなのかな」
「なるほどね。……頑張ってよ、ゴモラ」
「そっちこそ、頑張りよ!耳郎さん」
何度目かもわからない決意の表明。それは意気を劣らせることなどなく、ただ鼓舞を持って互いにふりかかる。
緊張はある、のだろう。完全にリラックスすることはとても難しいことであるし、リラックスしきっているのが良いとも限らない。しかし、彼は、“リラックス”ではないなにか血潮のようなものが体を渦巻いている気がした。
『演習場には“仮想敵”を三種・多数配置してあり、それぞれの「攻略難易度」に応じてポイントを設けてある!! ──各々なりの“個性”で“仮想敵”を行動不能にし── ポイントを稼ぐのが君達の目的だ!! もちろん、他人への攻撃などアンチヒーローな行為はご法度だぜ!?』
「………質問よろしいでしょうか!?」
『!』
「プリントには四種の敵が記載されております!誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!!我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!ついでにそこの縮毛の君ッ──…」
彼が勇敢にも声を上げた人物の方向を盗み見ると、いかにも“お堅い”という言葉を体現したかのような男子が鋭い目で箇所の解説を求めていた。
──彼は思った。“誤載であれば〜恥ずべき痴態”をはじめとした、やや棘のある指摘の言葉に、彼は焦っているような気がする…と。
無論それはただの勘であるし、何の根拠もありはしないが、そんな敵をつくるような言動をせずとも“お教え頂けませんか”などの受験会場において「教員/試験官側」と「受験生」という社会的立場に則した言葉遣いはできないものか、と。
小難しいことを考えているべきではないのだが、彼は他の受験生を指摘したのも含め、なにか基本的にズレている感じがしたのだ。
「教員」の前で他者をあげつらう真似をするべきではないと思うし、「教員」に対しても「別の受験生」に対しても言葉が刺々しすぎると思うのだ。
そんなことを考えているうちに解説は終わったようだ。聞きそびれてしまったが、要項は読み込んだ。0、1、2、3ポイントのヴィラン…自ずと役割も見えてくる。まあ、純粋に“ヒーロー”になるだけだ。
『最後にリスナーへ我が校の“校訓”をプレゼントしよう──かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!
“Puls Ultra”!!
それでは皆、良い受難を!!』
良い受難とは、皮肉な──彼は思考を振り切った。
「広いけど──せまい」
市街地というだけある。敷地は広大だ…所狭しと並ぶビルを考えなければ、彼にとっても純粋に広い土地と言えただろう。
間の道幅は10〜15m、といったところだろうか?もし、
「やあ、君はあの夜の君じゃないか?」
突然、声をかけられて少し驚いたが──そちらを振り向いて、さらに困惑した。紅白の機械スーツを着込み、顔だけを露出させた銀髪の男子がいたのだが、彼に皆目心当たりの見当はつかなかった。
「──ほら、駿府城の」
「!!」
月光のもとに少し話し合った、白パーカーの男。そう言われれば、機械スーツの胸元が青く光っている。……同じだ。
まさか、同い年で、更に雄英を受験していて、しかも同じ会場とは。
「お互い、頑張ろう。君と一緒に学べるのを期待してるよ」
「…うん。相変わらず君は不思議な感じの人だけど、その言葉に応えんとするのは、やぶさかじゃない」
「ははは、また言われたね」
その身に着込んだスーツは、実は制御装置なのだと教えてくれた。パワードスーツ的側面は殆どなく、ほぼ個性制御の機能が占めているのだそうな。
眩く照らす日の元で起こりうる、以前話していた「暴発」を防ぐためのものなのだろう。
「いずれこのスーツも卒業したいけど──今はまだ、難しい。だからこそ、この学校で頑張りたいって理由の一つになる」
「いい…目的だ」
一人の男の決意は聞き入ってしまう魅力があった。付き合いが短いとはいえ、“友人”の──
『ハイスタートー!』
「「…?」」
『どうしたあ!?実戦じゃあカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!!?』
「しまった」
即座に足へ力を込めー……跳躍!ビルの壁を走り抜け、屋上まで到達すれば、上から見下ろした先にうじゃうじゃといるロボ達。屋上の端から飛び降り、背面の壁を蹴って、そこに突っ込む──
「しゃあああッ!!」
彼なりに力の入る咆哮を放ちながら、太く雄々しいと評される尻尾を回転の勢いをつけて叩きつける。
轟音。弾け飛ぶ金属板。
“仮想敵”2体がまとめて餌食になり、まるでベニヤかのように装甲がまがっていった。思ったよりの好感触に気を良くし、次いで爪を浴びせて電線を斬り裂き、棘の肘鉄でエンジンらしきものをうち貫いた。
(まだまだ標的はたくさんいる──全員、俺がもらうってくらいの意気で!)
「っしゃあああアアッッ!!」
時間に余裕はない。あらん限りの体力を使い尽くす勢いでなければ。どれだけのポイントを得ても合格確実とは言えない試験である。
思案する暇など──ない!
「ぎしゃあぁああぁあッ」
貫き、切り裂き、踏み抜き、叩き折る。いくらやっても尽きることのない敵は格好の餌食だ。持てる全てを絞り出すのだ。
連続的な爆心地の様な音は、更に標的を誘き寄せる。
時折この太い足から放たれるヤクザキックは凄まじい威力となった。敵ロボの装甲がへこむどころか、基盤まで到達するように貫通する。
そして相手が二体同時だろうが三体同時であろうが、それも関係ない。パワーのゴリ押しだけではいけないということもわかっている故に、慢心しない。立ち回りもしっかり把握し、常に絶えず攻撃を浴びせた。
「超ッ振動波ッ!!」
額に集約された自身のエネルギーが角を起点として放出され、まとめて吹き飛ばす、というのもかなり数を稼げる、と思った。
「なんだあいつ…すげえ…」
「なんて勢いだ…」
「まるで肉食恐竜…」
「勝てるわけ、ねえ…」
“記念受験”するものや、なんとなくで受験するもの、万が一に賭けて受験するものは軒並み心を折られていった。
──当然だ。やる気も、練度も、活動量も、何もかも根底が違うのだから……
ドッ ゴ ォォ ォォ オオン!!
ボボ ォォ オォ ォオン!!
「なん……っ」
それは突如現れた。地下に潜っていたのであろうか?ビルを割って出てきたのであろうか?それは場所が遠く、わからなかったし……
そんなことはどうでもいい。
せいぜいが2m弱の受験者達に比べ、五倍や十倍ではきかないサイズの──0ポイント仮想ヴィラン。ビルを崩し、電柱をへし折り、土地を更地に戻しながら、ソイツは進む。
目算20m以上は確実といったサイズだ。そいつが手のひらを振り翳し、ビルに叩きつければ、あっという間に崩れ、壊れ、消えていった。
「大きい」
逃げる、逃げる、受験者達。彼らは別に悪くはない。逃げなければいけない存在「0p」として扱われていたし、下手にとどまれば被害を被り、受験どころではないのだから。
だが──その威容に怯えて、動けずにいた者も確かにいた。彼我の距離は縮まっていない。数十mは離れているが…その巨体にしてみれば、数歩と変わらないのかもしれない。
絶望に暮れるしかないのか。ヒーローとはかくも恐ろしいものであるのか。
しかし、彼は違った。
ドゴォッ!!
「ぁあぁぁああぁあぁああ──……」
腰が抜けた受験者と巨大0pの間に着陸した、五毛 楽。彼の様子はどこか普段通りではなかった。
身を抱え、掻きむしり──そして白目を剥くと、
『GISHAAAAAAッッッ』
服が破れ、その身体が膨張し、巨大化していくではないか。徐々に人としての要素を捨て去り、茶色の鱗を見に纏い…完成したその姿は、40mはある巨体であった。先程までの脅威の二倍はある体躯。
…彼が0pに立ち向かった動機は、決して「緑谷出久」ほど崇高な思いではなかったかもしれない。「ポイントを得られる敵が潰される」ことや、「明確な対抗手段が存在した」ことも関係しないわけがないだろう。
だが──彼が他者を救わんと、立ち上がったこともまた、確かなことだ。
評価・お気に登録・ここすき等々よろしくやで!してくれたらなんでも…はしないけど尻尾生やすやで(無茶)!!